南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<雑記帳>一度でもイジメを受けると、その後もイジメを受けやすくなる

<はじめに>

 

 2021年は、多くの人々にとってコロナ禍に翻弄された一年として記憶されることとなるだろう。だがその影で、今年も……と言うべきか、いじめに関連した痛ましい事件が複数発生している。

 

 20代の頃、私も学校にヘルパー等で勤務したことがあり、今でも教育関係者のブログやインタビュー記事にはよく目を通している。それによると、学校現場でのイジメにしても学級崩壊にしても、本当に悲惨な事態となっているらしい。

 

 いわゆる「いじめ問題」について、これまで“いじめられる側にも原因がある(ない)”というふうな議論がなされてきたが、もうそんな次元ではないという。

 

 なにせ、今の学校現場では「ゲーム感覚でいじめが行われている」というのだから。

 

 中高、いや小学校でも高学年以上になると、どのクラスにも“影響力のある子”がいる。その子が一言「アイツ気に入らない」と言えば、どんな子でも簡単にイジメのターゲットにされてしまう。

 

 これは教員の場合も同じだ。もし担任するクラスに、一人でもウマの合わない子がいたら。そしてその子が、周囲への影響力が強い子だったら。力量のある教員でも、その子一人のせいで、簡単に学級崩壊が起こってしまうそうだ。

 

 

1.イジメは誰でも受ける可能性がある

 

 いじめや学級崩壊の問題については、もう少し語りたいところもあるのだが、残念ながら私は今学校現場を離れて久しいし、教育問題について研究している専門家でもない。だから、問題そのものに対する言及は控えることとする。

 

 本エントリーでは、もっと私自身の体験から言えることを書いてみようと思う。

 

 前述の“いじめられる側にも原因がある(ない)”という議論だが、これはなかなか難しいものがある。読者のみなさんもご承知の通り、「どこからがイジメ」で「どこまではイジメじゃない」か、その判断の線引きが難しいからだ。

 

 ちなみに学校現場では、「(その子が)いじめだと言えばいじめ」になると言われているらしい。だが、大人同士でも人間関係の軋轢は起こり得る。

 まして、子供だ。言葉が足りなかったり、逆に言いすぎたりして、揉め事は日常茶飯事だ。そうした経験もまた、子供達にとっては貴重な学びの機会となる。それらをすべてイジメとしてしまっては、子供の成長の機会を奪ってしまうことになるし、また担任教師もそれらを一つ一つ丁寧に対応できるほど、現場には余裕が与えられていない(かつて私もヘルパーとして勤務していたが、教諭より業務量が少ないヘルパーだった私すら、学校に着いたら一日中立ちっぱなしだったことも少なくなかった)。

 

 ちなみに私の場合は、私は小学校時分より、休み時間に教室で本ばかり読んでいるくせに、学級役員の書記(委員長はやらない)や音楽コンクールのパートリーダー(指揮者はやらない)はやりたがるという変わり者だったため、周囲もさぞ扱いに困ったことだろう。なので「ちょっとからかってやろう」と思う同級生もいたに違いない。

 

 したがって私も一歩まちがえれば、長期に渡ってイジメを受けていたかもしれないのだが、実際にはクラスのほとんどの子と仲良くできて、学校がとても楽しかった期間もある。一方、クラスの雰囲気に馴染めず、イジメを受けて学校へ行くのが嫌だったこともある。

 

 だから言えるのだが、イジメは“運が悪ければ”誰だってやられる可能性があるのだ。

 

 私のような“変わり者”でなくても。極端に言えば、「誰からも好かれるから」という理由でイジメを受けることだってあるだろう。

 

 

2.イジメ体験の悪循環

 

 もう一つ、強く言いたいことがある。それは「イジメを受けた体験」というのは、その子の後の人生に、少なからず影響を及ぼすということである。

 

 小中学校の九年間で、私は二度転校した。イジメを受けた後、転校先で考えたことは新しい学校の子達と仲良くできるか、ではなかった。私が考えたことは、「またいじめられないかどうか」である。

 

 そして、わざと“いつも怒っているような顔”をしていた。もちろんナメられないようにである。転入早々そんな態度を取っていたため、イジメまだはいかなかったが、新しい学校の子達とトラブルになりかけた。

 

 そう――イジメを一度でも受けると、集団が変わっても、そこに馴染むのが難しくなってしまうのである。要は“人間不信”だ。私のように周囲に攻撃的になったり、逆にほぼ何も喋らずに一日を過ごしてしまったりする。

 

 悲しいことだが……そんな態度を取れば、どうしても集団から浮きがちになる。そして、また新しい集団でも、イジメを受けてしまいかねないのだ。まさに悪循環である。

 

 悪循環を断ち切る方法は、一つしかない。絶対的に信用できる友人(先輩・同僚)を作ることである。そういう人がいれば、実感できるはずだ――自分は堂々としていて良い存在なのだと。

 

 ただ、私もそれが分かったのは、大人になってからだ。子供の頃というのは、やはり自分の所属する集団(学級・学年・部活)がすべてだった。

 

 今イジメを受けている子に言いたいのは、「あなたは運が悪かっただけ」だということ。自分が悪いから、空気が読めないから……なんて気にしなくていい。それよりも、絶対に自分の味方になってくれる人を見つけて欲しい。

 

 またイジメをしている子にも言いたい。あなたがいじめられない側に回れたのは、単に「運が良かっただけ」だと。ボスに逆らえずに、仕方なくイジメに加わっている子は、理由を付けて学校を休むなりなんなりして、早くそのグループから抜けて欲しい。

 

 そして最後に、今イジメを楽しんでいる子へ一言。あなたは、いじめている相手に、その親に、「一生恨まれる覚悟」はできているのだろうね?