1.墨谷二中、とある日の……
<その2>とある日の放課後
(定期テスト中日、いつもより早く生徒達は下校する。イガラシは一人、家路を急ぐ)
イガラシ:さーて、明日は英語と理科か。理科はいいとして、英語はややこしい発音をちと復習しないといかんな。ついでに、受験勉強もしとくか。それと夕方になったら、店番もしないと……(ブツブツ)
(その時、イガラシの前に大きな影が立ち塞がる)
イガラシ:……む、なんだ?
(見上げるとイガラシと同じ学ラン姿の、人相の悪い大柄な少年が、こっちを怖い顔で睨みつけていた。仰々しく釘が無数に刺さったバットを担いでいる。校内一の荒くれ者と恐れられている“ヤクザのE造”である。)
E造:おい。俺の子分達をイテー目にあわせたのは、きさまか?
(↓下記リンク参照)
イガラシ:子分? ああ、アンタあの腐れチンピラ三人組の、親玉かい。で、なんの用だ?
E造:ほう……先に白状してくれるとは、手間がはぶける(バットを軽く振るう)。きさま、イガラシといったな。俺の子分に手を出しといて、ただで済むと思うなよ。
イガラシ:知るかよ。やつらがカツアゲなんて、みっともないことしてたから、ちと注意してやったんだ。どうやらアンタも、そいつらと同じ性根らしいな。バットに釘なんか刺すとは。もし野球部部室から盗ったのなら、こっちこそ、ただじゃおかねーぞ。
E造:きさま、どーでもいい話するんじゃねぇ。この俺に喰ってかかるとは、いい度胸してんじゃねーか。(拳をポキポキ鳴らす)
(その時、約五十メートル後方より「そーだそーだ!」と煽る声がする。イガラシが振り向くと、A男、B男、C男のチンピラ三人組が、木陰より顔をのぞかせていた。)
A男:こらイガラシ。このE造さんはな、今じゃ高校生もまともに手出しできないほどの、この辺じゃ評判の猛者なんだぞっ。
B男:おう。なんたって俺らとは、血筋がちがうからな。あの“〇ヤ組”の跡取り息子なんだからよ。
C男:そうそう。E造さんは、身も心もヤクザなんだからな。
E造:(子分にイライラして)……テメーら、言いたいことはもっと近くで言うもんだ。それに若干、俺を小バカにしてねーか。
A男&B男&C男:(声をそろえて)め、滅相もありません!(しかし距離は縮めない)
イガラシ:ごちゃごちゃ、うるせーな。こちとら忙しいんだ。おまえらの相手してるヒマ、ねーんだよ。さっさと道を開けな、そこのヤクザ屋さん。
E造:(こめかみに青筋を当てて)き、きさま……この俺をコケにしやがって。このヤロウ!(イガラシの胸倉をつかみ、拳を振り上げる)
イガラシ:はぁ……(溜息をつく。ほぼ同時に、パシッと音がした。E造の手首をつかむ)
E造:へっ……?(手首を簡単につかまれ、顔が青ざめる)
―― それから約二時間後。イガラシは実家の中華ソバ屋の店番をしていた。
イガラシ:(エプロンと三角頭巾の姿)では、注文を確認しますね(客の前で、伝票を手に)醤油ラーメンが二丁、味噌ラーメン一丁。あと餃子三人前ですね。
(その時、ガラッと店の扉が開き、同級生のO木とK下が息を切らせ駆け込んでくる)
イガラシ:いらしゃいま……な、なんでぇ。おまえらか。そんなとこに突っ立ってたら、商いのジャマなんだが。どしたい?
O木:き、聞いて驚くなよ。あのE造が、道の側溝に顔を突っ込んでピクピクしてたんだが。あの先生たちも手が出せないほどの、“ヤクザのE造”が。いったい誰の仕業だ。
K下:それに……あのチンピラ三人組なんか、セミみてーに木にすがりついて、ワンワン泣いてやんの。一体どうなってんだか。
O木:イガラシ、おまえ帰り道だろ。なにか知らねーか?
イガラシ:知るかよっ(すっとぼけ)。それよりオメーら、人んちの商売をジャマしたんだ。来たついでに、餃子でも食ってけ。もちろんカネ払えよ。
O木&K下:えーっ!!
