スタンドの記憶

野球小説<「白球の“リアル” 」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。スポーツ(高校野球とサッカーが中心)、俳句(「プレバト!!」「俳句ポスト365」関連)、その他社会問題についても書いています。(はてブよろしくお願いします!)

(2020.3.27最新「第29話」更新!)【野球小説】続・プレイボール ~各話へのリンクその他~ <ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)>

【野球小説】続・プレイボール

 

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1.あらすじ

 ちばあきお「プレイボール」の”もう一つの”続編。

 物語は、あの谷原との練習試合に大敗した直後から始まる。キャプテン・谷口タカオ率いる墨谷高校野球部は、夏の甲子園出場を果たすことができるのか!?

 

2.目次(各話へのリンク) ※2020.3.27最新「第29話」更新! 
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3.その他関連リンク

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【野球小説】続・プレイボール<第29話「先手必勝!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  •  第29話 先手必勝!の巻
    • 1.キャプテン動じず!
    • 2.ねらい打ち
    • 3.最後のツメ
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

【前話へのリンク】

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 第29話 先手必勝!の巻

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1.キャプテン動じず!

 

 墨谷対川北の四回戦は、終盤へと差しかかっていた。

 ここまで二対一とリードする墨高は、六回よりエース谷口を登板させ盤石と思われたが、川北も名門の意地を見せる。

 臨時コーチをつとめるOB田淵の知略により、墨高バッテリーの作戦を見抜くと、七回には大胆な代打攻勢をかける。

 この代打策が当たり、ツーアウトながら一塁三塁。双方にとって勝敗を左右する、重要な局面である。

 

 

 ツーアウトから広げた好機に、一塁側ベンチとスタンドは活気づく。

「いいぞ川北、ここらで押し返せ」

「まず同点。いや一気に、逆転だ!」

「名門の底力、見せてやれっ」

 そしてまたも、ベンチより田淵が出てきて、アンパイアへ告げる。

「八番バッター、水島に代わります」

 一人目の戸田と同じく大柄な選手が、ベンチ奥より姿を現した。すぐにネクストバッターズサークルへと入り、置かれていたマスコットバットを軽々と振り回す。

「よくもまぁ、ゾロゾロ出てくるもんだぜ」

 倉橋は、呆れたように言った。

 マウンド上。キャプテン谷口を中心に、墨高内野陣は集合していた。バッテリーの二人、そして加藤、丸井、イガラシ、岡村の面々が並ぶ。

「なにも焦ることはないぞ」

 そう告げたのは、谷口だった。

「もうツーアウトだし、少なくともスクイズの心配はない。バッターをおさえることに集中すればいいんだ」

 その場の誰もが、キャプテンの顔を見つめる。

「あるとすれば、足を使ってくることぐらいだが」

 さらに谷口の話は続く。周囲が戸惑うほど、穏やかな表情だ。

「ここはホームスチールさえ気をつければいい。もし一塁ランナーが走ったとしても、かまうな。二・三塁にされても、一塁が空いている。バッターの力量しだいでは、塁を埋めることもできる。まだ打てるテはあるのだから、みんな慌てるな」

「け、けどよ……」

 倉橋が口を挟む。

「リクツは分かるが、そんな上手く運ぶものなのか。向こうが代打をつぎつぎ送ってくるもんで、やつらの苦手コースをかく実に打てなくさせるという、うちの当初のねらいは封じられちまったし」

 ええっ、と他のメンバーは声を発した。ますます「マズイぞ」という雰囲気になる。

「それも大した問題じゃないさ」

 意外な言葉が返ってくる。一堂は、口をつぐんだ。

「バッターの得手不得手が分からなければ、探ればいいじゃないか」

 事もなげに、谷口は言った。

「だいたい倉橋。さっきのバッターの弱点が、インコース高めだと見抜いてくれたのは、おまえじゃないか」

「む……ああ、そういやぁ」

 倉橋がうなずくと、谷口は微笑んだ。そして「みんなもいいか」と周囲を見回す。

「試合前に言ったことを、いまこそ思い出すんだ。どんな展開でも、じっくり慌てず、われわれのベストを尽くす。まさに試される場面だ。そこに今日の勝敗だけでなく、大会の行く末もかかっている。そのことを頭に入れてプレーするんだ!」

 ナイン達は、力強く「はいっ」と返事した。

 ほどなくタイムが解かれる。倉橋はポジションに戻り、マスクを被って座る。一人ひそやかに溜息をついた。

 谷口のやつ。終盤の緊迫した場面だってのに、まるで動じてない。キャプテンが落ち着いているから、これだけの強敵相手に、ほかのやつものびのびプレーできてる。まったく、大したリーダーだぜ。

 フフと笑いがこぼれた。傍らで左打席の水島が、訝しむ目になる。

「プレイ!」

 アンパイアのコールと同時に、倉橋はサインを出す。む、と谷口はうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。

 初球。真っすぐを要求した倉橋は、ミットを「ここよ」と外にボール二個分ずらす。そこにズバンと飛び込んできた。

 水島は一瞬反応しかけたが、すぐにバットを引く。

「ナイスボールよ、谷口」

 返球しながら、倉橋は思案した。

 ちとバットを出しかけたということは、アウトコースの真っすぐをねらっていたのか。いや……そう決めてかかるのも、良くない。コースか球種か、大まかに絞っていたのかも。ようし、たしかめてみるか。

 二球目。続けて真っすぐを、今度はインコース低めに投じる。

 果たして水島は、スイングした。しかし厳しいコースを突いたからか、差し込まれてファールとなる。打球は一塁側ベンチ手前に転がった。

 続く三球目は、同じインコース低めにカーブ。水島は手を出さず。際どいコースだったが、ストライクぎりぎりに決まる。これでツーストライク、ワンボール。

 なるほど、やはり真っすぐをねらっているらしいな。しかも打ち方からして、どうやらインコースは苦手らしいぞ。

 思案の末、倉橋はサインを出す。

 ようし。だったら初球と同じく、アウトコース低めに真っすぐ。そのボール球へ手を出させちまえば……

 ところが、谷口は首を横に振った。

 倉橋が「えっ」と思うのも束の間、相手はちょんちょんと人差し指を動かす。バッターを見よ、という合図だ。指示通り、ちらりと水島を見やる。そして、はっとした。

 水島がさりげなく、立つ位置をベース寄りに移している。

 あ、あぶねぇ。いまアウトコースへ真っすぐを放っていたら、ボールであっても踏み込んで、弾き返されてた。きっと田淵さんのサインだな。谷口のやつ、よく見てくれていたぜ。

 倉橋は、改めてサインを出し直す。

 

「……ううむ」

 一塁側ベンチ。田淵は、ひそかに唇を噛んだ。

 あのバッテリー、ちっとも一塁ランナーに注意を向けないな。無警戒というより、あくまでもバッター勝負に徹すということだろう。向こうが過剰に意識して、浮足立ってくれればホームスチールもねらえたが。

 帽子のつばを触り、一塁ランナー野木へサインを送る。

 それなら……ありがたく走らせてもらおう。二・三塁になれば、一打逆転の状況だ。あのバッテリーに、ここは少しでもプレッシャーを与えないと。

 四球目。墨高バッテリーは、真ん中低めにフォークを投じてきた。その瞬間、野木がスタート。明らかなボール球に、水島は手を出さず。

 キャッチャー倉橋は、やはり送球しなかった。それどころか、内野手がベースカバーにさえ入らず。あっさり二・三塁となる。

 谷口は後方を振り向き、ふと微笑んだ。

「ツーアウト二・三塁。みんな思い出せ、練習したパターンだぞ」

 墨高ナインは「おうよっ」と、なんだか嬉しげな声を発した。そして外野は前進、内野は深めというシフトを敷く。

 やれやれ動じないか、と田淵は苦笑いした。

 敵ながら、ほんと大したチームだぜ。バッテリーだけでなく、全員が意思を一つにして動いてやがる。おまけに判断も速い。

 無意識のうちに、右手の拳を握りしめていた。

 しかし……だからって、そう易々とやられはしないぞ。いけっ、水島。おまえのバットで、墨谷を正面からねじ伏せてやるんだ。

 

 野手陣がシフトを敷いたのを確認し、倉橋はマスクを被る。

 やはり走ってきたか。これで二・三塁、たしかに一打逆転の危険はある。けど、これでダブルスチールから本塁を突いてくるテはなくなった。向こうさん、自ら選択肢の一つを消しやがったぜ。

 そして五球目。倉橋はいよいよ、勝負球のサインを出した。

 マウンド上、谷口はうなずき投球動作へと移る。セットポジションから、左足で踏み込み、グラブを突き出し、右腕をしならせる。

 ボールは、アウトコース低めへ。水島は「待ってました」とばかりに、バットを払うようにしてスイングする。

 ところが……ボールはアウトコースの、さらに外へ逃げた。決め球はシュート。

「く、くそうっ」

 体勢を崩しながら、水島はそれでも喰らい付き打ち返す。

 速いゴロが、三遊間へ飛んだ。通常のシフトなら抜けている当たりだが、あらかじめ深く守っていたショートのイガラシが、軽やかなステップで難なく捕球する。そして、一塁へ矢のような送球を投じた。

 水島はヘッドスライディングを敢行する。だが一塁ベースへ飛び込んだ時、すでにファースト加藤がボールを掴んでいた。

「……アウト! スリーアウト、チェンジ」

 塁審のコールに、川北の一塁側ベンチとスタンドが静まり返る。一方、墨高の三塁側ベンチとスタンドは、沸き上がった。

「谷口、ナイスボール。さすがエースだぜ」

「すげぇぞイガラシ。ヒット性の当たりを、簡単にアウトにしやがって」

「やるじゃないか墨高、よく守り切った!」

 歓声の中を、墨高ナインは足取り軽く引き上げていく。そして一旦ベンチ手前に集まり、円陣を組む。

「さすが倉橋、完全にウラをかいたぞ」

 こちらに顔を向け、谷口は朗らかに言った。

「なーに。真っすぐねらいだと、早い段階で分かったからな」

 丸井が「す、すごい」と目を見開く。

「すべて読んでたからこそ、決め球はシュートだったのですね」

「いやあれは、イガラシが上手くさばいてくれたから」

 純朴なキャプテンは、照れた顔になる。

「あれぐらいは……練習で、何度もやってましたから」

 当のイガラシは、ニコリともせず言った。

「それより、せっかくいい流れです。ここらで追加点といきましょう」

「む、そうだな」

 表情を引き締め、谷口はナイン達を見回す。

「さっきのように、向こうも必死だ。こっちの作戦に対して、それを封じようとしてきたり、ぎゃくに策を仕かけてくることだってある。しかし……われわれが力を出しさえすれば、ああして押し返すことができるんだ」

 軽く右拳を突き上げ、力強く告げる。

「最後まで、われわれのベストを尽くそう。いいな!」

「おうっ」

 三塁側に、墨高ナインの声が凛々しく響いた。

 

 くそう。あと一歩、押し切れなかったか……

 三塁ベース上。高野は、小さく溜息をついた。さすがに足腰が重い。束の間、膝に両手をつきかける。

「君、どうしたのかね」

 ふいに声を掛けられ、はっとする。三塁塁審が怪訝そうな目を向けていた。

「ぼうっとしていたようだが。まさか、どこか傷めたんだ」

「な、なんでもありません。失礼します」

 慌ててベンチへと駆け出す。劣勢の展開で、マウンドを譲るわけにはいかない。挽回するには自分が踏んばるしかないと、高野は心得ていた。

 一塁側ベンチに戻り、ヘルメットを戻しグラブを手に取る。すぐにまたグラウンドへ出ていこうとした時、高野は「ん?」と顔を上げた。

 ベンチ手前に、水島が神妙な顔つきで立っている。

「おお、どしたい?」

「先輩、すみません。援護できなくて」

 思わず「ばかやろうっ」と怒鳴り付けた。

「来年の四番候補と言われているやつが、そんなショゲた顔するんじゃねーよ。俺にあやまるヒマがあるのなら、つぎどうしたら打てるか考えろ」

 そう言って、高野はフフと笑みを浮かべる。

「心配されなくとも、あと二回きっちりおさえてやる。分かったか!」

「は、はいっ」

 後輩の顔に生気が戻る。まったく世話が焼けるぜ、と高野は胸の内につぶやいた。

 

 

2.ねらい打ち

 

 七回裏。マウンドには、この回も高野が立つ。

 墨高の攻撃は、中軸に回る好打順だ。まず三番倉橋が、右打席へと入る。その後は谷口、イガラシへと続いていく。

「さ、こい!」

 バットを短めに持ち、倉橋は気合の声を発した。

 あれだけ走った挙句、点にはつながらなかったんだ。高野のやつ、そろそろガックリきてもよさそうだが……

 その初球。高野は、真っすぐをインコース高めに投じてきた。

 ボールの風を切る音。このコースは、ホップして高めに外れる。倉橋はそう判断し、見送った。ズバン、とキャッチャーミットが鳴る。

「ストライク!」

 アンパイアのコールに、倉橋は「えっ」と目を見開いた。

 ばかな。いままでは、すべて外れていたコースだってのに。まさか……俺まで、ちと選球眼がずれてきてるのか。

 眼前のマウンド上。高野が笑みを浮かべ、キャッチャー秋葉からの返球を捕る。

 続く二球目は、真ん中低めのドロップ。低めを狙っていた倉橋は「きたっ」と、迷いなくスイングした。

ところが、思ったタイミングでボールがこない。

「……ん、とっ」

 状態を泳がされた倉橋は、それでも掬い上げるようにして、ドロップを打ち返す。

 速いゴロがマウンド横をすり抜け、二遊間を襲う。しかし川北の二塁手が飛び付き、グラブに収めた。そして片膝立ちになり、一塁へ送球する。

「あ……アウト!」

 一塁塁審のコール。ヘッドスライディングも及ばず、倉橋は唇を噛んだ。ベンチも束の間湧きかけたが、すぐに「ああ」と溜息が漏れる。

「ちきしょう、抜けたと思ったのに」

「さすが川北だな。守備もよく鍛えられてる」

 ネクストバッターズサークル。谷口は、マウンド上を凝視していた。

 あの倉橋が、ねらった球でタイミングを合わさせらなかっただと? そういや、初球の見逃し方も、なんだかあっけに取られた感じだったし。これは、なにかおかしいぞ。

 悔しがるナイン達の傍らで、谷口はマウンド上を凝視していた。

「……き、キャプテン」

  ふいに背後から呼ばれる。振り向くと、半田がノートを手に立っていた。

「おお、どうした」

「いまちょっと気づいたんですけど……あのピッチャー、ちょっとフォームが変わってきてるように見えるんです」

 谷口は「なんだって?」と、思わず声を上げた。一旦タイムを取り、詳しく聞いてみることにする。

「そ、それで……どう変わってきてるんだ」

「はい。投げるときに、右腕をこう……引く幅が、小さくなってます」

 つぶらな瞳をパチクリさせて、半田は説明した。

 言われてみれば……と、腑に落ちる。この七回裏、谷口もグラウンド上の光景に、どこか違和感を覚えていたのだ。その正体が、半田の話で明確になる。

「ありがとう。半田、よく気づいてくれたな」

 野球帽の頭をぽんと撫でる。

「さっそく、みんなにも伝えてくれ」

「分かりました」

 半田がベンチへ駆け出した時、ちょうど倉橋が引き上げてくる。

「スマン。思ったより、ボールがこなくってよ」

「む……倉橋、ひょっとして」

 囁くように、谷口は言った。

「あのピッチャー、もう球威がなくなってるんじゃないか」

「えっ……あ、そういや」

 倉橋が目を見開く。

「初球、いままでならホップして高く外れていたコースが、そのままストライクに入ってきたんだ。となると……やはり、疲れが出てきてるのか」

「ああ。それと半田に言われて、俺もさっき気づいたが、フォームまで微妙に違ってきてる。さっきのドロップも、わざと遅い球を投げたのじゃなく……変化球ではもうスピードが出せないんだ」

 ほどなくタイムが解かれ、谷口は右打席へと入っていく。

 マウンド上。川北のエース高野は、その指先にロージンバックを馴染ませながら、こちらを睨む。弱みなど見せない、まさに堂々たる振る舞いである。

 かなり疲れているはずだが。敵ながら、立派なエースの態度だな。

 初球。真っすぐが、アウトコース低めいっぱいに決まる。まだスピードはあるな、と胸の内につぶやく。コントロールも健在だ。

 ようし……つぎのボールで、たしかめてみるか。

 そして二球目。高野はまたも真っすぐを、今度はインコース高めに投じてくる。これを狙っていた谷口は、素早くバットを寝かせた。

 コンッ。三塁線とマウンドの中間に、緩く打球が転がる。

 まるで想定外だったらしく、三塁手は慌ててダッシュした。しかし「まかせろっ」と、高野がマウンドを駆け下りる。まさに軽やかなフットワークで打球を処理し、すかさず一塁へ送球する。

「くっ……」

 谷口は、ヘッドスライディングした。間一髪のタイミング。

「……あ、アウト!」

 塁審が高らかにコールした。一塁側ベンチとスタンドが、また湧き上がる。

「な、なんて素早いフィールディングなんだ」

「すげぇぞ高野、さすがエース」

 高野はマウンドに戻ると、野手陣へ振り向く。そして「どうだっ」と雄叫びを上げた。エースの気迫に、味方も応える。

「ナイスプレーよ、高野!」

「いいぞ。これでまた、勢いに乗っていこうぜ」

 一塁ベース上。谷口は起き上がり、苦笑いした。

 う、うまい。打球の速さも転がした位置も、ねらったとおりだったのに。まさか、あれをアウトにしてしまうとは。

 でも……と、ひそかにつぶやく。

「オタク、ちと弱気じゃねぇの」

 ベンチに戻る途中、キャッチャー秋葉が挑発的に言った。

「どうしても点が欲しいのは、分かるけどよ。それにしても四番がセーフティバントつうのは、どうだろうな」

「は、はぁ……ドウモ」

 間の抜けたような返事に、秋葉は「あら」とずっこける。

 谷口は肩を竦め、無言で踵を返した。そしてネクストバッターズサークルに控える、イガラシへ駆け寄った。

「スマン。せめて、塁には出てやりかったが」

 イガラシは「仕方ないですよ」と、口元で微笑む。

「うまくウラをかいたんですけどね。ピッチャーがうますぎました」

 そう言って、後輩はふと表情を引き締める。

「それより……いまのボール、ほとんどホップしませんでしたね」

 ああ、と谷口は首肯した。そして尋ねる。

「イガラシ。おまえなら、なにをねらう?」

「そりゃもちろん、高めの速球です」

 当然でしょうとでも言わんばかりに、イガラシは即渡した。

「俺も同感だ。さ、いけイガラシ!」

 谷口の励ましに、後輩はうなずく。

「はい。まかせてください」

 

 キャッチャー秋葉は逡巡していた。ホームベース手前に立ち、ひそかに溜息をつく。

 傍らで、五番打者のイガラシが右打席に入ってくる。柔らかな仕草で足元を均し、バットを構えた。その表情は、冷静そのものである。

 ツーアウトとはいえ、まだ厄介なやつに回ってきたな。いっそ歩かせるか。いや……こいつは足もあるから、塁に出られるのもメンドウだ。

 この小柄な強打者に、川北バッテリーはドロップをいとも簡単にクリーンヒットされるなど、かなり手を焼いていた。

「どうした秋葉」

 マウンド上より、高野が声を掛けてくる。

「こいつもさっさと片づけて、表の攻撃につなげるぞ」

「あ、ああ。分かってる」

 エースの頭には、勝負しかないらしい。高野は座ってマスクを被り、腹を決めた。

 ちと危険だが……やはり勝負するしかない。うちは一点負けてんだ。相手のクリーンアップをしっかり打ち取って、また流れを引き寄せないと。

 いくぞ高野、とつぶやく。相手は小さくうなずいた。

 あいつの踏んばりで、やっとうちにもチャンスが出てきたんだ。ここは、エースを信じようじゃないか。高野、おまえのベストボールを見せてくれ。

 初球。秋葉はインコース高めに、真っすぐのサインを出した。

 ほんとはカーブも使いたいが、いまの体力からして、少し間違えばすっぽ抜けて死球になるおそれがある。このイガラシも、高めは球威を嫌ってか、ここまでマトモに打ちにはきていない。それを三球続ければ、さすがに焦って手を出すだろうよ。

 高野は「分かってるじゃないか」と言いたげに、一瞬笑みを浮かべた。そして投球動作へと移る。ダイナミックなアンダーハンドのフォームから、第一球を投じた。

 次の瞬間……イガラシが躊躇なく、バットを振り下ろす。

「な、なにぃっ」

 秋葉は、思わず声を上げた。

 パシッ。快音を残し、ライナー性の打球がレフト頭上を襲う。左翼手は十メートルほど背走したが、すぐに諦めて立ち止まった。

 呆然とする川北ナインの眼前。打球は、なんとレフトスタンド中段に飛び込んだ。直後、墨谷の得点を示すスコアボードの枠が、「2」から「3」へと差し替えられる。

 三対一。墨高が、川北を突き放した。

 静まり返る一塁側スタンド。対照的に、墨高応援団の陣取る三塁側スタンドとベンチは、大きく湧いた。

「すげぇ。川北のエースから、まさかホームラン打っちまうなんて」

「あのイガラシってやつ、まだ一年坊だろう」

「ちいせぇ体して、なんつうパワーだ」

 もっとも当の本人は、ニコリともせず。淡々とグラウンドを一周していく。

 その傍らで、マウンド上のエース高野は、初めて膝に両手をついた。すぐに仲間達が集まってくる。

 

 一塁側ベンチ。田淵は、小さくかぶりを振る。

 いまのは、俺の判断ミスだ。この回、高野の球威がガクンと落ちたのは、先頭の倉橋の打席で気づいてたのに。あいつの力投を頼みにするあまり、決断できなかった。

「せ、先輩」

 ふと声を掛けられる。ブルペンから、石川が戻ってきていた。

 一つ吐息をつく。そして「行くぞ石川」と、後輩に告げた。試合はまだ続いている。いつまでも悔やんでいる暇は、指揮官にはないのだ。

 田淵はベンチを出て、アンパイアへ伝えた。

「審判、選手交代とシートの変更を行います。ピッチャー高野をレフトへ。レフトの戸田に代わって、石川がピッチャーに入ります」

 

 マウンド上。痛恨の一発を浴びうなだれるエースに、川北ナインは誰も声を掛けられずにいた。励ますのも慰めるのも、どれも場違いに思える。

 やがてベンチから、二年生投手の石川が駆けてきた。

「……た、高野さん」

 すでに投手交代が告げられている。後輩がためらいながら呼び掛けると、高野はすっくと背筋を伸ばした。そして、口元で微笑む。

「悪いな石川。後は、頼んだぞ」

 ボールを手渡し、石川の肩をポンと叩いた。そしてレフトのポジションへ走り出す。ついに泣き言ひとつ口にしなかった。

「立派な態度だろう」

 キャッチャー秋葉が、リリーフの二年生に告げる。

「石川、あれがエースの姿だ。よく覚えておくんだぞ」

「は、はいっ」

 短く返事して、石川は表情を引き締めた。

 

「す、スゴイ……」

 三塁側スタンド。田所は、ひそかにつぶやいた。

 傍らで、墨高応援団が「ワッセ、ワッセ」と盛り上がる。後輩達の姿を横目に、田所もまた高揚を抑えられない。

 信じらんねぇ。あいつらピンチになっても落ち着きはらって、当たり前みてぇに切り抜けやがった。おまけに直後、あっさり突き放すなんて。まるで横綱ずもうだぜ。こんな試合を、あの川北相手にやってのけるとは。

 不覚にも、涙腺が緩んでしまう。慌ててハンカチで拭った。

「先輩。どうしたんスか?」

 さっきの応援団員が、暢気そうに尋ねてくる。

「まだ試合は終わってないですし、泣くのはちと早いスよ」

「……ば、バカヤロウ」

 ややムキになり、田所は言い返す。

「ここで油売ってるヒマがあるなら、しっかり応援しやがれ。そうとも、まだ試合は終わってねーんだからよ!」

「は、はぁ……ドウモ」

 後輩はぺこっと一礼して、また応援に戻る。

 フフ、と田所は笑いがこみ上げてきた。そして財布を取り出し、開いて中身を確認する。「今年こそ、うなぎおごれっかな」と、頭の中で勘定した。

 まったく。あいつら、ほんと強くなったもんだ。ハハ、ずいぶん遠くへ行っちまったようだせ。うれしいような、ちとさびしいような……

 そんなことを考えていると、また泣けてきた。

 

 

3.最後のツメ

 

 この後――リリーフ登板の石川は、後続打者を何とかおさえる。墨高の得点は、イガラシのホームランに寄る一点に留まった。

 続く八回表。谷口の投球はますます冴えを見せ、上位に回った川北の攻撃を、難なく三者凡退に封じる。その裏、墨高はまたもチャンスを作ったものの、石川の懸命な力投とバックの好守により、あと一本が出ず。けっきょく追加点はならなかった。

 シード校同士による白熱の一戦は、墨高が三対一と二点リードのまま、いよいよ最終回の攻防を残すのみとなった。

 迎えた九回表。墨高のマウンドには、やはりエース谷口が立つ。

 

 カキ。鈍いゴロが、三塁線に飛ぶ。

「サードっ」

 谷口の指示の声。しかしそれを待つまでもなく、三塁手の岡村が軽快なフィールディングで捌いた。そして一塁へ送球。

「……アウト!」

 一塁塁審のコール。打ち取られた三番打者の池田は、腰に手を当てて空を仰ぐ。簡単にワンアウトを奪われ、一塁側ベンチから「ああ……」と溜息が漏れる。

 次打者は、川北の四番秋葉だ。やや足早に右打席へと入ってきた。その顔には、すでに悲壮感が漂い始めている。

 相手の主軸に対し、墨高バッテリーは初球、二球目と続けて、カーブをインコ―ス低めに投げ込む。苦手コースを突かれ、秋葉は手が出ない。

「ストライク、ツー!」

 アンパイアのコール。あっという間に、相手の四番を追い込んだ。

 そして三球目。谷口は、真ん中高めに真っすぐを投じた。これは吊り球だったが、相手打者は我慢できず打ちにいってしまう。

 またも鈍い音。秋葉は「しまった」と、バットを放って走り出した。打球の伸びはなく、中堅手の島田が、ほぼ定位置で捕球する。これでツーアウト、ランナーなし。

 ふいに「まだだぞ」と、叫び声がした。ネクストバッターズサークル。高野が静まり返った味方ベンチを、一喝する。

「最後まであきらめるな! 俺達は、川北だろっ」

 すごい気迫だな、と谷口はつぶやく。

「そ……そうだ高野。まだ試合は、終わってない」

「一人出たら、分からねぇぞ」

「たのむ高野、なんとかつないでくれっ」

 高野の喝に、他のナイン達も元気を取り戻す。さすがエースの存在感だ、と谷口も認めるしかなかった。そして束の間、思案する。

 向こうはまだ、高野の一打に期待してる。七回の再現をねらってるんだ。そしてたしかに、一人でも出したら局面が変わってしまう。これを防ぐには……

 ほどなく、谷口は決断した。強く右拳を握りしめる。

 試合をここまで優位に運べてきたのは、

 ここまで試合を優位に運べたのは、つねに向こうの先手を打ってこられたからだ。それを最後までつらぬかなくては。相手に反撃の期待さえ持たせないためには……やはり、このテしかない。

 背後を振り向き、谷口は一人の男を呼んだ。

「イガラシ、来い。ピッチャー交代だ!」

 

 一塁側ベンチは、ざわめき始めた。

「やつらなに考えてんだ。この土壇場で、エースを下げるだと」

「ツーアウトだもんで、一年坊に経験つませるとか」

「ば、ばかな。五番だぞ」

 それはちがうな、と柳井が冷静に言った。

「高野のヒットと代打策で、七回にチャンスを作ったろう。打順のめぐりは、その時と同じだ。同じことをさせないように、向こうさん目先を変えやがったんだ」

 活気を取り戻した直後、一転して浮足立つ後輩達を横目に、田淵はほぞを噛む。

 やられた……また、後手を踏んじまった。高野と代打のメンバーなら、そこまで谷口に悪い感触はない。二打席目はよりタイミングを合わせられると計算してたが、ここで代えてくるのか。しかも、高野からホームランを打ってるイガラシとは。

 ちらっと三塁側ブルペンを見やる。左投手の井口が、まだ投球練習を続けている。

 もしイガラシから出塁できたとしても、墨高はまだいくつも手が打てる。谷口を戻すか、もしくはあの井口という一年生を登板させることもできる。我々の出方を見て、選べるというわけだ。それに引き換え、こっちはもうバッターに期待するしか……

「いい加減にしろ!」

 ふいに声を発したのは、秋葉だった。ナイン達は口をつぐむ。

「きさまら、うろたえてる場合か。我々を引っぱってくれたエースが、最後になるかもしれない打席へ、いま向かおうとしてるんだぞ。この期に及んで、味方の背中を押してやれないチームのまま、ゲームセットを迎えていいのかよっ」

 田淵は正捕手に歩み寄り、軽く背中を叩いた。

「……た、田淵さん」

「ありがとう、秋葉」

 ふっと笑みを浮かべ、そして他のメンバーへ向き直る。

「秋葉の言うとおりだ。今日の苦しい試合、高野の踏んばりで持ちこたえることができた。あいつの気持ちに、我々も応えてやろう」

 川北ナインは、声を揃え「はいっ」と応えた。

 

 一旦ネクストバッターズサークルに下がり、高野はマウンド上を凝視した。

 眼前では、イガラシの投球練習が続く。やがてラストボールを全力で放り、あとはスパイクで足元を均す。どれも無駄のない、ごく自然な動作だ。

 ちぇっ、まるで力みがないな。あの様子じゃ、このリリーフは前もって予定してたんだろう。しかし……最後のボール、けっこう速かったな。それにしても、まさがイガラシでくるとは。ずっと井口が準備してたから、ダマされちったぜ。

 ほどなくタイムが解かれ、アンパイアが「バッターラップ」と声を掛ける。

 高野は立ち上がり、ゆっくりと打席へ向かう。そして白線を踏み越えた。背後から、ベンチの仲間達の声援が送られる。

「さぁ高野、思いきりいけっ」

「気持ちで負けるな! 喰らい付いていくんだ」

「墨谷の一年坊なんか、ねじ伏せろ」

 投手交代に伴い、墨高はシートを変更していた。降板の谷口がサードに戻り、またイガラシの抜けたショートに横井が入る。さらに一年生の岡村が下がり、レフトには三年生の戸室がつく。

 高野が右打席に入ると、アンパイアはすぐに「プレイ!」とコールした。

 一方のマウンド上。イガラシは足元にロージンバックを放り、キャッチャー倉橋のサインを確認する。そして、僅かにうなずいた。

 数秒の間。高野はベース寄りに立ち、バットを短く持つ。

 もう一度アウトコースをねらってやる。ここまでベースの近くに立たれたら、いくら強気のイガラシでも、インコースには投げにくいはずだ。さあ来い一年坊。ホームランの借りは、いま返してやる。

 初球。果たしてイガラシは、インコース低めに投じてきた。

「な、なんだとっ」

 意表を突かれ、高野は手が出ない。ズバンと小気味よい音。コースいっぱいにきまり、ワンストライク。

 こいつ……構わずインコースにきやがった。川北の五番相手に、いい度胸してんな。しかし、いつまで続けられるか。

 二球目は、インコース狙いに切り替える。ところがイガラシの投球は、高野の左肩付近に飛び込んできた。わっ、と咄嗟に身をよじる。

「……ストライク、ツー!」

 アンパイアのコール。高野は、思わず息を呑んだ。

 い、いまのはカーブか。なんて鋭い曲がり方してんだ。おまけに制球して、インコース低めいっぱいに決めてくるとは。こいつ、ほんとに一年坊なのか。

「た、タイム」

 一旦打席を外し、束の間思案する。

 どうやら、こっちのねらいを見透かしてやがる。顔のとおり、いけ好かないヤロウだぜ。こうなったら……もう駆け引きはやめだ。どれでも合わせるつもりで待たないと。

 打席に戻り、高野はベースから数センチメートルほど下がる。

 そして三球目。イガラシは振りかぶると、左足を踏み込みグラブを突き出し、右腕を思いきりしならせる。

 投球は、ねらっていたアウトコース。しかし……そのボールが、こない。さらにホームベース手前で、すうっと沈んだ。イガラシの決め球、チェンジアップ。

「……し、しまった」

 予想外の軌道に、たまらず高野のバットは空を切る。

「ストライク、バッターアウト。ゲームセット!」

 アンパイアのコールが、むやみに甲高く響く。その瞬間、三塁側スタンドに陣取る墨高応援団が、大きく湧いた。

 

 

 試合後――両軍の挨拶が済み、ベンチへ引き上げようとした谷口は、ふいに背中をポンと叩かれる。

「……あっ、ドウモ」

 振り向くと、そこに田淵が立っていた。思いのほか晴れやかな表情だ。

「いやぁ参った。あの練習試合から一年半、墨谷はほんとうに強くなったな」

「は、はぁ」

 谷口が戸惑っていると、隣に倉橋が並ぶ。中学時代の先輩に「お久しぶりです」と一礼した。田淵は僅かにうなずく。

「む。今日はおまえ達の知略に、まんまとしてやられたよ」

「いえいえ、そんな」

 やや恐縮したふうに、倉橋は答える。

「われわれも田淵さんの采配に、最後まで苦しめられました」

「オイオイ。よく言うぜ」

 田淵は苦笑いして、ちょんと肘で小突く真似をした。

「けっきょく、こっちの策をすべてはね返しちまったくせによ」

 そう言って、ふと穏やかに微笑む。

「悔しいが、完敗だった。倉橋、谷口。こうなったら……本気で目指せよ、甲子園!」

 二人は「はいっ」と声を揃えて返事した。そして田淵と一人ずつ握手を交わす。

 

 

 墨谷と川北の四回戦は、こうして幕を閉じた。

 白熱の攻防戦は、終わってみれば三対一。墨高が完勝ともいえる試合内容で、強ごう川北を下し、五回戦へ堂々とコマを進めたのである。

 

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二次小説『ノンマルトの伝言』【後編】ーウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」後日談ー

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ノンマルトの伝言【後編】ウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」後日談ー

 

<主な登場人物>

モロボシ・ダン:かつて地球防衛軍の精鋭部隊・ウルトラ警備隊及びMACにて、多大な功績を残す。その正体は、光の国・M78星雲より遣わされた平和の使者・ウルトラセブンである。今回は、殉職したMAC隊員の墓参りと、“ある謎”を探るために地球を訪れた。

 

ハヤタ・シン:科学特捜隊の元隊員にして、現地球防衛軍の長官を務める。かつてウルトラマンと一心同体となり、地球の平和のために戦った伝説のヒーローである。

 

1.明かされた真相

 

 翌日の午後。二人は、都内某所にあるカラオケボックスの一室で落ち合った。部屋は防音壁で作られており、密談するには最適だ。

「焚きつけている者がいる、ですって?」

 ダンが、驚愕の声を発した。

「ええ。あの青年は、ガイロスを操ったのではないそうです。どうやら別の誰かと協同していたのが……経緯からして、段々と主導権を奪われつつあるようだ」

 そう言って、ハヤタは水割りを一口飲み下す。

「誰かというのは、彼らの種族内における、もっと上の存在ということですか?」

「そうかもしれません。ただ私が気になっているのは、先にキャッチした宇宙からの侵入者の情報です」

「ああ、例の……彼が伝えてきた」

 ダンの相槌に、ハヤタはうなずく。

「ソイツがあの青年を唆して、隠密に動き回っているとしたら……ちょっと面倒です」

 その時、ふいに部屋のドアがノックされた。

「あ……僕が、出ましょう」

 ドアを開けると、そこには二十歳前後の若い女性、そして父親らしき五十歳前後の男性の二人が立っていた。ダンはてっきり、部屋を間違えたものと思った。

「おや。待ち合わせの部屋が、探せないのですかな?」

 ところが女性は、間髪入れずにこう答えた。

モロボシ・ダンさん。それに後ろの方は、ハヤタ・シンさんですね?」

 驚いて、ハヤタと目を見合わせる。このカラオケボックスにいることは、誰にも伝えていない。それに二人とも、偽名を使って部屋を利用していたのだ。

「……そうだが、あなた方は?」

「屋敷にて、我が一族の長が待っております。是非とも、お二人に話したいことがあると」

 何やら有無を言わせない雰囲気だ。

 親子(?)に言われるまま、二人はカラオケボックスを出た。すると店先には、黒の高級リムジンが横付けされている。

「これは随分、用意がいいのですね」

 ダンの冗談めかした一言に、親子はニコリともしない。ハヤタが苦笑いして肩を竦める。

 それからリムジンで三十分ほど走り、やがて郊外へと出た。さらに十分ほど過ぎると、まるで武家屋敷のような建物が見えてくる。

 ほどなく車はスピードを緩め、建物の裏手に停まった。

「こちらでございます」

 女性の声と同時に、扉が開けられる。どこから現れたのか、使用人らしき複数の男女がそこに立っていた。二人がリムジンから降りると、なぜか丁重にお辞儀してくる。

 屋敷に上がると、さっきの若い女性に先導され、廊下の奥まで案内される。その突き当たりに襖があった。

 女性は正座して襖を開け、二人を「どうぞ中へ」と促す。

 そこは広さ四畳半程度の、座敷になっていた。障子張り、さらには壁の掛け軸。一般的な和室の造りだ。

「不躾にお呼び立てして、かたじけない」

 声に呼ばれ、二人は前方を見やる。紺の作務衣を身に纏った老人が、座布団の上で胡坐をかいていた。すでに九十歳を超えていそうな風貌だ……もし彼が、人間であれば。

「……ふむ、さすがに慧眼ですなぁ」

 見かけよりも若い声が発せられる。

「二人とも、ワシらが人間でないとすぐ見抜いたようだ」

「ええ、とっくに」

 ハヤタは険しい眼差しで言った。

「どういうつもりで我々を呼びつけたのか、まず教えてくれませんか」

 その時、ふと視線を感じた。ちらっと背後を振り向き、二人はぎょっとする。いつの間にか、異形の者達が十人余り集合していた。ごつごつした青い顔面に、黒一色の全身。きっと一族の長を警護するつもりなのだろう。

