南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

イガラシくんの野球講座<第32回「どうして谷口さんは、短期間で急成長できたのか!?」ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』より>

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<はじめに>

 みなさんこんにちは、墨高野球部のイガラシです。

 今回は視聴者(?)の方から質問が届いてますので、それに答えようと思います。ええと……ペンネーム「慎二くん大好き」さんより。ちょっとペンネームが気に食わないですが(笑)、まあいいや。

 

―― イガラシさんに質問です。イガラシさんの先輩・谷口さんは、どうしてあんな短期間で、プレーヤーとして急激に伸びたと思いますか? いくら猛練習を積んだにしても、普通あんな短い期間で、青葉学院のレギュラーに匹敵する力をつけるのは、なかなか難しい気がするのですが……。

 

 あのですね……なんでその質問を、ぼくにぶつけるんですか(苦笑)。直接、谷口さんに聞いて来ればいいのに。

 ま、この講座はぼくに任せられてるので、仕方ないですね。ただ悪いですけど、ぼくも直接聞いたわけじゃないので、推測でしか言えないですよ。それで良ければ、ぼくなりに考えたことを答えさせてもらいます。

 というわけで今回のテーマは……

 

「どうして谷口さんは、短期間で急成長できたのか!?」

 

1.なぜ谷口は、青葉野球部への入部を認められたのか

 急成長もですが、ぼくはそれ以前に……こんなこと言うと失礼なんですけど(笑)、どうして谷口さんが青葉の野球部に入れたのか、それがまず不思議なんですよ。

 

 青葉といえば、ぼくら墨二中が強くなるまでは、毎年“二軍”で地方大会を優勝していたやつらですよ。言わばエリート中のエリートです。卒業後には全国各地の甲子園常連校へ引く手あまた、その後大学やプロへ進む人も多いと聞きます。

 

 けど谷口さん……先輩達の話をよくよく聞いてみれば、野球の基本的な動きも出来てなかったそうじゃありませんか。その時のレベルの谷口さんを、青葉の野球部は入部を認めたってことですよね。あの野球エリート校がですよ。

 

 それで、ぼくなりに色々考えてみたんスけど。ひょっとして谷口さん、野球を始めるのが遅かったのかもしれません。野球って、捕って投げて打って……けっこう色々な動きが求められますから。そりゃ早く始めた方が、野球の動きを身につけるのも早くなりますよ。

 

 ただ、谷口さんは当時の実力は抜きにして、野球に必要な運動能力自体は、青葉が認めるほど高いものがあったんじゃないでしょうか。

 

 聞けばあの人、墨二中野球部に入部して早々、上級生のとんでもないボール球をフェンスオーバーさせちゃったらしいですね。

 ボールを遠くへ飛ばす。速く走る。速いボールを投げる。……これらの能力は「天賦の才」と言われていて、なかなか練習では身に付けられないものなんですよ。それがあったからこそ、青葉のスカウトだかコーチだかに“少し鍛えれば化けるかも”と期待されて、入部を認められたのではないでしょうか。

 

2.実はあまり良くない、青葉野球部の“練習環境”

 じゃあなんで、青葉では才能が開花しなかったかって? そりゃもちろん、青葉の「練習環境が悪かったから」でしょうよ。

(会場が一瞬ざわつく)

 えっ、そんなに不思議ですか? まあ確かに、青葉野球部の方が「練習“設備”」自体は、墨二中野球部と比べて遥かに整っているでしょうよ。

 

 でも……あんなやり方してちゃ、伸びるやつも伸びないですよ。

 

 みなさんも青葉の練習のやり方、見たでしょう。二軍はレギュラー陣だけ練習させて、補欠はよくてバッティングピッチャー。あとはベンチで待機させて、グラウンド整備だけさせてたじゃありませんか。

 

 まあ、ぼく達が見てないところで、二軍の補欠も練習させてたかもしれませんけどね。しかしあの様子じゃ、ちゃんと必要な時間を確保してなかったはずですよ。

 

 どうしてそう言い切れると思います? それは、青葉の練習グラウンド……もとい野球場を見たからですよ。ええ、確かに内外野のスタンドに照明付き。まるでプロ並みの設備と陣容だと――ぼくも当時は圧倒されてました。

 でも振り返ってみると、足りないものが一つあったんですよ。何だと思います?

 

 答えを言っちゃうと……“二軍が練習するためのグラウンド”です。

 

 どんなに設備は立派でも、場所が一つしかないんじゃ、二軍の練習時間は限られてきますよね。特に大会が近くなれば、どうしたって一軍の練習を優先しなきゃいけませんから。

 

 あんな専用の野球場を作るカネがあるのなら、そんな立派じゃなくても、もう一つくらい練習場所を作ればいいのにって思います。ぼくら墨高野球部が、学校のグラウンドだけじゃなく河川敷を借りているみたいにね。

 

 なので谷口さん、青葉時代にはろくに練習させてもらえてなかったと思います。ちゃんと練習させてもらえてたら……その後の成長具合からして、少なくとも一軍でベンチ入りできるくらいにはなれてたと思いますよ。

 

 ま、結果的にはそのお陰で――谷口さんは墨二中に来てくれて、ぼくらと一緒に青葉を倒すことができましたから。ぼくらにとってはラッキーでした。戦力的にはもちろん、あの人の伝手がなければ、青葉のレベルを知ることもできなかったわけですし。

 

<終わりに>

 というわけで……谷口さんが墨二中で急成長できた理由は、谷口さん自身の凄まじいまでの猛練習はもちろんですが、青葉の練習環境では、あの人の秘めたる力を開花させることはできなかったのだろうと、ぼくは思っています。元々素質のある人が、あれだけの練習をこなせば、急激にレベルアップしたのもうなずけます。

 

 ついでに言わせてもらうと、青葉にはちゃんと練習させてもらえば、谷口さんのように大化けする可能性を持った子達が、ゴロゴロしてるはずなんですよ。もったいないですよね。他の学校へ行けば、十分レギュラーとして活躍できるのに。

 

 ちなみに、実は似たような現象が、墨二中でも起こり始めています。最近では、墨二中も青葉に匹敵する強豪校として認知されてきてるので、年々部員数が増えて、ぼく自身もアタマが痛かったんですよ。今頃、後輩達も苦労してるでしょうね。

 

 なのでぼくは、レギュラー決めのテストでふるいにかけて、野球部の練習に付いていけないヤツはさっさと辞めてもらって、他の部へ移ってもらおうとしてたんですけどね。どうです、親切でしょう?(会場は引きつった笑い)

 

 いや、冗談じゃなく(笑)。野球部じゃ毎日の練習で散々シゴかれて、それでもレギュラー・ベンチ入りできるのは百人近くいる部員の中の一握り。あとの者はベンチにも入れずに三年間を過ごすんですよ。それよりは、もっと楽しく活動できる部へ移ってもらった方が、充実した中学生活を過ごしてもらえるとぼくは思ったのですが。

 

 野球部の練習に付いてこれないヤツは、さっさと他所の部へ移ってもらうか。それともレギュラーになれる確率は低いと分かってて、苦しい練習に耐えながら野球部にしがみつき、三年間を過ごすか。さて、どっちが幸せなんでしょうかね……(会場、最後は静まり返る)