<はじめに>
みなさんこんにちは、墨高野球部のイガラシです。ぼくの「野球講座」、もう終わったはずなんスけど、中の人の気まぐれで、また引っぱり出されてしまいました。ぼくらシーズンオフといっても、体力トレーニングとか勉強とかやることは山ほどあって忙しいのに、「どうせヒマでしょ」とか何とか言われて。ほんと、人の迷惑も考えて欲しいです。
あ……すみません、みなさんにグチってもしょうがないですよね(苦笑)。
まあこうして、せっかくみなさんに来てもらってるので。早速いきましょうか……と言いたいところなんスけど、実はまだ今日のテーマを聞かされてないんですよ。久しぶりなんで、手間取ってるんでしょうかね。まったく……
1.司会登場!!
半田:(いきなりマイクを持って登場)はあーい、みなさんこんにちは。墨高野球部で、選手兼マネージャーの半田です。
イガラシ:えっ、半田さん? どうしてここに?
半田:あれ、イガラシくん聞いてないの? 中の人に言われて、今日はボクが司会を担当することになったんだけど。
イガラシ:えっ司会ですか? 今までこの講座、司会を置いたことないんスけど。
半田:うん、それはねー。テーマを聞いたら分かると思うよ。あっ……会場のみなさん、長らくお待たせしました。それでは本日のテーマを発表します!
「イガラシくんって、どんなヤツ!?」
会場:(クスクスと笑い声が漏れる)
イガラシ:(呆れ顔で)な、なんなんスか。そのふざけたテーマは。
半田:まあ、たまにはいいじゃない。ぼくも中の人に頼まれて、いろいろみんなに聞いて回ったりして、けっこう準備に手間かかったしね。
イガラシ:じゅ、準備って。半田さん、いったいなにを?
半田:(イガラシを無視して)それでは、イガラシくんと親しい人達の証言をテープに録音してきましたので。ぜひ、お聞きください。
イガラシ:ろ、録音って。わざわざそんな、手の込んだことを……
2.関係者の証言
【その1】
<テープの声>
半田:えーっと、こちらイガラシくんと中学時代の同級生の小室くんです。
小室:ど、ドウモ。
(イガラシ:小室のやつ、なに余計なことをしてやがんだ!)
半田:ずばりお聞きします。イガラシくんのこと、どう思います?
小室:い、イガラシ……ですか(震え声)。そ、そりゃ……いいヤツですよ。野球部の時は、いろいろと“ご指導いただき”ましたし。ぼ、ぼくらが優勝できたのは……イガラシ“さん”の存在が、何より大きかったですから。
半田:ね、ねえ小室くん。顔が青ざめてるみたいだけど、大丈夫?
小室:そ……そんなこと、ないスよ。イガラシ“さん”には、ほんとうに感謝してます。ぼくがそう言っていたと、つ、伝えてください。
半田:……もしかしてイガラシくんのこと、こわかったの?
小室:そりゃもう……あ、いやいや。ほんとうに、なにからなにまで世話になったんで。高校でちがうチームになったのは、少しホッと……じゃなくて、とても残念ス。
半田:そ、そう……以上、小室くんでした!
(一旦テープが止まる。会場、かなりざわついている)
イガラシ:小室。あのやろう、完全にふざけてるな。今度会ったらおぼえてろよ……
(小声の独り言だが、マイクが拾っている。会場さらにざわつく)
半田:イガラシくん……きこえてるよ?
イガラシ:(慌てて)えっ、いやいや。なんでもありません!(冷や汗)
半田:オホン。続きまして、二人目の関係者の証言をお聞きください。
イガラシ:ふ、二人目って。半田さん、いったい何人……
【その2】
<テープの声>
半田:はい。こちら、イガラシくんの幼馴染、井口くんです。
井口:どうもっス。
半田:えっと……井口くんって、かなり負けん気が強そうに見えるんだけど。
井口:そりゃピッチャーなんで、当たり前じゃないスか。気持ちで負けるような、弱っちいヤツには、ピッチャーなんてつとまりませんよ。ま……おれのような、誰に対しても向かっていける“強いピッチャー”は、そうそういないでしょうけど(自信満々に)。
半田:さすが井口くんだね! ところで井口くん、同じように気の強そうなイガラシくんと仲がいいみたいだけど。ケンカすることってないのかい?
井口:(急に口調が変わる)ばっ、バカな! 半田さん。それだけは、ちょっと……
半田:ちょっと、なあに?
井口:世の中には、やり合っちゃならねえ相手ってのがいるんスよ。おれは小さい頃から、ケンカでは誰にも負けたことがないんスけどね。同年代だろうが、上級生だろうが。
半田:なのに、イガラシくんとはケンカできないの?
