南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

美来工科を苦しめた未体験ゾーンの駆け引き——興南、記録的な猛打で2年ぶりの甲子園へ

【決勝戦興南 15-1 美来工科

 

 いやぁ、参りました……と言うほかない。

 

 春から夏へかけて、興南がかなり戦力的に上積みされていることは理解していた。ロースコアの試合が続いてはいたものの、“ここ”という時には確実に得点する打線の集中力の高さも、感じ取っているつもりだった。

 

 それでも、ここまでとは。過去二度も敗れている難敵を相手に、この決勝戦でその力を爆発的に発揮するとは予想し得なかった。

 

 単純な選手個々の能力では、むしろ美来工科の方が総合的に上回っていたと思う。

 

 だが、さすがに百戦錬磨の興南。決勝へ向けてのコンディションの持っていき方、相手投手の攻略法、選手起用、その他様々な面——まさしく“チーム力”という部分で、大きく相手を凌駕していた。

 

 敗れた美来工科は、この決勝戦への備えという点において、明らかに経験不足を露呈してしまった。有り体に言えば、少しウブだったように思う。

 

 具体的に言えば……興南は、美来工科が“されたら嫌なこと”をすべて実行した。一方の美来工科は、自分達が“得意なこと”しかできなかった。

 

 お互いの弱点を突き合い、それでも粘り強く凌いでいく。そういうレベルの戦いは、新興勢力の美来工科にとっては未体験ゾーンだった。

 

> 特に、先発の山内は全体的のボールが浮き気味で、高さを見極めベルト付近に入ってきた球を狙い打ちすれば、十分攻略できたと思うのだが。どうも速球自体に目が慣れていないようだった。離島で練習試合が組みにくいというハンデもあったかもしれない。

 

> 逆に興南は、できれば変化球は捨て(見逃すかファールに逃げる)、真っすぐを狙いたい。準決勝を見る限り、山内は低めの制球はあまり良くなかった。明らかなボールは見極め、例えば肘からベルトまでというふうにコースを絞り、逆方向へライナーで打ち返す。そういうバッティングができれば、相手バッテリーにプレッシャーをかけることができる。

 

(前回エントリーより)

 

 決勝戦でも、山内は初回から真っすぐが高めに浮いていた。速球派投手に慣れていないこれまでの対戦相手であれば、通用したのだが……この日は相手が悪かった。速球を狙い打ちされ、いきなり2点を失う。

 

 美来工科バッテリーは、この時点で“変化球主体”の配球に切り替えるべきだったと思う。

 

> 興南のここまでの試合を見る限り、変化球を捉えて打ち返す技術は、そこまで高くないように見受けられる。逆に真っすぐは、高めに入れば捉えられるだろう。

 外角寄り、できれば低めに変化球を集めたい。何本かヒットにされても、連打を浴びなければそうそう点を失うことはないはずだ。

 

(同じく、前回エントリーより)

 

 だが、なまじ球威に自信があったためか、それとも制球自体に不安を抱えていたせいか分からないが……いずれにせよ、バッテリーは速球主体の配球を変えなかった。

 

 そこを興南打線が、徹底的に狙ってきた。

 

 試合のVTRがある方は、確認してみると面白いと思う。初回から、山内慧が降板するまで、興南の各打者はすべて「高めの真っすぐ」に手を出している。しかも、ただ狙うだけでなく、2ストライク取られた後は変化球をカットし、相手バッテリーが真っすぐを選択せざるを得ない状況に追い込んでいる。

 

 こんな執拗な攻め方をされた経験は、もしかしたら初めてだったかもしれない。バッテリーだけでなく野手陣の動揺をも誘い、それが一四回までの大量得点へとつながった。

 

 さらに、おそらくもう一つの“誤算”があったように思う。

 

> 興南の先発は、川満大翔・上原麗男のどちらかだろうが、二人とも球が高めに浮くことがある。その球を狙い打ちしたい。美来工科には、長打力がある。走者が溜まった場面で打てれば、ビッグイニングを作ることができる。

 

 今大会ここまでのパターンから、この試合も川満・上原のどちらかが先発だと予想していた。これは美来工科ベンチも同じだったかもしれない。二人のうちどちらから23点以内に抑え、終盤を宮城大弥に託す……という継投だと思われたのだが。

 

 今大会、ここまでリリーフ登板しか経験のない投手——しかも1年生を、決勝戦という舞台でいきなり先発させる。こんな采配は、普通の監督にはできないだろう。それを大胆にもやってのけるのだから、さすがは勝負師・我喜屋優である。

 

 その宮城は、コントロールと度胸はすでにかなり高いレベルにある。さらにこの日、九回を投げ切るスタミナまであるということも証明できた。

 

 特に素晴らしかったのは、“低めへのコントロール”である。13奪三振にばかり目が行きがちだが、より注目すべきは、あれだけ猛打を誇った相手打線に、長打を一本も打たせなかったことだと思う。低めを突いているから、上手く捉えたとしても単打にしかならない。

 

 また見逃せないのは、準々決勝から先発マスクを被る渡辺健貴の好リードである。特に印象的だったのは、試合が落ち着き始めた終盤だ。積極的に振ってくる相手打者の狙いを察し、早いカウントでは変化球を投じ打ち気を逸らした後、タイミングを狂わせ打ち取っていた。

 

 渡辺が出場するようになった準々決勝以降、興南はわずか1失点である(三回戦までは4失点)。彼のリード面での貢献も、かなり大きかったと感じる。

 

 かくして、興南がこちらの予想を覆す大勝で、2年ぶりの甲子園出場を決めた。

 

 正直、個々の能力で際立つ選手はまだ少ない。決勝戦以外は得点力不足に苦しんだ打線に関しては、言わずもがな。県大会では5失点に抑えた投手陣も、全国ではさらに強打を誇るチームと対戦することが予想される。

 

 ただシード4校の中で、春から夏にかけて最も伸びたチームは興南だった。これは彼らの伝統でもあるのだが、常にチームを成長し続けられる環境、言わば“無形の力”を備えている興南なら、甲子園大会へ向けて更にレベルアップを果たしてくれるものと期待している。

 

 そして、敗れた美来工科ナインへ。

 

 決勝戦では力を出し切れなかったとはいえ、新チーム発足時から今夏にかけて、ほぼ安定した戦いぶりを見せてくれた。その実力は、評価されてしかるべきである。繰り返すが、足りなかったのは“経験”だけ。そこに気づき、さらなるチーム強化へつなげていけるのであれば、この敗戦は将来へ向けて大きな糧となるはずだ。

 

 決勝戦で、興南は美来工科の弱点を、これでもかというくらいに突いてきた。これはすなわち、それだけ“力のあるチーム”だと警戒されていた証でもある。

 

 願わくば、来年ないし再来年——もう一度甲子園出場を狙えるチームとして、勝ち上がってきて欲しい。その時は間違いなく、もっと拮抗した勝負を演じられることと思う。