 驚くハヤタに、ダンが耳打ちする。

「彼ら……ノンマルトです」

 老人は「ハハハ」と高笑いした。

「そう身構えることは、ありませんよ。あなた方に危害を加えるつもりは、一切ないのですから。ささ、どうぞ楽になさい」

 言われるがまま、二人も胡坐をかく格好になる。

「それで、あなた方は一体?」

「我らは……ノンマルト一族。その生き残りの者達だ」

 やはり、とダンは胸の内につぶやく。

「素性が分かったところで、もう一つお尋ねしたい」

 なおも厳しい口調で、ハヤタは言った。

東京湾沖にて怪獣を出現させたのは、あなたなのか?」

「……ううむ」

 ふと渋い顔になり、老人は答える。

「結論から言えば、違います。しかし……どうやら、幾つか誤解を解かなければないようですな」

 そして、今度はダンに顔を向けた。

「モロボシさん。我々の種族のこと、あなたはどのように聞いておられます?」

「はい。ノンマルトというのは、M78星雲では地球を指します。つまりあなた方の種族は、地球の先住民だったと」

 横から「しかし」と、ハヤタが補足する。

「その説に関しては、この星における生命の進化の過程からして、かなり矛盾していると指摘せざるを得ませんが」

 老人は、小さく溜息をついた。

「ふむ。やはり肝心な部分が、事実と食い違っておる。モロボシさんの知っている説については、半分正解で半分間違い、といったところかな」

「そ、それは……どういう」

 思わずダンは腰を浮かせる。

「ダンさん、ハヤタさん。こう言えば、きっと理解してもらえるだろう。我々は……あなた方と同じく、もともと宇宙から来たのだと」

 衝撃的な事実に、二人は言葉を失う。

「少し詳しく話そう」

 あとは淡々と、老人は説明を続けた。

「つまり我々の祖先は、人類誕生以前の地球に住んでいたのですよ。もちろん侵略などではなく、惑星調査の一環でね。その時、彼らはこの星を“ノンマルト”と名付けた」

「そ、そうかっ」

 つい声を発してしまう。

「だから私達の星にも、ノンマルトという名前が伝わっているのか」

「さすがモロボシさん、ご名答」

 相手は満足そうに笑う。

「しかし、一つ分からないのですが」

 ハヤタがまた質問を投げかける。

「調査目的で来たのに、なぜそんなに長期間、居住することになったのです?」

「そこなのですよ」

 老人は腕組みして、渋い顔になる。

「故郷の星で、醜い争いが頻発しましてね。帰るに帰れなくなってしまったのです。仕方なく、この星に永住することにしたのですが……間の悪いことに、ちょうど地球にも高度な知的生命体、すなわち人類が誕生したのです」

 溜息混じりの声になる。

「こうなると、我々が大手を振って地上で暮らすわけにもいかなくなる。そこで海底に移り住もうという話になったのですが……中には、この星の生命を根絶やしにすればいい、などと過激なことを言うヤカラもいましてね」

「それで、争いになった……と?」

 ダンの問いに、老人は小さくうなずいた。

「なんのことはない。単なる、みっともない内輪もめです。それでも、どうにか過激派を追放して、以後は海底で暮らすことになったのですが」

 そして、また溜息をつく。

「人類の進化は、想像以上でした。気づけば海底にまで進出して、我々の生活圏を脅かすまでになったのです。そこで……またぞろ消えたはずの過激派が台頭して、原子力潜水艦を奪い、さらに怪獣まで操って、地上攻撃を仕掛けるに至ったというわけです」

 なるほど、とダンは相槌を打つ。

「結果は……今さら語るまでもありませんな。モロボシさん、あなたの所属していたウルトラ警備隊の反撃に遭い、都市ごと破壊されてしまった。ワシは穏健派のメンバーを率いて、先に脱出していたが、残った者は死に絶えたはずです」

 無念そうに、老人は目元を押さえた。

「ただ、ワシらが言えた筋合いではないが……ウルトラ警備隊も、少々やり過ぎましたなぁ。都市が破壊し尽くしたことが、大きな禍根を残した。穏健派メンバーの中にも、人類に対して恨みを持つ者が出てきてしまった。それが今日まで続いているのですよ」

 そう言って、さらに付け加える。

「あの若いのは、その筆頭格でね。どこで聞きかじったのか知らないが、突然『この星を人間から取り返してやる』などと言い出して、ワシらも困っているのですよ」

 心底うんざりした顔で、老人はやれやれと肩を竦める。

「今お伝えした通り、本当はもっと複雑な事情があるのだが……若者は分かりやすい話を好みますからな」

 ダンはしばし瞑目し、一つ吐息をつく。

 何だか、とても疲れた気がした。それでも、これが紛れもなく「ノンマルト事件の真相」だな……と、確かに腹落ちする。

 

2.黒幕の正体

 

 二人が屋敷を出ると、あの青年が立っていた。

「なぜここにいるのです?」

 初めて彼の肉声を聴いた。

 屋敷の中から、青年の仲間が出てこようとするのを、ダンは制した。そして相手の問いかけに答える。

「真相を確かめるためだ」

 束の間、青年は黙り込む。

「やはり君は、いくつもカン違いしている。それに君の仲間は、地球を奪い返すことなんて望んじゃいない。目を覚ますんだ」

「う、ウソだっ」

 相手は激高した。

「アンタ達が、人間にとって都合のいい話を吹き込んだに決まってる。そんなの信じるものか!」

 もはや当初の不敵な笑みは、欠片も残っていない。

「きみぃっ。いい加減に……」

 その時、ふいにハヤタが割って入る。

「君が何を信じようと、信じまいと、それは君の自由だ。しかし……君のバックにいる、明確な悪意を持った何者かは、決して見逃すわけにはいかない」

 いつになく険しい眼差しを向けた。

「これだけは答えてもらう。君のバックにいるのは、一体誰なんだ!」

 さすがに動揺したらしく、青年は目を大きく見開いた。

「……そ、それは」

 やがて口を開き、何かを言いかける。その時だった。

 三人が向かい合う路上に、どこかから小さな手榴弾のようなものが投げつけられた。伏せろっ、とダンが叫ぶ。

 ドンッ! 破裂音がして、爆風が飛び散る。咄嗟に姿勢を低くしたため、ダンとハヤタはかすり傷で済んだ。しかし青年は遅れてしまい、頭を負傷してしまう。

 ハヤタが顔を上げた時、黒い人影が走り去っていった。

「手当てを頼みます!」

 ダンの一声に、待機していた数人が駆け寄ってきた。そして青年を抱き抱える。幸いにも意識はあるようで、小さく「裏切りやがった……」とつぶやく。

 黒幕は、今のやつだろう。きっと口封じに来てたんだ。

 その時ふいに、流星バッジが鳴る。通信をオンにして「こちらハヤタ」と応答した。すると、悲鳴のような声が返ってくる。

――ハヤタ長官、大変です。東京湾に巨大なロボットが出現。停泊する大型船を、次々に襲っています。

「そのロボットの特徴は?」

――はっ。体長は六十メートル前後。頭部と胸の方に、電光板が装着されています。また歩く度に、ワッシワッシと不気味な音がします。

 傍らで、ダンが大声を発した。

「キングジョーだ!」

 ハヤタは青年に駆け寄り、囁くように尋ねる。

「そのキングジョーというロボットも、君が操っているのかね?」

「……ち、違います。あれは……アイツが」

 そこまで言うと、青年は意識を失う。

 仲間が慌てるのを、ハヤタは「大丈夫、ただの貧血でしょう」と落ち着かせた。そしてダンに顔を向けた。

「モロボシさん……いや、ウルトラセブン。すぐ現場に急行してください。ここはロボットの特徴を知っているあなたじゃないと。防衛軍の装備では、おそらく厳しい」

「分かりました。ハヤタさんは、どうされるのですか?」

「私の方は、さっきのやつを追います」

 口には出さないが、ハヤタはさっきの人物の気配に、既視感があった。心の隙に付け込むような狡猾さ。自分はなかなか姿を見せず、配下を操ろうとする。

「……黒幕をつかまえたら、私もすぐ急行します」

「ええ。それでは、健闘を祈りますよ」

 それだけ言葉を交わし、二人はお互いの目的地へと向かった。

 

 

 東京湾に突如出現した巨大ロボット。周辺は、大パニックに陥っていた。

 数隻の船が転覆し、オイルに引火して炎上している。サイレンが鳴り響き、多くの人々が悲鳴を上げながら、四方八方へ逃げていく。

 炎の海の中を、ロボット怪獣キングジョーが悠然と動き回る。

 すでに防衛軍の航空部隊が、ミサイル攻撃を始めていた。しかし鋼鉄に覆われたキングジョーの体は、それをまるでモノともせず。

 しかし……その背中に飛び掛かったのは、ウルトラセブンだった。

 

 

 路地を駆け抜け、ハヤタは大通りに出た。そして西側へ振り向く。

そこから数十メートル前方の坂の上に、やはり黒い人影があった。その姿が、すぐにはっきりと浮かび上がってくる。

 漆黒のスーツ、さらに帽子も黒のシルクハット。

――どうやら今回も、失敗したようだ。

 テレパシーだ。初老の男性の声が、頭の中に流れ込んでくる。しかも、やはり聞き覚えのある声だった。

「な、なにぃっ」

――人間ではない、地球の先住民の心なら、うまく利用できると思ったが。そう甘くはなかった。しかし……君との約束が果たせて、良かったよ。

「約束だと? なんだ、それは!」

――君の若かりし頃、こう言ったのを覚えているかね? 私はもう一度……人間の心に挑戦しにやってくる。必ずくるぞ、とね。

 人間の心に挑戦する、だとっ。やはりそうか、あいつの正体は……

 眼前を、ふいに砂煙が舞う。ハヤタは咄嗟に、姿勢を低くした。そして再び見上げると、小さな円盤が回転しながら、少しずつ上昇していく。

 逃がすものか!

 ジャケットの内ポケットに手を入れ、ハヤタはベータカプセルを取り出す。そして右手で頭上に掲げ、ボタンを押した。

 その刹那。まばゆいばかりのフラッシュが、彼の全身を包む。 

――シュワッチ!

 大空に、銀色の巨人が現れる。そして加速した円盤を、超高速で追い掛け始めた。彼こそ我らのヒーロー・ウルトラマンである。

 しばし円盤を追い続けた後、山の麓付近に差しかかった。そこで両手をT字の形に組む。そして白色の連続技・フラッシュ光線を発射した。数発命中する。

 円盤は揺れながら落下し、爆発炎上した。そして、やはり巨人が出現する。その姿を確認し、ウルトラマンも地上に降り立った。

 黒の全身。小さな青の双眼、発光する黄色の口。狡猾さで、全宇宙にその名を知らしめた悪質宇宙人・メフィラス星人である。

 束の間、両者はにらみ合いを続けた。

 そしておもむろに、メフィラス星人が右拳を突き出す。そして光線を打ってきた。ウルトラマンはすばやく右腕を耳の後ろに引いて、八つ裂き光輪を放ち応戦する。

 二つの光は、両者のほぼ真ん中で衝突し、弾け飛んだ。

――フフ、これぐらいにしておこう。

 またもテレパシー。相手が、不敵に笑ったように見える。

――昔も言ったが、宇宙人同士で戦ってもしようがない。今回は、ノンマルトの若者の心につけ込みたかったが、思うようにはいかないものだ。しかし……私はけっして諦めない。今度こそ、地球人の心を屈服させて見せる。フハハハハ!

 高笑いの後。メフィラス星人の姿は、まるで空間から剥がれるように消え去った。

 

 

 東京湾ウルトラセブンはかつてと同様、キングジョーに苦戦を強いられていた。

 のしかかろうとしてきた相手を、どうにか振り払う。そして距離を取り、アイスラッガーを放つ。しかし、これを簡単に弾き返される。

 それでも怯むことなく、右腕を水平にしてエメリウム光線を発射。ところが、これもまったく通じない。やがて、ウルトラセブンの額のランプが点滅し始める。

 まさに、その時だった。

 東の空の一角が、きらりと光る。そして飛行する銀色の巨人が、海へ急降下してきた。避難する作業員の男が、ふと振り返り、こう叫ぶ。

「おおっ、ウルトラマンだ!」

 キングジョーは、ゆっくりと陸地へ進み始めていた。その頭部に、ウルトラマンが上空から、両足でキックを浴びせる。

 さしものキングジョーも、大きく上半身をぐらつかせる。だが倒れることなく、すぐに体勢を直してしまう。

 ウルトラマンは突進し、肩から体当たりを喰らわせるが、逆に押し返される。あやうく倒れそうになるのを、背後からウルトラセブンが受け止めた。海での戦いは、足を取られ俊敏に動けない。

 二人の巨人は、互いにうなずき合う。そして一旦引き、十数メートルほど距離を取る。

 ふいにキングジョーが、頭部からピンポン玉の形をした、白色光線を連射してきた。ウルトラマンは咄嗟にフラッシュビームを打ち返し、敵の光線を無効化する。そして間髪入れず、八つ裂き光輪を放った。

 だが、やはりキングジョーの頑丈な体には通じず。そしてウルトラマンの青かった胸のカラータイマーが、赤く点滅を始めた。

 しかしこの時、ウルトラマンは一計を案じた。

 ふいに左右の腕を×の形にし、両拳を握る。すると、怪力を誇るキングジョーの体が宙に浮き上がった。そして両腕を伸ばし、指先から二本の細い光線が放たれる。

これにより、相手の動きがストップ。かつて水爆を飲み込んだ、どくろ怪獣レットキングを倒した時に用いた大技・ウルトラ反重力念力である。

 そして二人の巨人は、互いに合図し合ってから、互いの必殺技の構えをした。ウルトラマンは両腕を十字に組む。一方、ウルトラセブンは右腕を立て、左腕は水平にした。

 左から、ウルトラマンスペシウム光線。さらに右から、ウルトラセブンのワイドショットが同時に発射された。それが巨大ロボットに命中する。

 空中にて、キングジョーは爆発四散した。

 

 

3.明けの明星が輝く空

 

 翌日。防衛軍日本支部の手により、東京湾近辺の海底調査が行われた。

 その結果、かつてノンマルトの海底基地のあった地点に、小規模ながら数十個の建造物が発見されたのである。

すでに生命の気配はなく、そこはもぬけの殻であった。

 六十年前の反省を踏まえ、今回は破壊せず。防衛軍の研究資料という名目で、丁重に保存されることとなった。

 また、生き残りのノンマルト達が潜伏していた屋敷は、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。彼らがどこへ行ってしまったのか。その謎は解き明かされぬまま、事件は終わりを迎えたのである。

 

 

「やはり悪知恵の働くやつです。本当に、忌々しい」

 苦々しげに、ハヤタは言った。

「建物が空っぽだったのは、すでに怪獣を出撃させた後だったからです。残りのものも、配下の宇宙人を隠れさせたり、武器を保管したりする地上呼応劇の前線基地として、利用する目的だったのでしょう」

「では……あのノンマルトの青年は、メフィラス星人に唆されていたと?」

「そう考えて、間違いないと思います」

 二人の戦士は、小さく溜息をつく。

 午前五時。辺りはまだ、薄暗い。ダンとハヤタは、郊外のとある丘を訪れていた。東京湾にてキングジョーを葬ってから、三日が過ぎている。

「人間を言葉巧みに篭絡し、地球侵略の口実を得ようとするのは、やつの得意技です。以前も、私の同僚の弟、さとる君に近付き『地球をあなたにあげます』と、言わせようとした。その時はあえなく失敗に終わったが……」

 ダンは「そうか」と合点した。

「今回は、地球人に恨みを抱くノンマルトの若者。純粋な正義感を持つ子供より、ずっとつけ込みやすかったのでしょうな」

「ええ。おそらく『地球を君達の元に取り返そう』とでもうそぶき、海底都市再建だと偽って基地の建設を手伝わせていたのでしょう。ところが彼も、メフィラスの強硬な手段に付いていけなくなった。それでしまいには、離反に至ったと思われます」

「やつは今頃、自分の星でほぞを噛んでいるでしょうな」

「だといいのですが」

 ハヤタが苦笑いを浮かべる。

「メフィラスにとっては、いい娯楽だったかもしれません。人間とノンマルト。我こそは地球人だと主張する、両者の争いに、高みの見物を決め込んでね」

 ふいに風が吹き始める。やわらかで涼しい、秋の風だ。

「やつを非難ばかりもしていられません」

 地球の友は、やや険しい眼差しになる。

「これはノンマルトもそうだが、我々人類も、ろくに相手の話を聞こうとしなかった。だから互いに傷つけ合い、遺恨が残ったのです。そこをメフィラスにつけ込まれた。この点、我々は大いに反省しなければなりません」

 そう言って、ふと穏やかに微笑む。

「しかし、このように考えれば……モロボシさん。我々人類とウルトラマン達が、こうして長年に渡り良い関係を築けているのは、まさに一つの奇跡と言えるでしょうね」

「いいえ、奇跡などではありません」

 ダンは、少しムキになって答えた。

「我々は、地球人のことを理解しようと努めましたし、地球人もまた我々を深く愛してくれた。ですからこれは、必然です」

「ハハ、これは失礼。やはり良い関係を築くコツは、互いを思いやる気持ちだと」

 話を締めくくり、ハヤタは朗らかに笑った。ダンも一緒に笑う。二人の間を、鮮やかな紅葉が数枚流れていく。

「ところでハヤタさん」

 最後に一つ、尋ねてみる。

「彼は今、どこに?」

「ああ。彼なら、もう」

 愉快そうに、ハヤタは空を見上げる。

「また別の任務があるからと、キングジョーを破った直後、また旅立っていきましたよ。ベータカプセルも、いつの間にやらなくなっていました」

「そうですか……」

 しばしの静寂。そして、ダンは右手を差し出した。

「では、ハヤタさん。お世話になりました」

「こちらこそ」

 二人は固く握手を交わす。

「ご機嫌よう。モロボシさん……いやウルトラセブン

 ダンは微笑みを返し、ハヤタに背を向けた。そしてウルトラ・アイを取り出し、目元に装着する。

―― デュワッ!

  ウルトラセブンに変身したダンは、東の空へと旅立つ。残されたハヤタは、ゆっくりと右手を振りつつ、違う星の戦友を見送った。

 明け方近くになり、辺りは少しずつ白み始めている。ウルトラセブンの飛び去った東の空には、明けの明星がひときわ輝いていた。

 

           <完>

 

※前編へのリンク

stand16.hatenablog.com

 

 

 

二次小説『ノンマルトの伝言』【前編】ーウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」後日談ー(※2020.3.25一部リライト)

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ノンマルトの伝言【前編】

ウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」後日談ー

 

<主な登場人物>

モロボシ・ダン:かつて地球防衛軍の精鋭部隊・ウルトラ警備隊及びMACにて、多大な功績を残す。その正体は、光の国・M78星雲より遣わされた平和の使者・ウルトラセブンである。今回は、殉職したMAC隊員の墓参りと、“ある謎”を探るために地球を訪れた。

 

ハヤタ・シン:科学特捜隊の元隊員にして、現地球防衛軍の長官を務める。かつてウルトラマンと一心同体となり、地球の平和のために戦った伝説のヒーローである。

 

1.我が名は“ノンマルト”

 

 秋風が、辺りを包むように吹いていた。

 ここは東京都郊外にある、某霊園である。立ち並ぶ各家の墓を、夕日が照らす。周囲には、みっしりとススキが生えていた。それがなだらかに揺れる。

「これで最後だな」

 モロボシ・ダンは、足元のバケツから柄杓で水を掬い、眼前の墓を洗う。そして携えていた紙袋から、一凛の白い花を取り出し、線香とともに備える。

「白土君。君も若くして、実に優秀かつ勇敢なMACの隊員だった。安らかに眠りたまえ」

 在りし日の部下の姿を思い浮かべながら、ダンは合掌した。

「ああ、もう半世紀が経つのか」

 胸の内につぶやく。かつて彼の率いた宇宙パトロールの精鋭部隊・MACは、ちょうど五十年前のこの日、円盤生物・シルバーブルーメの襲撃に遭う。当時隊長だったダン、そしておおとりゲンの二人を除く、ほぼ全員が殉職したのだった。

 しかし……我ながら、ほんとうに情けないものだ。地球を守るのが己の使命と心得ながら、一番身近にいる部下の命さえ助けられなかったのだから。

 小さくかぶりを振り、ダンはさっと荷物をまとめた。

 いつまでも感慨に耽っている暇はない。今回の“訪問”の目的は、部下達の墓参りのほかにもあるのだ。右手に紙袋を提げ、踵を返して歩き出す。

 霊園を出ると、そこには小さな交差点があった。

 横断歩道の手前に立ち、歩行者用信号機が青に変わるのを待つ。傍らのカーブミラーに、ダン自身の姿が映る。

 黒のジャケットに青のポロシャツを着込んだ、初老の男性の出で立ちだ。彼の種族と地球人の時間感覚はまるで違うのだが、どうやらこの星の時間に合わせて、変身する際の外見も歳を重ねるようになっているらしい。

 その時だった。

「……むっ、誰だ!」

 前方へ、ダンは叫んでいた。

 横断歩道の反対側。夏場でもないというのに、陽炎が立ち込める。そこにぼんやりと、人の姿が浮かび上がる。

 ブルゾンにジーンズ姿の青年が、こちらに微笑の眼差しを向けている。細身の端正な顔立ちだ。それでも一目見て、明らかに異様な雰囲気だと分かる。

――フフフ。さすが銀河系の守護神として、名を馳せたお人だ。一目見て、私が人間でないと気づいたようですね。

 テレパシーだ。青年の声が、脳内に直接流れ込んでくる。

「き、君は何者なんだっ」

 こちらは肉声で応じた。

「どうして僕の正体を知ってる!」

 すでに歩行者用信号は青となり、間もなく点滅を始めた。それでも両者は動かない。

――失礼、自己紹介が遅れました。モロボシ・ダン……いや、ウルトラセブン

 あくまでも微笑を湛えた目で、青年はやや語気を強める。そして短く告げた。

――我が名は……もとい、我が種族の名は……ノンマルト。

「の、ノンマルトだと?」

 つい声が上ずる。顔色が変わるのが、自分でも分かった。

――おやおや、さすがに動揺しているようですね。

 忌々しいほど、相手は涼しげに言い放つ。

――まぁ無理もありません。誰よりも地球を愛するあなたにとって、ノンマルトの名は、少々都合の悪いフレーズでしょうから。

「なにぃっ。それは、どういう意味だ」

――誤魔化すことはありません。正直、お認めになりたくないのでしょう?

 くくっと肩を揺らし、さらに畳み掛けてくる。

――ご自身が命を懸けて守り抜いた地球人が、実は“侵略者”だったなんて。

 ダンは束の間、口をつぐんだ。

 耳が痛いどころか、急所を刺すような青年の発言である。今回の地球訪問における“もう一つの目的”は、まさにその真偽を確かめるためなのだ。

 ノンマルトとは、ダンの出身であるM78星雲の言葉で「地球」を指す。

 かつてウルトラ警備隊という地球防衛の精鋭部隊に所属していた頃、ノンマルトを名乗る海底の住人が、ガイロスという怪獣を差し向け、地上の破壊を企てた事件があった。地球の平和を守るため、ダンは当然これを阻止する。

 ところが一説によれば、このノンマルトこそ地球の先住民族らしい。

 もし説が正しければ、眼前の青年が言うように、今の地球人は「侵略者」、少なくともその子孫ということになる。そしてダンも、その片棒を担いだのだ。

「……それで」

 どうにか平静を装い、ダンは尋ね返す。

「君は僕に、何を伝えに来たのかね」

 青年は僅かにうなずき、端的に答えた。

――これから我々のすることに、干渉しないで欲しいのです。

「す、することって……まさか」

 思わず怒鳴り返す。

「君達の祖先の仕返しに、地球を侵略し返すと言うのかね。ばかなっ! そんなことをすれば、罪のない大勢の人達が死ぬんだぞ」

――フフ。かつて我々も、同じ仕打ちを受けました。なのにそっちは許されて、我々には今の地球人を殺すなとおっしゃる。これはまた、随分とムシの良い話ですね。

 ダンが「しかしだな」と言い掛けるのを、青年は右手を掲げて制す。

――ご心配なく。我々はなにも、今すぐ地球人を滅ぼすと言っているわけではありません。ただ……少しばかり、目を瞑っていて欲しいのです。我々の先人が、あなた方に邪魔されて実現できなかった、海底都市建設をね。

「ほう、海底都市……ねぇ」

 わざとらしく吐息をつく。

「そんなこと言って、地上を攻撃するための前線基地を作るつもりじゃないのか」

――ええ。もちろん自衛のため、多少の武装はさせてもらいますよ。なにせ一度、破壊されてしまいましたから。あなたのいたウルトラ警備隊に。

 ダンは、ぐっと声を詰まらせる。青年はニヤリと笑った。

――それと……さっきから申し上げていますように、今すぐ地上破壊を企てるつもりはないのです。というより、その必要もないでしょう。

「ど、どういうことだね?」

――我々が直接手を下さなくとも、地球人は自ら滅びの道へ進んでいるからです。あなたもよくご存じでしょう。数多の戦争、核開発、環境破壊。

 無言のまま、相手の話を聞く。確かに大きく外してはいない。

――こちらの見立てだと、あと数百年がイイトコでしょうね。彼らが衰退したその時こそ、我々は大手を振って、この星を取り返せるというわけです。

 ふと交差点の西側より、大型トラックが走ってきた。ほどなくその影に、相手が隠れてしまう。

――今日のところは、この辺で。良いお返事待っています。

「なにっ……ま、待て!」

 トラックが走り去った後。青年の姿は、影もなく消えていた。

 

 

2.説の矛盾

 

 翌日。ダンは、東京大学図書館にいた。

 大机のイスに腰掛け、手元には数冊の分厚い書籍を積む。そのうちの一つを広げ、手早く目を通していく。背表紙には『生命誕生の起源』と記されている。

「……ううむ、これも違うな」

 本を閉じ、他のものに重ねる。

 考えてみれば当然だろう。国の英知を結集した場所とはいえ、実は地球に先住民がいたなんて機密情報、こうして人目に触れる場所に置いておくはずないからな。

 しばし目元を押さえた。そして老眼鏡を外し、小さくかぶりを振る。

 やはり地球防衛軍・日本支部のデータベースにアクセスするほかないか。しかしMAC時代のパスワードは、もう使えないだろう。かつての仲間を当たれば、何か教えてくれるかもしれないが、この件で迷惑をかけたくない。かといって、まだウルトラの超能力を使う段階でもない。さて、どうしたものか。

 その時ふと、革靴の足音が聴こえた。やがて段々と近付いてくる。

 ダンは一瞬「昨日の青年か」と身構えたが、すぐに違うと気付く。やって来たのは、銀髪の紳士だった。しかも古くから知っている顔だ。

「ほう。これはまた、珍しい場所でお会いしましたね」

「う、ウルトラ……いや」

 紳士は青のジャケット姿。そして左胸に、流星マークのバッジを付けている。

「ハヤタさん」

 相手は穏やかに微笑んだ。彼こそ元科学特捜隊隊員にして、かつてウルトラマンと一心同体となり地球の平和のために戦った、ハヤタ・シンその人である。

「なるほど。今は“どっちのハヤタ”なのか、迷われたのですね」

「え……まぁ、ちょっと」

 ダンは苦笑いした。

 

 多くのM78星雲のウルトラ人は、地球で活動する際、仮の人間の姿に変身することが多い。だから地球上では、互いに人間の姿での名前を呼び合う。

 ところがウルトラマンは、ハヤタという実在する地球人に、言わば憑依している状態だ。二人が一心同体の時もあれば、分離している時もある。

 さらに複雑なのは、二人が分離している際、ウルトラマン単独で「ハヤタに変身」するというケースもあるのだ。この場合、ハヤタは二人存在することになる。

 このようにウルトラマンとハヤタの関係は、少々ややこしい。モロボシ・ダンが戸惑うのも、無理はなかった。

 

 

「答えを言いましょう」

 フフと笑い、ハヤタは隣の席に腰掛ける。

「昨夜から、彼も一緒です」

 その返答に、ダンは「えっ」と声を発した。

ウルトラセブン……いやモロボシさんが気づかなかったのも、無理はありません」

 こちらの戸惑いを発したように、ハヤタはさらに続ける。

「彼は今、あえて意識を眠らせておくと言っていました。ですからモロボシさんにも、気配を感じられなかったはずです」

「ええ、そうでした」

「私にはよく分からないが……あなた方の種族であれば、そういった術はお手の物なのでしょう?」

「え、まぁ。それは」

 ダンはふと、疑問に思う。

「しかし……彼はなぜ、そんなややこしいことを?」

「一つは……盗み聞きは良くないと、思ったのでしょうね。ハハハ。彼もすっかり、地球人の文化に馴染んでいるようだ」

 ハヤタは陽気に答え、さらに話を続けた。

「そしてもう一つは、彼が言うには……今回はウルトラマンの存在を抜きにして、あくまでも”地球人のハヤタ”として、モロボシさんの話を聞いて欲しいと」

「な、何ですって」

 ダンはまたも驚いてしまう。

「それじゃ、彼は……僕が地球に来た目的を、知っていたと?」

「ええ。もっとも何の目的かまでは、彼は話さなかったですが。これは直接、モロボシさんの口から聞けということなのでしょう」

「なるほど、しかし……ちょっと妙ですな」

 だいぶ理解できてきたが、まだ納得のいかないことがある。

「ただ話を聞いて欲しいだけなら、彼がわざわざハヤタさんと一心同体になる必要は、別にないように思えるのですが」

「……そこなんです」

 ハヤタはふいに、表情を曇らせた。

「なんでも、状況が変わる可能性があるのだとか」

「え……それは、どういう」

 声を潜め、相手は短く告げた。

「不審な者が、地球へ向かったという情報をキャッチしたそうです」

「なんですって!」

 思わず声を上げてしまう。周囲の学生らしき若者が、数人訝しげな目を向けた。ダンは一つ咳払いして、尋ね返す。

「ふ、不審な者ですと?」

 すぐさま昨日の青年を思い浮かべるが、すぐに打ち消される。あの種族は地球の原住民なのだから、宇宙からの侵入者には当たらない。

「ええ。もっとも……モロボシさんの事情と関係あるのかどうかは、分からないと彼は言っていました。ですから現時点では、こちらに干渉するのは控えると。ただし、いつソイツが暴れ出すとも限りませんから。ほら、ちゃんと忍ばせています」

 ジャケットの内側を、ハヤタは少しめくった。そこに変身アイテムであるベータカプセルの頭がのぞく。

「……さて。私の話は、以上です」

 地球の友は、そう言って立ち上がる。

「モロボシさん。今度は、あなたの話を聞かせてもらいましょう」

 

 図書館を出て、二人はキャンパス内を歩き出した。構内はすっかり秋だ。足元に、鮮やかな紅葉が幾度も舞う。

「何度見てもきれいですなぁ、日本の紅葉は」

「え……アハハハ」

 ダンの感想に、ハヤタが吹き出す。

「な、なにがおかしいんです?」

「これは失礼。いえね……違う星から来たあなたが、この美しさが理解できるのかと、感心したのですよ。もはやあなたは、地球人以上に地球人だ」

「そりゃ当然です」

 きっぱりと、ダンは答える。

「地球の美しさ、そこに生きる人々の素晴らしさに魅せられたからこそ、僕達はこの星を第二の故郷として守っていくことを決意したのですよ」

「ハハ……その美しい星を、戦争やら環境汚染やらで粗末に扱っている我々としては、じつに耳の痛い話だ」

「何をおっしゃる。ハヤタさんは、立派な地球人だ。彼……ウルトラマンも、よく話してくれましたよ。ハヤタ君と共に戦えた日々を、今でも誇りに思っていると」

 道中、数人の男子学生とすれ違う。

「ハヤタ先生、こんにちは!」

 彼らは直立不動になり、深く一礼してから去っていく。その度に、ハヤタは「ああこんにちは」と照れた顔になる。

「せ、先生?」

「いやぁ……防衛軍長官を務める傍ら、各大学を回って講演活動をしているのですよ。毎年やっているものだから、すっかり顔を覚えられてしまって」

「それだけじゃないでしょう」

 ダンは、少しおどけて言った。

「ハヤタ隊員といえば、かつて地球防衛の最前線で戦ったヒーローです。防衛軍関係者じゃなく、一般庶民にも広く親しまれた存在だということは、さすがに僕にも分かりますよ」

「……まぁこの話は、もういいじゃありませんか。そんなことより」

 ハヤタはそう言って、さりげなく話を逸らす。自分の手柄を披歴するのは好きじゃないらしい。なるほど彼が認めるわけだ……と、ダンは胸の内につぶやいた。

「そろそろモロボシさんの話を聞かせて下さいよ。今回、地球にいらした理由……MAC殉職者の墓参りの他にも、何かおありなのでしょう?」

 一つ吐息をつき、ダンは返答する。

「実は……ノンマルト事件の真相を、たしかめに来たのですよ」

 ハヤタは「ああ、例の」とすぐにうなずいた。

「もう六十年近くになりますか。ノンマルトを名乗る海底人が、ガイロスという怪獣をあやつり、地上破壊を仕掛けてきた」

「ほう、覚えておられるのですか」

「もちろんですとも。当時……私は地球防衛軍再編に伴い、科特隊時代のムラマツキャップと共に、隊員養成機関の教官を務めていましたが。話はよく、漏れ伝わってきましたよ」

 そう言うと、ハヤタは苦笑いを浮かべる。

「モロボシさんには言いづらいが……当時のキリヤマ隊長の判断に、問題があったと指摘されたのでしたよね。怪獣を撃退したはいいが、その後に海底都市まで破壊したのは、やりすぎだったんじゃないかと」

「ははっ、よくご存知だ。やりすぎどころか……あれは虐殺行為だと、防衛軍内部にまで隊長を非難する者がいたほどです」

 歩きながら溜息をつき、相手の目を見上げる。

「ハヤタさんも、そう思われますか?」

 率直に尋ねると、ハヤタは「どうでしょう」と渋い顔になる。

「先に攻撃してきたのは、そもそも向こうですからね。せめて海底基地なのか、それともただの都市なのかハッキリすれば良かったが……相手に見せてくれと頼むわけにもいかないでしょう。キリヤマ隊長は、難しい判断だったと思います」

 そう言って、また微笑む。

「昔、同僚のアラシ君が言ってましたよ。怪獣とは『人間社会に入れてもらえない、悲しい存在なんだ』と。地球防衛という任務を果たす以上、キレイゴトでは済まされない部分もありますからね」

「ええ。ですが、ハヤタさん」

 やや声を潜めて、ダンは話を続けた。

「地球人のあなたに、こんなことを言うのは忍びないが……実はですね。そのノンマルトこそ、地球の先住民だったという説があるのです」

「ああ。その説なら、私も聞いたことがありますよ」

 事もなげに、ハヤタは言った。

「あなた方の星では、地球のことを“ノンマルト”と呼ぶのだそうですね。いつだったか、彼に教えてもらいました。そして……説が本当だとしたら、実は地球人こそ侵略者。我々は、その子孫なのだと」

「ええ、あくまでも説の一つに過ぎませんが。不愉快な話で申し訳ない」

「いやいや……そんなことは、ありませんよ」

 溜息混じりに言うと、相手はふいに悲しげな笑みを浮かべた。

「モロボシさん。さっきも言ったように、人間にはそういう愚かな一面もあるのですよ。今も世界各地で、醜い戦争や環境破壊は続いている」

 ダンが「そんなことは」と言いかけるのを、ハヤタは笑って制す。

「ありがとう。ですがね、モロボシさん。地球人の性質からすれば……そういう過去があったとしても、私はちっとも驚きませんよ」

 そう言って、すぐに「事実ならね」と付け足す。

「じ、事実なら……ですか」

「ええ」

 どこか達観した口調で、ハヤタは言った。

「話としては面白い。しかしこの説には、大きな矛盾がある」

「と言いますと?」

「あなた方の星には及ばないかもしれないが、我々もそれなりに科学は進歩してきましてね。人類がどのように発達してきたのか、ある程度分かってきているのですよ」

「な、なるほど」

「モロボシさんも知っているでしょうが、人間はサル……正確にはちょっと違う系統らしいが、大昔はサルと同じナリをして、木の上で暮らしていたのですよ。そういうレベルの者達が、他の種族を壊滅させるなんて芸当、できるはずないでしょう」

 ダンは、つい「ハハ」と笑い声を発した。

「たしかに常識で考えれば、ありえない話です」

「そうでしょう。もっとも別の説によれば……今の人類誕生よりも遥か以前に、高度な文明が存在したなんて話もありますが」

「ああ、古代ミュー帝国のことですか」

 よくご存知ですね、とハヤタは微笑む。

「ひょっとして彼らとノンマルトとの間に、なにかイザコザがあったということは考えられます。しかしそうだとしても、ミュー帝国はすでに滅びてしまっていますから、我々とのつながりはありません」

「なるほど。彼らとの問題を、今の人類に言われても困るというわけですな」

「む、しかし……なんだか不思議ですねぇ」

 相手はふと、訝しげな目になる。

「と、おっしゃいますと?」

「モロボシさん。あなたのことです」

 おどけるように、ハヤタは言った。

「ウルトラの科学は、地球人よりも遥かに進んでいるはずです。今、私が述べたような見解は、あなた方の力をもってすれば、とっくにお見通しのはずですが」

「ええ。言われてみれば、そうなのですが」

 苦笑いして、ダンは答えた。

「僕の前に現れたノンマルト……あの時は、真市という少年の姿を借りていましたが。彼の言葉に、何となく真実味があったのです。嘘を付いているとは思えなかったので」

 その子孫と思しき青年とも出会ったことは、現時点では伏せておく。

「もちろん……今ハヤタさんが言われたように、何か大きな誤解があって、ということも考えられるのですが」

「ふむ、そういうことですか」

 束の間、ハヤタはうつむき加減になった。

「どうかなさったのですか?」

「モロボシさん」

 やがて顔を上げ、相手は表情を引き締める。

「これはもう少し、探ってみる必要があると思います。ひょっとして……まだ我々の知らない真実が、埋もれたままになっているかもしれない」

 似ているな、と胸の内につぶやく。ハヤタの冷静に物事を見極め、最善の行動を心掛けようとする態度は、ダンと同じ種族である彼の姿と重なる。

「ええ、その方が賢明……おやっ」

 その時だった。ふいにハヤタの左胸の流星バッジが、音を鳴らし光る。

「ちょっと失礼」

 アンテナを伸ばし、ハヤタは応答する。このバッジは緊急通信に用いられていた。

「こちらハヤタ。どうしました?」

――大変です! 東京湾沖に、黒色のタコと類似した怪獣出現。一隻のタンカーを沈めた後、沿岸へ向かっています。このままだと、湾の近辺が……

 傍らのダンにも、音声が漏れ伝わってくる。

「落ち着きなさい。それで現在の状況は?」

 ハヤタが冷静に問い返した。

――先ほど防衛軍へ出動を要請。すでに航空機部隊による迎撃が始まっています。しかし怪獣の表皮は硬く、ミサイルでは歯が立たないもようです。

「了解。直ちに帰還する」

 通信が切れると、相手はこちらに顔を向ける。

「モロボシさん。その顔は……どうやら怪獣の素性が、分かるようですね」

 ええ、とダンはうなずく。

「ノンマルト事件の特に出現した、蛸怪獣ガイロスに間違いありません」

 すでにウルトラの超能力を解放し、海上の映像を確認していた。オイルを積んだタンカーが真っ二つに折れ、炎上している。そして重油の漏れた海を掻き分けるように、怪獣ガイロスがゆっくりと、しかし確実に東京湾へと近付きつつあった。

 おかしいな……と、ひそかにつぶやく。

 昨日の青年によれば、ノンマルトは今すぐ攻撃を掛ける意思はないとのことだった。あれはこちらに手を出させないための、ブラフか。それとも何らかの事情で、方針を変えることにしたのか。

「どうかなさったのですか?」

 怪訝そうに、ハヤタが問うてくる。

「あ、いや……とにかく」

 ダンは決然と言い放つ。

「どんな理由があっても、この地球上で暴力を振るうことは許されない」

 そしてウルトラ・アイを取り出し、ハヤタに「行ってきます」と告げる。

「……なら、私も」

 ハヤタが懐に手を入れるのを、ダンは「あなたはけっこう」と制した。

「彼の力を借りるまでもありません。あの怪獣、力量は大したことありませんから。それより……ハヤタさん。あなたには、もう少し背後を探っていて欲しい」

「うむ、その方が良さそうですね」

 さほど間を置かず、相手はうなずく。

「助かります。では……」

 ダンは踵を返し、目元にウルトラ・アイを装着した。すぐに彼の双眼が発光する。

――デュワッ!!