井口:ええ、さすがのおれでも無理っスよ。ケンカが強いか弱いかは、だいたい目を見りゃ分かるんですけどね。アイツと初めて会った時は、このおれが……おれが、スよ。一瞬体が固まっちまったんですから。
半田:イガラシくん、どんな目してたの?
井口:「やれるもんならやってみろ」っていう、ヤバイ目ですよ。こ、これはウワサですけど……あいつ、五ヶ所くらいの柔道道場から出入り禁止を喰らってるみたいで。
半田:どうして?
井口:そんなの聞くまでもないでしょう。アイツと組まされると、みんなブン投げられて、大ケガさせられるっつうんで。今でこそ、少し丸くなりましたけど、ガキん時のヤツは、ほんと手加減を知らなかったスからね。
半田:へえ、そりゃすごい。まあイガラシくんらしいエピソードだね。
井口:半田さん……今だから、そうやって笑って聞いてられるんスよ。さっきも言いましたけど、おれも腕っぷしには自信があるんスけどね。アイツの目を見た瞬間、こりゃやべえって。もしやり合えば、相打ちがいいとこ。ヘタすりゃ……そんなことになれば、おれの沽券に関わりますからね。それで早いうちに仲良くしとこうと思ったわけスよ。
半田:い、井口くんがそこまで言うって……そうとうだね。
井口:ええ。あいつの体が小さいからって、見た目に騙されちゃダメですよ。見かけによらず腕っぷしは強いし、おまけに体が小さい分、動きもすばしっこいし。ああ……しゃべってるだけで、鳥肌が立ってきた。も、もう……これぐらいでいいスか?
半田:うん、ありがとう。以上、井口くんでした~!
(テープが止まり、会場がざわつく)
客A:あ、あの井口がビビるって。どれだけ強いんだよ。
客B:触らぬ神に祟りなしってことか。
イガラシ:(井口め。あのヤロウも、ふざけやがって。次、学校で会ったら、タダじゃおかねえからな!!)
半田:イガラシくん。柔道の道場を出入り禁止になったって……
イガラシ:だいぶ事実とちがいますね。柔道の道場は三ヶ所、空手道場を二ヶ所、ボクシングジムも二ヶ所……あっ(ヤバイ、口がすべった)、というのは冗談です(冷や汗)。
半田:そ、そうなの(苦笑)。じゃあ、次いきます!
イガラシ:ちょっとまってください。いったい何人に聞いて回ったんですか!?
半田:(無視している)
【その3】
<テープの声>
半田:はい、こちらはイガラシくんと中学からのチームメイト・久保くんです。
久保:どうも、こんにちは!
半田:さっそくだけど、イガラシくんってどんな人?
久保:ああ……まあちょっと気難しいトコはありますけど、結構いいヤツですよ。たしかに野球の場では、怖いぐらい真剣ですけど。それ以外の時は、わりと冗談も通じるし。あとアイツ、頭がいいので。テスト前とか、勉強の分からないところを教えてくれたりして。
半田:へえ。ああ見えて優しいんだね、イガラシくん。
久保:そうスね、なんだかんだ面倒見がいいんですよ。ま、キャプテンを務めるようなヤツですからね。勝負に関しちゃ妥協しないので、誰に対しても遠慮せず言いたいことは言いますけど。それ以外だと、意外にちゃんと先輩にも気を使えますし。同級生のぼくから見ても、やっぱり人間ができてるなって思います。
<イガラシ:(よしよし、さすが久保。ちゃんとマトモに答えてくれてるな……)>
久保:ただ……部活を引退してからなんスけど。アイツの周りで、妙な話が聞こえてくるようになったんですよね。
<イガラシ:(ん? 久保のヤツ、急になにを言い始めるんだ?)>
半田:妙な話って?
久保:墨二中でも有名な不良四人組がいたんスけど……アイツが通った後、そのうちの三人が、階段の踊り場でのびてたとか。
半田:え、それってイガラシくんが?
久保:分からないですけど……たしか理科室へ行こうとしてる時、三人が隣のクラスのやつからカツアゲしてて。そこへイガラシが割って入るところまでは見てたんですけど。ちょっとやばいと思って、先生を呼びに行こうとしたんですよ。ところがそうする前に、アイツ涼しい顔して戻ってきて。で……少ししてから、他のヤツが「不良三人組が気絶してる」とか騒いで。誰も見てないんですけど、タイミング的にイガラシしかいないと。
半田:へ、へえ……
久保:んで、この話には続きがあって。
半田:な……なあに?
久保:後日、その四人組のボスが、イガラシに仕返ししようと、釘のいっぱい刺さったバットを持って、学校帰りにアイツに絡んできたみたいなんですよ。
半田:えっ、それは大変だ。
久保:他のヤツから知らせを聞いて、助けに行かなきゃと思って、小室とか何人かガタイのいいやつと一緒に駆け付けたんですけど。
半田:うんうん……イガラシくん、大丈夫だったの?
