南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

イガラシくんの野球講座<第26回「イガラシくんって、どんなヤツ!?」>~ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』より~

 

f:id:stand16:20190713083954j:plain

<はじめに>

 みなさんこんにちは、墨高野球部のイガラシです。ぼくの「野球講座」、もう終わったはずなんスけど、中の人の気まぐれで、また引っぱり出されてしまいました。ぼくらシーズンオフといっても、体力トレーニングとか勉強とかやることは山ほどあって忙しいのに、「どうせヒマでしょ」とか何とか言われて。ほんと、人の迷惑も考えて欲しいです。

 あ……すみません、みなさんにグチってもしょうがないですよね(苦笑)。

 まあこうして、せっかくみなさんに来てもらってるので。早速いきましょうか……と言いたいところなんスけど、実はまだ今日のテーマを聞かされてないんですよ。久しぶりなんで、手間取ってるんでしょうかね。まったく……

 

1.司会登場!!

半田:(いきなりマイクを持って登場)はあーい、みなさんこんにちは。墨高野球部で、選手兼マネージャーの半田です。

イガラシ:えっ、半田さん? どうしてここに?

半田:あれ、イガラシくん聞いてないの? 中の人に言われて、今日はボクが司会を担当することになったんだけど。

イガラシ:えっ司会ですか? 今までこの講座、司会を置いたことないんスけど。

半田:うん、それはねー。テーマを聞いたら分かると思うよ。あっ……会場のみなさん、長らくお待たせしました。それでは本日のテーマを発表します!

 

「イガラシくんって、どんなヤツ!?」

 

会場:(クスクスと笑い声が漏れる)

イガラシ:(呆れ顔で)な、なんなんスか。そのふざけたテーマは。

半田:まあ、たまにはいいじゃない。ぼくも中の人に頼まれて、いろいろみんなに聞いて回ったりして、けっこう準備に手間かかったしね。

イガラシ:じゅ、準備って。半田さん、いったいなにを?

半田:(イガラシを無視して)それでは、イガラシくんと親しい人達の証言をテープに録音してきましたので。ぜひ、お聞きください。

イガラシ:ろ、録音って。わざわざそんな、手の込んだことを……

 

2.関係者の証言

【その1】

<テープの声>

半田:えーっと、こちらイガラシくんと中学時代の同級生の小室くんです。

小室:ど、ドウモ。

(イガラシ:小室のやつ、なに余計なことをしてやがんだ!)

半田:ずばりお聞きします。イガラシくんのこと、どう思います?

小室:い、イガラシ……ですか(震え声)。そ、そりゃ……いいヤツですよ。野球部の時は、いろいろと“ご指導いただき”ましたし。ぼ、ぼくらが優勝できたのは……イガラシ“さん”の存在が、何より大きかったですから。

半田:ね、ねえ小室くん。顔が青ざめてるみたいだけど、大丈夫?

小室:そ……そんなこと、ないスよ。イガラシ“さん”には、ほんとうに感謝してます。ぼくがそう言っていたと、つ、伝えてください。

半田:……もしかしてイガラシくんのこと、こわかったの?

小室:そりゃもう……あ、いやいや。ほんとうに、なにからなにまで世話になったんで。高校でちがうチームになったのは、少しホッと……じゃなくて、とても残念ス。

半田:そ、そう……以上、小室くんでした!

(一旦テープが止まる。会場、かなりざわついている)

イガラシ:小室。あのやろう、完全にふざけてるな。今度会ったらおぼえてろよ……

(小声の独り言だが、マイクが拾っている。会場さらにざわつく)

半田:イガラシくん……きこえてるよ?

イガラシ:(慌てて)えっ、いやいや。なんでもありません!(冷や汗)

半田:オホン。続きまして、二人目の関係者の証言をお聞きください。

イガラシ:ふ、二人目って。半田さん、いったい何人……

 

【その2】

<テープの声>

半田:はい。こちら、イガラシくんの幼馴染、井口くんです。

井口:どうもっス。

半田:えっと……井口くんって、かなり負けん気が強そうに見えるんだけど。

井口:そりゃピッチャーなんで、当たり前じゃないスか。気持ちで負けるような、弱っちいヤツには、ピッチャーなんてつとまりませんよ。ま……おれのような、誰に対しても向かっていける“強いピッチャー”は、そうそういないでしょうけど(自信満々に)。

半田:さすが井口くんだね! ところで井口くん、同じように気の強そうなイガラシくんと仲がいいみたいだけど。ケンカすることってないのかい?

井口:(急に口調が変わる)ばっ、バカな! 半田さん。それだけは、ちょっと……

半田:ちょっと、なあに?

井口:世の中には、やり合っちゃならねえ相手ってのがいるんスよ。おれは小さい頃から、ケンカでは誰にも負けたことがないんスけどね。同年代だろうが、上級生だろうが。

半田:なのに、イガラシくんとはケンカできないの?

