南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の”リアル”【第18話】「イガラシ対西将バッテリー」の巻 ~ ちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編 ~

※前回<第17話「諦めるな墨谷ナイン!」の巻>は、こちらのリンクです。

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第18話「イガラシ対西将バッテリー」の巻

 

 マウンド上から投じられたボールが、ホームベース手前でワンバウンドする。

「……くっ」

 すでにツーストライクと追い込まれていた松川は、出し掛かったバットを必死に止めようとするも、僅に手首を返してしまう。

 アンパイアはそれを見逃すことなく、右手を回す動作とともにコールした。

「スイング! ストライク、バッターアウト」

 二、三度かぶりを振り、松川は苦悶の表情でベンチに引き上げてきた。途中、ネクストバッターズサークル手前で足を止め、久保とイガラシに「ちょっといいか」と、呆れたような顔で告げる。

「あのフォークボール、すごい落差だ。それに、速球とそうスピード、変わらないぞ」

 松川と入れ替わるようにして、久保が無言で打席へと向かった。頼むぞ……と言いかけたのを、ぐっと喉に押し込む。

 すまんな久保。この重要な局面で、何の助言もしてやれなくってよ。情けない限りだが、ここはもう、おまえの個人技に賭けるしかない。頼む、何とか出てくれ。そしたら後ろにつないで……いや、必ず俺が返してやる。

 アンパイアが「プレイ!」と声を掛ける。マウンド上、竹田がキャッチャー高山のサインにうなずき、ワインドアップから投球動作へと移る。

 その刹那、久保がバットを寝かした。

「サード!」

 コンッと音を立て、ボールは三塁線に転がる。意表を突かれたのか、西将の三塁手が一瞬つんのめりそうになる。何とか拾い上げ、一塁方法へ右腕を振るう。一連の動作に、高山の「投げるな!」という声が重なる。

