南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【野球小説】続・キャプテン<第1話「思わぬ申し入れの巻」>――ちばあきお『キャプテン』続編

 

 

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【目次】

  

 

【前話へのリンク】

※次話以降。

 

<外伝> 

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 第1話 思わぬ申し入れの巻

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<登場人物紹介>

近藤茂一:墨谷二中のエースで四番、キャプテンを務める。ワガママでむらっ気のある性格だが、思わぬ闘志を発揮することもある。父親の入れ知恵で、自分達の代の結果より、「どんなチームを残すか」ということに重点を置いて、チーム強化を図ることにした。

 

牧野:墨谷二中の現正捕手。細やかで気配りのできる性格だが、その反面、融通か利かず怒りっぽいところがある。気まぐれな近藤の扱いに手を焼かされている。

 

曽根:墨谷二中の現チームではショートを務める。選抜大会準々決勝の富戸戦では、アクシデントのため急遽キャッチャーを務めたが、見事なリードを見せ、その能力の高さを示した。後輩達曰く、神経が細かすぎるのが欠点。

 

佐藤:墨谷二中の現チームでは、二年時に続きファーストを務める。長身で穏やかな性格。五番打者を務め、パワーが魅力。

 

イガラシ慎二:墨谷二中の現チームではサードを務める。ややパワーには欠けるものの、駿足・好打が光る。

 

JOY(ジョイ):本名は佐々木だが、入部初日に着ていたTシャツに書かれた文字の由来から、JOYとあだ名が付く。投打ともにセンスがあり、一年生世代の最有望株と言える。穏やかでのんびりとした性格。

 

 

1.パワー月間開始!

 

―― 春の選抜大会。中学選手権との連覇をかけて臨んだ墨谷二中。

 苦戦の連続ながらもベスト8まで駒を進めたが、準々決勝で強力打線の富戸中学と対戦。様々なアクシデントが重なり、善戦しながらも二対三と敗れ、連覇の夢は断たれた。

 この物語は、その翌日から始まる……

 

 四月末。墨谷二中の野球部グラウンドでは、総勢百名を超える部員達により、ランニングが行われていた。

「ファイト、ファイト! ほら、声出せるヤツはちゃんと出さねえか!!」

 墨谷二中野球部の正捕手を務める牧野は、後方の部員達へ振り向きつつ、檄を飛ばしている。さらに同じ三年生の曽根と佐藤は、ややスピードを緩め列の後方へ下がり、早くもゼイゼイと顎を上げている何人かの一年生達に声を掛けていた。

「ほれ、ガンバレ」

「もう少しだぞ」

―― ファイト、ファイト、ファイト、ファイト!!

 一方、松尾やイガラシ慎二、山下ら二年生は、黙々とランニングをこなしている。一年生も半数近くはどうにか付いてこれていたが、残りのメンバーは周回遅れになっていた。

「むう……ちと、やべえな」

 牧野は一人つぶやく。

「例年なら、選抜大会前にみっちりしごいて、全員最低限の体力をつけさせているんだが。今年はあんニャロのせいで、全然たりてねえ。おまけに、ほんらいは体力不足のやつは、レギュラーの練習から外してるんだが、今年は……」