【完】
2.丸井刑事(デカ)
<その2> ―後輩思いの後輩―
(朝。誰もが忙しく動き回る墨谷署内。しかし今日はそこに、アイツの姿がなかった……)
※「太陽にほえろ!」のBGM
丸井:(心内語)俺の名前は丸井。墨谷署の刑事(デカ)だ。署の連中は、俺のことを“おにぎり刑事(デカ)”なんて呼びやがる。気にいらねーが、そんなことはどうだっていい。今日はひとまず、俺の話を聞いてくれ。
(墨谷署内・強行犯係のデスクの映像)
丸井:(心内語)二週間前、俺の後輩・近藤が謹慎処分を喰らった。それも三ヶ月の長期だ。ある凶悪犯を移送中、そいつをトイレに連れていった際に手錠の鍵を奪われ、挙句、逃走されちまったらしい。
だがこの話、俺は納得いかねーんだ。
(署内のベランダにて、丸井は一服する。今日はタバコが妙に苦い)
丸井:(心内語)たしかに近藤のやつは、ヘッポコだ。しかし正義感は人一倍強い男なんだ。凶悪犯に、みすみす鍵を奪われるとは、どーしても俺には思えねぇ。
(ベランダの戸が開き)……丸井先輩、失礼します(ふいに声を掛けられる。端正な顔立ちの男がベランダに出てくる)
丸井:(心内語)コイツは松尾。ちとお人よし過ぎるところはあるが、優秀な俺の後輩だ。刑事なり立ての頃は、ひょろっとしてモヤシのようだったが、人一倍努力家で、かなり鍛え込んだらしい。今じゃ同僚に柔道を指導するほどの腕前だ。犯人の検挙率も高い。
丸井:あん? なんだ松尾、オメーか。
松尾:先輩。ちと小耳に挟んでて欲しい話がありまして……
丸井:ほう、どしたい。あらたまっちゃって。
松尾:近藤先輩のことなんですけど。
丸井:(さらに気分が沈む)おう、あのヘッポコのことか。きのうも電話したが、一丁前に無視しやがる。謹慎が開けたら、久しぶりにゲンコ喰らわさねーとな、へへっ(力なく笑う)。で、そのヘッポコがなんだって?
松尾:じつは……近藤先輩の一件の際、ぼくも同じパトカーに乗ってたんです。
丸井:(口をポカンと開けて)な、なんだって!?(タバコを落としてしまう。松尾の肩をガッとつかみ)おい松尾、教えてくれ。ほんとうに近藤が、犯人に手錠の鍵を奪われるなんて、ヘマやらかしたのか!?
松尾:い、いえ。俺……あの時、近藤先輩に口止めされまして。
丸井:く、口止めだと?
松尾:ハイ。じっさいは、凶悪犯に鍵を奪われたのは……いま本庁から研修に来てる、橋本なんです。近藤先輩は「この件が上に知られたら、エリートの経歴に傷がつくかもしれないから」と言って。
丸井:なにい、あのゾウが絡んでるだとぉ!?
丸井:(心内語)橋本というのは、本庁から研修に来てる新米刑事のことだ。いわゆるキャリア組、いずれは俺っちらの上に立とうって男だ。いつもボケっとしたツラの半人前だが、近藤はみょうにやつを可愛がっている。ちなみにゾウってのは、やつの鼻が長いことからきてる。
丸井:(松尾のネクタイをつかみ)やい松尾、テメーが一緒にいながら、なぜみすみす犯人を取り逃がしちまったんだ!
松尾:もっ申し訳ありません。あの時、俺は運転席にいて、近藤先輩にパトカーの番を命じられたものですから。後部座席で何が起きていたのか、よく見えなかったのです。
丸井:くそっ。しかし、そうなると……ヘマはヘマだが、三ヶ月の謹慎を喰らうほどのものじゃないってことになるな。
(約一時間後。丸井は署長室のドアをノックして……)
丸井:署長、いらっしゃいますか。
(ドアの奥に呼び掛けると「おう、入れ」と返事が)
丸井:失礼します。(室内に入るなり、敬礼する)
(室内には、制服姿の谷口署長が、資料を睨み渋い顔をしている。)
丸井:(心内語)この人は、墨谷署のリーダー・谷口署長。俺が駆け出しの頃、刑事のイロハを教えてもらった。署内でもっとも世話になった先輩だ。仕事以外の場所では、親しみと尊敬を込めて“谷口さん”と呼ばせてもらっている。
谷口:む、なにか用かい?
丸井:署長、近藤の謹慎の件ですが。
谷口:(めずらしく眉をひそめて)うむ……その件は、君にはカンケイないだろう。
丸井:で、ですが署長。俺が仕入れた話じゃ、逃げられたのは近藤じゃなく、本庁の橋本らしいのです。これが本当なら、近藤への処分は、不当ってことになるんじゃ。
谷口:(深く溜息をつき)……まぁ、彼と君は長くコンビを組んできたから、心配する気持ちは分かる。だが、それとこれとは別だ。近しい後輩だからって、口を挟んでいい話じゃないことぐらい、君なら分かるだろう。
丸井:し、しかし……
谷口:いいかね丸井君!(珍しく声を荒げる)
丸井:は、はいっ(ビクっとして)。
谷口:君が仕入れてきた話だが、それは私も知っているよ。
丸井:……えっ!?
