南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第4話】「ダークホース出現」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

 ※前回<第3話「焦燥」の巻>へのリンクは、こちらです。  

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第4話「ダークホース出現」の巻

 

 二人の記者を見送ってすぐ、イガラシは「倉橋さん呼んできます」と谷口に伝えた。「頼む」の返事を背に、グラウンドへと駆け出す。

 他の部員達は、柔軟運動を始めていた。

 正捕手の倉橋は、イガラシの旧友・井口とペアを組んでいる。怒鳴るように「ほらいくぞ」と言って、前屈の背中を思い切り押した。「ぐっ……」と苦悶の声が漏れる。

 イガラシの顔を見ると、倉橋は苦笑いを浮かべた。

「見ろよイガラシ。おまえの相方、ピッチャーのくせに体かてぇぞ。よくこれで、青葉を完封できたよな。イガラシ、おまえからもよく言って聞かせ……」

 こちらのただならぬ気配を察したらしく、笑いを引っ込める。

「どうしたんだよ。そんな血相を変えて」

「谷口さんが駐輪場で待ってます。『手ぶらでいいから、すぐ来てくれ』って」

 倉橋は、訝しげな顔になりながらも、他の部員達に指示を伝えた。

「おおい。ちょっと行ってくるから、先に個人練習を進めといてくれ」

 スパイクを運動靴に履き替えると、小走りに駐輪場へと向かった。その横に並ぶと、倉橋は「何があったんだ?」と問うてきた。

「あの記者さん達が言ってました。今、荒川球場で、明善と専修館が練習試合をしているそうです」

 そう告げた瞬間、倉橋の顔色が変わった。

「なにぃ、明善と専修館だと。どちらも昨年、俺達が夏の大会で当たったところじゃねぇか。しかも荒川球場って、ここから自転車飛ばせば、ものの十五分の距離だぞ」

「……ちなみにですけど、倉橋さん」

 並走しながら、今度はイガラシが問い返す。

「明善と専修館って、チカラはどっちが上なんです?」

「ん……そうだな」

 束の間思案を巡らすように、倉橋な視線を宙に泳がせる。

「あくまでも対戦した感触だが、おれは専修館の方が“強い”と感じたな。走攻守、どれを取ってもハイレベルでよ。どうしてうちが勝てたのか、今でも不思議なくらいさ」

「その次に当たったのが、明善でしたよね」

「ああ。もちろん明善も強かったが……さっきも言ったように、あんときゃ、うちの状態が悪すぎたんだ。特に谷口の疲労が著しくてな。全然本来のボールがこなくて、いいように狙い打たれたよ」

「敗色濃厚になっても、谷口さんは『何としてでも一点』とか、ゲームセットの瞬間まで吼えてたんじゃないですか」

 イガラシの言葉に、倉橋がくすっと笑う。

「そうなんだよ、アイツ立つのもやっとなほど、ボロボロだったってのに、最後までそうやってナインを鼓舞してたんだ。よく分かるな」

「ダテに一年近く、あの人の下でプレーしていませんから」

 駐輪場に着くと、谷口はもう自転車に跨っていた。

「急ごう。試合は十四時開始だったそうだから、もう五回近くまで進んでいると思う。おれが先導するから、二人は後から付いてきてくれ」

「はいっ」

 三人が自転車をこぎ出すと、倉橋が「けどよ……」と解せない口調で言った。

「何だ、倉橋」

 谷口が一瞬こちらを向いたので、倉橋が慌てて大声を出す。

「ばかっ前見ろよ前。ぶつかるぞ」

「あ、あぁ……スマン。それで、何だよ」

「来週から五月だぞ。何でこの時期に、練習試合なんてするんだ。しかもわざわざ、野球場を借り切ってよ。お互いの手の内を晒すようなもんじゃねぇか。うちみたいなライバル校だって、観に行くだろうし」

「専修館がうちをライバルだと思っているかどうかは、分からないけどな」

 苦笑いを浮かべ、谷口は答える。

「さっき記者さんから聞いた話だと、十数年前に明善高のグラウンドが液状化の被害を受けて、しばらく使えなかった時期があったらしい。その時、練習場所を提供してくれたのが、専修館だそうだ。あそこは、野球部の専用グラウンドに加えて、複数のサブグラウンドまで所有しているからな」