 牧野は一人立ち止まり、「ああもう!」と叫ぶ。

「すべては近藤のヤロウが、後先考えず、どいつもこいつもレギュラー候補にしやがったからだ!」

「おい牧野」

 曽根が怪訝そうに声を掛ける。

「えっ」

「あと三周残ってるんだが。おまえ、なに一人で立ち止まってんだよ」

「あ……アハハハ」

 牧野は顔を真っ赤にし、慌てて列に戻る。

 ほどなくランニングの時間が終わった。牧野は腰に両手を当て、「ちーっ、しょうがねえな」とつぶやき、全員に呼びかける。

「ちょっと体力の差がありすぎるな。しゃーねえ。今からA、B、C三つのグループに分けて、筋トレを行う」

 束の間周囲がざわめく。

「Aチームはもちろんレギュラーの練習だ。Bチームもがんばって、それに付いてこれるようにしろ。そしてCチームは、せめてレギュラーの半分はこなせるようにするんだ」

 ほう、という安堵の声が広がる。途端、牧野は「おいこらっ」と怒声を上げた。

「例年ならこの時期は、今ぐらいの練習ついてこれて当たり前だったんだぞ。ホッとしてる場合じゃねーんだ」

 その言葉に、メンバー達は静まり返る。

「Bチームはもちろん、Cチームのやつらも、レギュラーに付いてこられるように死ぬ気でやれ。いいな、死ぬ気でだぞ!」

「は、はい!!」

 墨高ナインは、慌てて返事した。

「ま、待てよ牧野」

 ふいに曽根が、牧野のところに走り寄る。

「いいのかよ。キャプテンに黙って、グループ分けなんかして」

「かまわねーよ」

 吐き捨てるように、牧野は言った。

「第一、今日からパワー月間てのは、あいつが決めやがったんだぞ。それが当の本人は、大遅刻しやがってよ。キャプテンのくせに。あんニャロ、なにしがってんだ」

「フン。どーせ、やつのことだ」

 今度は曽根も、呆れ顔で応える。

「また赤点でも取って、補習を受けさせられてるんじゃねーか」

 曽根は校舎へ顔を向け、溜息混じりに言った。

 

 

2.練習試合の申し込み

 

「ヘッ、ホッ、ハッ……牧野のやつ、今ごろカンカンやろうな」

 墨二中野球部の主戦投手にしてキャプテンの近藤茂一は、学ラン姿で廊下を走り玄関へと急いでいた。

「……おっと」

 その時職員室より、墨谷二中校長が、後ろ手に両手を組んで出てくる。

「こら、廊下を走っちゃいかん!」

「あっ校長先生」

 近藤は立ち止まり、すがる目で言った。

「今日はちいと見いひんかったことにしてくれまへん? なにせワイ、野球部のキャプテンやさかい。あんまり遅刻ばかりしてると、メンツに響いてしまうねん」

「ん? きみが野球部のキャプテンだって? ハハ、じょうだんがうまくなったな」

 あらっ、と近藤はずっこける。

「こ、校長先生。ワイがこんなつまらんじょうだん、言うワケないやありまへんか。ああもう、三十分も遅れとる。ほな、また……」

「あ……ちょっと、近藤君!」

 またも呼び止められる。

「野球部のキャプテンに、伝えてほしい話があるんだが」

「そ、や、か、ら!!」

 近藤はムキになって返答した。

「ワイがその、野球部キャプテンだと言うとるやありまへんか! なんなら、ワイに指名した先代キャプテンの、イガラシはんを呼んでもいいんでっせ」

 唾がかかりそうな勢いで言われるので、校長はようやく「分かった分かった」と納得する。

「これはとんだ失礼をしてしまったね。あのイガラシ君が決めたのなら、たしかだろう。あやまるよ近藤君」

「いえいえ。分かればええんですよ、校長先生」

「それじゃあ改めて。近藤キャプテンに伝えておきたいんだが」

「なんですの?」

「じつは、来る五月の連休の話なんだがね。他の学校から練習試合の申し込みが来てるんだ。それも何と、五校も!」

「ええっ。それはちと、困りますがな」

 渋い顔で、近藤は言った。

「ワテら、いちおう今年も全国大会をねらっとるわけですし。わざわざ申し込んでくれた学校はんには悪いが、その時期は、たぶん自分らの練習だけで手いっぱいやと思いますわ」

「そ、そうかね」

 校長は残念そうに、うつむき加減になる。一方、近藤は少し威張った口調で言った。

「それに今さら、地方大会レベルの学校とやるのは……うち、今度の選抜でいちおう八強には残ったワケで……」

「ええと、ちょっと待ってくれたまえ」

 ふいに校長が、近藤の話を遮る。

「それが同地区の学校じゃないんだよ」

 一転して、愉快そうな口調で言った。そして「ええと……」と、ポケットからメモを取り出し、話を続ける。

「申し込んできたのは……南海中、川下中、明星中、浦上中……そして和合中。以上の五校だ」

「な、なんやて!?」

 近藤の目の色が変わる。

「どこも中学野球じゃ名の知れた、強豪校ばかりやないですか!」

 その反応に、校長は満足げに微笑む。

「うむ、そうなんだよ」

「そんな学校が、どうしてまたワテらと」

「決まってるじゃないか」

 校長は、愉快そうに言った。

「きっと君らの選抜大会での活やくに、危機感を持ったのだろう。今年も墨谷は強いと。どこの学校も『ぜひやらせてください』と、かなり勢い込んで頼んできてたからね」

「そうだったんですの。校長先生もお人が悪い。それならそうと、早(はよ)う言ってくれればええものを」

 いたずらっぽく、近藤は応える。

「ハハ、すまなかったね。それで……どうだい。引き受けてくれるか?」

 近藤は「そりゃもちろん……」と言いかけたが、途中で「ちと待ってもらえますか」と言い直す。

「まず、野球部の仲間に相談してからでも、かまいまへんか?」

「あ……たしかに、その方が賢明だね」

 校長も思い直し、首肯する。

「でも、なるべく返事は早めにほしいそうだ。向こうも予定があるらしいし」

「分かりました。ほな、おおきに」

 近藤は一礼した後、再び玄関へと走り出す。

「さあて。急がへんと……」

 

