南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

二次小説『ノンマルトの伝言』【前編】ーウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」後日談ー(※2020.3.25一部リライト)

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ノンマルトの伝言【前編】

ウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」後日談ー

 

<主な登場人物>

モロボシ・ダン:かつて地球防衛軍の精鋭部隊・ウルトラ警備隊及びMACにて、多大な功績を残す。その正体は、光の国・M78星雲より遣わされた平和の使者・ウルトラセブンである。今回は、殉職したMAC隊員の墓参りと、“ある謎”を探るために地球を訪れた。

 

ハヤタ・シン:科学特捜隊の元隊員にして、現地球防衛軍の長官を務める。かつてウルトラマンと一心同体となり、地球の平和のために戦った伝説のヒーローである。

 

1.我が名は“ノンマルト”

 

 秋風が、辺りを包むように吹いていた。

 ここは東京都郊外にある、某霊園である。立ち並ぶ各家の墓を、夕日が照らす。周囲には、みっしりとススキが生えていた。それがなだらかに揺れる。

「これで最後だな」

 モロボシ・ダンは、足元のバケツから柄杓で水を掬い、眼前の墓を洗う。そして携えていた紙袋から、一凛の白い花を取り出し、線香とともに備える。

「白土君。君も若くして、実に優秀かつ勇敢なMACの隊員だった。安らかに眠りたまえ」

 在りし日の部下の姿を思い浮かべながら、ダンは合掌した。

「ああ、もう半世紀が経つのか」

 胸の内につぶやく。かつて彼の率いた宇宙パトロールの精鋭部隊・MACは、ちょうど五十年前のこの日、円盤生物・シルバーブルーメの襲撃に遭う。当時隊長だったダン、そしておおとりゲンの二人を除く、ほぼ全員が殉職したのだった。

 しかし……我ながら、ほんとうに情けないものだ。地球を守るのが己の使命と心得ながら、一番身近にいる部下の命さえ助けられなかったのだから。

 小さくかぶりを振り、ダンはさっと荷物をまとめた。

 いつまでも感慨に耽っている暇はない。今回の“訪問”の目的は、部下達の墓参りのほかにもあるのだ。右手に紙袋を提げ、踵を返して歩き出す。

 霊園を出ると、そこには小さな交差点があった。

 横断歩道の手前に立ち、歩行者用信号機が青に変わるのを待つ。傍らのカーブミラーに、ダン自身の姿が映る。

 黒のジャケットに青のポロシャツを着込んだ、初老の男性の出で立ちだ。彼の種族と地球人の時間感覚はまるで違うのだが、どうやらこの星の時間に合わせて、変身する際の外見も歳を重ねるようになっているらしい。

 その時だった。

「……むっ、誰だ!」

 前方へ、ダンは叫んでいた。

 横断歩道の反対側。夏場でもないというのに、陽炎が立ち込める。そこにぼんやりと、人の姿が浮かび上がる。

 ブルゾンにジーンズ姿の青年が、こちらに微笑の眼差しを向けている。細身の端正な顔立ちだ。それでも一目見て、明らかに異様な雰囲気だと分かる。

――フフフ。さすが銀河系の守護神として、名を馳せたお人だ。一目見て、私が人間でないと気づいたようですね。

 テレパシーだ。青年の声が、脳内に直接流れ込んでくる。

「き、君は何者なんだっ」

 こちらは肉声で応じた。

「どうして僕の正体を知ってる!」

 すでに歩行者用信号は青となり、間もなく点滅を始めた。それでも両者は動かない。

――失礼、自己紹介が遅れました。モロボシ・ダン……いや、ウルトラセブン

 あくまでも微笑を湛えた目で、青年はやや語気を強める。そして短く告げた。

――我が名は……もとい、我が種族の名は……ノンマルト。

「の、ノンマルトだと?」

 つい声が上ずる。顔色が変わるのが、自分でも分かった。

――おやおや、さすがに動揺しているようですね。

 忌々しいほど、相手は涼しげに言い放つ。

――まぁ無理もありません。誰よりも地球を愛するあなたにとって、ノンマルトの名は、少々都合の悪いフレーズでしょうから。

「なにぃっ。それは、どういう意味だ」

――誤魔化すことはありません。正直、お認めになりたくないのでしょう?