 

 東京湾沖。地球防衛軍・航空部隊は、苦戦を強いられていた。

 蛸怪獣ガイロス。黒色の全身に黄色の吸盤は、かつてと変わらない姿だ。上空よりミサイルを撃ち込むも、頑丈なその体は、いとも簡単に跳ね返す。

 さらに何者かが改造を施したらしく、目から白色光線を発射。一機を撃ち落としてしまう。

 パイロットは間一髪、パラシュートにて脱出。しかしガイロスがこちらに振り向き、今にも光線を発射する構え。彼は目を瞑り、最期を覚悟する。

 その時――パイロットが目を開けると、ガイロスに赤い巨人が覆い被さっていた。

「あ、あ……あれは」

 信じがたい光景に、思わず叫ぶ。

ウルトラセブン!」

 巨人が「デュワッ」と声を発した。

 海原で、両者はしばし揉み合いになる。やがて距離が生じると、ガイロスはあの光線を発射した。しかしウルトラセブンは、両手を合わせ捕らえるようにして、光線を無効化する。

 そして、今度はヒーローが反撃する番だった。

 光線を防ぐと、そのまま両手を頭部に添え、前方へ振り下ろす。ブーメランの形をした白色光が、ガイロス目掛けて飛ぶ。

 これこそウルトラセブンの武器・アイスラッガーである。

 哀れガイロスは、八本の腕を切り落とされ、ほぼ無力となった。背中を向けて逃げようとするも、ウルトラセブンは右腕を水平に構え、額のランプからビームを発射。彼のもう一つの必殺技・エメリウム光線

 爆発音とともに、水しぶきが上がる。そしてガイロスは崩れ落ちるように、ゆっくり海の底へと沈んでいった。

 

3.違和感

 

 海岸沿いの国道。ハヤタは公務用車を、西へと走らせていた。

 その道中、再び流星バッチが鳴る。通信をオンにして「こちらハヤタ」と応答した。すると、さっきの男の声が聴こえてくる。

――ハヤタ長官へ報告です。先ほど東京湾沖に、ウルトラセブンと思われる赤い巨人が現れ、怪獣を撃退しました。出撃した我が航空部隊は、一機が撃墜されたものの、パイロットは脱出。負傷者はいません。

「そうですか、皆さん無事で何よりです」

――長官は、このまま基地へ帰られますか?

「いや。すまないが、一つ用事を済ませてから戻ります。今回の事件のことで、どうしても調べたいことがあるのでね」

――では、護衛の者を寄越しますから、少しお待ちいただけますか。

「ハハハ。気持ちはありがたいが、まだまだ君らよりは動けるさ。ご心配なく」

――これは失礼致しました。しかし、あまりムチャはなさらぬようお願いします。

「ありがとう」

 通信を切り、ハヤタは車をUターンさせた。向かうはモロボシ・ダンが毎年訪れるという、あの霊園だ。

 車を三十分程度走らせ、目的地へと辿り着く。

 霊園を囲うようにして、ススキがみっしりと生えている。正午過ぎだというのに、どこか薄暗く寂しい雰囲気だ。

 助手席に置いていたバインダーを手に取り、眼前に寄せる。そこには地図のコピーを挟んでおり、ハヤタ自身が×記を書き込んでいた。

 ここが……例の怪電波が途絶えた地点だな。

 車を降り、霊園の中へと入っていく。家々の墓が並び、いくつかはまだ新しい花が供えられている。まるで人の気配はない。

 ところが……ものの五分程度、奥へ進んだ時だった。ハヤタの数十メートル先に、肌寒ささえ感じる気候には似つかわしくない陽炎が、ふいに立ち込める。

 やがてそこに、ぼんやりと人影が浮かぶ。

――フフ、そろそろ現れる頃だと思っていましたよ。

 頭の中に、直接声が流れ込んでくる。テレパシーだと、ハヤタはすぐに気が付いた。

 やがて影が、くっきりとした人の姿となる。そこに立っていたのは、ジャケットにジーンズ姿の青年だった。普通の人間でないことは、明らかである。

――ハヤタ・シン。いや……ウルトラマン

「まず聞こう。君は一体、誰だ?」

 怯むことなく、ハヤタは尋ねた。

――我が種族の名は、ノンマルト。

「ノンマルトだと? あの、地球の先住民だったという」

――いかにも。しかし……フフ。わざわざ尋ねなくとも、私のことはモロボシ・ダンから聞かされているのでしょうが。

「いいや。君のことは、まだ何も……そうか」

 なるほど。モロボシさんはすでに、この青年と会っていたのか。だから彼にしては、やや冷静さを欠いていたのだな。

――まあ、いいでしょう。あなたにも伝えておきたい。

 微笑みを湛えた目で、青年は言った。

――我々が進めている海底都市建設を、今度こそ邪魔しないでもらいたい。

「すまないが、私個人に言われても困る。そういうことは堂々と姿を現して、世界の首脳が集まる国際会議にでも出向き、直接交渉したらどうかね?」

――もちろん、いずれそうするつもりです。だがその前に、あなた方は傍観者に徹すると約束してもらいたい。でないと、我々の計画は台無しになる。

「そもそも、本当に海底都市かどうか怪しいものだ」

――ウルトラマン。あなたも結局、地球人に一方的に肩入れするのですか。

「低次元な言いがかりはやめたまえ」

 ハヤタは厳しく言った。

「六十年前の事件。公平に見れば、たしかに地球人はやり過ぎたかもしれない。君達の“海底都市”だという主張を信じるのならば。彼らはその時も、ノンマルトの罪なき住民の命を奪ったことになる。気の毒なことをしたと、私も思っている」

 だが……と、さらに話を続ける。

「一方で、君達にも大いに落ち度がある。地球人と交渉しようともせず、一方的に警告を伝えただけで、すぐさま攻撃を仕掛けたことだ」

――我が祖先を滅ぼした地球人と、交渉などする余地はない。

「そこだ。交渉のテーブルに着こうともせず、君達は一足跳びに実力行使へと打って出た。立派な侵略行為だろう。これでは地上破壊の前線基地を建設しているのではないかと、誤解されても仕方あるまい」

 青年は、険しい顔つきになる。初めて感情を露わにした。

「……今回だって、私とモロボシさんに手出しを控えて欲しいと言いながら、自分達は怪獣を操り攻撃してきた。これでどうやって、君達を信じろと?」

 そう言うと、相手は意外な反応を見せた。

――な、なんですって? ウソだ。私は、そんな命令など……

 妙だな、とハヤタはすぐに察した。

 どうもこの青年は、グループ内部の者と、上手く意思疎通が図れていないようだ。彼らは必ずしも、一枚岩ではないらしいぞ。それに、例の怪電波の正体も気になる。

「もう一つ聞かせてくれ」

 やや声のトーンを落とし、ハヤタは質問した。

「君達ノンマルトは……この地球から、離れたことはないのだな?」

――あ、当たり前じゃないか!

 青年が声を荒げる。その返答だけで、ハヤタは事件の大まかな構図をイメージできた。

「君に忠告しておこう」

 なおも厳しい口調で告げる。

「偏見や復讐心に囚われれば、冷静な判断力を失う。それは地球でも他の星でも同じことだ。またそういう者は……悪意を持った別の存在に、利用されがちだ。ゆめゆめ、このことを忘れないでもらいたい」

――どういう意味だっ。オイ、待てよ……

 呆然とする青年を一人残し、ハヤタは踵を返した。

 

※後編へ続く。

【野球小説】続・プレイボール<第28話「白熱の頭脳戦!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  •  第28話 白熱の頭脳戦!の巻
    • 1.田淵の采配
    • 2.谷口登板
    • 3.川北の対抗策
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

  


 第28話 白熱の頭脳戦!の巻

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1.田淵の采配

 

 逆転直後。二点目のホームを踏んだ墨高のキャプテン谷口は、一旦ベンチに戻るも、グラブを取っただけですぐに出てきた。そしてブルペンへと駆けていく。

「ふむ。先に動いたか」

 一塁側ベンチ。田淵は、首を軽くひねった。

 リードを奪った後のエース投入は、たしかに定石通りだ。過去の傾向を見ても、墨高は複数投手の継投を多用している。しかし、どこか引っ掛かるものがあった。

 四回五回と、松川は調子を上げてきている。うちが捉え出したわけじゃない。始めからその予定だったか。あるいは……まだなにか、別のねらいを隠しているのか。

「ボール!」

 アンパイアのコールに、はっとした。

「スリーボール、ワンストライク」

 すでに試合は再開されている。適時打の横井が一塁、敬遠四球のイガラシは三塁まで進んでいた。依然としてピンチが続く。

 やれやれ……と、小さくかぶりを振る。

 いかんな、監督役の俺がこんなこっちゃ。いま考えるべきは、敵のことよりも自分達のことだ。あいつらの迷いを、まず取り除いてやらないと。

 横に視線を移すと、控えメンバーが戦況を見守っていた。どうにかレギュラー陣を盛り立てようと、懸命に声援を送り続けている。

「へいっ、攻めろバッテリー」

「ビビるな高野。向かっていけ」

 打席には、五回まで力投の松川に代わり、岡村という一年生が入っていた。小兵ながら選球眼に優れ、際どいコースをことごとく見極められている。

「ボール、フォア!」

 五球目の判定に、高野が露骨に顔を歪めた。

 アンパイアは一塁ベースを指さす。岡村がバットを置いて歩き出し、一塁ランナーの横井が進塁する。これでツーアウト満塁。

 そろそろこっちも、手を打っておこう。

「……石川、来い」

 控えメンバーの一人に、田淵は声を掛けた。

「あ、はいっ」

 長身の選手が立ち上がる。そしてこちらに来ると、直立不動の姿勢になった。

「次期エースと噂されているのは、おまえだったな」

「えっ。は、はぁ」

 石川と呼ばれた選手は、二年生の左腕投手である。層の厚い川北投手陣にあって、エース高野に次ぐ実力者と言われていた。

「いますぐブルペンで、肩をあたためてくるんだ」

 その一言に、他のメンバー達がざわめく。

「おい。ぼんやりしてる時間はないぞ」

 なおも戸惑う石川を、急き立てる。

「早ければ、つぎの六回から登板てこともあるかもしれん。いつでも行けるように、急いで準備してくれ」

 周囲のざわめきが、さらに大きくなる。それでも石川は「分かりました」と、表情を引き締めた。どうやら危機感が伝わったらしい。

「ひととおりウォーミングアップは終えています。肩をあたためるのに、そこまで時間はかからないはずです」

「うむ。アテにしているぞ、石川」

 後輩はうなずくと、控え捕手を伴ってブルペンへ走った。

 二人を見送りつつ、田淵は「おまえ達もだ」と、残りのメンバーにも告げる。

「この回が終わったら、全員よく体を動かしておけ。調子のいい者から、代打や守備固めで使っていく」

 控えメンバー達は、戸惑いながらも「はいっ」と返事した。

「……せ、先輩」

 記録員の部員が、こちらに驚いた目を向ける。

「エースの高野ばかりか、レギュラーを下げるとおっしゃるのですか」

 田淵は「そうだ」と、即答した。

「ここまでも展開を考えれば、分かるだろう」

「そ、それは……しかし」

「もうなりふり構ってる場合じゃない」

 相手のやりきれない気持ちを察しながらも、きっぱりと答える。

「あらゆる手を尽くさなければ、われわれは負ける」

 記録員はぐっと押し黙る。田淵は、もう一度「負けるんだぞ」と繰り返した。

「……せ、センター!」

 パシッという快音と同時に、キャッチャー秋葉が叫ぶ。墨高の八番打者加藤の放ったライナー性の打球が、ぐんぐん伸びていく。ツーアウトのため、三人のランナーは一斉にスタートを切った。

「ぬ、抜けろっ」

「捕ってくれ。たのむ!」

 歓声と悲鳴が交錯する中を、中堅手の柳井は、快足を飛ばし背走。そして外野フェンスの数メートル手前でジャンプした。そのグラブの先に、辛うじてボールが収まる。

 着地した柳井は、バランスを崩し転がった。それでもボールはこぼれない。二塁塁審が走り寄り、右拳を高く掲げる。

「……アウト!」

 その瞬間、周囲から安堵の溜息が漏れた。ピンチを凌いだファインプレーに、一塁側スタンドが大いに沸く。

 田淵はしばし瞑目した。ここからが勝負だと、胸の内につぶやく。

 まだ一点差、しかも残り四イニングある。情報が足りず、後手に回ってしまったが、これは仕方がない。いつもの川北のプレーさえできれば、必ずひっくり返せるはずだ。

 ほどなく、レギュラー陣が引き上げてきた。

 田淵は、控えメンバーにウォーミングアップを命じ、レギュラーだけ「そのまま来るんだ」とベンチ奥へ集合させた。

 明らかに雰囲気が重い。とりわけ高野と秋葉のバッテリーは、逆転を許したショックからか、頬の辺りがこわばっている。

「なにをうろたえてるんだ」

 あえて厳しい口調で、田淵は言った。

「昨秋四強止まりだったおまえ達が、シード校を簡単に倒せるとでも思ってたのか」

「……い、いえ」

 田淵が小さく返事した。

「だったら、そうショボくれた顔するな」

 少し声を明るくして、話を続ける。

「あと四イニングもあるんだぞ。おまえ達が、ほんらいの力を出しさえすれば、いつでもひっくり返せる。まさか、たった一点で勝とうなんて、ムシのいいこと考えてたわけじゃあるまい」

 くすっと笑い声が漏れた。ナイン達の表情が、幾分和らぐ。

「ようし。では、後半の作戦を言う」

 田淵がそう告げると、後輩達は口元を引き締める。

「ここからは中軸だけじゃなく、全員思いきりバットを振り抜くんだ」

 ええっ、と戸惑いの声が聴かれた。田淵は構わず続ける。

「内か外か。もしくは真っすぐか変化球か。ねらい球をはっきり決めて、フルスイングしろ」

「し……しかし、先輩」

 仲間の思いを代弁するように、秋葉が質問した。

「ただでさえ打ちあぐねているのに、フルスイングなんてしたら。ますますミートできなくなってしまうんじゃ」

「うむ。そのミートしなければという考えこそ、墨谷の思うツボなんだ」

 予想外の返答に、相手は口をつぐむ。

「いまおまえ達は、選球眼をくるわされている」

 田淵はさらに畳み掛ける。

「四回あたりから、ボール球を打たされるケースが増えてきたろう。それは偶然じゃない。向こうのバッテリーが、少しずつコースを外しているからだ」

 ああっ、と数人が声を上げた。

「それでやつら、わざとこっちの得意コースに」

「む。好きな所にくるからと、ついなんでも手を出しがちになってたのか。相手がボールをずらしていると気づかずに」

 高野と秋葉が続けて言った。さすがにバッテリーは、飲み込みが早い。

「そういうことだ」

 声をひそめ、田淵はうなずく。

「修正するためには、打つ球と捨てるタマをよく見きわめることだ。見ろ」

 川北ナインが振り向いた視線の先。三塁側ブルペンでは、谷口が投球練習を続けていた。受ける控え捕手のミットが、何度も小気味よい音を鳴らす。

「つぎの回から、墨高はエースの谷口を登板させるだろう。やつの特長は、正確なコントロールと多彩な変化球。そんな相手に、どれでも合わせようという気でいたら、ますます凡打の山を築いてしまうぞ」

 ここで少し間を置く。そして拳を握り、檄を飛ばす。

「いいか。なにより大事なのは、うちほんらいのプレーをすることだ。おまえ達がその力を発揮しさえすれば、いくらでもばん回できる。自信を持っていけ!」

 ナイン達は、声を揃えて「はいっ」と返事した。

 

 

2.谷口登板

 

 六回表。いよいよ谷口が、マウンドに上がった。

 川北の打順は、上位に回る。谷口の眼前。さっき好守備を見せた一番柳井が、ゆっくりと右打席に入ってきた。その眼光は鋭い。

 すでに回始めの投球練習は済んでいた。ロージンバックを指に馴染ませながら、谷口は相手打者を観察する。

 控えメンバーに準備させたうえで、ずいぶん入念にミーティングしてたな。ひょっとして代打を使ってくるかもと思ったが、上位でそれはしてこなかったか。ただこの回、なにかしら仕掛けてくることは間違いない。

 一旦プレートを外し、内野陣の面々を見回す。谷口の抜けたサードには、さっき代打として送った岡村がそのまま入る。あとはそのままの布陣だ。

 谷口はふと、あることに思い至った。ここでタイムを取り、一人の後輩を呼ぶ。

「イガラシ。ちょっと」

「は、はいっ」

 一瞬戸惑った目をしながらも、イガラシはすぐに駆け寄る。

「なにか?」

「この後、おまえ投げられるか」

 相手は「えっ」と、意外そうな目をした。

「キャプテン。さっき井口へ、肩をあたためておくように指示してたんじゃ」

 その井口は、今ブルペンにいる。控え捕手の根岸を立たせ、ボールの握り方を確かめながら、山なりで放っている。

「次戦の準備だと、井口には伝えた。それと相手への目くらましも兼ねてる」

「ああ、なるほど」

 飲み込み早く、イガラシはすぐにうなずいた。

「もちろん行けと言われれば、行きますけど」

 そう言って、くすっと笑みを浮かべる。

「もしやキャプテン。打たれるんじゃないかと、弱気になっちゃいましたか」

「ははっ、まさか」

 後輩の懸念を、谷口は一笑に付す。

「おさえる気じゃなきゃ、マウンドには立たないさ。しかし手を打っておくに越したことはないだろう」

 イガラシは「よく分かりました」と、素直に返事した。

「最後のツメってわけですね。そういうことなら、ちゃんと準備しておきますよ」

 念のため、一つ尋ねてみる。

「あまり肩をあたためる時間はないだろうが、だいじょうぶか?」

「なーに、平気ですよ」

 後輩はそう言って、にやりと笑う。

「急なリリーフには慣れてるので。キャプテンも、よく知ってるでしょう」

 まるで物怖じしない態度に、心配いらないなと確信する。

「む。それじゃ、頼んだぞ」

「ええ、まかせといてください」

 それだけ言葉を交わし、後輩はポジションへ戻っていく。

 ほどなくタイムが解かれ、アンパイアが「プレイ!」とコールした。右打席に立つ柳井は、すぐにバットを構える。

 初球。倉橋はフォークボールのサインを出し、ミットを「ここよ」とアウトコース低めに構えた。なるほど……と、谷口は胸の内につぶやく。

 考えたな倉橋。まずはボールになる変化球で、探ろうってことか。

 サインにうなずき、投球動作を始めた。ワインドアップモーション。左足を上げて踏み込み、グラブを突き出し、右腕をしならせる。

 谷口の投じた第一球は、途中まで真っすぐと同じ軌道ながら、ホームベース手前ですうっと沈んだ。その上っ面を、柳井のバットが掠める。チッと音がした。

「ファール!」

 アンパイアが両腕を大きく広げた。柳井は「くそうっ」と、唇を歪める。

「どしたい柳井」

 ベンチからすかさず、田淵が檄を飛ばす。

「いまのはボール球だぞ。もっとよく見るんだ」

「は、はいっ」

 短く返事して、柳井は足元を均す。

「谷口。ほれ、ボール」

「あ、うむ」

 倉橋からの返球を捕り、谷口は小さく吐息をついた。

 いま強く振ってきたのは、やはり指示があったのか。しかも選球眼をくるわされていることに、どうも気づいたようだ。さすが田淵さん。いぜん苦戦させられただけあって、後輩メンバーへの采配も的確だ。

 二球目もアウトコース低め。ただし次は、カーブを投じた。

 またも柳井のバットが回り、快音が響く。ライト線へ鋭いライナーが飛んだ。しかし一塁ベース上付近でスライスし、そのまま川北応援団の陣取るスタンドへ吸い込まれる。二球続けてファール、これでツーナッシングと追い込んだ。

「こら柳井。いまのも外れてるぞ」

 今度は、正捕手の秋葉が怒鳴る。

「きさま一番のくせに、ストライクとボールの区別もつかんのか」

「す、スマン」

 気まずそうに言った後、ぼそっとつぶやく。

「おかしいな。好きなコースだってのに」

 この瞬間、谷口は「しめた」と思った。そして倉橋と目を見合わせる。相手も同じ気持ちだったらしく、かすかにうなずいた。

 どうやら田淵さんは、ねらいをしぼって強振するように伝えただけで、なにをねらうかまでは指示していない。だからこのバッターは、自分の好きなアウトコースに手を出してきたんだ。となれば……打ち合わせたとおり、いけるぞ倉橋。

 そして三球目。倉橋の出したサインに、谷口は迷わずうなずいた。

 再びワインドアップモーションから、投球動作へと移る。左足を踏み出し、倉橋のミット目掛けてボールを放つ。

 ズバン、と小気味よい音がした。

 インコース低めの真っすぐ。柳井が、最も苦手とするコースだ。アウトコースばかり意識していた彼は、手が出ない。

「ストライク、バッターアウト!」

 谷口は、小さく「やった」と声を発した。周囲も湧き上がる。

「いいぞ谷口。ナイスボール」

 珍しく倉橋が、満足げに笑う。

「ナイスピッチング、さすがキャプテン」

「この調子でいきましょう」

 ナイン達も口々に声援を送る。

「さあ、まだワンアウトだ」

 チームメイトを心強く思いながらも、谷口は口元を引き締める。

「つぎはバッター二番よ。いくぞバック!」

 キャプテンの声に、墨高ナインは「おうよっ」と力強く応えた。

 

 

 一塁側ベンチは、なかなかざわめきが収まらない。

「こ、ここでインコース低めだと」

「向こうのバッテリー、俺らに対策されるのをおそれて、苦手コースには投げてこないはずじゃなかったのかよ」

 ほどなく柳井が引き上げてくる。チームメイト達と目を合わせ、苦笑いを浮かべた。

「スマン。まさか、うちの打線をおさえてきた組み立てを、ここで変えてくるとは」

 ヘルメットを脱ぎ、数回かぶりを振る。

「ストライク、ツー!」

 アンパイアの声が響く。二番打者も、あっという間に追い込まれる。

 そして三球目。ガッ、と鈍い音がした。ほぼ一塁ベースの真上に、凡フライ。一塁手の加藤が、定位置から動かず捕球する。これでツーアウト。

「ああ、またボール球を」

 記録員が溜息混じりに言った。

「苦手なインコースを続けられたからな」

 話に割り込んできたのは、柳井だった。

「追い込まれた後で、ようやく待ってたアウトコースがきたものだから、つい手が出ちまったんだ」

 ベンチが静まり返る。一旦は前向きになりかけたムードが、再び沈んでいく。

「……そういうことか」

 後輩達の傍らで、田淵はほぞを噛む。

 分かったぞ、墨谷の本当のねらいが。単にウラをかいたというだけじゃない。やつら始めから、こういう筋書きを作ってたんだ。

 ガシッ。三番打者の池田が、アウトコース低めのフォークを空振りした。スイング音と同時に、ボールがホームベース横で跳ねる。

「いまの、けっこう落ちたぞ」

 高野が呻くように言った。

「昨秋の大会で見た時よりも、フォークの落差が増してやがる」

 やっかいだな、と柳井がうなずく。

「しかも変化球は多彩だし、コントロールの良さもあいかわらずだ。池田のやつ、苦手なアウトコースにヤマを張ってたようだが、まんまとボールを振らされちまった」

「む。けど三番が、あんなワンバウンドに手を出しちゃいかんだろう」

「しかたないさ」

 自分が三振を喫したからか、柳井は庇うように言った。

「こちとら、得意コースさえ打ちあぐねてたからな。そこへ持ってきて、苦手コースにも投げ分けられたら、ますます混乱しちまう」

 それなんだよ、と田淵は胸の内につぶやく。

 墨谷は始めから、そのつもりだったんだ。打ち込まれる危険を冒して、こっちの得意コースに投げてきたのは、対策されると見越したからじゃない。大事な場面で、苦手コースをかく実に打てなくさせるためだ。

 バシッ。倉橋のミットが、乾いた音を立てる。アウトコース低めいっぱいの真っすぐに、池田は手が出ない。

「ストライク、バッターアウト。チェンジ!」

 無情にも、アンパイアのコール。ナイン達から「ああっ」と、深い溜息が漏れる。

「やいてめぇら、イチイチ暗い顔するんじゃねぇっ」

 ふいに大声を発したのは、高野だった。

「カンタンに勝てる相手じゃないのは、最初から分かってたろ。それと、さっき田淵さんも言ってたが、まだイニングはある。たった一点差、どうにでもなるじゃないか」

「お、おうっ」

 エースの剣幕に押され、ナイン達は戸惑いの声を発した。

 仲間の弱気を一喝すると、エースはグラブを手に立ち上がる。その背中に、田淵は「おい高野」と呼び掛けた。相手はこちらの目を見上げる。

「気合はいいが、けっして焦るなよ。この分だと、後半もガマン比べになりそうだし、力まず丁寧に投げていくんだ」

「分かってます」

 微笑んで、高野は言った。

「苦しい時に踏んばれてこそ、川北のエースです。これぐらいの劣勢で、ずっこけやしませんよ」

「む、その意気だ」

 田淵は「おまえ達もな」と、他のメンバーにも顔を向けた。

「向こうのバッテリーが、組み立てを変えてきたとはいえ、こっちのやることは同じだ。ねらい球をしぼり、思いきり振りぬく」

 語気を強めて、さらに付け加えた。

「すぐに打てなくてもいい。ただ、迷うな。最後にひっくり返すつもりでいけ」

 今度は声を揃えて、ナイン達は「はいっ」と返事した。

 エース高野を先頭に、レギュラー陣はグラウンドへと散っていく。後輩達を見守りつつ、田淵は墨谷ナインの控える三塁側ベンチへと視線を映した。

 キャプテン谷口、そして正捕手の倉橋が、六回裏の攻撃に備え何ごとか話している。

 警戒はしていたが、予想以上だったな。まさか墨谷が、ここまでち密な策を立ててくるとは思わなかったぜ。しかし……まだ打つ手は、ある!

 ベンチの隅に立ち、田淵はひそかに決心を固めた。

 

 

3.川北の対抗策

 

 六回裏。墨高はヒット性の当たりを連発するも、川北守備陣の好プレーに阻まれ出塁ならず。けっきょく三人で攻撃を終える。

 続く七回表。川北は先頭の四番秋葉が、谷口のカーブに泳がされセンターフライ。ワンアウトランナーなしで、五番打者の高野を迎えた。

 

 バットを担ぎ、秋葉はうつむき加減で引き上げていく。期待の主軸が打ち取られ、一塁側ベンチとスタンドから、落胆の声が漏れる。

「しっかりしろい」

 気落ちするナイン達へ、田淵は檄を飛ばす。

「そうやってしょんぼりしてたら、ますます力が出せないじゃえぇか。ほれ、みんなで高野を元気づけてやるんだ」

「は、はい」

 先輩に促され、川北は後続のエース高野へ声援を送る。

「高野、思いきりいけよ」

「打てるタマだけねらうんだっ」

 マウンド上。足元にロージンバックを放り、谷口は打者を観察した。

「さぁ来いっ」

 気合のこもった声を発し、高野は右打席へと入る。

 おや、と谷口は思った。相手打者はバッターボックスのホームベース側のラインぎりぎりに立ち、バットをかなり短く持つ。

 いよいよ川北も、捨て身できたな。ここは注意しないと。

 どうやら倉橋も同じことを感じたらしい。初球は、ミットを外にボール二個分ずらし、カーブのサインを出す。まず様子を探るという球種とコースだ。

 む、と谷口はうなずく。そしてワインドアップモーションから、第一球を投じた。

 くくっと逃げる軌道で、ボールは鋭く曲がる。高野は左足を踏み込み、叩き付けるようにバットを振り下ろした。

「……くわっ」

 ザッという音。打球はワンバウンドし、三塁手岡村の頭上へ高々と上がる。

「さ、サード!」

 谷口は指示を飛ばす。しかし、ボールが岡村のグラブに収まった時、一塁ベースに高野がヘッドスライディングしていた。内野安打、ワンアウト一塁。

「よしっ。ランナーが出たぞ」

「ナイスガッツ、高野!」

 久しぶりに一塁側ベンチ、そしてスタンドが湧く。

「す、すみません。キャプテン」

 岡村がぺこっと頭を下げ、返球してくる。

「少し迷ってしまいました」

「ドンマイよ岡村。いまのは、仕方ないさ」

 後輩を励ましつつも、気掛かりな点が脳裏に浮かぶ。

 嫌な形で出塁されたな。エースのしゅう念で、ようやくチャンスを得た。味方は大いに勇気づけられるだろう。これで勢いづかせないようにしなきゃ。

「高野の気迫、ムダにしないぞ」

「ここから一気に同点、そして逆転だっ」

 懸念した通り、一塁側ベンチは俄かに活気づいてきた。

「た、タイム!」

 倉橋がマウンドに歩み寄ってくる。

「うまくボール球を打たせたんだがな。運のいいやつめ」

 どうやら同じことを感じたらしく、憂うような表情だ。

「まあツキのあるなしは、お互いさまだ。つぎはこっちに転がってくれるさ」

 冗談混じりに返して、谷口は表情を引き締める。

「それより倉橋。向こうはこの機に、きっとなにか仕掛けてくるぞ」

「む、俺も同感だ」

 正捕手はうなずいた。

「もう終盤だし、おまけに打順も下位。ひょっとして足を使ってくることも」

「うむ。十分ありうるな」

 首肯して、谷口は相手ベンチを見やる。

「彼らはいま捨て身になりつつある。どんな策を用いてくるか……」

 その時だった。

「審判!」

 ふいに一塁側ベンチより、田淵が出てきた。そしてアンパイアへ告げる。

「六番バッター、戸田に代わります」

 この声と同時に、ネクストバッターズサークルから選手が引き上げていく。そして入れ替わるように、大柄なバッターが姿を現した。マスコットバットを軽々と振り回し、ゆっくりと打席へ向かう。

 なるほど、と倉橋が吐息混じりに言った。

「代打ときたか。そういや、ここから打順は下位だしな」

「ああ。たしかにあの六番、ここまで当たってないが」

 そう言って、谷口は束の間考え込む。

 しかし得点圏でないのに、ここで代えてくるのか。七回も含め、まだ三イニングあるというのに。そもそも川北は、さほど代打策を使うチームじゃないはずだが……

「どうした?」

 訝しげに倉橋が問うてくる。

「あ、いや……」

 谷口は小さくかぶりを振り、きっぱりと返答した。

「とにかく。この戸田を、かく実に打ち取ろう。向こうに流れを渡さないためにも」

「よしきたっ」

 快活に言って、倉橋はポジションに戻る。そして、戸田が右打席へと入ってきた。

 指先にロージンバックを馴染ませつつ、谷口はバッターと相手ベンチの様子を伺う。ここは慎重にいかなければならないと心得ていた。

 采配を振るう田淵や他のナインに、目立った動きはない。一方、戸田は「来いっ」と気合の声を発し、バットを長く持つ。いわゆる長距離ヒッターの構えだ。

 ここは素直に、打たせるようだな。あとはねらい球だ。真っすぐか変化球か、それともコースをしぼってくるのか。

 初球。倉橋がアウトコース低めに、フォークのサインを出した。谷口はうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。