 スタンドから「うわあっ」と、悲鳴のような声が響いた。

 握り損ねたのだろう。送球が、一塁手の差し出すファーストミットの手前で跳ねる。不規則なバウンドとなり、そのままファールグラウンドを転々とする。

 一塁を蹴り、さらに加速した久保は、二塁ベースに頭から滑り込んだ。

「よしっ。ナイスバントだ、久保!」

 イガラシは叫んだ。その眼前で、起き上がった久保が小さくガッツポーズする。

「すげぇ。絶妙なセーフティ」

 背後で、丸井が興奮気味に言った。

「あいつ、バントなんてできたんだ」

「見ろよスコアボードを。エラーとヒットのランプが点灯してる」

「まさか西将の守備が乱れるなんて」

「ばかっ、それだけじゃない。あの竹田から、ついにワンヒットをもぎ取ったぞ」

 声援が、雄叫びが、次々に聞かれた。ナイン達のエネルギーは、そのままバッターボックスへと向かうイガラシの背中に向けられる。

「行けぇイガラシ。思い切り引っ叩け」

「いい所で回ってきたな。ここで打てばヒーローだぞ」

「同点、いやこうなったら逆転だ。スタンドに放り込めっ」

 沈んでいたベンチの雰囲気が、文字通り一変した。

―― 一番、ショート、イガラシ君。

 ウグイス嬢のコールを背に、右バッターボックスへと入る。

「よっ千両役者」

 やはり声を掛けられた。マスクを被り直す仕草をしながら、高山がにやっと笑う。

「また会えたね。こういう場面で、やっぱり君のところに回ってくんだな」

「随分余裕ですね。一打同点のピンチだってのに」

 皮肉を言うと、高山はため息混じりに答える。

「はぁ……いやあ実を言うと、見た目ほど余裕はないんだけどな。ボクが余裕のある顔してないと、他の連中がカタくなっちまうから。キャッチャーって辛い立場なのよ」

 イガラシは無言で踵を返し、マウンド上へ視線を移した。背後から、高山のくぐもった声が降ってくる。

「あらぁ。そちらの質問に答えたのに、無視たぁ。いい度胸だな……て、はっ」

「……君ぃ。いい加減にしないと、そろそろ監督さんに」

 アンパイアの苦言に、高山は「それはご勘弁を」と大仰な口調で答えた。

「ボクにも立場ってものがあるので、監督にチクるのだけはやめて下さい。以後は、ちゃんとスポーツマン精神に則り……」

「ほら、こういうところだ。おしゃべりが過ぎるぞまったく」

 吹き出しそうになるのを、何とか堪える。

 悪いが、そっちのペースには乗らねぇよ。おたくらほど長けてはいないが、そういう心理戦は、こちとら中学時代に散々経験してきたもんでね。

 バットを構え、アンパイアの「プレイ!」のコールを聴く。傍らに屈み、ミットを構えサインを出す高山の眦を、イガラシは横目で睨む。

 何度もそう易々と、計算通りに事を運べると思うなよ、高山さん。

 マウンド上。竹田は一度プレートを外し、二塁ベース上に牽制球を放った。さほどリードを取っていない久保は、難なく帰塁する。

 ベースカバーに入った二塁手から返球されると、竹田はセットポジションから投球動作に入りかける。しかし、再びプレートを外し、またも牽制球。やけに慎重だな……と思ったその時、アンパイアがふいに「タイム!」と叫ぶ。

 えっ、何だよ……急に。

 アンパイアは一度マスクを取り、一塁塁審を呼び寄せた。二人で何事か確認するように、ホームベース後方でしばし密やかに言葉を交わす。

 やがて、アンパイアはこちらに戻ってくると、マウンド上を指差し告げる。

「ボーク! 二塁走者、三塁へ」

 その瞬間、スタンドが大きくざわめいた。予想外の展開に、観客達の驚く声が、イガラシの耳にも飛び込んでくる。

「どうしたんだよ。ここに来て、西将が立て続けにミスするとは」

「墨谷が思った以上に粘るから、調子狂ったんだろう」

「この試合、ひょっとすると……分かんないぞ」

 イガラシがは、一旦バッターボックスを外し、軽く素振りした。

 確かにラッキーではあるが、まだ点が入ったわけではない。のぼせ上ってしまうと、かえって良くない結果になる。チャンスの場面こそ落ち着かなくてはならないことを、イガラシはよく心得ていた。

「アンパイア、タイム願います」

 ふと横を見ると、高山がいつになく険しい眼差しで、マウンドへと駆けていく。そして竹田だけでなく、内野陣を全員集める。

「ばかが。終盤、思わぬ形でピンチを迎えるなんてことは、野球じゃありがちだろ。何を今さら、ウブに狼狽えてんだ」

 意外なほど、厳しい言葉を発していた。へぇ……と、胸の内でつぶやく。

 おどけてばかりじゃなく、締めるときはこうやって、きっちり締めるのか。まぁ、そりゃそうか。さすが全国ナンバーワンの名捕手だよ。

「ピッチャーだけじゃない。野手陣も、正直ちと緩んでたろ。おまえら、どこかでまだ墨谷を“格下”だと、ナメてたんじゃねぇか」

 正捕手の叱責は、さらに続く。

「戦力的には、確かにうちがずっと上だろう。けど試合前、監督が言ってたじゃないか。墨谷みたいなチームこそ『最も注意しなければならない』ってな」

 漏れ聴こえてきた高山の言葉に、イガラシは思わず「えっ」と声を発した。

 墨谷が“最も注意しなければならない”相手、だと? まさか西将の監督、それでうちを招待野球の相手に選んだのか。こっちが思ってた以上に、西将は俺らのことを警戒してたってことか。でも、なぜ西将ほどのチームが、そこまで俺達のことを……

