スタンドの記憶

野球小説<「白球の“リアル” 」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。スポーツ(高校野球とサッカーが中心)、俳句(「プレバト!!」「俳句ポスト365」関連)、その他社会問題についても書いています。(はてブよろしくお願いします!)

(2020.1.25最新「第27話」更新!)【野球小説】続・プレイボール ~各話へのリンクその他~ <ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)>

【野球小説】続・プレイボール

 

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1.あらすじ

 ちばあきお「プレイボール」の”もう一つの”続編。

 物語は、あの谷原との練習試合に大敗した直後から始まる。キャプテン・谷口タカオ率いる墨谷高校野球部は、夏の甲子園出場を果たすことができるのか!?

 

2.目次(各話へのリンク) ※2020.1.25最新「第27話」更新! 

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3.その他関連リンク

①感想掲示

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川北バッテリーよ、君達は“強者のプライド”というものを履き違えている!<漫画『プレイボール2』への意地悪なツッコミ⑥>

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【目次】

  •  <はじめに>
  •  1.これはプライドではなく、ただの油断である!
  • 2.本当の“強者のプライド”とは!?
  • 3.川北監督・田淵の“打つべき手”

 

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<2020年・沖縄高校野球>沖尚、本部……昨秋の沖縄勢は、ちょっとツキがなさすぎた!

 

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  先日(令和2年1月24日)、選抜高校野球出場校の発表が行われた。

 

 残念ながら、21世紀枠候補に残っていた本部高の選出はならず。これで沖縄勢としては、5年連続の選抜出場ナシである。

 

 それにしても、昨秋はとことんツキがなかった。普通は“運も実力の内”“タラレバは禁物”と言うのだが、今回に限っては「なんでよりによって、このタイミングで!」と言いたくなるifが、重なりすぎた。

 

 もし、沖縄尚学と本部が、別ブロックだったら。

 

 もし、沖尚のエース永山蒼が、絶好調だったら。

 

 もし、沖尚が九州準々決勝で、同大会優勝校の明豊と当たらなければ。

 

 もし、興南の1年生左腕・山城京平の覚醒が、あと一ヶ月早かったら。

 

 もし、美里工業が夏大の時のレベルを保っていれば。

 

 上記のどれか一つでも掠っていれば、久々の県勢の選抜出場はあり得た。十分に成し遂げるだけのポテンシャルはあった。まぁ……「勝てない時」というのは、得てしてこんなものだ。ツキにまで見放される。

 

 ただ、モノは考えようだ。裏を返せば、「ちょっとしたキッカケさえあれば」覚醒しそうなチームが、いくつも控えているということ。

 

 その筆頭は、やはり沖縄尚学だろう。昨夏、習志野と激闘を繰り広げたメンバーが多く残る。また、永山と大湾朝日の二枚看板は、他校にとって大きな脅威だ。

 

 対抗馬は……迷うところだが、前述の山城が台頭した興南だろうか。注目は、彼を「いつから」主戦として起用するのか、ということ。1年生大会での躍動を見る限り、春季大会からでも早くないとは思うが、上級生も秋のリベンジを果たしたいだろう。

 

 ただ、この山城の実力は、もう疑いようがない。現時点で、すでに県内で3指には入る投手である。夏には復活した沖尚の永山との投げ合いを見たいと思うのは、私だけではないはずだ。

 

 この私学二強に割って入りそう……というより、そうしてもらわなきゃ困るのが、沖縄水産美里工業である。

 

 この二校は、戦力的には沖尚や興南とも、十分伍していけるだけの実力はある。ただ以前も書いたように、攻守におけるツメの甘さを克服できるかどうかがポイントだ。

 

 さて……惜しくも21世紀枠選出とならなかった本部だが、Twitter上の野球部公式アカウントによると、変わりなく元気に活動しているようで、ひとまず安堵した。

 

 今のような取り組みを続けていれば、いずれまたチャンスは来る。幸か不幸か、現在の沖縄高校野球は、さほど突出したチームがいない。戦い方次第では、再び上位に食い込むことは十分可能だ。彼らのような普通県立高の奮闘が、全体の底上げを促す。どうかこれからも頑張ってほしい。

 

(本部高野球部の公式アカウント)

※かなり興味深い情報を発信しているので、是非一度ご覧ください。

twitter.com

【野球小説】続・プレイボール<第27話「相手のスキを突け!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第27話 相手のスキを突け!の巻
    • 1.田淵の誤算
    • 2.川北バッテリーの隙
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

【前話へのリンク】

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第27話 相手のスキを突け!の巻

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1.田淵の誤算

 

 球場の外は、立ち見やらタバコやらの客で溢れている。

「フウフウ……どうにか、間に合ったぜ」

 三塁側スタンドへと続く外階段の前で、田所は汗を拭った。そして人混みを掻き分けながら、階段を上っていく。

「ち、ちょいと失礼」

 ようやくスタンドに出ると、バックスクリーンが視界に飛び込んできた。

「ええと……いま四回が終わって、零対一。ああ一点負けてやがる」

 左へ視線を移すと、黒い学ラン姿の一団があった。墨高の応援団だ。これから相手の攻撃が始まる前ということで、今は客席に座り休憩中である。

 近付いていくと、そのうちの一人が振り向いた。

「あっ。田所先輩じゃありませんか」

「なんでぇ、おまえか。しばらくだな」

 昨年から顔馴染みの応援団員だった。

電器屋の作業着ってことは、仕事を抜けてきたんスか?」

 田所は「あら」とずっこける。

「ひ、人聞きの悪いこと言うなよな。ちゃんと終わらせてきたさ」

 一つ咳払いして、尋ね返す。

「んなこたぁ、どーだっていい。覚悟してたが……やはり劣勢のようだな」

「ええ、お察しのとおりです」

 うなずいて、後輩は答えた。

「やはりシード校はちがいますね。一点に抑えちゃいますが、毎回のようにランナーを背負って、もう二点くらい取られてもおかしくなかったですから」

 おやっ、と田所は思う。

「ようよう。おめぇ話のわりに、ずいぶん口調が明るいじゃないか」

「へへっ、分かりますか」

 後輩はにやっとした。

「じつは向こうと同じくらい、うちもチャンスを作ってるんですよ。ですから……内容は、ほとんど互角と言っていいと思います」

「ほ、ほんとかい」

 口をぽかんと開けてしまう。

「ええ。それに……自分は野球のこと、よく分からないですけど。心なしか、相手よりもうちの方が、生き生きしてる感じがします」

 眼前では、墨高ナインがボール回しと投球練習を行っている。倉橋と松川のバッテリー。内野陣は谷口とイガラシ、丸井に加藤。外野は、横井と島田、そして久保。たしかに応援団員の言うように、誰もが充実した表情だ。

 し、信じらんねぇ。うちが……あの川北と、互角以上にやり合うなんて。力をつけてきてるのは知ってたが、ここまでとは。

「ま……見てりゃ、分かりますよ」

「お、おう」

 後輩の一言に、田所はグラウンド上を凝視した。

 

 

 やがて五回表が始まった。依然として、川北が一点リード。

 

 パシッ。先頭の七番打者が、右方向へ打ち返す。巧く捉えたかに見えたが、思いのほか伸びない。右翼手の久保が、数メートル下がっただけで捕球した。

「ようし、ワンアウトっ」

 キャッチャー倉橋の掛け声に、ナイン達も応える。

「バッテリーうまく打たせたぞ」

「その調子だ。どんどん攻めてけ!」

 視界の隅で、バッターが首を捻りつつ引き上げてきた。

「……ヘンだなぁ、得意コースだったのに。打ち損じちゃうなんて」

 後続打者が「バーロイ」と怒鳴り付ける。

「いまのはボール球だぞ。きさまどこに、目ぇつけてやがんだ」

「え、そうだっけ」

「しっかりしろい。よくそれで、レギュラーが務まったな」

 くすっ、と倉橋はほくそ笑む。

 指摘ごもっとも。しかしまだ、カンジンな点に気づいてないようだな。こっちが二巡目から、少しずつコースを外して、そちらの選球眼をずれさせてるのを。

 ガキッ。鈍いゴロが、三塁ファールグラウンドに転がる。

「くそっ、読みどおりカーブだったのに」

 この八番打者も首を捻る。前のバッターと、ほとんど同じ反応だ。

「さーて。おつぎは、どうするかな」

 挑発的に言うと、相手はムッとした顔をした。

 二球目。インコース高めに、速球を投じさせる。見せ球のつもりだったが、バッターは手を出してしまう。松川の重いボールに詰まらされ、平凡なレフトフライ。

「オメーも人のこと、言えねぇだろ!」

 さっきの七番打者が、ベンチより野次を飛ばす。

「……ストライク、ツー!」

 アンパイアのコール。後続の九番打者は、顔を上げ「えっ」と声を発した。アウトコース低めのカーブである。これでイーブンカウント。

 おやおや。慎重に見きわめていると思いきや、こっちもだいぶズレてきてるな。前の打席では得意コースにくると思って、振りも大きくなってたし。

 それなら……と、倉橋はサインを出す。

 五球目。速球をわざと、真ん中高めに投じさせた。打者のバットが回る。鈍い音と同時に、ピッチャー頭上へ高いフライが上がる。

「オーライ!」

 掛け声を発し、松川が難なく捕球した。スリーアウト。

「ナイスピーよ、松川」

 ベンチへ向かいつつ、丸井が愉快そうに言った。

「ひさびさの三者凡退。リズムよく守れたぞ」

「む、いいムードになってきた。これを攻撃につなげようぜ!」

 ナイン達は、そう互いに声を掛け合う。誰もが明るい表情だ。

「おい松川」

 倉橋は後輩を呼び、その背中をぽんと叩く。

「ご苦労さん、よく投げてくれたな」

「ありがとうございます」

 僅かに口元を緩め、松川は軽く一礼した。ここで彼はお役御免となる。

 

 

「まて、おまえ達」

 一塁側ベンチ。田淵は、語気を強めて言った。

「……は、はぁ」

 守備へと向かいかけていた川北ナインは、ベンチ手前で一斉にこちらを振り向く。その数人が、明らかに浮かない表情だ。

「いったん攻撃のことは忘れろ。この五回裏が終われば、少し間も空く。終盤トドメを刺すために、どうあっても凌ぐんだ。いいなっ」

「はい!」

 後輩達は快活に返事した。しかしグラウンドへと散っていく、その足取りは重い。

「あっさり終わっちゃいましたね」

 記録員を務める部員が、そう言って溜息をつく。

「まえの回あたりから、振りが大きくなったりボール球に手を出したりして」

「む、それなんだが……」

 ナイン達のボール回しを見守りながら、田淵は苦々しい思いで答える。

「やられたのさ。向こうのバッテリーは、これを始めからねらってたんだ」

 生真面目そうな後輩は、目をぱちくりさせる。 

「どういうことです?」

「一巡目にミエミエの組み立てをしてきたのは、こっちの警戒心を薄れさせるためだったんだ。いつでも打てると思わせておいて、ちょっとずつ外していく」

「な、なるほどっ」

 相手は驚嘆の声を発した。

「それでみんな……得意コースなのに打ち損じていると、カン違いして」

「ああ。じつは選球眼を狂わされていると、気づかずにな」

「し、しかし先輩」

 田淵の言葉に、後輩はなおも首を傾げる。

「うち相手に、どうして墨高のやつら……こんな危険を冒してきたのでしょう。序盤で打ち込まれることだって、十分あり得るんですよ」

「これは、三つ理由があると思う」

 一つ吐息をつき、田淵は話を続けた。

「まず……単にバッターの苦手コースをつくやり方では、読まれてしまうと推測したのだろう。実際、そのように対策していたじゃないか」

「じゃあやつら、それを見越して」

「うむ。そして二つ目は、序盤に何点か取られたとしても、後半にばん回できると踏んでたんだろう。向こうの攻撃を見る限り、かなり対策を積んでたようだし」

 ですが……と、記録員はまだ食い下がる。

「結果として一失点ですんだものの、もし大差をつけられていれば、取り返しがつかなくなります。それくらい、やつらも分かってたはずでは」

「これこそが、最後の理由さ」

 やや肩を竦め、田淵は返答した。

「なんといっても……やはり松川の力量を、向こうは信頼してたんだろう。ねらわれても、そうカンタンには連打されないと」

 後輩が「そ、そんな」と、頬を引きつらせる。

「だとしたら……ここまで、すべて墨谷の計算どおりに」

「悔しいが、そういうことだ」

 当日にしか合流できなかったことが、今さらながら悔やまれる。時間が足りなかったせいで、現メンバーに必要な助言をしてやれなかった。過去の傾向からして、墨谷がより多様な策を講じてくることは、十分想定できたのだ。