 くくっと肩を揺らし、さらに畳み掛けてくる。

――ご自身が命を懸けて守り抜いた地球人が、実は“侵略者”だったなんて。

 ダンは束の間、口をつぐんだ。

 耳が痛いどころか、急所を刺すような青年の発言である。今回の地球訪問における“もう一つの目的”は、まさにその真偽を確かめるためなのだ。

 ノンマルトとは、ダンの出身であるM78星雲の言葉で「地球」を指す。

 かつてウルトラ警備隊という地球防衛の精鋭部隊に所属していた頃、ノンマルトを名乗る海底の住人が、ガイロスという怪獣を差し向け、地上の破壊を企てた事件があった。地球の平和を守るため、ダンは当然これを阻止する。

 ところが一説によれば、このノンマルトこそ地球の先住民族らしい。

 もし説が正しければ、眼前の青年が言うように、今の地球人は「侵略者」、少なくともその子孫ということになる。そしてダンも、その片棒を担いだのだ。

「……それで」

 どうにか平静を装い、ダンは尋ね返す。

「君は僕に、何を伝えに来たのかね」

 青年は僅かにうなずき、端的に答えた。

――これから我々のすることに、干渉しないで欲しいのです。

「す、することって……まさか」

 思わず怒鳴り返す。

「君達の祖先の仕返しに、地球を侵略し返すと言うのかね。ばかなっ! そんなことをすれば、罪のない大勢の人達が死ぬんだぞ」

――フフ。かつて我々も、同じ仕打ちを受けました。なのにそっちは許されて、我々には今の地球人を殺すなとおっしゃる。これはまた、随分とムシの良い話ですね。

 ダンが「しかしだな」と言い掛けるのを、青年は右手を掲げて制す。

――ご心配なく。我々はなにも、今すぐ地球人を滅ぼすと言っているわけではありません。ただ……少しばかり、目を瞑っていて欲しいのです。我々の先人が、あなた方に邪魔されて実現できなかった、海底都市建設をね。

「ほう、海底都市……ねぇ」

 わざとらしく吐息をつく。

「そんなこと言って、地上を攻撃するための前線基地を作るつもりじゃないのか」

――ええ。もちろん自衛のため、多少の武装はさせてもらいますよ。なにせ一度、破壊されてしまいましたから。あなたのいたウルトラ警備隊に。

 ダンは、ぐっと声を詰まらせる。青年はニヤリと笑った。

――それと……さっきから申し上げていますように、今すぐ地上破壊を企てるつもりはないのです。というより、その必要もないでしょう。

「ど、どういうことだね?」

――我々が直接手を下さなくとも、地球人は自ら滅びの道へ進んでいるからです。あなたもよくご存じでしょう。数多の戦争、核開発、環境破壊。

 無言のまま、相手の話を聞く。確かに大きく外してはいない。

――こちらの見立てだと、あと数百年がイイトコでしょうね。彼らが衰退したその時こそ、我々は大手を振って、この星を取り返せるというわけです。

 ふと交差点の西側より、大型トラックが走ってきた。ほどなくその影に、相手が隠れてしまう。

――今日のところは、この辺で。良いお返事待っています。

「なにっ……ま、待て!」

 トラックが走り去った後。青年の姿は、影もなく消えていた。

 

 

2.説の矛盾

 

 翌日。ダンは、東京大学図書館にいた。

 大机のイスに腰掛け、手元には数冊の分厚い書籍を積む。そのうちの一つを広げ、手早く目を通していく。背表紙には『生命誕生の起源』と記されている。

「……ううむ、これも違うな」

 本を閉じ、他のものに重ねる。

 考えてみれば当然だろう。国の英知を結集した場所とはいえ、実は地球に先住民がいたなんて機密情報、こうして人目に触れる場所に置いておくはずないからな。

 しばし目元を押さえた。そして老眼鏡を外し、小さくかぶりを振る。

 やはり地球防衛軍・日本支部のデータベースにアクセスするほかないか。しかしMAC時代のパスワードは、もう使えないだろう。かつての仲間を当たれば、何か教えてくれるかもしれないが、この件で迷惑をかけたくない。かといって、まだウルトラの超能力を使う段階でもない。さて、どうしたものか。

