南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【野球小説】続・プレイボール<第3話「できることから!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版・2020.9.20推敲)

 

    

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【目次】

  

【前話へのリンク】

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 <登場人物紹介(その3)> 

 

横井:頬に渦巻のある三年生。右投右打。内外野どこでも守れるユーティリティープレーヤー。明朗な性格であるが、原作では練習に付いてこられない後輩を叱咤した熱血漢な一面もある。

 

加藤正男:二年生。ポジションは、墨谷二中時代よりファーストを務める。かつては丸井と共に、同校を地区大会優勝へと導く。左投左打。派手さこそないが、堅守巧打が光る。

 

久保:一年生。ポジションは外野手。右投右打。イガラシと共に、墨谷二中を全国優勝へと導く。ミート力・長打力ともに秀でたスラッガーである。

 

 

第3話 できることから!の巻

 

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1.イガラシの提言 

 

 練習試合の後。墨高野球部の面々は河原へと移動し、円座になる。

「これから三十分間、休けいとする」

 谷口は、全体を見回しながら告げた。

「休けいといっても、ダラダラすごすんじゃないぞ。体をほぐしたり、試合に出なかった者はもう一度アップしたりと、やることは色々あるはずだ。とくに、井口」

「は、はひっ」

 谷口の真向かいに、退屈そうな顔で座っていた井口は、ふいに話を向けられ妙な声を発した。傍らのイガラシが、「ばーか」と脇腹を小突く。

「この後、バントとバスターの練習を行う。井口には打げき投手をつとめてもらうから、しっかり肩を作っておいてくれ」

「わ、分かりました」

 井口の口元が、露骨なほど緩む。やはり投げるのが一番楽しいらしい。

 解散後、谷口は丸井を呼び「ちょっと足を冷やしてくる」とこっそり伝えた。途端、丸井の顔が引きつる。

「え……まさか、ケガですか」

「な、なぁに。大したことじゃない」

 慌てて付け加えた。

「軽い打ぼくだろう。さっきホームにすべり込んだ時、太ももが相手のキャッチャーとぶつかってな。プレーに支障があるといけないから、ねんのため湿布しておくだけだ」

「……なぁんだ。それなら、よかったです」

 素直な後輩は、安堵の吐息をつく。

「ほかのメンバーに、なにか聞かれたら……悪いが、てきとうにごまかしておいてくれ。とくに倉橋には、伏せておいてほしい。片瀬の件で、ちょっと神経質になってるから」

「わっかりました。まかせてください!」

 丸井は快活に言って、自分の胸をぽんと叩く。

「うむ。たのんだぞ」

 駆けていく背中に、スマンな丸井……とつぶやく。

 谷口は土手をのぼり、周辺に誰もいないのを確かめてから、道端に座り込んだ。ユニフォームのポケットに忍ばせておいた湿布を取り出し、アンダーシャツの袖をめくっり、肘に貼っていた古いものと交換する。

