南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第16話】「作戦変更!?」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

※前回<第15話「エース登場」の巻>へのリンクは、こちらです。

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第16話「作戦変更!?」の巻

 

――西将学園高校、選手の交代をお知らせ致します。一番木下君に代わりまして、椿原君。一番、レフト椿原君。背番号、七。

 ウグイス嬢のコールとグラウンド上の光景に、またもスタンドがざわめく。

「うわっ。ま、丸井さん」

 加藤が驚きを隠そうともせず、相手ベンチを指差して言った。

「何だよ……って、おまえそろそろ敬語やめろよな。そもそも同期なんだし」

 丸井は苦笑いを浮かべながら、呑気に答える。

「今はキャプテンじゃないし。まるで俺が、えばってるみたいじゃねぇかよ」

「そんなしょーもないこと言ってる場合じゃないですよ。あの椿原って人、選抜大会で最高打率の記録を作った選手じゃないですか」

「しょーもないって……な、なにぃ! 大会、最高打率だとぉっ」

 驚く二人を横目に、イガラシは「やっぱりな」とつぶやいた。視線を移し、ボール回しを始めようとする谷口に近寄り、「キャプテン」と呼んで尋ねる。

「この試合の交代って、公式戦と同じ十四人までですか?」

 ベンチの戸室からボールを受け取ると、谷口は「いや」と首を横に振った。

「招待野球の選手交代は、無制限だ。練習試合と同じ扱いになるからな。極端な話、出場メンバーを一試合で、ごっそり入れ替えることもできる……ほれ、行くぞ」

「あっはい。さぁ来い!」

 谷口からのボールを捕球し、セカンドの丸井へと送る。丸井はさすがに、イニング開始前のボール回しを忘れてはいなかった。すぐにファーストの加藤へ。そしてまたサード、ショート、セカンド、ファーストと一周する。

 イガラシは、スパイクで足元の土を均しながら、しばし思案した。

 まるで青葉だな。奴らもこの分だと、全員レギュラーに替えてくるぞ。でも……何のために? あの時の青葉は、地区大会決勝という公式戦だったから、なりふり構わなかったのも分かる。けど、これは公式戦じゃない。

 顔を上げ、相手ベンチに目をやる。あっ……と、小さく声を上げていた。

 グラウンドに声援を送る控え選手達の陰に、おそらく四十歳前後だろう、眼鏡を掛けたユニフォーム姿の大人の男性が、腕組みしながら静かに佇んでいる。

「キャプテン、あの」

 もう一度、問うてみる。

「ベンチの奥に座っている人、どういう立場の人なんでしょうね。ノックするでもなく、指示するでもなく」

「イガラシも、やっぱり気になるか」

 微笑みを浮かべ、谷口は答えた。

「あの人が、西将の監督らしい。半田の話では、かなり優秀な指導者だと評判だそうだ。あの人が就任してから五年間で、西将は甲子園で春夏合わせて、三度優勝している」

「へぇ、確かに優秀ですね。けど……」

 だとすれば、ますます納得がいかない。この試合は、レギュラー当落線上の選手達の「テスト」として位置付けていたはずじゃなかったのか。

 付き合わされる側としては、当然愉快ではない。ただ、そう決めていたのなら、なぜここに来てブレたんだ。甲子園を三度も制し、優秀だと評判の指導者にしては、選手起用が場当たり的過ぎやしないか。

「なぁイガラシ」

 ふいに呼ばれて、はっとする。

「はい」

「俺は……西将の監督のこともそうだが、もう一つ気になることがあってな」

 谷口が、訝しげな顔で言った。

「別のこと?」

「西将の選手交代策のことなんだが……表面的には、“格下”墨谷の思わぬ抵抗に、慌ててレギュラーを起用したように見える」

「ええっ」

 思わぬ言葉に、つい声が上ずってしまう。

「表面的には、って……」

「ああ。けど……予定外の出場にしちゃ、仕上がりが良過ぎる。特にさっきの、竹田の投球。島田を凡フライに打ち取った速球、倉橋を三球三振に仕留めたフォーク。とても、急遽リリーフした投手の球だとは思えない」