久保:それがですね。アイツ、もうその場からいなくなってたんですよ。
半田:えっ?
久保:かわりに……四人組のボスが、道路の側溝に首を突っ込んで気絶してて。他の三人は、木にしがみついて泣いてたんですよ。
半田:……あ、そう。
久保:おっと……もうこんな時間か。すみません、そろそろ失礼しますね。
半田:はーい、ありがとう。以上、久保くんでした~!
(テープが止まる。会場は静まり返っている)
半田:ええと……イガラシくん、なにか言いたいことある?
イガラシ:(苦笑いして)ぼ、ぼくはただ……身に降る火の粉をはらっただけスよ。
(会場が一瞬で凍り付く)
イガラシ:(し、しまった。つい余計なことを口に……)
半田:それじゃあ、次でラストです!
イガラシ:あのう……もう、カンベンしてもらえませんか?
半田:(また無視している)
【その4】
<テープの声>
半田:今度はイガラシくんの中学からの先輩、谷口さんと丸井くんに来てもらいました。さっそく……二人から見て、イガラシくんってどんな人ですか?
丸井:どんな人って……見てのとおりだよ。ズケズケ思ったことを遠慮なく言うし、ヤなやつに決まってるだろう。こちとら少しは言い返してやりたいんだが、あいつ頭がいいし口も達者だから、何も言い返せなくて、余計に腹が立っちまう。つうか半田よ、なんであんなやつの話をしなきゃいけねえんだ!
谷口:ハハ、そう言うなよ丸井。たしかに初対面の印象は、お互い最悪だったみたいだが、それ以来なんだかんだ長く付き合ってるじゃないか。
丸井:しょーがないでしょう、あれでも一応後輩なんですから。先輩として、あんなヤツでも応援できるトコはしなきゃいけないでしょうが。
谷口:素直じゃないなあ(クスッと笑う)。まあしかし、誰に対しても遠慮しないというか、物怖じしないで言いたいことを言えるのは、ある意味スゴイよな。
丸井:あんなヤツ、ほめなくていいスよ。まったく可愛げのない……
谷口:でも丸井。先輩だから、イガラシに協力してやったと言うけどな。ほんとは、それだけじゃないだろう?
丸井:……ま、認めたくないスけど。アイツに助けられた場面も結構ありましたからね。ぼくがキャプテンだった時、近藤っていう憎たらしいヤツが入部してきた時も、そいつの面倒をイガラシに押し付けちゃいましたからね。ほんとは、キャプテンだったぼくがしなきゃいけなかったんスけど。そ、それに……
谷口:それに、なんだよ?
丸井:……アイツ、いつも妥協しないじゃないスか。誰よりも……それこそ肩を傷めて、二度と野球ができなくなるかもしれないってのに、自分の身を庇わず、チームの先頭に立って、必死に。そこは……ちと言うのは照れくさいですけど、谷口さんと似てる気もします。
谷口:うむ、そうだよな。おれに似てるかどうかはともかく、アイツもとにかく一所懸命な男だ。しかもおれと違って、あれだけの素質があるというのにな。自分の才能におごらず、誰よりも努力する姿を見せられたら……いくらムカついても、付いていくしかないって気になるだろうな。ただ、実はそこが心配している点でもあるんだ。
半田:と、言いますと?
谷口:いま丸井が言ったように、イガラシは妥協することを知らない。だから一歩間違えば、選手生命につながるような大ケガをしかねない。アイツはうちのチームじゃ抜きんでた才能の持ち主だし、ついこっちも頼り過ぎてしまいそうになる。しかし、ケガをして野球ができなくなったら、元も子もないからな。それだけは注意して見てるよ。
丸井:キャプテン……谷口さんも、ほんと人が好いですね。あんなヤツのことなんか、ほっとけばいいのに。
谷口:なにを言ってる。丸井、おまえだって、なんだかんだイガラシのことを気にかけてるじゃないか。
丸井:うっ……
半田:はい、というわけで……イガラシくんは素晴らしい先輩に恵まれて、幸せだということが分かりました。インタビューは以上です。お二人とも、ありがとうございました!
<終わりに>
(テープが止まる。会場が、いつの間にか温かい雰囲気に)
半田:イガラシくん、良かったね。なんだかんだ、色んな人に支えてもらってるじゃない。
イガラシ:え、ええ。それはありがたいと思ってますよ。
半田:と、いうわけで……今日の講座は以上です。会場の皆さん、ありがとうございました!
(会場は、大きな拍手に包まれる)
半田:ふう。一時はどうなるかと思ったけど、感動的に終われてホッとしたよ。
イガラシ:ホッとしたは、いいんですけど。この講座……ぼくに、一つもトクがないんじゃありませんか?
半田:さてと。そろそろ、学校に戻らなきゃ。
イガラシ:ちょっと、話をそらさないで下さいよ!
<完>