南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<雑記帳>今さらながら『鬼滅の刃』の魅力について考えてみた

【目次】

f:id:stand16:20211127053312j:plain

<はじめに>

 体調が少し良くなってきた頃だが、ネットカフェで『鬼滅の刃』を全巻読破しようと、二度チャレンジしたことがある(そして失敗した・苦笑)。

 いや、面白かったですよ(←語彙力)。ほとんどスポーツ漫画しか知らない私でも、鬼殺隊と鬼達の壮絶な死闘には、思わず引き込まれるものがあった。

 ただ……これは私に原因があるのだが、体調不良気味の私には、ちょっとキツイ部分もあった。まず漢字が多い。それに、結構残酷な表現も多い。面白いのだが、だいぶエネルギーを吸い取られた感覚だった。

 それでも、子供達はこの作品を愛してやまない。なぜなのだろうと、自分なりに足りないアタマで考えてみた。

 

1.「優しさ」と「笑い」は不変の要素

 まずは主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の人柄だろう。鬼に襲われる前は、家族のために人一倍働き、弟や妹達の面倒をよく見ていた。

 あの襲撃前日、寒空を見上げ「幸せだな」とつぶやいた炭治郎の顔が、私は忘れられない。彼の優しさと、直後に起こる出来事の残酷さが相まって、切なくなるのである。

 そんな優しい炭治郎だから、鬼殺隊に入った後も、仲間達と良好な関係を築けている。伊之助や善逸達とのやり取りも、微笑ましい。

 

 そしてここで、もう一つのことに気付かされる。「笑い」である。炭治郎ら鬼殺隊のメンバーは、鬼による惨たらしい所業を日常的に目にしているにも関わらず、よく笑う。思わずこちらも、クスリとしてしまう。

 

 やはり「優しさ」と「笑い」の大切さは、いつのSH世も不変なのだろう。作者の吾峠呼世晴氏は、壮絶な鬼達との戦いの合間に、ほっこりする場面を散りばめている。それがただの怖いだけの話にならない、作者の見事な構成力と言える。

 

2.シビアな現実へ立ち向かう心意気

 もう一つは、炭治郎や妹の禰豆子(ねずこ)、善逸や伊之助ら、魅力的なキャラクター達の存在であろう。

 だが、それらの点について、私はあえて省くこととしたい。なぜなら、これほどの“巨大作品”となると、いくつもファンサイトが作られているし、各キャラクターの魅力も散々語り尽くされていると思われるからだ。それをニワカもいいとこの私が、ここで知ったかぶって語るのは、もっと熱心なファンに対して失礼だろう(汗)。

 

 そこでもう一つの様子……物語全体から発せられる「シビアな現実へ立ち向かう心意気」について、触れておきたい。

 

 この『鬼滅の刃』という物語は、決して甘い話ではない。罪のない女性や子供達も容赦なく死んでいく。まずスタート時点から、炭治郎が家族を殺されている。

 

 この世の中もそうではないか。コロナ禍で体を壊したり、職を失ったりした人達は数知れないだろ。それは子供達の生活にも、少なからず影響を及ぼしているはずだ。

 

 辛い。とても辛い。けれど……逃げることはできない。いや、逃げてはいけない。そんな厳しいけれど前向きなメッセージを、『鬼滅の刃』は発している。感受性豊かな子供達は、それをきちんと受け取っているはずだ。

 

<終わりに>

 最後に、本題と少し逸れるのをお許し下さい(m(__)m)。

 物語序盤、鬼と化しつつある禰豆子を殺そうとする鬼殺隊・冨岡義勇に、妹を殺さないでくれと土下座するシーンで、義勇は「生殺与奪権を相手に委ねるな!」と叫んだ。その台詞が、私は幼い頃にVHSで見た『ウルトラマンレオ』における、モロボシ・ダン隊長の主人公・おおとりゲンに言い放った、厳しいけれど力強い台詞とかぶった。

 

―― その顔はなんだ。その目はなんだ、その涙はなんだ! おまえの涙で、奴が倒せるか! この地球が救えるか!?

 

 男の子はいつの世も、厳しくてもカッコイイ台詞が好きなのだ。