南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』小ネタ集⑬ -<「谷口牧師」「怪盗イガラシ」>-

 

f:id:stand16:20190713083954j:plain

 

 

 

 

1.谷口牧師

 

<その1>

 

谷口牧師:アーメン……(黒いガウン、胸元には十字架。右手で十字を切る)。

 皆様、こんにちは。墨谷教会で牧師を務める、谷口です。

 人は皆、何らかの罪を背負っているものです。いつも清く正しく生きられる者など、そうはおりません。それが人間の、逃れられる定めというものです。

 しかし、自らの罪を悔い改めることができれば、神はきっとお許しになります。さあ、迷える子羊たちよ。汝(なんじ)の罪を素直に告白したまえ。

(もう一度十字を切る)アーメン……アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン!

 

―― 電器屋のつなぎ姿の、田所が礼拝堂にやってきて、谷口牧師の前でひざまずき両手を組む。

 

田所:ああ牧師様、罪深きワタクシをお許しください。

 

谷口:ええ、素直に罪を告白し悔い改めれば、神はきっと許してくださります。それであなたは、一体どのような罪を背負っているのでしょうか?

 

田所:は、ハイ。私は昔野球部だったのですが、とても練習ギライで、寒い日には後輩に芋を買いに行かせたこともありました……そのまま逃げられちゃいましたが(苦笑)。

 

谷口:おお、よくぞ告白なさった。それでは……この聖水で、身も心もお清めください。

 

田所:(きょとんとして)せ、聖水? ん……ウワッ。

 

―― バチャ! 天井に取り付けられたタライがひっくり返り、田所の頭上へ水が降りそそぐ。

 

田所:(全身びしょ濡れに)……?!

 

谷口:これで一つの魂が、無事清められました。(またも十字を切り)アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン! 

 

<その2>

 

谷口牧師:アーメン……(今日は白いガウン、胸元には十字架。右手で十字を切る)。

 皆様、こんにちは。墨谷教会で牧師を務める、谷口です。

 人間は生まれながらにして、原罪を背負っていると言われています。生きるということは、数多くの罪を犯し、悔い改める。その繰り返しといっても過言じゃありません。

 そうです。創造主たる神は、すべてをお見通しです。しかし自らの罪を悔い改めることができれば、神はきっとお許しになります。

さあ、迷える子羊たちよ。汝(なんじ)の罪を素直に告白したまえ。

(もう一度十字を切る)アーメン……アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン!

 

―― ジーパンに黒のジャンパー、普段着姿の井口が礼拝堂に入ってくる。しおらしく谷口の前でひざまずき、両手を組む。

 

井口:ああ神様、仏様、稲尾様、アッラー様、牧師様。この罪深い私をお許しください。

 

谷口牧師:う、うむ。いろいろ間違ってるが……まあいい。それで君は、いったいどんな罪を犯したんだね?

 

井口:野球の練習中に、バイクに乗ったガラの悪い兄ちゃんに凄まれたもんで、カチンときて「舐めんなよ」と思って、つい石ころを兄ちゃん目がけて、思い切りぶつけちゃいました。

直接ぶつけた自分のピッチャーとしてのウデにほれぼれ……じゃなくて(汗)、深く反省しています。どうかお許しくださいませ、上様(時代劇でよく見る土下座のポーズ)。

 

谷口牧師:う、うむ……やはりいろいろ間違っているが、君のその素直な心を、神は必ず見てくださるだろう。さあ、この聖水で身も心も清めるのだ。

 

井口:ハァ……聖水っスか?(きょとんとした目で)

 

(天井から、水の入ったタライが落ちてくる)バチャッ、ゴン!

 

井口:な、なにが起こったんだ!? ……(首までタライがかぶさっている)

 

谷口牧師:これでまた一つ、罪深い魂が清められました。(胸元で十字を切り)アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン!!