井口:ええ、さすがのおれでも無理っスよ。ケンカが強いか弱いかは、だいたい目を見りゃ分かるんですけどね。アイツと初めて会った時は、このおれが……おれが、スよ。一瞬体が固まっちまったんですから。

半田:イガラシくん、どんな目してたの?

井口:「やれるもんならやってみろ」っていう、ヤバイ目ですよ。こ、これはウワサですけど……あいつ、五ヶ所くらいの柔道道場から出入り禁止を喰らってるみたいで。

半田:どうして?

井口:そんなの聞くまでもないでしょう。アイツと組まされると、みんなブン投げられて、大ケガさせられるっつうんで。今でこそ、少し丸くなりましたけど、ガキん時のヤツは、ほんと手加減を知らなかったスからね。

半田:へえ、そりゃすごい。まあイガラシくんらしいエピソードだね。

井口:半田さん……今だから、そうやって笑って聞いてられるんスよ。さっきも言いましたけど、おれも腕っぷしには自信があるんスけどね。アイツの目を見た瞬間、こりゃやべえって。もしやり合えば、相打ちがいいとこ。ヘタすりゃ……そんなことになれば、おれの沽券に関わりますからね。それで早いうちに仲良くしとこうと思ったわけスよ。

半田:い、井口くんがそこまで言うって……そうとうだね。

井口:ええ。あいつの体が小さいからって、見た目に騙されちゃダメですよ。見かけによらず腕っぷしは強いし、おまけに体が小さい分、動きもすばしっこいし。ああ……しゃべってるだけで、鳥肌が立ってきた。も、もう……これぐらいでいいスか?

半田:うん、ありがとう。以上、井口くんでした~!

 

(テープが止まり、会場がざわつく)

客A:あ、あの井口がビビるって。どれだけ強いんだよ。

客B:触らぬ神に祟りなしってことか。

イガラシ:(井口め。あのヤロウも、ふざけやがって。次、学校で会ったら、タダじゃおかねえからな!!)

半田:イガラシくん。柔道の道場を出入り禁止になったって……

イガラシ:だいぶ事実とちがいますね。柔道の道場は三ヶ所、空手道場を二ヶ所、ボクシングジムも二ヶ所……あっ(ヤバイ、口がすべった)、というのは冗談です(冷や汗)。

半田:そ、そうなの(苦笑)。じゃあ、次いきます!

イガラシ:ちょっとまってください。いったい何人に聞いて回ったんですか!?

半田:(無視している)

 

【その3】

<テープの声>

半田:はい、こちらはイガラシくんと中学からのチームメイト・久保くんです。

久保:どうも、こんにちは!

半田:さっそくだけど、イガラシくんってどんな人?

久保:ああ……まあちょっと気難しいトコはありますけど、結構いいヤツですよ。たしかに野球の場では、怖いぐらい真剣ですけど。それ以外の時は、わりと冗談も通じるし。あとアイツ、頭がいいので。テスト前とか、勉強の分からないところを教えてくれたりして。

半田:へえ。ああ見えて優しいんだね、イガラシくん。

久保:そうスね、なんだかんだ面倒見がいいんですよ。ま、キャプテンを務めるようなヤツですからね。勝負に関しちゃ妥協しないので、誰に対しても遠慮せず言いたいことは言いますけど。それ以外だと、意外にちゃんと先輩にも気を使えますし。同級生のぼくから見ても、やっぱり人間ができてるなって思います。

<イガラシ:(よしよし、さすが久保。ちゃんとマトモに答えてくれてるな……)>

久保:ただ……部活を引退してからなんスけど。アイツの周りで、妙な話が聞こえてくるようになったんですよね。

<イガラシ:(ん? 久保のヤツ、急になにを言い始めるんだ?)>

半田:妙な話って?

久保:墨二中でも有名な不良四人組がいたんスけど……アイツが通った後、そのうちの三人が、階段の踊り場でのびてたとか。

半田:え、それってイガラシくんが?

久保:分からないですけど……たしか理科室へ行こうとしてる時、三人が隣のクラスのやつからカツアゲしてて。そこへイガラシが割って入るところまでは見てたんですけど。ちょっとやばいと思って、先生を呼びに行こうとしたんですよ。ところがそうする前に、アイツ涼しい顔して戻ってきて。で……少ししてから、他のヤツが「不良三人組が気絶してる」とか騒いで。誰も見てないんですけど、タイミング的にイガラシしかいないと。

半田:へ、へえ……

久保:んで、この話には続きがあって。

半田:な……なあに?

久保:後日、その四人組のボスが、イガラシに仕返ししようと、釘のいっぱい刺さったバットを持って、学校帰りにアイツに絡んできたみたいなんですよ。

半田:えっ、それは大変だ。

久保:他のヤツから知らせを聞いて、助けに行かなきゃと思って、小室とか何人かガタイのいいやつと一緒に駆け付けたんですけど。

半田:うんうん……イガラシくん、大丈夫だったの?