 

「いーち、にーい、さーん……」

 近藤がグラウンドに着くと、チームメイト達は三つの大きな輪になり、腕立て伏せを行っていた。

「あちゃあ。だいぶ練習、進んでしもたな」

そのうち、一つの輪の中にいた牧野が、近藤の姿を見かけるなり、つかつかと歩み寄ってくる。

「よお。今日は、なんの補習だったんだ?」

 案の定、牧野はおかんむりだった。言葉に明らかに嫌味がこもっている。

「す、数学や」

「たった一科目で、こんなに時間がかかるとは。きさま、どんなアタマしてやがんだ」

「ち、ちゃうねん」

 近藤は汗を拭いつつ、牧野を制止した。

「その後、校長先生に呼び止められて、ちとええ話を……」

「はあ? またきさま、テキトーなことを」

 鼻息荒くして、胸倉をつかむ牧野。近藤は「く、苦しいがな」と呻き声を漏らす。

「まあ待てよ牧野」

 いつの間にか、曽根が近くに来ていた。

「いちおうコイツの言い分も聞いてやろうぜ。して近藤。なんだよ、そのいい話ってのは」

「へへっ。聞いて驚いたらあかんで」

 近藤がもたいぶって言おうとすると、曽根が尻を蹴り上げる。

「アタッ」

「さっさと言わんかキサマ。一時間も遅刻しやがって!!」

「わ、分かったよ」

 二人に問い詰められる格好で、近藤は答えた。

「今度、五月に連休があるやろ。そん時、練習試合の申し込みがあったんやと。それも、そんじょそこらのへぼチームやないで。なんとあの……ええと、どこやっけ」

 れ、と二人は同時にずっこける。

「……あ、思い出した」

 近藤はようやく、苦笑いして答えた。

「イガラシはんがいる時に戦った南海中と和合中、それから川下中、浦上中、明星中の五校やて」

「なに! それ、ほんとかよ」

 信じられないといった表情で、牧野が目を見開く。曽根も「ほんとだとしたら、すごいことだぜ」とうなずいた。

「そうやろ、そうやろ」

 ますます近藤は得意げになる。

「なにせ、どこも名の知れた強豪……」

「ちょっと待て。近藤」

 今度は牧野が、近藤の話を制する。

「なんや牧野」

「たしかに願ってもない話だぜ。ただ、ちっと時期がな」

 うむ、と曽根も同調する。

「一、二年生には、レギュラーは一旦白紙だと伝えてある。ということは、その五校相手に、試合経験の少ない者も起用しなきゃならねえ」

「そりゃ、ますますけっこうやないか」

 意気上がる近藤に、曽根が「落ちつけバカ」と突っ込む。

「考えてもみろよ。試合経験が少ないってことは、フツウのプレーもまともにできるか分からない連中だぞ。それをいきなり、あの五校にぶつけたら、ボロボロにやられて自信をなくしちまうってことも考えられる」

「それにな近藤」

 今度は牧野が発言する。

「いちばんの問題は、ピッチャーだよ」

「なんでや」

 近藤が目を丸くすると、牧野は「これだからなあ」と溜息をつく。

「おまえ分かってんのか。五月の連休ってことを考えれば、ヘタすりゃ三日で五試合を戦うってことだぞ。JOYを投げさせるにしても、おまえと二人で、その五試合を投げきる自信があるのかよ?」