 その時ふと、革靴の足音が聴こえた。やがて段々と近付いてくる。

 ダンは一瞬「昨日の青年か」と身構えたが、すぐに違うと気付く。やって来たのは、銀髪の紳士だった。しかも古くから知っている顔だ。

「ほう。これはまた、珍しい場所でお会いしましたね」

「う、ウルトラ……いや」

 紳士は青のジャケット姿。そして左胸に、流星マークのバッジを付けている。

「ハヤタさん」

 相手は穏やかに微笑んだ。彼こそ元科学特捜隊隊員にして、かつてウルトラマンと一心同体となり地球の平和のために戦った、ハヤタ・シンその人である。

「なるほど。今は“どっちのハヤタ”なのか、迷われたのですね」

「え……まぁ、ちょっと」

 ダンは苦笑いした。

 

 多くのM78星雲のウルトラ人は、地球で活動する際、仮の人間の姿に変身することが多い。だから地球上では、互いに人間の姿での名前を呼び合う。

 ところがウルトラマンは、ハヤタという実在する地球人に、言わば憑依している状態だ。二人が一心同体の時もあれば、分離している時もある。

 さらに複雑なのは、二人が分離している際、ウルトラマン単独で「ハヤタに変身」するというケースもあるのだ。この場合、ハヤタは二人存在することになる。

 このようにウルトラマンとハヤタの関係は、少々ややこしい。モロボシ・ダンが戸惑うのも、無理はなかった。

 

 

「答えを言いましょう」

 フフと笑い、ハヤタは隣の席に腰掛ける。

「昨夜から、彼も一緒です」

 その返答に、ダンは「えっ」と声を発した。

ウルトラセブン……いやモロボシさんが気づかなかったのも、無理はありません」

 こちらの戸惑いを発したように、ハヤタはさらに続ける。

「彼は今、あえて意識を眠らせておくと言っていました。ですからモロボシさんにも、気配を感じられなかったはずです」

「ええ、そうでした」

「私にはよく分からないが……あなた方の種族であれば、そういった術はお手の物なのでしょう?」

「え、まぁ。それは」

 ダンはふと、疑問に思う。

「しかし……彼はなぜ、そんなややこしいことを?」

「一つは……盗み聞きは良くないと、思ったのでしょうね。ハハハ。彼もすっかり、地球人の文化に馴染んでいるようだ」

 ハヤタは陽気に答え、さらに話を続けた。

「そしてもう一つは、彼が言うには……今回はウルトラマンの存在を抜きにして、あくまでも”地球人のハヤタ”として、モロボシさんの話を聞いて欲しいと」

「な、何ですって」

 ダンはまたも驚いてしまう。

「それじゃ、彼は……僕が地球に来た目的を、知っていたと?」

「ええ。もっとも何の目的かまでは、彼は話さなかったですが。これは直接、モロボシさんの口から聞けということなのでしょう」

「なるほど、しかし……ちょっと妙ですな」

 だいぶ理解できてきたが、まだ納得のいかないことがある。

「ただ話を聞いて欲しいだけなら、彼がわざわざハヤタさんと一心同体になる必要は、別にないように思えるのですが」

「……そこなんです」

 ハヤタはふいに、表情を曇らせた。

「なんでも、状況が変わる可能性があるのだとか」

「え……それは、どういう」

 声を潜め、相手は短く告げた。

「不審な者が、地球へ向かったという情報をキャッチしたそうです」

「なんですって!」

 思わず声を上げてしまう。周囲の学生らしき若者が、数人訝しげな目を向けた。ダンは一つ咳払いして、尋ね返す。

「ふ、不審な者ですと?」

 すぐさま昨日の青年を思い浮かべるが、すぐに打ち消される。あの種族は地球の原住民なのだから、宇宙からの侵入者には当たらない。

「ええ。もっとも……モロボシさんの事情と関係あるのかどうかは、分からないと彼は言っていました。ですから現時点では、こちらに干渉するのは控えると。ただし、いつソイツが暴れ出すとも限りませんから。ほら、ちゃんと忍ばせています」

 ジャケットの内側を、ハヤタは少しめくった。そこに変身アイテムであるベータカプセルの頭がのぞく。

「……さて。私の話は、以上です」

 地球の友は、そう言って立ち上がる。

「モロボシさん。今度は、あなたの話を聞かせてもらいましょう」

 

