南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第15話】「エース登場」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

前回<第14話「リリーフ投手」の巻>へのリンクは、こちらです。

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第15話「エース登場」の巻

 

 バッターボックスに入り、イガラシは前方を凝視した。

 マウンド上では、一回途中からリリーフ登板の西田が、片膝を少し前に突き出す姿勢で立っている。表情はほとんど変わらないが、時折肩を上下させる。

 やっぱり……あのピッチャー、疲れてきている。叩くなら今だ。

「君、ほんとよく相手を観察してるね」

 ふいに話しかけられ、思わず「えっ」と声を発してしまう。西将の正捕手・高山が、マスク越しにこちらを眺めていた。妙に楽しげな眼差しだ。

「一年生が、それだけ周りを見てプレーできるとは、大したもんだ。イガラシ君」

「僕のこと、知っているんですか?」

「もちろん。ほら、元専修館の百瀬さん。あの人から聞いたんだよ」

「百瀬さん? ああ……この前、専修館と明善の定期戦に来ていた」

 強気を装いながらも、後輩の不甲斐なさに落胆を隠せずにいた、あの複雑な眼差しを思い出す。

「彼とはリトルリーグ時代からの付き合いでね。小、中学校と所属チームこそ違うが、全日本選抜でよく一緒になってね」

「……僕を“肩書”で動揺させようったって、無駄ですよ」

 わざと冷たく返答すると、高山は「心外だな」と苦笑いを浮かべた。

「そういう姑息なことはしないさ。というか、肩書なら君も負けてないじゃないか。昨年の中学選手権優勝チームの四番、かつエースピッチャーだからね」

「それはドウモ。でも……もう終わったことですし」

「つれないなぁ。しかし、ほんと百瀬さんから聞いた通りだ。今度、東京の招待野球で墨谷というチームと対戦するって話したら、あの人すぐ言ってたよ……『イガラシという一年生内野手、なかなか面白いぞ』ってね」

「僕のことより……もう少し自チームのピッチャーのこと、考えたらどうですか」

 あくまでも素っ気なく答える。言葉がどうあれ、高山がこちらの集中を削ごうとしているのは明らかだ。そんな露骨な手に引っ掛かるわけにはいかない。

「辛うじて平気なフリしてますけど、もうアップアップでしょう。そろそろ代えるべきじゃないですか」

「心配してくれて、ありがとう。俺としても、代えてあげたいのは山々なんだが、彼も生き残りを賭けて、もう一アピール必要なんだよ。君達と違って、うちらは競争が激しくてね。レギュラーはおろかベンチ入りさえ、一苦労さ」

 オホン……と、アンパイアが二人の背後で、大きく咳払いをした。

「おしゃべりは、もういいかね?」

「はっドウモ失礼しました」

 高山は大仰に、ヘルメットの頭をぺこぺこ下げた。

「こういう機会でないと、他校の選手と交流することってできないもんで。嬉しくって、つい。所属チームの垣根を越えて友情が育まれるのも、高校野球の素晴らしさですよね」

「ああ。それは否定しないが……君の場合、しゃべりすぎだ」

 アンパイアは渋い顔で、短く言葉を返す。その傍らで、イガラシはため息をついた。

 何が「高校野球の素晴らしさ」だよ。心にもないことを、よくもまぁペラペラと……あの饒舌さは、近藤を思い出すな。いや、人を丸め込む口の上手さは、シンジに匹敵するかも。

 マスクを被り直した背番号「2」の横顔を、ちらっと見やる。

 これが西将の正捕手かつ四番打者、高山信彦。今の高校野球界の、まさにトップに君臨する男……か。

 ほどなくして、アンパイアが心なしか疲れた声で「プレイ!」とコールする。

 イガラシは、ややベース寄りに立ち、バットを構えた。初回に三塁打を放った後の二打席は、いずれも勝負を避けられている。第二打席はボールが先行し、無理にはストライクを取りに来ず、二死二塁で回ってきた第三打席は、はっきりと敬遠された。

 果たして……初球、外角低めいっぱいに直球が決まる。今回は勝負するつもりらしい。二球目も、同じコースに直球。これでツーストライクと追い込まれる。

 しかし、少しも情は動かない。むしろ、一転してストライク先行できたところに、イガラシは西将バッテリーの、というより西田の余裕のなさを感じ取っていた。

 フォークという決め球があるとはいえ、西田はボールの威力で勝負するタイプではなく、緩急を駆使して打たせて取る投球スタイルだ。そんな投手が、簡単にぽんぽんとストライクを放ってきた。

