南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【独り言】若手や後輩が「自分で考えて動けない」と嘆く先輩・上司のこと<雑記帳「日々、感じたこと・考えたこと」>

 よく若手・後輩に「もっと自分で考えろ」と言いながら、その若手が意に反したことをしようものなら、きつく叱責する上司や先輩がいる。あれほど“パワハラ”や“ブラック企業”が問題視されるようになっても、未だにそういった例があるらしい。

 

 今、それなりに(現在の職場では、まだまだ若輩者だが)キャリアを積んで、より強く思うようになった――あの人達、正直言って「アホちゃうか」と。

 

 イチイチ細かいことまで、教えられないという人は、まず素直に認めれば良いではないか――「自分はモノを人に教えるのが苦手である」と。それさえ認めないから、若手・後輩を上手く動かすことができないのだ。

 

 教えるのが「苦手だ」と認めさえすれば、いくらでも対策は考えられる。

 

 たとえば、若手・後輩に「これだけは分かっていてもらわないと困る」事項を、ノートなりワード文書なりに箇条書きでまとめ、よく読んでおくように伝える。そして、読んで分からないことがあったら、質問するようにと付け加える。

 

 それだけで、相手は安心するし、教える側も聞かれることが予想できるから、指導しやすい。指示しても読まない若手・後輩がいたら、その時には叱れば良い。

 

 これらの手順を踏まずに、若手・後輩がいつまで経っても「自分で考えて動けない」と嘆くのは、ハッキリ言って“責任転嫁”である。あなただって、曲がりなりにもキャリアを積んだから、仕事を(少なくとも若手よりは)知っているというだけだろう。

 

 偉そうに書いている私とて、正直教えるのは“ヘタ”だし“苦手”だ。だから、私はワード文書を作成し、それを相手に見せながら説明するようにしている(これは上司や先輩と相談する時も同様)。

 

 少々手間は掛かるかもしれないが、後になって、意思疎通のずれや「言った・言わない」でモメるよりは、ずっとマシだ。 

  

 思考とは、そもそも「知識の組み合わせ」である。

 

 若手・後輩に「自分で考えて行動」して欲しければ、彼らが自分で考えて動けるよう、きちんと「知識」という“材料”を与えなければならない。 

 

 まして、きつい言葉で“叱責”するのは、もってのほかだ。そんなことをされれば、若手・後輩は委縮するか、恨みに思うかのどちらかである。そうなると、余計に仕事にミスが目立つようになる。いずれにせよ、良いことは一つもない。

 

 そうやって「育てられる」のは、(古い表現だが)上司・先輩の顔色ばかり窺っている“ヒラメ社員”ばかりではないか。