 図書館を出て、二人はキャンパス内を歩き出した。構内はすっかり秋だ。足元に、鮮やかな紅葉が幾度も舞う。

「何度見てもきれいですなぁ、日本の紅葉は」

「え……アハハハ」

 ダンの感想に、ハヤタが吹き出す。

「な、なにがおかしいんです?」

「これは失礼。いえね……違う星から来たあなたが、この美しさが理解できるのかと、感心したのですよ。もはやあなたは、地球人以上に地球人だ」

「そりゃ当然です」

 きっぱりと、ダンは答える。

「地球の美しさ、そこに生きる人々の素晴らしさに魅せられたからこそ、僕達はこの星を第二の故郷として守っていくことを決意したのですよ」

「ハハ……その美しい星を、戦争やら環境汚染やらで粗末に扱っている我々としては、じつに耳の痛い話だ」

「何をおっしゃる。ハヤタさんは、立派な地球人だ。彼……ウルトラマンも、よく話してくれましたよ。ハヤタ君と共に戦えた日々を、今でも誇りに思っていると」

 道中、数人の男子学生とすれ違う。

「ハヤタ先生、こんにちは!」

 彼らは直立不動になり、深く一礼してから去っていく。その度に、ハヤタは「ああこんにちは」と照れた顔になる。

「せ、先生?」

「いやぁ……防衛軍長官を務める傍ら、各大学を回って講演活動をしているのですよ。毎年やっているものだから、すっかり顔を覚えられてしまって」

「それだけじゃないでしょう」

 ダンは、少しおどけて言った。

「ハヤタ隊員といえば、かつて地球防衛の最前線で戦ったヒーローです。防衛軍関係者じゃなく、一般庶民にも広く親しまれた存在だということは、さすがに僕にも分かりますよ」

「……まぁこの話は、もういいじゃありませんか。そんなことより」

 ハヤタはそう言って、さりげなく話を逸らす。自分の手柄を披歴するのは好きじゃないらしい。なるほど彼が認めるわけだ……と、ダンは胸の内につぶやいた。

「そろそろモロボシさんの話を聞かせて下さいよ。今回、地球にいらした理由……MAC殉職者の墓参りの他にも、何かおありなのでしょう?」

 一つ吐息をつき、ダンは返答する。

「実は……ノンマルト事件の真相を、たしかめに来たのですよ」

 ハヤタは「ああ、例の」とすぐにうなずいた。

「もう六十年近くになりますか。ノンマルトを名乗る海底人が、ガイロスという怪獣をあやつり、地上破壊を仕掛けてきた」

「ほう、覚えておられるのですか」

「もちろんですとも。当時……私は地球防衛軍再編に伴い、科特隊時代のムラマツキャップと共に、隊員養成機関の教官を務めていましたが。話はよく、漏れ伝わってきましたよ」

 そう言うと、ハヤタは苦笑いを浮かべる。

「モロボシさんには言いづらいが……当時のキリヤマ隊長の判断に、問題があったと指摘されたのでしたよね。怪獣を撃退したはいいが、その後に海底都市まで破壊したのは、やりすぎだったんじゃないかと」

「ははっ、よくご存知だ。やりすぎどころか……あれは虐殺行為だと、防衛軍内部にまで隊長を非難する者がいたほどです」

 歩きながら溜息をつき、相手の目を見上げる。

「ハヤタさんも、そう思われますか?」

 率直に尋ねると、ハヤタは「どうでしょう」と渋い顔になる。

「先に攻撃してきたのは、そもそも向こうですからね。せめて海底基地なのか、それともただの都市なのかハッキリすれば良かったが……相手に見せてくれと頼むわけにもいかないでしょう。キリヤマ隊長は、難しい判断だったと思います」

 そう言って、また微笑む。

「昔、同僚のアラシ君が言ってましたよ。怪獣とは『人間社会に入れてもらえない、悲しい存在なんだ』と。地球防衛という任務を果たす以上、キレイゴトでは済まされない部分もありますからね」

「ええ。ですが、ハヤタさん」

 やや声を潜めて、ダンは話を続けた。

「地球人のあなたに、こんなことを言うのは忍びないが……実はですね。そのノンマルトこそ、地球の先住民だったという説があるのです」

「ああ。その説なら、私も聞いたことがありますよ」

 事もなげに、ハヤタは言った。

「あなた方の星では、地球のことを“ノンマルト”と呼ぶのだそうですね。いつだったか、彼に教えてもらいました。そして……説が本当だとしたら、実は地球人こそ侵略者。我々は、その子孫なのだと」