「……ここはもう、辛抱だ」

 相手にではなく、自分自身へ言い聞かせる。

「幸い、まだ一点リードしてる。点をやらなければ負けることはない」

 遅ればせながら、向こうのねらいが見えてきた。ここを凌いでくれれば、つぎの対策ができる。たのむぞ……高野、秋葉。どうにか踏んばってくれ。

 祈るような思いで、田淵はグラウンド上を見つめた。

 

 

2.川北バッテリーの隙

 

 マウンド上。指先にロージンバックを馴染ませつつ、高野は悩んでいた。

 さっきの回……たった十二球で、終わっちまったな。どうも流れが悪いぞ。こっちも短い時間で終わらせて、試合のリズムを変えていきたいが。しかし上位打線かぁ。

「ようし行くぞっ」

 高野の眼前。墨高の一番打者・丸井が気合の声を発し、右打席へと入ってくる。

「一番バッターからだ。しっかり守っていこうよ!」

 キャッチャー秋葉の掛け声に、ナイン達は力強く「おうっ」と応える。

 丸井に対して、速球とカーブを二球ずつ投じた。すべて高めのコース。二球はファール、もう二球は見きわめられる。

 思わず舌打ちした。

「ちぇっ。こいつら、高めはカットすりゃいいと」

 五球目。真ん中低めに、高野はドロップを投じる。

「……ボール!」

 アンパイアのコール。丸井はぴくりともせず、悠然と見送った。

 いまの見逃し方……これはボールだと、もう確信してたな。まさか高低とも見きわめられるとは。かといって下位打線のように、力でねじ伏せるわけにもいくまい。

 高野の頬を、冷たい汗が伝う。

「バッテリー、打たせろっ」

 ふいに中堅手の柳井が叫ぶ。

「二人だけで野球すんな。バックを信じて、どんといけ!」

「そうだ、俺達が助けてやる」

「気持ちで負けるな。全員で、アウトを奪うんだ!」

 他の野手陣も呼応する。高野は、深くうなずいた。

 そして六球目。アウトコース低めいっぱいに、速球を投じる。丸井は左足を踏み込み、おっつけるようにスイングした。パシッと快音が響く。

 痛烈なゴロが、一塁線を襲う。

 一瞬ライトへ抜けるかに思われたが、あらかじめ深く守っていた一塁手が、なんと横っ飛びで捕球した。その間、高野はベースカバーに入り「へいっ」と合図する。一塁手はすぐに起き上がり、こちらに送球。丸井のヘッドスライディングは、間一髪及ばず。

「あ、アウト!」

 一塁塁審が、右拳を高く突き上げる。またも飛び出した好プレーに、一塁側スタンドが沸き返った。

「ナイスファースト!」

 高野は一声掛け、ほっと胸を撫で下ろす。

 やれやれ……ほんとに助けられちまった。しかし、ああも毎回のように食い下がられたら、さすがに疲れるぜ。こうなった以上、野手陣をアテにするほかねぇかもな。

 またも快音。今度は、左中間へライナーが飛んだ。破れば長打という当たりだったが、中堅手の柳井が背走しながら、目いっぱい伸ばしたグラブの先に収める。

「ああ……くそぅ、捕られたか」

 すでに一塁ベースを蹴っていた島田が、悔しそうに引き上げていく。

「ほれっ、高野」

 遊撃手からの返球を捕り、高野は一つ吐息をつく。

 どうにかツーアウトまで、こぎつけたか。クリーンアップのまえに、一人でも出塁されていたら、ただじゃすまないと思ってたが。しかし、つぎは三番から。スリーアウト目を取るまで、気は抜けねぇな。

 

 

「……みょうだな」

 ネクストバッターズサークル。倉橋は、僅かに首を傾げた。

「お、おい倉橋」

 後続の谷口が、声を掛けてくる。

「どうしたんだ、ぼーっとして。早く打席に行かないと」

「あ、うむ」

 立ち上がろうとすると、田淵がタイムを取り、バッテリー二人を呼び寄せた。中軸を迎えるに当たり、注意点を伝えるだめだろう。ともかく、これで少し時間を稼げる。

「なぁ谷口。この回の高野、どこかヘンじゃないか」

 率直に感じたことを伝える。

「もちろんフォームの変化はないし、球のキレが落ちてるわけでもねぇんだが。でも、なにかオカシイのはたしかだ」

 分かれば攻りゃくのヒントにできそうなのに、と倉橋はもどかしい。

「ああ、それなら」

 谷口はふと、口元に笑みを浮かべた。

「ちょうど良かった。じつはこのことを、倉橋に言おうと思ってたんだ」

「な、なにっ」

 思わず目を見開く。

「といっても……俺もさっき、ようやく気づいた」

 囁くような声で、谷口は端的に告げた。

「この回、投げるテンポが速くなってる」

「そ、そうか!」

 つい声を上げてしまい、慌てて口をつぐむ。谷口は「うむ」とうなずいた。

「とくに島田に対しては、二球目から低めを突いてきた。四回までは、ねらわれてると感じてたからか、追い込むまで投げなかったのに」

「なるほど。早く打たせて取ろうと、気が急いているのか」

 頭の中で、すばやく計算を立てる。

「となると……はじめの三球以内に低めを突いてくることも、十分あり得るな」

「俺もそう思う。だから倉橋、ここはねらっていけ」

「よし来た!」

 倉橋はそう言って、今度こそ立ち上がった。

 

 

「投球のテンポが速すぎるぞ」

 一塁側ベンチ前。田淵は開口一番、そう告げた。

「は、はぁ」

「言われてみれば」

 高野と秋葉。バッテリー二人は、戸惑いつつもうなずく。

「早く終わらせたい気持ちは分かる。しかし何度も言うが、こういう展開では焦った方が負けた。とくに中軸の三人は、少しまちがえば長打の危険がある。じっくり時間を使って、ぎゃくに向こうを焦れさせてやれ」

「わ、分かりました!」

「まかせてください」

 いつも通り、二人は快活に応えた。そしてグラウンドへと戻っていく。

「……返事はいいんだがな」

 残された田淵は、一人つぶやいた。どこか不安が拭えない。

 

 

「プレイ!」

 倉橋が右打席に入ると、試合は再開された。

 マウンド上。高野はすぐに、投球動作へと移る。インコース高めのカーブ。ややボール気味だったが、打者はこれをファールにした。

 ほう……なかなか初球には、手を出さなかったのに。ここに来て、やつも少し打ち気に逸っているのかもしれんな。

 高野はこの直前に、倉橋が谷口となにやら話していたのを、視界に捉えている。

 ふん。なに打ち合わせしてたか知らんが、ツーアウトランナーなしの状況で、大した策もあるまい。どうせドロップをねらうとか、そんな程度だろう。

 二球目は、アウトコース高めのカーブ。これも倉橋はカットした。

 案外カンタンに追い込めたぜ。ボールでもいいと思って投げたが、そっちから手を出してくれるとは。まったく助かるぜ。

「高野、ゆっくり」

 キャッチャー秋葉が、そう言って返球してくる。

「お、おう。分かってるよ」

 苦笑いして、ボールを受けとる。でもな……と、胸の内につぶやいた。

 田淵さんの言うことは、当たってる。けど……俺はむしろ、守備の時間が長いのが、ずっと気になってるんだよな。二回以降、きれいに二人ずつ出塁されちゃってるし。守りに神経を割かれているせいか、攻撃がうまく回らない。

 そして三球目。秋葉から、インコース高めの速球というサインが出される。

 高野は、首を横に振った。相棒が目を見開く。この後、すべて高めに速球とカーブを指示されるが、いずれも首肯せず。

「……た、タイム!」

 アンパイアに合図し、秋葉がこちらに駆け寄ってきた。

「おい、なんで高めはダメなんだよ」

 声を潜め、問うてくる。

「低めはねらわれてるって、分かるだろ」

「いや……高めも対応されてる。ここで粘られたら、さすがに終盤までもたねぇよ」

 こちらの返答に、相手は一瞬黙り込んだ。

「心配すんなって」

 高野はそう言って、少し笑う。

「ちゃんとコースに投げれば、たとえ打たれても大ケガはしねぇよ。それに……やつらが気にしてるのは、ドロップだ。その意表を突こう」

「……なるほど、アウトコース低めの速球か」

「うむ。さ、分かったら戻れ」

 ようやく秋葉は納得し、ポジションに帰る。そして打ち合わせた通り、速球をアウトコース低めにというサインを出した。

 高野はうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 投じられた速球は、ほぼねらったコースと高さ。ところが、倉橋は「待ってました」とばかりに左足を踏み込み、迷いなくフルスイングした。

「……な、なんだとっ」

 思わず叫んでしまう。

 ジャンプした一塁手の頭上を、ライナー性の打球が越えていく。そして白線のぎりぎり内側に落ちた。一塁塁審が「フェア」とコールする。

「ら、ライト!」

 秋葉の指示よりも先に、右翼手がフェンス手前で捕球する。その間、倉橋は一塁ベースを蹴り、二塁へと向かった。送球は、中継の二塁手に返っただけ。

 倉橋は三塁へ向かいかけたところで、さっと引き返す。ツーベースヒット。

「ナイスバッティング!」

「さすが三番、よくねらい打ったぜ」

 三塁側ベンチより、墨高ナインの声援が飛ぶ。

「……くそっ。ヤマをはられた」

 グラブを腰に叩き付け、高野は唇を噛んだ。

 

 

 一塁側ベンチ前。田淵は、ひそかに唇を噛んだ。

「ううむ……高野のやつ、血迷ったか」

 この回で二度目のタイムを取り、再びバッテリーを呼び寄せる。

「す、スミマセン」

 駆けてくるなり、高野は頭を下げた。さすがに肩を落としている。

「オイオイ、しょげている場合じゃないぞ。すんだことは仕方がない。ただ……どうして打たれたか、ちゃんと分かってるのか?」

「そ、それは……低めにヤマをはられたと」

「うむ。といっても、ただの当てずっぽうじゃないぞ」

 田淵の一言に、二人は「えっ」と声を重ねた。

「おまえ達のテンポが速いもんで、早く勝負をつけたがっているとカンづいたのさ」

 あっ……と声を発し、高野は顔を赤らめる。

「始めの二球をカットしたのも、低めを呼び込むためだろう。あの倉橋は……墨高は、そういう知略に長けているからな」

「……あの、高野だけの責任じゃありません」

 横から秋葉が、おずおずと割り込んだ。

「こいつの体力を考えて、自分が賛成しました」

「気持ちは分かるさ」

 田淵は、穏やかな口調で言った。

「高野にしても……早く終わらせて、リズムを作りたかったんだろう。守りに神経を割かれて、攻撃がチグハグだからな」

 はっとしたように、高野は目を見上げる。

「だが、もうそんな余裕はないはずだ。二人とも薄々気づいてるだろう」

 しばし間を置いて、率直に告げた。

「墨谷は強い。八強に進んだ昨年と比べてさえ、別格のチームになった。ヘタすりゃ……いまのうちと互角か、それ以上だろう。しかし、モノは考えようさ」

 二人のうつむき加減の肩を、田淵はぽんと叩く。

「高野、秋葉。おまえ達の目標はなんだ? 言ってみろ」

「は……そ、それは」

 高野は秋葉と目を見合わせ、戸惑った顔をした。それでもきっぱりと答える。

「もちろん谷原を倒して、甲子園へ行くことです」

「だったら……今日はその、いい予行演習じゃないか」

 その言葉に、ようやく二人は背筋を伸ばす。

「いいか二人とも。この試合は、谷原への挑戦権が掛かってもいるんだ。墨高よりも、それは自分達こそがふさわしいのだと、きっちり証明してこい!」

「はい!」

 二人は力強く返事して、グラウンドへと戻っていく。

 

 

 秋葉がポジションに座ると同時に、谷口は右打席へ入っていく。

「バッター四番だ。しっかり守っていこうよ!」

 マウンド上。エース高野が、野手陣に声を掛ける。その表情は明るい。

 あのピッチャー、少し元気になったな。きっと田淵さんに励まされたんだろう。倉橋に二塁打を浴びた時は、だいぶガックリきてたが。

 注意深く相手エースを観察した。その当人は忙しなげに、足元をスパイクで均す。どうも落ち着きがない。やはり……と、胸の内につぶやく。

 この様子じゃ、内心の動揺が消えたわけじゃない。なにか策を授けられたのかもと思ったが、あれではバッターとの勝負に集中するのが精一杯だろう。

 さらに谷口は、視線を左右に広げる。

「強気でいけ、高野!」

「バッター勝負だっ」

 川北の野手陣、よくピッチャーを盛り立てているな。ウラを返せば、どこか不安があるということ。しかも得点圏でクリーンアップという状況から、どうやらバッターを打ち取ることしか考えてないぞ。

 こうして、ひそかに決心を固めた。

 相手に気づかれぬよう、谷口はこっそりサインを出す。二塁ベース上の倉橋は、一瞬驚いた目をしたが、すぐにうなずいた。

 

 