 鈍い音がした。ボールの上っ面を叩いた打球が、三塁側ファールグラウンドに転がる。ファールとなりワンストライク。しかし迷いのないスイングに、谷口は脅威を感じた。

 外角をねらってたのか。フォークにしておいて、よかった。しかし代わったバッターは、得意不得意の情報がないから、ちょっと攻めづらいぞ。

 三球目は、インコース低めに真っすぐを投じた。

 またも戸田は手を出す。一塁線へ、今度は鋭い当たり。ショートバウンドの打球が、飛び付いたファースト加藤のグラブを弾く。

「ファール、ファール!」

 一塁塁審が二度コールし、両腕を大きく広げた。

 あぶない。少しでも甘く入ってたら、フェアだったな。しかしコースじゃなく、真っすぐ一本にしぼってるのか。それなら……

 三球目は、初球と同じアウトコース低め。ただしボール二個分外せというサイン。倉橋が「ここよ」とミットを構えた。む、と谷口はうなずき、投球動作を始める。

 バシッと倉橋のミットが鳴る。戸田はぴくりとも動かない。

「ボール!」

 アンパイアのコールに、周囲から「おおっ」と溜息が漏れる。

「ナイスボール。おしかったな」

 苦笑いが、倉橋のまなじりに浮かぶ。見られちまったかと言いたげだ。

 続く四球目。またもアウトコース低めに、今度はシュートを投じた。ストライクからボールになる軌道。これも戸田は見極め、イーブンカウントとなる。

 谷口は「ううむ」と、首を傾げた。

 レギュラーとちがって、きわどいコースもしっかり選球できてるな。しかも見るだけじゃなく、ねらい球は思いきり振ってくる。けっこう、やっかいだぞ。

 この時、ふと閃くものがあった。ちらっと一塁側ベンチに目をやる。田淵が腕組みしながら、グラウンドへ鋭い眼差しを向けている。

 そうか、分かったぞ。この代打策は、単にチャンスを作るというだけじゃない。こっちの作戦をつぶすためのものだったんだ。

 五球目。倉橋が、インコース高めの真っすぐを要求してきた。バッターの脇の甘さに気付いたらしい。谷口はサイン通りのボールを放る。

 ズバン。戸田のバットが、空を切る。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアが右手を突き上げる。戸田は「くそっ」とバットを足元に叩き付け、ベンチへ帰っていく。これでツーアウト。

「タイム!」

 一塁側ベンチ。またも田淵が出てきて、アンパイアへ告げた。

「七番バッター、野木に代わります」

 やはり、と谷口はつぶやいた。

 ベンチ手前で、野木は数回素振りしてから打席へと向かう。上背はあるものの、かなり細身だ。さほどパンチ力はなさそうだが、動きは俊敏。小技には長けているだろう。

「た、谷口。ちょっと」

 倉橋がマウンドに駆けてくる。

「こりゃ予想外だな。半田達の情報では、やつらが続けざまに代打を送ってくるなんて話、なかったはずだが」

「ああ、そうだな」

 一塁ランナーの高野に聞かれないよう、互いに声を潜める。

「やつら、よほどこの回に勝負をかけてるのか」

「む……たぶん、それはちがうと思う」

 思わぬ返答に、正捕手は目を丸くした。

「どういうことだ?」

「彼らは、こっちの策に対抗してきたのさ。よく考えついたもんだ。たしかに代打なら、バッターの得意不得意の情報がないし、まだ選球眼もずらされてないから」

「なんだとっ。あ……」

 つい大声を発してしまい、相手が慌てて口元を覆う。

「こっちは川北が、よほどのことがない限りレギュラーを下げないと分かって、あの作戦を立てたんだ。それを見抜いて、すぐに手を打ってくるとは」

 谷口は、素直に感心した。

「さすが田淵さん。かつてキャプテンを任されただけのことはある」

「オイオイ。敵をほめちゃって、どうすんだよ」

 苦笑い混じりに、倉橋は言った。

「このままじゃ、向こうを勢いづかせちまうぞ」

「なーに。やることは、けっきょく一緒じゃないか」

 気楽そうに答える。

「バッターをよく観察して、じっくり打ち取っていくだけだ」

「む、それもそうだな」

 正捕手は納得したのか、踵を返しポジションへと戻っていく。ほどなくタイムが解かれ、アンパイアが「プレイ!」とコールした。

 野木は左打席に入り、バントの構えをする。足を使ってくる気だと、すぐに察した。

 初球。倉橋がアウトコース高めに、真っすぐのサインを出す。もちろん外す球だ。谷口はセットポジションにつき、ランナーがスタートを切りづらいよう十分に間を取ってから、第一球を投じた。

 果たして、やはり高野はスタートを切る。バッテリーの読み通りだ。

 すかさずセカンドの丸井が、二塁ベースカバーに走る。ところが野木は、高めのボール球を強引に引っぱった。

 パシッ。土を這うような打球が、広く空いた一・二塁間を抜けていく。

「く……こなくそっ」

 逆を突かれた丸井が、懸命にグラブを差し出すも届かない。

「ライト、中継だ!」

 谷口は指示を飛ばしつつ、三塁側ファールグラウンドへ走った。高野はすでに二塁ベースを蹴り、さらに加速して三塁ベースへと向かう。

「く、くそうっ」

 前進してきた久保がようやくボールを拾い、中継へ投げ返す。捕球した丸井は、そのまま送球しようとしたが、すでに高野は三塁を陥れていた。

 一塁側ベンチ、そしてスタンドがさらに活気づく。

「さすが野木。ねらいどおり、右へ打ち返したぞ」

「高野もよく走った。ナイスガッツだ!」

 対照的に、三塁側ベンチとスタンドはざわめき始める。じわじわと押し返してきた川北の底力を、多くの者が感じ取っていた。

「……た、タイム!」

 アンパイアに断ってから、倉橋は内野陣をマウンドへ集めた。

 

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川北バッテリーよ、君達は“強者のプライド”というものを履き違えている!<漫画『プレイボール2』への意地悪なツッコミ⑥>

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【目次】

  •  <はじめに>
  •  1.これはプライドではなく、ただの油断である!
  • 2.本当の“強者のプライド”とは!?
  • 3.川北監督・田淵の“打つべき手”

 

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<2020年・沖縄高校野球>沖尚、本部……昨秋の沖縄勢は、ちょっとツキがなさすぎた!

 

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  先日(令和2年1月24日)、選抜高校野球出場校の発表が行われた。

 

 残念ながら、21世紀枠候補に残っていた本部高の選出はならず。これで沖縄勢としては、5年連続の選抜出場ナシである。

 

 それにしても、昨秋はとことんツキがなかった。普通は“運も実力の内”“タラレバは禁物”と言うのだが、今回に限っては「なんでよりによって、このタイミングで!」と言いたくなるifが、重なりすぎた。

 

 もし、沖縄尚学と本部が、別ブロックだったら。

 

 もし、沖尚のエース永山蒼が、絶好調だったら。

 

 もし、沖尚が九州準々決勝で、同大会優勝校の明豊と当たらなければ。

 

 もし、興南の1年生左腕・山城京平の覚醒が、あと一ヶ月早かったら。

 

 もし、美里工業が夏大の時のレベルを保っていれば。

 

 上記のどれか一つでも掠っていれば、久々の県勢の選抜出場はあり得た。十分に成し遂げるだけのポテンシャルはあった。まぁ……「勝てない時」というのは、得てしてこんなものだ。ツキにまで見放される。

 

 ただ、モノは考えようだ。裏を返せば、「ちょっとしたキッカケさえあれば」覚醒しそうなチームが、いくつも控えているということ。

 

 その筆頭は、やはり沖縄尚学だろう。昨夏、習志野と激闘を繰り広げたメンバーが多く残る。また、永山と大湾朝日の二枚看板は、他校にとって大きな脅威だ。

 

 対抗馬は……迷うところだが、前述の山城が台頭した興南だろうか。注目は、彼を「いつから」主戦として起用するのか、ということ。1年生大会での躍動を見る限り、春季大会からでも早くないとは思うが、上級生も秋のリベンジを果たしたいだろう。

 

 ただ、この山城の実力は、もう疑いようがない。現時点で、すでに県内で3指には入る投手である。夏には復活した沖尚の永山との投げ合いを見たいと思うのは、私だけではないはずだ。

 

 この私学二強に割って入りそう……というより、そうしてもらわなきゃ困るのが、沖縄水産美里工業である。

 

 この二校は、戦力的には沖尚や興南とも、十分伍していけるだけの実力はある。ただ以前も書いたように、攻守におけるツメの甘さを克服できるかどうかがポイントだ。

 

 さて……惜しくも21世紀枠選出とならなかった本部だが、Twitter上の野球部公式アカウントによると、変わりなく元気に活動しているようで、ひとまず安堵した。

 

 今のような取り組みを続けていれば、いずれまたチャンスは来る。幸か不幸か、現在の沖縄高校野球は、さほど突出したチームがいない。戦い方次第では、再び上位に食い込むことは十分可能だ。彼らのような普通県立高の奮闘が、全体の底上げを促す。どうかこれからも頑張ってほしい。

 

(本部高野球部の公式アカウント)

※かなり興味深い情報を発信しているので、是非一度ご覧ください。

twitter.com

【野球小説】続・プレイボール<第27話「相手のスキを突け!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第27話 相手のスキを突け!の巻
    • 1.田淵の誤算
    • 2.川北バッテリーの隙
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 


 


 

第27話 相手のスキを突け!の巻

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1.田淵の誤算

 

 球場の外は、立ち見やらタバコやらの客で溢れている。

「フウフウ……どうにか、間に合ったぜ」

 三塁側スタンドへと続く外階段の前で、田所は汗を拭った。そして人混みを掻き分けながら、階段を上っていく。

「ち、ちょいと失礼」

 ようやくスタンドに出ると、バックスクリーンが視界に飛び込んできた。

「ええと……いま四回が終わって、零対一。ああ一点負けてやがる」

 左へ視線を移すと、黒い学ラン姿の一団があった。墨高の応援団だ。これから相手の攻撃が始まる前ということで、今は客席に座り休憩中である。

 近付いていくと、そのうちの一人が振り向いた。

「あっ。田所先輩じゃありませんか」

「なんでぇ、おまえか。しばらくだな」

 昨年から顔馴染みの応援団員だった。

電器屋の作業着ってことは、仕事を抜けてきたんスか?」

 田所は「あら」とずっこける。

「ひ、人聞きの悪いこと言うなよな。ちゃんと終わらせてきたさ」

 一つ咳払いして、尋ね返す。

「んなこたぁ、どーだっていい。覚悟してたが……やはり劣勢のようだな」

「ええ、お察しのとおりです」

 うなずいて、後輩は答えた。

「やはりシード校はちがいますね。一点に抑えちゃいますが、毎回のようにランナーを背負って、もう二点くらい取られてもおかしくなかったですから」

 おやっ、と田所は思う。

「ようよう。おめぇ話のわりに、ずいぶん口調が明るいじゃないか」

「へへっ、分かりますか」

 後輩はにやっとした。

「じつは向こうと同じくらい、うちもチャンスを作ってるんですよ。ですから……内容は、ほとんど互角と言っていいと思います」

「ほ、ほんとかい」

 口をぽかんと開けてしまう。

「ええ。それに……自分は野球のこと、よく分からないですけど。心なしか、相手よりもうちの方が、生き生きしてる感じがします」

 眼前では、墨高ナインがボール回しと投球練習を行っている。倉橋と松川のバッテリー。内野陣は谷口とイガラシ、丸井に加藤。外野は、横井と島田、そして久保。たしかに応援団員の言うように、誰もが充実した表情だ。

 し、信じらんねぇ。うちが……あの川北と、互角以上にやり合うなんて。力をつけてきてるのは知ってたが、ここまでとは。

「ま……見てりゃ、分かりますよ」

「お、おう」

 後輩の一言に、田所はグラウンド上を凝視した。

 

 

 やがて五回表が始まった。依然として、川北が一点リード。

 

 パシッ。先頭の七番打者が、右方向へ打ち返す。巧く捉えたかに見えたが、思いのほか伸びない。右翼手の久保が、数メートル下がっただけで捕球した。

「ようし、ワンアウトっ」

 キャッチャー倉橋の掛け声に、ナイン達も応える。

「バッテリーうまく打たせたぞ」

「その調子だ。どんどん攻めてけ!」

 視界の隅で、バッターが首を捻りつつ引き上げてきた。

「……ヘンだなぁ、得意コースだったのに。打ち損じちゃうなんて」

 後続打者が「バーロイ」と怒鳴り付ける。

「いまのはボール球だぞ。きさまどこに、目ぇつけてやがんだ」

「え、そうだっけ」

「しっかりしろい。よくそれで、レギュラーが務まったな」

 くすっ、と倉橋はほくそ笑む。

 指摘ごもっとも。しかしまだ、カンジンな点に気づいてないようだな。こっちが二巡目から、少しずつコースを外して、そちらの選球眼をずれさせてるのを。

 ガキッ。鈍いゴロが、三塁ファールグラウンドに転がる。

「くそっ、読みどおりカーブだったのに」

 この八番打者も首を捻る。前のバッターと、ほとんど同じ反応だ。

「さーて。おつぎは、どうするかな」

 挑発的に言うと、相手はムッとした顔をした。

 二球目。インコース高めに、速球を投じさせる。見せ球のつもりだったが、バッターは手を出してしまう。松川の重いボールに詰まらされ、平凡なレフトフライ。

「オメーも人のこと、言えねぇだろ!」

 さっきの七番打者が、ベンチより野次を飛ばす。

「……ストライク、ツー!」

 アンパイアのコール。後続の九番打者は、顔を上げ「えっ」と声を発した。アウトコース低めのカーブである。これでイーブンカウント。

 おやおや。慎重に見きわめていると思いきや、こっちもだいぶズレてきてるな。前の打席では得意コースにくると思って、振りも大きくなってたし。

 それなら……と、倉橋はサインを出す。

 五球目。速球をわざと、真ん中高めに投じさせた。打者のバットが回る。鈍い音と同時に、ピッチャー頭上へ高いフライが上がる。

「オーライ!」

 掛け声を発し、松川が難なく捕球した。スリーアウト。

「ナイスピーよ、松川」

 ベンチへ向かいつつ、丸井が愉快そうに言った。

「ひさびさの三者凡退。リズムよく守れたぞ」

「む、いいムードになってきた。これを攻撃につなげようぜ!」

 ナイン達は、そう互いに声を掛け合う。誰もが明るい表情だ。

「おい松川」

 倉橋は後輩を呼び、その背中をぽんと叩く。

「ご苦労さん、よく投げてくれたな」

「ありがとうございます」

 僅かに口元を緩め、松川は軽く一礼した。ここで彼はお役御免となる。

 

 

「まて、おまえ達」

 一塁側ベンチ。田淵は、語気を強めて言った。

「……は、はぁ」

 守備へと向かいかけていた川北ナインは、ベンチ手前で一斉にこちらを振り向く。その数人が、明らかに浮かない表情だ。

「いったん攻撃のことは忘れろ。この五回裏が終われば、少し間も空く。終盤トドメを刺すために、どうあっても凌ぐんだ。いいなっ」

「はい!」

 後輩達は快活に返事した。しかしグラウンドへと散っていく、その足取りは重い。

「あっさり終わっちゃいましたね」

 記録員を務める部員が、そう言って溜息をつく。

「まえの回あたりから、振りが大きくなったりボール球に手を出したりして」

「む、それなんだが……」

 ナイン達のボール回しを見守りながら、田淵は苦々しい思いで答える。

「やられたのさ。向こうのバッテリーは、これを始めからねらってたんだ」

 生真面目そうな後輩は、目をぱちくりさせる。 

「どういうことです?」

「一巡目にミエミエの組み立てをしてきたのは、こっちの警戒心を薄れさせるためだったんだ。いつでも打てると思わせておいて、ちょっとずつ外していく」

「な、なるほどっ」

 相手は驚嘆の声を発した。

「それでみんな……得意コースなのに打ち損じていると、カン違いして」

「ああ。じつは選球眼を狂わされていると、気づかずにな」

「し、しかし先輩」

 田淵の言葉に、後輩はなおも首を傾げる。

「うち相手に、どうして墨高のやつら……こんな危険を冒してきたのでしょう。序盤で打ち込まれることだって、十分あり得るんですよ」

「これは、三つ理由があると思う」

 一つ吐息をつき、田淵は話を続けた。

「まず……単にバッターの苦手コースをつくやり方では、読まれてしまうと推測したのだろう。実際、そのように対策していたじゃないか」

「じゃあやつら、それを見越して」

「うむ。そして二つ目は、序盤に何点か取られたとしても、後半にばん回できると踏んでたんだろう。向こうの攻撃を見る限り、かなり対策を積んでたようだし」

 ですが……と、記録員はまだ食い下がる。

「結果として一失点ですんだものの、もし大差をつけられていれば、取り返しがつかなくなります。それくらい、やつらも分かってたはずでは」

「これこそが、最後の理由さ」

 やや肩を竦め、田淵は返答した。

「なんといっても……やはり松川の力量を、向こうは信頼してたんだろう。ねらわれても、そうカンタンには連打されないと」

 後輩が「そ、そんな」と、頬を引きつらせる。

「だとしたら……ここまで、すべて墨谷の計算どおりに」

「悔しいが、そういうことだ」

 当日にしか合流できなかったことが、今さらながら悔やまれる。時間が足りなかったせいで、現メンバーに必要な助言をしてやれなかった。過去の傾向からして、墨谷がより多様な策を講じてくることは、十分想定できたのだ。

「……ここはもう、辛抱だ」

 相手にではなく、自分自身へ言い聞かせる。

「幸い、まだ一点リードしてる。点をやらなければ負けることはない」

 遅ればせながら、向こうのねらいが見えてきた。ここを凌いでくれれば、つぎの対策ができる。たのむぞ……高野、秋葉。どうにか踏んばってくれ。

 祈るような思いで、田淵はグラウンド上を見つめた。

 

 

2.川北バッテリーの隙

 

 マウンド上。指先にロージンバックを馴染ませつつ、高野は悩んでいた。

 さっきの回……たった十二球で、終わっちまったな。どうも流れが悪いぞ。こっちも短い時間で終わらせて、試合のリズムを変えていきたいが。しかし上位打線かぁ。

「ようし行くぞっ」

 高野の眼前。墨高の一番打者・丸井が気合の声を発し、右打席へと入ってくる。

「一番バッターからだ。しっかり守っていこうよ!」

 キャッチャー秋葉の掛け声に、ナイン達は力強く「おうっ」と応える。

 丸井に対して、速球とカーブを二球ずつ投じた。すべて高めのコース。二球はファール、もう二球は見きわめられる。

 思わず舌打ちした。

「ちぇっ。こいつら、高めはカットすりゃいいと」

 五球目。真ん中低めに、高野はドロップを投じる。

「……ボール!」

 アンパイアのコール。丸井はぴくりともせず、悠然と見送った。

 いまの見逃し方……これはボールだと、もう確信してたな。まさか高低とも見きわめられるとは。かといって下位打線のように、力でねじ伏せるわけにもいくまい。

 高野の頬を、冷たい汗が伝う。

「バッテリー、打たせろっ」

 ふいに中堅手の柳井が叫ぶ。

「二人だけで野球すんな。バックを信じて、どんといけ!」

「そうだ、俺達が助けてやる」

「気持ちで負けるな。全員で、アウトを奪うんだ!」

 他の野手陣も呼応する。高野は、深くうなずいた。

 そして六球目。アウトコース低めいっぱいに、速球を投じる。丸井は左足を踏み込み、おっつけるようにスイングした。パシッと快音が響く。

 痛烈なゴロが、一塁線を襲う。

 一瞬ライトへ抜けるかに思われたが、あらかじめ深く守っていた一塁手が、なんと横っ飛びで捕球した。その間、高野はベースカバーに入り「へいっ」と合図する。一塁手はすぐに起き上がり、こちらに送球。丸井のヘッドスライディングは、間一髪及ばず。

「あ、アウト!」

 一塁塁審が、右拳を高く突き上げる。またも飛び出した好プレーに、一塁側スタンドが沸き返った。

「ナイスファースト!」

 高野は一声掛け、ほっと胸を撫で下ろす。

 やれやれ……ほんとに助けられちまった。しかし、ああも毎回のように食い下がられたら、さすがに疲れるぜ。こうなった以上、野手陣をアテにするほかねぇかもな。

 またも快音。今度は、左中間へライナーが飛んだ。破れば長打という当たりだったが、中堅手の柳井が背走しながら、目いっぱい伸ばしたグラブの先に収める。

「ああ……くそぅ、捕られたか」

 すでに一塁ベースを蹴っていた島田が、悔しそうに引き上げていく。

「ほれっ、高野」

 遊撃手からの返球を捕り、高野は一つ吐息をつく。

 どうにかツーアウトまで、こぎつけたか。クリーンアップのまえに、一人でも出塁されていたら、ただじゃすまないと思ってたが。しかし、つぎは三番から。スリーアウト目を取るまで、気は抜けねぇな。

 

 

「……みょうだな」

 ネクストバッターズサークル。倉橋は、僅かに首を傾げた。

「お、おい倉橋」

 後続の谷口が、声を掛けてくる。

「どうしたんだ、ぼーっとして。早く打席に行かないと」

「あ、うむ」

 立ち上がろうとすると、田淵がタイムを取り、バッテリー二人を呼び寄せた。中軸を迎えるに当たり、注意点を伝えるだめだろう。ともかく、これで少し時間を稼げる。

「なぁ谷口。この回の高野、どこかヘンじゃないか」

 率直に感じたことを伝える。

「もちろんフォームの変化はないし、球のキレが落ちてるわけでもねぇんだが。でも、なにかオカシイのはたしかだ」

 分かれば攻りゃくのヒントにできそうなのに、と倉橋はもどかしい。

「ああ、それなら」

 谷口はふと、口元に笑みを浮かべた。

「ちょうど良かった。じつはこのことを、倉橋に言おうと思ってたんだ」

「な、なにっ」

 思わず目を見開く。

「といっても……俺もさっき、ようやく気づいた」

 囁くような声で、谷口は端的に告げた。

「この回、投げるテンポが速くなってる」

「そ、そうか!」

 つい声を上げてしまい、慌てて口をつぐむ。谷口は「うむ」とうなずいた。

「とくに島田に対しては、二球目から低めを突いてきた。四回までは、ねらわれてると感じてたからか、追い込むまで投げなかったのに」

「なるほど。早く打たせて取ろうと、気が急いているのか」

 頭の中で、すばやく計算を立てる。

「となると……はじめの三球以内に低めを突いてくることも、十分あり得るな」

「俺もそう思う。だから倉橋、ここはねらっていけ」

「よし来た!」

 倉橋はそう言って、今度こそ立ち上がった。

 

 

「投球のテンポが速すぎるぞ」

 一塁側ベンチ前。田淵は開口一番、そう告げた。

「は、はぁ」

「言われてみれば」

 高野と秋葉。バッテリー二人は、戸惑いつつもうなずく。

「早く終わらせたい気持ちは分かる。しかし何度も言うが、こういう展開では焦った方が負けた。とくに中軸の三人は、少しまちがえば長打の危険がある。じっくり時間を使って、ぎゃくに向こうを焦れさせてやれ」

「わ、分かりました!」

「まかせてください」

 いつも通り、二人は快活に応えた。そしてグラウンドへと戻っていく。

「……返事はいいんだがな」

 残された田淵は、一人つぶやいた。どこか不安が拭えない。

 

 

「プレイ!」

 倉橋が右打席に入ると、試合は再開された。

 マウンド上。高野はすぐに、投球動作へと移る。インコース高めのカーブ。ややボール気味だったが、打者はこれをファールにした。

 ほう……なかなか初球には、手を出さなかったのに。ここに来て、やつも少し打ち気に逸っているのかもしれんな。

 高野はこの直前に、倉橋が谷口となにやら話していたのを、視界に捉えている。

 ふん。なに打ち合わせしてたか知らんが、ツーアウトランナーなしの状況で、大した策もあるまい。どうせドロップをねらうとか、そんな程度だろう。

 二球目は、アウトコース高めのカーブ。これも倉橋はカットした。

 案外カンタンに追い込めたぜ。ボールでもいいと思って投げたが、そっちから手を出してくれるとは。まったく助かるぜ。

「高野、ゆっくり」

 キャッチャー秋葉が、そう言って返球してくる。

「お、おう。分かってるよ」

 苦笑いして、ボールを受けとる。でもな……と、胸の内につぶやいた。

 田淵さんの言うことは、当たってる。けど……俺はむしろ、守備の時間が長いのが、ずっと気になってるんだよな。二回以降、きれいに二人ずつ出塁されちゃってるし。守りに神経を割かれているせいか、攻撃がうまく回らない。

 そして三球目。秋葉から、インコース高めの速球というサインが出される。

 高野は、首を横に振った。相棒が目を見開く。この後、すべて高めに速球とカーブを指示されるが、いずれも首肯せず。

「……た、タイム!」

 アンパイアに合図し、秋葉がこちらに駆け寄ってきた。

「おい、なんで高めはダメなんだよ」

 声を潜め、問うてくる。

「低めはねらわれてるって、分かるだろ」

「いや……高めも対応されてる。ここで粘られたら、さすがに終盤までもたねぇよ」

 こちらの返答に、相手は一瞬黙り込んだ。

「心配すんなって」

 高野はそう言って、少し笑う。

「ちゃんとコースに投げれば、たとえ打たれても大ケガはしねぇよ。それに……やつらが気にしてるのは、ドロップだ。その意表を突こう」

「……なるほど、アウトコース低めの速球か」

「うむ。さ、分かったら戻れ」

 ようやく秋葉は納得し、ポジションに帰る。そして打ち合わせた通り、速球をアウトコース低めにというサインを出した。

 高野はうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 投じられた速球は、ほぼねらったコースと高さ。ところが、倉橋は「待ってました」とばかりに左足を踏み込み、迷いなくフルスイングした。

「……な、なんだとっ」

 思わず叫んでしまう。

 ジャンプした一塁手の頭上を、ライナー性の打球が越えていく。そして白線のぎりぎり内側に落ちた。一塁塁審が「フェア」とコールする。

「ら、ライト!」

 秋葉の指示よりも先に、右翼手がフェンス手前で捕球する。その間、倉橋は一塁ベースを蹴り、二塁へと向かった。送球は、中継の二塁手に返っただけ。

 倉橋は三塁へ向かいかけたところで、さっと引き返す。ツーベースヒット。

「ナイスバッティング!」

「さすが三番、よくねらい打ったぜ」

 三塁側ベンチより、墨高ナインの声援が飛ぶ。

「……くそっ。ヤマをはられた」

 グラブを腰に叩き付け、高野は唇を噛んだ。

 

 

 一塁側ベンチ前。田淵は、ひそかに唇を噛んだ。

「ううむ……高野のやつ、血迷ったか」

 この回で二度目のタイムを取り、再びバッテリーを呼び寄せる。

「す、スミマセン」

 駆けてくるなり、高野は頭を下げた。さすがに肩を落としている。

「オイオイ、しょげている場合じゃないぞ。すんだことは仕方がない。ただ……どうして打たれたか、ちゃんと分かってるのか?」

「そ、それは……低めにヤマをはられたと」

「うむ。といっても、ただの当てずっぽうじゃないぞ」

 田淵の一言に、二人は「えっ」と声を重ねた。

「おまえ達のテンポが速いもんで、早く勝負をつけたがっているとカンづいたのさ」

 あっ……と声を発し、高野は顔を赤らめる。

「始めの二球をカットしたのも、低めを呼び込むためだろう。あの倉橋は……墨高は、そういう知略に長けているからな」

「……あの、高野だけの責任じゃありません」

 横から秋葉が、おずおずと割り込んだ。

「こいつの体力を考えて、自分が賛成しました」

「気持ちは分かるさ」

 田淵は、穏やかな口調で言った。

「高野にしても……早く終わらせて、リズムを作りたかったんだろう。守りに神経を割かれて、攻撃がチグハグだからな」

 はっとしたように、高野は目を見上げる。

「だが、もうそんな余裕はないはずだ。二人とも薄々気づいてるだろう」

 しばし間を置いて、率直に告げた。

「墨谷は強い。八強に進んだ昨年と比べてさえ、別格のチームになった。ヘタすりゃ……いまのうちと互角か、それ以上だろう。しかし、モノは考えようさ」

 二人のうつむき加減の肩を、田淵はぽんと叩く。

「高野、秋葉。おまえ達の目標はなんだ? 言ってみろ」

「は……そ、それは」

 高野は秋葉と目を見合わせ、戸惑った顔をした。それでもきっぱりと答える。

「もちろん谷原を倒して、甲子園へ行くことです」

「だったら……今日はその、いい予行演習じゃないか」

 その言葉に、ようやく二人は背筋を伸ばす。

「いいか二人とも。この試合は、谷原への挑戦権が掛かってもいるんだ。墨高よりも、それは自分達こそがふさわしいのだと、きっちり証明してこい!」

「はい!」

 二人は力強く返事して、グラウンドへと戻っていく。

 

 

 秋葉がポジションに座ると同時に、谷口は右打席へ入っていく。

「バッター四番だ。しっかり守っていこうよ!」

 マウンド上。エース高野が、野手陣に声を掛ける。その表情は明るい。

 あのピッチャー、少し元気になったな。きっと田淵さんに励まされたんだろう。倉橋に二塁打を浴びた時は、だいぶガックリきてたが。

 注意深く相手エースを観察した。その当人は忙しなげに、足元をスパイクで均す。どうも落ち着きがない。やはり……と、胸の内につぶやく。

 この様子じゃ、内心の動揺が消えたわけじゃない。なにか策を授けられたのかもと思ったが、あれではバッターとの勝負に集中するのが精一杯だろう。

 さらに谷口は、視線を左右に広げる。

「強気でいけ、高野!」

「バッター勝負だっ」

 川北の野手陣、よくピッチャーを盛り立てているな。ウラを返せば、どこか不安があるということ。しかも得点圏でクリーンアップという状況から、どうやらバッターを打ち取ることしか考えてないぞ。

 こうして、ひそかに決心を固めた。

 相手に気づかれぬよう、谷口はこっそりサインを出す。二塁ベース上の倉橋は、一瞬驚いた目をしたが、すぐにうなずいた。

 

 

 マウンド上。高野は一回、二回……と、牽制球を二塁へ投じた。足を警戒するというより、バッターを焦らすためのものだ。そして、一つ吐息をつく。

 落ち着け、もうツーアウトなんだ。この四番を打ち取れば問題ない。

「そうだ高野!」

 秋葉がマスク越しに、声を掛けてくる。

「慌てなくていい。じっくり攻めよう」

「おう、任せろ」

 言葉を交わし、相棒がサインを出す。高野はうなずき、セットポジションから投球動作を始めた。インコース高めのカーブ。

 次の瞬間。ふいに「ゴー!」と、谷口が叫んだ。

 えっ、と思った刹那。背後から土を蹴る音がした。そこに内野陣の「走った」という声が重なる。この時、指からボールのすっぽ抜ける感覚があった。

「し、しまった……」

 ガシャン。飛び上がった秋葉の頭上を越え、投球はバックネットを直撃する。

 ボールは一塁側へ、緩く転がった。秋葉が慌てて走る。その間、倉橋は躊躇なく三塁ベースを蹴り、一気にホームへ突っ込んできた。

 高野はベースカバーに入り、グラブを掲げる。

「へいっ」

 ボールを拾い、秋葉が素早く送球した。しかし……それを捕球した高野の眼下で、倉橋の右手がホームベースをはらう。

「せ、セーフ!」

 アンパイアが二度、両腕を水平に広げた。

 倉橋は起き上がると、右拳を軽く突き上げる。三塁側ベンチとスタンドの応援団が、大きく沸き返った。眼前では、秋葉が片膝を付いたまま、何度もかぶりを振る。

「く……くそうっ」

 バチン。自分の不甲斐なさに、高野はホームベースを叩いた。

 

 

「よーし、追いついたぞ」

 三塁側ベンチ。墨高ナインは身を乗り出して、倉橋を迎え入れる。

「ナイススチール。それにナイススライディング!」

「さすがキャッチャー、完全にウラをかいたな」

 谷口は一旦打席を外し、仲間達に呼びかけた。

「同点で満足するな。いま相手は、動揺してる。もう一押しするんだっ」

 すぐに「おうよ!」と、力強い声が返ってくる。

 片やマウンド上。束の間話し込んでいた川北ナインは、やがてタイムを解く。

「……とにかく、まだ同点だ」

「バッテリー引きずるなよ」

 一人残された高野は、まだ表情が硬い。ロージンバックを拾い上げ、しばし弄んだ後、やや無造作に足元へ放る。

 そうとうショックを受けているな。たたくなら、いまだ!

