南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第11話】「キャプテン谷口の決意」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

前回<第10話「天秤に掛ける」の巻>へのリンクは、こちらです。

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 第11話「キャプテン谷口の決意」の巻

 

 金曜日。全体練習が終わると、キャプテン谷口は、部員達をグラウンドのバックネット近くに集合させた。

「みんなその場に座ってくれ。すまないが、少し長くなる。」

 少し掠れた声で、そう告げる。

 イガラシが腰を下ろすと、斜め手前に座っていた井口源次が顔を向ける。

「ミーティングって久しぶりだなぁ」

 妙に間の抜けた口調に、ずっこけそうになった。

「最近はずっと、個人練習をやって解散、という流れだったのに」

「ばぁか。何の話か、おおよそ見当は付くだろ」

「うむ……で、何よ」

「……オイ。おまえ本気か」

 翌日から大型連休に入る。この期間、野球部は講堂を借りて強化合宿を行う予定だが、それだけではない。

 連休中日となる三日後、招待野球にて大阪の西将学園との対戦が組まれていた。

ホームベースを囲むように、野球部員達は円座となった。その中心に、谷口は立つ。

「合宿の日程は、後で配布するから各自チェックしておいてくれ」

 日頃の朗らかな質と打って変わり、明らかに重い口調で話し始める。

「そして、問題は……やはり招待試合の西将(せいしょう)戦だ」

 谷口から「西将」という単語が出た瞬間、部員達の間に緊張が走った。高校球児であれば誰もが知る、大阪の名門校。選抜の優勝校。あの谷原ですら、敵わなかった相手なのだ。

「この一戦をどう位置付けようか、俺なりに悩んだし、倉橋や他の三年生達と何度も話し合った。もちろん、我々にとって貴重な経験を与えてくれる機会であることは、間違いない。ただ厄介なのは、この時期、他校の偵察も警戒しなければならない」

 そこなんだよな。イガラシは、胸の内でつぶやいた。

 これが半年前なら、何の問題もない。しかし、今は五月。ある程度、チームの形が出来上がっている時期である。おまけに、招待野球という舞台。ここで全力を出すことは、ライバル校に「どうぞ好きなだけ偵察して下さい」と言っているようなものだ。

「だから、たとえ何点取られようとも、あえて手を抜くべきだろうかとも考えた」

 そう言って、谷口は苦笑いを浮かべた。かなり悩んだことが伺える表情だ。

「……けど、みんな聞いてくれ」

 一度息を大きく吸い込み、谷口は語気に力を込めて言った。

「どっちみち、現状の俺達のままじゃ……あの谷原に勝てないことはハッキリしている。だったら、あえて今の全力をぶつけてみて、その後の成長のきっかけにしたい」

「……それじゃあ、キャプテン」

 丸井が、どこか嬉しげに問いかける。谷口は「ああ」と大きくうなずいた。

「西将戦、全力で勝ちに行くぞ。偵察されるリスクよりも、俺はこの試合をきっかけにチームが大きく成長する可能性に、賭けてみたい。どうだっ、みんな」

 束の間の沈黙。ほどなくして、イガラシの周囲から「おおっ」「やるぞぉ」と雄叫びのような声が上がった。

「キャプテンよくぞ言ってくれた。西将をぶっ倒して、偵察に来た他校の連中をみんなビビらせてやろうぜっ」

「絶対に勝つっ。そんで夏は谷原も蹴散らして、甲子園だ!」

 周囲の喧騒を横目に、イガラシは小さくため息をついた。

 覚悟したのか、谷口さん。うちが丸裸にされるリスクよりも、レベルアップする可能性に賭けたんだな。

 ふふっと、思わず笑みがこぼれる。

 変わってねぇな。慎重なようで、堅実なようで、いざという時に大博打を打つんだよな、この人。努めて冷静でいようとしながらも、胸の奥に燃え上がってくるような感情を、イガラシも抑えられずにいた。

 それでこそ、谷口さんだ。

「ありがとう。みんなの気持ちは、すごく伝わったよ」

 微笑みをたたえた目で、谷口は言った。

「それじゃ……早速だが、西将戦に臨むオーダーを発表する。先に断っておくが、このオーダーはあくまでも西将戦に限ってのものだ。夏の大会では当然入れ替わりもあるから、そのつもりで聞いて欲しい」