 マウンド上。高野は一回、二回……と、牽制球を二塁へ投じた。足を警戒するというより、バッターを焦らすためのものだ。そして、一つ吐息をつく。

 落ち着け、もうツーアウトなんだ。この四番を打ち取れば問題ない。

「そうだ高野!」

 秋葉がマスク越しに、声を掛けてくる。

「慌てなくていい。じっくり攻めよう」

「おう、任せろ」

 言葉を交わし、相棒がサインを出す。高野はうなずき、セットポジションから投球動作を始めた。インコース高めのカーブ。

 次の瞬間。ふいに「ゴー!」と、谷口が叫んだ。

 えっ、と思った刹那。背後から土を蹴る音がした。そこに内野陣の「走った」という声が重なる。この時、指からボールのすっぽ抜ける感覚があった。

「し、しまった……」

 ガシャン。飛び上がった秋葉の頭上を越え、投球はバックネットを直撃する。

 ボールは一塁側へ、緩く転がった。秋葉が慌てて走る。その間、倉橋は躊躇なく三塁ベースを蹴り、一気にホームへ突っ込んできた。

 高野はベースカバーに入り、グラブを掲げる。

「へいっ」

 ボールを拾い、秋葉が素早く送球した。しかし……それを捕球した高野の眼下で、倉橋の右手がホームベースをはらう。

「せ、セーフ!」

 アンパイアが二度、両腕を水平に広げた。

 倉橋は起き上がると、右拳を軽く突き上げる。三塁側ベンチとスタンドの応援団が、大きく沸き返った。眼前では、秋葉が片膝を付いたまま、何度もかぶりを振る。

「く……くそうっ」

 バチン。自分の不甲斐なさに、高野はホームベースを叩いた。

 

 

「よーし、追いついたぞ」

 三塁側ベンチ。墨高ナインは身を乗り出して、倉橋を迎え入れる。

「ナイススチール。それにナイススライディング!」

「さすがキャッチャー、完全にウラをかいたな」

 谷口は一旦打席を外し、仲間達に呼びかけた。

「同点で満足するな。いま相手は、動揺してる。もう一押しするんだっ」

 すぐに「おうよ!」と、力強い声が返ってくる。

 片やマウンド上。束の間話し込んでいた川北ナインは、やがてタイムを解く。

「……とにかく、まだ同点だ」

「バッテリー引きずるなよ」

 一人残された高野は、まだ表情が硬い。ロージンバックを拾い上げ、しばし弄んだ後、やや無造作に足元へ放る。

 そうとうショックを受けているな。たたくなら、いまだ!

 再開後の初球。力んでしまったのか、キレのないカーブが真ん中に入ってくる。失投を予感していた谷口は、躊躇なく振り抜いた。

 バンッ。打球はあっという間に、レフトフェンスを直撃する。

 川北の左翼手が、ボールを必死の形相で拾い、中継の遊撃手へ投げ返す。谷口はその間、悠々と二塁ベースを陥れた。ツーベースヒット。

 ホームベースの方を振り向くと、すぐに後続のイガラシが右打席へと入ってきた。

「イガラシ! 思いきって……」

 そう言いかけた時、相手ベンチから田淵が出てくる。またバッテリーを呼ぶかと思いきや、一塁方向を指差した。歩かせろ、という合図だ。

 そうくるか……と、谷口は苦笑いした。

 ちょっとアテが外れちゃったな。向こうの立場からして、無理にでも勝負しようとすると思ったが。やはり田淵さん、状況をよく理解してる。

 イガラシが一塁へと歩き、塁が埋まる。谷口は攻め方を思案した。

「……た、タイム!」

 思わぬ声に、はっとする。次打者となる横井だった。

「谷口。ちょっといいか」

「む、どうした」

 なぜか横井は、打席より数メートル下がり、グラウンドに背を向ける。そして、こちらに耳打ちしてきた。

「真っすぐが、もしアウトコース高めにきたら……ねらっていいか?」

 意外な一言に、谷口は「えっ」と目を見開く。

「イガラシを歩かせたってことは、なんとしても俺を打ち取るつもりだろう」

 横井は囁くように述べる。

「ただ低めはねらわれている。となれば、きっと高めの速球とカーブで勝負してくる」

「うむ、そうだろうな」

「それに……あの高野のボール、まえのエースとよく似てるもんで、だいぶ目が慣れてきた。インコースは難しいだろうが、アウトコースの速球なら合わせられると思う」

 一理あるな、と谷口は思った。ピンチの時ほど、得意球で勝負しようとするのがピッチャー心理だ。しかもまえの打席で、横井にドロップを打ち返されている。となれば、なおさら高野は低めを投げてこないだろう。

「……分かった。思ったとおり、やってみろ」

 首肯して、さらに付け加える。

「ただし向こうは、早くこの回を終わらせたがってもいる。ツーストライク後は、一転して低め……またドロップということも」

「うむ、心得てるさ」

 微笑んで、横井が言った。

「くるとしたら、きっと早いカウントだ。ひょっとして初球かもしれない」

 同感だ、と谷口はうなずく。

「ねらいどおりのタマがきたら、迷わずいけ」

「おうよっ」

 それだけ言葉を交わし、二人は互いに踵を返した。

 

 

 マウンド上。高野は一度、大きく深呼吸する。

「……落ちつけ、まだ同点なんだ」

 眼前では、墨高の六番打者・横井が右打席へと入ってきた。ほぼ同時に、谷口も二塁ランナーの位置に戻る。やがて試合再開が告げられた。

 投球前、束の間思案した。

 けっこう長く打ち合わせてたな。一点取った後、しかもツーアウトで下位打線だ。また足を使ってくることも、十分考えられるぞ。

 初球。秋葉のサインは、アウトコース高めの速球。さらにボール一個分ずらす。

 ストライクから外すってことは……どうやら秋葉も、同じことを考えたようだな。もしダブルスチールでも許して、三塁に行かれたらメンドウだ。そうなれば、内野安打やエラーでも一点入っちまう。

「さぁ来い!」

 横井が気合の声を発した。

 この六番、さほど怖いバッターじゃないが、当てるのはウマい。さっきもドロップをうまく拾われた。三振を奪うのが難しい以上、念には念を入れないとな。

 サインにうなずき、速球を投じる。アウトコース高めのボール球。

「ま、まさか……」

 その刹那、パシッという音が響く。横井は、外へ思いきり踏み込み、強引に引っ叩いた。ボールは、二塁ベースの数メートル後方へ飛んでいく。

「く、くわっ」

 中堅手の柳井が懸命にダッシュし、飛び付いた。その目いっぱい差し出したグラブの先。ボールは、芝の上で弾む。カバーに入った左翼手がそれを拾った時、二塁ランナーの谷口は、すでにホームベースへ滑り込んでいた。

 この瞬間。三塁側スタンドに陣取る墨高応援団が、大きく沸いた。

「よっしゃあ、ひっくり返した!」

「すげぇぞ横井。川北のエースから、タイムリー打つなんて」

 殊勲打を放った横井は、一塁ベース上で照れた顔になる。

 マウンド上。高野は一連の光景を、無言で凝視していた。膝を付かずにいるのは、せめてもの意地だ。唇を痛いほど噛み締める。

 ちきしょう……墨高のやつらめ! このままですむと思うなよっ。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第26話「あわてず攻めろ!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第26話 あわてず攻めろ!の巻
    • <登場人物紹介>
    •  1.痛恨の一撃
    • 2.墨高打線対川北バッテリー
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 


 

第26話 あわてず攻めろ!の巻

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<登場人物紹介>

 

秋葉:(※小説オリジナルキャラクター)川北の正捕手にして、不動の四番打者。大型選手の揃う川北ナインの中でも、ひときわ目を引くガッシリした体躯の持ち主。まさに攻守の要として、チームを引っ張る。右投げ右打ち。外見とは裏腹に、思慮深い性格である。

 

 

 1.痛恨の一撃

 

 二回表。川北の四番打者・秋葉が、ゆっくりと右打席に入ってくる。

「バッター四番だ。とくに外野、しっかり頼むぞ!」

 倉橋の掛け声に、ナイン達は「おうよっ」と力強く応える。

 マスクを被り、屈み込む。横目でちらっと、秋葉の様子を眺めた。やはり長身のがっしりした体躯。さらに四番というだけあり、他の打者よりも眼光が鋭い。

 初戦では、ホームランを打った後、すべて敬遠されたんだったな。こんなのを前にしたら、たしかに並のピッチャーだと、腕が縮こまってしまいそうだ。

 頭の中で、秋葉のデータをめくる。

 こいつはアウトコースが得意だったな。とくにカーブなど緩い変化球は、好物らしい。かわすタイプのピッチャーは、格好の餌食ってことか。

 初球。あえてそのカーブを、アウトコースに投じさせる。ただし、念のためボール二個分外す。秋葉は、ぴくりとも動かない。

 おや、と倉橋は思った。ボール球とはいえ、得意のアウトコース。それも好物のはずのカーブである。それがコースを見きわめるでもなく、明らかに松川がボールを放った瞬間、打つのをやめた印象だ。

 なるほど、真っすぐをねらってるな。

 試しにカーブをもう一球、今度はストライクを投じさせた。ボールは緩やかな弧を描き、アウトコースいっぱいに決まる。続く二球目は、インコースにシュート。これは一瞬手を出しかけるが、やはり手を出さず。決まってツーストライクと追い込む。

 さぁ、困ったぞ……と胸の内につぶやく。

 この一巡目は、川北にうちがデータでは投げてこないと、しっかり印象づけることが大事なんだ。そうすりゃ、やつらを迷わせられる。ただ、さすがに四番かぁ。

 それでも四球目は、速球をインコースに要求した。秋葉はやはりバットを出しかけたが、ボールだと判断し見送る。これでイーブンカウント。

 四番ともなれば、ボールには手を出しちゃくれないか。さて……どうしようか。

 迷った末、倉橋はカーブのサインを出す。バッターが速球待ちだと分かった以上、わざわざそれを投げることはないと判断した。

 ところが、松川は首を横に振る。

「……オイオイ、まさか」

 速球のサインに変えると、相手はうなずく。驚くよりも「へぇ……」と感心した。

 松川のやつ、強気だな。ほんと見ちがえるほどだぜ。たしかに序盤は、少し冒険してもいいと打ち合わせしていたが、あいつからその気になってくれるとは。

 頭の中で、倉橋はすばやく計算を立てる。

 危険ではある。相手がねらっているタマを、あえて投げ込むんだからな。しかし打ち取れれば、以降がぜん優位に立てる。ようし、いっちょ勝負してみようか。

 倉橋は、改めてサインを出す。

 速球をアウトコースへ。ストライクぎりぎり……いや、ボールでもいい。中へ入ってくると危険だからな。その代わり、思いきり腕を振るんだ。

 マウンド上。松川がうなずき、投球動作へと移る。

 快音と同時に、倉橋は立ち上がる。大飛球が、ライト頭上を襲う。松川、そして野手陣が、一斉に振り向く。右翼手の久保が背走するも、フェンスの数メートル手前で足を止める。

 くそっ、やられた……

 ナイン達の眼前で、ボールはライトスタンドへ吸い込まれる。その瞬間、川北応援団の陣取る一塁側スタンドが、大きく沸いた。歓声の中を、秋葉はゆっくりとダイヤモンドを一周していく。先制のソロホームラン。

