南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』小ネタ集⑨ -<「イガラシ君の悪夢」「倉橋監督のボヤキ」ほか>ほか-

 

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1.「キャプテン」「プレイボール」でありがちなこと

 

その1:やたら食べ物が美味しそう

→ イガラシのラーメン、丸井のカレーライス、田所が奢ってくれた鯛焼き、カツ丼、うな丼……どれも美味しそうでよだれが出る。

 

その2:格下には容赦なし!

→ 自分達は挑戦者というスタンスのためか、どこが相手でも手は抜かない。したがって、格下のチームは「もうカンベンしてくれ」と言いたくなるほど叩きのめす。

 特に丸井キャプテン時の墨谷二中は、それが顕著。地区大会初戦では、初回に6点。二回には10点(!)を叩き出し、見かねたアンパイアが二回コールドを持ちかけるほど。

 

その3:ピンチは大体ゲッツーで終わる

→ 作者のちばあきお自身が、話のテンポのよさにこだわっていたためか、一つの回を長尺で描くことは少なかった。大体、ヒット性のライナー→内野手が好捕→ランナーが還れずゲッツー……という流れが多い。

 その分、いざじっくり描くとなれば、ほんとうにヒヤヒヤの展開となる(イガラシキャプテン時の江田川戦のように)

 

その4:重要な試合は、あまりホームランで決着しない

 → ホームランは野球の華である。したがって、よくある野球漫画では“主人公がサヨナラホームランを打って決着”というパターンが頻発する(『ドカベン』などは顕著)。

 おそらく作者のちばあきおは、むやみにホームランを描くことを避けていたように感じられる。谷口キャプテン時の青葉戦、イガラシキャプテン時の和合戦のように重要な試合でも、決着はタイムリーヒットであった。

 しかし――むやみにホームランを描かないからこそ、丸井キャプテン時の青葉戦における、イガラシが最後の力を振り絞って放ったホームランは、とても印象深いものとなった。

 

その5:イガラシの凡退場面は描かれない

 作中屈指の“チートキャラ”と呼ばれるイガラシ。同作において、イガラシが凡退する場面は、ほぼ描かれない(筆者の記憶では、一年時の金成中戦に良い当たりを好捕されたのと、全国大会初戦の白新戦で打ち取られた場面のみ)。

 

 もちろん人物の会話(「ここまでノーヒットにおさえてる」「ようやく四番の面目が保てた」など)から、イガラシも全打席ヒットを打っているわけじゃないことは窺い知れる。そこは演出なのだろうが、ちばあきお自身のイガラシに対する思いの強さが感じられる。

 

 

2.イガラシ君の悪夢

 

(とある夕方の浜辺にて)

 

イガラシ:ああ、なんと美しい夕日だ。ま……キミには、かなわないがね。

 

婚約者の女性:ウフフ。いやだわ、お世辞なんて。あなたらしくもない。

 

イガラシ:よ、よせやい。お世辞なんて言ったつもりはないさ。知ってのとおり、ぼくは思ったことしか言わない性なんだ。

 

婚約者:フフ、ありがとう。でも言葉なんていらないわ。こうして、あなたと二人で過ごせるだけで、あたしは十分……(そう言って肩からもたれかかってくる)

 

イガラシ:こ……これこれ、外ではやめてくれと言っただろう(顔が真っ赤に)。

 

婚約者:あら。あなたって、意外に照れ屋さんなのね。

 

イガラシ:か、からかうのはよしてくれって(でもまんざらでもない)。

 

(二人の背中を夕日が照らす。潮風が優しく吹いている)

 

イガラシ:しかし、なかなか休みが取れなくて、すまなかった。ここ二月ほど、大きなプロジェクトをいくつも抱えていてね。昨日やっと片付いたとこなんだ。

 

婚約者:なに言ってるのよ(もたれかかったまま)。そんなあなたを好きになったのは、あたしの方なんだから。仕事のことより、女のことばかり考えてるあなたなんて、見たくないもの。

 

イガラシ:そ、そうか……(ポケットから小さな箱を取り出す)じゃあ、これを。

 

婚約者:えっ?(目を見開く)

 

イガラシ:やはりキミには、ぼくと一緒にいてほしい。ずっと……(パカッと箱を開く。中にはダイヤモンドの指輪が)

 

婚約者:まあっ。あなた……

 

イガラシ:どうだろう、気に入ってくれただろうか。

 

婚約者:おーきに! イガラシはん!!(なぜか声が低くなり、口調も変わる)

 

イガラシ:あらっ(ずっこけて)お、おーきに? イガラシはん!?

 

婚約者もとい近藤:ワイ、ずっとイガラシはんのプロポーズを待ってたんどすえ。

 

イガラシ:大阪弁と京都弁が混じってやがる……

 

近藤:ほな、永遠の愛を誓って……チュー!!(唇を近付けてくる)

 

イガラシ:ば、ばかヤメロ! うわあぁぁ……!!