 うっ、と小さく声が漏れた。右肘に明らかな痛みがある。

 まいったな。時間がたてば治ると思ってたら、だんだん強くなってきてる。激痛というほどじゃないから、投げられないことはないが、このままにしておくのはマズイぞ。

 袖を直し、古い湿布を丸めてポケットに仕舞う。

 かといって、もし病院で投球禁止だと言われたら。ただでさえ不安なナイン達を、ますます動揺させてしまう。はて、どうしたものか……

「キャプテン」

 ふいに声を掛けられ、ずっこけそうになる。

「こんな所で何をしてるんですか」

「ああ、いや……」

 眼前に、イガラシが立っていた。

「ちょっと太ももを手当てしてたんだ。ほら、ホームにすべり込んだ時」

 丸井に使ったのと同じ言い訳をした。イガラシは「へぇ」と、僅かに首を傾げる。

「そんなに、はげしい接触でしたっけ?」

「ねっ念のためさ。そ、それより……なにか用なのか?」

 ええ、と思いのほかあっさり引き下がる。どうやら他に用件があるようだ。

「提案、というか……お願いがあるんですけど」

「おお。なんだよ、あらたまって」

「キャプテン。ぼくを、投手陣に加えてもらえませんか? もちろん内野と兼任で」

 やはり、と胸の内につぶやく。

「ま、とりあえず座れよ。ほら」

 傍らの草の上を指差す。

「こうやって、土手に足をのばすと、気持ちいいぞ」

「は、はぁ」

 イガラシは戸惑いながらも、言われた通りにする。

「いぜん……とうぶんは内野手に専念してほしいと、伝えたはずだが」

「はい。今のチームの、攻守における甘さをうめてほしいと」

「だったら、どうしてそう考えたのか。ちゃんとワケを聞かせてくれ」

 後輩は、きっぱり「はい」と返事した。

「といっても……現状を整理したら、おのずとその結論に達しただけですけど」

 そう切り出し、淡々と語り出す。

「まずは片瀬の故障です。あれから練習にも出てきてないので、夏に間に合うかどうか微妙ですよね。それと井口。どうもあいつ、まだ硬球に慣れてないらしくて」

「む。やはり、そうなのか」

 谷口は苦笑いした。

「どうりで投球練習の時、真っすぐばかり投げてるわけだ」

「ええ……キャプテンもおぼえてるでしょう、昔やつと当たった時」

「うむ。たしか左バッターに、まったくストライクが入らなかったな」

「ま、それは克服したようですが。井口のやつ、意外に繊細(せんさい)なトコあるんですよ。あの図体からは、信じられないでしょうけど」

 辛辣な発言に、ついプッと吹き出してしまう。

「もちろん井口がすぐに慣れて、片瀬も早く復帰できたら、それに越したことはないですが」

 真顔のまま、イガラシは話を続けた。

「叶わなかった場合……昨年と同じく、キャプテンと松川さんの二人体制でってことになりますよね。それは心もとないんじゃありませんか」

 谷口は「ふむ」と、ひとつ吐息をつく。

 やはり分かっているようだな。たしかにイガラシが投手も兼ねてくれれば、もっと余裕をもってローテーションを組むことができるだろうが……

 しかし、懸念が一つあった。

「なぁイガラシ。正直に答えてくれ」

 声を潜め、問うてみる。

「さっきも聞いたが……ほんとうに、肩は平気なのか?」

 ははっ、とイガラシは快活に笑う。

「心配性なキャプテンですね」

「こ、これ。笑いごとじゃないぞ」

「平気ですって」

 あっさりと後輩は答えた。

「たしかに大会が終わって、しばらくは痛かったですけど。ひと月もすれば回復しました。だいたい、ちょっと連投したくらいで大事に至るほど、ぼくはヤワじゃありませんから」