 相手バッターがホームベースを踏むと同時に、キャプテン谷口はタイムを取った。そして内野陣をマウンドに集める。

「す、スミマセン」

 唇を歪めながら、松川が周囲に詫びた。

「相手のねらいダマで抑えれば、こっちに流れを持ってこれると思ったんですけど……甘かったです」

「いや、これは俺の責任だ」

 倉橋は庇うというより、率直な思いを述べる。

「ピッチャーが強気で攻めるのは、当然だよ。ここは俺が、もっと慎重に判断すべきだったんだ。今後を考えて、ちと欲ばりすぎた」

「……こら、二人とも」

 思いのほか、谷口は穏やかな口調で言った。

「なにを悔やむ必要があるんだ。思いきって、勝負したんだろ」

 そうですよ、とイガラシも同調する。

「たった一点じゃないですか。これぐらい、どうってことないですよ」

 丸井が「まったくだ」と愉快そうに言った。

「それに……後ろで見てて、痛快だったよ。川北の四番相手に、一歩も引かず真っ向勝負を挑むんだもの。打たれちまったが、俺っちは勇気もらったぞ」

「ありゃ仕方ねーよ」

 苦笑い混じりに言ったのは、加藤だった。

アウトコースぎりぎりのボールだったろ。それをスタンドまで運んじまうんだから、さすが川北の四番と言うしかねぇな」

「分かったか、松川」

 谷口は、微笑んで告げた。

「結果はどうあれ、ひるまず相手に向かっていく姿は、チームに勢いをもたらす。今日の松川は、そういうピッチングができてる。自信を持っていけ」

「は、はいっ」

「それと……倉橋、松川」

 キャプテンがふと、渋い顔になる。

「いまのは、けっしてベストボールじゃないぞ。少し迷いがあったよな」

 えっ、と松川は意外そうな目をした。

「あの一球。ボールでもいいと思って、投げたろう?」

 後輩は「あっ」と声を発した。倉橋も、内心ぎくっとする。

「ストライクで勝負するのか、ボール球を振らせるのか。はっきりしなかった分、ボールに力が乗らなかったと思う。そういうスキを見逃さないのが、川北の四番なんだ」

 バッテリーは、互いに苦笑いした。完全に図星である。

「まぁ松川、モノは考えようさ」

 丸井が笑って言った。

「失投を打たれただけと思えば、諦めもつくじゃないか」

「うむ。つぎこそベストボールで、打ち取ってやれ。いいなっ」

 キャプテンの励ましに、松川は力強く「はい!」と返事する。

 ほどなくタイムが解け、内野陣はポジションへと散っていく。すぐに川北の五番打者、エースの高野が右打席に入る。

 倉橋はマスクを被り、ひそかに溜息をついた。

 俺としたことが、中途半端だったな。その迷いが、松川に伝わってまった。谷口の言ったとおり、もっとハラをくくらねぇと。

 すぐにプレイが掛かる。倉橋はカーブのサインを出し、外に構えた。松川が「む」とうなずき、投球動作へと移る。

 大きなカーブが、アウトコース低めに決まった。高野はまるで反応しない。

 高野もアウトコース、しかも変化球は好きなはずだが、手を出す素振りもなかったな。ということは、こいつも速球ねらいか。

 しばし悩んだ末、速球のサインを出した。今度はストライクに構える。

 これでアウトに取れば、向こうは今度こそダメージを喰う。さぁ松川、おまえのいちばんのボールを投げ込んでこい。

 松川はうなずくと、足を踏み出し、腕を思いきりしならせる。

 次の瞬間、倉橋は「センター!」と叫んでいた。鋭いライナーが、左中間を切り裂いていく。ボールは二度バウンドして、フェンスに当たり跳ね返った。

「島田さんっ」

 中継のイガラシが叫ぶ。その間、高野は一塁ベースを蹴り、二塁へと向かう。ようやく島田がボールを拾い、投げ返す。

「ボール、サード!」

 谷口の掛け声より早く、イガラシはすかさず三塁へ送球した。矢のようなボールが、ノーバウンドで相手のグラブに収まる。

 高野は二塁を回り掛けたところで、慌てて戻った。捕球した谷口が牽制する。どうにか三塁には進ませなかったものの、ノーアウト二塁。

「……くっ、相手が一枚上だったか」

 空を仰ぎつつ、倉橋はほぞを噛んだ。

 

 

 渾身の一球を打たれた松川が、二塁ベース上の打者走者を睨む。

 この回、二度目のタイムが取られた。再び内野陣が、マウンドに集まる。一回目と異なり、誰もがなかなか口を開かない。

 さ、さすが川北だぜ……と、丸井は顔を引きつらせる。

 松川のボール、この頃は俺っちらも、カンタンには打ち返せないのに。それをあっさり長打にしちゃうんだもの、やはり並のチームじゃないな。

 やがて谷口が、一声発した。

「ほら、気落ちしてる場合じゃないぞ」

 松川は「分かってます」と、顔を上げる。唇を結ぶその面持ちが、まだ闘志は失われていないことを物語っていた。丸井は少し安堵する。

 ぽんと二年生投手の肩を叩き、キャプテンは倉橋に顔を向ける。

「どうやら打ち方を変えてきたな」

「ああ。バッターのちがいもあるが、初回はミート優先だったのに、この回は強振してきてる。これはおそらく、田淵さんの指示だろう」

「俺もそう思う」

 正捕手の発言を、谷口は首肯する。

「きっと倉橋の組み立てが、昨年の練習試合とまるでちがうもんで、意図を探りにきたんだろう。ひょっとして苦手を突こうとしないのが、プライドに障ったのかも」

「ま、田淵さん自身は、つまらないプライドに囚われる人じゃないが。何人かムキになりかけたやつがいて、それで手を打ったとも考えられるな」

 要二人の言葉に、丸井はちらっと相手ベンチを見やった。

 その田淵という人物は、さっきからベンチ隅で腕組みしたまま、グラウンド上へ鋭い眼差しを向けている。胸の内は、やはり読み取れない。

「……それで倉橋」

 声を潜めて、キャプテンが尋ねる。

「田淵さんは後続のバッターにも、強振させてくるだろうか」

「いや、それはないと思う」

 倉橋は即答した。

「四、五番にそれをさせたのは、できると判断したからだ。バッターの力量を見ずに、やみくもな指示を与えるほど、あの人は浅はかじゃない。つぎからは、またミート打法に戻してくるだろう」

「まったく同感だ。となると……なおさら組み立ては、変えるべきじゃないな」

 松川が「いいんですか?」と、意外そうな目になる。

「さらに点差を広げられるピンチなんですよ。ここは慎重にいくべきじゃ」

 キャプテンは首を横に振る。そして、思わぬ一言を発した。

「松川。この回、あと二点はやっていい」

 さすがに驚いたらしく、相手は目を丸くする。

「みんなも聞いてくれ」

 谷口は全員を見回し、話しを続けた。

「この序盤戦は、川北と主導権の奪いっこなんだ。相手の揺さぶりに屈して、こちらの計画を変えてしまったら、それ以後は向こうのペースで進められてしまう。いま凌げたとしても、大事な終盤にしっぺ返しがくる」

「し、しかし……キャプテン」

 ふと加藤が、不安げに尋ねる。

「こっちの骨が断たれたら、オシマイじゃないですか」

「その心配はない」

 微笑んで、キャプテンは答えた。

「向こうが策を立ててくるのは、マトモにいって松川を打ち崩すのは、ムズカシイと判断したからだ。まだ中軸の個人技で得点しただけ。なおも向こうが警戒してくれているのに、こっちが合わせることもなかろう」

 加藤が「そ、そうか」と目を見開く。

「とはいえ……かなり勇気のいる投球を、バッテリーには続けてもらってる」

 そう言って、谷口は他の内野陣を見回した。

「だからバックも、それに応えよう。みんなで松川を助けるんだ!」

 ナイン達は「おうよっ」と応え、再びポジションへ帰っていく。

 セカンドに戻り、丸井は自分のグラブを数回叩く。そして足元をスパイクで均し、試合再開に備えた。ふと感嘆の吐息が漏れる。

 す、すごいや。ポイントになりそうな場面で、ぜんぶ谷口さんの言葉が効いてる。こういう試合の時ほど、あの人の存在の大きさが分かるぜ。

 ほどなく、アンパイアが試合再開を告げる。

 後続となる川北の六番打者は、右打席に入った。こちらも長身ではあるが、上位打線に比べると、やや細身である。しかしバントの気配はない。

 初球。松川は、速球をインコース高めに投じた。

 これは見せ球だったらしく、ワンボール。次の二球は、外角にカーブを続けた。いずれも決まって、ツーストライク。あっという間に追い込んだ。

「いいカーブよ、松川!」

 谷口が励ました。傍らで、イガラシも「思い切っていきましょう」と声援する。

 そして四球目。速球が、アウトコース高めに投じられる。明かなボール球だったが、バッターはたまらず手首を返してしまう。

「スイング! バッターアウトっ」

 ベンチに引き上げると、田淵が「バカめ!」と怒鳴る。

「きさまは打てるタマも選べないのか。それでよく、レギュラーが務まるな」

「す、スミマセン……」

 ははっ、いい気味だぜ。あんな打ち方したら、怒られて当たり前だよ。ミートしか考えてねぇから、つい手が出ちまうんだ。

 続く七番打者は、左打席に立った。前のバッターが三振に取られた後とあってか、やや緊張しているように見受けられる。

 ふふっ、ちとビビッてるな。こりゃチャンスだぞ。

 初球。アウトコース低めに、松川は速球を投じた。その打者は、踏み込んでバットをはらうように差し出す。思いのほか迷いのないスイングだ。

 しまった……こいつ、ねらってやがった。

 パシッと快音が響く。低いライナーが、二塁ベース付近へ飛んだ。やられた……と思った瞬間、土を蹴る音がした。

「くわっ!」

 横っ飛びしたイガラシが、ボールをグラブの先に捉える。

「……へ、へいっ」

 はっとして、丸井はすぐに二塁ベースへ入る。

 イガラシは起き上がると、手首のスナップを効かせ、すばやくトスした。高野が慌てて帰塁しようとする。その手がベースタッチするより早く、丸井は捕球した。

「あ、アウト!」

 二塁塁審のコールに、内外野のスタンドが沸いた。

「……よ、よく捕ったな」

 丸井の一言に、後輩は「どうってことありませんよ」と真顔で答える。

「倉橋さんから二塁ベース近くで守るように、直前でサインが出されたので、あらかじめ寄っておいたんです。それと球威に押されたのか、けっこう詰まってましたし」

「な、なるほど」

「ま……三点やるつもりだった状況を、一点に抑えたんですから。これからスよ」

 そう言って、イガラシはやっと微笑んだ。

 

 

 攻守交代となり、眼前を墨高ナインが引き上げていく。

「……やはり変えてこなかったか」

 田淵は、こっそり唇を噛んだ。

 ちょっとメンドウだな。打たれてもパターンを変えないということは、なにかべつの意図があるということだ。松川のボールを頼みにして、そのアテが外れたのなら、いくらでもつけ入るスキはあったが。

「一点取った後の守りだ、しっかりいこう」

 エース高野が、周囲に声を掛ける。

「四番からだ。しっかり頼むぞ、バック」

 キャッチャー秋葉も続いた。川北ナイン達は「おうよ!」と力強く応え、二回裏の守備へ飛び出していく。

「高野、秋葉。ちょっといいか」

 バッテリーを、田淵は呼び寄せた。二人の「はいっ」という返事が重なる。

「思ったより、墨谷はしぶとい。こうなったらガマン比べだ。すぐに追加点とはいかないかもしれんが、辛抱してくれ」

「分かってます」

 高野は即答した。

「一点ありゃ十分です。墨高のやつらに、ホームベースは踏ませませんよ」

「俺も同感です」

 傍らで、秋葉もうなずく。

「たしかに粘っこい打線ですが、高野から一振りで点をもぎ取れそうなバッターは、見当たりません。どっしり構えてりゃ、向こうは消耗してくるはずです」

「うむ、その意気だ」

 二人の肩を、田淵はぽんと叩く。

「しかし油断は禁物だぞ。なにせ過去、何度も番狂わせを起こしたチームだからな」

 バッテリーは再び「はい!」と声を揃え、グラウンドへと駆け出した。

 後輩達の背中を見送り、ひそかに溜息をつく。

 番狂わせか……と、田淵は胸の内につぶやいた。試合前から抱えていた、もう一つの不安が、じわじわと頭をもたげてくる。

 せめて……あと二日早く、合流したかったな。じっさいの所、墨谷のチカラがどれくらいなのか、俺もちゃんと分かっていない。後手に回らなきゃいいんだが。

 

 

2.墨高打線対川北バッテリー

 

 ロージンバックを、高野は足元に放った。

 その眼前。墨高の四番打者・谷口が、右打席に立つ。やや短めにバットを構え、こちらに鋭い自然を向けている。

「プレイ!」

 アンパイアのコールと同時に、秋葉がサインを出した。高野はうなずき、すぐに投球動作へと移る。左足を踏み込み、上半身を屈め、第一球を投じた。

 ズバン。インコース高めに、快速球が決まる。谷口はぴくりとも反応しない。

 やれやれ……仰け反るどころか、目が座ってら。だいぶ速球には、目を慣らしてきたようだな。ま、それぐらいやってくれないと、はり合いはねぇってもんよ。

 二球目は、アウトコース低めの速球。あえてボール二個分外す。谷口は一瞬ぴくっとするも、やはりバットは出さない。

「ナイスボールよ、高野!」

 秋葉がそう言って、返球してくる。

 ふん。反応したところを見ると、こいつも低めねらいだな。もっともボールに手を出さないのは、ちゃんと見きわめてるってことか。うちの六番とはエライちがいだぜ。

 三球目。今度はカーブを、アウトコース高めに投じた。決まってツーストライク。四球目もカーブを続けたが、これは見きわめられる。

 イーブンカウントか。こいつも、なんだかんだ粘りやがる……むっ。

 すぐにでも決めにかかりたかったが、秋葉のサインにはっとする。正捕手の要求は、インコース高めのカーブ。

 なるほど。もういっちょ高めで押す、ということか。ボールは見きわめられても、バットに当たるとは限らねぇもんな。

 サインにうなずき、高野は五球目を投じた。スピードのあるカーブが、バッターの肩を巻き込む軌道を描く。ほぼねらったコースだ。

 ところが、谷口はあっさりカットした。

 ハーフライナーの打球が、三塁側の内野スタンドに飛び込む。キャッチャー秋葉が、一瞬顔を歪める。高野もつい舌打ちした。

 ちっ、カンタンに当てやがって。やはりメンドウなやつだぜ。

 六球目は、さすがにドロップのサインが出される。高野はアウトコース低めをねらい、要求されたボールを投じた。谷口のバットが回る。

 パシッ。大飛球が、センター頭上を襲う。

「……な、なにぃっ」

 思わず驚嘆の声を発した。

「センター!」

 秋葉の声よりも先に、中堅手が一直線に走る。そしてフェンスに背中を付けた。しかし、そこから数メートル前進する。

「……アウト!」

 二塁塁審がコールする。思いのほか打球は伸びず、途中で失速した。どうやらボールの下を叩いていたらしい。

 あぶねぇ……細いナリして、けっこうパワーあんな。ジャストミートされていたらと思うと、ぞっとするぜ。つぎから気をつけねぇと。

 返球を捕り、高野は額の汗を拭った。

 

