南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<雑記帳>好きな沖縄ソング5選

f:id:stand16:20220202223353j:plain

【目次】

<はじめに>

 私は生まれも育ちも沖縄だ。もっとも、その沖縄が大好きか?と問われたら……自信を持って答えられない。大好きだ、沖縄に生まれてよかった――そう自信を持って答えていた時期もあった。しかし大人になると、様々なことが見えてくる。

 

 この地の良さばかりでなく、どうしようもない所も目に付いて、ゲンナリすることも増えてきた。それは都会に住む地方出身者が「故郷(ふるさと)」という言葉を聞いた時、それを百パーセント良いイメージで捉えられないのと、似ているのかもしれない。

 

 さて、もう一つのブログでも行ったが、今回は「印象的な沖縄ソング」を紹介することとしたい。前回は“好きな沖縄ソング”ということだったが、今回は好き嫌いとは別に、強く印象に残っていたり、どこか心に引っかかってしまう曲を取り上げることとする。なお、前回のものと被ってしまう曲もあるので、ご承知いただきたい。

 

1.琉球愛歌(モンゴル800)

 良曲だとは思うのだが、いろいろなことを知った後で聴くと、どうしても複雑な気持ちになってしまう曲。

 

 歌詞では、どの国も“上辺だけの付き合い”をやめ、“武力を使わず、自然を愛する”琉球の心を取り戻そうと訴えるのだが――どうも「純情すぎる」ように感じてしまうのだ。

 

 そもそも武力を使えなかった琉球は、薩摩の侵略を許してしまった。

仮にそれがなかったとしても、当時の帝国主義の世界情勢を思えば、どこかの国に乗っ取られていた可能性が高い(おそらく中国)。結果的にではあるが、薩摩に侵略されて“日本の一部”になれた分、琉球そして沖縄は、まだシアワセだったと思う。

 

 そりゃ武力を使わず、自然を愛し、どこの国とも仲良くなれれば、それに越したことはない。だが現実には、こちらが仲良くしようとしても敵意しか見せない国や、隙あらばこちらの利益を吸い取ってしまおうと考える国もあるのだから、どうしようもない。

 

 まあ別にモンゴル800は、政治的な意図でこの曲を作ったわけではないだろうし、素直に楽しめば良いのだが、私はどうしても心に引っ掛かりを感じてしまう。申し訳ないが。

 

 

2.童神(古謝美佐子

 優しい気持ちになれる曲。子供を大切に育てようとする、沖縄本来の温かさを感じさせる曲。こちらは好きな曲でもある。

 歌手には古謝美佐子氏の名前を書いたが、他にも夏川りみさん、元SPEEDの島袋寛子さん等多くの方がカバーしている。それだけ誰が歌っても、共感できる曲なのだろう。

 

 ヤマトグチ・バージョンとウチナーグチ・バージョンがある。どちらも良いのだが、個人的にはウチナーグチ(沖縄方言)・バージョンが好きだ。こちらの方が、子供を大切に育てたいと願う親心の奥に、子供達を包み込む沖縄の風が吹いてくるような、そんな気がする。

 

3.島人ぬ宝(BEGIN)

 確か、私が高校生の時にリリースされた曲だと思うが、その歌詞に心を刺された。

 

 一昨年、首里城が火事になってしまい、私も大きな喪失感を覚えたが……その首里城へ行ったことは、実は小学生の社会見学か何かで行って時以来、ないのである。普段、そのありがたみを感じてもなかったくせに、なくなってしまってから嘆くというのも、随分と都合のいい話だなと、我ながら反省させられた。

 

 首里城に限らず、私は沖縄のことを何も知らないのではいか。「トゥバラーマ」や「デンサー節」どころではない。この地に暮らしてきた先人達が、何を思い、何に苦しみ、何に喜び、そして何を大切にしてきたのか。それを自分は知らずに育ってきたのだ。そのことに、この『島人ぬ宝』は気付かせてくれた。

そう……自分には今まで気づかなかった、たくさんの“宝”があるということを。

 

 

4.オジー自慢のオリオンビール(BEGIN)

 この曲は、単純に楽しめる曲。島酒、島マース、島ぞうり。そしてビアガーデンでの高校野球応援。沖縄ならではの光景が歌詞に溢れ、思わずニヤッとしてしまう。

 

 残念ながら、私のオジーは私がビールを飲める歳になった時には、二人とも旅立ってしまっていた。それが残念でならない。その代わり、母方の祖父の十三回忌には、オジーの写真を囲み、親戚のオジサン達とまさにオリオンビールを酌み交わしたものだ。

 

 最後の子供はジュースで乾杯というのも、可愛いね(笑)。

 

 

5.ハイサイおじさん喜納昌吉&チャンプルーズ)

 この曲が以前「酒飲みの歌」などと言われ、高校野球の応援にはふさわしくないとのたまったお人がいたらしいが、どうしようもないバカだなと思う。そのため一時期、沖縄県代表の応援に使われなくなったことがあったが、とても寂しかった。

 

 「ハイサイおじさん」ほど、沖縄の応援にふさわしい曲はないのに。この曲をないがしろにしたことが、最近の沖縄高校野球の低迷のきっかけではなかったかと、私は半ば本気で信じている(苦笑)。

 

 この曲は――れっきとした“反戦歌”なのだ。

 

 この曲に出てくるオジサンのモデルは、喜納昌吉が少年時代、隣に住んでいた人らしい(もともとは校長先生にまでなった優秀な人だっという話もある)。戦乱の中で正気を失い、酒に手を出し、アル中になってしまったという。

