南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』小ネタ集⑥ -<イガラシ君の苦手なこと>ほか-

 

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1.慎二の独白

 

<その③>

 

 俺のアニキは、弟ながらすごいと思う。昔からスポーツ万能、成績優秀。時々、マシンのように見える時さえある。

 ただ、こんなアニキにも苦手なことがある。それは……

 

(自宅の中華ソバ屋を店番中のイガラシ兄弟。兄・イガラシが、店前をホウキで掃いていると、一人の女子生徒が通りかかる)

 

野村さん(女子生徒):あらイガラシ君、こんにちは。

 

イガラシ:よう、野村じゃねぇか。いま帰るトコか?

 

野村さん:ええ。イガラシ君……今日は野球じゃなく、店番なのね。

 

イガラシ:ああ、部活も引退したし。ヒマな時ぐらい、少しはオヤジとオフクロを手伝わねぇと、バチが当たらぁ。

 

野村さん:ウフフ、あんがい家族思いなのね。

 

イガラシ:よ、よせやい(少し顔を赤らめる)。

 

野村さん:と……ところでイガラシ君。あたし、ちょっと髪型変えたんだけど。どう?(髪を少し短くしている)

 

イガラシ:ど、どうって……ワリィ野村。俺、男兄弟しかいねぇもんだから。女の髪型がどうとか、分からねぇんだよ。

 

野村さん:そ、そう……それじゃあね(つまらなさそうに帰っていく)。

 

イガラシ:なんでぇ、アイツ……

 

(店の奥から、慎二がひょっこり顔をのぞかせる)

 

慎二:ダメだなぁ、アニキ。

 

イガラシ:な、なにがだよ(少し怒った顔で)。

 

慎二:いまのコは、アニキにホメてほしくて、ああして尋ねてきたんだよ。だったら、もっとマシな答え方をしないと。

 

イガラシ:むっ……なんだよ、そのマシな答えって。

 

慎二:髪型のことなんか、分からなくていいんだ。カワイイとかよく似合ってるとか、てきとうにホメておけばいいんだよ。

 

イガラシ:うむ……そ、そうか。分かった。

 

(三十分後、別の同級生の女子生徒が通りかかる)

 

木村さん(女子生徒):こんにちは、イガラシ君。

 

イガラシ:よ、よう木村(店前の落ち葉を集めながら)。

 

木村さん:フフ……ね、ねぇ。今日のあたし、どう?

 

イガラシ:へっ?(戸惑った顔で)どうって……あっ(慎二のアドバイスを思い出し)か、カワイイと思うぞ。

 

木村さん:うそだぁ。じゃ、どこがカワイイか言ってよ。

 

イガラシ:ええーっ!(困惑顔で)

 

(さらに一分後)

 

イガラシ:……な、なぁ慎二。オメーまた、いい加減なコト言ってねぇか? いま木村のやつが「どこがカワイイ?」って聞くもんだから、「頬のニキビが」って答えたんだ。そしたら、あいつ怒って帰っていきやがんの。

 

慎二:(あちゃあ……と額に手を当てる。空を仰ぎ、独り言)ちがう。アニキ、そういうことじゃないんだよ……(苦笑)

 

【完】

 

 

<その④>

 

 俺のアニキは、弟ながらすごいと思う。昔からスポーツ万能、成績優秀。でも残念なことに、女心がサッパリ分からないので、ぜんぜん女の子と親しくなれない。

 でも……時々無自覚に、女の子をキュンとさせたりするものだから、アニキはまったく罪な男だ。

 

――放課後の三年生の教室にて。

 

先生:あ、鈴木さん。ちょっといいかしら。

 

(真面目な女子生徒)鈴木さん:は、はい……

 

先生:悪いんだけど、廊下の掲示板のポスターを貼り換えるの、手伝ってもらえないかしら?(←まったく悪気はない)

 

鈴木さん:え……あ、はい。分かりました……

 

(その時、傍で見ていたのがイガラシだった)

 

イガラシ:先生、ちょっといいスか。

 

先生:なぁにイガラシ君。

 

イガラシ:さっき玄関に、鈴木の母親が迎えに来てましたよ。なにか急ぎの用があるみたいでした。

 

鈴木さん:(驚いた顔で)えっ、そうなの?

 

先生:まぁ。それなら仕方ないわね……気をつけてお帰り。

 

(廊下を出て、階段を降りていく二人。鈴木さんは、どうも足元がおぼつかない)

 

イガラシ:……おい鈴木、平気かよ?

