物語の記憶

沖縄在住。ちばあきお「キャプテン」「プレイボール」感想&二次小説。沖縄高校野球、鹿島アントラーズ応援。

【野球小説】続・プレイボール<第96話「思いをつなげ!!の巻(1)」> ~ちばあきお『プレイボール』続編~

 

第96話 思いをつなげ!!の巻(1)

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<主な登場人物紹介>

 

野中:中陽高校野球部エース。威力ある快速球と多彩な変化球を持ち味とする右の本格派投手。バッターとしても四番を務める実力者。今夏で三季連続の甲子園出場。昨夏四強、今春は八強で敗れており、今夏こその全国優勝を目指す。

 

小山:中陽の正捕手。負けん気の強さと冷静さを併せ持つチームの扇の要。打者としても五番を務める強打者。

 

中陽監督:中陽高校野球部を率いて過去何度も甲子園の土を踏んできた名監督。智将として知られ、知略で墨高バッテリーを追い詰めていく。

 

常盤:中陽の三番を務める強打者。右翼手としても好守が光る。

 

秦野:中陽の控え投手。変則投法で相手打者を幻惑する。

 

柴田:俊足巧打のトップバッター。中陽不動の遊撃手。

 

      1

 

―― カッセ、カッセ、ちゅーうーよう! カッセ、カッセ、ちゅーうーよう!!

 中陽応援団の大声援が降り注ぐ甲子園球場。スコアボードの中陽の十二回裏の枠は、まだ何の数字も記されていない。

 マウンド上。谷口は自分の右手を広げ、それを渋面で見つめていた。五本の指が小刻みに震える。

「た、タイム!」

 キャッチャー倉橋がアンパイアに合図して、マウンドへと駆け寄った。

「おい谷口」

 険しい表情で声を掛ける。

「フォークが落ちなかったが…まさか、どこか痛めたんじゃあるまいな?」

「な…なに、だいじょうぶさ」

 谷口は苦笑いして、首を横に振った。

「ちょっと力んでしまっただけだ。足のあるバッターなもんで、警戒しすぎだよ」

「そ、そうか……」

 エースの返答に、正捕手は渋面でうつむき加減になる。

 他方、ショートのイガラシはマウンドのバッテリー二人を眺めながら、一人考え込む表情をしていた。しかし、ふと横から「イガラシ」と声を掛けられる。

振り向くと、そこに丸井が立っていた。睨むような目を向けてくる。

「おまえ、へんな気起こすんじゃねえぞ」

 イガラシは驚いたように「え?」と目を見開いた。

「リリーフを直訴しよう、なんて考えてたろ」

「そ、それは…」

 返事も待たず、きっぱりと告げる。

「気持ちは分かるが、ここは谷口さんにまかせるんだ」

 後輩と並ぶようにして立ち、丸井は話を続けた。

「今日勝てば…準決勝、決勝と連戦になる。これを突破するには……イガラシ、おまえには万全でいてもらわなきゃ困るんだ」

「でも…ほんの一、二回なら……」

 丸井は「バカいえ」と首を横に振る。

「たとえ短いイニングでも、あの中陽相手に投げるのがどれほど大変か、おまえなら分かるだろう。そもそも一、二回ですむかどうか……」

「で…ですが丸井さん」

 イガラシは憂う顔で言った。

「このままじゃ、谷口さんが……」

「言うな!」

 丸井はキッとして、後輩の言葉を遮った。そしてうつむき加減になる。

「おれっちだって…おれだって、谷口さんがマウンドで消耗していく姿なんて見たかねーよ! けど……やっぱり最後まで勝ち残ることを考えりゃ、この試合は谷口さんがしめくくるのが最善なんだ。すべて覚悟のうえで、あの人が決断したことなんだ!!」