 再開後の初球。力んでしまったのか、キレのないカーブが真ん中に入ってくる。失投を予感していた谷口は、躊躇なく振り抜いた。

 バンッ。打球はあっという間に、レフトフェンスを直撃する。

 川北の左翼手が、ボールを必死の形相で拾い、中継の遊撃手へ投げ返す。谷口はその間、悠々と二塁ベースを陥れた。ツーベースヒット。

 ホームベースの方を振り向くと、すぐに後続のイガラシが右打席へと入ってきた。

「イガラシ! 思いきって……」

 そう言いかけた時、相手ベンチから田淵が出てくる。またバッテリーを呼ぶかと思いきや、一塁方向を指差した。歩かせろ、という合図だ。

 そうくるか……と、谷口は苦笑いした。

 ちょっとアテが外れちゃったな。向こうの立場からして、無理にでも勝負しようとすると思ったが。やはり田淵さん、状況をよく理解してる。

 イガラシが一塁へと歩き、塁が埋まる。谷口は攻め方を思案した。

「……た、タイム!」

 思わぬ声に、はっとする。次打者となる横井だった。

「谷口。ちょっといいか」

「む、どうした」

 なぜか横井は、打席より数メートル下がり、グラウンドに背を向ける。そして、こちらに耳打ちしてきた。

「真っすぐが、もしアウトコース高めにきたら……ねらっていいか?」

 意外な一言に、谷口は「えっ」と目を見開く。

「イガラシを歩かせたってことは、なんとしても俺を打ち取るつもりだろう」

 横井は囁くように述べる。

「ただ低めはねらわれている。となれば、きっと高めの速球とカーブで勝負してくる」

「うむ、そうだろうな」

「それに……あの高野のボール、まえのエースとよく似てるもんで、だいぶ目が慣れてきた。インコースは難しいだろうが、アウトコースの速球なら合わせられると思う」

 一理あるな、と谷口は思った。ピンチの時ほど、得意球で勝負しようとするのがピッチャー心理だ。しかもまえの打席で、横井にドロップを打ち返されている。となれば、なおさら高野は低めを投げてこないだろう。

「……分かった。思ったとおり、やってみろ」

 首肯して、さらに付け加える。

「ただし向こうは、早くこの回を終わらせたがってもいる。ツーストライク後は、一転して低め……またドロップということも」

「うむ、心得てるさ」

 微笑んで、横井が言った。

「くるとしたら、きっと早いカウントだ。ひょっとして初球かもしれない」

 同感だ、と谷口はうなずく。

「ねらいどおりのタマがきたら、迷わずいけ」

「おうよっ」

 それだけ言葉を交わし、二人は互いに踵を返した。

 

 

 マウンド上。高野は一度、大きく深呼吸する。

「……落ちつけ、まだ同点なんだ」

 眼前では、墨高の六番打者・横井が右打席へと入ってきた。ほぼ同時に、谷口も二塁ランナーの位置に戻る。やがて試合再開が告げられた。

 投球前、束の間思案した。

 けっこう長く打ち合わせてたな。一点取った後、しかもツーアウトで下位打線だ。また足を使ってくることも、十分考えられるぞ。

 初球。秋葉のサインは、アウトコース高めの速球。さらにボール一個分ずらす。

 ストライクから外すってことは……どうやら秋葉も、同じことを考えたようだな。もしダブルスチールでも許して、三塁に行かれたらメンドウだ。そうなれば、内野安打やエラーでも一点入っちまう。

「さぁ来い!」

 横井が気合の声を発した。

 この六番、さほど怖いバッターじゃないが、当てるのはウマい。さっきもドロップをうまく拾われた。三振を奪うのが難しい以上、念には念を入れないとな。

 サインにうなずき、速球を投じる。アウトコース高めのボール球。

「ま、まさか……」

 その刹那、パシッという音が響く。横井は、外へ思いきり踏み込み、強引に引っ叩いた。ボールは、二塁ベースの数メートル後方へ飛んでいく。

「く、くわっ」

 中堅手の柳井が懸命にダッシュし、飛び付いた。その目いっぱい差し出したグラブの先。ボールは、芝の上で弾む。カバーに入った左翼手がそれを拾った時、二塁ランナーの谷口は、すでにホームベースへ滑り込んでいた。

 この瞬間。三塁側スタンドに陣取る墨高応援団が、大きく沸いた。

「よっしゃあ、ひっくり返した!」

「すげぇぞ横井。川北のエースから、タイムリー打つなんて」

 殊勲打を放った横井は、一塁ベース上で照れた顔になる。

 マウンド上。高野は一連の光景を、無言で凝視していた。膝を付かずにいるのは、せめてもの意地だ。唇を痛いほど噛み締める。

 ちきしょう……墨高のやつらめ! このままですむと思うなよっ。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第26話「あわてず攻めろ!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第26話 あわてず攻めろ!の巻
    • <登場人物紹介>
    •  1.痛恨の一撃
    • 2.墨高打線対川北バッテリー
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

【前話へのリンク】

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第26話 あわてず攻めろ!の巻

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<登場人物紹介>

 

秋葉:(※小説オリジナルキャラクター)川北の正捕手にして、不動の四番打者。大型選手の揃う川北ナインの中でも、ひときわ目を引くガッシリした体躯の持ち主。まさに攻守の要として、チームを引っ張る。右投げ右打ち。外見とは裏腹に、思慮深い性格である。

 

 

 1.痛恨の一撃

 

 二回表。川北の四番打者・秋葉が、ゆっくりと右打席に入ってくる。

「バッター四番だ。とくに外野、しっかり頼むぞ!」

 倉橋の掛け声に、ナイン達は「おうよっ」と力強く応える。

 マスクを被り、屈み込む。横目でちらっと、秋葉の様子を眺めた。やはり長身のがっしりした体躯。さらに四番というだけあり、他の打者よりも眼光が鋭い。

 初戦では、ホームランを打った後、すべて敬遠されたんだったな。こんなのを前にしたら、たしかに並のピッチャーだと、腕が縮こまってしまいそうだ。

 頭の中で、秋葉のデータをめくる。

 こいつはアウトコースが得意だったな。とくにカーブなど緩い変化球は、好物らしい。かわすタイプのピッチャーは、格好の餌食ってことか。

 初球。あえてそのカーブを、アウトコースに投じさせる。ただし、念のためボール二個分外す。秋葉は、ぴくりとも動かない。

 おや、と倉橋は思った。ボール球とはいえ、得意のアウトコース。それも好物のはずのカーブである。それがコースを見きわめるでもなく、明らかに松川がボールを放った瞬間、打つのをやめた印象だ。

 なるほど、真っすぐをねらってるな。

 試しにカーブをもう一球、今度はストライクを投じさせた。ボールは緩やかな弧を描き、アウトコースいっぱいに決まる。続く二球目は、インコースにシュート。これは一瞬手を出しかけるが、やはり手を出さず。決まってツーストライクと追い込む。

 さぁ、困ったぞ……と胸の内につぶやく。

 この一巡目は、川北にうちがデータでは投げてこないと、しっかり印象づけることが大事なんだ。そうすりゃ、やつらを迷わせられる。ただ、さすがに四番かぁ。

 それでも四球目は、速球をインコースに要求した。秋葉はやはりバットを出しかけたが、ボールだと判断し見送る。これでイーブンカウント。

 四番ともなれば、ボールには手を出しちゃくれないか。さて……どうしようか。

 迷った末、倉橋はカーブのサインを出す。バッターが速球待ちだと分かった以上、わざわざそれを投げることはないと判断した。

 ところが、松川は首を横に振る。

「……オイオイ、まさか」

 速球のサインに変えると、相手はうなずく。驚くよりも「へぇ……」と感心した。

 松川のやつ、強気だな。ほんと見ちがえるほどだぜ。たしかに序盤は、少し冒険してもいいと打ち合わせしていたが、あいつからその気になってくれるとは。

 頭の中で、倉橋はすばやく計算を立てる。

 危険ではある。相手がねらっているタマを、あえて投げ込むんだからな。しかし打ち取れれば、以降がぜん優位に立てる。ようし、いっちょ勝負してみようか。

 倉橋は、改めてサインを出す。

 速球をアウトコースへ。ストライクぎりぎり……いや、ボールでもいい。中へ入ってくると危険だからな。その代わり、思いきり腕を振るんだ。

 マウンド上。松川がうなずき、投球動作へと移る。

 快音と同時に、倉橋は立ち上がる。大飛球が、ライト頭上を襲う。松川、そして野手陣が、一斉に振り向く。右翼手の久保が背走するも、フェンスの数メートル手前で足を止める。

 くそっ、やられた……

 ナイン達の眼前で、ボールはライトスタンドへ吸い込まれる。その瞬間、川北応援団の陣取る一塁側スタンドが、大きく沸いた。歓声の中を、秋葉はゆっくりとダイヤモンドを一周していく。先制のソロホームラン。

 相手バッターがホームベースを踏むと同時に、キャプテン谷口はタイムを取った。そして内野陣をマウンドに集める。

「す、スミマセン」

 唇を歪めながら、松川が周囲に詫びた。

「相手のねらいダマで抑えれば、こっちに流れを持ってこれると思ったんですけど……甘かったです」

「いや、これは俺の責任だ」

 倉橋は庇うというより、率直な思いを述べる。

「ピッチャーが強気で攻めるのは、当然だよ。ここは俺が、もっと慎重に判断すべきだったんだ。今後を考えて、ちと欲ばりすぎた」

「……こら、二人とも」

 思いのほか、谷口は穏やかな口調で言った。

「なにを悔やむ必要があるんだ。思いきって、勝負したんだろ」

 そうですよ、とイガラシも同調する。

「たった一点じゃないですか。これぐらい、どうってことないですよ」

 丸井が「まったくだ」と愉快そうに言った。

「それに……後ろで見てて、痛快だったよ。川北の四番相手に、一歩も引かず真っ向勝負を挑むんだもの。打たれちまったが、俺っちは勇気もらったぞ」

「ありゃ仕方ねーよ」

 苦笑い混じりに言ったのは、加藤だった。

アウトコースぎりぎりのボールだったろ。それをスタンドまで運んじまうんだから、さすが川北の四番と言うしかねぇな」

「分かったか、松川」

 谷口は、微笑んで告げた。

「結果はどうあれ、ひるまず相手に向かっていく姿は、チームに勢いをもたらす。今日の松川は、そういうピッチングができてる。自信を持っていけ」

「は、はいっ」

「それと……倉橋、松川」

 キャプテンがふと、渋い顔になる。

「いまのは、けっしてベストボールじゃないぞ。少し迷いがあったよな」

 えっ、と松川は意外そうな目をした。

「あの一球。ボールでもいいと思って、投げたろう?」

 後輩は「あっ」と声を発した。倉橋も、内心ぎくっとする。

「ストライクで勝負するのか、ボール球を振らせるのか。はっきりしなかった分、ボールに力が乗らなかったと思う。そういうスキを見逃さないのが、川北の四番なんだ」

 バッテリーは、互いに苦笑いした。完全に図星である。

「まぁ松川、モノは考えようさ」

 丸井が笑って言った。

「失投を打たれただけと思えば、諦めもつくじゃないか」

「うむ。つぎこそベストボールで、打ち取ってやれ。いいなっ」

 キャプテンの励ましに、松川は力強く「はい!」と返事する。

 ほどなくタイムが解け、内野陣はポジションへと散っていく。すぐに川北の五番打者、エースの高野が右打席に入る。

 倉橋はマスクを被り、ひそかに溜息をついた。

 俺としたことが、中途半端だったな。その迷いが、松川に伝わってまった。谷口の言ったとおり、もっとハラをくくらねぇと。

 すぐにプレイが掛かる。倉橋はカーブのサインを出し、外に構えた。松川が「む」とうなずき、投球動作へと移る。

 大きなカーブが、アウトコース低めに決まった。高野はまるで反応しない。

 高野もアウトコース、しかも変化球は好きなはずだが、手を出す素振りもなかったな。ということは、こいつも速球ねらいか。

 しばし悩んだ末、速球のサインを出した。今度はストライクに構える。

 これでアウトに取れば、向こうは今度こそダメージを喰う。さぁ松川、おまえのいちばんのボールを投げ込んでこい。

 松川はうなずくと、足を踏み出し、腕を思いきりしならせる。

 次の瞬間、倉橋は「センター!」と叫んでいた。鋭いライナーが、左中間を切り裂いていく。ボールは二度バウンドして、フェンスに当たり跳ね返った。

「島田さんっ」

 中継のイガラシが叫ぶ。その間、高野は一塁ベースを蹴り、二塁へと向かう。ようやく島田がボールを拾い、投げ返す。

「ボール、サード!」

 谷口の掛け声より早く、イガラシはすかさず三塁へ送球した。矢のようなボールが、ノーバウンドで相手のグラブに収まる。

 高野は二塁を回り掛けたところで、慌てて戻った。捕球した谷口が牽制する。どうにか三塁には進ませなかったものの、ノーアウト二塁。

「……くっ、相手が一枚上だったか」

 空を仰ぎつつ、倉橋はほぞを噛んだ。

 

 

 渾身の一球を打たれた松川が、二塁ベース上の打者走者を睨む。

 この回、二度目のタイムが取られた。再び内野陣が、マウンドに集まる。一回目と異なり、誰もがなかなか口を開かない。

 さ、さすが川北だぜ……と、丸井は顔を引きつらせる。

 松川のボール、この頃は俺っちらも、カンタンには打ち返せないのに。それをあっさり長打にしちゃうんだもの、やはり並のチームじゃないな。

 やがて谷口が、一声発した。

「ほら、気落ちしてる場合じゃないぞ」

 松川は「分かってます」と、顔を上げる。唇を結ぶその面持ちが、まだ闘志は失われていないことを物語っていた。丸井は少し安堵する。

 ぽんと二年生投手の肩を叩き、キャプテンは倉橋に顔を向ける。

「どうやら打ち方を変えてきたな」

「ああ。バッターのちがいもあるが、初回はミート優先だったのに、この回は強振してきてる。これはおそらく、田淵さんの指示だろう」

「俺もそう思う」

 正捕手の発言を、谷口は首肯する。

「きっと倉橋の組み立てが、昨年の練習試合とまるでちがうもんで、意図を探りにきたんだろう。ひょっとして苦手を突こうとしないのが、プライドに障ったのかも」

「ま、田淵さん自身は、つまらないプライドに囚われる人じゃないが。何人かムキになりかけたやつがいて、それで手を打ったとも考えられるな」

 要二人の言葉に、丸井はちらっと相手ベンチを見やった。

 その田淵という人物は、さっきからベンチ隅で腕組みしたまま、グラウンド上へ鋭い眼差しを向けている。胸の内は、やはり読み取れない。

「……それで倉橋」

 声を潜めて、キャプテンが尋ねる。

「田淵さんは後続のバッターにも、強振させてくるだろうか」

「いや、それはないと思う」

 倉橋は即答した。

「四、五番にそれをさせたのは、できると判断したからだ。バッターの力量を見ずに、やみくもな指示を与えるほど、あの人は浅はかじゃない。つぎからは、またミート打法に戻してくるだろう」

「まったく同感だ。となると……なおさら組み立ては、変えるべきじゃないな」

 松川が「いいんですか?」と、意外そうな目になる。

「さらに点差を広げられるピンチなんですよ。ここは慎重にいくべきじゃ」

 キャプテンは首を横に振る。そして、思わぬ一言を発した。

「松川。この回、あと二点はやっていい」

 さすがに驚いたらしく、相手は目を丸くする。

「みんなも聞いてくれ」

 谷口は全員を見回し、話しを続けた。

「この序盤戦は、川北と主導権の奪いっこなんだ。相手の揺さぶりに屈して、こちらの計画を変えてしまったら、それ以後は向こうのペースで進められてしまう。いま凌げたとしても、大事な終盤にしっぺ返しがくる」

「し、しかし……キャプテン」

 ふと加藤が、不安げに尋ねる。

「こっちの骨が断たれたら、オシマイじゃないですか」

「その心配はない」

 微笑んで、キャプテンは答えた。

「向こうが策を立ててくるのは、マトモにいって松川を打ち崩すのは、ムズカシイと判断したからだ。まだ中軸の個人技で得点しただけ。なおも向こうが警戒してくれているのに、こっちが合わせることもなかろう」

 加藤が「そ、そうか」と目を見開く。

「とはいえ……かなり勇気のいる投球を、バッテリーには続けてもらってる」

 そう言って、谷口は他の内野陣を見回した。

「だからバックも、それに応えよう。みんなで松川を助けるんだ!」

 ナイン達は「おうよっ」と応え、再びポジションへ帰っていく。

 セカンドに戻り、丸井は自分のグラブを数回叩く。そして足元をスパイクで均し、試合再開に備えた。ふと感嘆の吐息が漏れる。

 す、すごいや。ポイントになりそうな場面で、ぜんぶ谷口さんの言葉が効いてる。こういう試合の時ほど、あの人の存在の大きさが分かるぜ。

 ほどなく、アンパイアが試合再開を告げる。

 後続となる川北の六番打者は、右打席に入った。こちらも長身ではあるが、上位打線に比べると、やや細身である。しかしバントの気配はない。

 初球。松川は、速球をインコース高めに投じた。

 これは見せ球だったらしく、ワンボール。次の二球は、外角にカーブを続けた。いずれも決まって、ツーストライク。あっという間に追い込んだ。

「いいカーブよ、松川!」

 谷口が励ました。傍らで、イガラシも「思い切っていきましょう」と声援する。

 そして四球目。速球が、アウトコース高めに投じられる。明かなボール球だったが、バッターはたまらず手首を返してしまう。

「スイング! バッターアウトっ」

 ベンチに引き上げると、田淵が「バカめ!」と怒鳴る。

「きさまは打てるタマも選べないのか。それでよく、レギュラーが務まるな」

「す、スミマセン……」

 ははっ、いい気味だぜ。あんな打ち方したら、怒られて当たり前だよ。ミートしか考えてねぇから、つい手が出ちまうんだ。

 続く七番打者は、左打席に立った。前のバッターが三振に取られた後とあってか、やや緊張しているように見受けられる。

 ふふっ、ちとビビッてるな。こりゃチャンスだぞ。

 初球。アウトコース低めに、松川は速球を投じた。その打者は、踏み込んでバットをはらうように差し出す。思いのほか迷いのないスイングだ。

 しまった……こいつ、ねらってやがった。

 パシッと快音が響く。低いライナーが、二塁ベース付近へ飛んだ。やられた……と思った瞬間、土を蹴る音がした。

「くわっ!」

 横っ飛びしたイガラシが、ボールをグラブの先に捉える。

「……へ、へいっ」

 はっとして、丸井はすぐに二塁ベースへ入る。

 イガラシは起き上がると、手首のスナップを効かせ、すばやくトスした。高野が慌てて帰塁しようとする。その手がベースタッチするより早く、丸井は捕球した。

「あ、アウト!」

 二塁塁審のコールに、内外野のスタンドが沸いた。

「……よ、よく捕ったな」

 丸井の一言に、後輩は「どうってことありませんよ」と真顔で答える。

「倉橋さんから二塁ベース近くで守るように、直前でサインが出されたので、あらかじめ寄っておいたんです。それと球威に押されたのか、けっこう詰まってましたし」

「な、なるほど」

「ま……三点やるつもりだった状況を、一点に抑えたんですから。これからスよ」

 そう言って、イガラシはやっと微笑んだ。

 

 

 攻守交代となり、眼前を墨高ナインが引き上げていく。

「……やはり変えてこなかったか」

 田淵は、こっそり唇を噛んだ。

 ちょっとメンドウだな。打たれてもパターンを変えないということは、なにかべつの意図があるということだ。松川のボールを頼みにして、そのアテが外れたのなら、いくらでもつけ入るスキはあったが。

「一点取った後の守りだ、しっかりいこう」

 エース高野が、周囲に声を掛ける。

「四番からだ。しっかり頼むぞ、バック」

 キャッチャー秋葉も続いた。川北ナイン達は「おうよ!」と力強く応え、二回裏の守備へ飛び出していく。

「高野、秋葉。ちょっといいか」

 バッテリーを、田淵は呼び寄せた。二人の「はいっ」という返事が重なる。

「思ったより、墨谷はしぶとい。こうなったらガマン比べだ。すぐに追加点とはいかないかもしれんが、辛抱してくれ」

「分かってます」

 高野は即答した。

「一点ありゃ十分です。墨高のやつらに、ホームベースは踏ませませんよ」

「俺も同感です」

 傍らで、秋葉もうなずく。

「たしかに粘っこい打線ですが、高野から一振りで点をもぎ取れそうなバッターは、見当たりません。どっしり構えてりゃ、向こうは消耗してくるはずです」

「うむ、その意気だ」

 二人の肩を、田淵はぽんと叩く。

「しかし油断は禁物だぞ。なにせ過去、何度も番狂わせを起こしたチームだからな」

 バッテリーは再び「はい!」と声を揃え、グラウンドへと駆け出した。

 後輩達の背中を見送り、ひそかに溜息をつく。

 番狂わせか……と、田淵は胸の内につぶやいた。試合前から抱えていた、もう一つの不安が、じわじわと頭をもたげてくる。

 せめて……あと二日早く、合流したかったな。じっさいの所、墨谷のチカラがどれくらいなのか、俺もちゃんと分かっていない。後手に回らなきゃいいんだが。

 

 

2.墨高打線対川北バッテリー

 

 ロージンバックを、高野は足元に放った。

 その眼前。墨高の四番打者・谷口が、右打席に立つ。やや短めにバットを構え、こちらに鋭い自然を向けている。

「プレイ!」

 アンパイアのコールと同時に、秋葉がサインを出した。高野はうなずき、すぐに投球動作へと移る。左足を踏み込み、上半身を屈め、第一球を投じた。

 ズバン。インコース高めに、快速球が決まる。谷口はぴくりとも反応しない。

 やれやれ……仰け反るどころか、目が座ってら。だいぶ速球には、目を慣らしてきたようだな。ま、それぐらいやってくれないと、はり合いはねぇってもんよ。

 二球目は、アウトコース低めの速球。あえてボール二個分外す。谷口は一瞬ぴくっとするも、やはりバットは出さない。

「ナイスボールよ、高野!」

 秋葉がそう言って、返球してくる。

 ふん。反応したところを見ると、こいつも低めねらいだな。もっともボールに手を出さないのは、ちゃんと見きわめてるってことか。うちの六番とはエライちがいだぜ。

 三球目。今度はカーブを、アウトコース高めに投じた。決まってツーストライク。四球目もカーブを続けたが、これは見きわめられる。

 イーブンカウントか。こいつも、なんだかんだ粘りやがる……むっ。

 すぐにでも決めにかかりたかったが、秋葉のサインにはっとする。正捕手の要求は、インコース高めのカーブ。

 なるほど。もういっちょ高めで押す、ということか。ボールは見きわめられても、バットに当たるとは限らねぇもんな。

 サインにうなずき、高野は五球目を投じた。スピードのあるカーブが、バッターの肩を巻き込む軌道を描く。ほぼねらったコースだ。

 ところが、谷口はあっさりカットした。

 ハーフライナーの打球が、三塁側の内野スタンドに飛び込む。キャッチャー秋葉が、一瞬顔を歪める。高野もつい舌打ちした。

 ちっ、カンタンに当てやがって。やはりメンドウなやつだぜ。

 六球目は、さすがにドロップのサインが出される。高野はアウトコース低めをねらい、要求されたボールを投じた。谷口のバットが回る。

 パシッ。大飛球が、センター頭上を襲う。

「……な、なにぃっ」

 思わず驚嘆の声を発した。

「センター!」

 秋葉の声よりも先に、中堅手が一直線に走る。そしてフェンスに背中を付けた。しかし、そこから数メートル前進する。

「……アウト!」

 二塁塁審がコールする。思いのほか打球は伸びず、途中で失速した。どうやらボールの下を叩いていたらしい。

 あぶねぇ……細いナリして、けっこうパワーあんな。ジャストミートされていたらと思うと、ぞっとするぜ。つぎから気をつけねぇと。

 返球を捕り、高野は額の汗を拭った。

 

 

 引き上げてくる谷口を、イガラシは「キャプテン」と呼び止めた。

「思ったより、ドロップが落ちなかったようですね」

「うむ。そうなんだ」

 我が意を射たりと、谷口はうなずく

「どうも落差にバラつきがある。もしかしたら、コースによってちがうのかも」

「分かりました、たしかめて来ます」

 それだけ言葉を交わし、イガラシは打席へと向かう。いいヒントをもらったぜ……と、胸の内につぶやいた。

「さぁ来い!」

 右打席に立ち、気合の声を発した。

 すぐに川北のエース高野が、投球動作を始める。ダイナミックなアンダーハンドのフォーム。その右腕から、第一球が投じられた。

 快速球が、胸元に飛び込んでくる。決まってワンストライク。

 なるほど……思った以上に、手元でホップしてくるな。しかも、ちゃんとストライクに入れてくるあたり、さすが名門のエースだぜ。やはり並のピッチャーじゃないな。

 握りを短くし、再びバットを構える。

 もっともコントロールがいいってことは、それだけ計算もしやすい。ボール球にさえ手を出さなければ、けっしてどうにもならない相手じゃないぞ。

 次の二球は、アウトコース高めにカーブを続けてきた。一球は見逃し、もう一球はカットする。あっさり当てられたせいか、高野が一瞬唇を歪める。

 もう高めは見きわめた。きわどいコースは、いまみたいにカットすりゃいい。問題は、あの低めをどうするかだが。

 四球目。速球が、アウトコースの低めに投じられる。

 これをイガラシは、カットした。高野が驚いた目になる。ここまでの傾向から、当然打ちにくると思ったらしい。

 さらに五球目。真ん中低めに投じられたボールは、さほどスピードがない。すぐにドロップだと分かる。バットをはらうようにして、これもカットした。その時、あることに思い至る。

 これは、けっこう落差あったな。ひょっとして……

 続く六球目は、インコース低め。またもドロップを投じてきた。ところが、五球目よりも落差がない。いまだっ……と、胸の内に叫ぶ。

 パシッ。低いライナーが、三遊間を抜けていく。レフト前ヒット。

 イガラシは一塁ベースを回り、二塁へ行きかけたところで引き返す。やっぱりね、と一人ほくそ笑んだ。

「ナイスバッティング!」

 一塁コーチャーを務める高橋が、声を掛けてきた。

「高橋。後続のバッターに、伝えてくれ」

 囁くように、伝達事項を話す。

「あのドロップは、真ん中だとけっこう落ちるが、内外角だとあまり落差はない」

「む。分かった、そう伝えてくる」

 高橋は急いで、次打者の横井の所へ向かい、こっそり耳打ちした。

 

 

 マウンド上。高野は、強く左拳を握りしめた。

 くそっ……あの一年坊、最初からドロップをねらってやがった。しかも、あんなカンタンに弾き返すとは。おまけに、どうやらこっちの弱みを見抜かれたらしい。一塁コーチャーのやつが、後続に耳打ちしてたのは、その件だろう。

「た、タイム!」

 秋葉がアンパイアに合図して、こちらに駆け寄ってくる。

「やられたな。あのイガラシってやつ、ドロップが落ちなかったところを」

 ああ、と高野はうなずく。

「さらに厄介なのが、どうやらコースによって落差がちがうのを、見抜いたようだぞ。それで真ん中のドロップはカットして、インコース低めをねらったんだ」

「まだ一年生だというのに、いい目と反射神経してやがるぜ」

「オイオイ。敵に感心してる場合じゃないだろ」

 つい怒鳴ってしまう。正捕手は「まあ落ち着けって」と苦笑いした。

「ここから下位打線だ。ほかのやつまで、おまえのドロップが打てるとは限らん」

 無言で、高野はうなずく。

「それでなくても、たった一本打たれただけで、慌てて策を講じるのもシャクだろう。さっきも言ったが、どっしりと自分のピッチングをするんだ」

「ああ、分かってる」

 ほどなく秋葉がポジションに戻り、試合が再開された。

 続く六番打者の横井は、すぐにバントの構えをした。小兵揃いの墨高ナインの中では、比較的上背のあるバッターだ。しかし細身で、さほどパワーはなさそうである。

 ワンアウトから送りかよ。ま……こいつの力量じゃ、仕方ねぇよな。

 初球。おやっ、と高野は思った。キャッチャー秋葉が、いきなりドロップのサインを出している。一瞬戸惑ったが、すぐに意図は理解できた。

 なるほど……バントを仕損じさせて、併殺をねらうってことか。たしかに、いやーな流れになりかけてるからな。ここらでナイン達の気分を変えてやんねぇと。

 うなずき、投球動作へと移る。同時に一塁手三塁手ダッシュした。

 ところが……その瞬間、横井はヒッティングに切り替えた。そして掬い上げるように、ドロップを打ち返す。

「なにっ、バスターだとぉ!」

 高野のジャンプした頭上を越え、センター前に落ちる。連打となり、ランナー一塁二塁。墨高応援団の三塁側スタンドが沸いた。

 ちきしょう、下位打線にまで。なんてザマだ!

「……た、タイムっ」

 秋葉が再び、こちらに駆けてくる。

「スマン高野。いまのは、俺が欲ばりすぎた」

「なに、こっちも同じ考えだったからな。ただ……どうも小細工が、裏目に出てる」

「こうなったら……あれこれ考えず、真っ向勝負に出ようか」

「む。その方が、賢明だな」

 タイムが解け、次の七番打者が右打席に入ってきた。先発の二年生投手、松川だ。こちらもすぐに、バントの構えをする。

 ここは送ってくるだろう。まさかピッチャーにまで、小ワザをさせるってことはねぇだろうからな。しかし、そう易々とは決めさせてたまるか。

 初球は、インコース高めの速球。松川はすぐにバットを引く。

 ふん。やはり高めには、そうカンタンに手出しできないか。だからこそ、低めにねらいをつけてるんだろうがな。

 二球目もインコース、今度はカーブを投じた。

「……な、なんだとっ」

 ところが、松川はバットを立て、右手を引きながらコツンと当てた。ちょうど三塁線とマウンドの間に転がる。

「ファーストだ!」

 キャッチャー秋葉の指示が飛ぶ。

「くそうっ」

 高野は慌てて打球を処理し、一塁へ送球した。間一髪アウト。しかしツーアウト二塁三塁とピンチが続く。

 あ、あんなカンタンに当てやがって。やつら高めは避けてたんじゃないのか。

 返球を捕り、ボールを握る。それをパシッと、思いきりグラブにぶつけた。くくっ……と、笑いが込み上げてくる。

「どうやら、おまえらを見くびっていたらしい。やるな墨高。だったら……うちも、ここからは決勝のつもりで行かせてもらうぜ」

 続く八番打者の加藤は、左打席に入った。やや短めにバットを構える。

「高野!」

 マスクを取り、秋葉が声を掛けてくる。

「ツーアウトだ。ここはもう、バッター集中でいい。思いきりこいっ」

「ああ、いくぞ!」

 高野は、初球から立て続けに速球を投じた。いずれもインコース高めに決まり、あっという間に追い込む。

 しかし三球目のカーブは、カットされた。続く四球目と五球目は、アウトコースの速球とカーブを見きわめられる。これでイーブンカウント。

 下位のくせに、こいつも粘りやがる。だが……それに屈すほど、俺も甘かねぇんだ。

 そして六球目。秋葉がインコースに、カーブのサインを出す。うなずき、高野は投球動作へと移った。左足を踏み込み、グラブを突き出し、右腕を強くしならせる。

 速いカーブが、バッターの胸元を抉る。相手のカットしようと差し出してきたバットをかいくぐり、ボールは秋葉のミットに飛び込んだ。

「ストライク、バッターアウト! チェンジっ」

 アンパイアが右手を高く突き上げる。傍らで、三振を喫した加藤が「すげぇカーブ……」とつぶやきを漏らす。

「どうだっ、見たか!」

 ぐっと右拳を握りしめ、高野はマウンドを駆け下りた。

 

 

 三塁側ベンチ。加藤がさすがに、うなだれて帰ってくる。

「す、スミマセン。一打逆転のチャンスだったのに」

 谷口は「なぁに」と、明るく答えた。

「川北相手に、こんなすぐ点を取れるとは思っていないさ。それに……あれだけ粘ったんだ、向こうもラクじゃなかったろう」

 そう言って、全員を見渡す。

「みんなもいいか。リードされたからといって、なにも慌てる必要はない。試合は九回まであるんだ。じっくり攻めて、少しずつ相手を追いつめていこう。いいなっ」

「は、はいっ」

 ナイン達は快活に返事した。重くなりかけていたムードが、また明るさを取り戻す。

 

 

「バッテリーよくしのいだぞ」

 一塁側ベンチ。ピンチを切り抜けた川北ナインが、足取り軽く引き上げてきた。

「ナイスピッチングよ、高野!」

 高野は、力強く「おうよっ」と応える。

「流れはこっちだ。つぎは追加点といこうぜ」

 一連の光景を、田淵は遠巻きに眺めていた。ひそかに溜息をつく。

 ここまでの展開は、あまり良くないな。先制できたものの、まだ相手ピッチャーを攻りゃくしたとは言いがたいし、用意してた策も封じられている。早く追加点を取らなければ、こっちが追い込まれてくるぞ。

 その時、田淵は「おや?」と気付く。キャッチャー秋葉が、どうも浮かない様子だ。すぐにベンチ奥へと呼び寄せる。

「おい秋葉」

 囁くように問うてみた。

「いま悩んでいるのは、ドロップのことだろう?」

「え、ええ……」

 頬を引きつらせ、正捕手は返事する。

 ま、仕方あるまい。日に備えて、せっかく隠しておいたボールが、こんな序盤でねらい打ちされてるんだからな。だいぶ計算がくるったろう。

「あまり考えすぎるな」

 ぽんと肩を叩き、田淵は端的に告げた。

「それよりも、じっくりバッターを観察するんだ。さっき八番を仕留めたようにな」

「な、なるほど」

「ドロップを使うかどうかは、相手の反応によって決めりゃいい。ぜんぶ計算づくで運ぼうとすれば、かえって苦しくなるぞ」

 そこまで言って、さらに付け加える。

「もし困ったら、高野のいちばんのタマを投げさせろ。向こうの策を気にするまえに、相棒の良さを引き出してやれ。あとはエースを信じるんだ」

「……わ、分かりました!」

 少し迷いが消えたのか、秋葉に血の気が戻る。

 眼前のグラウンド上。墨高ナインが、各ポジションへと散っていく。絶好のチャンスを逃した後にも関わらず、こちらも軽快な足取りだ。

「おまえ達もいいかっ」

 田淵は全員を見渡し、語気を強める。

「もう薄々感じているだろうが、墨谷はかなり手強い。しかし、いまバッテリーが見せたように、こちらの百パーセントの力を発揮すれば、やつらをねじ伏せられる。三年間きたえてきた、われわれの気迫と底力を、いまこそ見せてやるんだ!」

 後輩達は、力強く「はいっ」と答えた。

 

 

 ここから試合は、ますます緊迫した様相を呈してくる。

 強打を誇る川北は、三、四回と続けてチャンスを作ったものの、墨高バッテリーの意表をつく投球とバックの堅守に阻まれ、追加点ならず。

 いっぽう墨高も、ねらいダマを定めたしぶといバッティングで、毎回のように塁上をにぎわせる。しかし、川北エース高野の気迫あふれる投球と、野手陣の鍛えられた守りにより、こちらも得点を奪えない。

 両チームの白熱した攻防戦に、スタンドの観客達は息つく暇もなかった。双方一歩も引かない、まさしくシード校同士の試合にふさわしい戦いである。

 四回を終えて、〇対一。まったく予断を許さない展開となった。

 

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<2020年・沖縄高校野球>本部高野球部に選抜出場を果たしてほしい、三つの理由!

 

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<はじめに>

 

 いよいよ春の選抜甲子園大会の出場校発表が、来週(令和2年1月24日)に迫った。

 

 我が沖縄からは、本部高が21世紀枠の最終候補・9校の中に残り、出場の可能性を残している。このブログでも何度か触れたように、同校は県秋季大会8強ながら、優勝校の沖縄尚学を最も苦しめた実力校だ。

 

 例年ならこういう他力本願はしない。だが……この本部高だけは、是非とも選ばれて欲しいと思っている。全国の舞台で勝てるかどうかは別にして、どんな形であれ「選抜出場」という結果を手にしてもらいたい。

 

 なぜなら、彼らはとても良い“取り組み”を行っているからだ。以下に、その理由を述べていく。

 

【理由1】

 

 一つ目は、「SNSを活用した情報発信」である。

 

 Twitterを利用している方であれば、ご覧になったこともあるだろうと思う。本部高野球部は、日頃の練習メニューや“補食”などの光景を、Twitter上にアップしている。

 

 従来の高校野球部は、なかなか(良くも悪くも)内部の情報を外へ伝えようとしなかった。もちろん生徒のプライバシー保護や、他校へ戦術上知られたくない事項もあるので、なんでもかんでも公開すべきとは言わない。

 

 しかし、すべて秘密にしてしまうと、「どんな練習をしているのか」「指導者はちゃんと見ているのか」「トラブルを放置していないか」など……内部を“知らない”ことで、余計な摩擦を生んでしまいかねない。

 

 だからこそ、オープンにできる部分はオープンにして、周囲(父母会や地域住民、OBら)の理解を得る。これも立派なチームとしての戦略である。

 

【理由2】

 

 二つ目は、前述した“補食”の取り組みである。

 

 近年の高校野球では、選手の栄養面をしっかり管理して体づくりを行っていくことが、もはや常識となっている。(もちろん、むやみに“大型化”を図ることの弊害も指摘されているが、それは差し置いても)食事の重要性については、今さら論ずるまでもない。

 

 そこを、本部高野球部はしっかりと押さえている。公式アカウントの発信によると、元々は現美里工業野球部監督・神谷嘉宗先生からの助言により、実施(他校の指導者であっても、良い面は学んで取り入れるという、本部高野球部首脳陣の柔軟さも伺える)するようになったという。

 

 ここまで読まれた方の中には、疑問を持たれた方もいらっしゃるかもしれない。本部がやっていることなんて、他にもやっている学校はあるよ、と。

 

 その点は、私も承知している。また「こういう取り組みをしたから、本部は選抜候補に残れた」などと、乱暴な意見を述べるつもりはない。実はここに、もっと重要なポイントが隠されているのである。

 

【理由3】

 

 これこそが、三つ目の理由――本部高の取り組みが、沖縄高校野球界に“良い文化”として広がって欲しいからだ。

 

 高校野球部の難しい点は、指導者一人の力では、どうにもならない部分があると。

 

 生々しいことを言えば、いわゆる「人・カネ・モノ」が絡む。指導者がやりたいと思っても、周囲の協力が得られなければ、それは絵に描いた餅に終わる。

 

 もしかしたら、本部高や美里工の野球部と同じ取り組み(それこそSNS活用や補食など)をしたいと指導者が思っていても、周囲の理解が得られずに、実現できずにいる所もあるのかもしれない。

 

 だからこそ、本部高が選抜出場を果たした暁には、それらの取り組みがメディアを通して「良いこと」だと紹介される。こうなれば「だったらウチも……」と、取り入れる学校が増えてくるだろう。

 

 良し悪しは別にして、「結果を出したチームの取り組み」というのは、(時として過剰に)評価される傾向がある。本部が選抜出場を果たせば、これらの取り組みが“良いもの”として、広く認識されるようになるに違いない。

 

 繰り返すが、沖縄高校野球界に“良い文化”を広げるためにも、本部高野球部には全国の舞台に立って欲しいと思う。

 

(本部高野球部の公式アカウント)

※かなり興味深い情報を発信しているので、是非一度ご覧ください。

twitter.com

夏井いつき先生の功績は、俳句を“庶民の文化”という本来の位置に戻したこと!

 

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<はじめに>

 

 夏井いつき先生といえば、人気バラエティ番組「プレバト」俳句査定コーナーにおける“毒舌先生”として、いまや最も有名な俳人といっても過言ではないだろう。

 

 私自身も、夏井先生とプレバトの大ファンである。一方で、俳句をバラエティの舞台に持ち込むなど、これまで数々の「前例のない活動」を行ってきた彼女には、少なからず批判の声があるということも、ちらほら耳にする。

 

 先生のファンである私は、そうした声にすぐさま言い返したくなってしまう(笑)。だが、こういう場合……反論したところで、ますます相手に火をつけてしまう。段々こっちもヒートアップしてきて、疲れてしまうのがオチだ。

 

 そこで、なぜこうした話が出てきてしまうのか、自分なりに考察してみたい。

 

1.夏井先生の“虎の威を借る”ヤツがいるのでは!?