「はっ、どこのプロ球団だよ。うちみたいな貧乏公立とは、えらい違いだな」

「僻むなよ。とにかく、その時の縁で、今でもこうして定期戦を行っているそうだ。まぁ事情はどうあれ、俺達にとっては有り難い話じゃないか」

「……でも、谷口さん」

 イガラシが割り込むと、谷口はまた「ん?」と振り向いた。すかさず、倉橋が「前見てろって」と突っ込む。

「その専修館も、確か……秋大(※秋季都大会)では、谷原に完封されてましたよね」

「おお。よく知ってるな、イガラシ」

 谷口が、感嘆の声を発する。

「両親が新聞を捨てずに取っているんです。ソバ屋なので、業務に何かと使うからって」

「ははっ。研究熱心、負けず嫌いなのは、谷口にも引けを取らないな……にしても」

 声を上げて笑ったが、すぐ深刻めいた口調に戻る。

「衝撃だったよな。確か、俺達が準々決勝で負けた、次の試合だったよな。延長まで戦って負けた疲れも悔しさも、全部忘れちまうくらいに」

「ああ。百瀬(※昨年までの専修館の主戦投手)の後のエース、加藤も前の試合までは無失点に抑えてたのに。谷原には散々打ち込まれて」

「よく六点で収まった内容だったな、あれは。コールドにされていても、不思議じゃなかった。おまけに自慢の打線も、村井(※谷原の主戦投手)に内野安打一本に抑えられて」

「もっとも、あの大会で谷原とまともに戦えたチーム自体、ほぼなかったけど」

 ため息混じりに、谷口は言った。

「そうそう。専修館なんてマシな方で、あとはほとんどコールドだった……ん、違うか。そういやぁ三回戦くらいで、三対一くらいの唯一接戦だった試合が。確か相手は……あっ」

「わっ」

 ふいに倉橋がブレーキを踏んだので、その後輪と、追走していたイガラシの自転車の前輪とが接触した。危うく横転するところだったが、何とか左足で踏ん張る。

「危ないじゃないですか、倉橋さん。急に停まったら」

「何だよ倉橋、人に言っておきながら」

 谷口が自転車を止め、振り向いて笑う。

「あぁスマンスマン。大丈夫か、イガラシ」

「何とか。とにかく……倉橋さんも、思い出しましたか」

 一つ吐息をつき、イガラシは言った。

「その谷原と、唯一接戦を演じたのが……明善なんですよ」

 それから十分ほど自転車を漕ぎ、三人は荒川球場に到着した。

 入り口近くに自転車を停め、バックネット裏のスタンドへと続く階段を駆け上がる。公式戦ほどの賑わいこそないが、それでも選手達の掛け声や、アンパイアのボール・ストライク判定の声、打球音といった、野球特有の音が聴こえてきた。

 スタンドに出ると、眼前にスコアボードが飛び込んでくる。その裾に、明善と専修館の選手達がプレーするグラウンドが広がっている。

 イガラシは、すぐにスコアボードの数字を追った。他の二人も、同じ行動を取る。

「……えっ」

 最初に声を発したのは、谷口だった。続けて倉橋が、ため息混じりに「マジかよ」と呟く。

 スコアボードの得点を示す「R」下に、「3」と「0」の数字が縦に並んでいる。現在六回表、専修館の攻撃中。スコアは三対〇、リードを奪っているのは、明善だった。

 ほとんど無意識のうちに、イガラシは唇を噛み締めていた。その脳裏に、さっき記者二人が揃って口にしていた言葉が反すうされる。

――明善高は、もしかしたら今年のダークホースになるかもしれない。かなり力を付けてきているし、他のシード校のキャプテンが、口を揃えて言ってるんだ。最後の大会で「明善とは当たりたくない、やりにくい」ってね。

 

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※次話<第5話「わざと……」の巻>へのリンクです。 

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