「ま、まさか」

 唾を飲み込み、イガラシは言った。

「この交代策……予定通りだったって言うんですか」

 ほどなくして、アンパイアが「バッターラップ!」と声を掛ける。椿原はゆっくりとした動作で、左バッターボックスへと入った。

「プレイ!」

 アンパイアのコールに、二イニング目となる松川が、ワインドアップモーションから第一球を投じる。

 外角低めの直球。僅かに外れ、ワンボール。二球目、今度は内角低めにまたも直球。これもやや低めに外れる。椿原は、微動だにしない。

 三球目。松川は、カーブを投じる。

「ストライク!」

 外角低めいっぱいに決まる。イガラシは、思わず「あれっ」と声を発した。

 さほど間を置かず、松川は四球目を投じる。これもカーブ。またしても、外角低めいっぱいに決める。これでカウントをイーブンとし、追い込んだ。

 倉橋がマスク越しに、一瞬目を見開く。何か思案するためだろう、通常より間を長く取ってから、松川に返球する。倉橋さんも驚くよな、と胸の内でつぶやく。

 奴ら、初めて「ストライク」を見逃しやがった。もしや、作戦を変えたのか。

 五球目、バッテリーはシュートを選択した。左打者の椿原にとって、外へ逃げていくボールとなる。

 鈍い音。ボールは、三塁側のファールグラウンドへ転がった。打ち損じたというより、意図的にカットしたように見えた。六球目、松川は続けてシュートを投じるが、またもカットされる。

 続く七球目は、一転して速球。思い切って内角を突いたが、見極められる。これでカウントは、ツースリー。

 胸の内が、妙にざわついてくる。

 そして八球目。倉橋が、内角低めにミットを構える。そこを目掛けて、松川はカーブを投じた。打者の膝元を突く厳しいボール。

 今度は快音が響く。ボールは、ジャンプした丸井の頭上を越え、横井の前でワンバウンドする。ライト前ヒット。

「惜しい惜しい。ナイスボールよ、ピッチャー」

 マウンド上へ声援を送ると、谷口はこちらを振り向いた。

「やられた。さすがに上手いなぁ」

「ですね……難しい膝元の球を、あんな簡単にライトへ持っていくとは」

 もっとも落ち着かない原因は、それではない。こめかみの汗を拭い、視線を相手ベンチへと向ける。眼鏡の監督は、相変わらず奥で佇んだまま、動く気配すら見せない。

――二番、セカンド、磯村君。

 細身の打者が、右バッターボックスへと入る。背番号は「4」。こちらは高山と同様、先発出場していた本来のレギュラーメンバーだ。

 ファーストストライクを打つという制約のためか、ここまで三打席とも凡退。ただ前打席では、イガラシの好守備に阻まれたものの、三遊間にヒット性の当たりを放っていた。さらにレギュラーの内野手だけあって、再三俊敏な動きを見せている。

 当然、打者としても注意を払わなければならない。

 どうやら、送りバントの気配はない。その初球、松川の投じたカーブが、真ん中やや外寄りの甘いコースに入ってくる。やばいっ、と思ったのも束の間、倉橋のミットが鳴る。

「ストライク!」

 助かった。けど、今の打ってりゃ、下手すればホームランだぞ。何で見逃したんだ、狙い球と違ったのか。それとも、もしや……

「オイオイ松川、危なかったぞ」

「す、スミマセン」

 倉橋に軽く叱咤され、松川はぺこっと頭を下げる。それからスパイクで足元を均し、ロージンバックを手に取る。セットポジションに入り、まず一塁へ牽制球。さらにもう一球。椿原の盗塁を警戒するというより、じっくりと間合いを取るためだ。