 遊び球を使う体力は残っていないのだ。となれば……次に投げる球は、一つ。

 三球目。予想通り、西田はフォークを投じてきた。真ん中やや外寄りに入ってきた球が、ホームベース手前で沈む。

 イガラシは左足を踏み込み、巻き込むように引っ張った。

 芯で捉えた感触があった。バットを放って走り出した視界の端で、鋭いライナーが左中間を切り裂いていく。一塁走者の久保は二塁を蹴り、三塁へ到達するとさらに加速する。

 レフトから中継の遊撃手にボールが渡った時、すでに久保がホームベースを駆け抜けていた。タイムリーツーベースヒット。

 スライディングした右足で二塁ベースを踏み、立ち上がる。ちらっと相手ベンチに目をやったが、目立った動きはない。キャッチャーの高山がマウンドへ行き、西田に何か声を掛けているだけだ。その西田は、膝に手を突いて、苦しげに肩を上下している。

「まだ代えへんのか」

 背後で、西将の二塁手が言葉を発した。胸の内を言い当てられたようで、一瞬ぎくっとしたが、どうやら一塁手へ言ったらしい。

「西田の奴、こんな長いイニング投げたことないのやろ」

「ああ。テストとはいえ、えげつないよな。監督としては、こういう状況でどれだけ踏ん張れるか見たいのやろうけど」

 思わず舌打ちしていた。制約だのテストだの、うちをあくまでも“練習台”としてしか扱わないつもりなのか。ふざけやがって。

「丸井さん!」

 ウグイス嬢のコールを聴き、打席に入ろうとする先輩を呼び止める。

「相手ピッチャーは、とっくに限界です。甘い球がきたら、初球からでも狙ってください!」

「ば、ばかっ。そんな大声で……」

 丸井は慌てて、辺りをきょろきょろと見回す。もちろん挑発のつもりだった。

 コンピュータの自動プログラムじゃあるまいし、これ以上思い通りに事を進ませてたまるか。俺達と、墨谷とまともに戦おうとしなかったこと、後悔させてやる。

「丸井、打て」

 谷口がベンチから身を乗り出し、声を掛ける。

待球作戦は、もう終わりだ。どんどん狙っていけ」

「はぁい! 分かりましたっ」

 キャプテンに励まされ、丸井はずんずんと打席に入っていく。やはり丸井には、谷口の言葉が一番力になるらしい。

 初球。西田は、打者の膝元にフォークを投じた。キャッチャーがミットを構える、厳しいコースを突く。しかし、もはやキレがない。

 丸井は肘を畳んで、コンパクトにバットを振り抜いた。

 西将の三塁手が飛び付く、その脇の下をボールがすり抜けていく。三塁塁審が白線を指差し「フェア!」と叫ぶ。三塁線を破った打球は、レフトのフェンス間際まで到達した。その間、イガラシは楽々とホームベースを踏む。

 中継の遊撃手からセカンドへ送球される。しかし、ベースカバーに入った二塁手がタッチする間もなく、丸井はヘッドスライディングで二塁を陥れていた。

 イガラシは二塁方向を振り向き、「ナイスバッティング!」と叫んだ。すぐに「見たかイガラシっ」と、雄叫びにも似た声が返ってくる。

 キレが落ちてきたとはいえ、難しい膝元の球を。腕を上げたな、丸井さん。

 ベンチに帰ると、イガラシは手荒な祝福を受けた。横井や戸室、加藤がまたも背中やヘルメットの頭をバンバンと叩いてくる。

「この野郎、また目立ちやがって」

「何であんな簡単に打てるんだよ。俺が試合に出られなくなっちまうじゃねーか」

「そうそう。イガラシのおかげで、戸室の奴はずっとベンチを温めるハメになるぞ」

「そうだ……って横井、どさくさに紛れて俺をからかいやがって」

 イガラシは「やめて下さいよ」とぶっきらぼうに答える。それでも、自分もまた胸の内に高揚感が湧き上がってくるのを、先輩達と同様に抑えられずにいた。

 これで一点差。さあ、どうする西将。性懲りもなくテストを続けるつもりか。

「半田さん」

 ベンチの隅でスコアを付けている半田に、イガラシは尋ねた。

「選抜大会で、西将は今投げている西田さんと、主戦投手の竹田さんの他に、あと二人の投手が登板していましたよね」

「うん。そうなんだよ」

 ノートをめくり、半田は解説する。

「竹田君の次に投げているのが、遠野さん。選抜では二試合に先発しているよ。控え投手というより、右投手の竹田さんと並んで、こっちは“左のエース”という感じだね。球種は竹田君の方が豊富だけど、直球のスピードは遠野君が上みたい」