 一呼吸置き、静かに告げる。

「一番……ショート、イガラシ」

「えっ」

 思わず声を発してしまい、慌てて口をつぐむ。スタメンだと思ってはいたが、練習試合とまったく違う打順だったからだ。

 谷口は、イガラシの反応を予想していたらしい。にやっと笑い、「意図は後で説明する」と付け加えてから、先を進めた。

「二番、セカンド丸井。三番……センター、島田」

 三番打者が「島田」という発表にもどよめきが起こる。谷口は今度はそれに構わず、オーダーを読み続ける。

「四番、キャッチャー倉橋。五番、サード谷口」

 どよめきが、さらに大きくなる。昨年から不動だったクリーンアップに、変更が加えられたからだ。

「……六番、ライト横井。七番、ファースト加藤。八番、ピッチャー井口。そして九番、レフト久保」

 ラスト二人の名前にも、小さくないざわめきが起こる。とりわけ、先発投手「井口」の名前には、期待と不安の入り混じった声が多く聴こえた。

 先週末の練習試合における、序盤の不安定な投球と、覚醒後の目が覚めるような快投。その映像が、各々の脳裏に浮かんでいるに違いない。

 イガラシも、井口の先発登板には驚いた。ただ起用するなら、ここしかないだろうとも思う。もし序盤で捕まったとしても、リリーフに自分や谷口、松川まで控えている。

 おそらく、井口に行けるところまで投げさせ、雲行きの怪しくなったところで松川、そして谷口という順番を想定しているのだろう。

 より意外だったのは、後者の方だ。まさか、こんなに早く……どうするよ、久保。

 こちらの心の内が漏れていたかのように、数メートル先に座っていた久保が、ちらっと眼差しを投げてくる。ほとんど表情に変化はなかった。

 突然のことで実感が湧かないのか、それとも……すでに覚悟が定まっていたのか。

「では、スタメンの意図を説明する」

 谷口が、語り出す。

「まず何と言っても、先発の井口。スタミナは気にせず、初回から全力ですっ飛ばせ」

「はい。頑張りまぁす」

 井口のマイペースらしい脱力した返事に、丸井が目を吊り上げる。対照的に、谷口は微笑みを湛えた目で、説明を続けた。

「そして松川。リリーフの準備に万全を期すために、今回はあえて先発野手からは外している。もし井口が序盤で捕まるようなことがあれば、その時はおまえが“火消し”するしかない。おまえまで捕まったら、完全に試合が終わってしまう。分かってるな」

「は、はい……心得てます」

 谷口の思わぬ剣幕に、松川は幾分気圧された顔になる。

 本人だけでなく、周囲も瞬く間に周囲も静まり返った。スタメン発表に気を取られ、多くの者が敵の強大さを忘れ去っていたらしい。

「けどキャプテン。場合によっちゃ、リリーフの準備も無駄になっちゃいますよ」

 井口が、豪胆に言い放つ。丸井が「こらテメ」と怒りかけるのを、谷口は「いいから」と笑って制した。

「頼もしいな、井口。そのくらいの意気で臨んでくれよ」

「もちろんです。選抜優勝校だろうが何だろうが、ひねり潰してやりますよ」

 向う見ずに思える旧友の脇腹を、イガラシは「おい」と小突いた。

「強気は悪いこっちゃねぇが、ちゃんと現実を見て言ってるんだろうな。相手はあの谷原を破った、選抜優勝校だぞ。そこんとこ、ちゃんと分かってて……」

「何言ってやがる」

 イガラシの忠告を遮り、井口はにやりとして言った。

「相手が強敵と聞けば、燃えるのが投手の性ってもんだろが。つうか……イガラシ、おまえだって腹の底では、俺と同じこと考えているはずだぜ」

「……確かにな」

 否定はできない。チーム強化だとか情報戦だとか、そういった諸々を差し置いて、湧き上がってくる感情がある。イガラシ自身、それを抑えられずにいた。

「次は、攻撃面について」

 谷口は話題を変えると、ふいに「イガラシ」と眼差しを向けてきた。

「はい?」

「おまえを一番に据えたのは、おまえの器用さを買ってのことだ。おまえは出塁を優先すべき時、走者を返す時、長打を狙う時、様々な状況に応じたバッティングができる。特に……」