 そして、第二球。外角低めに直球、今度は狙い通りのコースへ決まる。磯村は、やはり微動だにしない。倉橋は「ナイスボール!」と微笑みかけ、松川に返球する。

 これでツーストライク。しかしバッテリーは、勝負を焦らない。

 三球目の外角へのカーブ、四球目の内角高めへの直球は、いずれもボール一個分外し誘ってみる。これには手を出さず。五球目のフォークにも乗ってこず、またもフルカウント。

 またツースリー、だと? やっぱり、奴らの狙いは……

 果敢に内角を突いた松川の直球が、磯村のユニフォームの袖を掠める。アンパイアが「デッドボール!」とコールし、一塁ベースを指差す。

 谷口がタイムを取り、内野陣をマウンドへと集めた。

「す、スミマセン」

 死球を与え、うつむく松川の背中を、谷口がぽんと叩く。

「ドンマイ。今のは仕方ないさ、強気に攻めた結果だろ」

「キャプテンの言う通りだ」

 倉橋も、マスクを片手にうなずく。

「ボールは来てる。制球も、さっき危ない球はあったが、それ以外はちゃんとコースを突けている。この調子なら、そう易々と打たれはしない」

「そうだ松川。思い切りドォンと……って、おいイガラシ」

 丸井がすっと、こちらに眼差しを向ける。

「どうしたんだよ。そんな、怖い顔して」

「……松川さん、倉橋さん」

 バッテリー二人の顔を交互に眺め、進言する。

「遊び球を放る必要はありません。松川さんの得意球で、どんどん勝負して下さい」

「なっ何を言い出すんだよイガラシ」

 倉橋が、やはり困惑の顔で言った。

「確かに、強気で攻めていけ、とは言ったがな。でも、遊び球を放らないっていうのは、さすがに無謀過ぎるぜ。相手は強打者揃いなんだし、慎重に散らしていくのが定石だろ」

「……それも、計算のうちだとしたら?」

「どういうことだ」

 谷口が真顔になり、問うてくる。

「ナインに説明してくれ。おまえ、何に気が付いたんだ?」

「奴らこの回から、作戦を変えてきています。ほら……さっきの失投のカーブ」

「お、おう」

 苦笑い混じりに、倉橋は言った。

「正直やられたと思ったさ。幸い見逃してくれて、事なきを得たけどよ」

「たぶん……あれ、わざとなんですよ」

 イガラシの言葉に、丸井が「なにぃ」と目を見開く。

「コース云々じゃなく、早いカウントだったので、意図的に手を出さなかったんです」

「……まさか、イガラシ」

 心なしか、丸井は引きつった顔になる。

「俺達がさっき、西将の西田さんに対してやったとの、同じ戦法を」

「そういうことです」

 即答すると、多くの者が驚いた声を発した。

「もっとも、西将はさらにレベルを上げて、必ず“フルカウントにする”制約を課しているみたいですけどね」

「な、なるほど。言われてみりゃ……」

 倉橋が相槌を打つ。

「さっき一、二番とも、早いカウントでは打ちに来なくて、結局ツースリーまで行ったしな」

「はい。この回、打順はトップから。しかも、初めてレギュラーメンバーだけで臨める攻撃です。作戦を変えるにはうってつけの状況なんですよ」

「つまり……レギュラーじゃない時は“ファーストストライク狙い打ち”、レギュラーが揃ってからは“フルカウントにして球数を費やさせる”、二段構えの作戦というわけね」

 加藤の呑気な口調に、丸井が「てやんでぇ」と怒鳴る。

「な、何ですか急に……」

「西将の奴ら、俺っちらを自分達の“練習プログラム”としてしか、見てないってことじゃねぇかよ。いくら公式戦じゃないからって、名門だからって、ナメた真似を」

「丸井。落ち着けよ」

 ふいに谷口が、割って入る。

「はっはい、谷口さん」

「……案外、そうとも限らないぞ」

 キャプテンの言葉に、再び周囲がざわめく。

「どういうことです?」

 イガラシが問うと、谷口は「これも推測だけどな」と前置きしてから、答える。

「うちを“練習台”と見ているのは、俺も当たっていると思う。でも、ナメているからそうするというのは、ちょっと違う気がするんだ。ひょっとして……西将は、投手のタイプ別の攻略法を、試してるんじゃないかってな」

「た、タイプ別の攻略法……ですか?」

「そうだ。時にイガラシ……このピンチ、おまえならどうやって切り抜けたい? 三振か、それとも凡打か」

「えっ。そ、それは」

 唐突に尋ねられ、戸惑いながら返答する。

「……別にどっちでも。ああ、球数が少なくて済むので、初球を凡打くらいの方が良いですね」

「合理的だな。松川は?」

「ぼくも一緒です。ピンチを切り抜けたのだが、別にこだわりは」

「そうだよな、俺も同じ考えだ。ところで……丸井」

「へっ? ぼ、僕ピッチャーじゃないですよ」

 丸井の素直な反応に、他の内野陣は吹き出す。

「そんなこと分かってるさ。ほら、おまえとイガラシの後輩……近藤って言ったっけ」

「なっ何で今、あんな奴のこと思い出させるんですか」

「いいから。その近藤君なら、どうだろう」

「あいつに“君”なんて付ける必要、ないですよ。そうですね……あいつなら、間違いなく三振を取りにいきますね。それで痛打されること、多かったですけど」

「なるほど。ちなみにイガラシ、井口はどっちだろう」

「井口ですか。どうでしょうね……中学の時は、バックを信用しようにも、野手陣のレベルが低かったですからね。ただ、去年決勝で戦った時、いざという場面では俺に勝負を挑んできたところから見て、やはり三振を狙うタイプだと思います」