丸井:(心内語)意外な返答に、俺はしばし言葉を失っていた。
谷口:当然だろう。ウラも取らずに、三ヶ月の謹慎なんて重い処分、下すはずあるまい。近藤君が橋本君をかばって、逃げられたのは自分だと証言したというのはね。
丸井:……そ、それならなぜ?
谷口:(険しい顔で)だからこその、謹慎三ヶ月なんだ。
丸井:ど、どういうことです?
丸井:(心内語)谷口署長は、俺の顔をマジマジと見つめ、静かに語り出した。
谷口:これはね丸井君、君が思っているより、重大な問題なのだよ。事実を隠して、上に報告する――これは“虚偽報告”に当たるだろう。
丸井:はっ。(口をあんぐりさせる)
谷口:ま、近藤君らしいと言えばらしいがな。しかし彼は……後輩への“思いやり”ということを、カン違いしている。本当に橋本君を思うのなら、きちんと本人に事実を報告させて、彼に責任というものを自覚させるべきだった。
丸井:……(正論すぎて、なにも言えない)
谷口:それに橋本君は、エリートとはいえ新米だ。ミスをするのはこっちも織り込み済みなんだ。報告してくれれば、こっちもそれなりに対処できるものを。近藤君には先輩として、深く反省してもらわなければならない。
(しばしの気まずい沈黙。その時……ふいにドアがノックされる)
谷口:どうぞ。
(ドアが開く。丸井と谷口は、同時に「あっ」と声を発した。なんと近藤、橋本の二人が、連れ立って入ってきた)
丸井:……こ、近藤。
近藤:署長、えらい申し訳ございませんでした。例の件のことですが……
佐々木:まってください、ぼくの方から話します。手錠の鍵を盗まれたのは、じつは……ぼくなのです。あの犯人の身の上話に、すっかり同情してしまって、鍵を探られていることに気付かなかったのです。きちんと報告すべきだったのですが、近藤先輩につい甘えてしまって。まさか謹慎三ヶ月なんて、重大な事態になるとは思いも……
谷口:バカモノ!!
丸井:(心内語)この時は、さしもの俺もビビっちまった。普段は穏やかな谷口署長だが、怒鳴ると飛んでいる雀が落ちてくると言われるほど、怖い。
近藤&橋本:も、申し訳ありませんっ。(深々と頭を下げる)
谷口:最初からそう報告してくれれば、ここまで大ごとにならずに済んだものを。二人とも、しっかり反省したまえ。この件の沙汰については、追って通告する。今日のところは下がりたまえ、私は忙しいんだ。
近藤&橋本:は、はいっ。失礼しました!(二人はいそいそと署長室を出ていく)
谷口:フウ……(少し穏やかな顔になる)丸井君。今日の晩は、予定あるかい?
丸井:い、いえ……特に何も。
谷口:久しぶりに、近藤君と一杯やってきたらどうだ。やはり彼には、君の“喝”が必要なんだろう。
丸井:は……はいっ、分かりました! ではこれで、失礼します。
(丸井が署長室を出ると、近藤が一人立っている)
近藤:丸井先輩。このたびは、本当に申し訳ありませんでした。
丸井:こんにゃろ!(ゲンコツをぽかり)
近藤:テッ……
丸井:心配かけやがって。いつまでたっても、半人前だなオメーは。
近藤:はっ、ドウモ。
丸井:(少し目を細めて)おい、どーせヒマなんだろう。この後、テキトーな居酒屋、予約しとけ。明日、俺は非番だ。久しぶりにつき合え。
近藤:わ……分かりましたっ。
―― この翌日、逃走していた凶悪犯が自首し、事件は無事解決となった。また近藤への処分は、どうやら本庁が手を回してくれたらしく、三週間に短縮された。ま、俺っちにとっちゃ、あのヤロウなんか何ヶ月でも休んでくれて構わないのだが……メデタイこった。
谷口:(署長室にて)まったく……丸井君も、素直じゃないなぁ。(クスッ)
【完】
3.DJ丸井
<第1回>
【オープニング】
丸井:(ポップなBGMとともに)さぁ今夜も始まりました。俺っちDJ丸井のお送りする「サタデーナイトキャプテン」。今週も、みんなからのお便りを紹介していきますよっ。では、さっそく……
【一枚目】
丸井:一発目は、ラジオネーム・近藤大好きさんより……なんかヤな名前だな、まあいいや。
ええと「はじめまして、中学の野球部に入っています。後輩の一年生に、野球はうまいけど、生意気なやつがいて、ムカついてしまいます。どうしたらいいですか?」