「ええ、あくまでも説の一つに過ぎませんが。不愉快な話で申し訳ない」

「いやいや……そんなことは、ありませんよ」

 溜息混じりに言うと、相手はふいに悲しげな笑みを浮かべた。

「モロボシさん。さっきも言ったように、人間にはそういう愚かな一面もあるのですよ。今も世界各地で、醜い戦争や環境破壊は続いている」

 ダンが「そんなことは」と言いかけるのを、ハヤタは笑って制す。

「ありがとう。ですがね、モロボシさん。地球人の性質からすれば……そういう過去があったとしても、私はちっとも驚きませんよ」

 そう言って、すぐに「事実ならね」と付け足す。

「じ、事実なら……ですか」

「ええ」

 どこか達観した口調で、ハヤタは言った。

「話としては面白い。しかしこの説には、大きな矛盾がある」

「と言いますと?」

「あなた方の星には及ばないかもしれないが、我々もそれなりに科学は進歩してきましてね。人類がどのように発達してきたのか、ある程度分かってきているのですよ」

「な、なるほど」

「モロボシさんも知っているでしょうが、人間はサル……正確にはちょっと違う系統らしいが、大昔はサルと同じナリをして、木の上で暮らしていたのですよ。そういうレベルの者達が、他の種族を壊滅させるなんて芸当、できるはずないでしょう」

 ダンは、つい「ハハ」と笑い声を発した。

「たしかに常識で考えれば、ありえない話です」

「そうでしょう。もっとも別の説によれば……今の人類誕生よりも遥か以前に、高度な文明が存在したなんて話もありますが」

「ああ、古代ミュー帝国のことですか」

 よくご存知ですね、とハヤタは微笑む。

「ひょっとして彼らとノンマルトとの間に、なにかイザコザがあったということは考えられます。しかしそうだとしても、ミュー帝国はすでに滅びてしまっていますから、我々とのつながりはありません」

「なるほど。彼らとの問題を、今の人類に言われても困るというわけですな」

「む、しかし……なんだか不思議ですねぇ」

 相手はふと、訝しげな目になる。

「と、おっしゃいますと?」

「モロボシさん。あなたのことです」

 おどけるように、ハヤタは言った。

「ウルトラの科学は、地球人よりも遥かに進んでいるはずです。今、私が述べたような見解は、あなた方の力をもってすれば、とっくにお見通しのはずですが」

「ええ。言われてみれば、そうなのですが」

 苦笑いして、ダンは答えた。

「僕の前に現れたノンマルト……あの時は、真市という少年の姿を借りていましたが。彼の言葉に、何となく真実味があったのです。嘘を付いているとは思えなかったので」

 その子孫と思しき青年とも出会ったことは、現時点では伏せておく。

「もちろん……今ハヤタさんが言われたように、何か大きな誤解があって、ということも考えられるのですが」

「ふむ、そういうことですか」

 束の間、ハヤタはうつむき加減になった。

「どうかなさったのですか?」

「モロボシさん」

 やがて顔を上げ、相手は表情を引き締める。

「これはもう少し、探ってみる必要があると思います。ひょっとして……まだ我々の知らない真実が、埋もれたままになっているかもしれない」

 似ているな、と胸の内につぶやく。ハヤタの冷静に物事を見極め、最善の行動を心掛けようとする態度は、ダンと同じ種族である彼の姿と重なる。

「ええ、その方が賢明……おやっ」

 その時だった。ふいにハヤタの左胸の流星バッジが、音を鳴らし光る。

「ちょっと失礼」

 アンテナを伸ばし、ハヤタは応答する。このバッジは緊急通信に用いられていた。

「こちらハヤタ。どうしました?」

――大変です! 東京湾沖に、黒色のタコと類似した怪獣出現。一隻のタンカーを沈めた後、沿岸へ向かっています。このままだと、湾の近辺が……

 傍らのダンにも、音声が漏れ伝わってくる。

「落ち着きなさい。それで現在の状況は?」

 ハヤタが冷静に問い返した。

――先ほど防衛軍へ出動を要請。すでに航空機部隊による迎撃が始まっています。しかし怪獣の表皮は硬く、ミサイルでは歯が立たないもようです。

「了解。直ちに帰還する」

 通信が切れると、相手はこちらに顔を向ける。

「モロボシさん。その顔は……どうやら怪獣の素性が、分かるようですね」

 ええ、とダンはうなずく。

「ノンマルト事件の特に出現した、蛸怪獣ガイロスに間違いありません」

 すでにウルトラの超能力を解放し、海上の映像を確認していた。オイルを積んだタンカーが真っ二つに折れ、炎上している。そして重油の漏れた海を掻き分けるように、怪獣ガイロスがゆっくりと、しかし確実に東京湾へと近付きつつあった。