 

 「プレバト」を見て俳句を始めた方の中には、夏井先生の言うことが“絶対”だと信じ込んでしまう人もいるのではないだろうか。

 

 こういう人が、例えば近所の句会に出掛けていくと、どうなるか。おそらく中には、主宰の先生に対して「夏井先生はこんなこと言わなかったのに」などと、失礼な態度を取ってしまう者もいるのだろう。

 

 また句会という場所は、一定のしきたり・ルールというものが存在する。本人に悪気はなくても、それを知らず(学ぼうとせず)に参加すると、主宰や他の参加者にとっては愉快ではないだろう。

 

 ルール知らずの参加者の多くが「プレバトを見て俳句を始めました」と口にするため、ブーム以前から俳句を始めている人が「プレバト(夏井いつき)ふざけんなよ」と思ってしまうのも、無理からぬことかもしれない。

 

 また、中には「プレバト」における夏井先生の“毒舌”の表層的な部分だけを真似て、初心者に対して、かなり尊大な態度を取る人もいると思われる。

 

 夏井先生とは関係ないが、地元で私が俳句をかじっていると話した際、自分もやっているという年配の方に、ものすごく上から目線でマウントを取られたことがある。曰く「おまえは頭がカタイから向いてない」とのこと。内心(なんでオマエにそんなこと言われないといけねーんだよ)と思ったものだ。

 

 ここまで述べたように、いわゆる夏井先生の“虎の威”を借り、句会の主宰や参加者、俳句初心者の方に対して、不愉快な思いをさせる者が、一定数いるということなのだろう。

 

2.「夏井いつきは俳句を“金儲けの道具”にしている」という馬鹿げた批判

 

 これも未だに言われるらしい。申し訳ないが、その点についてはまったく共感できない。二重の意味で的外れだと私は思う。

 

 まず……客観的に見て、夏井先生の活動は、もはや「金儲けが目的」という範疇をとっくに超えている。

 

 「プレバト」を始めとする数々のTV・ラジオ番組の出演。さらに句会ライブや講演会などの全国行脚。そして、私も投句している「俳句ポスト365」や「俳句生活」(通販生活)の審査。休む暇があるのかと思えるほどの、多忙な日々だ。

 

 数々の著書がベストセラーになり、印税収入もかなりあるだろうから、もう少しゆっくりしても良さそうなのだが、彼女に足を止める気配はない。

 

 なぜかと言えば……これはもう、夏井先生の“情熱”と言うほかないだろう。俳句の素晴らしさを多くの人に伝えたいという、彼女のパッションがそうさせているとしか思えない。

 

 さらに付け加えておこう。もし仮に、夏井先生の第一目的が“金儲け”だとして、いったい何が悪いというのだろう。

 

 彼女にだって、食い扶持は必要だ。また、句会ライブや俳句甲子園を始め、様々なイベントを主催するのに、資金はいくらあっても足りないだろう。

 

 この件に限らず、我が国では「金儲けは良くない」という感覚が依然として残っているが、それは危険な考えだと思う。

 

 いわば「収入の大きさ=責任の大きさ」である。

 

 対価が得られるからこそ、人はベストを尽くす。ボランティアで良いというのなら、その分だけ手を抜いても、責任を問われないことになる。

 

 やや話は逸れたが……夏井先生の活動動機が何であれ、現実に多くの人を楽しませているし、それによって俳句に興味を持つ人(特に若年層)が増えていることは、誰にも否定できない。その対価を、むしろ先生は堂々と受け取るべきだろう(笑)。

 

3.夏井先生の意見を“絶対”だと捉える人は、上達できない!

 

 これは「1」の項目とも関連する。たしかにプレバトでの夏井先生は、かなり言い切りの口調のため、「これが絶対」だと錯覚する人もいるのだろう。

 

 ただ……申し訳ないが、これは当人の意識が低いと言わざるを得ない。

 

 プレバト視聴者で、かつ俳句ポストに長く投句している方は、きっと共感していただけると思う。プレバトにおける夏井先生の採点は、あれでもだいぶ手加減している(笑)。

 

 とりわけ<才能アリ>査定。もちろん「さすが」と感嘆する句もあるが、中には(これが本当に才能アリかよ?)と思ってしまう句もある。少なくとも“ちょうど70点”レベルの句は、俳句ポストでは人に採ってもらえないだろう。

 

 思うに、いままで夏井先生が果たしてきた主な役割というのは、俳句に「興味がない人に興味を持たせる」ことである(もちろん、中級者以上向けの著書も出版されている)。

 

 プレバトあるいは初心者向けの本で、夏井先生の言う通りにやれば、たしかに初心者にでも“それなりの句”は詠める(実はそれが一番スゴイのだが!)。

 

 しかし、そこからさらに上達しようと思えば、他の俳人からも学ぶ必要がある。またその途上で、自分のやりやすい型を覚えられれば、句のレベルが安定してくる。

 

 話を戻そう……要するに、夏井先生の言うこと“しか”聞かないというのは、単に本人が意固地かつ勉強不足なだけである。これまで彼女のせいにするのは、言いがかりがすぎる。

 

4.“功罪”ではなく“成果と課題”という見方をすれば良いのでは!?

 

 そろそろ結論を出すとしよう。

 

 思うのだが、この“功罪”という言い方が、良くないように思える。これだと「良い所もありますけど、実は悪い所もあるんですよ」と、少なからず攻撃的な印象を与えてしまう。

 

 そうではなく――“成果と課題”というふうに、表現を変えたらどうだろうか。

 

 夏井先生(とプレバト)の活躍により、俳句に興味を持つ人が増えた。これはもう、間違いなく“成果”である。

 

一方で、プレバトが人気を博す以前に、俳句会を支えていた方に対して敬意が払われない。あるいは、俳句をカン違いする人も少なからず出てきている。これを“課題”として、今後どうするか考えていけば良い。ただ、それだけの話である。

 

5.夏井いつき先生の“危機感”を理解せよ!

 

 これでもまだ、夏井先生の活動にイチャモンを付ける人は、「俳句の種まき」を始めた当初の、彼女の“このままだと俳句は根腐れする”という危機感を理解できるだろうか。

 

 プレバトが始まる前は、私もどこか「俳句は別世界のモノ」という印象があった。いわば“伝統芸能”であり、そう気軽には立ち入れない世界だと思っていた。

 

 ただ……それは、俳句本来の性質ではないのである。

 

 歴史を遡れば、貴族が嗜んでいた「歌」を、五・七・五の調べはそのままに、庶民でも楽しめるように改良したのが「俳句」の始まりだった(※かなり大雑把に言っています)。すなわち、以前のように一部の人達だけのモノという在り様自体、「庶民も楽しめるように」という俳句の本質に反していたのである。

 

 夏井いつきの功績を一言で表すなら……“伝統芸能”となりかけていた俳句を、“庶民の文化”という本来の位置に戻したことである。それがどれだけ大きいことだったかは、きっと歴史が証明するだろう。

 

 

 

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【野球小説】続・プレイボール<第25話「川北戦開始!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第25話 川北戦開始!の巻
    •  <登場人物紹介>
    • 1.それぞれの試合前
    • 2.両軍の駆け引き!
    • 3.キャプテン谷口の判断!
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

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第25話 川北戦開始!の巻

www.youtube.com

 

 

 <登場人物紹介>

 

田淵:川北高のOB。元エース兼キャプテン。隅田中学出身、倉橋の先輩である。一昨年の墨高との練習試合では、監督として采配を振るった。

(以下、オリジナル設定)

 川北高卒業後は、大学に進み活躍中。秋季大会にて、谷原に完敗した後輩達を心配していた。夏の大会のベンチ入りを要請され、多忙な中、快く引き受ける。

 

高野:(※原作「プレイボール」には、名前のみ登場。学年の記載なし)川北の現エース。右投げのアンダーハンド。打撃センスもあり、五番打者も務める。フォームといい、ホップする速球とカーブといい、前エースの小野田と瓜二つである。

 

 

1.それぞれの試合前

 

 木曜日の午後四時。再び、荒川球場。

 墨高ナインは、今日も三塁側ベンチに陣取る。先にシートノックを終え、いまは対戦相手となる川北の練習を見守っていた。

 

 

「あいかわらず、みんなデカイこと」

 横井が、呆れたように言った。

「やつら……毎日なにを食って、ああなるんだか」

「うむ。しかし、ナリだけじゃないぞ」

 隣で、戸室も苦笑いする。

「見ろよ、どいつもこいつも俊敏じゃねぇか。デカイだけで、ちと鈍いとかなら、つけ入るスキはあるんだがなぁ」

 眼前では、シートノックの川北ナインが、グラウンドを縦横に駆け回る。さらに矢のような送球が、幾度となく飛び交う。

「へいっ、レフト!」

「サード、バックホームだっ」

 フットワーク、スローイング、掛け声。どれを取っても隙がない。

「ちょっと先輩方!」

 丸井が、窘めるように言った。

「やるまえから、相手を認めてどうするんですか。もっと強気でいかないと」

「し、仕方ないだろ」

 そう言って、横井は肩を竦める。

「ほら……隣の芝生は青いって、よく言うだろ。あれさ」

「む。それでなくても、都内四強の一角と噂されるチームだからな」

 戸室が同調して、うなずく。

「……よう。なんでぇ、おまえら」

 やがて倉橋か戻ってきた。ずっとブルペンで、松下のウォーミングアップと投球練習に付き合っていたのだ。ベンチ内を見渡し、苦笑いする。

「そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃって。ハハァン……さては川北の練習を見て、怖じ気づいたな」

「お、怖じ気づくだなんて。人聞きが悪い」

 横井がムキになって言い返す。

「こちとら連日遅くまで残って、飽きるほど練習したんだ。じつを言うと、早くその成果を試したいって、ウズウズしてるくらいよ。な、戸室」

「お、おう。対策は十分だ。試合になれば、自然と体が動くさ」

「ほう。そいつは、頼もしいな」

 ナイン達の様子を、谷口はベンチの隅で見守っていた。

 ははっ。横井も戸室も、ああして言い返す元気があるのなら、心配いらないな。この数日、みんなわき目もふらず練習したことで、ほんらいのガムシャラさが戻ってきてる。これなら十分戦えそうだ。

「……倉橋、それよりも」

 正捕手に声を掛け、もう一つの懸案事項を確かめる。

「驚いたな。あの人が、向こうのベンチにいるなんて」

「うむ。このタイミングで、まさか顔を合わすことになろうとは」

 倉橋もグラウンドに視線を移し、溜息混じりに言った。二人の眼前でノックバットを振るうのは、一昨年のエースにしてキャプテン、田淵である。

「試合前に、話せたか?」

「球場入りする時に、少しだけな。どうも春先から、ずっとベンチ入りしてほしいと頼まれてたらしい。ただ、あの人もいま、大学に進んで忙しいからな。やっと都合がついて、今日ということになったんだと」

 やりにくいな……と、さしもの倉橋もこぼす。

「そうか。倉橋にとっては、中学の先輩でもあるんだよな」

「ああ、こっちの手の内を知られてる。メンドウなことになりそうだぜ」

「なーに。いぜんと比べて、うちは格段に力をつけてきている。いくら田淵さんが、倉橋のことを知っているといっても、すべて筒抜けということにはならないさ」

「ま、それもそうだな」

 ところで……と、谷口は話題を変えた。

「松川の調子はどうだ?」

「うむ。かなり良さそうだぞ」

 ブルペンに視線を戻し、正捕手は目を細める。

「タマは走っているし、高めに浮きがちになる悪癖も出ていない。しかも川北相手ということでカタくならないか心配したが、あいつ『自分の投球をするだけです』なんて、一丁前なことをヌカしやがった」

 いま松川は、根岸と軽くキャッチボールしていた。その傍らで、イガラシが平山を相手に投げ込んでいる。

「このところ、松川は頼もしくなったな」

 谷口も満足して、うなずいた。

「ああしてイガラシを、早めのリリーフに備えさせているが、必要なかったか」

「いや……念には念を入れるのに、越したことはないさ」

 ほどなく川北ナインがシートノックを終え、一旦グラウンドから退いていく。

 そのタイミングで、谷口は「集合!」とチームメイト達へ声を掛けた。こうして全員をベンチ奥に呼び集める。

「いよいよシード校との対戦だ。しかし、なにも恐れることはない」

 開口一番、そう告げた。

「なぜなら……すでに谷原を始め、われわれは全国トップクラスとの対戦を経験していている。たしかに川北は手ごわいが、もはや未知の強敵ではないはずだ」

 強いチームと戦う際には、味方をリラックスさせることに努める。心に決めている鉄則を、今日も貫く。

「とはいえ、やはり楽な展開にはならないだろう。うちの主力をよく知る人物が、向こうのベンチに控える。これは……ちょっと計算外の事態だ」

 懸念材料については、全員で共有した方が良いと判断した。数人、とくに三年生達が「たしかに」と苦笑いを浮かべる。

「あの田淵さんが、どんな戦法で臨んでくるかは、始まってみないと分からない。もっとも……ポイントは、はっきりしている」

 やや声を潜めて、端的に告げる。

「まず慌てないこと。そして、なにより気持ちで負けないことだ。どんな展開でも……じっくり慌てず、われわれがベストだと思えるプレーを続けていこう。いいなっ」

 キャプテンの掛け声に、ナイン達は「はい!」と快活に応じた。

 

 

 一塁側ベンチ。田淵は腕組みして、グラウンド上を凝視していた。

 すでに両軍ナインが、ホームベースを挟んで並び、試合前の挨拶に臨む。アンパイアの合図の下、互いに脱帽し「お願いします!」と威勢よく声を発した。

「田淵さん。今日は、ほんと助かります」

 記録員を務める部員が、声を掛けてくる。

「なに、ずっと動向は気になってたんだ。おまえら……秋の準決勝で、谷原に手も足も出なかったらしいからな。まったく情けない」

 後輩は「あらっ」とずっこける。

 挨拶が済むと、先攻となる川北ナインはすぐに引き上げてきた。一番打者がネクストバッターズサークルへ向かった以外、ほぼ全員がベンチ手前で円座になる。

「……よし。みんないいかっ」

 音頭を取ったのは、エースにしてキャプテンを務める高野だった。

「墨谷の特徴は分かってるな。やつらは相手をよく研究して、弱点を突いてくる。おそらく、うちの各バッターの苦手も、きっと探り出してることだろう」

 高野の言葉に、ナイン達は黙ってうなずく。

「そこで……やつらの戦法を、われわれは逆手に取る。自分の苦手コースこそ、積極的にねらっていけ。もちろん大振りせず、かく実にミートだ。練習でやったようにな」

 そう告げて、エースは含み笑いを漏らす。

「アテが外れりゃ、向こうは混乱するはず。そこを一気に叩くんだ」

「おう!」

 掛け声の後、高野は一旦ブルペンへ向かう。この裏の投球に備えるらしい。

「ようし、初回から出鼻をくじいてやれ」

「向こうが少しでもひるんだら、すぐに畳みかけるぞっ」

 メンバー達は、そう互いに声を掛け合う。

 田淵は黙って眺めていた。この時点で口を挟むつもりはない。後輩達の判断を、まずは尊重しようと思う。

 しかし、気掛かりな点があった。

 相手をよく研究するのが、墨谷の特徴……か。まちがっちゃいないが、それだけだと思っていたら、きっと痛い目にあうぞ。そこんとこ、分かっていたらいいのだが。

 マウンド上。ほどなく松川が投球練習を終え、キャッチャー倉橋が二塁へ送球する。

「バッターラップ!」

 アンパイアの合図。そして川北の先頭打者が、右打席へと入っていく。

 

 

2.両軍の駆け引き!

 

 マスクを被り、倉橋は胸の内につぶやいた。

「……ふん、あいかわらずだな」

 ホームベース後方で、川北の一番打者が素振りを繰り返す。ビュッ、ビュッ……と、スイングが風を切った。筋肉の盛り上がりが、ユニフォーム越しにも分かる。

 こいつか……まえの試合で四安打したという、柳井ってやつは。背丈といいガタイといい、ほんと熊みてぇだ。少しまちがえば、カンタンに柵を越されちまうな。

「大事な初回だ。しっかり守っていこうよ!」

 声を掛けると、ナイン達も力強く返してきた。

「おうよっ」

「バッテリーも、思い切っていけ!」

 スパイクで足元を均し、屈み込む。すぐに柳井も右打席へと入ってきた。それとほぼ同時に、アンパイアが右手を高く掲げる。

「プレイボール!」

 試合開始を告げるサイレンが、球場内に鳴り響く。

 眼前のマウンド上。松川が、ロージンバックを軽く揉んでいた。引きしまった口元から、気力の充実していることが伺える。やがて前傾し、こちらのサインを待つ。

 倉橋は、早くも頭をフル回転させた。

 半田の記録によれば、この人はインコース……とくに低めが苦手だったな。いっぽうアウトコースが得意で、少々ボール気味でも、おっつけて打てると。ふつうなら、苦手なインコースを中心に攻めるトコだが。

 初球は、インコースの速球。それもワンバウンドを要求した。その通りのボールが、ホームベース手前で弾む。ミットを立てて捕球する。

 この時、柳井のバットが一瞬出かかるのを、倉橋は見逃さなかった。

 ふむ……こんなワンバウンドにも反応しちまうってことは、やはり苦手を突いてくると踏んでたな。田淵さんの差し金なのかどうかは不明だが、思ったとおりだぜ。

 二球目。速球を、アウトコース低めに要求した。こちらがミットを構えた所に、そのまま飛び込んでくる。

「ストライク!」

 倉橋は「ナイスボール」と、微笑んで返球した。その瞬間、柳井が目を向く。明らかに驚いている様子だ。

 ふふん。まさかの得意コースに投げられて、拍子抜けしたってツラだな。

 三球目は、速球をまたもアウトコース低めに投じさせた。まさか続けてくるとは思わなかったらしく、柳井は手がでない。

 そして四球目。またもアウトコースへ、今度はカーブを要求した。さすがに柳井は、はらうようにバットを出す。

 パシッ。痛烈なゴロが、一・二塁間を襲う。しかし丸井が、横っ飛びで捕球した。すかさず一塁手の加藤へトスする。

「ナイスセカン!」

 キャプテン谷口が声を掛けた。丸井は「ど、ドウモ」と、照れた顔になる。

 ははっ、やはり外は得意らしいな。読みとちがっても、ヒット性の当たりを打ち返せるんだから。あらかじめセカンドを下げておいて良かったぜ。

 続く二番打者は、小柄ながら体躯はがっしりしていた。素振りを見ると、やはりスイングは速い。こちらもパンチ力がありそうだ。こちらは左打席に入る。

 倉橋は手振りで、外野の三人へ下がるように指示した。

 ええと……こいつも、アウトコースが得意だったな。柳井との違いは、どうも高めが好きらしいってことか。

 その初球、シュートをアウトコース高めに要求した。

 パシッ。ライナー性の打球が、レフト頭上を襲う。スライスが掛かり、ボールは外へ逃げていく。横井がフェンスを沿うようにして、ポール方向へダッシュした。そしてライン際で飛び付く。

「……くわっ」

 ぎりぎりまで伸ばしたグラブの先に、ボールが引っ掛かる。

「あ、アウト!」

 打球の確認に走った三塁塁審が、右手を高く突き上げた。

「よっと……ふぅ、あぶなかった」

 横井は起き上がると、苦笑いしてボールを投げ返す。

「ナイスレフト!」

「横井さん、助かりましたっ」

 谷口と松川の声援に、横井は軽くグラブの左手を掲げる。立て続けの好プレーに、墨高応援団の陣取る三塁側スタンドは、大いに沸き上がった。

 ふふっ。横井のやつ、いろいろグチりながら……どうしてどうして。試合になれば、いいプレーしてくれるじゃねぇか。

 その時、ふと「倉橋さん」と呼ばれた。松川が渋い顔を向けている。

「すみません、ちょっと中に入っちゃいました」

「分かってるならいいさ。それに球威があったから、詰まらせられた」

 ちらっと一塁側ベンチを見やる。隅田中学時代の先輩、田淵が腕組みしていた。

 田淵さんも、この松川の成長ぶりは、さすがに計算してなかったろうぜ。これだけ球威があるからこそ、思い切った組み立てができるってもんだ。

 続く三番打者も、左打席に入ってきた。

 この池田ってやつは、秋の大会で七割を超えてたんだったな。大柄のわりに、スイングが柔らかい。ちょっと緩急をつけるくらいじゃ、合わせられちまうだろう。

 バッテリーはそれでも、むやみに恐れることはしない。

 こいつは一、二番とちがって、インコースが得意。ぎゃくにアウトコールは、引っかけることが多いと。

 初球は、あえて得意のインコース低めに投じさせた。池田のバットが回る。パシッという快音を残し、打球はライトのポール際へ飛んだ。おおっ、と川北応援団の三塁側スタンドが沸く。しかし外へスライスが掛かる。

「ファール!」

 一塁塁審が両腕を広げた。安堵と落胆の溜息が、球場内を交差する。

「……す、すげぇパワー」

「ああ。ちょっとズレてりゃ、叩き込まれてたぞ」

 なるほど……と、倉橋はひそかにつぶやいた。

 さっきの一、二番は迷いながらだったが、この三番は躊躇いなく振ってきたな。どうやら苦手コースを突くやり方でないと、気づいたらしい。だが……なぜそうしないのか、果たしてここまで分かるかな。

 次の二球は、いずれもアウトコース低めに投じさせた。一球は僅かに外れ、もう一球はコースいっぱいに決まる。池田はぴくりとも反応せず。

 フフ、あくまでも得意のインコースねらいか。それなら……

 迎えた四球目。倉橋は、あえて池田が待っているインコースを要求する。ただし低めに、今度はシュートを投じさせた。

 池田のバットが回る。ライナー性の打球が、右中間へ飛んだ。しかし芯を外した分、さほど伸びずに失速していく。

「ライト!」

 谷口の掛け声よりも早く、右翼手の久保が十メートルほど背走したものの、最後は余裕を持って捕球した。スリーアウト。

「ナイスピッチングよ、松川」

 マウンド上の後輩に、すかさず声を掛けた。相手は「はいっ」と短く返事して、足早にベンチへと退いていく。

 ようし、相手にクサビを打ち込むことができたぞ。これが後手に回れば、向こうの好き放題にされるからな。あとは田淵さんが、どう対応してくるかだが。

 倉橋は一つ吐息をつき、少し遅れて駆け出した。

 

 

「……ううむ、アテが外れたな」

 一塁側ベンチ。ブルペンから戻ってきた高野が、首を傾げて言った。

「てっきり苦手を突いてくると思ったんだが」

 そうだな……と、先頭打者だった柳井もうなずく。

「まさか墨谷のやつら、うちを調べ忘れたんじゃ」

「いや、それはあるまい」

 高野は即答した。

「秋の大会でも、向こうの部員の一人が、スタンドで偵察してたからな。相手をよく調べるのが、やつらのウリだ。ここにきて封じるはずなかろう」

「ま、それもそうだな」

「……なあ、ひょっとして」

 ライトライナーに倒れたばかりの池田が、割って入る。

「うちがどうこうじゃなく、ピッチャーの長所を出すようにしてるんじゃねぇか」

 柳井が「なるほど」と、目を見開く。

「たしかに、あの松川ってピッチャーは、なかなかのレベルだぞ」

「む。俺に投げてきた真っすぐなんか、けっこう威力あったぞ。手元にきて、こう……ぐいっと押し込んでくる感じだ」

「ほう……池田がそう思うくらいなら、よっぽどだな」

 それにしても、と柳井が小さくかぶりを振る。

「あんな投球をするってことは、やつら力勝負で勝とうっていう気なのか」

 高野が「そうじゃないのか」と、忌々しげに答える。

「ピッチャーの力さえ出せば、うちを抑えられると思ってるんだろ」

 その一言に、数人が熱くなり出す。

「な、ナメやがって」

「いい度胸してるじゃねぇか」

 後輩達のやり取りを、田淵はしばし静観していた。それでも、これは良くないぞ……とベンチの雰囲気を察する。

「そこまでだ!」

 低いトーンの声で、一喝した。

「さっさと守備につけ。アタマを切りかえないと、つけ込まれるぞ」

「は、はいっ」

 OBの叱責に、川北ナインは慌ててグラウンドへ飛び出していく。

「……せ、先輩。助かりました」

 記録員がスコアブックを手にしたまま、立って一礼する。

「なーに。ま……連中が困惑するのも、分かるが」

「先輩も、高野達が言うように、墨谷が力勝負を挑んできていると?」

「む。そう見えなくもないが、断定はできない。いま言えるのは……この時点で決めてかかるのは、危険だってことさ」

「なるほど、まだ向こうのテを探る段階ってことスね」

「そうだ。こういう場合、先に動いた方がやられる」

 田淵には、一つ腑に落ちないことがあった。

 この大事な初回。どのバッターにも、インコースのボールを見せ球にして、勝負はアウトコースか。たまたま池田はボール球に手を出しやがったが……もし見逃していれば、最後は外という組み立てだ。あの倉橋にしては、単純すぎる。

「先輩、そういえば……」

 ふと記録員が尋ねてくる。

「墨谷はいぜん、うちに胸を借りに来てたんですよね。先輩がキャプテンをなさってた時に」

「ああ。もっとも、最後はだいぶ食い下がられて、冷や汗モノだったよ。ま……当時のメンバーには、いいクスリだったろうが。」

 そうなんだよ、と胸の内につぶやく。

 苦戦させられた要因の一つは、うちのバッターの弱点を、倉橋がしつように突いてきたことだ。そんなやつが、ちょっとピッチャーの力がついてきたからって、なにも考えず力勝負を挑んでくるはずがない。これはきっと、意図があるはずだ。

 

 

3.キャプテン谷口の判断!

 

 マウンド上。高野は、指にロージンバックを馴染ませていた。

 ふん……たかが招待野球で、西将と接戦したからって、いい気になるなよ。シードをとりたての相手に、公式戦で足をすくわれるほど、うちは甘かねぇんだ。

「バッターラップ!」

 アンパイアに促され、墨高の一番打者・丸井が右打席に入ってくる。

 こいつが丸井ってのか。たしか……うちと練習試合した後に、編入したんだっけ。体は小さいが、すばしっこそうだ。塁に出すとメンドウだろうな。

 眼前で、キャッチャーの秋葉が立ち上がる。

「一番バッターだ。しっかり守っていくぞ!」

 川北ナインは「おうっ」と力強く応えた。

 秋葉が屈み、マスクを被るとの同時に、アンパイアが「プレイ!」とコールした。すぐにサインが出され、高野は投球動作へと移る。

 初球は、インコース高めへ投じた。アンダーハンドから放たれた速球は、打者の胸元でホップする。キャッチャーのミットが、迫力ある音を鳴らす。

「ボール、ハイ!」

 判定を聞き、丸井が「ふぅ」と吐息を漏らす。

 ほう、よく見たな。もしくは手が出なかったのか。ま……打ちにいったところで、そうカンタンには捉えられないだろうが。

 二球目もインコース高め。ただし今度は、カーブを投じた。

「……おっと」

 丸井は一瞬バットを出し掛かるが、寸前で止める。

「ボール、ツー!」

 返球を捕り、思わず唇を噛む。

 くそぅ……ちゃんと見てやがる。いぜん小野田さん達と戦った時は、最初ボールに怖じ気づいてやがったのに。やはり、あの時とはちがうのか。

 次の二球は、アウトコース高めに投じた。速球とカーブがいずれも決まる。五球目は、インコース高めの速球を見極められた。これでフルカウント。続く六球目、今度は高めのカーブをカットされる。

 けっ、可愛げのねぇやつ。しかし、ああしてカットしたところを見ると、どうやら高めの速球にだいぶ目を慣らしてきたようだな。ちとシャクだが、そうくるなら……

 高野はひそかに、含み笑いを漏らす。

 迎えた七球目。サインにうなずくと、一転してアウトコース低めへ投じる。この高さを狙っていたのだろう、丸井はバットを差し出す。

 ところが……ホームベース手前で、ボールはすっと沈んだ。

 丸井は「うっ」と体勢を崩し、前へ泳ぎかける。それでも辛うじてヘッドを残し、はらうように打ち返した。

「……し、しまった!」

 速いゴロが二遊間へ飛ぶ。それでも二塁手が、逆シングルで打球を押さえ、すかさず一塁へトス。滑らかな一連の動作だった。丸井のヘッドスライディングも及ばず、一塁塁審が「アウト!」とコールする。

 どうだ、見たかっ。そっちが高めを捨ててくるのは、想定ずみなんだよ!

 

 

「……ま、まさかっ」

 丸井がセカンドゴロに打ち取られた瞬間、戸室が驚嘆の声を発した。その周囲で、他のナイン達もざわめく。

「ドロップなんて、聞いてねーぞ。あのヤロウ隠してやがったな」

「戸室、落ち着けよ」

 なだめるように、谷口は言った。

「しかし……こうなったら、作戦を変えていかなきゃ」

 傍らで、横井が割って入る。

「球威が落ちるまでは、なるべく高めを捨てて、ベルトから下のボールを狙おうって話だったろ。やつらこれを想定して、始めからドロップで打ち取る算段だったんだ」

「じ、じゃあ……つぎの島田に、ねらい球を変えてけって伝えないと」

 ベンチから出かかる戸室を、谷口は「いいから」と制す。

「島田には、俺が伝えてくる。みんな待っててくれ」

 そう告げて、急いでネクストバッターズサークルへと駆け出した。

 すでにバッターラックが掛かり、島田は打席に入ろうとしていた。そこでタイムを取り、こちらに呼び戻す。

「……あ、キャプテン」

 先に戻ってきた丸井が、気を利かせ伝えてくる。

「落ちるボールのことは、ぼくが島田に言いましたよ」

「ありがとう。しかし、付け足すことがあるんだ」

 丸井は一瞬訝しむ目をしたが、素直に「分かりました」と引き上げていく。それと入れ替わるように、島田が駆けてきた。

「キャプテン、あのボールのことですか」

「そうだ。ひとまず、いまは手短に伝える」

 内野のダイヤモンドに背を向け、二人は中腰になる。

「……いいか、よく聞けよ」

 声を潜めて、ポイントだけを告げた。

「作戦は変えない。そのまま低めをねらえ」

 島田は「えっ?」と目を見開く。

「ワケは後で話す。さ、いけっ」

「は、はぁ……」

 戸惑いながらも、後輩は打席に戻った。

「……な、なぁ谷口」

 ベンチに帰ると、すぐに横井が問うてきた。

「島田になんて、指示したんだ?」

「ん……そのまま低めをねらえ、作戦は変えないって伝えたよ」

 ええっ、とナイン達が声を上げる。

「つ、強気でいくってのも……まぁ分かるけどよ」

 横井は苦笑い混じりに言った。

「そりゃ場合によるんじゃねぇか。なにせ、相手が相手だし」

「いや、それはちがう」

 確信を持って、谷口は答える。

「これは強気がどうのって問題じゃない。ちゃんと理由があるんだ」

 自然にナイン達が集まってきた。しばし間を置き、谷口は話を続ける。

「ドロップのことは、半田のノートにもなかった。ということは……秋の時点で、高野はまだ投げてなかったこと。そうだな、半田?」

 半田はきっぱりと返事した。

「はい、ちゃんと確認しました」

「それがこんな短期間で、どうしてドロップを覚えようと思ったのか。しかも、わざわざ隠してまで。向こうの立場で、考えてみろよ」

 ふいに数人から、ああ……と溜息が漏れた。島田がドロップを引っ掛け、ショートゴロに打ち取られる。これでツーアウト。

「……カンタンなことじゃないですか」

 口元に笑みを浮かべ、イガラシが発言した。

「川北は、高めを見られるのが……やっぱりイヤなんですよ」

 はっとしたように、ナイン達は「そ、そうかっ」と声を発した。

「うむ。いませっかく、ボールの見きわめができているんだ。ドロップを避けようとして、高めに手を出すようになれば、かえって向こうの策にハマってしまう」

 声を潜め、さらに続ける。

「さっきも言ったが、慌てなくていい。こうして揺さぶってくることは、もともと想定してた。すぐに打てなくていい、まず動じないこと。これを相手に見せつけてやろう。そうすれば、向こうが焦ってくるはずだ」

「は、はい!」

 ナイン達の声に、力強さが戻った。

 

 

「……く、くそうっ」

 ショートゴロに倒れた島田が、悔しげに引き上げてくる。

「惜しかったな」

 すれ違い際、倉橋はそう声を掛けた。

「少し引っかけちまったが、ねらいは悪くねーよ。慣れりゃミートできるさ」

「はい……あ、そうだ」

 分かってるよ、と先回りする。

「低めをねらうって作戦は、変えないんだろ?」

「え、どうしてそれを」

「俺もその方がいいと思ってたのさ。やつらの小細工に踊らされて、こっちからペースを崩すどうりはねぇからな」

 島田を見送り、軽く二、三度素振りして打席に入る。

 マウンド上。高野は、すぐに投球動作を始めた。ダイナミックなアンダーハンドのフォームから、第一球を投じる。上背だけでなく、長い腕。まるで、こちらのすぐ目の前でボールを離されるようだ。

 ズバン。快速球が、インコース高めに決まる。

 やはり手元でホップしてきたか。それにしてもフォームといい、タマの軌道といい、ほんと小野田さんに瓜二つだぜ。いや……むしろ制球は、高野が上回っているかもな。

 二球目、今度はカーブを投じてきた。やはりインコース高め。倉橋はこれを見送り、判定はボール。その時、僅かながら高野の口元が歪む。

 ハハァン。高めをじっくり見られるのは、やはりイヤらしいな。球数が増えれば、どうしたって球威が落ちてくる。谷口の判断は、どうやら正しかったらしいぞ。

 次の二球は、いずれもアウトコース高め。三球目のカーブは見きわめ、四球目の速球はカットする。これでイーブンカウントとなった。

 ふむ。ここまで、すべて高め。そろそろ目先を変えてくるだろう。速球かドロップか……ここはひとつ、ヤマを張ってみるか。

 そして五球目。果たして、高野は低めを突いてきた。ところが読みに反して、球種は真っすぐ。ボールの威力に、バットが押し込まれる。

「センター!」

 振り向きざまに、高野が叫ぶ。

 打球は詰まった分、ふらふらっと二塁ベース後方に上がった。あわやポテンヒットかと思われたが、鋭くダッシュしてきた中堅手が飛び付き、グラブに収める。

「……あ、アウト!」

 二塁塁審のコールに、倉橋は苦笑いを浮かべた。

 あーあ、読みを外しちまったか。にしても速球は、さすがの威力だ。しっかり振り切らないと、いまみたいに押されちまうな。ただ……

 高野が眼前を通りすぎ、ベンチへ引き上げていく。その眼差しは険しい。

 あれは、思うようにいかなかったってツラだな。そりゃそうだ。こちとら、打てないまでもカットするか、際どいコースを見きわめられるだけの技りょうは、ちゃんと身につけてきたんだ。いつまでも、昔のままなワケねぇだろ。

 

 

「みんな来てくれ」

 三塁側ベンチ。田淵は、初めてナイン達を集合させる。

 バットの収納スタンド手前で、全員を円座にさせた。その脇に、自分も屈み込む。メンバーの神妙な視線が、彼に注がれる。

「申し訳ないが……まだ向こうのねらいを、俺はつかみ切れていない」

 見栄を張っても仕方がない。そこは、素直に認めた。

「たしかなのは、墨谷が非常にしぶといチームということだ。一昨年にうちと戦った時は、かなり力量差があったにも関わらず、あわやという展開を強いられた。諸君らの中には、覚えがある者もいるだろう」

 当時ベンチ入りしていた高野を始め、数人がうなずく。

「そんな相手に、意図を読めぬままズルズルいくのは、危険だ。かといって、いぜんのように力で圧倒できるほどの差は、もはやない。そこで……ここは一揉みしてみよう」

 そう告げて、田淵は「秋葉、高野」と中軸二人を呼んだ。

「は、はいっ」

「なにか作戦でしょうか?」

 田淵は、短く趣旨を伝える。

「強振してみろ」

 やや戸惑ったふうに、二人は目を見合わせる。

「向こうのバッテリーの組み立ては、いまのところインコースを見せて、最後はアウトコースで勝負というパターンだ。あの倉橋にしては、単純すぎる。何人かが言っていたように、ピッチャーの球威をアテにしてるのかもしれんが……どうも解せない」

 なるほど……と、高野がつぶやいた。

「打たれた時の、やつらの反応を見るわけですね」

「ああ。もし単に、ピッチャー頼みというだけなら、慌ててパターンを変えてくるだろう。そうなったら、いくらでもつけ込めるが」

 ちがうだろうな、と田淵はひそかにつぶやく。

「ま、いずれにしても……向こうの手のひらで踊らされるのは、面白くないだろ。ここらで、やつらのハラを暴いてやろうじゃないか!」

 川北ナインは、威勢よく「はいっ」と返事した。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第24話「気持ちで負けるな!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第24話 気持ちで負けるな!の巻
    • 1.川北対策開始!
    • 2.勝って兜の緒をしめよ!?
    • 3.鬼キャプテン・谷口!?
    • <次話へのリンク> 
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

 

第24話 気持ちで負けるな!の巻

www.youtube.com

 

 

1.川北対策開始!