 

(気が付くと、自宅の二階の寝室。布団をかぶっている)

 

イガラシ:(飛び起きて)ハァ……ハァ……ゆ、夢か……。なんで近藤なんかと、あんな夢を……あ、そうか。昨日やつの爪が割れたのを、手当てしてやったのと、オフクロがこの頃トレンディードラマなんてのに、ハマってるからだ。

 

(隣で弟の慎二が眠い目をこする)

 

慎二:フ、フアァ……(大きなあくび)どうしたの、兄ちゃん。朝から大声出したりして。近藤さんがどうとか、プロポーズがどうとか。

 

イガラシ:な、なんでもねえよ(冷や汗タラリ)。

 

<完>

 

 

 

3.倉橋監督のボヤキ

 

その1 春季キャンプにて、記者の囲み取材

 

記者A:監督。今年のキャンプの手応えは、いかがですか。

 

倉橋監督:キミ、手応えって……まだ始まって三日だよ。まだなにも分かっちゃいないさ。少し野球を勉強したまえ。

 

記者A:(ビクっとして)し、失礼いたしました!

 

倉橋:ま、キミのような者に野球を教えてやるのも、私の仕事だがね。いいかね、キャンプの序盤は、まず選手達の体のコンディションをチェックする。わかる? コ・ン・ディ・ショ・ン!!

 

記者A:は、はぁ……選手によって体の仕上がり具合は、バラツキがありますからね。

 

倉橋:なんだ、意外に分かってるじゃないか。それなりに勉強はしたのかい?

 

記者A:え、ええ……少しは。

 

倉橋:なぜそう言わなかったんだね?

 

記者A:あまり知ったかぶるのは良くないと思いまして……

 

倉橋:なるほど。しかし、あまり遠慮してちゃダメだぞ。君もこれから、記者としてプライドを持ってやっていくワケだろう。気遣いも大事だが、時には思い切って斬り込んでいく気概を持ちなさい。

 

記者A:わ、分かりました!(直立不動で)

 

記者B:あ……あの監督、そろそろ本題に……

 

倉橋:ああ、そうだったね。

 

記者B:さっそくですが、ドラフト1位の高卒新人・イガラシについて印象を聞かせてください。

 

倉橋:(露骨に溜息をつき)まったく……君らマスコミは、ほんとに新人選手の話題が好きだねえ。アマチュアでどれだけ活躍したか知らんが、プロの世界に入ったばかりなんだから。まだどうこう言えるレベルじゃないよ。

 

記者B:は、ハア……それは分かってますが。

 

倉橋:まあ、強いて言えば……非常に練習熱心で、己の技を磨くことに貪欲な選手だということは、コーチからよく聞いている。プロの世界では、己に厳しくできない者は生き残っていけない。その点では、期待しているよ。

 

他の記者連中:(け、結局ちゃんと答えてくれてるし……)

 

倉橋:ただ気になるのは、ちょっと不愛想すぎるな。ファンにサインを求められても、一応サインはするが、ニコリともしないんだと。野球は人気商売なんだから、それじゃ困る。

 

記者C:この点について、以前彼に聞いてみたのですが……まだ自分はファンにサインするような身分じゃないからと答えていましたよ。

 

倉橋:ううむ、意外に腰の低いところがあるのだな。ま……不愛想な点は、オレも言えたことじゃないがね。

 

記者C:ええ、まったく……あっ(倉橋が睨んでいる)。

 

記者B:そ、そういえば……イガラシ君は、監督の著書もよく読んでいるようですね。

 

倉橋:ほう、そうなのか?(驚いた目で)

 

記者B:ええ。監督が本の中で「人は無視・賞賛・非難の段階で試される」と書いておられることに言及して、“自分も早く非難される選手になりたい”と。

 

倉橋:……彼は今年、きっとブレイクするだろうね(必死にニヤケるのを隠す)。

 

記者全員:(なんて分かりやすい反応……)

 

 

その2 試合後のインタビュー

 

倉橋:ああ、ドウモみなさん。お待たせしましたね。

 

レポーター:倉橋監督、終盤の鮮やかな逆転劇でした。

 

倉橋:まあ、結果はね。

 

レポーター:試合を振り返ります。先発のエース松川が、五回を投げて四失点。ピリッとしない内容でした。

 

倉橋:ピリッとしない、なんてものじゃない。はっきり言ってエース失格だよ。クリーンアップ相手にボール、ボール、ボール。それで苦しくなったら、カウントを取るためのカーブ。ミエミエだったじゃないか。あれじゃ“打ってください”と言ってるようなものだ。

 

レポーター:たしかに、らしくない投球でした。もっと早く変えてもよかったように思えるのですが……

 

倉橋:俺もそう思ったよ(苦笑)。初回で変えてやろうかと思ったくらいさ。

 

レポーター:……(なにも言えねえ)。

 

倉橋:だが、このところ中継ぎ陣が出ずっぱりだからね。今日ぐらい休ませてやりたかったんだ。それが初回にいきなり二失点。これで計算が狂ったよ。

 

レポーター:し、しかし……なんとか五回を投げ切りました。

 

倉橋:それぐらいやってもらわなきゃ。こっちは期待して、エース番号の18をくれてるんだから。

 

レポーター:打線も奮起して、彼の黒星を消しました。

 

倉橋:なぜか松川が先発の時は、よく打つねえ。もっと他の試合に分けてくれりゃ、俺もベンチでラクできるんだが。

 

レポーター:そういえば松川投手、ここまで十試合に投げて、いまだ無敗です。

 

倉橋:(心底驚いた顔で)そうなの? まったく……無敗の内容じゃないがね。防御率は、確か三点台半ばだろう。これじゃ物足りないよ。あいつには、もっと精進してもらわなきゃ。

 

レポーター:とにかく……これで不敗神話継続です。

 

倉橋:ま、言ってみれば“マーくん(松川)神の子・不思議の子”だね。

 

レポーター:(おおっ、名言出たあ!)

 

<完>

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