 

 そう。あのどこかコミカルな歌詞の背景には、沖縄戦の生々しい傷跡があるのだ。しかし、ウチナーンチュはいつまでも悲しみに、打ちひしがれてはいない。悲しくとも前を向き、陽気に笑い、歌う。それがウチナーンチュの強さだと私は思う。だから甲子園の沖縄代表の応援歌として、ピタッとはまったのではないだろうか。

 

 あの興南東海大相模の決勝戦甲子園球場を流れる「ハイサイおじさん」の旋律に、私は鳥肌が立ち、最後には涙がこぼれてしまった。私の心の奥に深く刻まれた、最も印象的な沖縄ソングである。

 

<終わりに>※各曲のYoutubeへのリンク

1.琉球愛花

www.youtube.com

2.童神

www.youtube.com

3.島人ぬ宝

www.youtube.com

4.オジー自慢のオリオンビール

www.youtube.com

5.ハイサイおじさん

www.youtube.com

【野球小説】続・プレイボール<第66話「相手の弱点をさぐれ!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

 

 f:id:stand16:20190713083954j:plain

【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第66話 相手の弱点をさぐれ!の巻
    • <登場人物紹介>
    • 1.谷口の気づき
    • 2.城田バッテリーの投球パターン
    • 3.甲子園初得点
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 


 


 


 

<外伝> 

stand16.hatenablog.com

 

stand16.hatenablog.com

 

 第66話 相手の弱点をさぐれ!の巻

www.youtube.com

 

<登場人物紹介>

矢野:城田高校の1年生エース。速球と大小のカーブが武器。

沢村:城田高校のキャプテンにして正捕手。厳しくも冷静な態度で、矢野をリードしチームを引っ張る。

城田高校野球部監督:白髪混じりの初老の監督。ベテラン指導者らしく、冷静沈着に戦況を分析し、采配を振るう。

 

1.谷口の気づき

―― 二回表。城田の攻撃は、七番安田から始まっていた。マウンド上の谷口は、なおも苦しい投球が続く。

 

