南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【過去記事より】ジーコJAPANが惨敗した、きわめて単純な理由

 

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1.はじめに

 

 以下の文章は、「スポナビ+」時代に書いた私の拙文である。

 今は正直、サッカーの記事は書きたくない(笑)。というのも、私はさほど戦術等に明るいわけではないし、またプロアマ問わず優れた「書き手」の方が多数いらっしゃるからだ。

 しかし、曲がりなりにもW杯六回分の日本代表の試合を見て、素人ながら見えてきたモノがある。それは文末で述べるとして、まずは当時を振り返ってみることとしたい。

 

2.過去記事より: ジーコJAPAN惨敗の原因を探る

 

 長らくサッカー日本代表を応援しているファンなら、06年ドイツW杯の惨敗を忘れられない方が多いだろう。

 初戦のオーストラリア戦、三戦目のブラジル戦……と守備組織が崩壊し、なす術なく次々にゴールを割られていく。選手達からまるで覇気が感じられず、ベンチは何の手立てもなく、まさにこれ以上ないというくらい無残な戦いぶりだった。

 

 これは明らかに、W杯本大会へ向けての「チーム作り」が失敗した例である。

 

 敗退が決まった後、一部には「日本は元々弱いのだから、これが本当の実力」と簡単に片付けてしまう声もあったと聞く。しかし、私はまったくそう思わない。これは多くのサッカーファンも同じ思いだろう。

 

 純粋な“強い・弱い”以前に、当時の日本代表はチームとしての正常な機能を失っていた。そうでなければ、たとえ結果は同じ「負け」だったとしても、もう少し見る者の胸を打つ戦いができたはずだ。

  

 断言するが――あの惨敗は、代表監督だったジーコに最も大きな責任がある。当時の主力選手・中田英寿の傲慢な態度がチームメイトの反発を招いたとか、逆に他の選手達が精神的に未熟だったとか他にも色々と諸説あるが、それらはあくまでも枝葉の話に過ぎないと思う(ついでに言えば、“素人”を日本代表監督に据えた者の責任も、当然問われて然るべきだったが)。

 

 では、そもそもジーコのチーム作りにおいて、何が問題だったのか。それは主として、次の3点に集約されると考えられる。

 

①本番へ向けてのコンディション調整ができなかったこと

②ベースとなる戦術がなかったこと

③人間関係のトラブルを放置したこと

 

 

 まず①について。今更語るまでもないが、これはオーストラリア戦の終盤に選手達の足が止まり、残り6分間で立て続けに3失点したことからも明らかだ。

 

 他国の選手と比べ、日本人選手はどうしても体格面で劣る。ということは、走力(俊敏性・運動量の両面において)の部分で相手を上回らなければ、まず勝ち目はないと言える。

 コンディション調整で失敗することは、走力という日本のアドバンテージを放棄することに等しい。これで「勝とう」というのが土台無理な話なのだ。

 

 今思えば……大会前から、すでに“危険信号”は灯っていた。実はそれが、開催国の強豪・ドイツと2-2の接戦を演じた試合である。

 

 当時は私も気付かなかった。しかし、サッカーに限らず球技のチーム作りに関して多少の知識を有している方なら、日本代表の抱える危うさを感じ取った人も多かったと予想する。すなわち――「本番前にパフォーマンスのピークがきてしまって、大丈夫なのか?」と。

 

 コンディション調整が正しく行われているのなら、この時期はむしろパフォーマンスが落ちるはずなのだ。

 

 ジーコにコンディション管理・調整の能力がないことを見抜くチャンスは、このドイツ戦以前にもあった。

 

 当時のカレンダーを振り返ってみると、W杯前年の05年3月、日本代表はアジア最終予選のアウェー・イラン戦、ホーム・バーレーン戦へ向けて6日間の合宿をドイツにて実施している。

 

 今では覚えている人も少ないかもしれない……それなりに準備期間があったにも関わらず、日本代表は2試合とも低調なパフォーマンスに終始する。イラン戦はほぼベストメンバーで臨みながら、1-2と敗戦。続くバーレーン戦は、相手のオウンゴールで1-0と辛くも勝ちを拾った。

 

 確かに3月は、選手達のコンディションを上げるのが難しい時期ではある。とはいえ、すでにJリーグは開幕していた。この2試合の結果を受けて、ジーコの監督としての能力を精査し直す必要があったように思う。

  

 次に②について。当時、衝撃的だったのが「ディフェンスラインを上げるか・下げるかについて、選手間で話し合いを持っている」という趣旨の報道を目にした時である。

 

 もはや最近では常識となっているが……ディフェンスラインを設定する位置は、チームのコンセプト自体に関わる部分である。こんな基本的で重要な「チーム戦術」まで選手達に決めさせるというのは、監督の仕事を放棄しているといっても過言ではない。

 

 監督がベースとなるチーム戦術を提示し、それについて選手達が話し合い「微調整する」というなら分かる(実際、日韓及び南アフリカW杯の時は、まさにその現象が見られた)。しかし、主導権はやはり監督が握り、監督の責任においてどのようなチーム戦術を用いるかを決定しなければならない。

 

 そうしないと、選手間で揉めるに決まっているからである。

 

