南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第3話】「意外な訪問者!?」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

※前話(以下のリンクより) 

stand16.hatenablog.com

 

第3話「意外な訪問者!?」の巻

※一部エピソードを追加しました。(2019.2.14) 

 

 二塁ベース付近、ややレフト寄りに速いゴロが飛ぶ。束の間、センターへ抜けたと思ったのか沸き立つ相手ベンチを、イガラシは視界の隅に捉える。

 残念。ここは余裕で、俺の領域だよ。

 左腕を目一杯伸ばしたものの、飛び付くまでもなく、ある程度余裕を残して白球をグラブに収める。ほぼ同時に、丸井がまるで予測しきっていたかのように、二塁ベースへと入る。

「へいっ」

 イガラシが右手で素早くトスすると、丸井は遅れて滑り込んでくる走者を嘲笑うかのように、間髪入れず一塁へ転送する。一瞬にして、ダブルプレーが成立した。相手チームの「あぁ……」と嘆く声が、こちらには心地良く響く。

「ナイスだぞ、イガラシ」

 サードを守る谷口が、そう言って白い歯を見せる。

「ドウモ……」

 イガラシはニコリともせず、帽子を持ち上げ軽く会釈した。そのまま、視線を左へと移す。丸井が、得意げな顔でこちらに親指を立てた。へぇ……と、胸の内で呟く。

 さすがだな。丸井さん、俺が捕るって分かってたのか。

 丸井と二遊間のコンビを組むのは、意外にも高校が初めてだった。墨谷二中時代、イガラシはピッチャー以外では、ほとんどサードを守っていた。

 しかし、初めてとは思えないほど、息はピッタリだ。コンビを組んだことはないというだけで、お互いの動きは熟知している。おまけに中学の頃よりも、丸井の守備は明らかに鋭さを増していた。

 今もし、丸井とセカンドのポジションを争うことになったら……それでも最終的には自分が勝つと思ってはいるが、かなり激烈な争いを繰り広げることになるだろう。

 墨谷二中の“名セカンド”か。慎二(※イガラシの弟。現在は墨谷二中の不動の二塁手として活躍中)が言ったのも、まんざらお世辞じゃねぇよな。

 土曜日ということもあり、グラウンド脇やバックネット裏では、だいぶギャラリーが増えてきている。中には、墨谷のものでない制帽に学ラン姿の男子生徒が、ちらほら見える。どうやらライバル校の偵察部隊らしい。

 わざわざご苦労なこった。うちの弱点を探せるもののなら探してみな。この展開じゃ、ろくな収穫はないだろうけど。

 鈍い打球音が響く。松川の内角への直球に、相手打者が力負けしたようだ。ホームベースのやや後方へ、白球が高々と上がる。倉橋が「オーライ」と右手を上げ、数歩下がっただけで難なく捕球する。キャッチャーファールフライ、スリーアウト。

 簡易スコアボードの「八回裏」の枠に、墨谷の控え部員が「0」と書き込む。 

 相手の大島高校は、昨年夏の三回戦でも対戦し、接戦の末何とか下したという。強力打線が売りのチームらしく、見た目にも腕っぷしの強そうな選手揃いだったが、ここまで四回裏に犠牲フライで一点を奪われたものの、あとはすべて無失点に抑えている。

 松川の好投に呼応するように、打線も力を発揮する。大島は主戦投手を立ててきたが、初回と三回に一点ずつ奪うと、一点差とされた直後の四回裏に一挙三点を追加。

 その後、大島は二人のリリーフ投手を継ぎ込み目先を変えようとするも、難なく攻略しさらに二点を追加。八回を終え、7-1と大きくリードを奪っていた。

 五番ショートで先発起用されたイガラシも、二打席連続で三塁打を放つなど、三打数三安打。もう硬球への戸惑いは、完全に拭い去った。悪くない……どころか、これ以上ない結果を残したといって良い。