「うっ……」

 的確に問題点を突きつけられ、近藤は口をつぐむ。

「……ま、続きは後にしようぜ」

 曽根が淡々と言った。

「今は練習中だ。それが終わってから、じっくり話し合って考えようとしようぜ。この話を引き受けるかどうかも含めてな」

「うむ、そうするか」

 牧野もうなずく。

「れ、練習……」

 ふと近藤の顔が、やや引きつる。

「えーっと、たしか今日からパワー月間やったな」

 そうだよ、と曽根があっさり答える。

「しかも近藤。この日程は、おまえが決めてきたんだぜ」

「せ、選抜後の初めてお練習やし、やっぱりちがうメニューにした方が……」

 その瞬間、牧野が右こぶしを振り上げる。

「今さらつべこべぬかすな!」

「は、はいな」

 近藤は逃げるようにAチームの輪に加わり、一人「いーち、にーい……」と腕立て伏せを始めた。まったく……と、牧野は腕組みして溜息混じりにつぶやく。

 その時である。タッタッタッという足音に、二人の三年生は「む」と振り向いた。

 校舎脇をすり抜け、一年生の佐々木ことJOYが駆けてくる。あだ名の由来となった「JOY」と書かれたTシャツは、今日は着ていない。きちんとした野球のユニフォーム姿である。

「そういやあと一人、誰かいないと思ってたら……」

 牧野はそれでも、こめかみに青筋を立てる。

「きさま、どこへ行ってやがった」

「あ……その、ランニングです」

 息を弾ませつつ、JOYは答える。牧野の傍らで、曽根が「あのなぁ……」と溜息混じりに言った。

「ま、おまえが外でさぼってるとも思わねえけどよ。でもなJOY。中学野球には、チームワークってものが不可欠なんだ。今みたいに、勝手な行動を取られちゃ困るんだよ」

「はい。すみませんでした……」

 JOYは素直に謝る。その態度に、牧野もふっと表情を穏やかにした。

「む、以後気をつけろよ。しかしどうして、わざわざ一人で走りにいったんだ?」

「それは……ぼく、ピッチャーなので」

 今度はきっぱりと答える。

「みんなと同じ練習じゃ、ぜんぜんたりないと思ったんです」

 牧野と曽根は、一瞬顔を見合わせた。

「たりないって……JOY」

 曽根が尋ねる。

「おまえ、どれくらいは知ってきたんだ?」

「ええっと……だいたい十五キロくらいですね」

 JOYの返答に、二人は「ええっ」と声を上げる。

「まったく。近藤のヤツに、おまえの爪の垢でもせんじて、飲ませてやりたいぜ」

 牧野は苦笑いして言った。そして、JOYの右肩をポンと叩く。

「だが、さっきも言ったように、勝手にいなくなっちゃ困るからな。つぎから、ちゃんと報告するんだぞ」

「は、ハイ」

「それと練習メニューは、他のやつらと共通だぞ。みんなもう、だいぶ先に進んじまってる。けど遅れてもいいから、決められたメニューはちゃんとこなすんだ」

「分かりました」

 JOYは駆け足で、Aチームの輪の中へと入っていく。そして一人腕立て伏せを始める。

「さあて。おれ達も、そろそろ戻るか」

 牧野の言葉に、曽根は「む、そうするか」と返事して、二人もAチームの輪の中に戻る。

 筋力トレーニングの後、ナイン達は約十列に分かれ、百メートルダッシュを始めた。ランニングの時と同じく、すでに全力で走れない者もいる。

「こらあ、ちゃんと白線の奥までスピードを緩めるな!」

 再び牧野の檄が飛ぶ。

「ハァ、ハァ……ちょ、ちょっと待ってえな」

 近藤が右手を挙げ、タンマの合図をする。

「どうして野球の練習で、ここまで走らないといけないんや」

 曽根が「今ごろなに言ってんだ」と、呆れ顔で言い返す。

「昨年の全国大会で、おまえも体力の必要性を実感したろう。それに今日のメニューは、おまえがオヤジさんと一緒に作ったノートをもとにしてるんだぞ。おまえ自分で書いておいて、ろくに読んでなかったのかよ」

「あ……そういや、そんなことも書いてあったような」

「文句があるなら、オヤジさんに言うんだな」

 その間も、百メートルダッシュは続いていく。

「まだまだあっ」

「ようし、つぎもがんばるぞ!」

 活気あふれる一年生。一方、慎二ら二年生たちは、黙々と練習をただこなしている様子だ。

「うーむ……新入生の様子ばかり、気にしていたが」

 牧野は胸の内につぶやいた。

「今日はどうも、なんだか二年生の活気がねえな。選抜の疲れってこともねえだろうし。ま、ちゃんと練習はこなしてるから、文句も言えねえけどよ」

 

3.エースになりたい!