 

鈴木さん:だ、大丈夫。それより……うちのお母さんが来てるって。

 

イガラシ:ばーか、ありゃウソだ。

 

鈴木さん:ええっ!(声を上げる)どうして、そんな……

 

イガラシ:鈴木。おまえ今日、ずっと具合悪いんだろ?

 

鈴木さん:え……(ハッとした顔で)ど、どうして分かったの?

 

イガラシ:おまえのイスだよ。

 

鈴木さん:い、イス?

 

イガラシ:おまえマジメだから、いつも席を立つ時、イスを机の中に入れてるだろ。けど今日に限って、三回も出しっぱなしだった。それによく見ると、顔色もよくねぇし。やせ我慢してるんだろーと思ったぜ。

 

鈴木さん:……た、大したことじゃないの。きのう弟が熱出しちゃって。お母さんだけだと大変だから、うちも一緒に看病して、寝るのが遅くなっちゃって。

 

イガラシ:そういう時は、正直に言うもんだ。おまえ少しは自己主張しねぇと、いつも損な役目を押しつけられることになるぞ。

 

鈴木さん:わ、悪かったわね。

 

イガラシ:まーでも……俺はおまえみてぇなお人好し、キライじゃねーよ。

 

鈴木さん:……あ、ありがとう(ボソッ)

 

イガラシ:よせやい。おっと、そうだ……(学生鞄から、ビニルに包んだリンゴを取り出す)これやるよ。給食の時、他のやつからもらったんだ。弟が熱出してるのなら、すりおろして食わせろ。そしたら少しは良くなって、おまえも今日はぐっすり眠れるんじゃねーか。

 

鈴木さん:……う、うん(少し涙ぐむ)

 

イガラシ:ばか、なに泣いてんだよ。それより、さっさと帰らねーと、ますます具合悪くなるぞ。んじゃあなっ!(背を向けて、玄関へ駆け出す)

 

鈴木さん:(一人残され、クスッと笑う)……もう、イガラシ君たら。

 

【完】

 

 

2.丸井刑事

 

「シャーロック・コンドウ」

 

近藤:やぁやぁ諸君。今宵もワイ、名探偵シャーロック・コンドウの活躍、とくとご覧になりなはれ。

 

(レトロなジャズのBGM)

 

闇に消えたジュラルミンケース・三億円事件。キツネ目の男・グリコ森永事件。この現代日本にも、謎に満ちた怪事件は後を絶たない。

 

(突然、スポットライトがつく。そこはステージ。ロングマントにハンチング帽のシルエットが浮かぶ。男はこちらを振り向き、ムダなキメ顔)

 

しかしどんな難事件も、このシャーロック・コンドウの手にかかりゃ、鍵の開いたドアも同じ、見事解き明かして見せまっせ。さあ諸君、今からワイ、シャーロック・コンドウの……

 

丸井:やかましい!(スコーン)

 

(部屋の明かりがつく。丸井がスリッパを手にし、こめかみに青筋を立てている)

 

近藤:テッ。な、なにしますの。

 

丸井:そりゃ、こっちの台詞だ。

 

丸井: 研修資料作成のために、未解決事件のファイル読み込みを命じたはずだろうが。それを一人で、なにホームズごっこしやがって。

 

近藤:べ、べつにええやないですか。気分を盛り上げようと思うたんです。

 

丸井:気分で事件が解けるかー!!

 

 

「怪盗マルセーヌ・マルパン」

 

(暗闇に、懐中電灯の明かりがグルグルと回る。「ル〇ン三世」のOPテーマ)

 

丸井:フフフ……ごきげんよう、皆の衆。私は世界各地に眠る謎とお宝を、こよなく愛する男。私の手にかかれば、たとえ難攻不落の城だろうと、堅牢なセキュリティだろうと、藁の家も同じ。この私・怪盗マルセーヌ・マルパンの行く手を阻めるものは、何もないってことだ。(←注:すべて独り言)

 

某国の王女:待って、マルパン様!

 

丸井:む……どしたい、お嬢さん。

 

王女:おねがいマルパン。宝石と一緒に、わたくしも盗んで。もう籠の鳥はイヤなの。

 

丸井:(人差し指を立て)チッチッチッ。お嬢さん、それはできない相談だぜ。

 

王女:そんな、どうして……(涙声)

 

丸井:人さらいは、私の主義に反するのでね。

 

王女:なぜ? このわたくしが、頼んでいるのよ!