 当時の報道では、中田英がディフェンスラインを「高く保ちたい」と主張するのに対し、DFで主将の宮本恒靖は「常に高く保つことが正しいとは限らない」と反対の考えを述べた。

 

 両者の主張に対してそれぞれ賛否両論あったと記憶しているが、これは一概にどっちが正しいと言える問題ではない。Jリーグに所属している選手と海外でプレーしている選手とでは、またそうでなくても守備の選手と攻撃の選手とでは(中田英はドイツW杯でボランチを務めたが、本来は攻撃的MF)、状況の捉え方が違ってくるのも無理はない。

 

 繰り返すが、チームの「ベースとなる基本戦術」は監督が責任を持って決めるべきものである。それを選手達に押し付けていた状況自体が、かなり異常だったのだ。

 

 

 最後に③について。後に広く知られることとなったが、当時の日本代表は人間関係にも大きな問題を抱えていた。ブラジル戦の後、中田英が一人ピッチ上で仰向けになり泣いていたあの象徴的なシーンが、そのことを如実に物語っている。

 

 選手間で意見が対立すること自体は、別にそう悪いことではない。選手一人ひとり考えが異なるのは、むしろ当然だ。それでなくても血気盛んな若者達の集団なのだから、時には喧嘩になることだってある。

 

 それでも、互いに異なる考えをぶつけ、擦り合せていくことで、双方のコミュニケーションが図られる。これがコンビネーション・プレーにも生かされ、ひいてはチーム全体を強化していくことにもつながっていく。

 

 優秀な指導者であれば、選手間の対立を逆に“利用”するだろう。例えば、場を設けて徹底的に選手同士で議論させるも良し。本番直前まであえて喧嘩を止めず、「(味方の)誰それに負けてもいいのか?」などと言って選手達を煽り、ベストプレーを引き出そうとするのも1つの方法だろう。

 

 そしてもちろん、本番までには互いに和解し、団結して試合に臨めるようにする。「雨降って地固まる」ではないが、対立を克服することでより一層チームとしてのまとまりを持てるようになるというのは、チーム強化の過程でよく見られる現象である。

 

 ところが、ジーコは単に放置してしまった。

 

 それどころか、彼はチーム内に人間関係のトラブルがあったこと自体、把握していなかった可能性が高い。W杯後のインタビュー記事によれば、ジーコはこの点について取材記者から指摘されると、「もしそれが本当なら、悲しいことだ」と答えたという。

 

 もしかしたら本当は知っていて、あえて選手を庇ってこう答えた可能性はあろう。

 

 だがいずれにしても、何らかの手は打つべきである。ジーコがそうしなかったことで、日本サッカーに大きく貢献した2人の選手が“悪者”にされた形となってしまったのは(確かに双方とも、それぞれ言動に過ちはあったと思われるが)、非常に残念であった。

 

 以上の3点は、そのまま現在の日本代表におけるチーム作りが、正しい方向に進んでいるかどうかを測る“物差し”となり得る。

 

 特に①については、W杯本大会でまずグループリーグを勝ち抜く上で、最も重要である。この「コンディション調整」という要素を念頭に置かないと、静観すべき時に見当違いの批判を浴びせてしまったり、逆に批判すべき時に「賞賛」してしまったりする。

 

 今振り返るとW杯惨敗の序章だった、あのドイツ戦。

 この試合を評して語るべき言葉は「賞賛」や「本大会への期待」などではなく、チームが間違った方向に進んでいるんじゃないかという「疑念」や「批判」だったのだ――そのことだけでも、私達は苦い記憶から得る教訓として、これからも持ち続けなければならないと思う。

 

3.過去六大会を比較して

 

 過去のW杯において、日本が勝てた、あるいは好勝負を演じた試合には、共通点がある。きわめて単純な理由、すなわち相手に「走り勝てた」時だ。

 

 日本代表の特徴。良い面では「チームとして意思統一の取れたプレーができる」、弱点としては「(近年改善の兆しはあるが)一対一が弱い」、その両面から、“走り勝てる”かとうかが、特に日本代表の場合は、試合におけるパフォーマンスを左右する。

 

 なぜかW杯アジア予選において、アウェー戦で苦戦しがちなのも、このことに原因がある。彼の地の気候やグラウンド条件から、「走り勝てない」ことが往々にしてあるからだ(これは韓国も同様)。

 

 過去記事にもあるように、ジーコJAPANは「走り負けた」。もっと言えば、「走れない」チームを作ってしまった。だから惨敗したのである。

 

 で、あるなら……今後もW杯本大会で勝つための第一条件は決まっている。まず選手がしっかり試合で走れるように、コンディションを整えることだ(この点、気候条件の厳しいカタールが開催国というのが心配である)。

 

 関連して。JFA(日本サッカー強化)は、来年の東京五輪の成否に、現日本代表の森保一氏の進退を賭けて、臨ませるべきだと思う。

 

 東京五輪を通して、森保監督の手腕(本番へ向けてのコンディション調整を始めとするチームマネジメント)が、ある程度分かる。ここで失敗するようなら、さらにハイレベルなW杯の指揮は、おそらく無理だ。

 

 まず最低限、本番で「走れるチーム」を作れるかどうか。選手選考よりも戦術よりも、そこをまず確認したい。