 校舎の時計は、まだ僅かに六時を回ったばかりだ。

「なんでえ、まだこんな時間かよ」

 グラウンド整備をしながら、イガラシ慎二はつぶやいた。

「しゃーない。また工場裏の空き地へでも行って、アキニと練習でもするか」

 その時、たまたま近くにいたJOYが「慎二さん」と声を掛けてくる。

「おう、どしたい」

「あのう……図々しいお願いなんスけど」

「ああ」

「慎二さんの、お兄さんにピッチングを教えてもらうって、できませんかね?」

 えっ、それは……と慎二は内心苦笑いした。

「JOYのやつ。うちのアニキがキャプテンだった時のウワサ、聞いてないのか」

 そう胸の内につぶやく。

「……慎二さん?」

「あ、たぶん大丈夫だよ」

 慎二はあっさり答えた。

「ただアニキも、高校の野球部に入ってるから。けっこう遅くなるかもしれないけど」

「ハイ。それは全然、かまわないです」

「でもよ、JOY」

 不思議そうに、慎二は尋ねる。

「ピッチングを習うなら、うちには近藤さんがいるじゃないか。どうしてわざわざ、おれのアニキに習いたいんだ?」

「……あの、先輩」

 ふいに声をひそめて、JOYが言った。

「言ったら笑われそうなんですけど、聞いてもらえます?」

「ああ。もったいぶらず、早く言えよ」

「えっと……ぼく、このチームのエースになりたいんです」

 なあんだ、と慎二は吐息混じりに応える。

「そういうことか。りっぱな志じゃないか」

 微笑んで、話を続けた。

「ただ焦らなくても、今のままがんばっていれば、来年はおまえがチームのエースになれると思うぞ」

「ち、ちがうんです。そうじゃなくて」

 JOYはブンブンと首を横に振る。

「どういうことだい?」

「おれ……今すぐ、エースになりたいんです」

 慎二は「えーっ!?」と声を上げた。

「それって、近藤さんに勝って、てことかい?」

 JOYは力強くうなずいた。

 

 

 練習後、慎二とJOYは制服に着替えることもなく、ユニフォーム姿のまま自転車で空き地へと向かった。ペダルを踏む度、キイコキイコとタイヤが鳴る。

「そういえば慎二さん」

 隣で、JOYが尋ねてくる。

「三年生達、さっき集まって何事か話してたみたいですけど。なにかあったんでしょうかね」

「さあ。今後の練習日程のことでも、相談してたんじゃないの」

 そんな気軽そうな雰囲気じゃなかったけど……と、慎二は胸の内につぶやく。

 やがて二人は、工場裏の空き地に着く。自転車を停め、バッグから野球の道具を取り出そうとした時、ふいに声を掛けられる。

「よう、早かったな」

 何とイガラシが、先についていた。彼もユニフォーム姿で、バットを手にしている。

「兄ちゃん。どうして、こんなに早く」

「あれ、言わなかったっけ」

 イガラシは、僅かに首を傾げる。

「うちの学校、今日から定期テストで早下校なんだ。部活も禁止だから、さっき谷口さんと丸井さん、あとキャッチャーの人と四人で、軽く自主練習を例の神社でやってきたんだ」

 例の神社というのは、かつて墨二中のキャプテンだった谷口が、父親と猛特訓を行っていた場所である。

「その自主練習も、もう終わったのかい?」

 ああ、と兄はうなずいた。

「さすがにテスト期間中。あまり大っぴらに練習するわけにはいかないからな。おれもここでちょっと素振りをして、今日は帰るつもりだったんだが……」

 イガラシの視線が、弟の隣のJOYへと移る。

「……ウワサは聞いてるぞ」

 そう言って、先代キャプテンはニヤッと笑う。

「佐藤……チーム内では、JOYと呼ばれてるんだってな」

 えっ、と先に慎二が驚く声を発した。

「どうして知ってるの?」

「なーに。おまえ達が選抜を戦っている時、丸井さんが時々来てただろう。その話をおれにしてきたんだ。ユニフォームも着てこないふざけたやつだが、すごいセンスの一年生がいるってな」