 カキ、と音がした。打球は三塁側ベンチ手前を転がっていく。

「また……インコースをファールに。つぎで七球目か」

 細身の七番打者安田は、右打席に立ちバットを短めに握っていた。谷口は足下のロージンバックを拾い、しばし間合いを取る。

「さすが伝統校だ。こっちがアウトコースねらいに気づけば、その対策まで取ってくる」

 谷口は額の汗をぬぐい、ワインドアップモーションから八球目の投球動作を始めた。アウトコース低めのカーブ。それを安田はおっつけるようにして、右方向へ打ち返した。

「……うっ」

 打球はジャンプしたセカンド丸井の頭上を越え、前進してきたライト久保の前でバウンドする。ライト前ヒット、ノーアウト一塁。

 続く八番井上は、始めからバントの構えをした。左足を引き、バットを寝かせる。

 初球。谷口は速球を、バントしづらいインコース高めに投じた。ところが、井上はこれを難なく一塁線のやや内側に、鈍く転がす。

「ファースト!」

 倉橋が叫ぶ。

 前進してきたファースト加藤が捕球し、一瞬二塁を見るが間に合わない。「くそっ」とベースカバーの丸井に送球し、間一髪アウト。

 送りバント成功、ワンアウト二塁。

「むずかしいインコースを、あんなカンタンに……」

 マウンド上で、谷口は唇を噛む。

 そしてまたも細身の打者、九番雪村が左打席に入ってきた。倉橋は「まずコレよ」とサインを出し、谷口が投球動作を始めると同時に、ミットをインコースに構える。

「し、しまった」

 ボールを離した後で、谷口はつぶやく。インコースを突くはずのカーブが、やや真ん中寄りに甘く入ってしまう。雪村のバットが回る。

 バシッ。打球は低いライナーで、三遊間の真ん中を破った。レフト前ヒット。

 あらかじめ外野が前進守備を敷いていたため、二塁ランナーは還れず三塁ストップ。しかし一・三塁とピンチが広がってしまう。

「くっ……」

 スパイクでマウンドの土を均しつつ、谷口は唇を結ぶ。

「ここまでアウトコースに強いチーム、見たことがないぞ。かといってインコースに投げればファールにされる。いったい、どうすれば……」

 その時だった。

「た、タイム!」

 倉橋がアンパイアに合図して、こちらに駆け寄ってくる。

「どうした谷口。力んでるぞ」

 えっ、と声が漏れる。思わぬ相棒の言葉だった。

「そうか?」

「うむ。いつもより力が入っているから、ちょっとずつボールが高いし、キレもない。あれじゃ打たれて当たり前だぜ」

「す、スマン。気づかなかった」

「まあ予選とちがって、相手のことをよく知らないんだし、意識しちまうのも分かるがな」

 渋い顔で、倉橋は言った。

「おまえ一人で守ってるわけじゃない。ここはバックを信じて、打たせていこう」

「あ、ああ……」

 谷口がうなずくと、倉橋は一旦踵を返し、ポジションへ戻りかける。しかし、ふいにまたこちらを振り向き、戻ってきた。

「どうした?」

「いいか谷口。おまえはキャプテンであると同時に、うちのエースなんだ。おまえの力投で、あの谷原を倒して甲子園に来られたってこと、忘れるな」

 ポン、とミットで軽く背中を叩かれる。

「たのむぞエース。自信をもって、投げてこい」

 谷口の表情が、フッと緩む。そして「よしきた!」と返事した。

 やがてタイムが解ける。倉橋はホームベース奥に立ち、野手陣へ指示の声を飛ばす。

「内外野、前進守備だ!」

 正捕手の指示に、野手陣が数歩前に出る。

「キャプテン」

 その時、セカンドより丸井が声を掛けてきた。

「ぼくらがついてます。打たせていきましょう」

「む、たのむぞ」

 そう返事して、谷口は背後へ顔を向ける。

「いくぞバック!」

 キャプテンの声に、ナイン達は「オウヨッ」と力強く応えた。

―― 一番、ライト栗原君。

 ウグイス嬢のアナウンスと共に、城田の一番打者栗原が、左打席に入ってくる。

「まずコレよ」

 倉橋はサインを出し、ミットをインコースに構えた。谷口はうなずき、セットポジションから第一球を投じる。

「……うっ」

 栗原が一瞬、身を引いた。カーブが、インコースいっぱいに決まる。

(あれ。やつのカーブ、こんなに鋭く曲がってたっけ……)

 戸惑う栗原。谷口はテンポよく、第二球を投じた。

 今度はインコース高めの速球。栗原はスイングするも、バットは空を切った。バシッ、と倉橋のミットが鳴る。

 しまった、と栗原は唇を噛んだ。

(さっきの打席じゃ、こんなにスピードは出てなかったのに。今のがほんらいのボールってわけか。やつめ、ピンチをむかえて開き直ったな)

 ベンチを振り向くと、監督がサインを出した。えっ、と思わず声が漏れる。

(なるほど、スリーバントスクイズか。これはやつらも予想しちゃいまい)

 栗原はヘルメットのつばを摘まみ、ベンチへ「了解」と合図する。

 一方、墨高バッテリーもサインを交換した。そして倉橋が「つぎはココよ」と、ミットをアウトコース低めに構えた。

「思い切っていこうよ!」

 マウンド上のエースを励ますように、正捕手は声を上げる。

「さあ、バックを信じて」

 谷口は無言でうなずく。

 迎えた三球目。谷口はしばし間を取った後、セットポジションから投球動作を始めた。そして速球をアウトコース低めに投じる。

 その瞬間、栗原はバットを寝かせ、同時に三塁ランナー安田がスタートした。これを見て、ファースト加藤、サード岡村、ピッチャー谷口が一斉にダッシュする。

 ガッ、と鈍い音がした。

「しまった」

 栗原が顔を歪める。小フライが、ファースト加藤の正面に上がる。

「くっ……」

 ダイレクトで捕球されると思ったらしく、ランナー安田は一度立ち止まってしまう。ところが加藤は、前進しながらショートバウンドで打球をファーストミットに収めた。それを見て、安田は再びスタートを切る。

「しめた!」

 加藤はボールを左手に持ち替え、落ち着いた動作でバックホームした。

 立ち止まった分、完全にタイミングが遅れてしまった安田。送球を受けた倉橋が、余裕を持ってタッチする。

「アウト!」

 アンパイアのコールに、安田は頭上を仰ぐ。

 この時、三塁側ベンチでは城田監督が唇を歪めていた。まさか、とつぶやきが漏れる。

「追いこまれていたとはいえ、栗原がバントをしそんじるとは」

 ほどなく、タッチアウトされた安田が帰ってくる。

「す、すみませんでした」

「なにが、すみませんだ」

 頭を下げる安田を、監督は叱り付ける。

スクイズの時は、迷わず突っ込めと、散々練習してきたろう。まったく……カンジンな時に、血迷いおって」

「は、はい」

 安田は気まずそうに、ベンチへと引っ込む。監督は小さく溜息をついた。

「しかし……あの谷口のタマは、見た目以上に威力があるのか。あれがほんらいの力だとしたら、この先そうカンタンにチャンスはもらえないぞ」

 

 