 

 鮮やかな大勝劇で、初戦を飾った墨高ナイン。

 しかし、その余韻に浸る暇はなかった。三日後には、都内四強の一角・川北との四回戦が控える。学校に帰ると、さっそく次戦へ向けての練習が開始されたのだった。

 

 

 マウンド上。片瀬がサイドハンドから、速球を投げ込んでくる。

 キャッチャーを務める谷口は、ミットを顔の上に伸ばして捕球した。右打席の丸井が、ちらっと不安げな目を向ける。

「ボール!」

 谷口のコールに、丸井は「ふぅ当たってた」と安堵の吐息をついた。

「いいぞ丸井。高めのきわどいコース、よく見極めたな」

「ええ、なんとか。あまり自信なかったスけど」

 グラウンドでは、フリーバッティングが行われていた。

 投手の生きた球を打ち込むグループと、トスバッティングのグループの二手に別れる。片瀬と谷口がバッテリーを組むほかは、トスを上げる者が一名。

 残りのメンバーは、守備練習も兼ねて球拾いに回った。なお負傷の倉橋と根岸のキャッチャー二人は、松川の投球練習に付き合う。

「さぁ片瀬、どんどん行こうよっ」

 キャプテンの掛け声に、細身の一年生投手はうなずく。

 二球目。片瀬が大きなカーブを投じてきた。丸井はよく引き付け、センター方向へ打ち返す。快音とともに、ライナー性の打球が飛ぶ。

「ナイスバッティング! さすが一番打者、まさにお手本だ」

 谷口はマスクを脱ぎ、立ち上がってナイン達に呼びかけた。

「いまの丸井の二球、みんなよく頭に入れておけ。川北のエース高野は、アンダーハンドから真っすぐとカーブを投げ込んでくる。三年生は覚えているだろう、あの小野田さんってピッチャーと瓜二つらしい」

 ここまで言って、傍らで素振りする戸室に「そうだよな?」と話を向ける。

「え……ああ、それが分かりやすいな」

 きっぱりと戸室が言った。この前日、彼は一年生の高橋と連れ立って、川北の試合を偵察しに行っている。

「一、二年生は知らないだろうから、ちと話しとこうか。特徴としては……浮き上がってくる真っすぐとカーブ。両方とも、かなり威力あるぞ。俺なんて、まえに対戦した時、ほんとタマが見えないくらいだったもんね」

 戸室の説明に、下級生のメンバーが顔を歪める。十分その脅威は伝わったらしい。

「谷口が言うように、高野はまえのエースそっくりだ。フォームといい、スピードといいタマの軌道といい。ま……イメージできる分、対策はしやすいかもな」

「た、対策したって……そうカンタンには」

 外野の方で、横井が顔を引きつらせる。彼もまた小野田のボールを体感していた。

「そのとおり。でもポイントは、はっきりしている」

 谷口は、語気を強めて言った。

「高めの見きわめだ。ボールは見逃し、ストライクだけねらい打つ。なんでもかんでも手を出すと、凡フライの山を築くことになるぞ。それにはスピードに目を慣らす必要があるので、明日からピッチャーを近くに立たせて練習しよう」

 キャプテンの助言に、ナイン達は「はいっ」と応えた。

「よし。それでは、続きといこう」

 ポジションへと戻り、丸井に「二打席ずつだからな」と伝えて屈み込む。

「……あの、キャプテン」

 ふと片瀬が尋ねてきた。

「どうした?」

「よろしければ、下から投げましょうか。一時期アンダーハンドも試してたんです」

 丸井が「そりゃ助かる」と顔をほころばせる。しかし谷口は、首を横に振った。

「ありがとう。でも、それはやめておけ。せっかく固めたフォームを崩してしまう」

「は、はぁ……」

「それに片瀬。こうして打撃投手をさせているのは、なにもみんなの練習のためだけじゃない。おまえに少しでも早く、実戦の感覚をつかんでほしいってのもあるからな」

 しばし間を置き、さらに告げる。

「もし川北に勝ったら、次戦以降はおまえの起用も考えてる。しっかり備えてくれ」

「……はい、分かりましたっ」

 生真面目な性分なのだろう。さほど表情を崩すことなく、僅かに唇を結ぶ。

 こちらがミットを構えると同時に、片瀬は投球動作を始めた。インコース高めに飛び込んできた速球を、丸井は見逃す。

「ストライク! いまのは入ってるぞ」

「ええ……キャプテン。片瀬のやつ、だんだん制球良くなってきてませんか」

「うむ。当初は、なんとかストライクは取れるくらいだったのが、いまじゃコースに投げ分けられるようになってきた。あのイガラシが舌を巻くほど、すごい努力家らしいからな」

 おや……と思い、谷口は顔を上げる。後輩が涙ぐんでいた。

「丸井どうした?」

 困惑しながら尋ねる。

「……い、いえね。片瀬がケガで苦しみながらも、くさらずにがんばってるの見てきたので。こうして復活したんだって思うと……ううっ。俺っち、こういうの弱いんス」

「ああ。しょーがないなぁ」

 戸室が苦笑いして、ハンカチを差し出す。

 それから四十分近く、フリーバッティングが続けられた。少人数のため、ブルペンのバッテリー陣も含めて、あっという間に二巡目へと入る。

 谷口は一つ、気掛かりなことがあった。

「ストライク!」

 片瀬の速球が、アウトコースに決まる。傍らの右打席では、珍しく横井が難しい顔をして、バットを握り直す。

「どうした横井。いまのは、おまえなら打てるだろ」

「う、うむ。さっき大勝した後だし、バッティングが雑になっちゃいけないと思ってよ」

「そりゃ悪くない心がけだが、かといって消極的になるのも良くないぞ。そもそも今日の二安打は、しっかり引きつけて、巧いセンター返しができてたじゃないか。いまの調子なら、今後もじゅうぶん活やくできるはずさ」

「あ……ああ。そう言ってくれるのはうれしいが、つぎは相手も強いしな」

 やはり、と胸の内につぶやく。

 横井だけじゃない。戸室、島田、加藤……とくに上級生の動きが、カタいぞ。試合の疲れかとも思ったが、丸井や一年生達はぴんぴんしてるし、そもそも消耗するような内容でもなかった。これは精神的なものだろう。

 二球目。谷口はわざと、ど真ん中に速球を投じさせた。横井のバットが回り、ライナー性の打球がセンター方向へ打ち返される。

「なにしてるんだっ」

 マスクを取り、横井を叱り付ける。

「え……いまの、ヒットだろう」

「こんな甘いコース、誰だって安打できる。レギュラーならしっかり振り切って、外野の頭を越さなきゃいけないタマじゃないか。なんだいまの、当てるだけのスイングは!」

 いつになく険しいキャプテンに、周囲はざわめく。

「……あ。スマン、言いすぎた」

「い、いや……谷口の言うとおりだ」

 横井は苦笑いした。

「このスイングじゃ、たしかに手抜きと見られてもしかたない。以後気をつけるよ」

 そう言ってグラブを拾い、外野守備へと駆けていく。

 ほどなく二巡目も終わる。校舎の時計を見ると、ようやく一時を回ったところだ。試合が五回コールドで終わり、随分早く帰ってきたのだなと改めて気付く。

「ようし。だいぶ暑くなってきたし、お昼にしよう」

 ナイン達は「はいっ」と返事して、グラウンドから引き上げていく。

 谷口もその輪に加わろうと、捕手用プロテクターを外し始めた。その時、ブルペンから戻ってきた倉橋に「少しいいか」と声を掛けられる。

「む……あっ、そうだ」

 身軽になり、こちらから尋ねた。

「右手の具合はどうだい?」

「ん? ああ、これか」

 倉橋は渋い顔で、右手の指を広げた。白い包帯が痛々しく巻かれている。

「そんな大したことないんだけどよ。つぎに影響あると困るから、念のため球場の医務室で、ちゃんと治療してもらったんだ」

「じゃあ、次戦には間に合うんだな」

「もちろん。今日だって、ほんとは無理すりゃやれたんだけどよ。こういう機会でもないと、根岸に経験させてやれないからな」

「そ、そうか」

 大事がなかったことに、ひとまず安堵した。

「しかし明日、ちゃんと病院に行ってくれよ。長引いたらコトだぞ」

「うむ。分かってるって」

 うなずいてから、倉橋は「ところで」と話を変える。

「プルペンから様子を見てたんだが、どうもピリッとしないな。とくに何人か、思いきりの良さが消えちまってる」

「そう、そうなんだよ」

 我が意を射たりと、谷口は深く首肯した。

「ただ……こうなるんじゃないかと、予想してはいたんだ」

 正捕手は「ほう」と目を丸くする。

「今日のコールド勝ちも含めて、このところ上手くいきすぎてるんだ。その流れが崩れてしまうのを、どこかで怖がってるんだと思う」

「言われてみりゃ、ちと一直線に進みすぎてるってのはあるな」

「ああ……とくに上級生は、昨年あれだけ苦労して、やっと八強入りしたのを覚えてる。このままいけるはずがないと、構えちゃうんだろう」

 なるほど、と倉橋は苦笑いした。

「それだけチーム強化を、思うように運べたってことだが」

「む。ここらで、今後もし上手くいかないことがあっても、それを打開していける自信を身につけさせたい」

 しばし間を置き、問うてみる。

「こういう時、倉橋ならどうする?」

「……ふむ、そうだな」

 相手は数秒考えただけで、すぐに返答した。

「俺なら、思い悩むヒマを与えないほど、練習に没頭させるがね」

 そう言って、くすっと笑う。

「んなこと聞いちゃって。おまえさん、とっくにテは考えてあんだろ」

 思わぬ一言に、谷口は「えっ」と声を発してしまう。

「だから田所さんに、ノックを頼んでたんじゃないのか?」

「え、ああ……」

「この期に及んで、とぼけるのはナシだぜ」

 珍しく、倉橋はおどけて言った。

 

 

2.勝って兜の緒をしめよ!?

 

 ナイン達は、校舎脇の大樹の陰に集まり、それぞれ弁当を広げた。自然とミーティングのような雰囲気になる。

「さっきの試合は、あまり参考にならないからな」

 渋い顔で言ったのは、横井だった。やはりらしくない。

「もともと力の差はあったし、向こうが策に溺れすぎたのもある。つぎも同じ調子でいけると思ったら、大間違いだぞ」

「……むぐっ、そのとおりだな」

 卵焼きの切れ端を飲み下し、戸室も同調した。

「つぎの川北は強敵だ。おまけに、倉橋がいつ復帰できるかも分からん」

「こらこら、誰が復帰できないって?」

 茶碗の水をすすりながら、倉橋は苦笑いする。右手には包帯が巻かれてた。

「二日もすりゃ、腫れは引くだろうよ。さっきは大事を取っただけさ」

「おっと、これは失敬」

 戸室は照れたように笑う。

「……あの、みなさん」

 おずおずと挙手したのは、イガラシだった。

「危機感を持つのは、たしかに必要ですけど。ぜんぶ相手が格下だったからと片づけるのも、少しちがうと思いますよ」

「じゃあ、もっと気楽でいいと言いてぇのか」

 ややムキになる口調で、横井が問い返す。

「そういうわけじゃありませんがね」

 後輩は、やや戸惑ったふうに答える。

「つぎに生かすことを考えるなら、課題ばかりでなく、ちゃんと成果も押さえるべきってことです。たとえば……向こうの先発が引っ込んだ後も、攻撃の手を緩めずに畳みかけられたことは、今日の成果だと言えるでしょう?」

 丸井が「たしかに」と相槌を打つ。

「しかもあの大橋は、いずれ一線級になるピッチャーだからな。それをあそこまで打ち込んだのは、大差がついた後っていうのを差し引いても、胸をはっていいと思う」

「……ううむ、そうは言ってもなぁ」

 苦笑い混じりに、横井は返答した。

「やっぱり、まだ確信は持てねぇよ。なにせ一回勝っただけなんだし」

 その一言に、数人がうなずく。イガラシはもう言い返そうとせず、おかずのシシャモを口に放り込み、モグモグと噛みほぐした。

「ふぅ……食った、食ったぁ」

 傍らで、鈴木が呑気そうな声を発した。ナイン達は「あーっ」とずっこける。イガラシもあやうく吹き出しそうになり、慌てて口元を覆う。

「……そ、そういえば」

 ふと谷口は思い出す。

「まえに練習試合で戦った時、いまの高野というエースは、もうベンチ入りしてたな」

「へ、へえっ!」

 丸井が素っ頓狂な声を発した。

「あの名門で、一年生から準レギュラーだったんですか」

「む。よほど期待されてたやつなんだろう」

 二人の話を受け、倉橋が「そのとおりだ」と発言する。

「もっとも次代を見据えて、有望な一年生をベンチ入りさせるっていう、向こうの方針もあるがな。とはいえ当時から評判は高かったよ。おまけに、あの小野田さんとよく一緒に練習して、いろいろ教わってもいたらしい」

「なるほど……だからって、タマの威力まで似なくてもいいのによ」

 戸室は苦笑いして、さらに尋ねる。

「ついでに……いまのレギュラーのこと、なにか知らないか? まえに対戦した時は、倉橋が相手バッターの特徴をよく知ってたもんで、善戦できたじゃないか」

 相手の質問に、倉橋は「わりぃ」と頭を掻く。

「そこまで細かい話は、仕入れてねぇな。つき合いがあったのは、先代キャプテンの田淵さんの頃まで。一期上の小野田さん達も卒業しちまったし、それ以後はさっぱり」

「……そうか、ううむ」

「打線の特徴なら、見てきたおまえの方が、よく分かるんじゃないか?」

「そ、それがな」

 一年生の高橋と目を見合わせ、戸室は肩を竦める。

「やはりレベルがちがいすぎて、参考にならねーのよ。相手のピッチャー、球威がないうえにボールが浮きがちで、好き放題に打たれてたからな」

「あの……くわしくは、ぼくが説明します」

 おずおずと、高橋が割って入る。やはりメモの紙を広げた。

「全体的に、真ん中から外寄りのボールを、逆らわずに打ち返していました」

「ということは、高橋」

 イガラシが質問する。

「川北のバッターは、インコースを避けてたってことか?」

「ま……数字上は、そうなるんだけどよ」

 渋い顔で、高橋は返答した。

「けど、ほっといても甘いタマがきてたからな。あれじゃ苦手で避けてたのか、打てるのにわざと手を出さなかったのか、判別できないんだ」

「……なるほど」

 谷口は、微笑んで言った。

「よく分析できたじゃないか。さすが高橋は、あの金成中の出身だな。どうりで墨二時代、あのデータ野球に苦しめられたわけだ」

「は、はぁ……ドウモ」

 後輩は照れ笑いを浮かべる。

「……しかし、どっちみち」

 苦々しげに、横井が言った。

「そうそう大量点は、望めないよな。やはり……川北打線をどう抑えるか、なおさら考えておかないと」

「あ……それなら、ぼくが」

 おずおずと挙手したのは、半田だった。こちらは大学ノートを開く。

「秋の大会で、もしかしたら当たるかもって組み合わせだったから、いちおう調べておいたんです。三回戦と、準々決勝の二試合を」

「おおっ、そいつは助かる」

 戸室がそう言って、安堵の吐息をつく。

「出場した選手は、すべての打席を記録しました。これを見れば、各バッターの得意と苦手が、ある程度は分かるはずです」

「ううむ。ある程度……ねぇ」

 一つ吐息をつき、横井は腕組みする。まだ不安そうだ。

「ま、どっちみち……百パーセントかく実な方法なんてものは、ねぇよ」

 倉橋が取りなすように言った。

「谷原の招待野球や、川北との対戦で、もう分かっただろ。たとえ苦手コースでも、そこへ来ると読んでりゃ打ち返せるのが、あのレベルのチームなんだ」

「そ、そうだったな」

 納得したようだが、今度は顔を引きつらせる。

「なーに。そうビビることもねぇだろ」

 声を明るくして、倉橋は話を続けた。

「うちの投手陣だって、いまや格段に成長してる。谷口も松川も、あの西将相手に力投したんだからな。いくら強力打線だからって、そうカンタンにはやられないさ」

「しかし、万が一だな」

「……オイオイ、横井」

 さすがに正捕手は、呆れ笑いを浮かべる。

「んなこと気にしてたら、どことも試合できなくなるぞ」

「……でも、気持ちは分かります」

 溜息混じりに言ったのは、島田だった。

「どうも昨年とは、なにかちがう気がするんですよ。無心で戦おうとしても、ちょっと難しくて。やはりシード校だからでしょうか」

 そうだな……と、戸室が相槌を打つ。

「なんつーか、負けちゃいけないって気持ちが、昨年より強くなったとは思う。それと……今日のコールド勝ちもそうだが、あまりに順調すぎるってのもな」

「ああ、分かります」

 加藤も同調した。

「招待野球で善戦したりして、ずっとのぼり調子ですからね。これが噛み合わなくなった時、どうなるんだろうって考えたりします」

 他の数人も、共感するようにうなずく。

「あ、あの……みなさん」

 見かねたのか、丸井が発言する。

「勝って兜の緒をしめよ、とは言いますけど。なにも……そこまで思い悩まなくたって」

 マズイな、と谷口は胸の内につぶやいた。

 思った以上に、みんな神経質になってる。負けられないという気持ちが強くなりすぎてるんだ。ムリもない、はっきり甲子園を目標に置いたのは、今回が初めてだからな。

 ふと倉橋が、こちらに視線を向けてくる。そして小さくうなずいた。チームの雰囲気に、やはり同じものを感じ取ったらしい。

 手を打つしかないな……と、谷口は決心した。

 

 

3.鬼キャプテン・谷口!?

 

 昼食後は、軽いランニングと柔軟運動、キャッチボールとメニューが進んでいく。そしてベースを敷き、ナイン達はいつも通り、各々の守備位置についた。

「これからシートノックを始めるぞ」

 ノッカーを務める谷口は、力強く声を発した。

「内野は捕ったら一塁送球。外野は中継に返すか、直接バックホームかは、打球によって判断するんだ。ポジションに関わらず、しっかり足を動かすこと。いいな!」

「おうっ」

 ナイン達も快活に応える。

「俺は球出しでもしようか?」

 傍らで、倉橋が問うてくる。

「いや。まず外野の方で、コーチしてほしい。心配なメンバーがいるからな」

「ああ……半田と鈴木ね。リョーカイ」

「後でランナーを置いて、状況を設定する。その時は三塁コーチャーも頼む」

「なんでも言ってくれ。こちとら、今日はヒマなんでよ」

「ありがとう、そりゃ助かる」

 まずライトから、谷口はポジション順にノックを始めた。同じポジションに複数いる時は、その人数分だけ打っていく。また順番を待つ間、暇を与えないように内外野ともボール回しをさせる。

「……つぎ、ショート!」

 二塁ベース寄りに強いゴロを放つ。しかしイガラシは、滑らかなフィールディングで難なく捌いた。送球も速い。

「よし、サード!」

 今度は、上から叩きつけて高く跳ねさせた。一年生の岡村は、鋭くダッシュしてショートバウンドで捕球し、一塁へ素早く送球する。

「いいぞ岡村。だいぶ迷いなく、プレーできてきたな」

 一声掛けると、岡村は「ありがとうございます」と初々しく一礼した。

「つぎは、ピッチャー!」

 マウンド上には、井口が立つ。やはり高いバウントを放った。こちらは素早く後退し、勢いをつけて一塁へ送球する。

「いい判断だぞっ」

 キャプテンの声掛けに、井口は「へへっ」と照れた顔になった。

 こうして三巡目まで打ち終えると、谷口は一旦手を止め、倉橋を呼び戻した。そして「みんなその場で聞け」と指示を伝える。

「以後は、細かく状況を設定していく。いつものようにイニング、アウトカウント、そしてランナーの状況。それらを踏まえて、しっかり頭と体を連動させるんだ」

 ここで三塁コーチャーに入った倉橋が、詳しく補足する。

「たとえば一塁三塁で内野ゴロなら、バックホームするのか、ダブルプレーを狙うのか、あるいは確実にアウトを増やすのか。なにが正解かは、試合展開や相手との力関係で変わる。いまどうすべきか、お互いで必ず確認するんだぞ」

「おうよっ」

「分かりました!」

 ナイン達は、はりきって返事した。

 谷口は、まずイガラシを三塁へ、岡村を一塁へそれぞれランナーとして立たせる。それに伴い、空いたサードに松川、ショートには横井が入った。

「もちろんランナーも守備も、交替ずつだからな」

 そう告げて、さらに設定を付け加える。

「ええと……まず初回のノーアウト、もちろん両チーム得点なし。相手投手から四、五点は取れると考えてくれ。ただし打線はチカラがある」

 横井がすぐに「ならアウト優先だな」と答える。

「一点を惜しんでオールセーフにでもしちまったら、相手は調子づく。ここは最少失点で切り抜けて、後の反撃につなげる方が賢明だ」

 他の内野陣も「異議なし」「それでいきましょう」と賛同する。

 谷口は、ショート正面に速いゴロを打った。横井はこれを捕球すると、すかさず二塁へ送球。しかしイガラシがスタートを切った。それでもベースカバーの丸井が転送し、六-四-三の併殺が完成する。

「フフ、これでいいだろ」

 得意げに笑う横井に、倉橋が「五十点だな」と辛辣に言い放つ。

「な、なんでよ」

「おまえダブルプレーを取ることしか、アタマになかったろ。いまの打球のスピードじゃ、三塁ランナーをけん制してからでも、じゅうぶん間に合うはずだぜ」

「ぼくもそう思います」

 三塁ベースに戻りながら、イガラシも同調した。

「横井さんがこちらを見向きもしないので、躊躇なくスタートが切れました。いくら取り返す自信があるからといって、カンタンに点をやっちゃダメです。序盤でこういうスキを見せると、後でつけ込まれますよ」

「そ、そうだな……ハハ」

 バツの悪そうに、横井は苦笑いを浮かべる。

 しばらく同じ条件で、内外野へと打ち分けていく。始めは戸惑っていたナイン達も、やがて互いに確認し合い、柔軟に判断してプレーできるようになってきた。

「……ようし、ちょっと変えるぞ」

 谷口は、設定を一部変更した。

「試合は進んで八回裏、こっちが三点リードしている。ランナーはさっきと同じ、ノーアウト一塁三塁の状況だ」

 そう告げて、今度はサードへ速いゴロを放つ。

 松川は、やはりイガラシには目をくれず、捕球すると素早く二塁へ送球した。すかさず丸井が転送し、またも鮮やかなダブルプレーが決まる。

「横井!」

「お、おうっ。なんだよ谷口」

 ふいに呼ばれ、横井は一瞬びくっとした。

「いまの松川の判断、どう思う? さっきと同じくランナーをけん制しなかったが」

「ううむ……これは、正しいと思う」

 戸惑いながらも、すぐに返答する。

「どうして?」

「だって、もう終盤じゃないか。ここは一点取られたとしても、ランナーをなくしちまった方が、相手を焦らせられるだろ」

 谷口は、深くうなずいた。

「さすが横井。うちで長く、レギュラーを張ってるだけあるな」

「い、いやぁ。それほどでも」

 現金な反応に、周囲は「あーっ」とずっこけた。

「……ふふっ、横井のやつ」

 ふいに倉橋が、意味深な笑みを浮かべる。

「ほかの連中も。いつまでそう、笑っていられるかな」

 

――それから、およそ二時間半が経過した。

 

 グラウンド上から、苦しげな吐息が漏れてくる。ナイン達は、誰もが肩を上下させ、全身から汗が噴き出していた。ここまで一切休憩は取られていない。

「……き、キャプテン。ちとタンマ」

 息を荒げながら、丸井が発言する。さすがに堪りかねたらしい。

「これ、いつまで……続けるつもりです?」

「なにを言ってる」

 谷口は、わざと突き放すように言った。

「状況は、限りなくあるんだぞ。これぐらいで止められるはずないじゃないか」

 丸井が顔を引きつらせる。ナイン達は「えーっ」と、悲鳴のような声を発した。

 

 

 営業用の軽トラックを走らせながら、田所は逸る気持ちを抑えられずにいた。

「くそっ、もう四時前かよ。あのバァさん、何度言っても洗濯機のスイッチの場所、覚えられねぇでやんの。おかげで、すっかり時間くっちまった」

 ラジオからは今、流行りだというピンクレディの「UFO」が流れてくる。

「近頃の歌謡曲は、シャレてやがる。今度カセットでも買ってやろうかな。これを聴けば、あいつら気分転換になるかも……なんてノンキに考えてる場合じゃないか」

 ほどなく曲が終わり、ニュースへと切り替わる。

――つぎは、連日熱戦が続く高校野球と大会の結果をお伝えいたします。

「わっと」

 あやうくブレーキを踏みそうになる。朝から営業で飛び回っていたから、まるで情報を仕入れていない。相手との力関係からして、勝っただろうと思ってはいるが、やはり結果を聞くまでは不安なものだ。

「た、たのむ……勝っててくれよ。でないと、どんな顔して連中と会えばいいか」

――また、荒川球場の三試合では、こちらもシード校の墨谷が登場。城東相手に力の差を見せつけ、十九対〇。五回コールドで初戦を飾りました。木曜日の四回戦では、同じくシード校川北との対決に臨みます。

「じ、十九対ゼロだとっ」

 予想外の結果だった。思わず「ハハ」と、声を上げて笑ってしまう。

 あ、あいつら……とんでもなく強くなってやがる。城東なんて、俺が現役の頃には、まだまだ強敵だったってのに。こりゃ、ますます次戦以降が楽しみだぜ。

 やがて墨高に到着する。裏門から入り、駐輪場の手前に停車した。テニスコートの脇を抜け、野球部のグラウンドへと向かう。

「……え、オイオイ」

 グラウンドの光景に、田所は言葉を失う。三塁側のベンチ周辺で、ナイン達は大の字に転がり、息を荒げている。

「ゼイゼイ……も、もうダメ」

「し、死ぬぅ……」

 そんな声が、漏れ聴こえてくる。

「な、なにしてんのよ」

 すぐに倉橋が駆けてきた。

「田所さん、こんちわっ。来てくれたんスね」

 こちらは呼吸を乱していないが、右手に包帯を巻いている。

「や、やぁ……っておまえさん、手はどうしたのよ」

「ああ、これですか。試合でちょっと当てられちゃいましてね」

「す、すると……次戦は厳しいんじゃ」

「それはご心配なく。今日のところは、大事を取っただけです」

「う、うむ。ならいいんだが」

 ひとまず安堵する。そしてすぐに、眼前の光景へと話が及んだ。

「午後から三時間近く、シートノックをやってます」

「さ、三時間だとっ」

「ええ。いちおう間に五分ずつ、二回休憩は挟んでますけど」

「たった五分か! それでなくても、連日みっちりメニューをこなしてたってのに。ここへ来て、ますますハードにしちゃってだいじょうぶなのか」

「ま、つぎの試合まで中三日ありますから」

「だとしても……ちとやりすぎじゃないのか。大会期間中だぞ」

 倉橋は「そうですね」と苦笑いを浮かべる。

「じつは俺も、そう思うんですけど。谷口のやつ、一度こうと決めたら、テコでも曲げませんから。田所さんも、よく知ってるでしょう」

「む、それはそうだが……」

 戸惑いながらも、倉橋と連れ立ってナイン達へ歩み寄る。

「……せ、センパイ。こんちわっ」

「た、田所さ……ゼイゼイ」

 何人かが起き上がろうとするのを、慌てて制す。

「い、いやっ……このままでいい。ちゃんと休んでろ」

「……ど、ドウモ」

 ナイン達の中心に、谷口は体育座りの姿勢で佇んでいた。そして静かに口を開く。

「みんな聞いてくれ。どうしてこんなに、ハードな練習をしなきゃいけないのか、きっと疑問に感じている者もいると思う。それをいまから説明したい」

 キャプテンの言葉に、丸井やイガラシら、数人が上半身を起こす。

「言うまでもなく、これから相手はどんどん強くなる。ということは、試合において厳しい局面も、必ず出てくるということだ。どうやってそれを乗り越えるか」

 一つ吐息をつき、話を続ける。

「なにより大事なのは……必ずどうにかしてやるという気持ち、挽回できるという自信だ。これはもう、厳しい練習を乗り越えることでしか、身につかない」

「……へへっ」

 笑い声を上げたのは、イガラシだった。

「さすがキャプテン。いくら技りょうだの戦じゅつだのと言っても、最後はどうしたって、気力の支えが必要ですからね」

 そう言ってグラブを拾い、立ち上がる。

「あまり長く休むと、かえって疲れますよ。さっさと再開しましょう」

「ふん……ちとシャクだが、おまえの言うとおりだ」

 丸井も同調し、後に続く。二人で先導するようにポジションへ向かう。

「ははっ、言ってくれるぜ」

 快活に笑い、横井が跳ねるように体を起こす。

「下級生にああまで言われたら、われわれ三年生としても、黙ってられないよな」

 まったくだ、と戸室が相槌を打つ。

「しゃーない。どうせこうなることは、分かってたんだ」

 立ち上がり、周囲に声を掛ける。

「ほら、時間だぞ。もう少しの辛抱だ」

「みんな起きろ。あまり寝転んでると、体が動かなくなるぞ」

 横井と戸室に促され、他のメンバーも重い体を起こしていく。

「……は、はい」

「がんばらなくちゃ」

 田所は、ただ呆然と立ち尽くしていた。キャプテン谷口の覚悟と、それに応えようとするナイン達。もはや口を挟む余地はない。

 やがて全員が、ポジションにつく。なお谷口はノッカーを、負傷の倉橋は三塁コーチャーを、それぞれ務めるようだ。また、三人のランナーを置くようだ。

「相手は川北。二点ビハインドの八回裏、ワンアウト満塁だ」

 谷口が状況を指定し、すぐにバットを振るう。

 ファーストへ高いバウントのゴロが弾んだ。加藤はこれを捕球して一塁ベースを踏むと、すかさず二塁へ送球。際どいタイミングながら、三-三-四のダブルプレーが完成する。

「加藤!」

 返球を受け取り、谷口が問い掛ける。

「いまなぜ、バックホームしなかったんだ? たしかにタイミングは際どかったが」

「終盤で、二点負けてるからです」

 加藤は確信ありげに答えた。

「劣勢の流れを変えるためには、思い切ったプレーが必要です。成功すれば……勢いを得て反撃につなげられます」

「いいぞ加藤、そうやって試合の流れを読んでいくんだ」

 す、すげぇ……と田所は溜息をつく。

 心身ともに追い込んでるのか。こんな練習を考えつく谷口もさすがだが、ついていく連中も大したもんだ。よほどの覚悟がないと、こういうことはできねぇ。

 それでも、やはり限界はくる。

 数分も経たないうちに、少しずつナイン達の足が止まり、さっきまで捕れていた打球を逃すようになる。そして谷口自身も、だんだん狙った所へ打てなくなっていく。

「……た、谷口。もうこれ以上は」

 さすがに見かねて、声を掛ける。

 谷口は一旦ノックの手を止め、ナイン達へ「その場に座ってくれ」と指示する。練習を終えるのかと思いきや、こちらにノックバットを差し出した。

「しばらく、ぼく一人で受けます。ノックを代わっていただけますか」

「え……そ、そんな。おまえだって疲れてるだろ」

「お願いしますっ」

 鋭い眼差しに気圧され、田所はバットを受け取る。谷口は他のナイン達が見守る中、サードのポジションにつき、力強く「さぁ来いっ」と掛け声を発した。

 むぅ……ええいっ、ままよ!

 半ば自棄になり、田所はノックを打ち始めた。強いゴロ、弱いゴロ、高いバウンド。どんな打球にも、さすがにキャプテンは喰らいついていく。

「……ヒッ!」

 閃光のようなバックホーム。受けるキャッチャー根岸が、怖じた声を発した。

「な、なんて速い送球なんだ」

 そうして二十球近く打ち込んだ頃だろうか。ふいに「タンマ!」と声が発せられる。その主は、やはりイガラシだった。

「ハァハァ……な、なんだ?」

 立ち上がり、サードへ駆け寄っていく。

「これじゃ不十分ですよ。シートノックですし、ちゃんと連係プレーも入れないと」

「あ……うむ、そうだな」

「ぼくが二塁ベースに入るので、そこへも投げてください」

 すると後方から、丸井が「おいイガラシ」と怒鳴る。

「ま、丸井さん」

「サードゴロの時、おまえが毎回ベースに入るつもりか?」

「い、いえ……そういうわけじゃ」

「だったら俺も混ぜろ。試合とちがう動きをすると、変なクセがついちまうぞ」

「は……はい。分かりました」

 先輩の気持ちを察してか、イガラシはくすっと笑う。

「キャプテン、すぐに一塁送球ってこともあり得ますよね!」

 加藤までそう告げて、ファーストベースについた。他のナイン達も「やれやれ」と腰を上げ、それぞれのポジションに戻っていく。

「あーあ、けっきょく全員が……」

 キャプテンはつぶやき、頬をぽりぽりと掻いた。

「みんな疲れてるようだから、少し休ませようと思ったのに」

 笑いを堪えながら、田所は「バカヤロウ」と怒鳴る。

「た、田所さん……」

「リーダーのそんな懸命な姿を見せられたら、周りも休んじゃいられないだろう。ちったぁ自覚しやがれ」

「は、はぁ……そんなものですか」

 キャプテンの素朴すぎる返答に、田所は「はりゃっ」とずっこける。

「それより田所さん」

 レフトのポジションから、横井がおどけて言った。

「まだノック、ちゃんと打てるんスね」

「あ……当たり前だろ。元キャプテンをナメるんじゃねぇ」

 谷口に頼まれ、こっそり練習していたことを、しいて話すつもりはない。

「しかし、はり切ってケガされちゃ、また仕事に響きますよ」

「ムッ。こら横井、てめぇまたヒトをからかいやがって」

 OBの分かりやすい反応に、数人が「ププッ」と吹き出す。

「こうなりゃ諸共だ。覚悟しろ、おまらっ」

 根岸からボールを受け取り、バットを構える。

「いくぞ!」

 田所の掛け声に、ナイン達は「おうっ」と力強く応えた。

 

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<高校野球>沖縄県勢有力校・三行キャッチコピー集(興南、沖縄尚学、沖縄水産、美里工業……)

 

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沖縄県勢有力校・三行キャッチコピー】

 

興南

(その1)島人の夢を叶えた夏の甲子園初優勝&春夏連覇!!

(その2)「出る・進める・返す」野球をよく知るチーム

(その3)プロ野球選手も多数輩出!

 

沖縄尚学

(その1)沖縄県勢甲子園優勝&二度の選抜制覇!!

(その2)洗練された守備と堅実な攻撃

(その3)最近では泥臭さも身に付け、さらなる躍進の期待大!

 

沖縄水産

(その1)伝説の夏の甲子園・二年連続準優勝!!

(その2)上原忠監督の下、有望選手が集結

(その3)打線の破壊力は県内屈指!

 

浦添商業>

(その1)夏の甲子園・二度のベスト4!!

(その2)「闘志前面」「凡事徹底」のスローガンが印象的

(その3)浦商サンバの迫力ある大応援!

 

八重山商工

(その1)離島勢初の春夏甲子園出場!!

(その2)バントしない超攻撃的野球で甲子園を席捲

(その3)プロ野球選手も複数輩出!

 

<美里工業>

(その1)県勢の工業高校・唯一の選抜出場校!!

(その2)県立校とは思えないほど洗練された野球

(その3)元気いっぱいの全力プレーは、高校野球の原点!

 

<中部商業>

(その1)二度の夏の甲子園出場。打力は立派に全国レベル!!

(その2)00年代に猛威を振るったパワー野球

(その3)現在、プロ野球で活躍する人材を複数輩出!

 

糸満

(その1)春夏一度ずつの甲子園出場!!

(その2)上原監督離任後も、有力校の地位を堅持

(その3)プロ野球選手を複数輩出!

 

首里

(その1)県勢初の甲子園出場&初勝利!!

(その2)伝説となった「甲子園の土」

(その3)県大会では、意外にも“劇場型”チーム

 

<名護>

(その1)本土復帰の年の春夏甲子園出場!!

(その2)「県立三中」の伝統を引き継ぐ

(その3)甲子園大会における県勢初のホームラン!

 

宜野座

(その1)“21世紀枠の申し子”初出場で選抜ベスト4!!

(その2)普通県立校としては数少ない「二度の選抜出場」

(その3)「宜野座カーブ」「巧みなバント戦法」が魅力!

 

<本部>

(その1)令和初の21世紀枠候補に!!

(その2)沖尚、宜野座ら“強敵撃破”の過去アリ

(その3)“補食”などユニークな取り組みが話題に!

 

<嘉手納>

(その1)「基地の街のヒーロー」春夏一度ずつの甲子園出場校!!

(その2)“超攻撃野球”で甲子園優勝経験校撃破

(その3)興南、沖水ら“本命キラー”の顔!

 

<美来工科>

(その1)春夏甲子園出場にあと一歩まで迫る!!

(その2)県大会上位進出の常連

(その3)沖尚・興南の私学二強を度々苦しめる!

 

那覇

(その1)“意外性野球”で夏の甲子園出場!!

(その2)「県立二中」の伝統を引き継ぐ

(その3)県勢初の選抜出場&甲子園初得点!

 

那覇商業>

(その1)春夏甲子園出場の実績アリ!!

(その2)夏の甲子園にて、強豪・横浜撃破の金星

(その3)最盛期の沖水、浦商、沖尚と激闘を繰り広げる!

 

<北山>

(その1)プロ野球選手を複数輩出!!

(その2)沖尚・興南の私学二強を度々苦しめる

(その3)大型投手の力投光る!

 

豊見城

(その1)県勢初の選抜8強&夏の甲子園三年連続8強!!

(その2)東海大相模との“伝説の死闘”

(その3)石嶺和彦プロ野球選手を複数輩出!