 語気を強めて言った後、顔を上げ今度は少し穏やかな口調で付け加えた。

「今は谷口さんの気持ちを尊重しようぜ。おれもおまえも、ずっとあの人の背中を追い続けてきたじゃねーか。なあイガラシ……」

 丸井の切なげな眼差しを、イガラシは複雑な表情で見つめる。

「……」

 再びマウンド上。渋面の倉橋が、顔を上げて告げた。

「またつぎの回もあるし、ここはさっさと片づけよう」

「む。ただ…」

 谷口はチラッと、一塁ランナーを見やる。ランナーの柴田はベースに片足を載せ、腰に両手を当てる格好でこちらに視線を向けていた。

 谷口は倉橋に向き直り、また口を開く。

「ランナーは足があるし、つぎの二番は小技も巧みだ。ここは慎重に…」

「谷口!」

 正捕手は険しい表情で、エースの話を遮る。

「強がりはよせ。そんな余裕ねえだろうが」

 倉橋の指摘通り、谷口はすでに息が上がり、ハアハア・・と肩を上下させている。

「もうツーアウトなんだし、ストライク先行で打たせて取るんだ。バックを信じてな」

「し…しかしだな……」

 谷口は食い下がるように言った。

「機動力を使われでもしたら、一気に局面が変わる。ここで相手を勢いづかせるわけにもいくまい!」

 倉橋は「そ、それはそうだが…」と困り顔で、頬をポリポリと掻く。

(まったく。こうなると、がんこなんだから……)

 渋面ながらも、正捕手は「分かったよ」とうなずく。

「ただし、あまり気にしすぎるのも禁物だぞ。それこそ相手の思うツボだかんな」

「うむ。分かってる」

 倉橋の言葉に、谷口は微笑んで応える。

 やがてタイムが解かれ、倉橋はポジションに戻る。一方、谷口はスパイクで足下の土をガッガッと固める。

 そしてウグイス嬢のアナウンス。

―― 二番、セカンド小倉くん!

 小倉は右打席に入ると、バットを短くして構えた。さらにアンパイアが「プレイ!」と試合再開を告げる。

―― かっとばせー、かっとばせー、おーぐーら!!

 中陽応援団の声援が、さらに勢いを増す。

 マウンド上。谷口はセットポジションに就き、視線を一塁方向へと向けた。ランナー柴田はじりじりとベースから距離を広げていく。

 一方、倉橋はホームベース奥にて、右手の小指でサインを伝える。

(くぎ刺してやれ!)

 谷口はうなずくと、少し長くボールを持ってから、シュッと一塁へ牽制球を放った。ランナー柴田は素早く身を翻し、手から帰塁する。

「セーフ!」

 一塁塁審がコールと同時に、両手を左右に広げた。

「ナイス牽制よピッチャー!」

 ファースト加藤が一声掛けて返球する。谷口はボールを受け、再びセットポジションに就く。他方、ランナー柴田はまた離塁の距離を空けていく。

「リーリー! リーリー!」

 中陽の一塁コーチャーがランナーへ声を掛け続ける。次の瞬間、谷口がまた一塁へ牽制球を投じた。柴田はさっきと同じく、素早く身を反転させヘッドスライディングで帰塁する。その手に加藤がタッチへいく。間一髪のタイミング。

「せ・・セーフ!!」

 少し間を置いて、一塁塁審のコール。球場全体から「おお・・」とどよめきが起こる。

 一塁側内野スタンド。学帽にワイシャツ姿の一般生徒が、引きつった顔で頬の汗を拭う。

「やれやれ、心臓に悪いぜ……」

 隣で別の男子生徒が「まったく」と同調する。

「柴田をくぎづけにしちまうとは。あちらさんも、なかなかやるな」

 ところが柴田は立ち上がった後、フンと鼻を鳴らしマウンド上の相手エースを睨む。

(これしきの牽制で、ひるむと思うなよ!)

 そして谷口がセットポジションに就くと、またじりじりとベースから距離を空けていく。

 一方、右打席の小倉が変わらずバットを短くして構える。傍らで、キャッチャー倉橋が右手の指でサインを出す。

(さあ、そろそろいいだろう)

 谷口は「む」とうなずき、すぐに投球動作へと移る。しかし谷口が左足を上げた瞬間、ランナー柴田がスタートを切った。

 倉橋が「なに!?」と目を見開く。

「へい!」

 ベースカバーのセカンド丸井が声を上げる。倉橋は外角低めの速球を捕球するや否や、すぐさま二塁へ送球した。

 ボールを受け、タッチにいく丸井。しかしそのグラブの下を、ヘッドスライディングした柴田の左手がすり抜ける。砂塵の舞うベース上。

「セーフ!!」

 二塁塁審が両手を大きく広げコールした。

再びワアッと沸き上がる一塁側の中陽応援席。さらにベンチの中陽ナインも意気上がる。

「ナイススチールよ柴田!」

「よし、得点圏に進んだぞ! ここで決めてやろうぜ!!」

 ただ後列に座る中陽監督は、ナインを諫めるように言った。

「これこれ。チャンスだからって、そう急くことはない」

 それからすっとベンチ前列に歩み出ると、メガホンを手に叫ぶ。

「小倉、早くしとめようと思うな! てってい的に墨谷を揺さぶれ!!」

 右打席の小倉は、ヘルメットのつばを摘まみ「はい!」と快活に応えた。

 相手監督の指示に、倉橋は「くっ」と険しい表情になる。

(早打ちしてくれりゃ、もうけものと思ったが…)

