南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

「重い」勝ち点3、消えた“緩み”——コンサドーレ札幌1-2鹿島アントラーズ<戦評>

 コーナーキックのこぼれ球が、交代で投入されたばかりだった兵藤慎剛の前で弾む。ダイレクトで蹴り返すと、ボールはゴールポストに当たり、そのままネットを揺らす。

 

 相手のコンサドーレ札幌からすれば、ラッキーパンチが当たったような感覚だろうか。鹿島にとっては、ややシュートへの寄せは甘かったが、ほとんど不運としか言いようのない形で同点弾を許した。

 

 試合を振り出しに戻された瞬間、私はテレビ画面に向かって「何だよ」と呻いた。しかし、さほど感情が揺れることはなかった。冷静にというよりも、どこか醒めた気持ちだったのだ——今は“こういう流れ”なのだ、と。

 

 サッカーに限った話ではない。スポーツにおいて“流れ”とは、極めて厄介なものだ。

 

 良い流れの時は、何をしても上手くいく気がする。信じられないような好プレーが連発し、途中で劣勢になっても最後はひっくり返せてしまう。だが、その状態はいつまでも長くは続かない。

 

 流れが悪くなると、反対に「何をしても上手くいかない」ということが起こり得る。それまで簡単に決まっていたパスやシュートが、決まらなくなる。その一方で、相手にビッグプレーまで飛び出してしまう。まさか、嘘だろ……と、嘆きの言葉が口をつくようになる。

 

 第28節でサガン鳥栖に敗れて以降、鹿島は天皇杯も含め、公式戦で1勝3敗(うち一回はPK負け)である。チーム状況は、明らかに良くない流れへと傾いていた。

 

 優勝するためには、ここで負けてはならない。良くない流れに、このまま飲み込まれるか。それとも踏み止まり、押し返すことができるか。押し返せるだけの底力が、今の鹿島にあるのかどうか。

 

 飲み込まれてしまうようなら……所詮はそこまでのチーム力だったと、諦めるしかない。そう開き直るような気持ちになった。

 

 その後、何度か札幌守備網を崩しかけるも、GKの好セーブに遭いなかなか相手ゴールを破れない。やはり終盤の数試合は、1点が重い。打ち破るのは、簡単なことではないな……と思いかけた、その刹那だった。縦パスに抜け出した金崎夢生が、倒れ込みながらゴール右へ流し込む。

 

 エースの気迫が、流れを引き寄せた。

 

 リードを奪ってからの20数分間は、まさに優勝への“執念”を思わせた。終了間際に追い付かれた天皇杯の教訓はあったにせよ、どの選手も懸命に体を張り、時計の針を進めていく。まさに「勝つためのプレー」を、チーム全体で徹底していた。

 

 差は1点。天皇杯の悪夢も、何度か脳裏にちらつく。危ない場面も数回あった。しかし、泥臭くも懸命に体を張る選手達の姿を見て、次第にこう確信していった——きっと大丈夫だろう、と。

 

 やがて4分間のアディショナルタイムを乗り越え、ホイッスルが鳴る。優勝へ向け、「重い」勝ち点3を手にした。30分遅れで試合を行っていた川崎フロンターレが、柏レイソルと引き分けたため、勝ち点差は4に開く。

 

 試合後、ふと気付く。前節までの、チーム全体にどこかしら漂っていた“緩み”の空気が、見事なまでに消え去っていたことを。同時に……昨年のCSの時に感じられた、張り詰めたような空気感。それが戻りつつあることも。

 

 残り3試合。当然、最後まで分からない。だがようやく、このチームに「勝てる匂い」を感じてきた。