 

 

2.怪盗イガラシ

 

<その1「怪盗イガラシ3つの謎」>

 

―― 怪盗イガラシには、3つの謎があった。

一つ目は、彼があまりにも手際よく逃げてしまうこと。二つ目は、彼が宝石や財宝を盗んだ後、なぜか翌日には返してしまうこと。また三つ目は、それでどうやって、生計を立てているのかということ。

 その答えは、意外な所にあった。

 

(とある西洋風屋敷の一室にて)

 

ネクタイ姿の若い男:……であるからして、我が社の所蔵するダイヤ“狸合戦ポンポコ”は、時価一億……いや、十億もの値が付くと言われています。ご覧ください!

 

(男はプロジェクターを操作して、パワーポイントで画像を見せる)

 

若い男:いかがですか。タヌキをかたどった形ではありますが、この光沢、この色合い。形とのギャップも、このダイヤの魅力です。

 

(イガラシと執事の老人は、真向かいのテーブル席で聞いている。イガラシは「ふあぁ……」と欠伸を漏らす)

 

イガラシ:あ、あの……狸、じゃなかった……ダイヤの話はもういいので、次は逃走経路について教えてもらえませんか?

 

若い男:ええ。我が社のビルは、最新のセキュリティシステムを採用しておりますが、実は天井裏だけは、まったくの無防備です。ダイヤを盗んだら、真っ先に天井裏へ逃れると良いでしょう。

 

イガラシ:オイオイ……出入口で待ち伏せされたら、袋のネズミじゃねえか。

 

若い男:それはご心配なく!(キッパリ) 警察には、天井裏のことは伝えておりません。イガラシ様が逃走できたのを確認してから、通報するつもりです。

 

イガラシ:は、はぁ……それは助かります(苦笑い)。

 

(やがて男は帰っていく。部屋に残された二人)

 

イガラシ:まったく……なんで俺が、ジブリ映画みたいな名前のダイヤを、盗みに行かなきゃいけねえんだよ。

 

執事:坊ちゃま、そうおっしゃらずに。怪盗イガラシが盗みに入った企業は、その話題性から、商品の売れ行きが爆上がりすると、世間では専らの評判でございます。成功”の暁には、十分な報酬を約束していただきましたから。

 

イガラシ:分かったよ、じいや。仕事だもの……ちゃんとやるさ。しっかし、その報酬とやらは、ちゃんと払える保障があるんだろうな。あの企業、このところ経営が傾いてるんだろ。

 

執事:だからこそ、坊ちゃまのお力が必要なのでしょう。それにあちらさん、坊ちゃまの仕事が完了したら、すぐさま関連グッズを売り出す計画だそうです。

 

イガラシ:関連グッズだと!?

 

執事:ハイ。“怪盗まんじゅう”とか“怪盗タオル”とか……あと“イガラシ抱き枕”なんてのもありましたよ。どれも可愛らしいデザインでした。

 

イガラシ:げえっ……(青ざめた顔で)その抱き枕だけは、何としてもやめさせろ! 

 

執事:かしこまりました。

 

イガラシ:しっかし、俺が言うのもなんだが……ドロボウのグッズを作るなんて。倫理的にまずくないのか。

 

執事:この不景気でございます。致し方ありませんよ。

 

イガラシ:フン……それにダイヤの愛称が“狸合戦ポンポコ”だなんて、どんなネーミングセンスだっつうの。

 

執事:今さら何をおっしゃいます。そんなネーミングセンスしかないから、経営が傾き、坊ちゃまに頼るしかなくなるんじゃありませんか。

 

イガラシ:や、闇が深いな……(引きつった笑い)

 

 

<その2「丸井刑事VS怪盗イガラシ」>

 

―― 階段を必死の形相で駆け上がる、おにぎりのような男。彼こそ久々の登場、丸井刑事(デカ)である!

 

丸井刑事:(扉をバンッと開け、屋上へ飛び出す)まちやがれ、怪盗イガラシ!!(周囲を見渡し、そして夜空を見上げる)……あっ。

 

―― 上空には、怪盗イガラシのモノと思しきハンググライダーが、丸井を嘲笑うかのようにひらひらと舞っている。

 

怪盗イガラシ:(マイクの声で)ハハハ、さすが丸井刑事。思ったより早いお着きで。

 

丸井刑事:きさまっ、待ちやがれ!