「ツーアウトか」

 マウンド上。谷口は、短く吐息をつく。そしてロージンバックを拾い上げ、右手に馴染ませる。眼前では、城田の二番打者烏丸が右打席に入ってきた。

 倉橋が「まずココよ」とサインを出す。谷口はうなずき、第一球を投じた。

 速球が、インコース高めいっぱいに決まる。倉橋はテンポよく二球目のサインを出し、ミットをアウトコース低めに構える。

 今度はカーブ。烏丸のバットが回る。パシッと快音が響いた。

 一塁線をライナー性の打球が襲う。ファースト加藤がジャンプした。あわや長打コースという当たりだったが、僅かに切れてファール。

 ひょっとして……と、谷口はひそかにつぶやく。

「た、タイム!」

 アンパイアに合図して、倉橋をマウンドに呼び寄せた。

「どうした?」

 訝しげに、正捕手は尋ねてくる。

「どうやら思いちがいをしていたらしい」

 谷口は冷静な口調で言った。

「いまのバッターのスイングだが、軽く当てにいくように振っていたろう」

 む、と倉橋はうなずいた。

「言われてみれば、たしかにそうだな。谷原のように、しっかり振り抜いてくる打ち方じゃない。ということは……」

「うむ。ほんとはアウトコースが苦手なのを隠すために、わざとねらい打ちしてるんだ」

 そう言って、ちらっと打者の様子を見やる。烏丸は打席を外し、素振りしている。

「ただ谷原もそうだったが、甲子園クラスともなると、苦手コースでもねらうとヒットにするだけの力量はあるぞ」

 倉橋は渋い顔で言った。

「現に速球とカーブ、両方ともとらえられてる」

「分かってる。だから、外へ逃げるタマを使おう」

「逃げるタマだと?」

「うむ。つまり左打者にはシュート。右打者には、カーブをもっと外寄りに投げたらいいと思う」

 谷口の提案に、倉橋は「なるほど」と首肯した。

「たしかにあの打ち方じゃ、外へ逃げていくタマには対応しづらそうだからな」

「ああ。ここらで向こうのアウトコースねらいを、ぎゃくに利用してやろう」

「む、そうだな」

 ほどなくタイムが解け、倉橋がポジションに屈み込む。一方、烏丸は打席に戻り、バットを短めに構え直した。

(く……さっきのが、もうちょい内側に入ってりゃな)

 そう胸の内につぶやく。

(けど、追いこまれちまったし。またファールでねばるか)

 やがて眼前のマウンド上にて、谷口が投球動作を始めた。左足を踏み込み、グラブを突き出し、右腕を振り下ろす。

「……うっ」

 アウトコースに投じられたカーブは、ボールゾーンからさらに外へ逃げていく。

 ガキ、と鈍い音がした。打球は、右方向へ高々と上がる。セカンド丸井が「オーライ!」と合図して、難なく顔の前で捕球した。スリーアウト、チェンジ。

「ようし。ピンチを切り抜けたぞ」

「キャプテン、ナイスピッチング!」

 墨高ナインは互いに声を掛け合い、駆け足でベンチへと引き上げていく。

 

 

2.城田バッテリーの投球パターン

 二回裏。この回先頭の谷口は、ゆっくりと右打席に入った。そしてバットを短めに握る。

(まだ序盤とはいえ、二点負けている。なるべく早く攻りゃく法を見つけなければ……)

 マウンド上。矢野はキャッチャー沢村のサインにうなずき、第一球を投じてきた。

「……うっ」

 速球がうなりを上げて、インコース高めに飛び込んでくる。谷口は一瞬身を引きかけた。

「ストライク!」

 アンパイアのコール。谷口は、フウと短く息を吐く。

(なるほど。手がたい上位打線が、あっさり打ち取られるわけだ。こりゃ思った以上に威力があるぞ)

 二球目、またもインコース高めの速球。一球目よりもさらに内側。谷口は身をよじる。

「ボール!」

(あぶない。ぶつけられるところだった)

 一旦打席を外し、数回素振りする。

(ただこの高めのタマ、それほどコントロールは良くなさそうだぞ。追いこまれるまでは捨ててもよさそうだな)

 さらに三球目、今度はアウトコース高めの速球。これははっきりと外れる。

(やっぱり。高めは見逃せば、半分以上はボール球だ。後でナインに伝えなきゃ)

「力むな矢野。ラクに、ラクに」

 すかさずキャッチャー沢村が、矢野に声を掛ける。矢野はぐるんと両肩を回し、ほぐす仕草をした。

 続く四球目は、アウトコース低めの速球。これはコースいっぱいに決まる。

(これが倉橋達の言ってた低めか。厳しいコースだが、たしかに高めよりも球威は落ちる。ねらえば打ち返せないことはないが……)

 五球目は、一転してインコース低めにカーブ。谷口はこれを強振した。

 快音が響く。打球は、レフトスタンドのポール際へ飛んだ。スタンドが「おおっ」と沸きかける。しかし僅かに切れてファール。

「ああ、くそう。ちょっと打つポイントが前すぎたか」

 すでに駆け出していた谷口は、やや唇を歪めつつ打席へと戻る。

「……フウ、あぶねえ」

 一方、キャッチャー沢村は安堵の吐息をついた。

「小さい体のくせして、けっこうパワーあるな。さすが谷原を破ったチームの四番だ」

 谷口がバットを構えるのと同時に、沢村はサインを出す。

「だが、つぎはこうはいかないぜ」

 そして六球目。矢野はアウトコースに、速いカーブを投じた。ボールは打者の手元で、鋭く曲がる。

「くっ……」

 谷口は体勢を崩しかけながらも、おっつけるように打ち返した。

パシッとボールを捉えた音。右方向へライナーが飛ぶ。しかしセカンド伊予がジャンプ一番、打球をグラブに収める。

「しまった。やはり、あのボールか」

 渋い顔でつぶやき、谷口は引き返す。その時、ネクストバッターズサークルより打席へ向かうイガラシとすれ違う。

「イガラシ、ちょっと」

 谷口は、後輩に声を掛けた。

「さっきの速いカーブだが……」

 はい、とイガラシはうなずく。

「ミートするのはカンタンじゃなさそうですね」

「うむ。あれを決めダマとして使われたら、ちとメンドウだ」

「しかし、なんとか打ち返してみます」

 やや険しい顔つきで、イガラシは応える。

「あのカーブをさけようとすれば、やつらますます多投してくるはずです。そこに、高めの速球まで混ぜられたら、もっと攻りゃくがむずかしくなるでしょう」

「む。やつらを安心させないためにも、たのむぞイガラシ!」

「はいっ」

 後輩は力強くうなずく。

「……ああ、それと」

 谷口が話を付け足そうとすると、イガラシは「分かってます」と僅かに笑んだ。

「なるべく球数を投げさせて、ボールの組み立て方を探れ、でしょう?」

「あ、うむ」

 よく分かってるじゃないか、と谷口は胸の内につぶやく。

「たしかにラクな相手じゃありませんけど」

 表情を引き締め、イガラシは言った。

「あれくらいのピッチャーはゴロゴロしてるのが、甲子園ですからね。優勝をめざす以上、なんとしても打ちくずす手がかりを見つけなきゃ」

 フフと笑んで、イガラシは踵を返した。

「さすがだな」

 谷口は感心して、その背中を見送る。

 