 

<前原>

(その1)夏の甲子園、二度出場!!

(その2)ユニフォームが侍ジャパン浦和学院ぽくてカッコイイ

(その2)しばしば好投手輩出。96年夏は「デージ調子のいい」金城の力投!

 

宮古

(その1)最盛期の豊見城沖縄尚学浦添商業ら強豪を度々苦しめる!!

(その2)荒削りながら迫力ある打線

(その3)スラッガーを度々輩出

 

 

平成三十年間の全沖縄県代表・一行寸評(興南、沖縄尚学、沖縄水産、八重山商工……)

 

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【平成三十年間の全沖縄県代表・一行寸評】

 

<平成元年>

 

選手権大会:石川(二回戦敗退・0勝)

―― 二強を抑えての出場も、昭和50年“逆転サヨナラホームラン”の雪辱ならず!

 

<平成二年>

 

選手権大会:沖縄水産(準優勝・5勝)

―― 伝説となったレフトへの大飛球。沖縄勢初の決勝進出!

 

<平成三年>

 

選手権大会:沖縄水産(準優勝・5勝)

―― 大野倫疲労骨折を押しての粘投。夢へあと一歩・二年連続準優勝!

 

<平成四年>

 

選抜大会:読谷(一回戦敗退・0勝)

―― 両軍合計二十九点(スコア11-18)! 壮絶な乱打戦の末敗退……

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 開幕試合・延長戦の激闘制す。後の躍進を予感させる、神奈川勢撃破の健闘!

 

<平成五年>

 

選手権大会:浦添商業(一回戦敗退・0勝)

―― 新興勢力、次々に台頭。初戦敗退も、四年後の躍進の布石!

 

<平成六年>

 

選抜大会:那覇商業(一回戦敗退・0勝)

―― 県勢三年ぶりの選抜出場も、初戦で完敗……

 

選手権大会:那覇商業(三回戦敗退・1勝)

―― 初出場で強豪・横浜を破る大金星! 三回戦で優勝校に惜敗……

 

<平成七年>

 

選手権大会:沖縄水産(二回戦敗退・0勝)

―― なぜか苦手な山形勢。好機にあと一本が出ず……

 

<平成八年>

 

選抜大会:沖縄水産(二回戦敗退・1勝)

―― 初の選抜勝利も、智辯和歌山の剛腕・高塚の前に惜敗!

 

選手権大会:前原(二回戦敗退:0勝)

―― 緊迫した投手戦も、九回にサヨナラ負け!

 

<平成九年>

 

選抜大会:浦添商業(一回戦敗退・0勝)

―― 強豪に善戦も、キャッチャーの負傷退場が響き敗退……

 

選手権大会:浦添商業(準決勝進出・4勝)

―― 智辯和歌山と白熱の死闘。サヨナラ負けも「最高の敗者」と讃えられる!

 

<平成十年>

 

選抜大会:沖縄水産(一回戦敗退・0勝)

―― 史上最強との呼び声も、失策が響き初戦敗退……

 

選手権大会:沖縄水産(一回戦敗退・0勝)

―― 剛腕・新垣渚、逆転ツーランに沈む。優勝候補の沖水・まさかの春夏未勝利!

 

<平成十一年>

 

選抜大会:沖縄尚学(優勝・5勝)

―― PLを破るなど快進撃。「長い間」県民が待ちわびた、悲願の甲子園初制覇!

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 満身創痍のエース、力尽きる……。夏優勝の夢は、後輩達へ託される!

 

<平成十二年>

 

選手権大会:那覇(三回戦敗退・1勝)

―― 野球とは意外性のスポーツ! 常識を覆した戦法で爪痕を残す!!

 

<平成十三年>

 

選抜大会:宜野座(準決勝進出・3勝)

―― 21世紀枠の申し子・宜野座快進撃! 巧みなバント、宜野座カーブ炸裂!

 

選手権大会:宜野座(二回戦敗退・1勝)

―― 選抜で完敗した仙台育英に、同スコアで痛快リベンジ!

 

<平成十四年>

 

選手権大会:中部商業(一回戦敗退・0勝)

―― 復帰三十年の記念の年。帝京相手に壮絶な乱打戦、爪痕は残す!

 

<平成十五年>

 

選抜大会:宜野座(一回戦敗退・0勝)

―― エース故障の不運。宜野座カーブと強力打線で追撃も、一歩及ばず。

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 金城監督最後の年。好投手・広岡の力投光る!

 

<平成十六年>

 

選手権大会:中部商業(二回戦敗退・0勝)

―― 満塁ホームランで追撃も、守乱が響き大敗。

 

<平成十七年>

 

選抜大会:沖縄尚学(準々決勝進出・2勝)

―― 初戦で剛腕・柳田(青森山田)を粉砕!強打の沖尚を印象付ける。

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 二年連続で酒田南に敗れる。やはり相性の悪い山形勢……

 

<平成十八年>

 

選抜大会:八重山商工(二回戦敗退・1勝)

―― 離島勢初の甲子園出場。優勝した名門・横浜を崖っぷちまで追いつめる!!

 

選手権大会:八重山商工(三回戦敗退・2勝)

―― 初戦の痛快な逆転劇! 沖縄勢十年ぶりとなる夏2勝を挙げる。

 

<平成十九年>

 

選手権大会:興南(二回戦敗退・1勝)

―― 名将・我喜屋優監督登場。前年秋・初戦コールド負けからの甲子園1勝!

 

<平成二十年>

 

選抜大会:沖縄尚学(優勝・5勝)

―― 東浜巨の快投! あの初優勝以来、県勢二度目の選抜制覇。

 

選手権大会:浦添商業(準決勝進出・4勝)

―― 選抜優勝校撃破の勢いに乗り11年ぶり快進撃。凡事徹底、全力プレー!!

 

<平成二十一年>

 

選抜大会:興南(一回戦敗退・0勝)

―― 島袋洋奨・19奪三振の鮮烈甲子園デビュー!初戦敗退もインパクト残す。

 

選手権大会:興南(一回戦敗退・0勝)

―― 大分の怪童・今宮健太vs島袋の迫力満点の対決! 悔しい逆転負け……

 

<平成二十二年>

 

選抜大会(その①):嘉手納(一回戦敗退・0勝)

―― “基地の街のヒーロー”見参! 完封負けも全力プレーを披露。

 

選抜大会(その②):興南(優勝・5勝)

―― 琉球トルネード・島袋ついに覚醒。“貧打興南”と言われた打線、大爆発!

 

選手権大会:興南(優勝・6勝)

―― 伝説となった夏。沖縄県民の悲願、夏の甲子園優勝を春夏連覇で叶える!!

 

<平成二十三年>

 

選手権大会:糸満(一回戦敗退・0勝)

―― 初戦敗退も、後の“ハマのリードオフマン”神里・全国デビュー!

 

<平成二十四年>

 

選手権大会:浦添商業(三回戦敗退・2勝)

―― 沖縄野球健在! 優勝候補、愛工大名電を破る金星を挙げる。

 

<平成二十五年>

 

選抜大会:沖縄尚学(一回戦敗退・0勝)

―― 優勝した08年以来の復活出場も、開幕戦の重圧に押しつぶされ大敗。

 

選手権大会:沖縄尚学(三回戦敗退・1勝)

―― 一勝止まりも、2年生右腕・山城大智が台頭。翌年へ期待ふくらむ。

 

<平成二十六年>

 

選抜大会(その①):美里工業(一回戦敗退・0勝)

―― 甲子園常連校相手に健闘。終盤まで優位に進めるも、八回裏に悪夢の逆転負け。

 

選抜大会(その②):沖縄尚学(準々決勝進出・2勝)

―― 08年以来の八強も、伏兵・豊川の打力に完敗。

 

選手権大会:沖縄尚学(準々決勝進出・2勝)

―― 選抜と同じく準々決勝で力尽きるも、チームとして初の夏2勝。

 

<平成二十七年>

 

選抜大会:糸満(一回戦敗退・0勝)

―― 初の“甲子園での校歌”を目指すも、老獪な天理に完敗。

 

選手権大会:興南(準々決勝進出・2勝)

―― 興南、ついに復活! 関東一・オコエの一発に沈むも、健闘の八強進出。

 

<平成二十八年>

 

選手権大会:嘉手納(三回戦敗退・1勝)

―― 甲子園経験校を次々に下しての夏初出場。一勝止まりも、強打を印象付ける。

 

<平成二十九年>

 

選手権大会:興南(一回戦敗退・1勝)

―― 1年生左腕・宮城大弥初の甲子園は、智辯和歌山の猛打に悔しい逆転負け。

 

<平成三十年>

 

選手権大会:興南(三回戦敗退・1勝)

―― 前年のリベンジを期す興南・宮城。初の初戦突破も、三回戦で完敗。

 

※<令和元年>

 

選手権大会:沖縄尚学(一回戦敗退・0勝)

―― 初戦敗退も、選抜準優勝・習志野と大激戦。沖尚、復活の契機となるか!?

 

【野球小説】続・プレイボール<第23話「たくましい墨高ナイン!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第23話 たくましい墨高ナイン!の巻
    • 1.乱闘勃発!?
    • 2.松下の焦り
    • 3.猛攻
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 


 


 

 

 

第23話 たくましい墨高ナイン!の巻

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1.乱闘勃発!?

 

「……ちきしょう、ムリだったか」

 屈み込んだまま、倉橋が唇を結ぶ。右手をだらりと下げていた。

「た、タイム!」

 谷口は三塁塁審に合図して、さっと駆け寄る。

「倉橋……ああっ、これは」

 右手の指先が、赤く腫れている。さっき死球を受けた箇所だ。打撲なら数日で治るだろうが、もし骨折だと今後の出場自体が危ぶまれる。いずれにしろ、この試合は交代せざるを得ない。

「スマン、よけそこねちまって」

 倉橋が苦笑いする。

「なに言ってる。これは不可抗力だ、しかたないさ」

「……ち、ちょっと」

 ふいに背後から、井口がのぞき込んでくる。

「さっきぶつけられたやつスね。あのピッチャー、やりやがったな」

 後輩は「うーっ」と唸るような声を発した。バカ、と倉橋が突っ込む。

「不可抗力だと言ったろう。井口おまえ……こんなんでアタマにきて、自分のピッチングができなくなったりしたら、元も子もないぞ」

「う……は、はぁ」

 倉橋は、自らアンパイアに交代を告げ、ベンチに下がった。半田から氷袋を受け取り、患部に当てる。その眼差しが、無念そうにグラウンドへと向く。

 代わりにマスクを被るのは、根岸だ。慌てて準備を始めている。

 谷口が振り向くと、井口はマウンド上で、足元の土を蹴り上げた。なにやらブツブツつぶやきながら、目を三角にしている。

 マズイな、と谷口は思った。倉橋の退場は痛いが、それ以上に井口が心配だ。あの様子では、だいぶ頭に血が昇っている。これで調子を崩すようなら、早めの交代も考えないと。

 一声掛けようと思った時、イガラシがマウンドへ走り寄った。

「おい井口。怒るのは分かるが、それをプレーにぶつけろよ」

「……う、うむ」

「俺も正直アタマにきてる。おまえのピッチングで、すかっとさせてくれ」

 いいタイミングで声かけてくれたな、と谷口は目を細める。倉橋の退いた今、こういうイガラシの気配りは、本当にありがたい。

 やがて捕手用プロテクターを装着した根岸が、ベンチから駆けてきた。

「キャプテン、準備できました」

 快活に言うので、少し安堵する。

「む。急な出場ですまないが、気楽にな」

「ええ……しかし、そうも言ってられないでしょう。井口があの様子ですし」

 谷口は苦笑いした。あんな態度を見せては、誰だって気づく。

「ま、それは上級生がフォローしていく。おまえはキャッチングに集中してくれ」

「分かりました!」

 力強く返事して、根岸はホームベース奥に立った。そして声を張り上げる。

「バッター四番からです。みなさん、しまっていきましょーっ」

 一年生捕手の初々しい掛け声に、ナイン達は「おうっ」と応えた。

 

 

 マウンド上。はらわたが煮えくり返るのを、井口は抑えられずにいた。

 あ、あの松下ってヤロウ……よくも倉橋さんを! キャプテンの同窓だかなんだか知らんが、こっちが黙ってりゃ調子に乗りやがって。目にモノ見せてやるっ。

 回の先頭打者は、その松下からだ。右打席に入りスパイクで足元を均すと、他の打者と同じくベース寄りに立ち、バットを寝かせる。

「ふん、四番のくせにバスターか。いつまでも小賢しいテを使ってんじゃねーよ」

 井口は振りかぶり、第一球を投じた。快速球が打者の肘付近を襲う。

 バシッ。松下は大きく上体を仰け反らせたが、よけきれず二の腕を掠めた。アンパイアが「デッドボール!」と告げ、一塁ベースを指さす。

「わりぃ、引っかけちまった」

 白々しく弁解する。

「おい井口。いい加減、落ち着けよ」

 セカンドの丸井が声を掛けてくる。

「は、はい。以後気をつけます」

 通り一遍の返事をした。丸井は「ほんとだな?」と、疑わしそうに睨む。

 その時だった。ふいに根岸がタイムを取り、マウンドに駆け寄ってくる。なんだよコイツも説教する気か……と思いきや、相手は思わぬ言葉を発した。

「こら井口。てめぇ中途半端なコト、してんじゃねぇよ」

「おう……へっ? いまなんつった」

「袖をかすめるぐらいで、仕返しになるかっ。やるなら顔か背中だろ!」

「はぁ? ま、まて根岸」

 つい間の抜けた声を発してしまう。

「いくらなんでも顔はマズイだろ」

「じゃあ背中だ。つぎの五番は同じ一年だし、遠慮することはねぇ。向こうが二度とナメた真似できねぇように、やっちまえよ」

「む、気持ちは分かるが……あいにく俺は左投げだ。右バッターの背中には、ちと投げづれぇんだよ。さっき当てた本人にやり返したから、やつらも十分ビビってるだろ」

「んだよおめぇ。見かけによらず、根性ねーな」

 さすがに、井口は苦笑いする。

 まったく、なんで俺がなだめなきゃなんねぇんだよ。ふつうピッチャーを落ち着かせるのが、キャッチャーの役目だっつうに。これじゃ、あべこべじゃないか。

「もういいから帰れ。肩が冷えちまう」

「ちっ。しょーがねぇな」

 がしっと土を蹴り上げ、根岸は踵を返す。

 なんだよアイツ。ただのお調子者かと思ってたら、こんなに気が短かったとは。俺よりガラの悪いやつ、初めて見たぜ。あんなんでリードなんてできるのかよ。

 続く五番打者は、大橋という一年生だ。中学野球の名門・青葉学院の出身である。

 井口は、この大橋と面識があった。昨年の中学選手権の予選にて、大橋のいた青葉と井口率いる江田川は、準決勝で対戦。その時は、江田川が完勝を収めている。

 因縁にこだわっているのか、大橋はこちらを睨んだ。井口はムッとして、睨み返そうとするが、その前に根岸が座ったままマスクを取る。

「おい、そこのノッペリづら」

「……の、のっぺりだと?」

「いきなりヒトを睨みつけて、どういう了見だ。ガラ悪いぞ」

 アンパイアが「さっさとマスクを被りなさい」と注意する。

 井口は溜息をついた。ガラ悪いのは、おめぇだよ……とひそかにつぶやく。後方で「あのバカなにやってんだ」と、丸井が青筋を立てる。

「こら井口。おまえが根岸をたきつけたんだろっ」

「そ、そんな丸井さん……」

 慌てて首を横に振る。

 ようやく根岸がマスクを被り、サインを出す。これは倉橋と同じものだ。間違っちゃいないだろうなと不安に思いながらも、井口は投球動作へと移った。

 初球。大橋はバットを寝かせると、それを引きながら捕手のマスクにぶつける。明らかな挑発行為だ。こんニャロ、わざとやりやがったな……と、井口は詰め寄りかけた。

 その時、根岸が右手のひらを「まて」と言いたげにかざす。された本人が一番激高しそうなものだが、今回に限ってそれをしない。井口は、かえって不気味に感じた。

 あいつ……後でまとめて仕返ししてやろうとか、思っちゃいめぇな。

 そして二球目、一塁ランナーの松下がスタートを切る。根岸が二塁へ送球しようとすると、大橋はファースト側へつんのめり、捕手の視界を塞ぐ。しかし一年生捕手は、構わずスローイングした。

「……ぐっ」

 ボールは至近距離で、大橋の背中を直撃した。相手はその場にうずくまる。

 根岸はマスクを脱ぎ、平然と立ち上がった。そして大橋を一瞥もせず、傍らのアンパイアに尋ねる。

「守備妨害じゃありませんか?」

「いや、故意とは認められない」

「分かりました……だとさ、ノッペリづら。痛い思いした甲斐があったな」

「……こ、このヤロウ」

 大橋は起き上がると、根岸の胸倉をつかんだ。

「きさまっ。ヒトにぶつけといて、なんて言い草だ」

「はぁ? 陳腐なラフプレーしかできないくせに、どの口がぬかしやがる」

「なんだと!」

 慌ててアンパイアが、試合を止める。それと同時に、両チームの選手達がベンチから飛び出し、グラウンドに入り乱れる。

 いまにも殴り掛かろうとする大橋を、松下が「落ち着け」と引き離す。根岸は早くも冷静さを取り戻したと見え、自分からその場を離れた。

「おい! 送球を当てておいて、あやまりもしねぇのか」

「よく言うぜ。初回から、危険球ばかり投げやがって」

 血の気の多い者が、あちこちで言い争いを始める。それを数人が止めに入った。双方の応援団が陣取る内野スタンドも、騒然としてくる。

「……や、やめんか!」

 アンパイアが一喝した。

「ここをどこだと心得る。神聖なグラウンドで、事もあろうにののしり合いを始めるとは、不徳がすぎるぞ。日頃の練習の成果をぶつけるために、ここへ来たんじゃないのかね!」

 さすがに両軍ナインは、静まり返る。

「手は出さなかったようだから、いまは注意に留める。しかし、今後もしスポーツマンシップに反する言動がなされた場合、その限りではない。退場させられたくなかったら、お互いフェアプレーを心がけたまえっ」

 どうにか事なきを得たことに、井口は安堵する。ただどうしても、相手に一言伝えたいことがあった。ランナーに戻ろうとする松下を「あ、ちょいと……」と呼び止める。

「なんだい?」

 松下は意外にも、穏やかな目で応じた。

「あの……やりすぎたのは、悪かったです。けど、主力がケガさせられちまったら、そりゃ腹も立ちます。そこんとこ、分かってくれませんかね?」

「うむ、きみの言うとおりだ。すまなかった」

 神妙にうなずき、相手エースは踵を返す。

 

 

2.松下の焦り

 

 まだ球場内がざわめく中、イガラシは小走りにポジションへと帰る。

 やるじゃないか根岸。たしかに井口の気性を考えりゃ、言って聞かせるよりも、ああするのがベターかもな。ま、ちと……やりすぎだが。

 くすっ、と含み笑いが漏れた。

「こ、これ。笑いごとじゃないぞ」

 傍らで、谷口がたしなめてくる。

「あと少しで乱闘になるトコだったんだからな」

「まぁまぁ。突っかかってきたのは向こうですし、こっちは誰も手を出さなかったんですから。それに……キャプテンも気づいてたのでしょう?」

 尋ねてみると、相手は「まあな」と苦笑いした。

「だと思いましたよ。いつものキャプテンなら、とっくに止めてるはずですものね。それでぼくも、あえて静観してました」

「む。しかし誤解してる者もいるだろうから、念のため確認しようと思う」

「ええ、それが賢明ですね」

 谷口はタイムを取り、内野陣をマウンドに集める。

「あ……ほら根岸、おまえもだよ」

 加藤に促され、根岸が少し遅れてやって来た。

「まったく。開いた口がふさがらないぜ」

 やはり丸井が、説教を始める。

「キャッチャーの役目は、ピッチャーも含めてチームを盛り立てることだろ。一番おまえが冷静さを失って、どうすんだよっ」

 根岸はバツの悪そうな顔で、黙って聴いている。

「まってくれ丸井。じ、じつはな……」

 谷口が庇おうとするのを、イガラシは「キャプテン」と制した。

「ちゃんと本人に説明させましょう。ほれっ根岸、みんな心配してるぞ」

「せ、説明って。なんのことだよ」

 訝しむ丸井のすぐ横で、根岸は深く頭を下げた。

「……スミマセン。ぜんぶ、芝居でした」

 井口が「へっ?」と、間の抜けた声を発した。

「ふぬけたツラしてんじゃねーよ」

 その脇腹を、イガラシは右肘で小突く。

「テッ、なにしやがる」

「井口。そもそも根岸は、おまえを気づかったんだ。ちゃんと聞いてやれ」

「え……そりゃ、どういう」

 相棒に顔を向けられ、根岸は頭を掻きながら話し出した。

「ベンチから見てて、だいぶ井口が我を失ってたもんで。こりゃマズイと思ったんです」

 当人は「いっ?」と妙な声を上げる。

「といってコイツは、言って聞くようなやつじゃないですし。どうしようか考えた挙句……こっちから煽ってやれば、かえって目が覚めるんじゃないかと。ま、ちょっとやりすぎて、相手を怒らせちゃいましたけど」

「……ほほう」

 丸井はじとっとした目を井口に向ける。

「いい相棒にめぐまれて、シアワセだな」

「ど、ドウモ」

 なんだよ、と加藤が溜息混じりに言った。

「ヒトをおどかしやがって。こちとら、気が気じゃなかったんだぞ」

「ははっ、そうですよね。スミマセン」

 根岸は苦笑いして、もう一度頭を下げる。

「しかし……とっさにそういうテを打つとは、肝が据わってるじゃないか」

 一年生捕手に、キャプテンは穏やかな眼差しを向ける。

「初めての公式戦、それも急な出場で、この豪胆さは大したものだ」

「そ、そんな……ドウモです」

 顔を赤らめ、根岸はうつむき加減になる。

「……ところでよ、井口」

 ふいに丸井が、にやっとして一年生投手を見やる。

「オマエさんにも言わなきゃならんことがあるな」

 殴られると思ったのか、井口は「ひっ」と身を縮めた。

「こんニャロっ」

 その背中を、ぽんと丸井は叩く。

「……へっ?」

 顔を上げると、先輩は微笑んでいた。

「仕返しすんのは、ホメられたことじゃねぇがな。でもよ……俺がおまえの立場なら、きっと同じことをしてたろうぜ。味方がケガさせられりゃ、黙ってられねーよな」

「ま、丸井さん……」

「それと松下さんへの意見、後ろでしっかり聞いてたぞ。イイコト言うじゃねぇか」

 ふふっと、イガラシは笑い声をこぼす。

「な、なにがおかしいんだっ」

 キッと丸井が目を向けた。

「……いえ。やっぱり丸井さん、いい人だなって」

 あらっ、と相手はずっこける。

「てめぇ。なんだその、イヤミっぽい言い方は」

「よしましょうよ、試合中に」

「おまえがヘンなこと言うからじゃねぇかっ」

 分かりやすく丸井がムキになる。周囲のナイン達は、こらえきれず吹き出した。

 

 

 二塁ベース上。松下は腰に手を当て、唇を噛んだ。

 大橋のやつ。あの一年生キャッチャーを揺さぶろうとして、自分がアタマに血をのぼらせてどうすんだよ。ミイラ取りがミイラになりやがって。いっぽう墨高は、チームがまとまり始めた。これじゃ当初のねらいと、反対じゃないか。

 打席には、その大橋が立つ。心なしか落ち着きがない。

「さあ、しっかり守っていこうよ!」

「おうよっ」

 眼前では、タイムを解かれた墨高ナインが、それぞれのポジションへ散っていく。その中心で、井口がすぐに投球練習を始める。

「良くない流れだな……」

 松下は、ひそかにつぶやいた。

 ここは大橋の一打に、期待するしかない。十分近く中断して、ピッチャーも肩が冷えてるはず。失投してくれりゃ、もうけもんだが……しかしツーストライクだったな。

 やがて試合再開が告げられた。

 さっきと同じく、大橋はバスターの構えをする。ほどなく井口が、セットポジションから再開後の第一球を投じた。

 ほぼ真ん中高め、ボール気味の速球。大橋のバットが回る。

「スイング! バッターアウトっ」

 くそぅ。大橋め、あんな吊り球に手を出しやがって。

 打順は下位に回る。松下は、かなり焦りを感じていた。六番以下のメンバーで、まともに井口を打ち返せそうな者はいない。

 もはや相手のミスに、期待するしかないな。こうなりゃイチかバチか……

 マウンド上。井口が再びセットポジションから、投球動作へと移る。その瞬間、松下はスタートを切った。

「走ったぞっ」

「キャッチャー!」

 相手内野陣の声をすり抜けるように、三塁ベースへ頭から滑り込む。めいっぱい伸ばした右手の指先を、しかしグラブが壁のように塞ぐ。

「アウト!」

 三塁塁審のコールが、耳障りなほど響く。

「ナイス送球よ、根岸」

 起き上がろうとする松下の頭に、かつてのチームメイト谷口の声が降ってくる。

 バカな。スタートは完ぺきだったし、向こうも三盗までは予測してなかったはず。なのに……あの一年坊、とっさの反応で、なんて正確な送球するんだ。

「松下」

 目を見上げると、谷口が右手を差し出していた。

「いいチャレンジだった。一瞬あせったよ」

 相手の手をつかみ、立ち上がる。

「よく言うぜ。こういう練習、ずっと積んできてたんだろ」

「まぁ、それなりにね」

 微笑んだ旧友の眼差しに、松下は余裕を感じ取った。

 踵を返し、ベンチへ向かう。ほどなく「ストライク、バッターアウト!」と、アンパイアの声が響いた。小さくかぶりを振る。

 これは、もう……ダメかもしれんな。

 

 

3.猛攻

 

 けっきょく城東は、二回表を零点に抑えられた。

 墨高はその裏、先頭の井口がホームランを放ち、あっさり二点目を奪う。これで勢いに乗ると、下位打線の連打にエンドランも絡め、一塁三塁とさらに攻め立てる。

 

 スクイズでくる、と松下は予測した。

 さっき足を使われた。墨高のやつら、うちの内野守備を揺さぶりにきてる。しかもバッターは、なんでもできる丸井だ。ここでスクイズまで決められたら、つぎはなにをしてくるんだと、みんな混乱しちまう。向こうはそれをねらってる。なんとしても食い止めないと。

「松下がんばれっ」

「俺達がついてる、思いきっていけぇ!」

 チームメイト達が声を掛けてくる。

「おうっ、たのむぞ」

 そう返事して、松下はセットポジションにつく。

 眼前では、丸井が数回素振りして、右打席に入ってきた。小柄ながらスイングは鋭い。しかも中学の頃より、動作に柔らかさが加わっている。

 初球。松下は、外へウエストした。

 視界の端で、やはり丸井がバットを寝かせる。よし、はずした……と思った直後、松下は「なにぃっ」と声を上げてしまう。

 コンッ。丸井は伸び上がるようにして、バットの先端に当てた。

 ボールは一塁線の手前に転がる。松下がマウンドを駆け下りた時、三塁ランナーの加藤が滑り込んできた。右手でさっとホームベースをはらう。すかさず一塁へ送球し、辛うじて打者走者はアウトにする。

「……ふぅ。あぶなかった」

 安堵の吐息をつき、丸井が引き上げてきた。そしてこちらに笑いかける。

「さすがですね」

「な、なにがだよ」

スクイズ、やはり読んでましたか」

 松下は、思わず口をつぐんだ。

 スクイズを読まれてると分かってて、それでもやってきただと?もし外されても、成功させる自信があったんだな。あれだけ荒れ球も混ぜたってのに……墨高のやつらには、まるで効いてないのか。

 

 もはや試合の流れを、松下に止めることはできなかった。

 この後、二番島田にストレートの四球。続く三番根岸には、得意のカーブをレフト前へ弾き返される。とうとうワンアウト満塁。

 そして……墨高の四番、谷口へと打順が回る。

 

 松下は、肩で息をし始めていた。

 ダメだ。どうあがいても、向こうの勢いを止められない。もういっそ大橋にスイッチすべきか。いや……この流れじゃ、火に油を注ぐだけだ。くそっ、どうすりゃいいんだ。

 こちらの焦燥に関わらず、容赦なくプレイが掛かる。

 どうにかフォームを崩させようと、またワンバウントを足元へ投じた。谷口は後ろへ飛んでよける。少しも動じる様子はない。

「た、タイム!」

 その時だった。キャッチャーの内山が、マウンドへ走り寄ってくる。

「おい松下。もうムダ球は、投げるな」

 悲壮感の漂う眼差しで、告げられた。

「いまさら、なに言ってやがる。真っ向勝負が通じる相手じゃ……」

「強がりはよせ。もう体力、残ってないだろ」

「だ……だから、どうだってんだよ!」

 つい口調がきつくなる。

「まだ二回だぞ。ここで試合を捨てようってのか」

「そうじゃねぇよ」

 内山はそう言って、ふっと微笑む。

「どうせなら、真っ向勝負してやれ」

 思わぬ提案に、松下は目を見開く。

「えっ、おい。本気かよ」

「もちろん危険は承知だ。けど、いろいろ策を講じてみたものの、やつらには通じないじゃないか。それはおまえだって、分かるだろう?」

「う、うむ」

「だったら思いきって、敵の大将を討ちにいこう。もし上手くいったら、また流れを引き寄せられるかもしんねぇ」

 さらに内山は、もう一言付け加える。

「それに……あの四番は、おまえのダチ公なんだろ。ちゃんと決着つけろよ」

 相棒の心意気を、松下は嬉しく思った。

「分かった。悔いのないボールで、勝負させてもらう」

 タイムが解け、松下は投球動作へと移る。こちらに正対する谷口の口が「く、来るな……」というふうに動く。

 再開後の初球。アウトコースいっぱいに、速球が決まる。

「ナイスボール!」

「いいぞ松下、その調子で攻めろっ」

 チームメイト達が声援する。松下は不思議と、力の湧いてくる気がした。

 続く三球目。城東バッテリーは、カーブを選択する。これは勝負球のつもりだ。サインにうなずくと、松下は左足を踏み込み、グラブを突き出し右腕をしならせる。

 パシッ。快音が響くと同時に、城東の左翼手が背走し始めた。

 打球はぐんぐん伸びる。まだ、伸びる。そして数秒後……白球は、レフトスタンド中段に飛び込んだ。満塁ホームラン。

 マウンドに片膝をつき、松下はひそかに苦笑いした。

 

 城東はここで、エース松下が降板。リリーフに一年生の大橋が送られた。

 

 ネクストバッターズサークルにて、イガラシは片膝立ちになる。

 眼前のマウンド上では、リリーフの大橋が慌てた様子で投球練習を行っていた。試合展開もあってか、その表情は険しい。

「大橋、思い切っていけよ」

 降板した松下が、サードのポジションから声援する。

「気持ちで負けるな。しっかり腕を振るんだ」

 明るく後輩を励ます姿に、イガラシは感心した。満塁ホームランを浴び、七点差に広げられた直後である。なかなかできることではない。

「七点がなんだっ。すぐに取り返してやる!」

「あきらめなるなよ。ねばり強く戦えば、なにかが起こるぞ」

 松下を習うように、他のナイン達も掛け声を発し続けている。

 まいったね、ぜんぜん士気が落ちないぜ。こんなに早くエースピッチャーが降板すりゃ、ふつうはガックリくるものだが。やはり、まだまだ気は抜けないな。

 ほどなくバッターラップの声が掛かり、イガラシは右打席に入る。

 大橋は、まずアウトコースへ速球を投じた。その一球で、こりゃ本調子じゃないな……とすぐに気づく。ストライクとなったものの、ややボールが高い。

 そして二球目。またもアウトコースへ、今度はカーブが投じられる。変化球を狙ってたイガラシは、躊躇なく振り抜いた。

「れ、レフトっ。いやセンター!」

 松下が叫ぶ。ライナー性の打球が、左中間を切り裂いた。イガラシは一塁ベースを回り、さらに加速した。二塁ベースも蹴り、迷いなく三塁へ向かう。

「ボール、サード!」

 ようやく中継の遊撃手へとボールが渡り、すぐにサードへ送球。松下が捕球するより一瞬早く、イガラシの右手が三塁ベースをはらう。スリーベースヒット。

「……ははっ、さすがだな」

 起き上がると、松下が声を掛けてきた。

「左中間への当たりで、いっきに三塁をおとしいれるとは。やられたよ」

「松下さん」

 僅かに口元を緩め、イガラシは返答した。

「城東があきらめてないこと、分かります。だからぼくらも手を抜きませんよ」

 松下は目を細め、むしろ満足げにうなずく。

「ああ。分かってるさ」

 

 ピッチャー交代後も、墨谷打線の勢いは止まらない。早い回からの登板でアップが十分でなかった大橋に、容赦なく襲いかかる。なんとこの回、いっきょに九点を奪った。

 いっぽう守っては、次戦以降を見据えた投手起用を行う。

 井口が三回をノーヒットに抑えると、四回には松川へと継投。こちらも難なく三者凡退に抑える。さらに迎えた五回は、谷口が登板することとなった。

 攻撃の手をゆるめない墨高は、続く三回に四点、四回にも五点を追加。そして……

 

 マウンド上。谷口が、周囲に声を掛けた。

「最後まで気を抜くなよ。向こうはまだ、あきらめてないぞ!」

 ナイン達も、それに応える。

「集中を切らすなっ」

「アウトを一つずつ、大事に取っていこう」

 セカンドのポジションにて、丸井は小さく溜息をついた。

 谷口さんたら、さっきからニコリともしないで。やはり複雑だろうな。俺っちだって、けっこうツライもの。松下さんとの最後の対決が、こういう展開じゃ……

 その時だった。

「松下、思い切っていけ!」

「みんな下を向くな。最後まで喰らいつくぞ」

「そうだ。なんとしても一点取るんだっ」

 一塁側ベンチより、城東ナインの声援が響く。誰もが必死な形相だ。

 ひょえぇ……城東のやつら、まだ士気は衰えてないのかよ。これだけ大差がつけば、投げやりになってもおかしくないのに。松下さん、いいチーム作ったんだな。

「丸井」

 ふと谷口に呼ばれる。

「は、はいっ」

「つぎは松下からだ。なにか仕かけてくるかもしれんから、それも頭に入れておけ」

「ええ、心得てますとも」

「む。いつもどおり、しっかりたのむぞ」

 なるほど、と胸の内につぶやく。

 城東があきらめてないこと、谷口さんは分かってたんだな。それで点差が開いても、ぜったいに手は抜かないぞって。そうだよな……必死でぶつかってくる相手には、こっちも全力で立ち向かわにゃ。

 その松下が、右打席に入ってくる。

 すでに疲れ切っている様子だが、眼光の鋭さは変わらずだ。味方から真っ向勝負を促されたのか、もうバスターの構えはしない。さあ来いっ、と気合の声を発した。

 初球。インコース高めいっぱいに、谷口の速球が決まる。松下は手が出ない。

「……は、速い」

 呻くような声が漏れた。同時に、城東ベンチがざわめく。

「な、なんだよ。いまのスピード」

「あのピッチャー、コントロールだけかと思ってたら」

「うむ。昨年戦った時より、ずっと速くなってる」

 ははっ、ようやく谷口さんの恐ろしさを思い知ったか……と笑いかけるのを、ふと丸井はこらえる。周囲の思惑をよそに、眼前の二人は真剣だ。

 二球目は、またもインコース高めの速球。今度は果敢にスイングしたものの、松下のバットは空を切る。

「ま、松下ガンバレ!」

「あきらめるな。俺達がついてるぞっ」

 味方の声援に、松下は一瞬口元を緩めた。

 そして三球目。インコース低めに、谷口はフォークボールを投じる。松下の気力のスイングを嘲笑うかのように、膝元から鋭く落ちた。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールと同時に、谷口はバッターに背を向ける。短く吐息をつき、そして周囲を見回す。

「……ワンアウト。あと二つ、かく実にいこう!」

 キャプテンは、久しぶりに微笑んだ。

 

 

 けっきょく谷口は、三者三振で試合を締めくくる。終わってみれば五回コールド。十九対〇の大差をもって、墨高は初戦を飾ったのだった。

  

 試合後の挨拶が済み、谷口は他のナイン達と一緒に、ベンチへ引き上げていく。

「……た、谷口っ」

 ふと背中越しに呼ばれる。振り向くと、松下が立っていた。

「や、やぁ松下」

 どう答えていいものか、さすがに戸惑う。なにせ大差が付きすぎた。

「そう気を使わないでくれよ」

 松下は笑って言った。目元に、涙のあとが見える。

「正直、まいったよ。墨高は強いな」

「ははっ。そうか、ありがとう」

 こう答えるのが精一杯だった。相手はうなずくと、右手を差し出してくる。

「谷口。ぜったい行けよ、甲子園!」

 旧友の手を握り返し、谷口は「ああ」と短く返事した。

 

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