 おかしいな……と、ひそかにつぶやく。

 昨日の青年によれば、ノンマルトは今すぐ攻撃を掛ける意思はないとのことだった。あれはこちらに手を出させないための、ブラフか。それとも何らかの事情で、方針を変えることにしたのか。

「どうかなさったのですか?」

 怪訝そうに、ハヤタが問うてくる。

「あ、いや……とにかく」

 ダンは決然と言い放つ。

「どんな理由があっても、この地球上で暴力を振るうことは許されない」

 そしてウルトラ・アイを取り出し、ハヤタに「行ってきます」と告げる。

「……なら、私も」

 ハヤタが懐に手を入れるのを、ダンは「あなたはけっこう」と制した。

「彼の力を借りるまでもありません。あの怪獣、力量は大したことありませんから。それより……ハヤタさん。あなたには、もう少し背後を探っていて欲しい」

「うむ、その方が良さそうですね」

 さほど間を置かず、相手はうなずく。

「助かります。では……」

 ダンは踵を返し、目元にウルトラ・アイを装着した。すぐに彼の双眼が発光する。

――デュワッ!!

 

 東京湾沖。地球防衛軍・航空部隊は、苦戦を強いられていた。

 蛸怪獣ガイロス。黒色の全身に黄色の吸盤は、かつてと変わらない姿だ。上空よりミサイルを撃ち込むも、頑丈なその体は、いとも簡単に跳ね返す。

 さらに何者かが改造を施したらしく、目から白色光線を発射。一機を撃ち落としてしまう。

 パイロットは間一髪、パラシュートにて脱出。しかしガイロスがこちらに振り向き、今にも光線を発射する構え。彼は目を瞑り、最期を覚悟する。

 その時――パイロットが目を開けると、ガイロスに赤い巨人が覆い被さっていた。

「あ、あ……あれは」

 信じがたい光景に、思わず叫ぶ。

ウルトラセブン!」

 巨人が「デュワッ」と声を発した。

 海原で、両者はしばし揉み合いになる。やがて距離が生じると、ガイロスはあの光線を発射した。しかしウルトラセブンは、両手を合わせ捕らえるようにして、光線を無効化する。

 そして、今度はヒーローが反撃する番だった。

 光線を防ぐと、そのまま両手を頭部に添え、前方へ振り下ろす。ブーメランの形をした白色光が、ガイロス目掛けて飛ぶ。

 これこそウルトラセブンの武器・アイスラッガーである。

 哀れガイロスは、八本の腕を切り落とされ、ほぼ無力となった。背中を向けて逃げようとするも、ウルトラセブンは右腕を水平に構え、額のランプからビームを発射。彼のもう一つの必殺技・エメリウム光線

 爆発音とともに、水しぶきが上がる。そしてガイロスは崩れ落ちるように、ゆっくり海の底へと沈んでいった。

 

3.違和感

 

 海岸沿いの国道。ハヤタは公務用車を、西へと走らせていた。

 その道中、再び流星バッチが鳴る。通信をオンにして「こちらハヤタ」と応答した。すると、さっきの男の声が聴こえてくる。

――ハヤタ長官へ報告です。先ほど東京湾沖に、ウルトラセブンと思われる赤い巨人が現れ、怪獣を撃退しました。出撃した我が航空部隊は、一機が撃墜されたものの、パイロットは脱出。負傷者はいません。

「そうですか、皆さん無事で何よりです」

――長官は、このまま基地へ帰られますか?