 

―― 五番、ショートイガラシ君。

「た、タイム」

 ウグイス嬢のアナウンスと同時に、キャッチャー沢村はアンパイアに合図して、マウンドに駆け寄る。

「キャプテン」

「分かってるな矢野、やつはおまえと同じ一年生だ。負けるんじゃないぞ」

「ええ……しかし予選じゃ、八割近く打ってるそうじゃありませんか」

「なあに、あのナリだ。たとえ打たれても、コースさえまちがえなけりゃ長打はあるまい」

「じゃあ、低めを打たせていけば」

「もちろん、それ一辺倒ではねらい打ちされるから、高めを見せ球にしてな」

「分かりました」

 それだけ言葉を交わし、沢村は踵を返しポジションに戻る。

 

 

 傍らで、イガラシは数回素振りした。ビュッ、ビュッ、と風を切る音。そして右打席に入ってくる。ほう……と、沢村はひそかに吐息をつく。

(こいつ。ナリに似合わず、鋭い振りをしやがる。高めのストライクは禁物だぞ)

 サインを出し、ミットをインコース高めに構える。

(分かってるな矢野、ボールにするんだぞ)

 マウンド上。矢野はサインにうなずき、第一球を投じてきた。要求通り、インコース高めの速球。イガラシは眉一つ動かさず、悠然とボールを見送る。

(ほう……まばたきすらしないとは。よほど速球には慣れてるようだな)

 続く二球目。沢村は、ミットをさらに内側へとずらす。

(せめて上体を起こさせねえと)

 矢野はワインドアップモーションから、再び速球を沢村のミット目掛けて投じた。しかし今度は、やや外へずれてストライクコースに入ってくる。

「し、しまった……」

 沢村の視界の端で、イガラシは上体にバットを巻きつけるようにして、強振した。パシッと快音が響く。大飛球が、レフトのポール際へ吸い込まれていく。しかし僅かに左へ切れ、ファール。

「なんでえ、あと少しだったのに」

 言葉とは裏腹に、イガラシはさほど悔しがる素振りも見せず、小走りに引き上げてくる。

「矢野! コースが甘いぞ」

 沢村が叱責すると、矢野は「スミマセン」と頭を下げる。

(まったく……しかし、見事なバットコントロールだ。どうりで八割近く打つわけだぜ)

 三球目と四球目は、縦のカーブを続けさせた。しかし、いずれも低く外れ、スリーボール。

(うーむ、ちと力が入ってるな)

 沢村は手振りで指示を伝える。

「ロージンだ」

 矢野はロージンバックを拾い上げ、しばし間を取った。ほどなく、沢村は次のサインを出し、ミットをアウトコース低めに構える。

(つぎはコレよ)

 五球目。矢野はアウトコース低めに、あの速いカーブを投じた。イガラシははらうようにバットを出す。辛うじてその先端に当てた。ファール。

「く……あぶない。なんて鋭く曲がるんだ」

 唇を歪めるイガラシ。一方、沢村も苦い顔になる。

(ファールとはいえ、うまく当てやがったな。カンタンには打ち取らせてくれないか)

 六球目も速いカーブを、今度はインコースに投じた。イガラシは引っ張り、これもファールにする。

(くそっ、喰らいついてきやがるな)

 マウンド上の矢野が、「どうします?」と言いたげな目を向けてくる。

(予定どおり、低めを打たせよう)

 沢村はサインを出し、ミットをアウトコース低めに構えた。矢野はうなずき、ワインドアップモーションから第七球を投じる。

 アウトコース低めの速球。イガラシのバットが回る。パシッ、と快音が響く。

「なにっ」

 思わず沢村は声を上げた。低いライナーが、あっという間に一・二塁間を破る。

「や、やった!」

 その瞬間、墨高の三塁側ベンチが沸き立つ。

「よし、甲子園初ヒットだ」

「さすがイガラシ。低めの速球にねらいをしぼって、うまく打ち返しやがった」

「うむ。あの低めは、どういうわけか少し球威が落ちるものな」

 イガラシは一塁を回りかけて止まる。喜ぶ仲間達をよそに、ポーカーフェイスのままだ。

「さあ、つづけよ横井!」

 ベンチよりナイン達が、次打者の横井に声援を送る。

「タイム!」

 谷口はアンパイアに合図して、ネクストバッターズサークルの横井を呼び戻す。

「なんだい?」

「横井、バントはなしだ。ねらっていけ」

 そう短く告げる。

「向こうのここまでの投球を見て、だいたい分かったと思うが。どうもボール先行になると、低めの速球でカウントを取りにくるようだ」

「う、うむ。しかしストライクが先行すると、あの速いカーブがくるぞ」

 横井は渋い顔になる。谷口は「なーに」と微笑んだ。

「小さく曲がるカーブなら、片瀬のタマで練習してきたろう。あれに少しスピードを加えた感じだ。予測がついてりゃ、どうにかなるさ」

「わ、分かった」

 やや戸惑いながらも、横井はうなずいた。

 一方、沢村は再びマウンドに駆け寄る。

「スマン矢野。ちと、正直すぎたようだ」

「あ、いえ。しかし急な速球をきっちり打ち返してくるなんて、やはり並のバッターじゃありませんね」

「うむ、長打でなくて助かったよ」

「つぎはどうします?」

「なに。下位打線だし、今までどおりにやりゃおさえられるさ」

 沢村はそう言って、ポンと後輩の背中を叩く。

「まだ一本打たれただけだ。自信を持っていこうぜ」

「は、はい」

 先輩の励ましに、矢野は僅かに笑んだ。

 