久保:それがですね。アイツ、もうその場からいなくなってたんですよ。

半田:えっ?

久保:かわりに……四人組のボスが、道路の側溝に首を突っ込んで気絶してて。他の三人は、木にしがみついて泣いてたんですよ。

半田:……あ、そう。

久保:おっと……もうこんな時間か。すみません、そろそろ失礼しますね。

半田:はーい、ありがとう。以上、久保くんでした~!

 

(テープが止まる。会場は静まり返っている)

半田:ええと……イガラシくん、なにか言いたいことある?

イガラシ:(苦笑いして)ぼ、ぼくはただ……身に降る火の粉をはらっただけスよ。

(会場が一瞬で凍り付く)

イガラシ:(し、しまった。つい余計なことを口に……)

半田:それじゃあ、次でラストです!

イガラシ:あのう……もう、カンベンしてもらえませんか?

半田:(また無視している)

 

【その4】

<テープの声>

半田:今度はイガラシくんの中学からの先輩、谷口さんと丸井くんに来てもらいました。さっそく……二人から見て、イガラシくんってどんな人ですか?

丸井:どんな人って……見てのとおりだよ。ズケズケ思ったことを遠慮なく言うし、ヤなやつに決まってるだろう。こちとら少しは言い返してやりたいんだが、あいつ頭がいいし口も達者だから、何も言い返せなくて、余計に腹が立っちまう。つうか半田よ、なんであんなやつの話をしなきゃいけねえんだ!

谷口:ハハ、そう言うなよ丸井。たしかに初対面の印象は、お互い最悪だったみたいだが、それ以来なんだかんだ長く付き合ってるじゃないか。

丸井:しょーがないでしょう、あれでも一応後輩なんですから。先輩として、あんなヤツでも応援できるトコはしなきゃいけないでしょうが。

谷口:素直じゃないなあ(クスッと笑う)。まあしかし、誰に対しても遠慮しないというか、物怖じしないで言いたいことを言えるのは、ある意味スゴイよな。

丸井:あんなヤツ、ほめなくていいスよ。まったく可愛げのない……

谷口:でも丸井。先輩だから、イガラシに協力してやったと言うけどな。ほんとは、それだけじゃないだろう?

丸井:……ま、認めたくないスけど。アイツに助けられた場面も結構ありましたからね。ぼくがキャプテンだった時、近藤っていう憎たらしいヤツが入部してきた時も、そいつの面倒をイガラシに押し付けちゃいましたからね。ほんとは、キャプテンだったぼくがしなきゃいけなかったんスけど。そ、それに……

谷口:それに、なんだよ?

丸井:……アイツ、いつも妥協しないじゃないスか。誰よりも……それこそ肩を傷めて、二度と野球ができなくなるかもしれないってのに、自分の身を庇わず、チームの先頭に立って、必死に。そこは……ちと言うのは照れくさいですけど、谷口さんと似てる気もします。

谷口:うむ、そうだよな。おれに似てるかどうかはともかく、アイツもとにかく一所懸命な男だ。しかもおれと違って、あれだけの素質があるというのにな。自分の才能におごらず、誰よりも努力する姿を見せられたら……いくらムカついても、付いていくしかないって気になるだろうな。ただ、実はそこが心配している点でもあるんだ。

半田:と、言いますと?

谷口:いま丸井が言ったように、イガラシは妥協することを知らない。だから一歩間違えば、選手生命につながるような大ケガをしかねない。アイツはうちのチームじゃ抜きんでた才能の持ち主だし、ついこっちも頼り過ぎてしまいそうになる。しかし、ケガをして野球ができなくなったら、元も子もないからな。それだけは注意して見てるよ。

丸井:キャプテン……谷口さんも、ほんと人が好いですね。あんなヤツのことなんか、ほっとけばいいのに。

谷口:なにを言ってる。丸井、おまえだって、なんだかんだイガラシのことを気にかけてるじゃないか。

丸井:うっ……

半田:はい、というわけで……イガラシくんは素晴らしい先輩に恵まれて、幸せだということが分かりました。インタビューは以上です。お二人とも、ありがとうございました!

 

<終わりに>

(テープが止まる。会場が、いつの間にか温かい雰囲気に)

半田:イガラシくん、良かったね。なんだかんだ、色んな人に支えてもらってるじゃない。

イガラシ:え、ええ。それはありがたいと思ってますよ。

半田:と、いうわけで……今日の講座は以上です。会場の皆さん、ありがとうございました!

(会場は、大きな拍手に包まれる)

半田:ふう。一時はどうなるかと思ったけど、感動的に終われてホッとしたよ。

イガラシ:ホッとしたは、いいんですけど。この講座……ぼくに、一つもトクがないんじゃありませんか?

半田:さてと。そろそろ、学校に戻らなきゃ。

イガラシ:ちょっと、話をそらさないで下さいよ!

 

<完>