 その時、谷口が「倉橋!」と呼んだ。

「気にするな! バッターをアウトに取ればいいんだ!」

 エースの言葉に、正捕手はハッとする。

(そうだった。さっき自分で言っておいて…いかんな、おれがこんなこっちゃ……)

 倉橋は顔を上げ、外野手の横井、島田、久保へ「外野!」と声を掛け、ジェスチャーで前に来るよう合図した。三人はそれぞれ前進して守備位置を取る。

 だがこの時、一塁側ベンチの中陽監督はさりげなさを装い、帽子のつばを摘まみ打席の小倉へサインを出していた。

(え?)

 小倉は一瞬戸惑いの顔になる。

 相手監督の動きに気づかぬまま、倉橋はマスクを被り直し、屈んでマウンドの谷口と目を合わせる。

(外の低めよ…)

 倉橋のサインに谷口はうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。グラブを突き出し、右腕を振り下ろす。

 外角低めの速球。小倉はなんとバットを強振してきた。倉橋はマスクの奥で「なに!?」と目を見開く。

 パシッ。痛烈なライナーが、ジャンプしたファースト加藤のミットを越える。

「おおっ」

 一塁側ベンチの中陽ナインが身を乗り出しかける。しかし打球はスライスして、ライト線の外側で弾んだ。

「ファール!」

 一塁塁審のコール。谷口と倉橋は、同時にホッと安堵の吐息をつく。

(やれやれ。あやうく向こうの監督に、一杯食わさせるとこだったぜ……)

 倉橋はベンチ前列に立つ中陽監督を睨み、胸の内につぶやく。一方、指揮官はフフ…と口元に笑みを浮かべる。

「ワシの言葉に惑わされるとは、あちらさんもそうとうしびれてきてるな。いくら揺さぶるからって、なにも打てるタマを見逃すこともあるまい」

 またグラウンド上。正捕手は正面に向き直り、マウンドのエースへ声を掛ける。

「どしたい。ちとボールが高かったぞ」

「す…すまん」

 谷口は苦笑いした。ハアハア・・・と息が上がっている。

(まずいな。谷口のやつ、さっきからボールのキレもコントロールも悪くなってきてやがる……)

 倉橋は再びマスクを被り直し、ホームベース奥に屈む。そして渋面のまま、初球と同じサインを出す。

(てっていして外の低め、とにかく低めよ!)

 む…と谷口はうなずき、またセットポジションから投球動作を始めた。グラブを突き出し、右腕を振り下ろす。シュッ、と風を切る音。

 谷口の投球は、しかしホームベース手前でショートバウンドした。倉橋が反応しミットを縦にして捕球する。

「ラクにラクに!」

 そう一声掛け、倉橋は返球した。ボールを受けた谷口は、一旦プレートを外し、ギュッギュッと長くボールを持つ。

(なんとしてもここを切りぬけるんだ! そうすれば、またチャンスがくる)

 ほどなく谷口はプレートに足を掛け、セットポジションに就き直す。それから投球動作へと移る。

 次の瞬間、小倉はセーフティバントの構えをした。

 サード岡村、ファースト加藤、そしてピッチャー谷口が同時にダッシュする。しかしボールがホームベース上を通過する寸前、小倉はバットを引く。

 ズバン。外角低めに決まるも、アンパイアは「ボール!」とコールする。

「おしいおしい!」

 そう言って谷口に返球した後、倉橋はじろっと打者を睨む。

(こいつ。やはり谷口の体力をけずりにきたか……)

 マウンド上。今度は間を置かず、谷口は三球目を投じた。

 小倉はまたもセーフティバントの構え。再び谷口、岡村、加藤の三人がダッシュするも、やはりさっとバットを引く。

「ストライク! ツーボール、ツーストライク!」

 アンパイアがコールと同時に、左右の手の指を二本ずつ立てカウントを示す。

「ナイスボールよ谷口! それでいいんだ!!」

 倉橋がまた一声掛けて返球した。ボールを受けた谷口は「う…うむ」とうなずくも、まだハアハア・・と肩を上下させている。

 一方、倉橋もうつむき加減で思案する。

(変化球も使いたいが、さっきのような失投は命取りになる……)

 思案の末、顔を上げて五球目のサインを出す。

(谷口…苦しいだろうが、ここは低めを続けるんだ!)