「たのもしいな。しかし、あまりムチャも困るぞ」

 やや厳しい口調で告げる。

「これ以上ケガ人が増えると、夏の大会に影響する。それにイガラシ。おまえはいずれ、リーダーとして墨高野球部を引っぱっていく人材だ。ここで潰れてもらったら困る」

「……フフ、よく言いますよ」

 イガラシはふと、穏やかな目になった。

「キャプテンこそ。あの青葉との決勝では、指を折りながら決勝タイムリー打ったじゃありませんか」

「あ、ああ……そうだったな」

 さしもの谷口も、笑うしかなかった。たしかに人のことを言えたものではない。

「とにかく。俺のことは、心配いりませんよ」

 微笑みを湛えた目で、イガラシは言った。

「でも、しばらく投球練習してないだろ。だいじょうぶなのか?」

 やんわりと懸案事項を指摘したつもりだったが、相手はにやっと笑う。

「そう言われると思って……ずっと走り込みと投げ込みは続けてたんです。なにかあった時のために、準備はしておこうと」

 思わず口をつぐむ。あまりの周到さに、溜息が漏れた。

「……ほう、そこまで」

 目を瞑り、しばし考え込む。

 この口ぶりじゃ、イガラシはうちの投手陣が盤石でないことを、とっくに見抜いてたんだろう。ひょっとしたら、谷原戦よりもまえから。

「……そういうことなら」

 顔を上げて、返答した。

「分かった。おまえを投手陣に加えよう」

 ことわる理由はないか、と自身を納得させる。

「ありがとうございます」

「いやいや。礼を言わなきゃならんのは、俺の方だ」

 この期に及んでは、胸の内を素直に打ち明けることにした。

「もう察しているだろうが……谷原戦で俺がメッタ打ちにされ、さらに片瀬が離脱したことで、予定は大きく狂った。そのことで正直、ずっと頭をかかえてたんだ」

「ええ、そうだろうと思いました」

 イガラシはこくっとうなずいた。

「キャプテンという立場上、一度決めたことをくつがえすのも、なかなか勇気がいりますからね。それで、こっちから言おうと」

「なんだ、それも分かってたのか。しかし……そうか、気を遣わせてしまったな」

「どうってことありませんよ。それより、さっそくですが」

 さほどの感慨もなく、あくまでも淡々と受け答えする。

「この後のバント練習、井口のつぎに打撃投手をやってもいいですか? あいつが打席に立つ時は、どっちみち誰かが投げないといけないので」

「ああ。しっかり頼むぞ」

「それじゃ、今のうちに肩作っておきます……あっ」

 イガラシはいったん踵を返しかけたが、ふと「そういえば」とこちらに向き直る。

「キャプテン。さっき体、だいぶ軽かったでしょう」

「えっなにが……あ、あぁ試合のことか」

 肘の件かと思ったが、そうじゃないと分かり安堵する。

「そうなんだよ。一イニングだけとはいえ、気持ちよく投げられたさ」

「ええ、見ていて分かりました。真っすぐも変化球も、すごくキレてましたね」

 言葉とは裏腹に、イガラシはむしろ憂うような顔で、ぽつりと言った。

「気をつけた方がいいですよ」

「どういうことだ?」

「ぼくも何度か、経験あるんです。みょうに調子がいい時。でもそれ、あまり長く続かないので、ついリキんだ投球になりがちなんですよ」

 ああそうか、と思い出す。そもそも投手としての経験は、イガラシの方が長いのだ。

「さっき結果は、三者三振でしたけど……全体的にボールが上ずってましたよね。あれって、いつもより力がわいてくるので、逆におさえが効かなかったんじゃありませんか」

「あ、ああ」

「一イニングだけでよかったです。ああいう時って、うまく力を逃がすようにしないと、肘を傷めちゃったりするので」

 どきっとする。まさに今、イガラシに指摘された状態だ。

「それにボールが高いと、ほんとうに打力のあるチームならとらえられてますよ。大島工が振り回してくれたから、今日は助かりましたけど」

 そこまで言って、イガラシは「あっ」と小さく声を発した。

「すみません、生意気言いました。それじゃ」

 ぺこっと頭を下げ、今度こそグラウンドへと駆けていく。

「あいかわらずだな」

 谷口は一人、苦笑いした。そしてひそかにつぶやく。

「とても頭のキレる男だが、自分の身を守ることには無頓着だからな。まちがっても大ケガさせないように、ちゃんと見ててやらなきゃ」

 

 

2.ミーティング

 

「……わっ」

 立って受ける根岸のミットを、ボールが弾く。

「どしたい根岸。ラストは全力だと、最初で言ったろう」

 苦笑い混じりに、イガラシは言った。

「す、スマン。ちとおどれーたのよ」

 ややバツが悪そうに、一年生捕手はボールを拾い直す。

「昨年の中学選手権で、おまえの投球も見たはずだが。こんなに速かったとは」

「そりゃ一年近くも過ぎりゃ、多少変わるだろうさ」

 何の気なしに答える。

「けど、もったいねーな」

 根岸は渋い顔で言った。

「これだけのタマが投げられるのなら、やはりピッチャーに戻るべきだと思うが」

「……む、そうか」

 つい曖昧な返事をしてしまう。なんだよ、と根岸が笑った。

「ひょっとして、まだピッチャーに未練があるんじゃないのか」

「こら根岸。そうやって人のこと、気にしてる場合かよ」

 説明するのも面倒なので、イガラシは話を逸らした。

「あいかわらず、変化球に苦労してるな。少しは対処法を考えたのか」

 

「う……いや、考えてはいるが」

 素直な質らしく、途端に神妙な顔つきになる。

「どうもボールの軌道に、目がついていかないんだ。キャプテンに言われて、引きつける意識はしてるが、いざ打席に立ってみると、どうしても追いかけちまう」

「ふむ。だったら」

 イガラシはしばし考えた後、一つの方法を提示した。

「バスターにしたらどうだ」

「ば、バスターだと?」

 予想外だったらしく、根岸は目を大きく見開いた。

「そうだ。バントの構えだから、意識しなくともボールを引きつけられる。スイングの遅いやつだと、さし込まれちまうが……おまえなら十分ふり切れるだろ」

「な、なるほど」

 こちらが戸惑うほど、目を輝かせる。

「それは考えついたことなかったぜ。さっそく試してみる」

「お、おう……どのみち、いくら長距離打者だからって、あるていど小技もできねぇと試合に使ってもらえないかんな。おぼえといて、損はねぇよ」

「わかってるって。引きつけて……バシッ、だな」

 ほんとに分かってんのかよ、とイガラシは苦笑いした。

 

 