 

 引き上げてくる谷口を、イガラシは「キャプテン」と呼び止めた。

「思ったより、ドロップが落ちなかったようですね」

「うむ。そうなんだ」

 我が意を射たりと、谷口はうなずく

「どうも落差にバラつきがある。もしかしたら、コースによってちがうのかも」

「分かりました、たしかめて来ます」

 それだけ言葉を交わし、イガラシは打席へと向かう。いいヒントをもらったぜ……と、胸の内につぶやいた。

「さぁ来い!」

 右打席に立ち、気合の声を発した。

 すぐに川北のエース高野が、投球動作を始める。ダイナミックなアンダーハンドのフォーム。その右腕から、第一球が投じられた。

 快速球が、胸元に飛び込んでくる。決まってワンストライク。

 なるほど……思った以上に、手元でホップしてくるな。しかも、ちゃんとストライクに入れてくるあたり、さすが名門のエースだぜ。やはり並のピッチャーじゃないな。

 握りを短くし、再びバットを構える。

 もっともコントロールがいいってことは、それだけ計算もしやすい。ボール球にさえ手を出さなければ、けっしてどうにもならない相手じゃないぞ。

 次の二球は、アウトコース高めにカーブを続けてきた。一球は見逃し、もう一球はカットする。あっさり当てられたせいか、高野が一瞬唇を歪める。

 もう高めは見きわめた。きわどいコースは、いまみたいにカットすりゃいい。問題は、あの低めをどうするかだが。

 四球目。速球が、アウトコースの低めに投じられる。

 これをイガラシは、カットした。高野が驚いた目になる。ここまでの傾向から、当然打ちにくると思ったらしい。

 さらに五球目。真ん中低めに投じられたボールは、さほどスピードがない。すぐにドロップだと分かる。バットをはらうようにして、これもカットした。その時、あることに思い至る。

 これは、けっこう落差あったな。ひょっとして……

 続く六球目は、インコース低め。またもドロップを投じてきた。ところが、五球目よりも落差がない。いまだっ……と、胸の内に叫ぶ。

 パシッ。低いライナーが、三遊間を抜けていく。レフト前ヒット。

 イガラシは一塁ベースを回り、二塁へ行きかけたところで引き返す。やっぱりね、と一人ほくそ笑んだ。

「ナイスバッティング!」

 一塁コーチャーを務める高橋が、声を掛けてきた。

「高橋。後続のバッターに、伝えてくれ」

 囁くように、伝達事項を話す。

「あのドロップは、真ん中だとけっこう落ちるが、内外角だとあまり落差はない」

「む。分かった、そう伝えてくる」

 高橋は急いで、次打者の横井の所へ向かい、こっそり耳打ちした。

 

 

 マウンド上。高野は、強く左拳を握りしめた。

 くそっ……あの一年坊、最初からドロップをねらってやがった。しかも、あんなカンタンに弾き返すとは。おまけに、どうやらこっちの弱みを見抜かれたらしい。一塁コーチャーのやつが、後続に耳打ちしてたのは、その件だろう。

「た、タイム!」

 秋葉がアンパイアに合図して、こちらに駆け寄ってくる。

「やられたな。あのイガラシってやつ、ドロップが落ちなかったところを」

 ああ、と高野はうなずく。

「さらに厄介なのが、どうやらコースによって落差がちがうのを、見抜いたようだぞ。それで真ん中のドロップはカットして、インコース低めをねらったんだ」

「まだ一年生だというのに、いい目と反射神経してやがるぜ」

「オイオイ。敵に感心してる場合じゃないだろ」

 つい怒鳴ってしまう。正捕手は「まあ落ち着けって」と苦笑いした。

「ここから下位打線だ。ほかのやつまで、おまえのドロップが打てるとは限らん」

 無言で、高野はうなずく。

「それでなくても、たった一本打たれただけで、慌てて策を講じるのもシャクだろう。さっきも言ったが、どっしりと自分のピッチングをするんだ」

「ああ、分かってる」

 ほどなく秋葉がポジションに戻り、試合が再開された。

 続く六番打者の横井は、すぐにバントの構えをした。小兵揃いの墨高ナインの中では、比較的上背のあるバッターだ。しかし細身で、さほどパワーはなさそうである。

 ワンアウトから送りかよ。ま……こいつの力量じゃ、仕方ねぇよな。

 初球。おやっ、と高野は思った。キャッチャー秋葉が、いきなりドロップのサインを出している。一瞬戸惑ったが、すぐに意図は理解できた。

 なるほど……バントを仕損じさせて、併殺をねらうってことか。たしかに、いやーな流れになりかけてるからな。ここらでナイン達の気分を変えてやんねぇと。

 うなずき、投球動作へと移る。同時に一塁手三塁手ダッシュした。

 ところが……その瞬間、横井はヒッティングに切り替えた。そして掬い上げるように、ドロップを打ち返す。

「なにっ、バスターだとぉ!」

 高野のジャンプした頭上を越え、センター前に落ちる。連打となり、ランナー一塁二塁。墨高応援団の三塁側スタンドが沸いた。

 ちきしょう、下位打線にまで。なんてザマだ!

「……た、タイムっ」

 秋葉が再び、こちらに駆けてくる。

「スマン高野。いまのは、俺が欲ばりすぎた」

「なに、こっちも同じ考えだったからな。ただ……どうも小細工が、裏目に出てる」

「こうなったら……あれこれ考えず、真っ向勝負に出ようか」

「む。その方が、賢明だな」

 タイムが解け、次の七番打者が右打席に入ってきた。先発の二年生投手、松川だ。こちらもすぐに、バントの構えをする。

 ここは送ってくるだろう。まさかピッチャーにまで、小ワザをさせるってことはねぇだろうからな。しかし、そう易々とは決めさせてたまるか。

 初球は、インコース高めの速球。松川はすぐにバットを引く。

 ふん。やはり高めには、そうカンタンに手出しできないか。だからこそ、低めにねらいをつけてるんだろうがな。

 二球目もインコース、今度はカーブを投じた。

「……な、なんだとっ」

 ところが、松川はバットを立て、右手を引きながらコツンと当てた。ちょうど三塁線とマウンドの間に転がる。

「ファーストだ!」

 キャッチャー秋葉の指示が飛ぶ。

「くそうっ」

 高野は慌てて打球を処理し、一塁へ送球した。間一髪アウト。しかしツーアウト二塁三塁とピンチが続く。

 あ、あんなカンタンに当てやがって。やつら高めは避けてたんじゃないのか。

 返球を捕り、ボールを握る。それをパシッと、思いきりグラブにぶつけた。くくっ……と、笑いが込み上げてくる。

「どうやら、おまえらを見くびっていたらしい。やるな墨高。だったら……うちも、ここからは決勝のつもりで行かせてもらうぜ」

 続く八番打者の加藤は、左打席に入った。やや短めにバットを構える。

「高野!」

 マスクを取り、秋葉が声を掛けてくる。

「ツーアウトだ。ここはもう、バッター集中でいい。思いきりこいっ」

「ああ、いくぞ!」

 高野は、初球から立て続けに速球を投じた。いずれもインコース高めに決まり、あっという間に追い込む。

 しかし三球目のカーブは、カットされた。続く四球目と五球目は、アウトコースの速球とカーブを見きわめられる。これでイーブンカウント。

 下位のくせに、こいつも粘りやがる。だが……それに屈すほど、俺も甘かねぇんだ。

 そして六球目。秋葉がインコースに、カーブのサインを出す。うなずき、高野は投球動作へと移った。左足を踏み込み、グラブを突き出し、右腕を強くしならせる。

 速いカーブが、バッターの胸元を抉る。相手のカットしようと差し出してきたバットをかいくぐり、ボールは秋葉のミットに飛び込んだ。

「ストライク、バッターアウト! チェンジっ」

 アンパイアが右手を高く突き上げる。傍らで、三振を喫した加藤が「すげぇカーブ……」とつぶやきを漏らす。

「どうだっ、見たか!」

 ぐっと右拳を握りしめ、高野はマウンドを駆け下りた。

 

 

 三塁側ベンチ。加藤がさすがに、うなだれて帰ってくる。

「す、スミマセン。一打逆転のチャンスだったのに」

 谷口は「なぁに」と、明るく答えた。

「川北相手に、こんなすぐ点を取れるとは思っていないさ。それに……あれだけ粘ったんだ、向こうもラクじゃなかったろう」

 そう言って、全員を見渡す。

「みんなもいいか。リードされたからといって、なにも慌てる必要はない。試合は九回まであるんだ。じっくり攻めて、少しずつ相手を追いつめていこう。いいなっ」

「は、はいっ」

 ナイン達は快活に返事した。重くなりかけていたムードが、また明るさを取り戻す。

 

 

「バッテリーよくしのいだぞ」

 一塁側ベンチ。ピンチを切り抜けた川北ナインが、足取り軽く引き上げてきた。

「ナイスピッチングよ、高野!」

 高野は、力強く「おうよっ」と応える。

「流れはこっちだ。つぎは追加点といこうぜ」

 一連の光景を、田淵は遠巻きに眺めていた。ひそかに溜息をつく。

 ここまでの展開は、あまり良くないな。先制できたものの、まだ相手ピッチャーを攻りゃくしたとは言いがたいし、用意してた策も封じられている。早く追加点を取らなければ、こっちが追い込まれてくるぞ。

 その時、田淵は「おや?」と気付く。キャッチャー秋葉が、どうも浮かない様子だ。すぐにベンチ奥へと呼び寄せる。

「おい秋葉」

 囁くように問うてみた。

「いま悩んでいるのは、ドロップのことだろう?」

「え、ええ……」

 頬を引きつらせ、正捕手は返事する。

 ま、仕方あるまい。日に備えて、せっかく隠しておいたボールが、こんな序盤でねらい打ちされてるんだからな。だいぶ計算がくるったろう。

「あまり考えすぎるな」

 ぽんと肩を叩き、田淵は端的に告げた。

「それよりも、じっくりバッターを観察するんだ。さっき八番を仕留めたようにな」

「な、なるほど」

「ドロップを使うかどうかは、相手の反応によって決めりゃいい。ぜんぶ計算づくで運ぼうとすれば、かえって苦しくなるぞ」

 そこまで言って、さらに付け加える。

「もし困ったら、高野のいちばんのタマを投げさせろ。向こうの策を気にするまえに、相棒の良さを引き出してやれ。あとはエースを信じるんだ」

「……わ、分かりました!」

 少し迷いが消えたのか、秋葉に血の気が戻る。

 眼前のグラウンド上。墨高ナインが、各ポジションへと散っていく。絶好のチャンスを逃した後にも関わらず、こちらも軽快な足取りだ。

「おまえ達もいいかっ」

 田淵は全員を見渡し、語気を強める。

「もう薄々感じているだろうが、墨谷はかなり手強い。しかし、いまバッテリーが見せたように、こちらの百パーセントの力を発揮すれば、やつらをねじ伏せられる。三年間きたえてきた、われわれの気迫と底力を、いまこそ見せてやるんだ!」

 後輩達は、力強く「はいっ」と答えた。

 

 

 ここから試合は、ますます緊迫した様相を呈してくる。

 強打を誇る川北は、三、四回と続けてチャンスを作ったものの、墨高バッテリーの意表をつく投球とバックの堅守に阻まれ、追加点ならず。

 いっぽう墨高も、ねらいダマを定めたしぶといバッティングで、毎回のように塁上をにぎわせる。しかし、川北エース高野の気迫あふれる投球と、野手陣の鍛えられた守りにより、こちらも得点を奪えない。

 両チームの白熱した攻防戦に、スタンドの観客達は息つく暇もなかった。双方一歩も引かない、まさしくシード校同士の試合にふさわしい戦いである。

 四回を終えて、〇対一。まったく予断を許さない展開となった。

 

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<2020年・沖縄高校野球>本部高野球部に選抜出場を果たしてほしい、三つの理由!