 なのに、どこか胸の内が落ち着かない。

「おいイガラシ。何ぼうっとしてるんだ」

 袖を軽く引っ張られる。丸井が、怪訝げな目をこちらに向けていた。

「そろそろネクスト行かねぇと。谷口さんの次は、おまえだろ」

「あっスミマセン……あれ、丸井さんは?」

「うるせぇよ。前の回にセンターフライ、悪かったな」

「……あの、丸井さん」 

「何だよ。三本もヒット打った奴が、そんな深刻そうな顔……おおっ」

 墨谷ベンチから歓声が上がる。倉橋がレフト線へ二塁打を放った。続いて谷口が、ゆっくりと打席へ入っていく。

 イガラシは、左手にバッティンググローブを嵌め、無人になったネクストバッターズサークルへと入った。マスコットバットを一回、二回と素振りする。

 谷口は、四球で出塁した。ストレートの四球だ。この試合、流れを決定付けたのは谷口の四回裏のツーランホームランだった。それで相手バッテリーが警戒したのか、際どいコースを狙った球が、ことごとく外れてしまう。イガラシは、軽く舌打ちした。

 所詮は控え投手か。打撃で鳴らすチームは、「打てない」とさっぱりだよな。まったく、これじゃあ練習になんねぇよ。

 打席に入ると、相手投手が肩で息をするのが見えた。その初球――変化球がすっぽ抜けたのか、力のない球が真ん中高めに入ってくる。

 躊躇いなく振り抜いた。打球がレフト側となる校庭の塀を超えた瞬間、イガラシは二度、三度と首を横に振った。密やかに溜息をつく。

「すげぇっイガラシぃ」

 丸井がすっとんきょうな声を上げた。ほぼ同時に、味方ベンチが総立ちになる。

 ゆっくりとダイヤモンドを回り、倉橋、谷口に続いてゆっくりとホームベースを踏む。ベンチに戻ると、丸井そして他のチームメイトから、手荒な祝福が待っていた。頭や背中をバンバンと強く叩かれる。

「相変わらず、可愛げのない野郎だな。軟式も硬式もカンケ―なしかよ」

「アピールがくどすぎるだろっ。他の奴が試合出れなくなっちまうじゃねぇか」

「この体で、よくあそこまで飛ばせるよな」

「四打数四安打、最後がホームランって。王や長島も真っ青だぞ」

 頭や背中を、バシバシと叩かれる。

「……やっ、やめて下さいよ。今のは相手の失投です」

「失投を見逃さないのが、スゴイんだよ」

「谷口を差し置いて、もう四番に置いてもいいんじゃないか」

 ようやくベンチに戻り、ふと顔を上げた時、谷口がこちらに視線を投げかけていることに気付いた。心なしか……いや確実に、どこか浮かない表情を浮かべている。

 もしかして……谷口さんも、俺と同じ気持ちなんじゃ……

 最終回。イガラシは上級生と交代させられ、ベンチで見守ることとなった。マウンドには、イガラシの少年野球時代のチームメイト・井口源次が上がる。谷原戦では投げなかったから、これが高校初登板となる。

「強気でいけよ、井口」

 ベンチの前に立ち、声援を送る。

「変化球で“かわそう”なんて、考えるんじゃねぇぞ。おまえの速球でねじ伏せろ」

「うるせっ。誰にモノ言ってやがんだ」

 すぐさま憎まれ口が返ってきた。くすっと笑いがこぼれる……アイツも平常運転だな。しかし、硬式でも同じように投げられるか。

 ふとベンチを振り返る。野球バッグにグラブ、バット。アップ用シューズ。用具が整然と並べられていた。強豪校だった墨谷二中では、当たり前の光景だったが、それとまったく同じ緊張感が漂っている。

 強いチームは、用具の並べ方からして、違う。青葉や和合といった強豪校との対戦で、相手ベンチを観察した際、気付いたことだった。それと同じ“ニオイ”が、目の前の光景から漂ってくる。谷口が「変えた」のだと、イガラシは確信していた。

 スゴイな谷口さん。最近まで“弱小”だった野球部とは、とても思えねぇよ…… 

 やれることはやっている。だからこそ……谷口さんも、感じているはずだ。努力や多少の運だけでは埋めがたい、谷原を始め「甲子園常連校」との、絶望的な差を。

 サードの守備位置で、他のナインに声を掛けるキャプテンの微笑みを湛えた横顔に、イガラシは無言で問う。

 他にやれることはありますか。「勝つため」なら、俺は何でもします。けど……

「うわっ、アイツやばいぞ」

 ダウンのキャッチボールを終えた松川が、イガラシの隣に来て呟く。

 井口は先頭打者を打ち取ったものの、後続に対しストライクが入らない。とりわけ、中学時代は武器にしていたはずの変化球の制球を乱している。連続四死球で、一死一・二塁。大差でリードしているとはいえ、嫌なムードになりかけていた。