 ほどなく休憩が明け、部員達はホームベース近くに集合した。全員が再び円座になると、キャプテン谷口がすっくと立ち上がる。

「先に、みんなへ伝えておくことがある」

 そう開口一番に告げた。

「まず、片瀬のことだ。谷原戦のことがあって、さらに追い打ちをかけたくなかったので、みんなには伏せておいたが……じつは、左膝をいためている」

「気にすんなよ。それくらい察してるぜ」

 谷口の後ろめたさを和らげようとしたのか、横井が吐息混じりに言った。

「で、どれくらいのケガなんだ?」

「はっきり言って、あまり思わしくない。さいてい……三週間は、安静にしてなきゃいけないそうだ」

 キャプテンの返答に、周囲がざわめく。

「……そこで、だ」

 ナイン達の動揺を押し留めるように、谷口は強い口調で言った。

「対策として……今日からイガラシにも、投手陣に加わってもらう」

 

 今度は、意外にも静かな反応だった。

「したがって、こんどの夏大は、俺と松川、井口と片瀬、そしてイガラシの五人体制でいく」

 数人の視線がイガラシに向けられたが、他の者はうなずきながら、黙ってキャプテンの話を聴いている。

「もちろんショートも兼任する。ただ、状況によってはピッチャーの練習を優先してもらうこともあるので、そこは内野陣には理解してもらいたい」

「俺っちなら平気ですよ」

 丸井が場違いなほど快活な声を発し、周囲から笑いが漏れた。

「たりないところがあれば、後で俺っちがコーチしますから」

「……丸井。おまえセカンドしか守ったことないだろ」

 加藤に突っ込まれ、丸井は「あっ」と顔を赤らめる。

「どんなアドバイスをくれるか、期待してますよ」

 イガラシが軽くからかうと、丸井は「てめぇ」とムキになる。

「こ、これっ」

 谷口は二人をたしなめてから、話を進めた。

「正直……当初の構想を変えるのは、なるべく避けたかった。練習メニューの組み方が変わってくるし、みんなに迷惑をかけてしまう」

「なに言ってる。妥当な判断じゃねぇか」

 倉橋が、励ますように言った。

「おまえが悩んでるふうだったから、口を挟まずにいたが、じつは俺もそうすべきだと思ってたんだ。片瀬の回復を、ゆうちょうに待っていられる状況じゃねぇ」

 横井も「そうだな」と同意する。

「よしんば片瀬が間に合ったとしても、夏はどのみち厳しい戦いになる。また誰か離脱しないとも限らないし」

 松川が「俺も賛成です」と、渋い顔でつぶやく。

「夏の大会は、想像以上に消耗します。知っての通り……俺はもう、四回戦までが精一杯で、終盤はだいぶキャプテンに負担をかけてしまいました」

「あの……それと少し、気になることがあります」

 挙手して発言したのは、加藤だ。

「今回、けっこう強いトコが、シードから漏れてますよね」

 戸室が「そうそう」と反応する。

「東実も、ブロック予選で俺達が落としちまったし」

「おいおい、加藤に戸室。よそを気にするのはまだ早いぞ」

 二人の勇み足を諫めてから、谷口は全体を見回した。

「それじゃあ、投手陣の話はこれぐらいにして……バント練習の説明をしていくぞ。」

 

 ナイン達は、快活に「はい!」と返事する。

「今日のバント練習は、より実戦に近い形でやっていく。ランナーを一塁において、一人三打席ずつ。三打席のうち、一回はかくじつに送る。あとの二回は、セーフティバントやプッシュバント、あるいはバスターをねらってもかまわない」

 おおっ、と周囲から声が漏れる。

「ただバントするより、ずっと面白いや」

「ああ。よぉし、ねらってやるぞ」

 ファーストの加藤が、溜息をつく。

「気楽でいいよなぁ。内野は、大変なんだぞ。一球ごとにダッシュしたり、ベースカバーに入ったり、けん制したり」

 谷口は「分かってるじゃないか」と、微笑んだ。

「その通りだ。さすが、ずっとファーストのレギュラーを張っているだけあるな」

「え、そんな……照れるなぁ」

 思わぬ褒め言葉に、加藤は顔を赤らめる。

「その通り。この練習では、バント守備における各ポジションの動きも確認していく。相手がなにか仕掛けてきた時、泡を喰ってしまわないように」

「なるほど。ぎゃくに言うと」

 谷口の言葉を受け、丸井が言った。

「俺っちらが、そういう攻め方をできるようになれば、相手をかき回すことができるってわけですね」

「む。さすが丸井、よく分かってるじゃないか」

 キャプテンは目を細め、二、三度うなずく。

 

 

3.バント練習にて

 

 