 

3.甲子園初得点

 沢村がポジションに戻り、マスクを被り直したタイミングで、ウグイス嬢のアナウンスが流れてくる。

―― 六番、レフト横井君。

 横井は右打席に入り、バットを短めに構えた。

 初球。矢野はセットポジションに着き、すぐに投球動作を始めた。左足を踏み込み、グラブを突き出し、右腕をしならせる。

 インコース高めの速球。横井は手が出ず、ストライクぎりぎりに決まった。

「は、はやい……」

 横井は唇を歪める。

「スピードだけなら、村井や佐野とそう変わらないじゃねえか」

 二球目。またも速球が、インコース高めに飛び込んでくる。横井はスイングするも、チップさせるのが精一杯。あっという間にツーストライクと追い込まれる。

「し、しまった。どうし……」

 三塁側ベンチを振り返ると、谷口がサインを出した。

(え、エンドラン? なんとか喰らいつけってことか)

 横井は一旦打席を外し、ぺっぺっと唾で両手を湿らせる。

(つぎはあのカーブがくる。せめて右方向へ転がさなきゃ)

 そして打席に戻り、バットを構え直す。

「プレイ!」

 アンパイアのコールを聞くと、矢野はすぐに投球動作へと移る。そして三球目を投じてきた。この間、一塁ランナーのイガラシがスタートを切る。

「き、きたっ」

読み通り、アウトコースへの速いカーブ。

横井はバットをはらうようにしてスイングした。ガッと鈍い音。一・二塁間へ緩いゴロが転がる。城田のセカンドは一瞬二塁を見たが、間に合わない。すかさず一塁へ送球しアウト一つを奪う。それでも進塁打となり、墨高はこの試合初めて、得点圏にランナーを置く。

「やれやれ。どうにか最低限のことはできたぜ」

 苦笑いしつつ、横井はベンチに引き上げる。

 

 

「く……当てられたか」

 沢村は渋い顔になる。

「けどまあ、ツーアウト目は奪ったわけだし。つぎをおさえりゃ問題ない」

 ほどなく墨高の七番岡村が、右打席に入ってきた。こちらもバットを短めに握る。

(たしかこいつも一年生だったな。イガラシとちがってパワーはなさそうだが、身のこなしから見て、当てるのはうまそうだ)

 初球。沢村は、インコース高めの速球を要求した。しかし矢野の投球は、沢村の構えるミットよりも高く外れてしまう。二球目も同様に、高めに浮いた。これでツーボール。

「矢野。ラクに、ラクに」

 沢村がマスク越しに声を掛けると、矢野は二、三度深呼吸する仕草を見せた。

(初めてのピンチとあって、かたくなってるのかな)

 ミットをアウトコース低めに構え、沢村は「さあ力を抜いて」と胸の内につぶやく。矢野はうなずき、投球動作へと移る。

 要求通り、アウトコース低めの速球。岡村は左足を踏み込み、おっつけるようにスイングした。パシッと快音が鳴る。

(しまった、ヤマをはられた……)

 速いゴロが、一・二塁間を抜けていく。

 素早くスタートを切っていたイガラシが、三塁ベースを蹴りホームへと向かう。捕球したライトがセカンドへ中継。しかしセカンド伊予がボールを受けた時、イガラシはすでにホームベースへ右足から滑り込んでいた。

 ライト前タイムリーヒット。墨高、一点差に詰め寄る。

 

 

 沸き立つ三塁側ベンチとスタンド。その時、一塁側ベンチにて城田監督が立ち上がる。

「タイム! 沢村、矢野」

 バッテリー二人を呼んだ。

「は、はいっ」

沢村と矢野は駆け寄り、監督の前で直立不動の姿勢になる。

「今のはヤマをはられたようだな」

 監督の言葉に、沢村は「ええ」と唇を歪める。

「予選とちがって、向こうがなかなかボール球に手を出してくれないもので。かく実にストライクを取れるのが、アウトコースの速球だけなので」

「む。しかしそれを、やつらは気づき始めてるぞ」

「どうしましょうか?」

 沢村の問いかけに、監督は「うーむ」としばし考え込む。そして口を開いた。

「こうなったら、ほかのタマも混ぜていくことだな」

「しかし際どいコースは、やつら手を出してきませんが」

「多少、四球でランナーを出してしまうのは、仕方あるまい」

 渋面で、指揮官は答える。

「それに今のところ、向こうがねらいダマを絞れているのは、ボール先行した時だけだ。ストライク先行でいけば、多少ボール気味でも手を出してくれるだろう」

「ただそうなると、今度は初球からねらわれる可能性も……」

「どうした沢村」

 監督は苦笑いした。

「そんな弱気で、おまえらしくもない。もともと、たった二点を守りきる想定じゃないだろう。なにせ相手は、あの谷原を破ったチームなんだからな」

「は、はい……」

「さあ二人とも。バックを信じて、思いきりいくんだ」

 指揮官の励ましに、バッテリー二人は「分かりました!」と、声を揃えた。

 