 

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<はじめに>

 

 いよいよ春の選抜甲子園大会の出場校発表が、来週(令和2年1月24日)に迫った。

 

 我が沖縄からは、本部高が21世紀枠の最終候補・9校の中に残り、出場の可能性を残している。このブログでも何度か触れたように、同校は県秋季大会8強ながら、優勝校の沖縄尚学を最も苦しめた実力校だ。

 

 例年ならこういう他力本願はしない。だが……この本部高だけは、是非とも選ばれて欲しいと思っている。全国の舞台で勝てるかどうかは別にして、どんな形であれ「選抜出場」という結果を手にしてもらいたい。

 

 なぜなら、彼らはとても良い“取り組み”を行っているからだ。以下に、その理由を述べていく。

 

【理由1】

 

 一つ目は、「SNSを活用した情報発信」である。

 

 Twitterを利用している方であれば、ご覧になったこともあるだろうと思う。本部高野球部は、日頃の練習メニューや“補食”などの光景を、Twitter上にアップしている。

 

 従来の高校野球部は、なかなか(良くも悪くも)内部の情報を外へ伝えようとしなかった。もちろん生徒のプライバシー保護や、他校へ戦術上知られたくない事項もあるので、なんでもかんでも公開すべきとは言わない。

 

 しかし、すべて秘密にしてしまうと、「どんな練習をしているのか」「指導者はちゃんと見ているのか」「トラブルを放置していないか」など……内部を“知らない”ことで、余計な摩擦を生んでしまいかねない。

 

 だからこそ、オープンにできる部分はオープンにして、周囲(父母会や地域住民、OBら)の理解を得る。これも立派なチームとしての戦略である。

 

【理由2】

 

 二つ目は、前述した“補食”の取り組みである。

 

 近年の高校野球では、選手の栄養面をしっかり管理して体づくりを行っていくことが、もはや常識となっている。(もちろん、むやみに“大型化”を図ることの弊害も指摘されているが、それは差し置いても)食事の重要性については、今さら論ずるまでもない。

 

 そこを、本部高野球部はしっかりと押さえている。公式アカウントの発信によると、元々は現美里工業野球部監督・神谷嘉宗先生からの助言により、実施(他校の指導者であっても、良い面は学んで取り入れるという、本部高野球部首脳陣の柔軟さも伺える)するようになったという。

 

 ここまで読まれた方の中には、疑問を持たれた方もいらっしゃるかもしれない。本部がやっていることなんて、他にもやっている学校はあるよ、と。

 

 その点は、私も承知している。また「こういう取り組みをしたから、本部は選抜候補に残れた」などと、乱暴な意見を述べるつもりはない。実はここに、もっと重要なポイントが隠されているのである。

 

【理由3】

 

 これこそが、三つ目の理由――本部高の取り組みが、沖縄高校野球界に“良い文化”として広がって欲しいからだ。

 

 高校野球部の難しい点は、指導者一人の力では、どうにもならない部分があると。

 

 生々しいことを言えば、いわゆる「人・カネ・モノ」が絡む。指導者がやりたいと思っても、周囲の協力が得られなければ、それは絵に描いた餅に終わる。

 

 もしかしたら、本部高や美里工の野球部と同じ取り組み(それこそSNS活用や補食など)をしたいと指導者が思っていても、周囲の理解が得られずに、実現できずにいる所もあるのかもしれない。

 

 だからこそ、本部高が選抜出場を果たした暁には、それらの取り組みがメディアを通して「良いこと」だと紹介される。こうなれば「だったらウチも……」と、取り入れる学校が増えてくるだろう。

 

 良し悪しは別にして、「結果を出したチームの取り組み」というのは、(時として過剰に)評価される傾向がある。本部が選抜出場を果たせば、これらの取り組みが“良いもの”として、広く認識されるようになるに違いない。

 

 繰り返すが、沖縄高校野球界に“良い文化”を広げるためにも、本部高野球部には全国の舞台に立って欲しいと思う。

 

(本部高野球部の公式アカウント)

※かなり興味深い情報を発信しているので、是非一度ご覧ください。

twitter.com

夏井いつき先生の功績は、俳句を“庶民の文化”という本来の位置に戻したこと!

 

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<はじめに>

 

 夏井いつき先生といえば、人気バラエティ番組「プレバト」俳句査定コーナーにおける“毒舌先生”として、いまや最も有名な俳人といっても過言ではないだろう。

 

 私自身も、夏井先生とプレバトの大ファンである。一方で、俳句をバラエティの舞台に持ち込むなど、これまで数々の「前例のない活動」を行ってきた彼女には、少なからず批判の声があるということも、ちらほら耳にする。

 

 先生のファンである私は、そうした声にすぐさま言い返したくなってしまう(笑)。だが、こういう場合……反論したところで、ますます相手に火をつけてしまう。段々こっちもヒートアップしてきて、疲れてしまうのがオチだ。

 

 そこで、なぜこうした話が出てきてしまうのか、自分なりに考察してみたい。

 

1.夏井先生の“虎の威を借る”ヤツがいるのでは!?

 

 「プレバト」を見て俳句を始めた方の中には、夏井先生の言うことが“絶対”だと信じ込んでしまう人もいるのではないだろうか。

 

 こういう人が、例えば近所の句会に出掛けていくと、どうなるか。おそらく中には、主宰の先生に対して「夏井先生はこんなこと言わなかったのに」などと、失礼な態度を取ってしまう者もいるのだろう。

 

 また句会という場所は、一定のしきたり・ルールというものが存在する。本人に悪気はなくても、それを知らず(学ぼうとせず)に参加すると、主宰や他の参加者にとっては愉快ではないだろう。

 

 ルール知らずの参加者の多くが「プレバトを見て俳句を始めました」と口にするため、ブーム以前から俳句を始めている人が「プレバト(夏井いつき)ふざけんなよ」と思ってしまうのも、無理からぬことかもしれない。

 

 また、中には「プレバト」における夏井先生の“毒舌”の表層的な部分だけを真似て、初心者に対して、かなり尊大な態度を取る人もいると思われる。

 

 夏井先生とは関係ないが、地元で私が俳句をかじっていると話した際、自分もやっているという年配の方に、ものすごく上から目線でマウントを取られたことがある。曰く「おまえは頭がカタイから向いてない」とのこと。内心(なんでオマエにそんなこと言われないといけねーんだよ)と思ったものだ。

 

 ここまで述べたように、いわゆる夏井先生の“虎の威”を借り、句会の主宰や参加者、俳句初心者の方に対して、不愉快な思いをさせる者が、一定数いるということなのだろう。

 

2.「夏井いつきは俳句を“金儲けの道具”にしている」という馬鹿げた批判

 

 これも未だに言われるらしい。申し訳ないが、その点についてはまったく共感できない。二重の意味で的外れだと私は思う。

 

 まず……客観的に見て、夏井先生の活動は、もはや「金儲けが目的」という範疇をとっくに超えている。

 

 「プレバト」を始めとする数々のTV・ラジオ番組の出演。さらに句会ライブや講演会などの全国行脚。そして、私も投句している「俳句ポスト365」や「俳句生活」(通販生活)の審査。休む暇があるのかと思えるほどの、多忙な日々だ。

 

 数々の著書がベストセラーになり、印税収入もかなりあるだろうから、もう少しゆっくりしても良さそうなのだが、彼女に足を止める気配はない。

 

 なぜかと言えば……これはもう、夏井先生の“情熱”と言うほかないだろう。俳句の素晴らしさを多くの人に伝えたいという、彼女のパッションがそうさせているとしか思えない。

 

 さらに付け加えておこう。もし仮に、夏井先生の第一目的が“金儲け”だとして、いったい何が悪いというのだろう。

 

 彼女にだって、食い扶持は必要だ。また、句会ライブや俳句甲子園を始め、様々なイベントを主催するのに、資金はいくらあっても足りないだろう。

 

 この件に限らず、我が国では「金儲けは良くない」という感覚が依然として残っているが、それは危険な考えだと思う。

 

 いわば「収入の大きさ=責任の大きさ」である。

 

 対価が得られるからこそ、人はベストを尽くす。ボランティアで良いというのなら、その分だけ手を抜いても、責任を問われないことになる。

 

 やや話は逸れたが……夏井先生の活動動機が何であれ、現実に多くの人を楽しませているし、それによって俳句に興味を持つ人(特に若年層)が増えていることは、誰にも否定できない。その対価を、むしろ先生は堂々と受け取るべきだろう(笑)。

 

3.夏井先生の意見を“絶対”だと捉える人は、上達できない!

 

 これは「1」の項目とも関連する。たしかにプレバトでの夏井先生は、かなり言い切りの口調のため、「これが絶対」だと錯覚する人もいるのだろう。

 

 ただ……申し訳ないが、これは当人の意識が低いと言わざるを得ない。

 

 プレバト視聴者で、かつ俳句ポストに長く投句している方は、きっと共感していただけると思う。プレバトにおける夏井先生の採点は、あれでもだいぶ手加減している(笑)。

 

 とりわけ<才能アリ>査定。もちろん「さすが」と感嘆する句もあるが、中には(これが本当に才能アリかよ?)と思ってしまう句もある。少なくとも“ちょうど70点”レベルの句は、俳句ポストでは人に採ってもらえないだろう。

 

 思うに、いままで夏井先生が果たしてきた主な役割というのは、俳句に「興味がない人に興味を持たせる」ことである(もちろん、中級者以上向けの著書も出版されている)。

 

 プレバトあるいは初心者向けの本で、夏井先生の言う通りにやれば、たしかに初心者にでも“それなりの句”は詠める(実はそれが一番スゴイのだが!)。

 

 しかし、そこからさらに上達しようと思えば、他の俳人からも学ぶ必要がある。またその途上で、自分のやりやすい型を覚えられれば、句のレベルが安定してくる。

 

 話を戻そう……要するに、夏井先生の言うこと“しか”聞かないというのは、単に本人が意固地かつ勉強不足なだけである。これまで彼女のせいにするのは、言いがかりがすぎる。

 

4.“功罪”ではなく“成果と課題”という見方をすれば良いのでは!?

 

 そろそろ結論を出すとしよう。

 

 思うのだが、この“功罪”という言い方が、良くないように思える。これだと「良い所もありますけど、実は悪い所もあるんですよ」と、少なからず攻撃的な印象を与えてしまう。

 

 そうではなく――“成果と課題”というふうに、表現を変えたらどうだろうか。

 

 夏井先生(とプレバト)の活躍により、俳句に興味を持つ人が増えた。これはもう、間違いなく“成果”である。

 

一方で、プレバトが人気を博す以前に、俳句会を支えていた方に対して敬意が払われない。あるいは、俳句をカン違いする人も少なからず出てきている。これを“課題”として、今後どうするか考えていけば良い。ただ、それだけの話である。

 

5.夏井いつき先生の“危機感”を理解せよ!

 

 これでもまだ、夏井先生の活動にイチャモンを付ける人は、「俳句の種まき」を始めた当初の、彼女の“このままだと俳句は根腐れする”という危機感を理解できるだろうか。

 

 プレバトが始まる前は、私もどこか「俳句は別世界のモノ」という印象があった。いわば“伝統芸能”であり、そう気軽には立ち入れない世界だと思っていた。

 

 ただ……それは、俳句本来の性質ではないのである。

 

 歴史を遡れば、貴族が嗜んでいた「歌」を、五・七・五の調べはそのままに、庶民でも楽しめるように改良したのが「俳句」の始まりだった(※かなり大雑把に言っています)。すなわち、以前のように一部の人達だけのモノという在り様自体、「庶民も楽しめるように」という俳句の本質に反していたのである。

 

 夏井いつきの功績を一言で表すなら……“伝統芸能”となりかけていた俳句を、“庶民の文化”という本来の位置に戻したことである。それがどれだけ大きいことだったかは、きっと歴史が証明するだろう。

 

 

 

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【野球小説】続・プレイボール<第25話「川北戦開始!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第25話 川北戦開始!の巻
    •  <登場人物紹介>
    • 1.それぞれの試合前
    • 2.両軍の駆け引き!
    • 3.キャプテン谷口の判断!
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

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第25話 川北戦開始!の巻

www.youtube.com

 

 

 <登場人物紹介>

 

田淵:川北高のOB。元エース兼キャプテン。隅田中学出身、倉橋の先輩である。一昨年の墨高との練習試合では、監督として采配を振るった。

(以下、オリジナル設定)

 川北高卒業後は、大学に進み活躍中。秋季大会にて、谷原に完敗した後輩達を心配していた。夏の大会のベンチ入りを要請され、多忙な中、快く引き受ける。

 

高野:(※原作「プレイボール」には、名前のみ登場。学年の記載なし)川北の現エース。右投げのアンダーハンド。打撃センスもあり、五番打者も務める。フォームといい、ホップする速球とカーブといい、前エースの小野田と瓜二つである。

 

 

1.それぞれの試合前

 