「あちゃぁ……松川さん、アイツまだ硬球に慣れてないです」

「そんな感じだな。手に馴染んでないっていうか」

 二塁ベース上で、丸井が何か言いたげにこちらを見つめている。明らかに苛立った表情だ。

「こういうトコなんですよ。アイツ、どちらかというと才能だけで野球をやるタイプなので……近藤と一緒です」

「近藤?」

「あっ知らないですよね。俺と丸井の、中学の後輩です」

「いや、テレビで見たよ。去年の選手権で……体格といいボールといいバッティングといい、中学生とは思えなかった。けど、どう見ても“お山の大将”って感じで、扱うの結構大変そうだな」

 松川の呑気な物言いに、つい苦笑いを浮かべてしまう。“結構大変”どころじゃなかったですよ、松川さん。アイツのムラっ気をコントロールするのに、どれだけ苦労したか。丸井さんなんて、何度「あんな奴クビだ」って騒いだことか。

「……あっ」

 快音が響く。井口の「置きにいった」力のない直球が、真ん中に入ってしまう。それを狙い打たれた。やれれた……と思った瞬間、サードの谷口がジャンプ一番、グラブに収める。

「セカン!」

 倉橋の声が飛ぶ。抜けたと思い、二塁走者が飛び出してしまっていた。すでに丸井がベース上でグラブを構えている。谷口が難なく転送し、ダブルプレー

「ゲームセット。選手整列!」

 アンパイアの声に、両チームの選手達がホームベースを挟み、並んで向かい合った。イガラシも松川と一緒に、駆け足でその列に加わる。

「十対一で、墨谷高校の勝ち。礼!」

「アリガトウゴザイマシタっ」

 列が散るや否や、墨谷ナイン達の口からは、次々と満足げな言葉が飛び出した。

「いやぁ、まさかこんなにスッキリ勝てるとは」

「去年やっとかっと勝てた大島から、十点も取れるなんて。俺達、強くなってんじゃん」

「反省が必要なのは……」

 誰かが、井口の大きな尻を軽く蹴り上げる。

「イテっ」

「こいつだけだな。ナァ井口」

「ほんとだぜ。谷口のファインプレーがなかったら、案外もつれてたかもしんねぇぞ」

「……オイ、いい加減にしろよ」

 さすがに倉橋が、浮かれるナイン達を窘める。

「今日は出来すぎだ。向こうさんも、練習試合だからって、ほとんど真っすぐとカーブだけだったろ。お得意のシュートは封印しやがった。打てて当然。本番もこの感じでいけると思ったら、大間違いだからな」

「そんなの分かってるって。けど倉橋、おまえだって少しほっとしたろ。谷原戦の後、一発目の練試だったんだぞ」

 この試合は控えに回った三年生の横井が、諫言を遮る。

「今日も苦戦してたら、さすがにチーム強化に響くだろ。ムードも悪くなる。少し間違えばドツボに嵌りそうだったのを、たった一試合で脱したってだけでも、十分評価できるんじゃねぇか」

「……まぁ、それはそうだけどよ」

「ほら、正捕手のおまえが、そんなツラしてっから。今日の“ヒーロー”の一年坊が、もっと難しい顔してるじゃねぇか……なぁ、イガラシくん」

「……えっ」

 名前を呼ばれるまで、自分のことを言われていると気付かなかった。困惑したまま、倉橋と顔を見合わせる。

「四の四だぜ。しかもスリーベース二本、ホームラン一本、計五打点。俺、もう卒業まで試合出られねーよ」

 横井は「アーメン」のポーズを取り、天を仰ぐ。

「いや。おまえ確かに、そろそろヤバイぞ」

 にこりともせず、倉橋は言った。

「今まで横井は、内外野両方できるってことで、試合には出易かったけどな。ショートはイガラシと、外野も島田や他の一年生と競争することになった。空いたポジションに回ればいいさ、なんて思ってると、本当にレギュラーが危うくなる」