 

「ボール、ハイ!」

 インコース高めの速球が、また高く外れた。左打席の八番加藤が、これを見送る。

(うーむ。どうしても高めのコントロールが、イマイチだなあ)

 ツーボール・ワンストライク。沢村は小さく溜息をつく。

(予選じゃ、相手が手を出してくれたんだが、甲子園ともなるとそうはいかんか)

 ミットを真ん中低めに構え、「つぎはコレよ」とサインを出す。

(低めの速球はねらわれているからな。ちがうタマで様子を見るか)

 矢野はうなずき、セットポジションから四球目を投じた。縦に大きく割れるカーブ。それがやや高めに入ってくる。

「しまった……」

 そうつぶやいた矢野の眼前で、加藤のバットが回る。快音を残し、速いゴロが打ち返された。足下をすり抜け、二遊間を襲う。

「くわっ」

 セカンド伊予が飛び付き、なんとグラブの先で捕球した。そのままベースカバーのショート烏丸へトスし、フォースアウト

「フウ、どうにか切り抜けたぜ」

 沢村は苦笑いして、ベンチへと引き上げる。 

 

 

(よく喰らいついてくるな)

 一塁側ベンチにて、城田監督はグラウンド上へ険しい眼差しを向けていた。

(データはなかったはずだが、早くもうちの弱点を見抜きつつある。この試合……ヘタすりゃ、ひどい目にあうぞ)

 そして、傍らのナイン達へ声を掛ける。

「おまえ達、気を引きしめていけよ。相手は谷原を破ったチームだということを忘れるな。早くつぎの点を取らないと、ずるずると向こうのペースに引きこまれるぞ」

 城田ナインは「は、はいっ」と返事した。

 

―― 監督の思惑とは逆に、この後城田打線は鳴りを潜めることになる。墨高のエース谷口のシュートをおりまぜた投球に、凡打の山を築く。

 一方、墨高打線は城田バッテリーのボールを散らす苦心の投球に、ランナーは出すもののあと一本が出ず。

 1-2のまま、試合は終盤七回をむかえたのである。

続きを読む

今の沖縄勢が甲子園で「勝ちたい」のなら、”泥臭く戦う”ことが必要!! ~令和4年春季九州大会の開幕へ向けて~

f:id:stand16:20190707211434j:plain

 

 

 令和4年春季九州大会の組み合わせが決まった。

 我らが沖縄県代表の沖縄水産は、今年の選抜大会に出場し、準優勝した近江と延長戦にもつれ込む激闘を演じた長崎日大との対戦である。

 

 正直、厳しい組み合わせである。ただそれは、戦前にある程度予測できたこと。沖水らしい強打を発揮し、相手のペースを狂わせることができれば、十分勝機は出てくる。

 

 さて沖水に限らず、甲子園をねらえる県内の強豪校に望みたいことが、一つある。それは「思うようにいかない状況でどうプレーするか」ということを身につけることである。これは、投打両面において言える。

 

 例えば、思うように打てない時。あくまで選手の個人技に賭け、一打で流れを引き寄せるというのも一つの手ではある。ただそれだけだと、相手投手の力量がこちらの打線を上回っていた場合、最後まで挽回できないことになる。

 

 であれば、序盤は「見る」ことに徹し、なるべく球数を放らせて情報を集める。それからチームとして狙い球を絞り、目が慣れてきた終盤に狙い打ちする。

 あるいは打つというより、ファールで粘って球数を投げさせ、相手投手の心身の疲労を誘う。そうして球のキレがなくなってきた頃、一気に襲い掛かるというわけだ。

 

 例えば、相手打線の力量がこちらの投手陣を上回っている時。完全に抑えるのは難しいだろうから、せめて「気持ちよくスイングさせない」ための工夫をする。

 具体的には、投球の間合いを意図的に長くしたり短くしたりする。あるいは、球数が増えたり死球の可能性が高くなったりしても、徹底して際どいコースを突いていく(それができるだけのスタミナやコントロールを練習で身につける)。

 相手に気持ちよくスイングさせさえしなければ、何点か取られるのは仕方ないにしても、大量失点は防ぐことができる。

 

 こうした戦術を、チームとして徹底できるようにしておく。そうすれば、多少力量の上回るチームが相手でも、十分勝機を見出せるはずだ。

 

 より端的に言えば、今の沖縄勢には“泥臭く戦う”ことが求められていると思う。

 是非は別として、沖縄県内の逸材が県外へ進学する流れは、当分変わりそうにない。したがって、沖縄の代表校が「個人能力で上回る相手」と戦うことになる確率の方が、ずっと高い。

 もちろん“高校野球であまり勝ち負けにこだわっても……”という意見も分かる。しかし「勝ちたい」のであれば、自分達が思うようにいかない状況でどう対応していくかということも、身につけて欲しい。

それぞれの長所と課題が見えた決勝戦 ~令和4年春季沖縄県大会決勝・沖縄水産-沖縄尚学~

f:id:stand16:20190707211434j:plain

 

 今年(令和4年)の春季沖縄県大会は、沖縄水産沖縄尚学との“強豪対決”に6-1と快勝し、25年ぶりとなる優勝を果たした。

 

 沖水の攻撃は見事だった。

 

