南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【俳句ポスト365ほか】分析!「自信あったのに<没>句」と「自信なかったのに<人>選句」

 

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1.はじめに

 

 冒頭から、弱気なことを書かせていただく(苦笑)。

 

 今回の記事、“分かる方”が読めば、ツッコミ所満載になるかもしれない(汗)。俳句に関しては、まだまだ自分が初心者であることを認めるので、そこは温かい目で見ていただければ……と思います(m(__)m)。

 

 ただ、思いは共感していただける方は、きっと多いはずだ!

 

 「俳句ポスト365」を始め、投句数が無制限応募の場合、自信のあった句と実際に入選する句が、違っているということが、よくある(ツイッター上でも、同様のコメントをよく見かける)。選は嬉しいのだが、なぜあの(自信のあった)句は<没>なのかと、少しモヤっとした気持ちが残るのだ。

 

 そこで――本エントリーでは、私の山ほどある没句の中から、「自信はあったのに<没>となった句」を5句選び、何が良くなかったのか、自分なりに分析してみようと思う。

 

 ただ……前述のように、私はまだ初心者である(笑)。熟練者の方から見れば「ポイントはそこじゃねーぞ」と思われること請け合いだろうが、こうやって試行錯誤を重ねることが明日の成長につながると信じて、ツッコミ覚悟で取り組んでみることとしたい。

 

2.自信はあったのに<没>となった句 ~5選~

 

首里城のにほひまだ濃し夕時雨  俳句生活・兼題「時雨」

 

→ つい先日(2019年11月20日)発表。ちなみに、私はこの兼題にて、二句「人」選入りを達成。これだけでも満足すべきだろうが、この<没>句にはかなり思い入れがあっただけに、モヤモヤしたものが胸の内に残った。

 が……今読み返してみると、「季語以外の措辞」が目立ち過ぎてしまって、肝心の季語の印象が薄い。またこの内容だと、季語が「時雨」である必然性が、ない。

 確かに思い当たる節はある。人選の二句は、季語「時雨」のことを想像しているうちに浮かんだのだが、この句に関しては、最初から「首里城」を句に詠みたくて、その気持ちが先走ってしまったように思う。

 あくまでも、主役に描くべきは「季語」。アタマでは分かっているのだが……(汗)

 

鱧の目の深淵記憶のカルト村  俳句ポスト365・兼題「鱧」

 

→ こちらも「季語以外の措辞」が、目立ち過ぎて失敗したパターン。

 本屋で見かけた「カルト村」を題材にした漫画。このフレーズをどうしても使いたかった。そう……季語よりも、他の措辞が先行してしまった。そりゃ失敗するわな(笑)。

 また、鱧の目の「深淵」という表現が、ちょっと大げさ過ぎたかな、とも感じる。

 鱧(ハモ)の写真を初めて見た時、私はとにかく鱧の目が怖くて、それで描写したのだが……今にして思うと、イラナイ描写だったかなと。そこは「鱧の目や」くらいに留めた方が良かったかなと。

 

形代がはらり鱧祭は佳境  俳句ポスト365・兼題「鱧」

 

→ こちらは、描写が雑になり過ぎたか、あるいは類想に陥ったと思う。

 鱧祭というものが、実際にある。鱧をヤマタノオロチに見立てて、捌いていくのだ。その光景を詠んだのだが……「佳境」という表現が、ちょっとザックリし過ぎた(苦笑)。

 また後で解説を読むと、元々「鱧」という季語には“ハレ”のイメージが強いらしい。このことから、「祭」と取り合わせるのは、ちょっと「季語との距離が近すぎ」たのかもしれない。「鱧祭」、映像で見ると面白かったのだが……

(※追記:ツイッターにて、けーい〇さんより「形代」も季語であり、“季重なり”になっているとのご指摘がありました! なるほど、もっと初歩的なミスを犯していたワケか……)

 

 

 

罌粟坊主しなやか皇后のティアラ  俳句ポスト365・兼題「罌粟坊主」

 

→ 詠んだ時はキレイな句ができたと思ったのだが……コレ、完全に「季語を置き去りにしてしまった」パターンである(汗)。

 植物が風に揺れるしなやかな様子と、困難な時代に向き合ってきた美智子皇后(当時)が重なったので、この句を作ったのだが、後で解説を詠み愕然。

 罌粟坊主とは「可愛いのに毒にも薬にもなる“不穏な季語”」だそうです! これは、大変失礼致しました……

 