 傍らで話を聴いていた倉橋が、ため息をつく。

「ったく。巨人軍じゃあるめぇし、なんて贅沢な布陣だよ」

 半田は「確かに」と笑い、肩を竦める。

「……そして、もう一人が宮田君。こっちは二年生だ。経験は浅いけど、持っているボール自体は竹田君とほとんど一緒だ。きっと次のエース候補なんだろうね」

「じゃあ、次は宮田さんか遠野さん、どちらかでしょうね」

 イガラシがそう言うと、倉橋も「間違いないな」とうなずく。

「どっちだろうな。あえてピンチの場面で宮田を登板させて、経験を積ませるというのもアリだと思うが」

「僕も同意見です。西将なら、やりそうですね……あっ動いてきましたよ」

 西将ベンチから、控え部員がアンパイアのところへ駆け寄り、何かを告げる。その間、高山がマウンドへ行き、西田の肩を軽く叩いた。西田は無念そうにうなずき、小走りにグラウンドを去っていく。

 ほどなくして、ウグイス嬢のアナウンスが、球場に響き渡る。

――西将学園高校、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャーの西田君に代わりまして、竹田君。八番、ピッチャー竹田君。背番号、一。

 おおっ、とスタンド全体にどよめきが起こった。墨谷ベンチの頭上からも、観客達の「ここでエースか」「まさか第一試合に出てくるとは」という会話が降ってくる。

「……な、ばかな」

 イガラシは、思わず声を上げていた。

「ここに来て、主戦投手が登板だなんて。何考えてんだよ」

「どうしたイガラシ。そんなに驚くたぁ、おまえにしちゃ意外だな」

 倉橋が、目を丸くして言った。

「確かに予想外だが、一点差に迫られて、奴らも尻に火が付いたってとこだろ。俺達にとっちゃ、ありがたい話じゃないか。選抜の優勝投手と対戦できるんだから」

「あ、はい……それはそうなんですけど」

 どういうことだよ……と、イガラシは密かにつぶやく。

 倉橋さんの言う通り、一点差に迫られて、勝つために一番確実な方法を選んだとも考えられる。けど……西将はこの試合、出場選手に色々と制約を課して、はっきり“テスト”だと位置付けていた。そうとしか見えなかった。

 なのに……奴ら、ここまで来てブレたのか。西将ほどのチームが、最初に決めた方針を曲げるってこと、あるのかよ。

 こちらの困惑をよそに、眼前では西将の背番号「1」、竹田龍平がマウンドへと駆けていく。身長は、やはり一八〇近くの長身。思いのほか、なで肩の細腕だった。もっともその分、足腰は太い。これぞ投手という体躯だ。