 その時、加藤が「そういうことか」と感嘆の声を発した。

「谷口さんの言いたいこと、分かりました。ピッチャーには、二種類のタイプがいるってことでしょう」

「いっいきなり大きな声出すなよな。何だよ、ピッチャーのタイプって」

 丸井が耳の穴をほじくる仕草をしながら、呆れ顔で問う。

「要するに、近藤や井口みたいに三振を取りたがる“ボールの威力に自信を持つ”タイプと、松川やイガラシ、谷口さんみたいに“合理的に考える”タイプだよ」

「そういうことだ」     

 谷口は、我が意を射たりという表情で、大きくうなずく。

「そしてボールの威力に自信を持つ投手は、簡単にストライクを取りにくる傾向がある。ところが、自信を持って投げ込んだ球を打ち返されたら」

「動揺して、ムキになるか、自信をなくしてしまいますね」

 加藤の相槌に、イガラシはうなずいた。さっきの井口だな……と、胸の内でつぶやく。

「逆に、合理的に考えるタイプの投手は、慎重にコースを突いていく。そんな投手が、よく陥りがちなのが……」

「慎重になりすぎて球数が増えたり、四球を与えてピンチを招いてしまう」

 倉橋がそう言うと、松川は思い当たる節があるのか、一瞬ばつの悪そうな顔をした。

「……それじゃあ、谷口さん」

 イガラシは眼差しを上げ、さらに尋ねる。

「西将は、井口と松川さんがどういうタイプの投手か知った上で、早打ちしたり待球したりしてきたわけですか。つまり……西将も、俺達のことをよく調べて」

 周囲のナイン達から、またもざわめきが起こる。

「なっ、何だと?」

「まさかそんな。うちが調べるならともかく、奴らが俺達のことを調べるなんて」

「そうだよ。公式戦ですらない、招待野球で戦う他府県の新興チームのために、なんで西将ほどのチームがそこまでするんだよ」

 ざわめきを遮るかのように、背後から足音が近付いてくる。振り向くと、しかめ面のアンパイアが、わざとらしく大きな咳払いをした。

「お、オホンっ。ちょっとミーティングが長すぎやしないかね!」

「あっスミマセン。もう済みましたので」

 谷口は一礼すると、ナイン達に声を掛ける。

「さぁ。がっちり守っていこうよ!」

「おうっ」

 掛け声を合図に、各自のポジションへと散っていく。

「イガラシ」

 ショートの位置に戻ろうとした時、ふいに呼ばれる。

「……はい?」

 松川だった。すでにマウンド上のプレートに足を掛け、顔だけをこちらに向けている。何か……と問い返そうとした時、束の間言葉を失う。

 えっ……松川、さん?

 その眼差しに、いつになく鋭い光が宿っているように感じた。この温厚な先輩の、入部以来初めて見る、迫力ある姿だ。睨むような目で、一言だけを発する。

「あのボール、使うぞ」

 ほどなくプレーが再開される。

 三番打者の鶴岡が、左バッターボックスに入った。実力的には、四番の高山に匹敵する強打者である。前打席では、その打力を警戒し歩かせていた。

 ただ今回は、ノーアウト。逃げるわけにはいかない。

 松川はセットポジションから、まず二塁へ牽制球を送る。続けて、もう一球。盗塁を警戒するというより、間を取る意味合いなのだが、おそらく見てくるつもりの相手打者に、効果があるかどうかは分からない。

 初球。直球が、外角低めいっぱいに決まる。二球目も同じ球、同じコース。やはり鶴岡は、手を出してこない。これでツーストライク。

 そして三球目。倉橋は、鶴岡の膝元にミットを構えた。

 内角低め。打者が最も打ちにくい所だが、同時に投手にとっても制球が難しく、投げるには勇気の要るコースでもある。イガラシは、思わずため息をついた。

 覚悟を決めたな、松川さん。

 またもセットポジションから、松川は投球動作へと移る。その指先から、まるでスローモーションのようにボールが放たれる。狙い通り、内角低めを突く。鶴岡は肘を畳み、掬うようにバットを回す。

 バットの軌道。その数十センチ手前で、ボールが急激に沈む。

 一瞬の静寂。その直後、スタンドが大きくどよめいた。少し遅れて、驚いたようなアンパイアの甲高い声が、球場全体に響く。

「ストライク、バッターアウト!」

 

次回<第17話「諦めるな墨谷ナイン!」の巻>へのリンクは、こちらです。

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<漫画「キャプテン」「プレイボール」関連掲示板>を設置しました!

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第1話~第14話までのリンクは、こちらです。

 

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