 正捕手の覚悟を決めた顔つきに、エースは「む…」と深くうなずいた。そしてまたセットポジションに就き、投球動作へと移る。左足を踏み込み、右腕を振り下ろす。

 投球の瞬間、倉橋は顔をしかめた。

(た、高い……)

 外角の速球が高めに浮いてしまう。小倉は「しめた!」とバットを強振した。

 パシッ、と快音が響く。ライナー性の打球が、ライトポール際を襲う。

「ら…ライト!」

 倉橋の指示の声よりも先に、ライト久保が斜めに背走し始めていた。この時、中陽ナインは「おおっ」とベンチから身を乗り出しかける。

 しかし打球は、ポール際で急激にスライスした。久保はなおも懸命に追う。

(くそっ、絶対とってやる!!)

 久保は左手のグラブを伸ばし、斜め後ろにジャンプした。それでも打球に触れることはできず、ライトファールグラウンドのフェンスに右肩を強打してしまう。

 ドン!と大きな音がした。久保はドサッと芝の上に落ちる。

「ふぁ・・ファール!!」

 一塁塁審がコールと同時に、両腕を大きく交差した。

 ホームベース手前に立っていた倉橋は、ホッと安堵の吐息をつく。

(切れてくれて助かったぜ……)

 また走り出していた小倉は、打席へと引き返しつつ「く…」と悔しげに顔を歪める。

(どうもふり遅れちまってたようだ。あのピッチャー、まだ球威あんのかよ!)

 その時だった。ライトファールグラウンドにて、久保が一度起き上がりかけるも、すぐに右肩を押さえうずくまってしまう。顔をしかめ、「ううっ」とうめき声が漏れる。

 異変に気付いた谷口が、声を張り上げて呼ぶ。

「く…久保!!」

 さらにアンパイアが「タイム!」と合図した。そして一塁塁審が慌てて久保の所へ向かう。またセンターの島田も駆け寄る。

 島田は久保の隣でしゃがみ、声を掛けた。

「久保、だいじょうぶか!?」

 久保は気丈に「え、ええ…」と返事したものの、すぐまた「うっ…」と顔を歪める。

 そして二人の傍に来た一塁塁審が、険しい表情で告げた。

「い…いかん、脱臼してる! 墨高、すぐに選手を交代させなさい!」

 島田は「は…はいっ」と戸惑いながらも返答して、マウンド上の谷口に向かい首を大きく横に振る。

 谷口はそのジェスチャーの意を察し、三塁側ベンチへ呼びかける。

「戸室、出るんだ!」

 すでにグラブを左手に嵌めていた戸室は、ベンチ手前で「おうっ」と快活に応えて、グラウンドへと駆け出す。

 さらにキャッチャー倉橋は、レフトの横井へも指示を伝える。

「横井、ライトに入れ! 戸室とチェンジするんだ!」

 正捕手の指示に、横井は「分かった!」と返事して、すぐにライトへ向かう。戸室とすれ違い際、微笑んで一声掛ける。

「ようやく出番だな! たのんだぜ!」

 戸室は「よしきた!」と返事した。

 他方、久保は左肩を一塁塁審に支えられ、ふらつきながらもどうにか三塁側ベンチ手前まで辿り着く。そこに谷口が駆け寄ってきた。

「す…すみませんキャプテン。こんな大事な時に……うっ」

 謝りながら痛そうにする後輩に、キャプテンは「なにも言うな」と声を掛けた。

「今はケガを治すことだけ考えるんだ。おまえの闘志、ムダにはしない!」

 久保はうつむき加減で返事する。

「は、はい……」

 墨高の思わぬアクシデントに、一塁側ベンチの中陽ナインも戸惑いを隠せない。一同複雑な表情でグラウンド上を見つめる。

「あいつ、だいじょうぶかな?」

 筒井が誰にともなく言うと、小山が「む」と同調する。

「しかし、すげえ闘志だぜ」

 その会話を、ベンチ後列の監督が「これこれ」とたしなめる。

「相手を心配してる場合じゃあるまい」

 二人は恐縮したように「は…はいっ」と返事する。

 監督は渋面のまま腕組みして、胸の内につぶやく。

(問題は…あの谷口に、休む時間を与えてしまうことだな……)

 ほどなくウグイス嬢のアナウンスが流れてくる。

―― 墨谷高校、選手の交代とシートの変こうをお知らせいたします。

 ライトの久保くんにかわりまして、戸室くん! 戸室くんがレフト、レフトの横井くんがライトへ、それぞれ入れかわります!