 横井は大仰に「オーマイガー」と叫んだ。真面目に突っ込んだにも関わらず、あまりにも呑気な物言いに、倉橋は頭を抱える。他のナイン達は笑い声を上げた。

「けどイガラシ」

 横井の目下のライバル・島田が、背後からぽんと肩を叩く。

 島田は、墨谷二中時代からの一学年上の先輩だ。丸井と同学年である。中学時代から、俊足巧打の外野手として活躍しており、その実力はイガラシも一目置いていた。

「横井さん、ああしてトボけてるけど……なかなかの実力者だぞ。さっきも言ったように、内外野両方とも守れる、チームにとってかなり貴重な存在だ。本人は『バッティングが苦手』と言っているが、こっちも腕を上げてきているしな」

「分かります。普段の練習を見てりゃ」

 イガラシは、小さくうなずいた。

「でも……外野手としては、島田さんの方が上でしょうけど」 

「何だよ。柄にもなく人を持ち上げたりして、気味わりぃぞ」

「そう言いながら島田。顔がにやけてんぞ。照れてるのか」

 横井に突っ込まれ、島田は「そ、そんなこと……」と大仰に手を振った。

「……あれ、そういえば」

 ふと、周囲を見渡す。ナイン達の輪の中に、谷口の姿がないことに気付く。

「キャプテンは……」

「谷口? あぁ、向こうで新聞記者の人と話してるぞ」

 倉橋が、正門の方向を指差した。確かに谷口が、記者らしい大人の男性二人と、何事か話し込んでいる。

「へえっ。この時期にもう、取材ですか」

 丸井が嬉しそうに、話に割り込んできた。

「大会まで二ヶ月もあるというのに。今年の墨谷、そんなに注目されてるんですね」

「違うよ」

「あらっ」

 倉橋に冷静に突っ込まれ、丸井は分かりやすくずっこける。

「各シード校のキャプテンに、夏の大会の展望を聞いて回っているそうだ。にしても熱心だよな。あの記者二人、試合が『済んだら話を聞かせて欲しい』と言って、ああしてずっと待ってたんだぞ」

 そうか、あと二ヶ月なのか。図らずも丸井が口にした言葉を反芻する。

 二ヶ月――とても足りねぇよ。谷原との、あの「圧倒的な差」を埋めるには、ちょっとやそっと練習しただけでは、とても無理だ。練習して、練習して、練習して……くそっ、どれだけ練習すれば奴らに追い付けるのか、見当も付かねぇよ。

 墨谷二中時代を思い出す。

 ひたすら練習した。自分も仲間達も、泥だらけに傷だらけになりながら、血反吐を吐くような思いで、毎日練習に明け暮れた。

 そして……勝った。あの青葉に、そして和合に。全国の並み居る強豪を次々に倒し、三年時にはとうとう中学野球の頂点へと上り詰めた。

 なぜ勝てたのか。それは一にも二にも、「どのチームよりも練習したからだ」と思っていたし、メディアの取材などでもそう答えていた……ある時期までは。

 あれは選手権後、二ヶ月余りが過ぎた頃だったろうか。新聞の特集記事で、イガラシ達が準々決勝で破った、北戸(きたのへ)中学の選手へのインタビューを読む機会があった。

 北戸戦といえば、イガラシにとって非常に苦しんだ試合として記憶している。序盤に四点を先取、終盤にもう一点追加し優位に試合を進めたものの、イガラシは相手の執拗な“ファール戦法”に体力を消耗し、途中降板を余儀なくされた。

 さらにその後、イガラシの後を継いだ近藤が相手打線につかまり、九回に五点差を追い付かれるという予想だにしない展開となる。

 九回裏、近藤が汚名返上のサヨナラアーチを放ったことにより、辛うじて勝てたものの、あのまま延長戦に縺れ込んでいれば、どうなっていたか分からない。

 記事によると、イガラシを苦しめた“ファール戦法”について、やれ「卑怯」だの「中学生らしくない」だの、少なくない批判の声が上がったそうだ。

 イガラシ自身は、あくまでも相手の戦術として、良いとも悪いとも思っていなかったのだが、この戦術について問われた北戸の選手の答えが、妙に胸に刺さった。

――素質では、墨谷二中の方が一枚も二枚も上でした。自分達も、練習量では負けていないつもりだったのですが、相手(墨谷二中)の三回戦までの試合を見て、レベルが「全然違う」ということが分かりました。そこで、何とか食らい付いていくしかないと、チーム全員で話し合った結果、ああいう戦法を採ったのです。

