南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【独り言】平成の世は、日本人が“暴力”から逃れようとした時代である<雑記帳「日々、感じたこと・考えたこと」>

 平成の世が、間もなく幕を閉じる。

 

 五月より元号が変わることと、その新元号「令和」については、まださほどピンとこないのだが、「平成」という“一つの時代”(そう、ついに「平成」が“歴史”として語られる時が来たのだ)が終わりを迎えていることには、それなりに感慨を抱いている。

 

 私見だが――「平成」とは、日本人が“暴力”から逃れようとした時代だったのではないだろうか。

 

 この象徴が、学校である。戦前の所謂“愛国教育”“軍国主義教育”の反省から、「体罰の禁止」「強制ではなく自主性」等が強く謳われ、また“平和教育”が推進された(私の地元は、土地柄それが色濃く表れていたはずである)。しかも、かなり過剰なほどに。

 

 間違っていた……とまでは、言えない。

 

 戦争を始めとする“暴力を根絶する教育”、それは確かに必要だった面もあるだろう。何より、我々の世代に「戦争のない未来を手渡したい」と努力なさった先達の思いまで、否定することはない。

 

 ただ……そうして我々日本人が、しゃかりきに“暴力”から逃れようとした結果、我々は、本当に“暴力”から自由になれたのだろうか。

 

 否である、と言わざるを得ない。

 

 北朝鮮を始めとする、近隣諸国との摩擦と、混迷化する世界情勢。国内に限っても、度々世間を騒然とさせた無差別殺人、学校における陰湿化するイジメ、対教師暴力。ブラック企業パワハラによる過労死・自殺。

 

 結局のところ、我ら日本人は、どんなに足掻いても足掻いても、完全に暴力から「逃れる」ことは“できなかった”のだ。一つの暴力を否定すれば、また違った形の暴力が出現する。それを潰せば、また……このイタチごっこの連続だった。

 

 そろそろ認めなければならない――人間の宿命として、「暴力から逃れることはできない」のだと。

  

 認めた上で、それでも我々が平和に過ごしていくためには、何が必要なのか。次の「令和」の世でこそ、この答えが明らかになる時が来るのだろうか。