 

丸井:すまないお嬢さん。いくら私にも、盗めないものがある。分かってもらう自信はねぇが……ま、男には自分の世界がある。たとえるなら、ひとすじの流れ星、ってね(ムダなキメ顔。「ル〇ン三世」歌詞のパクリ)

 

王女:マルパン……

 

丸井:では……(頭上にロープが垂れてくる)さらばだ(ロープにつかまり、引き上げる)。

 

※注:ここまで丸井の一人二役(笑)

 

丸井:フフ。きれいな女にゃ、涙が似合うぜ。

 

谷口:……どうしたんだ丸井?

 

(突然部屋の電灯がつけられる。そこは取り調べ室。鉄格子の向かいに、谷口と近藤の姿)

 

谷口:取調室の掃除へ行ったきり、なかなか戻ってこないものだから来てみたら。こんな薄暗い所で、何をブツブツ言ってるんだ? 怪盗がどうとか……

 

丸井:い、いやその……(顔真っ赤)

 

近藤:あーっ。さては丸井はん、ルパンごっこしとったんですね? 人のホームズごっこを怒っといて。

 

丸井:ば、ばかいえ。忘年会の余興の練習だよ。オメーみたいに、遊びじゃねーんだ。

 

近藤:またそんな、ヘタな言い訳なんかして。こんな所でコソコソ隠れて。

 

丸井:人前だと、集中できねぇだろうが。

 

谷口:(心内語)なぁ二人とも……そもそも隠れてまで、やりたいモノなのか?(困惑)

 

【完】

 

 

3.半田君の俳句教室

 

半田:みなさんこんにちは。墨高野球部の選手兼マネージャーの半田です。

 この企画は、いつも野球ばかり熱心になりすぎて、つい勉強がおろそかになりがちな部員達に、少し教養を身に付けてもらおうと、ぼくと部長の二人で考えた企画です。

 

半田:では……丸井から。

 

丸井:む、ホイ(短冊を手渡す)

 

半田:では読んでみてくれない?

 

丸井:おうよ。んんっ……(喉の調子を整えて)

「炎天下この一球に賭ける夏」

どうだっ、切れのいいフレーズだろ。へへん!(自信たっぷりに)

 

半田:ううん、これ<才能ナシ>だね。

 

丸井:はりゃっ(ずっこける)。な、なんでだよっ!

 

半田:まずね「炎天下」も「夏」も、両方とも季語。これは<季重なり>といって、初心者には良い手じゃないんだ。

 

丸井:は……キゴ? 季重なりって……(目を白黒させて)

 

半田:(そ、そこからなんだ……苦笑)

 

丸井:よ、よく分からねーが。エラソーに言うなら、どう直せばいいかぐらい、分かるんだよな?

 

半田:もちろん(キッパリ)。この場合、まず「夏」はいならないよ。「炎天下」とあれば、季節は夏に決まってるもの。

 

丸井:そ、そういやぁ……

 

半田:それと「この一球に賭ける夏」というのも、ポスターのフレーズみたい。丸井、ほんとに自分で考えた?

 

丸井:(ギクッとして)も、もちろんだよ。

 

半田:でもこれだと、野球だと分からないよ。ええと、丸井は打つのと守るの、どっちを書きたい?

 

丸井:そんなの選べるか。両方あってこと野球だ!(少しムキになっている)

 

半田:うん、だったらそれでもいいよ。

 

丸井:……へっ?(拍子抜け)

 

半田:あのね「一投一打」って言葉あるでしょ。

 

丸井:は? マッコウクジラ

 

半田:……(どんなカン違いだよ、、)「一投一打」。投げる、打つ、と書いて。

 

丸井:あっああ、それかい!

 

半田:ほんとに分かってる? ま、いいや。こう書けば、一つ一つのプレーに気持ちを込めてるって感じがしてこない?

 

原句)炎天下この一球に賭ける夏

添削句)→この一投一打に賭ける炎天下

 

丸井:おおっ。なんかよく知らんが、カッコイイ!

 

半田:でしょう? 具体的な映像を書けば、イメージしやすくなるんだ。

 

丸井:なんで野球は、フライの行方をイメージできないかね。

 

半田:あらっ(ずっこける)。

 

 

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