 ほどなくタイムが解け、西将の内野陣が各々のポジションへと散っていく。

 高山は一転して、また微笑みを湛えた目で戻ってきた。イガラシと目が合うと、また「ご機嫌よう」とおどけた声で言った。

「悪いねぇ、待たせちゃって」

「……いえ。僕でも、ここは間を取ります」

「あら嬉しい、やっと君と分かり合えた」

「勘違いしないで下さい。またアンパイアに、叱られますよ」

「何だよ。相変わらず、つれないなぁ……しっかし、ほんと参るよ」

 高山はそう言って、ため息をつく。

「うちの監督が言ってたのさ。第一試合は『終盤にもつれるだろう』ってよ。ほんと、その通りの展開になってやがる。あの“インテリ狸”の予言通りだなんて、癪だよな」

「……監督さんのことを“インテリ狸”だなんて呼んでるんですか。言い付けますよ」

「こ、こら。イガラシ君、それは勘弁。うちの監督、眼鏡かけて、いかにもインテリですってな顔で座ってるけどよ。怒ると怖いんだ。寿命が何年縮むか分かんねぇぜ」

 相手の戯言は、どうでも良かった。それよりもイガラシが引っ掛かったのは、西将の監督が口にしたらしい「終盤にもつれる」という見解だ。

 なるほど……奴らがレギュラーを起用してきたワケが、少しずつ見えてきたぞ。

「プレイ!」

 アンパイアのコールと同時に、竹田が投球動作に移る。

 セットポジションではあるが、三塁走者の久保を気にする素振りは見られない。全神経を集中させて、こちらに向かってくる。

 初球。真ん中付近にきたボールを強振したが、バットは空を切る。松川の時と同じく、ホームベース手前で弾んでいた。

 タイムを取り、一旦打席を外す。一つ吐息をつく。掌に、汗がにじむ。

 いきなりフォークか。松川さんの言うように、スピードはほとんど速球と変わらない。しかも、すげぇ落差。おまけに、やはりフォームからじゃ球種の区別が付かない。

 一度軽く素振りをして、打席に戻る。

 二球目は、シュート。内角の膝元を抉られる。僅かに外れボール。続く三球目も内角低めに、今度は速球を投じてきた。これはコースいっぱいに決まり、ツーストライク。早くも追い込まれる。

 さすが選抜優勝投手……って、感心してる場合じゃないな。こりゃあ、俺が初見で打てるレベルの投手じゃない。まずいぞ。

 再びタイムを取る。虚空を仰ぎ、深呼吸する。そして右バッターボックスの手前で、また素振りした。視線の先に、三塁ベース上で屈伸運動をする、久保の姿を捉える。

 これは打てない。けど……点を取る方法なら、他にもある。

 打席に戻ると、イガラシは高山が見えないように、三塁ベース方向に左手の指を折り曲げた。その動きを、久保が捉えることを計算の上だ。

「プレイ!」

 もう幾度目かのアンパイアのコール。

 竹田が投球モーションに入ると同時に、久保がスタートを切る。その動きを視界の端にして、イガラシはバットを寝かせた。西将の三塁手が叫ぶ。

「ランナー走った。スリーバントスクイズだ!」

 その刹那――高山の影が、ふいにイガラシの傍から消える。

 同時に、マウンド上。投じられた竹田のボールは、ホームベースを挟んで反対側の左バッターボックスよりも、さらに遠くへ逃げていく。

 しまった、外された……

 イガラシは咄嗟に、バットを左手だけで持ち、飛び付くようにして体を投げ出した。懸命に差し出したバットの先端を、ボールが掠める感触があった。

 土の上に倒れ込む。したたかに顎を打ち付け、唇が少し切れた。痛みを堪えながら、血の味とともに視線を上げる。

 ボールは一塁ベースの右側、ファールグラウンドの隅に留まっていた。

「ファール! スリーストライク、バッターアウト」

 アンパイアの声が、耳の奥に、そして全身に突き刺さる。

「あーあ。三振ゲッツー、チェンジかと思ったんだがな」

 頭上から、くぐもった声が降ってきた。

「君、やっぱりしぶといね

 高山がそう言って、手を差し出す。それを「平気です」と制して、イガラシは自力で立ち上がった。

「……見えてたんですか?」

 尋ねると、高山は首を横に振った。

「いーや。君がちゃんとバレないようにサインを出したことは、ボクが保証するよ。ふふっ、君はなかなかの演技派だなぁ。けど……今回はちょっと、相手が悪かった」

 高山はそう言って、ウインクした。

「君なら、やってくると思ったんだ。君はとてもクレバーな選手だからな。竹田のボールを二、三球見て、初見では打てないと判断する。そして、他に点を取る手段はないかと考え、スクイズという方法を選択する。違うかい?」