ま、気持ちは分かる。けど君、一年生が多少マナーやルールを知らないのは当然よ。自分より上手くて、気に喰わないのも分かる。だがこれも社会勉強だ。先輩らしく広い心で、認める所は認めて、足りない所を教えてあげるんだ。
これで……む、まだ続きがあんな。ナニナニ「顔はサルかラッキョウです」。ええと君、悪いことは言わない(引きつった顔で)。今からでも遅くない。毎晩こっそり特訓して、部内でせめてソイツの次に上手くなれ。
それとチームで何か話し合う時は、ソイツより先に、たくさん発言しろ。でないと今後、ソイツに頭が上がらなくなるぞ!(小声で)俺みたいにな(ボソッ)。
【二枚目】
丸井:さ、次のお便り……ラジオネーム・墨谷三中さんより。
「中3の男子です。好きな子ができました。毎晩その子のことを考えてしまい、眠れません。ぼくはどうしたらいいのでしょうか。」
なんでぇ、んなもん決まってる。男なら一発「好きだ」と言ってやれ。OKなら良し、フラれても恨みっこなしだ。
む、ナニナニ……「ちなみに相手は、同じクラスの男子です」。えっ……(しばし絶句した後)ハハハ、ま恋する気持ちに男も女もねーわな。
と、とりあえず友達から始めたらどうだ。相手がOKしてくれそうな見込みがありゃ、気持ちを打ち明ける。ただ、相手に「つき合うなら女の子がいい」と言われても、恨むんじゃないぞっ。
【リクエスト曲】
ハハ、まあ愛の形は色々だかんな。悪いこっちゃねぇよ。エエと、じゃあ曲いこうか。
愛には性別もなけりゃ、国境もなけりゃ、どこの星かも関係ないわな。というわけで、墨谷三中さんのリクエストで、ピンクレディ『UFO』~。
(曲が終わり)
丸井:しかし好きな女に「地球の男に飽きた」なんて言われちゃったら、どーしようもないわな。自分がUFOに乗って、どこかに消え去りたくなっちまう。というわけで、ピンクレディ『UFO』でした~。
【三枚目】
丸井:続いてのお便り。ラジオネーム・倉谷松さんより。
ええと「丸井さんに質問です。丸井さんは後輩の近藤君が大嫌いだと言ってたはずなのに、どうして卒業後までわざわざ学校に来て、メンドウ見てあげてたんですか?」
ば、バカ。野暮なこと聞くなっつーの(顔真っ赤)。いくら嫌いだからって、後輩は後輩だ。困ってるようなら、あるいは間違った方向へ進みそうなら、手を差し伸べてやる。それが男の性分ってもんだ。こ、これでいいだろっ。
【四枚目】
丸井:さて、次が最後だな。ラジオネーム・名門青葉さんより。
ふむふむ……「ぼくは高校野球をしているのですが、いま後輩が、バッティングでスランプに陥ってしまい、悩んでいます。彼は誰よりも練習熱心なので、ますます気の毒です。先輩として、何とか力になってやりたいのですが、どうしたら良いでしょうか。」む、今日は部活の後輩の話が多いな。
あんね、名門青葉さん。後輩思いのアンタに、ちとキツイことを言うようだが、スランプに陥る前の後輩がどんな打ち方してたか、どこが良かったのか、んで今はどこが悪くなってるのか、具体的に言えるかい?
言っておくが、スランプになってから目にかけるようじゃ、遅いんだぞ。それまでは見てなかったつうこったからな。俺っちの質問に答えられないのなら、黙ってるより他ねーぜ。
もし具体的に言えるのなら、アンタの後輩を思う気持ちはホンモノだ。
そんで、あーせいこーせい言わなくていい。前はできていて、今はできていないことを、客観的に指摘してやりゃいい。練習熱心なやつなら、あとは自分で考えるさ。
もしうまく修正できて、ソイツが一本でもクリーンヒット打てたら、黙って握手してやれ。そうすれば、今後もしアンタが困った時、次はソイツがアンタを助けてくれるはずだ。
ではそろそろ、お別れの時間となりました。そんじゃ、また来週。ば~い!!
(放送終了後)
スタッフ:丸井さん、お疲れ様でした。
丸井:おうっ。すまねーが、今日ちと急ぐわ。近くの赤提灯で、約束があんのよ。
スタッフ:へぇ、もしや彼女と?
丸井:バーロイ、俺は既婚者だ。んなわけあるかっ。
スタッフ:じゃあ誰とです?(ニヤニヤ)
丸井:……こ、近藤だよっ。
【完】
【関連リンク】