南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

特別なことは必要ない。”当たり前のこと”さえ実行してくれれば――サッカー日本代表・森保一新監督就任に際して

人気ブログランキング

 

日本代表 人気ブログランキング IN順 - サッカーブログ村

 

 森保一氏のサッカー日本代表監督就任に関して、個人的にさほど感慨はない。

 

 もちろん、取り立てて異論があるわけでもない。予想の範疇だったし、また極めて妥当な判断だと思う。

 

 今回の監督選考に際しては、かなり明確な条件があった。すなわち「ロシアW杯の“日本らしいサッカー”を継続すること」及び「選手の世代交代を図ること」の2点だ。これを踏まえると、ロシアW杯の日本代表チームにコーチングスタッフの一人として帯同し、また五輪代表監督でもある森保氏に依頼するのは、一つの論として筋が通っている。

 

 世代別の代表チームを率いた経験がない点は、確かに懸念材料ではある(私が関塚隆氏や手倉森誠氏を推したのは、五輪代表監督の経験があるから)。ただそれは、関塚技術委員長ら周囲のサポートにより、十分カバーできる。また代表監督の経験があるからといって、上手くチーム作りができるものでもない――それはハリルホジッチ体制時に嫌というほど味わったはずだ。

 

 逆に言えば、ネガティブ要素はそれだけである。現時点での経験値はともかく、森保氏の監督としての力量については、疑う余地はない。

 

 かつてサンフレッチェ広島を率いた際には、毎年のように有望選手を他クラブに引き抜かれる苦しい台所事情を抱えながら、2012年・2013年にJリーグ連覇を達成するなど、三度のリーグ優勝を果たしている。この実績は、W杯の日本代表を率いた二人の日本人監督、岡田武史西野朗両氏をも上回っている。

 

 我が鹿島アントラーズも、当時の広島には再三煮え湯を飲まされた。とりわけ2013年シーズン、世代交代期にあったとはいえ、天皇杯とリーグ戦でチーム完成度の違いを見せ付けられている。特にリーグ最終節では、カシマスタジアムで0-2と手も足も出ない完敗を喫し、目の前で優勝を決められる屈辱も味わった。

 

 それだけに、よく分かる。間違いなく、国内有数の優秀な指導者であると。

 

 しかし――我々は、そろそろ学ばなければならない。一代表監督に、あまり多くを求めるべきではないということ。期待するのは当然にしても、高望みは後の失望を招くだけということを。

 

 間違っても、森保監督に「日本サッカーの基礎を作って欲しい」だとか、「日本サッカーに足りない部分を補って欲しい」だとか、純粋な試合の勝ち負け以上のものを求めてはいけない。以前も書いたが、それは日本サッカー全体で取り組まねばならないこと。目指さなければならないこと。代表監督とはいえ、一人の人間だ。一個人に背負わせるべき性質のものではない。

 

 私が現時点で、森保監督に求めたいのは、次の3点である。

 

 1つ目は、セットプレーの得点する形を作ること。プレースキッカーの精度に頼り切るのではなく、例えばショートコーナーを使って相手の守備陣形をずらさせたり、あえてファーに蹴り逆サイドから展開したりする。セットプレーで得点できるようになれば、相手が守備に人数を割き崩せなくとも、さほど焦らなくて済む。

 

 2つ目は、リードを奪った終盤の“守り切る形”を作ること。例えば、トップ下を削りダブル・ボランチの後方にアンカーを置く。あるいは、前線に運動量豊富なFWを投入し、相手のボール保持者にプレッシャーを掛けさせる。または、サイドハーフの位置にディフェンシブな選手を配置し、相手のサイド攻撃を封じる。“守り切る形”を持っていれば、緊迫した試合展開でも心理的な余裕が生まれ、迷わずプレーすることができる。

 

 3つ目は、攻守における“高さ対策”である。

守備においては、ディフェンスラインを高く設定。ロングボールを放り込まれ、こぼれ球を拾われたとしても、なるべくゴールから遠い位置にさせる。また、アンカーやFWに長身選手を置き、ゴール前での競り合いに参加させるという手もある。

 

 攻撃においては、特に平均身長の低いアジアのチームと戦う際には、ハーフナー・マイクのような長身FWを先発起用する。日本サッカーにおいては、単純な放り込みは忌み嫌われる傾向にあるが、それが効果的なら捨てるべきではない。

 

 まとめると――つまり、勝つために“当たり前のこと”を、確実に実行して欲しいということ。特別な戦術も、奇抜な選手起用も、必要ない。その時点での最善手を打ってくれれば、それで十分だ。

 

 いい加減、我々は認識しなければならない――「日本サッカーの方向性を定めるのは、代表監督の仕事ではない」ということを。