 俺達は恵まれていたんだ……と、イガラシはこの時初めて思った。

 北戸にとって、あの時の俺達は、俺達にとっての青葉と同じだったんだ。それでも、必死で勝とうとしたんだ、かつて青葉に挑んだ俺達のように。だから何と言われようと、あんなに必死で食らい付いて……

 猛練習を積んだことが、選手権優勝につながった――この結論自体は、今でも変わらない。しかし、それ“だけ”ではなかった。

 好守好打の曽根、牧野。自分や近藤に匹敵する打力を誇る久保。“剛腕豪打”の近藤。そして自分。……確かに他校から見れば、羨むばかりの戦力だったに違いない。

 努力“だけ”では勝てない。それを証明したのは、あるいは証明してしまったのは、他ならぬ自分達だ。

「昨日は、明善に行ってきたらしい」

 倉橋の言葉に、現へと引き戻される。

「明善って。去年、墨高が負けた……」

「そうだ。よく知ってるな、イガラシ。見に来てたのか?」

「いえ、新聞で。自分達も、ちょうど選手権の地区予選の最中でしたから」

 同日、あの青葉学院が井口擁する江田川に完封負けを喫したニュースが、紙幅を割き取り上げられていた。あの時、少しでも井口攻略のヒントを見出せないか、目を皿のようにして記事を読んだのを覚えている。

 江田川関連の記事に一通り目を通した後、スポーツ面の隅の小さな見出しが目に留まった――『墨谷健闘及ばず、明善に完敗』と。

「一点も取れなかったといことは、よほど好投手だったんですか?」

「ぱっと見、それほど凄いピッチャーというほどじゃなかったんだけどよ。ナチュラルカーブというか……手元で微妙に変化するボールに手こずってな」

「ああ……そのテの投手、案外攻略が難しいですよね」

 イガラシは、昨年の全国大会初戦で戦った、白新中学の先発投手を思い出した。同じフォームで投げ分けられるクセ球、緩急自在の投球に苦しめらる。最終的には大勝したものの、七回まで無安打に抑えられた。

「ああ。それに加えて、あんときゃ慣れない連戦でみんな疲労困憊だったからな。うちが万全なら、もう少し競った展開に持ち込めたと思うんだが」

 倉橋の何気なく語るふうな口調の端々に、未だ癒えない悔しさが滲む。今年は何としても勝ちたい。優勝したい。心の叫びにも似た思いを、イガラシは感じ取っていた。

「ありゃ……なぁ、イガラシ」

 丸井がふいに、袖を引っ張る。

「あの記者二人だけどよ。あの人達って、去年の中学選手権前、合宿の取材に来ていた記者じゃないか?」

「えっ? あぁ……そういえば見覚えが」

「思い出したっ。あの憎たらしい記者だよ。俺っちに『夢よもう一度』なんて、えらそうに言いやがってよ」

 丸井が露骨にいきり立つ表情になったので、イガラシは慌てた。

「こんなトコまで追いかけて来やがって。俺、ちょっと文句言ってくる」

「よしなさいよ、丸井さん。記者相手に妙な真似したら、何て書かれるか……ん?」

 なぜか谷口が、こちらに向かって手を挙げている。唇の動きで「イ・ガ・ラ・シ」と言っているのが分かった。

「僕に用みたいですね。ちょっと行ってきます」

「あ……待てよイガラシ、俺にも行かせろ。また嫌味なコト言うんなら、今度こそ俺が……ムグムグ」

 放っておけば今にも暴れ出しそうな丸井を、背後から倉橋が羽交い絞めにする。その口を両手で塞ぐ。

「何ぎゃあぎゃあ騒いでるんだよ、うるせぇな。おいイガラシ、俺がこいつを押さえておくから、さっさと用事済ませて来いよ」

「スミマセン、倉橋さん」

 イガラシは礼を言うと、谷口達の待つ正門の方へ駆け出した。

 

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