 声を潜めて、谷口は言った。

「初回だ。相手のリズムを狂わせるには、初回に先制パンチを浴びせるしかない。イガラシ、甘い球がきたら逃さず狙い打て」

「分かりました。僕としても、望むところです」

 イガラシはきっぱりと答え、深くうなずいた。  

 こちらから視線を外すと、谷口は眼差しを上げ、全員を見渡すようにした。キャプテンとしての横顔に、ほのかな夕日が差してくる。

「二番の丸井からは、ほぼ通常の打順通りに組んだ」

 谷口がそう言うと、何人かが「なるほど」「そういう並びか」とつぶやいた。

「相手が主戦投手を立ててくるとは限らないが、控え投手でも一線級であることは間違いない。序盤は、速球の威力に圧倒されるかもしれない。でも焦るな。すぐにミートできなくても、徹底的に粘れ。そのための練習を、ここまで積んできたはずだ」

「……はっ練習? 何のことスか」

 井口がふいにとぼけた声を発したので、イガラシはつい吹き出してしまった。

「おまえ知らずにやってたのか? あの“ツーストライクまで見逃す”バッティングだよ」

「へーっ、あの練習にはそんな意味が」

 部員達は「あーあー」と、ずっこける仕草をする。丸井だけが「イガラシ。一回コイツ殴っていいか」とこっちを睨んだ。「まぁまぁ」となだめ、キャプテンの方へと向き直る。

「続けるぞ。序盤は、結果として三振に終わっても構わない。それよりも、球数を放らせるんだ。簡単に打ち取れないとなれば、相手も焦れてくる。やがて力むようになる。そこを叩く。みんないいか、とにかく食らい付いていくんだ。そうすれば、必ず攻略できる」

「はいっ」

 間もなく日が沈む空に、野球部員達の声が力強く響いた。

 

 明治神宮球場は、思いのほかスタンドの客入りがまばらだった。

「何だよ。もうちっと、大観衆の前でプレーできると思ったのに」

 丸井がベンチ前で素振りしながら、不満げな声を発した。

「わざわざ新聞のスポーツ欄にも告知してたのに。招待野球って、こんなモノなのかよ」

「試合開始が早すぎるんじゃないのか」

 同調するように、横井がうなずく。

「いくら連休だからって、九時半からだし」

「というより……観客の目当ては、次の“第二試合”ってことじゃないですか」

 一つ欠伸をして、イガラシは醒めた口調で言った。

「うちみたいな無名校より、谷原との試合を見たいでしょうよ。選抜準決勝の再現、四強と優勝校の対決ですし。おまけに……あれですよ」

 膝を入念にほぐしながら、イガラシは外野奥のスコアボードを指差した。

「西将の先発。半分以上が、背番号二桁じゃないですか。敵さん、明らかに控え選手のアピールの舞台としてこの試合を使うつもりですよ」

「なにぃ! くそっ、いくら名門校だからってナメた真似を……」

 分かりやすく憤る丸井の傍らで、イガラシは小さくため息をつく。

 選抜優勝メンバーの方が、まだ戦いやすかったんだがな。西将ほどの名門ともなりゃ、レギュラーどころかベンチ入りすら至難の業だろう。控え選手にとっちゃ、絶好のアピールの機会ってヤツだ。うちを格下だとナメる余裕なんて、あるはずがない。

 レフトのファールグラウンドで登板準備を進めている、井口の姿をちらっと見やる。

 気を付けろよ井口。奴ら、初回から本気でおまえを捉えにくる。控えだからと侮っていると、いきなりやられてしまうぞ。

 そのまま、視線を一塁側ベンチへと移す。こちらと同様に、西将学園の選手達がウォーミングアップを続けていた。

 やはり、レギュラーだけでなく控え選手まで、がっしりとした体躯をしている。それ以上に、選手一人一人の眼光の鋭さが目を引いた。中学レベルでは強豪との対戦に慣れているイガラシでさえ、思わず圧倒されてしまいそうな迫力を感じた。

 これが西将学園、今の高校野球界の頂点に君臨する“西の雄”の迫力ってワケか。

 やがて、バックネット近くの扉が開き、四人の審判員が出てくる。この間、両チームの選手達は、それぞれのベンチ前に整列を済ませていた。

 ほどなくして、アンパイアが右手を掲げ「両チーム整列!」と叫ぶ。

「よし行くぞっ」

 キャプテン谷口の掛け声に、墨谷ナインは一斉に駆け出す。その刹那、黒い土のグラウンドがぎらっと光るのを、イガラシは視界の隅に捉えた。

 

次回<第12話「招待野球開始・波乱の序盤戦」の巻>へのリンクは、こちらです。

 

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第1話~第9話までのリンクは、こちらです。

 

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