 ミーティングが終わると、早速ナイン達は守備に着く。複数の選手がいるポジションは、一打席ごとに交代して守ることになった。

 イガラシがショートの守備に着くと、同じポジションの横井が「先にいいか?」と問うてくる。

「ええ、どうぞ」

 そう返事すると、横井はにやっとした。

「いいのかよ。ポジションを争う俺に、順番をゆずっちゃって」

「先輩こそ、もうちょっと外野の練習しといた方が」

「あっ、こら。どういう意味だ」

「まんまですよ。なんでしたら、今すぐショートはゆずっちゃっても」

「そんなことできるかっ」

 軽口を叩き合う二人。その数メートル先のマウンド上では、井口がボールを握っていた。倉橋に「さぁこいっ」と促され、すぐに投球動作へと移る。

 一球、二球……威力のある速球が、倉橋のミットを鳴らす。

「少しは慣れてきたみてぇだな」

 イガラシが声を掛けると、井口は「いーや」と首を横に振った。

「今の真っすぐの走りは、悪くなかったろ」

「真っすぐだけはな。けど、やはり変化球のキレがもどらない」

 井口は「シュートいきます」と倉橋に告げ、投じる。小さく変化したものの、本人が言うように、直角に曲がると恐れられた頃のキレには程遠い。

「ああ……こりゃ、ダメだな」

 正直に言った。

「こら井口。ふだん硬球を持ち歩いて、早く慣れる努力くらい、してんだろうな」

「あっあたりまえだろ。けど、どうしても指にしっくりこねぇ」

 溜息混じりに、井口は言った。

「相変わらず、ヘンなところで不器用だな。昔、なかなか左バッターにストライクが取れず、やっと克服したと思ったら、こんどは硬球か」

 

「うるせっ。ひとの気も知らねぇで」

「……ハイハイ、そこまで」

 割って入ったのは、横井だった。

「横井さん……あっ」

 イガラシが周囲を見回すと、他のメンバーは笑いをこらえていた。

「まったく。兄弟ゲンカは、日が暮れてからやってくれよな」

 先輩の言葉に、幼馴染二人は「ありゃ」とずっこけた。それと同時に、ナイン達はプククと吹き出す。

 ほどなく、一番の丸井からバント練習が開始された。

 一巡目は普通の送りバントのみ。さすがにシード校の野球部らしく、誰もが簡単に決めていく。真っすぐだけと指定されたので、井口も打撃投手を無難にこなした。

 その井口が打順の時は、イガラシが交代した。

「そういやぁ、井口がバントするとこ見たことねぇな。できんのかよ」

 軽くからかうと、「バカにすんなよ」と怒鳴られる。その言葉通り、井口は膝を柔らかく使い、三塁線へ巧みに転がした。

 二巡目以降、やはり守備が忙しくなる。各打者が思い思いにセーフティバント、プッシュバント、バスターと仕掛けてくるので、その対応に追われた。ショートのイガラシと横井も、ベースカバーや中継プレーに走り回る。

 やがて、根岸の打順となった。

 右打席に立つと、根岸はすぐにバットを寝かせる。さっきアドバイスした、バスター打法をさっそく試す気だな……と、イガラシは察した。

 初球。やはりヒッティングに切り替え、外角の直球を打ち返す。しかしタイミングが遅れてしまい、セカンドフライとなった。丸井が難なく捕球する。

 根岸は「あーあ」と空を仰ぎ、一時的に着いていたファーストへ戻ろうとする。その背中に、谷口が声を掛けた。

「ちょっと待て。根岸」

「はっ、はい。なにか」

「今の打法は、引きつけて打つための工夫か?」

「え、ええ……まぁ」

「なら、もう一回打ってみろ。やろうとしていることは悪くない」

 キャプテンの言葉に、根岸は「ありがとうございます!」と大げさなほど一礼して、バットを拾い上げる。

 根岸が打席に戻ると、谷口は一言付け加えた。

「さっきは当てにいってしまったな。空振りしてもいいくらいのつもりで、鋭く振り抜いてみろ。その方が、おまえのパワーを生かせる」

「分かりましたっ」

 二球目も同じく、外角に直球が投じられる。根岸はバットを立てると、今度は迷いなくフルスイングした。

 速いゴロが、二遊間を破る。センターの島田と久保も追い付けず、右中間を転々としていく。根岸は意外にも駿足で、楽々と三塁をおとしいれた。

「ナイスバッティング! さすがだな」

 イガラシは、素直に讃えた。

「引きつけて打ち返す感覚、もうつかんだのか」

 根岸は起き上がると、満足げに「ああ」と返事する。

「この感覚は初めてだ。これなら変化球にも、対応できそうだぜ」

「はて、そう上手くいくかな」

「なっなんだよ。人が気分よく打ててるのに、また水を差しやがって」

「すぐ調子に乗るからだ。ほら、ぼさっとしてないで。加藤さんとファースト代わってこい」

 根岸がまだブツブツ言うのを、イガラシは受け流した。

  

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