「いや。すまないが、一つ用事を済ませてから戻ります。今回の事件のことで、どうしても調べたいことがあるのでね」

――では、護衛の者を寄越しますから、少しお待ちいただけますか。

「ハハハ。気持ちはありがたいが、まだまだ君らよりは動けるさ。ご心配なく」

――これは失礼致しました。しかし、あまりムチャはなさらぬようお願いします。

「ありがとう」

 通信を切り、ハヤタは車をUターンさせた。向かうはモロボシ・ダンが毎年訪れるという、あの霊園だ。

 車を三十分程度走らせ、目的地へと辿り着く。

 霊園を囲うようにして、ススキがみっしりと生えている。正午過ぎだというのに、どこか薄暗く寂しい雰囲気だ。

 助手席に置いていたバインダーを手に取り、眼前に寄せる。そこには地図のコピーを挟んでおり、ハヤタ自身が×記を書き込んでいた。

 ここが……例の怪電波が途絶えた地点だな。

 車を降り、霊園の中へと入っていく。家々の墓が並び、いくつかはまだ新しい花が供えられている。まるで人の気配はない。

 ところが……ものの五分程度、奥へ進んだ時だった。ハヤタの数十メートル先に、肌寒ささえ感じる気候には似つかわしくない陽炎が、ふいに立ち込める。

 やがてそこに、ぼんやりと人影が浮かぶ。

――フフ、そろそろ現れる頃だと思っていましたよ。

 頭の中に、直接声が流れ込んでくる。テレパシーだと、ハヤタはすぐに気が付いた。

 やがて影が、くっきりとした人の姿となる。そこに立っていたのは、ジャケットにジーンズ姿の青年だった。普通の人間でないことは、明らかである。

――ハヤタ・シン。いや……ウルトラマン

「まず聞こう。君は一体、誰だ?」

 怯むことなく、ハヤタは尋ねた。

――我が種族の名は、ノンマルト。

「ノンマルトだと? あの、地球の先住民だったという」

――いかにも。しかし……フフ。わざわざ尋ねなくとも、私のことはモロボシ・ダンから聞かされているのでしょうが。

「いいや。君のことは、まだ何も……そうか」

 なるほど。モロボシさんはすでに、この青年と会っていたのか。だから彼にしては、やや冷静さを欠いていたのだな。

――まあ、いいでしょう。あなたにも伝えておきたい。

 微笑みを湛えた目で、青年は言った。

――我々が進めている海底都市建設を、今度こそ邪魔しないでもらいたい。

「すまないが、私個人に言われても困る。そういうことは堂々と姿を現して、世界の首脳が集まる国際会議にでも出向き、直接交渉したらどうかね?」

――もちろん、いずれそうするつもりです。だがその前に、あなた方は傍観者に徹すると約束してもらいたい。でないと、我々の計画は台無しになる。

「そもそも、本当に海底都市かどうか怪しいものだ」

――ウルトラマン。あなたも結局、地球人に一方的に肩入れするのですか。

「低次元な言いがかりはやめたまえ」

 ハヤタは厳しく言った。

「六十年前の事件。公平に見れば、たしかに地球人はやり過ぎたかもしれない。君達の“海底都市”だという主張を信じるのならば。彼らはその時も、ノンマルトの罪なき住民の命を奪ったことになる。気の毒なことをしたと、私も思っている」

 だが……と、さらに話を続ける。

「一方で、君達にも大いに落ち度がある。地球人と交渉しようともせず、一方的に警告を伝えただけで、すぐさま攻撃を仕掛けたことだ」

――我が祖先を滅ぼした地球人と、交渉などする余地はない。

「そこだ。交渉のテーブルに着こうともせず、君達は一足跳びに実力行使へと打って出た。立派な侵略行為だろう。これでは地上破壊の前線基地を建設しているのではないかと、誤解されても仕方あるまい」

 青年は、険しい顔つきになる。初めて感情を露わにした。

「……今回だって、私とモロボシさんに手出しを控えて欲しいと言いながら、自分達は怪獣を操り攻撃してきた。これでどうやって、君達を信じろと?」

 そう言うと、相手は意外な反応を見せた。

――な、なんですって? ウソだ。私は、そんな命令など……

 妙だな、とハヤタはすぐに察した。

 どうもこの青年は、グループ内部の者と、上手く意思疎通が図れていないようだ。彼らは必ずしも、一枚岩ではないらしいぞ。それに、例の怪電波の正体も気になる。

「もう一つ聞かせてくれ」

 やや声のトーンを落とし、ハヤタは質問した。

「君達ノンマルトは……この地球から、離れたことはないのだな?」

――あ、当たり前じゃないか!

 青年が声を荒げる。その返答だけで、ハヤタは事件の大まかな構図をイメージできた。

「君に忠告しておこう」

 なおも厳しい口調で告げる。

「偏見や復讐心に囚われれば、冷静な判断力を失う。それは地球でも他の星でも同じことだ。またそういう者は……悪意を持った別の存在に、利用されがちだ。ゆめゆめ、このことを忘れないでもらいたい」

――どういう意味だっ。オイ、待てよ……

 呆然とする青年を一人残し、ハヤタは踵を返した。

 

※後編へ続く。