 木曜日の午後四時。再び、荒川球場。

 墨高ナインは、今日も三塁側ベンチに陣取る。先にシートノックを終え、いまは対戦相手となる川北の練習を見守っていた。

 

 

「あいかわらず、みんなデカイこと」

 横井が、呆れたように言った。

「やつら……毎日なにを食って、ああなるんだか」

「うむ。しかし、ナリだけじゃないぞ」

 隣で、戸室も苦笑いする。

「見ろよ、どいつもこいつも俊敏じゃねぇか。デカイだけで、ちと鈍いとかなら、つけ入るスキはあるんだがなぁ」

 眼前では、シートノックの川北ナインが、グラウンドを縦横に駆け回る。さらに矢のような送球が、幾度となく飛び交う。

「へいっ、レフト!」

「サード、バックホームだっ」

 フットワーク、スローイング、掛け声。どれを取っても隙がない。

「ちょっと先輩方!」

 丸井が、窘めるように言った。

「やるまえから、相手を認めてどうするんですか。もっと強気でいかないと」

「し、仕方ないだろ」

 そう言って、横井は肩を竦める。

「ほら……隣の芝生は青いって、よく言うだろ。あれさ」

「む。それでなくても、都内四強の一角と噂されるチームだからな」

 戸室が同調して、うなずく。

「……よう。なんでぇ、おまえら」

 やがて倉橋か戻ってきた。ずっとブルペンで、松下のウォーミングアップと投球練習に付き合っていたのだ。ベンチ内を見渡し、苦笑いする。

「そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃって。ハハァン……さては川北の練習を見て、怖じ気づいたな」

「お、怖じ気づくだなんて。人聞きが悪い」

 横井がムキになって言い返す。

「こちとら連日遅くまで残って、飽きるほど練習したんだ。じつを言うと、早くその成果を試したいって、ウズウズしてるくらいよ。な、戸室」

「お、おう。対策は十分だ。試合になれば、自然と体が動くさ」

「ほう。そいつは、頼もしいな」

 ナイン達の様子を、谷口はベンチの隅で見守っていた。

 ははっ。横井も戸室も、ああして言い返す元気があるのなら、心配いらないな。この数日、みんなわき目もふらず練習したことで、ほんらいのガムシャラさが戻ってきてる。これなら十分戦えそうだ。

「……倉橋、それよりも」

 正捕手に声を掛け、もう一つの懸案事項を確かめる。

「驚いたな。あの人が、向こうのベンチにいるなんて」

「うむ。このタイミングで、まさか顔を合わすことになろうとは」

 倉橋もグラウンドに視線を移し、溜息混じりに言った。二人の眼前でノックバットを振るうのは、一昨年のエースにしてキャプテン、田淵である。

「試合前に、話せたか?」

「球場入りする時に、少しだけな。どうも春先から、ずっとベンチ入りしてほしいと頼まれてたらしい。ただ、あの人もいま、大学に進んで忙しいからな。やっと都合がついて、今日ということになったんだと」

 やりにくいな……と、さしもの倉橋もこぼす。

「そうか。倉橋にとっては、中学の先輩でもあるんだよな」

「ああ、こっちの手の内を知られてる。メンドウなことになりそうだぜ」

「なーに。いぜんと比べて、うちは格段に力をつけてきている。いくら田淵さんが、倉橋のことを知っているといっても、すべて筒抜けということにはならないさ」

「ま、それもそうだな」

 ところで……と、谷口は話題を変えた。

「松川の調子はどうだ?」

「うむ。かなり良さそうだぞ」

 ブルペンに視線を戻し、正捕手は目を細める。

「タマは走っているし、高めに浮きがちになる悪癖も出ていない。しかも川北相手ということでカタくならないか心配したが、あいつ『自分の投球をするだけです』なんて、一丁前なことをヌカしやがった」

 いま松川は、根岸と軽くキャッチボールしていた。その傍らで、イガラシが平山を相手に投げ込んでいる。

「このところ、松川は頼もしくなったな」

 谷口も満足して、うなずいた。

「ああしてイガラシを、早めのリリーフに備えさせているが、必要なかったか」

「いや……念には念を入れるのに、越したことはないさ」

 ほどなく川北ナインがシートノックを終え、一旦グラウンドから退いていく。

 そのタイミングで、谷口は「集合!」とチームメイト達へ声を掛けた。こうして全員をベンチ奥に呼び集める。

「いよいよシード校との対戦だ。しかし、なにも恐れることはない」

 開口一番、そう告げた。

「なぜなら……すでに谷原を始め、われわれは全国トップクラスとの対戦を経験していている。たしかに川北は手ごわいが、もはや未知の強敵ではないはずだ」

 強いチームと戦う際には、味方をリラックスさせることに努める。心に決めている鉄則を、今日も貫く。

「とはいえ、やはり楽な展開にはならないだろう。うちの主力をよく知る人物が、向こうのベンチに控える。これは……ちょっと計算外の事態だ」

 懸念材料については、全員で共有した方が良いと判断した。数人、とくに三年生達が「たしかに」と苦笑いを浮かべる。

「あの田淵さんが、どんな戦法で臨んでくるかは、始まってみないと分からない。もっとも……ポイントは、はっきりしている」

 やや声を潜めて、端的に告げる。

「まず慌てないこと。そして、なにより気持ちで負けないことだ。どんな展開でも……じっくり慌てず、われわれがベストだと思えるプレーを続けていこう。いいなっ」

 キャプテンの掛け声に、ナイン達は「はい!」と快活に応じた。

 

 

 一塁側ベンチ。田淵は腕組みして、グラウンド上を凝視していた。

 すでに両軍ナインが、ホームベースを挟んで並び、試合前の挨拶に臨む。アンパイアの合図の下、互いに脱帽し「お願いします!」と威勢よく声を発した。

「田淵さん。今日は、ほんと助かります」

 記録員を務める部員が、声を掛けてくる。

「なに、ずっと動向は気になってたんだ。おまえら……秋の準決勝で、谷原に手も足も出なかったらしいからな。まったく情けない」

 後輩は「あらっ」とずっこける。

 挨拶が済むと、先攻となる川北ナインはすぐに引き上げてきた。一番打者がネクストバッターズサークルへ向かった以外、ほぼ全員がベンチ手前で円座になる。

「……よし。みんないいかっ」

 音頭を取ったのは、エースにしてキャプテンを務める高野だった。

「墨谷の特徴は分かってるな。やつらは相手をよく研究して、弱点を突いてくる。おそらく、うちの各バッターの苦手も、きっと探り出してることだろう」

 高野の言葉に、ナイン達は黙ってうなずく。

「そこで……やつらの戦法を、われわれは逆手に取る。自分の苦手コースこそ、積極的にねらっていけ。もちろん大振りせず、かく実にミートだ。練習でやったようにな」

 そう告げて、エースは含み笑いを漏らす。

「アテが外れりゃ、向こうは混乱するはず。そこを一気に叩くんだ」

「おう!」

 掛け声の後、高野は一旦ブルペンへ向かう。この裏の投球に備えるらしい。

「ようし、初回から出鼻をくじいてやれ」

「向こうが少しでもひるんだら、すぐに畳みかけるぞっ」

 メンバー達は、そう互いに声を掛け合う。

 田淵は黙って眺めていた。この時点で口を挟むつもりはない。後輩達の判断を、まずは尊重しようと思う。

 しかし、気掛かりな点があった。

 相手をよく研究するのが、墨谷の特徴……か。まちがっちゃいないが、それだけだと思っていたら、きっと痛い目にあうぞ。そこんとこ、分かっていたらいいのだが。

 マウンド上。ほどなく松川が投球練習を終え、キャッチャー倉橋が二塁へ送球する。

「バッターラップ!」

 アンパイアの合図。そして川北の先頭打者が、右打席へと入っていく。

 

 

2.両軍の駆け引き!

 

 マスクを被り、倉橋は胸の内につぶやいた。

「……ふん、あいかわらずだな」

 ホームベース後方で、川北の一番打者が素振りを繰り返す。ビュッ、ビュッ……と、スイングが風を切った。筋肉の盛り上がりが、ユニフォーム越しにも分かる。

 こいつか……まえの試合で四安打したという、柳井ってやつは。背丈といいガタイといい、ほんと熊みてぇだ。少しまちがえば、カンタンに柵を越されちまうな。

「大事な初回だ。しっかり守っていこうよ!」

 声を掛けると、ナイン達も力強く返してきた。

「おうよっ」

「バッテリーも、思い切っていけ!」

 スパイクで足元を均し、屈み込む。すぐに柳井も右打席へと入ってきた。それとほぼ同時に、アンパイアが右手を高く掲げる。

「プレイボール!」

 試合開始を告げるサイレンが、球場内に鳴り響く。

 眼前のマウンド上。松川が、ロージンバックを軽く揉んでいた。引きしまった口元から、気力の充実していることが伺える。やがて前傾し、こちらのサインを待つ。

 倉橋は、早くも頭をフル回転させた。

 半田の記録によれば、この人はインコース……とくに低めが苦手だったな。いっぽうアウトコースが得意で、少々ボール気味でも、おっつけて打てると。ふつうなら、苦手なインコースを中心に攻めるトコだが。

 初球は、インコースの速球。それもワンバウンドを要求した。その通りのボールが、ホームベース手前で弾む。ミットを立てて捕球する。

 この時、柳井のバットが一瞬出かかるのを、倉橋は見逃さなかった。

 ふむ……こんなワンバウンドにも反応しちまうってことは、やはり苦手を突いてくると踏んでたな。田淵さんの差し金なのかどうかは不明だが、思ったとおりだぜ。

 二球目。速球を、アウトコース低めに要求した。こちらがミットを構えた所に、そのまま飛び込んでくる。

「ストライク!」

 倉橋は「ナイスボール」と、微笑んで返球した。その瞬間、柳井が目を向く。明らかに驚いている様子だ。

 ふふん。まさかの得意コースに投げられて、拍子抜けしたってツラだな。

 三球目は、速球をまたもアウトコース低めに投じさせた。まさか続けてくるとは思わなかったらしく、柳井は手がでない。

 そして四球目。またもアウトコースへ、今度はカーブを要求した。さすがに柳井は、はらうようにバットを出す。

 パシッ。痛烈なゴロが、一・二塁間を襲う。しかし丸井が、横っ飛びで捕球した。すかさず一塁手の加藤へトスする。

「ナイスセカン!」

 キャプテン谷口が声を掛けた。丸井は「ど、ドウモ」と、照れた顔になる。

 ははっ、やはり外は得意らしいな。読みとちがっても、ヒット性の当たりを打ち返せるんだから。あらかじめセカンドを下げておいて良かったぜ。

 続く二番打者は、小柄ながら体躯はがっしりしていた。素振りを見ると、やはりスイングは速い。こちらもパンチ力がありそうだ。こちらは左打席に入る。

 倉橋は手振りで、外野の三人へ下がるように指示した。

 ええと……こいつも、アウトコースが得意だったな。柳井との違いは、どうも高めが好きらしいってことか。

 その初球、シュートをアウトコース高めに要求した。

 パシッ。ライナー性の打球が、レフト頭上を襲う。スライスが掛かり、ボールは外へ逃げていく。横井がフェンスを沿うようにして、ポール方向へダッシュした。そしてライン際で飛び付く。

「……くわっ」

 ぎりぎりまで伸ばしたグラブの先に、ボールが引っ掛かる。

「あ、アウト!」

 打球の確認に走った三塁塁審が、右手を高く突き上げた。

「よっと……ふぅ、あぶなかった」

 横井は起き上がると、苦笑いしてボールを投げ返す。

「ナイスレフト!」

「横井さん、助かりましたっ」

 谷口と松川の声援に、横井は軽くグラブの左手を掲げる。立て続けの好プレーに、墨高応援団の陣取る三塁側スタンドは、大いに沸き上がった。

 ふふっ。横井のやつ、いろいろグチりながら……どうしてどうして。試合になれば、いいプレーしてくれるじゃねぇか。

 その時、ふと「倉橋さん」と呼ばれた。松川が渋い顔を向けている。

「すみません、ちょっと中に入っちゃいました」

「分かってるならいいさ。それに球威があったから、詰まらせられた」

 ちらっと一塁側ベンチを見やる。隅田中学時代の先輩、田淵が腕組みしていた。

 田淵さんも、この松川の成長ぶりは、さすがに計算してなかったろうぜ。これだけ球威があるからこそ、思い切った組み立てができるってもんだ。

 続く三番打者も、左打席に入ってきた。

 この池田ってやつは、秋の大会で七割を超えてたんだったな。大柄のわりに、スイングが柔らかい。ちょっと緩急をつけるくらいじゃ、合わせられちまうだろう。

 バッテリーはそれでも、むやみに恐れることはしない。

 こいつは一、二番とちがって、インコースが得意。ぎゃくにアウトコールは、引っかけることが多いと。

 初球は、あえて得意のインコース低めに投じさせた。池田のバットが回る。パシッという快音を残し、打球はライトのポール際へ飛んだ。おおっ、と川北応援団の三塁側スタンドが沸く。しかし外へスライスが掛かる。