初冬の雲さえ重し予後の肺  俳句ポスト365・兼題「初冬」

 

→ 大病をしたわけではないが、実際に体調が悪い時に詠んだ句(笑)。

 予後の肺は、あの軽やかな「初冬の雲」さえ重く感じてしまう、という意味だったのだが……これ、季語が「初冬」である必然性があるかというと、ビミョウだな(汗)。もっと軽やかな、例えば「秋雲」とかの方が良かったかもしれない。

 

3.自信がないのに「人」選に採っていただいた句・5選 ~

 

 面白いのは、この“逆”もあるということ。

 つまり、自分では「大して良くない」と思っていたのに、選者の方に予想以上に評価をいただくというパターンである。

 これも読み返してみたら、確かに「採っていただいた理由」が見えてくるから、不思議だ。まぁ、なかなか自分の句を客観視するのは、難しいというコトか。

 

キャンバスに香も描かんと胡桃割る  俳句ポスト365・兼題「胡桃」

 

→ 記念すべき、私が初めて「人」選に採っていただいた句。

 まるで自信はなかったのだが、読み返してみると、季語「胡桃」が強く印章に残る句ではある。胡桃の香、そして香りを色で描くとしたら何色だろう……と、つい想像してしまう。

 当時の私は、ほとんど俳句のことを知らないに等しかったのだが、そのわりには良い句だと思います(笑)。

 

うらうらに「劇物」ラベル瓶の列  俳句ポスト365・兼題「うらうら」

 

→ 今、意識して取り組んでいる「季語の世界に入り込む」ということが、ほんの少しできるようになってきた句。

 これは「取り合わせ」が成功したと思う。ぽかぽか、のんびりした「うらうら」という季語に対しての、“劇物ラベル”という措辞。あたたかな日差しの中、劇物ラベルの瓶がたくさんあり、びくっとした光景を描いたが……確かにこの措辞が、「うらうら」という季語を引き立てている。

 

吾子でない足音去りぬ水鉄砲  俳句ポスト365・兼題「水鉄砲」

 

→ この句は、送信した後に「類想じゃないか」と思っていた。

 背後から水をかけて、そそくさと逃げ去る……というのは、水鉄砲ではありがち。たた、そこで「吾子でない」としたのが、小さな意外性があり評価していただけたのかも。

 それにしても、ちょっとコワイ内容だ。兼題に関わらずコワイ句を詠んでしまい、それが入選しやすいという、私の句の特徴がよく現れている(笑)。

 

檸檬の香卒業写真は見たくない  俳句ポスト365・兼題「檸檬

 

→ この句も「類想」じゃないか、心配だった句。「初恋はレモンの味」など、懐かしいイメージがあるので。

 おそらく、下五の「見たくない」が効いたのかなと。学生時代の苦いアレコレにが、自然と脳裏に蘇ってくる。これも確かに、“想像を掻き立てられる句”ではある。

 

初冬や「フロイト全集」は飽きた  俳句ポスト365・兼題「初冬」

 

→ 下五の「飽きた」という表現が直接的すぎるかなと思ったが、そこは許容いただいたようで、ホッとした(笑)。

 分かるようで、よく分からなかった季語「初冬」。でもこの句は、確かにこの季語の性質をよく捉えてはいる。意気込んで読み始めた心理学者・フロイトの本。その量は膨大である。気付けば、もう冬じゃねーか、と。

 

 

4.まとめ

 

 こうして分析してみると、思いのほか「没になった理由」を探せ出せたのが、自分でもオドロキである。大まかに、次の三パターンに分けられる。

 

(1)類想パターンに陥っている

(2)季語よりも「その他の措辞」が目立ってしまっている

(3)「取り合わせ」が、合っていない(その「季語」である必然性がない)

 

 でもネ、分かっていてもやってしまうのですよ(苦笑)。野球で言うところの「負けに不思議の負けなし」である。

 

 もっとも初心者が言っても説得力がないので(汗)、『生き抜くための俳句塾』等の著書で知られる俳人・北大路翼先生の名言を紹介させていただく。

 

―― 一回ぼろぼろに酷評されるといい。賞に出しても、受賞できないのは審査員が駄目だと思っているだろ。でもな、それはわかっていないんじゃなくて、わかっているから落とされているんだよ。自分の句は、自分以上に他人の方がわかっているもんだ。

 

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