 竹田は、マウンド上のプレートに足を掛け、投球練習の一球目を投じた。

 速い。しかもキレがあり、打者の手元で伸びてくる。これに変化球を混ぜられたら、ますます攻略は難しい。

 タイムが掛かっている間、島田と谷口が一旦ベンチに引き上げてきた。

「どうします? しばらく見ていきますか」

 いや、と谷口は答える。

「その逆だ。初球を狙え、島田。チャンスがあるとしたら、むしろ初球しかない」

「俺もそう思う」

 倉橋が、小さくうなずく。

「竹田にとって、これは予定外の登板だ。だから最初の数球は、まだ本来の球威でないはずだ。狙わない手はない」

 しばらく黙っていたからか、片瀬が「イガラシ君」と声を掛けてきた。

「君はどう思う? やはりファーストストライクから狙うべきだろうか」

「あ……ああ、そうだな」

 戸惑いながら、答える。

「倉橋さんの言う通り、相手はまだエンジンが掛かりきっていない。俺も狙い球は同じだ」

 イガラシの言葉を聴き、谷口は「決まりだな」とうなずいた。

「島田。一度決めたら、迷うな。思い切り振り抜く。それだけだ」

「分かりましたっ」

 力強く返事して、島田はネクストバッターズサークルへと向かう。

「……おや、イガラシ君」

 片瀬がまた、問うてくる。

「どうしたんだい。そんな、浮かない顔をして」

「……ああ、いや」

 こいつ本当によく見てやがる……と思いながら、イガラシは誤魔化した。

「俺も予想外の展開で、さすがに驚いているのさ」

 まるっきり嘘ということではない。困惑しているのは確かなのだ。それに……投手の代わり端を捉えるには、ファーストストライクを狙うというのも間違いではない。

 なのに、くそっ……何だよ。この気持ち悪い感じは。

 やがて、竹田の投球練習が終わる。すぐにアンパイアが「プレイ!」の声を掛けた。右バッターボックスに入った島田は、ゆったりとバットを構える。

 竹田がセットポジションから、投球動作へと移る。左手のグラブを突き出し、少し遅れて左足を踏み出す。

 ガッ、と鈍い音がした。

 周囲から「ああ……」とため息混じりの声が漏れる。島田は唇を噛み、二塁ベース上への飛球を睨んだ。西将の二塁手が「オーライ」と声を上げ、落ちてきたボールを難なくグラブに収める。セカンドフライ。

 ベンチに戻ってくると、島田は「スミマセン」と無念そうに頭を下げた。

「外角の直球です。ライトへ打ち返すイメージだったんですけど、球威が予想以上で」

「ドンマイ。仕方ないさ」

 後輩の胸の内を思いやり、横井が励ますように言った。

「おまえは作戦通り、初球を狙い打った。あれはもう相手を褒めるしかねぇ」

「そうだよ。島田だから、何とかバットに当てられたが、横井なら掠りもしねぇ」

「そうそう……って戸室。またどさくさに紛れて、俺をからかって」

 その時だった。ふいに高山が、マスクを取ってこちらに視線を向ける。咄嗟にベンチから身を乗り出したイガラシと、一瞬目が合う。

 高山の眦(まなじり)が笑みを讃えていたのを、イガラシは見逃さなかった。まさか、と思わずつぶやきが漏れる。この時、試合序盤に自身の発した言葉が、脳裏をよぎった。

――つまり……狙われて捉えられる程度の決め球しか持たない投手は、西将では“使えない”と判断される。

 まさか……高山さん、分かっていたのか。ここで初球を狙ってくること。分かっていて、あえて“ストライクの直球”を投げさせたのか。西将の主戦投手なら、相手が狙っていたとしても、捉えられない。それだけの自信があったというのか。

「ストライク、ツー!」

 アンパイアの甲高い声が、耳障りなほど響く。バッターボックスでは、二球目を空振りした倉橋が、苦悶の表情を浮かべている。

「なっ何だ……今の球は」

 加藤の絞り出すような声に、片瀬は冷静な口調で答える。

フォークボールですね。ホームベース手前で、沈みましたから」

「し、信じらんねぇ」

 横井がベンチから身を乗り出すようにして、呻くように言った。

「スピードは、直球とそう変わらなかったぞ。それが急に……すとんって。あんなボール、見たことねぇよ」

 パシッ。高山のキャッチャーミットが、乾いた音を立てる。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールが、観客のどよめきにかき消される。

「く、倉橋さんが……掠りもしないなんて」

 さっきまでおどけていた戸室が、呆然と声を発した。一点差に詰め寄った時は盛り上がっていた墨谷ベンチが、一瞬にして重い空気に包まれる。

 静寂の中、手痛い三振を喫した倉橋が、ベンチに戻ってきた。

 ナイン達の心持ちを慮ってか、気落ちする様子は見せない。すぐに捕手用プロテクターを装着し始めた。ただ、二言だけをナイン達に告げる。

「三球ともフォークだ。奴ら、完全に本気だぞ」

 イガラシは、センターバックスクリーンのスコアボードを睨んだ。

 お互い残り三イニングずつ。現状のスコアは、六対七。その差、僅かに一点。しかしその一点差が、重くのしかかってくる。

 

※<漫画「キャプテン」「プレイボール」関連掲示板>を設置しました。同作ファンの方なら、どなたでも歓迎です。ただし「2」には批判的ですので、ご注意下さい。

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次回<第16話「作戦変更!?」の巻>へのリンクは、こちらです。

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第1話~第13話までのリンクは、こちらです。

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