 強振して外野の頭を越す打球だけでなく、コンパクトなスイングでセンターから右方向へ打ち返す技量の高さが見られた。

 また足も絡め、次々に一・三塁の状況を作っていく。とりわけ六回表、一・三塁からスクイズとタイムリーで決定的な2点を追加した攻撃は、鮮やかだった。

 

 九州大会へ向けて課題があるとすれば、投手も含めた守備だろうか。

 この日も3失策。エラー絡みでピンチを招いた場面もあったので、そこは修正してもらいたい。とはいえ、好プレーも随所に見られた。昨秋からの進歩は見られるので、もう一歩といったところか。

 

 投手陣に関しては、未知数である。今大会、5試合で9失点という数字はまずまずだが、県内ではそこまで強打のチームと対戦していない。

 九州大会では、もっと我慢の投球を強いられる場面も出てくるだろう。そこで集中を切らすことなく投げられるかどうか、シュミレーションを重ねてもらいたい。

 

 敗れた沖尚も、エースの吉山君は自責点0の投球。今大会を通じて、甲子園クラスの力があることを証明できた。

 

 個人的には吉山君を先発させてもらって、沖水打線相手に一回からどれくらい投げられるか試して欲しかったが、彼の先発回避については、沖尚側に何らかの意図があったのだろう。これは推測だが、沖水という全国クラスの打線に対して、現時点で誰が通用するのかをテストする意味合いだったのではないだろうか。ただテストだとすると、吉山君以外は厳しい結果に終わったが……

 

 投手力はある程度の目処が立ったと言えるが、やはり課題は攻撃だろう。全6試合のうち、3点以下に終わった試合が3試合というのは、強豪・沖尚にしては寂しすぎる。

 

 とはいえ、個々の技量が低いわけでは決してないと思う。問題は“意識”だ。

 準決勝の宮古戦辺りから気になっていたが、初球から難しい球に手を出して凡退という場面が目立った。特に決勝では、相手が四球や守備のミスでランナーがたまった状況で、そんなバッティングが何度か見られた。これでは得点力が低くなるのも当然である。

 

 例えば試合の前半は、初球から手を出さずじっくりとボールを見て、ねらい球と捨てる球を決める。そして後半に、ねらい球を見逃さず打っていく。そんな“意識”をチームとして徹底することも、今後必要になってくるだろう。

 

 捨てる球に関しては、ただ手を出さないというだけでなく、追い込まれた状況であればファールに逃げるという方法もある。――これはもう、練習から意識して取り組んでいくしかないだろう。

 

 また今大会、各打者の“振りの鈍さ”が気になったが、これはすべての球種に対応するためミート重視のスイングを心掛けていたからかもしれない。ただ、やはり強振しないと、打線の怖さは出てこない。それは沖尚の選手達も、沖水のバッティングを見て痛感したのではないだろうか。

 

 強振できないのは、すべての球種を打とうとするからである。基本的には速球狙い、変化球は高めにきたら狙う。他は捨てる。それくらい割り切っても良いように思う。

 

 ただ春の大会は、こうした課題を見つけるための場でもある。私がここで指摘したような事項は、本人達が一番痛感していることだろう。沖尚ほどのチームが、この負けの悔しさにただ黙っているとは思えない。夏の巻き返しに期待したい。

 

 勝った沖水にしても、現状で満足していると、夏には足元を掬われかねない。何より今大会はコロナで辞退した興南が加わるし、沖尚や前原も“今度こそ”の思いでぶつかってくることだろう。追われる立場のプレッシャーを味わうのは、これからである。

 

 確かなことは、沖水、沖尚ともそれぞれの長所と課題が明らかとなった大会だったということ。長所を伸ばし、課題は少しでも改善する。簡単なことではないが、今年の沖縄高校野球をリードする二校として、頑張って欲しい。

 

大阪桐蔭を倒す、数少ない”勝利パターン” ~第94回選抜高校野球より~

f:id:stand16:20190707211434j:plain

 

 大阪桐蔭は、確かに強い。選抜優勝時のインタビューで、星子キャプテンが「三度目の春夏連覇を目指したい」と話していたが、十分にその力を有していると思う。

 

 しかし、他校にまったくチャンスがないわけではない。“あるパターン”に持ち込めば、多少力量で下回っていたとしても、番狂わせを起こせる可能性はある。

 

 例えば――初回に猛攻を仕掛け、一挙に3,4点もぎ取る。1,2点ではダメだろうが、さすがに序盤で3,4点のリードを許せば、いかに大阪桐蔭といえども慌てるだろう。

 慌てれば、普段通りのプレーができなくなり、ミスするようになる。そこに付け込む隙が生まれてくるというわけだ。

 

 もう一つ。これは、鳴門の冨田投手のように、好投手を擁するチーム限定だが……点を取られても最少失点でしのぎ、残塁を増やさせることである。そして、終盤のワンチャンスで一気に得点を重ね、ひっくり返す。

 

 要するに、大阪桐蔭のペースで野球をさせないことだ。

 

 厄介なことに、今年の大阪桐蔭は接戦にも強い。それは選抜大会の一回戦、鳴門に3-1ときっちり勝ち切った試合で証明済みだ。

 “少ない得点機をモノにする”という展開になると、大阪桐蔭はおそらく隙を見せないだろう。だから序盤で大きくリードを奪い、慌てさせ、攻守のいずれかでミスを誘う――そんな展開になれば、勝機を見出すことができるはずだ。

 

 逆に言えば……それくらいしか、今年の大阪桐蔭は負ける姿が想像できない。2018年以来、またしても突出したレベルのチームが誕生したことになる。