「きょ、恐縮です」

 JOYは、うつむき加減で言った。

「む。今日はちゃんと、ユニフォーム着てるじゃないか」

 それで、とイガラシは話の先を促す。

「おれに何の用だ?」

「あの……ピッチングを、教えて欲しいんです」

「ほう。墨二中の練習じゃ、不満ってことか?」

「そういうワケじゃないんですけど……ぼく、このチームのエースになりたいんです。それも、今すぐ。だから、普段の練習だけじゃ、とてもたりなくて」

「……ふむ、エースにね」

 イガラシは肯定も否定もせず、自分のバッグからグラブを取り出す。

「ま……とりあえず、おまえのタマを見てみないことには、なんとも言えんな」

 そう言って空き地の中央へと進み、屈み込む。

「さあJOY。おれのグラブ目がけて、思いきり投げるんだ」

「わ、分かりました!」

 JOYは運動靴をスパイクに履き替え、駆けていく。

「……だ、だいじょうぶかな。JOYのやつ」

 眼前の光景に、慎二は気が気でなかった。

「アニキのこったから、ヘタにいい気にさせることはないと思うけど。あまりズバズバ言うと、JOYのやつ、へこんじまいそうだ」

 慎二の心配をよそに、JOYはすでに二十メートル近い間隔(※本来は十八・四四メートル)を取り、すぐに投球動作へと移る。

 ズバン。イガラシのミットが、小気味よい音を立てる。

「……ほう、なかなかいいノビをしてるな」

 そう言って、イガラシは返球した。

「ようし。そのまま二、三球……真っすぐを投げろ」

「は、ハイ」

 JOYは言われた通り、速球を続けて投げ込んだ。

「なるほど……さて、おつぎは」

 まるで楽しむように、イガラシは指示する。

「JOY。おまえ、変化球は投げられるか?」

「あ、はい。カーブとシュートを」

「十分だ。それも三球ずつ、投げてくれ」

 JOYは素直に「はい」と返事して、指示通りにカーブとシュートを三球ずつ投じる。

「……うーむ」

 返球した後、イガラシは渋い顔で立ち上がる。

「たしかに、いいタマだと思うぜ」

 真顔で感想を述べた。

「とくに真っすぐのノビがいい。それにカーブとシュートの変化球も、まだコースは甘いが、キレは悪くない。ただ……おまえさんも分かってると思うが、ちと球質が軽い。まあ、まだ一年生なんだし、これからの鍛錬(たんれん)しだいだとは思うがな」

「そ、そうですが……」

 JOYは、露骨にガッカリした顔をした。

「やっぱり今すぐエースを目指すのは、むぼうですよね」

「……いや、そいつは分からねえな」

 フフ、とイガラシは笑い声を漏らす。

「ち、ちょっと兄ちゃん」

 慎二は慌てて口を挟んだ。

「あまりいい気にさせるなよ。ただでさえ、近藤さんが緩めに緩めちゃってるんだから」

「そんなのおれの知ったことか。おれは、思ったことを言うまでだ」

「で、でも……」

「慎二、カンちがいすんな」

 意外な一言に、慎二は「えっ」と目を見上げる。

「JOYもよく聞け。エースってのは、チームで一番力のあるピッチャーがなるものじゃない。チームで一番信頼されてるヤツが、なるものだ」

「え……同じじゃないのかい?」

 弟の質問に、兄は「全然ちがう」と首を横に振る。

「エースってのは、チームの勝敗の責任を背負えるヤツじゃないとなれねえんだ。いくら力があってもよ。慎二、昨年の選手権を思い出してみろ。もしおれじゃなく、近藤がマウンドにいて負けたとしたら、おまえ納得できてたか?」

「そ、それは……」

 慎二は口ごもる。そしてイガラシは、再びJOYへ視線を向けた。

「だからJOY、近藤に力で勝とうと思うな。あいつはおれが今まで見た中で、五本の指に入るピッチャーだ。ひょっとして将来、大学やプロにねらわれるほどのな」

「あ、はい。それは分かってます」

「だが……あいつには、決定的に欠けているものがある。それはチームメイトの信頼だ。要するにJOY、自分の力でエースになろうとするんじゃなく、周りのヤツにおまえをエースにしたいと思わせることだ。そのためには……」

「そ、そのためには?」

「もっと必死になれ」

 そう言って、イガラシはまた笑みを浮かべる。

「練習にユニフォームを着てこないヤツを、誰がエースと認めるかよ」

 厳しい言葉に、JOYはそれでも「はい」と返事して、背筋を伸ばす。

「誰よりも必死になって、練習態度だけでも周りに一目置かれる存在になれ。そうすりゃ、おまえはもっとすごいピッチャーになれる。そして周りも、おまえをエースに推すようになるだろう。分かったか」

「は、ハイ! よく分かりました!!」

 一年生は力強く返事する。後輩のその姿に、イガラシは「そうだ、その意気だ!」と励ましの言葉を贈った。

 

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