 思考の過程をすべて言い当てられ、イガラシは悔しさに拳を強く握りしめた。

「……オイオイ、そう怖い顔すんなよ」

 腹立たしいほど優しげな口調で、高山は話を続ける。

「俺は今、本当に感心しているのさ。君の判断力と、覚悟と、決断力にな。だから、そう落ち込まず……あっほら、キャプテンが心配して迎えに来たぞ」

 振り向くと、谷口がいつの間にか傍に来ていた。

「大丈夫か? どこか怪我したのか、イガラシ」

「……いいえ」

 バットを拾い上げ、小走りでベンチに向かう。

 得点機を逃し、やはりベンチは静まり返っている。谷口が、自分の後から戻ってきたタイミングで、イガラシは他のナイン達に頭を下げた。

「スミマセン。今のは……僕の判断ミスです」

「何言ってるんだよ」

 謝罪の言葉を、谷口がすぐに遮る。

「高山君の言う通りだ。咄嗟に、スリーバントスクイズという手段を考え付くなんて、なかなかできることじゃない。たまたま、向こうが上手かっただけだ」

「俺もそう思う。あのキャッチャーと同意見なのは、癪だけどよ」

 ベンチの後列で、倉橋が相槌を打つ。

「しかも、ウエストボールに片手だけで飛び付いて、ファールにした。三塁走者を殺さずに済んだんだ、それだけで十分だよ」

「……スミマセン」

 イガラシはもう一度頭を下げ、バッティンググローブを外した。バットを片付け、ようやくベンチに腰を下ろしたのほぼ同時に、アンパイアがコールする。

「ストライク、バッターアウト!」

 後続の丸井が、空振り三振を喫す。スリーアウト。三塁に、ランナー残塁。無得点。

「……ちっくしょう。最後はフォークだって、分かってたのに」

「ドンマイです。しょうがないですよ、あの球は」

 久保と並ぶようにして、丸井が苦悶の表情で引き揚げてくる。それでもベンチに戻ってくると、おそらくナインを気遣ってだろう、明るい口調で言った。

「すみまっせん、やっぱダメでしたぁ。倉橋さんと谷口さんが三振したのも、分かりますよぉ……って、イガラシ。悪かったな」

「……えっ」

 意外な言葉に、思わず顔を上げる。

「さっきのスクイズ。結果は失敗だったけど、ナイスガッツだったぞ。俺っち、久々に痺れたもんね。よしっ、後輩の仇は取ってやるって意気込んだんだが……ダメだった」

「丸井さん……」

「でもよっ、まだ最後の攻撃が残ってるじゃないか。谷口さんが言ってたろ、最後まで諦めるなってよ。俺も同感だ。粘って粘って、喰らい付けば、必ずチャンスは来るぞ」

 ふいに加藤が、ため息混じりに「そう言うなら……」と割り込んでくる。

「せめてファールで粘りましょうよ。一球も掠りもしなかった人が言っても、説得力が」

「なっこら、加藤。おまえさっきから、俺っちのこと、からかいやがって」

「いい加減にしろよ。丸井に加藤」

 横井がそう言って、背後から二人の頭を叩く。

「漫才は、試合が終わってからにしろよな」

「ええっそんな横井さん。俺は、みんなを盛り上げようと」

 丸井の嘆き声に、ナイン達は一斉に吹き出した。沈みかけていたベンチに、再び明るさが戻ってくる。

「……よぉし。みんな、いいかっ」

 キャプテン谷口が先頭に立ち、声を掛ける。

「さっきも言ったように、必ずチャンスは来る。墨谷らしく、最後まで喰らい付いていくぞ。いいな!」

 谷口の掛け声に、ナイン達は「おおっ」と元気よく答えた。そして軽やかな足取りで、最終回の守備へと散っていく。

 しかし……やはり八回裏の逸機は、試合の流れを大きく左右することとなる。

 九回表。墨谷ナインは、いつも通りの心境で守備に就く。だがそれ以上に、ピンチを凌いだ西将が、勢い付いていた。

 谷口は、何とか先頭打者を凡打に打ち取ったものの、続く三番鶴岡のバットが火を吹く。フルカウントから投じたカーブを捉えられ、ライトスタンドまで運ばれてしまう。

 さらに四番高山、五番月岩が連続ツーベースヒットを放つ。その後、後続は何とか抑えたものの、この回二失点。トータルスコア六対九と、点差を三点に広げられた。

 

 ※次回<第19話「負けじゃないさ」の巻>へのリンクは、こちらです。

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第1話~第16話までのリンクは、こちらです。 

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