 六番、ライト横井くん! 九番、レフト戸室くん!

 

 

 谷口家の座敷。テレビの実況アナウンサーが、アクシデント後のグラウンド状況を慌ただしい口調で伝える。

 

―― お聞きのとおり、交代の戸室くんはレフトに入るようです。そしてレフトの横井くんがライトの守備につきます!

 さあ試合再開! 文字どおり死闘となった墨谷と中陽の準々決勝、はたしてどんな結末が待ち受けているのでしょうか!?

 

 谷口の父は、また畳の上で仰向けに転がり、鼻提灯を上げて「くかーくかー」と寝息を立てている。その傍らで、田所は口を半開きにして呆然とテレビ画面を眺めていた。

 しかしやがて、田所は意を決してすっくと立ち上がる。

(こ、こうしちゃいられねえ!)

 田所は急いで玄関へ行き、靴を履く。そこに谷口の母が声を掛けてきた。

「あら、もうお帰りかい?」

「あ…すんません! ちと用事を思い出しちゃって。ハハ」

 そう返答して苦笑いすると、母は「ふーん」と訝しむように言った。

「そりゃまた急な用事だねえ。今日は日曜だってのに」

「え、ええ。まったく……そんじゃ!」

 田所はそれだけ言い置くと、つむじ風のように外へ飛び出していった。一人残された母は、戸惑った顔でつぶやく。

「なんだい? 若いもんは、ほんと落ち着きがないねえ」

 谷口家を飛び出した田所は、そのまま住宅街を駆けていく。

「い…今ならまだ、大阪行きの新幹線に間に合う……」

 ところがブロック塀の角を曲がろうとした先で、田所は正面から来た人物とぶつかってしまう。バチンと音がした。もんどりうって地面に尻もちをつく。

「イテテ…き、きいつけろバーロイ!」

「あいたた…そ、そっちこそ……て、ああ!!」

 なんとぶつかった相手は、田所の墨高野球部の一期後輩・山口だった。さらに山本、太田、中山もいる。

「田所さん、どうしてここに?」

「ど、どうしたもこうしたも……よいしょっと」

 立ち上がりズボンの土をパンパンとはらった後、田所はつっけんどんに言い放つ。

「今おめえらと油を売ってるヒマはねえ! またな!!」

「ま…待ってください!」

 中山が田所の右腕をつかみ、強引に引き止める。

「はなせ! なにしやがるんだい!!」

「どうせ谷口達のところへ行こうってんでしょう!?」

 中山のその言葉に、田所は「へ?」と目を丸くした。四人の後輩達は、互いに目を合わせ「へへ…」と笑みを浮かべる。

「な、なんだよ。気色わりいな」

 太田がコホンと一つ咳払いをした後、ズボンのポケットから何かを取り出し、それを田所の鼻先で示した。

「あ…ああ!」

 田所は思わず声を上げた。それはまさに新幹線の大阪行きのチケットだった。しかもちょうど五枚ある。

「あれだけの激闘を見て、ぼくらもいてもたってもいられなくなったんです」

 今度は山本が胸を張って言った。

「さっき四人で話して…きっと田所さんも、ぼくらと同じ気持ちだろうと」

 山本の言葉を受けるように、また中山が尋ねてくる。

「田所さん。ぼくらと一緒に来てくれますよね?」

 どこか得意げな四人に、田所はわざとらしくぶっきらぼうに返答した。

「へん! マヌケ面そろえただけかと思いきや、ちったあ気が利くじゃねーか!」

 その言葉に、四人は一斉に「あーあー」とずっこける。

 田所は少し笑った後、神妙な顔で言った。

「よう。やつら…これだけ健闘を見せてくれたんだ。今日の試合がどうあっても、OBとして心からねぎらってやろうぜ!」

 元キャプテンの言葉に、後輩達は四人そろって「ハイ!」と返事した。

 

 

ー第96話(2)へ続くー

 

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