 

怪盗イガラシ:待てと言われて、素直に待つ怪盗がいると思うかね? フフ……申し訳ないが、伝説のダイヤ「天空の石ラピュタ」は、明日より私の屋敷のギャラリーにて、めでたく展示されることとなった。悪く思わないでくれたまえ。

 

丸井刑事:(青筋を立てて怒鳴る)チキショウ、空へ逃げるとは卑怯だぞ!! 降りてきやがれ、このスカしたコソドロ! サル、ラッキョウ!!

 

怪盗イガラシ:ウフフ……サルはともかく、ラッキョウとは味がありますね。オニギリそっくりな丸井刑事!

 

丸井刑事:な、なにいっ!!

 

―― 丸井刑事の必死の追撃むなしく、怪盗イガラシは秋の星空へと消えていくのだった。その頃、荒川沿いの川岸にて。水から這い出る一つの影が……

 

(男は酸素ボンベとウェットスーツを装着していた。それらを脱ぎ捨てると……なんと怪盗イガラシである!)

 

怪盗イガラシ:フフ……警察諸君、いまごろはヘリの中で、私を必死に探していることだろう。私が空へ逃げたと見せかけ、ビルの裏にある川から逃げたとも知らずに。フフフ……それでは諸君、優雅な星空の旅を楽しみたまえ。

 

―― その時だった。イガラシの背中に、銃口が押し当てられる。

 

怪盗イガラシ:だ、誰だ!

 

何者か:おっと、動いたらあきまへんで。ワイは丸井刑事の部下にして、墨谷署のホープ・近藤茂一や! 

 

怪盗イガラシ:こ、近藤だと?

 

近藤:へらず口を叩くのも、そこまでや。これは始めから、丸井はんと打ち合わせしてたんや。だまされたフリをして、あんさんが泳いでくるのを待ち伏せしようと。

 

怪盗イガラシ:くそっ。読まれてたのか……

 

近藤:フン。悪いことは、そう何度もできないものやな。今日こそ年貢の納め時ってやつやで、怪盗イガラシ!!

 

(その時、陰から丸井を先頭に、刑事達が飛び出してくる。一斉に拳銃を構える)

 

丸井刑事:よくやったぞ近藤。動くな怪盗イガラシ! 今日こそおとなしく、俺っちらの御縄につきやがれ!!

 

怪盗イガラシ:やれやれ……敗北を認めるしか、ないようだな(観念した表情で、両手を差し出す)。

 

(ガチャッ。ついに怪盗イガラシの両手に手錠が……パトカーまで連行される)

 

丸井刑事:潜水のワザまで習得してやがるとは。きさまの器用さ、明晰な頭脳。もちっとほかに使い道、あったんじゃねえのか。

 

怪盗イガラシ:……(無言のまま)

 

丸井:しっかし、おめえ結構若いんだな。まだ独身か? 親父さんやオフクロさんが、今のおまえの姿を見たら、きっと悲しむぞ。

 

怪盗イガラシ:……(終始無言)。

 

丸井刑事:おいテメェ、さっきからうんともすんとも言わねえで。返事ぐらいしやがれ。

 

近藤:(急に血相を変えて)ま、丸井はん! 大変です!!

 

丸井刑事:な、なんだよ。急に大声を出しやがって。

 

近藤:怪盗イガラシがいません! これ……人形です!

 

丸井刑事:なっ……か、変わり身の術!! やられた……(へなへなと座り込む)

 

近藤:これは、たしか某社が開発したっていう“イガラシ抱き枕”。誰や、こんな悪趣味なモノを作りやがったのは(抱き枕が、地面にごろりと転がる)。

 

丸井刑事:ちきしょう! どこだっ、怪盗イガラシ!!

 

―― 闇夜に消えた怪盗イガラシ。丸井刑事の苦悩は、まだまだ続くのだった……

 

 

 【関連リンク】

stand16.hatenablog.com