南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

賛否は別として――【W杯グループリーグ第3戦】日本0-1ポーランド<雑感>

 

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 手離しで称えることは、やはりできない。だが……

 

 時間稼ぎという手段を選択せざるを得なくなったのは、コロンビア先制の報が入っただけでなく、同点を狙いに行けばさらに追加点を奪われかねないほど、ゲームの流れが悪かったこととも無関係ではないはずだ。

 

 二戦を終えた選手達の疲労度から、スタメンを変更する。また、試合会場が酷暑だったこと、引き分け以上でグループリーグ突破といった条件から、あまりギアを上げずゆっくりと試合を進めようとした狙いも感じられた。いずれも悪くない判断だったと思うが、「6人も変える」というのは、さすがに博打が過ぎる。

 

 具体的には、CFの大迫勇也、CBの昌子源は、先発から外すべきではなかった。

 

 前二戦と違い、日本の攻撃はコンビネーションで崩す場面が乏しく、武藤嘉紀宇佐美貴史の個人技に偏り、大きく迫力を欠いていた。それは、キープ力のある大迫の不在によりボールの収め所がなかったこと、昌子の効果的な持ち上がりはないため選手間の距離が空いてしまい、ショートパスが繋ぎにくくなったことが原因である(香川真司の不在も大きかったが、コンディションを考慮すると仕方がない)。

 

 運動量を上げたくないのであれば、前線にキープ力のある大迫は残し、彼を起点として敵陣でポゼッションした方が良かった――相手も前線から激しくプレッシングを掛けてくることはなかったのだから。

 

 また、先に失点して得点が必要になれば、どうしてもギアを上げざるを得ない。それを避けるには、なおさら守備陣の安定は不可欠だ。Jリーグでの試合でさえミスの多い槙野智章を、守備固めの途中投入ならともかく先発で起用させたことは、かえって守備の不安を増幅させてしまったように感じる。

 

 さらには、多くの人が指摘しているように、セネガルが同点ゴールを挙げ勝ち点で逆転されてしまうリスクが、タイムアップの瞬間まであった。そうなれば、一戦目・二戦目も含め、すべて台無しである。

 

 このように、先発メンバーの選び方や戦術面について、それが「効果的だったか」という点で疑問が残る。

 

 ただ同時に――あまり言われていないのだが、大いに賞賛されるべきことがある。一連の采配を、西野朗監督が選手達に「納得させた」ことだ。

 

 1点ビハインドを追い付こうとせず、他会場の結果如何でひっくり返るリスクを承知で時間稼ぎをする。見ている方もフラストレーションを溜める展開だったのだから、プレーする選手達にとってはなおさらだろう。内心、面白くないと思っていた選手もいたに違いない。

 

 しかし、実際にはピッチ上の11人全員が、監督の意図を理解し(正しいか間違っているかは別として)同じベクトルを向いてプレーしていた。内心の葛藤はあったにせよ、各人が「西野さんが言うのだから」と納得した上で、時間稼ぎに徹したのだ。

 

 言葉にすると簡単だが、並大抵のことではない。 よほどの信頼関係、そしてチームの結束力がないと、あのようなプレーはできない。しかも現日本代表は、つい二ヶ月前にコミュニケーションの問題で、前監督が解任されたチームなのだ。

 

 スポナビ+時代から当ブログで何度か書いてきたことだが、良いチームの条件を一つ挙げるなら――迷わないこと、である。より正確に言えば、チーム全体の意思統一がなされている、ということ。

 

 過去の日本代表が、W杯本大会で良いパフォーマンスを発揮できた試合は、この「意思統一」が上手くいったケースだった。逆に意思統一が図れず選手間がばらばらに判断してしまうと、ドイツ大会やブラジル大会のように、大敗を喫してしまっていた。

 

 ただ、過去の大会では「守り切る」という比較的シンプルな部分だった。それが今大会では、「攻め切る」「時間を稼ぐ」といった、より覚悟を伴う部分でも意思統一が図られ、迷いなくプレーしているように見える。

 

 賛否は別として、今の日本代表が「迷いなく」プレーできる状態にあること、「覚悟を伴う」部分において意思統一が図られていることは、この三戦目からも十分見て取れた。

 

 激しいブーイングを浴びながら、自身も葛藤を抱えながら、それでも決勝トーナメント進出という目標に向けて「必要なこと」をやり切ったチームである。それが「勝ち切る」というベクトルに向かった時、どのようなプレーを見せてくれるのか。……正直、そういう期待も膨らんだ。

 

 願わくは、その“覚悟”が次戦において報われんことを。