「ファール!」

 一塁塁審が両腕を広げた。安堵と落胆の溜息が、球場内を交差する。

「……す、すげぇパワー」

「ああ。ちょっとズレてりゃ、叩き込まれてたぞ」

 なるほど……と、倉橋はひそかにつぶやいた。

 さっきの一、二番は迷いながらだったが、この三番は躊躇いなく振ってきたな。どうやら苦手コースを突くやり方でないと、気づいたらしい。だが……なぜそうしないのか、果たしてここまで分かるかな。

 次の二球は、いずれもアウトコース低めに投じさせた。一球は僅かに外れ、もう一球はコースいっぱいに決まる。池田はぴくりとも反応せず。

 フフ、あくまでも得意のインコースねらいか。それなら……

 迎えた四球目。倉橋は、あえて池田が待っているインコースを要求する。ただし低めに、今度はシュートを投じさせた。

 池田のバットが回る。ライナー性の打球が、右中間へ飛んだ。しかし芯を外した分、さほど伸びずに失速していく。

「ライト!」

 谷口の掛け声よりも早く、右翼手の久保が十メートルほど背走したものの、最後は余裕を持って捕球した。スリーアウト。

「ナイスピッチングよ、松川」

 マウンド上の後輩に、すかさず声を掛けた。相手は「はいっ」と短く返事して、足早にベンチへと退いていく。

 ようし、相手にクサビを打ち込むことができたぞ。これが後手に回れば、向こうの好き放題にされるからな。あとは田淵さんが、どう対応してくるかだが。

 倉橋は一つ吐息をつき、少し遅れて駆け出した。

 

 

「……ううむ、アテが外れたな」

 一塁側ベンチ。ブルペンから戻ってきた高野が、首を傾げて言った。

「てっきり苦手を突いてくると思ったんだが」

 そうだな……と、先頭打者だった柳井もうなずく。

「まさか墨谷のやつら、うちを調べ忘れたんじゃ」

「いや、それはあるまい」

 高野は即答した。

「秋の大会でも、向こうの部員の一人が、スタンドで偵察してたからな。相手をよく調べるのが、やつらのウリだ。ここにきて封じるはずなかろう」

「ま、それもそうだな」

「……なあ、ひょっとして」

 ライトライナーに倒れたばかりの池田が、割って入る。

「うちがどうこうじゃなく、ピッチャーの長所を出すようにしてるんじゃねぇか」

 柳井が「なるほど」と、目を見開く。

「たしかに、あの松川ってピッチャーは、なかなかのレベルだぞ」

「む。俺に投げてきた真っすぐなんか、けっこう威力あったぞ。手元にきて、こう……ぐいっと押し込んでくる感じだ」

「ほう……池田がそう思うくらいなら、よっぽどだな」

 それにしても、と柳井が小さくかぶりを振る。

「あんな投球をするってことは、やつら力勝負で勝とうっていう気なのか」

 高野が「そうじゃないのか」と、忌々しげに答える。

「ピッチャーの力さえ出せば、うちを抑えられると思ってるんだろ」

 その一言に、数人が熱くなり出す。

「な、ナメやがって」

「いい度胸してるじゃねぇか」

 後輩達のやり取りを、田淵はしばし静観していた。それでも、これは良くないぞ……とベンチの雰囲気を察する。

「そこまでだ!」

 低いトーンの声で、一喝した。

「さっさと守備につけ。アタマを切りかえないと、つけ込まれるぞ」

「は、はいっ」

 OBの叱責に、川北ナインは慌ててグラウンドへ飛び出していく。

「……せ、先輩。助かりました」

 記録員がスコアブックを手にしたまま、立って一礼する。

「なーに。ま……連中が困惑するのも、分かるが」

「先輩も、高野達が言うように、墨谷が力勝負を挑んできていると?」

「む。そう見えなくもないが、断定はできない。いま言えるのは……この時点で決めてかかるのは、危険だってことさ」

「なるほど、まだ向こうのテを探る段階ってことスね」

「そうだ。こういう場合、先に動いた方がやられる」

 田淵には、一つ腑に落ちないことがあった。

 この大事な初回。どのバッターにも、インコースのボールを見せ球にして、勝負はアウトコースか。たまたま池田はボール球に手を出しやがったが……もし見逃していれば、最後は外という組み立てだ。あの倉橋にしては、単純すぎる。

「先輩、そういえば……」

 ふと記録員が尋ねてくる。

「墨谷はいぜん、うちに胸を借りに来てたんですよね。先輩がキャプテンをなさってた時に」

「ああ。もっとも、最後はだいぶ食い下がられて、冷や汗モノだったよ。ま……当時のメンバーには、いいクスリだったろうが。」

 そうなんだよ、と胸の内につぶやく。

 苦戦させられた要因の一つは、うちのバッターの弱点を、倉橋がしつように突いてきたことだ。そんなやつが、ちょっとピッチャーの力がついてきたからって、なにも考えず力勝負を挑んでくるはずがない。これはきっと、意図があるはずだ。

 

 

3.キャプテン谷口の判断!

 

 マウンド上。高野は、指にロージンバックを馴染ませていた。

 ふん……たかが招待野球で、西将と接戦したからって、いい気になるなよ。シードをとりたての相手に、公式戦で足をすくわれるほど、うちは甘かねぇんだ。

「バッターラップ!」

 アンパイアに促され、墨高の一番打者・丸井が右打席に入ってくる。

 こいつが丸井ってのか。たしか……うちと練習試合した後に、編入したんだっけ。体は小さいが、すばしっこそうだ。塁に出すとメンドウだろうな。

 眼前で、キャッチャーの秋葉が立ち上がる。

「一番バッターだ。しっかり守っていくぞ!」

 川北ナインは「おうっ」と力強く応えた。

 秋葉が屈み、マスクを被るとの同時に、アンパイアが「プレイ!」とコールした。すぐにサインが出され、高野は投球動作へと移る。

 初球は、インコース高めへ投じた。アンダーハンドから放たれた速球は、打者の胸元でホップする。キャッチャーのミットが、迫力ある音を鳴らす。

「ボール、ハイ!」

 判定を聞き、丸井が「ふぅ」と吐息を漏らす。

 ほう、よく見たな。もしくは手が出なかったのか。ま……打ちにいったところで、そうカンタンには捉えられないだろうが。

 二球目もインコース高め。ただし今度は、カーブを投じた。

「……おっと」

 丸井は一瞬バットを出し掛かるが、寸前で止める。

「ボール、ツー!」

 返球を捕り、思わず唇を噛む。

 くそぅ……ちゃんと見てやがる。いぜん小野田さん達と戦った時は、最初ボールに怖じ気づいてやがったのに。やはり、あの時とはちがうのか。

 次の二球は、アウトコース高めに投じた。速球とカーブがいずれも決まる。五球目は、インコース高めの速球を見極められた。これでフルカウント。続く六球目、今度は高めのカーブをカットされる。

 けっ、可愛げのねぇやつ。しかし、ああしてカットしたところを見ると、どうやら高めの速球にだいぶ目を慣らしてきたようだな。ちとシャクだが、そうくるなら……

 高野はひそかに、含み笑いを漏らす。

 迎えた七球目。サインにうなずくと、一転してアウトコース低めへ投じる。この高さを狙っていたのだろう、丸井はバットを差し出す。

 ところが……ホームベース手前で、ボールはすっと沈んだ。

 丸井は「うっ」と体勢を崩し、前へ泳ぎかける。それでも辛うじてヘッドを残し、はらうように打ち返した。

「……し、しまった!」

 速いゴロが二遊間へ飛ぶ。それでも二塁手が、逆シングルで打球を押さえ、すかさず一塁へトス。滑らかな一連の動作だった。丸井のヘッドスライディングも及ばず、一塁塁審が「アウト!」とコールする。

 どうだ、見たかっ。そっちが高めを捨ててくるのは、想定ずみなんだよ!

 

 

「……ま、まさかっ」

 丸井がセカンドゴロに打ち取られた瞬間、戸室が驚嘆の声を発した。その周囲で、他のナイン達もざわめく。

「ドロップなんて、聞いてねーぞ。あのヤロウ隠してやがったな」

「戸室、落ち着けよ」

 なだめるように、谷口は言った。

「しかし……こうなったら、作戦を変えていかなきゃ」

 傍らで、横井が割って入る。

「球威が落ちるまでは、なるべく高めを捨てて、ベルトから下のボールを狙おうって話だったろ。やつらこれを想定して、始めからドロップで打ち取る算段だったんだ」

「じ、じゃあ……つぎの島田に、ねらい球を変えてけって伝えないと」

 ベンチから出かかる戸室を、谷口は「いいから」と制す。

「島田には、俺が伝えてくる。みんな待っててくれ」

 そう告げて、急いでネクストバッターズサークルへと駆け出した。

 すでにバッターラックが掛かり、島田は打席に入ろうとしていた。そこでタイムを取り、こちらに呼び戻す。

「……あ、キャプテン」

 先に戻ってきた丸井が、気を利かせ伝えてくる。

「落ちるボールのことは、ぼくが島田に言いましたよ」

「ありがとう。しかし、付け足すことがあるんだ」

 丸井は一瞬訝しむ目をしたが、素直に「分かりました」と引き上げていく。それと入れ替わるように、島田が駆けてきた。

「キャプテン、あのボールのことですか」

「そうだ。ひとまず、いまは手短に伝える」

 内野のダイヤモンドに背を向け、二人は中腰になる。

「……いいか、よく聞けよ」

 声を潜めて、ポイントだけを告げた。

「作戦は変えない。そのまま低めをねらえ」

 島田は「えっ?」と目を見開く。

「ワケは後で話す。さ、いけっ」

「は、はぁ……」

 戸惑いながらも、後輩は打席に戻った。

「……な、なぁ谷口」

 ベンチに帰ると、すぐに横井が問うてきた。

「島田になんて、指示したんだ?」

「ん……そのまま低めをねらえ、作戦は変えないって伝えたよ」

 ええっ、とナイン達が声を上げる。

「つ、強気でいくってのも……まぁ分かるけどよ」

 横井は苦笑い混じりに言った。

「そりゃ場合によるんじゃねぇか。なにせ、相手が相手だし」

「いや、それはちがう」

 確信を持って、谷口は答える。

「これは強気がどうのって問題じゃない。ちゃんと理由があるんだ」

 自然にナイン達が集まってきた。しばし間を置き、谷口は話を続ける。

「ドロップのことは、半田のノートにもなかった。ということは……秋の時点で、高野はまだ投げてなかったこと。そうだな、半田?」

 半田はきっぱりと返事した。

「はい、ちゃんと確認しました」

「それがこんな短期間で、どうしてドロップを覚えようと思ったのか。しかも、わざわざ隠してまで。向こうの立場で、考えてみろよ」

 ふいに数人から、ああ……と溜息が漏れた。島田がドロップを引っ掛け、ショートゴロに打ち取られる。これでツーアウト。

「……カンタンなことじゃないですか」

 口元に笑みを浮かべ、イガラシが発言した。

「川北は、高めを見られるのが……やっぱりイヤなんですよ」

 はっとしたように、ナイン達は「そ、そうかっ」と声を発した。

「うむ。いませっかく、ボールの見きわめができているんだ。ドロップを避けようとして、高めに手を出すようになれば、かえって向こうの策にハマってしまう」

 声を潜め、さらに続ける。

「さっきも言ったが、慌てなくていい。こうして揺さぶってくることは、もともと想定してた。すぐに打てなくていい、まず動じないこと。これを相手に見せつけてやろう。そうすれば、向こうが焦ってくるはずだ」

「は、はい!」

 ナイン達の声に、力強さが戻った。

 

 

「……く、くそうっ」

 ショートゴロに倒れた島田が、悔しげに引き上げてくる。

「惜しかったな」

 すれ違い際、倉橋はそう声を掛けた。

「少し引っかけちまったが、ねらいは悪くねーよ。慣れりゃミートできるさ」

「はい……あ、そうだ」

 分かってるよ、と先回りする。

「低めをねらうって作戦は、変えないんだろ?」

「え、どうしてそれを」

「俺もその方がいいと思ってたのさ。やつらの小細工に踊らされて、こっちからペースを崩すどうりはねぇからな」

 島田を見送り、軽く二、三度素振りして打席に入る。

 マウンド上。高野は、すぐに投球動作を始めた。ダイナミックなアンダーハンドのフォームから、第一球を投じる。上背だけでなく、長い腕。まるで、こちらのすぐ目の前でボールを離されるようだ。

 ズバン。快速球が、インコース高めに決まる。

 やはり手元でホップしてきたか。それにしてもフォームといい、タマの軌道といい、ほんと小野田さんに瓜二つだぜ。いや……むしろ制球は、高野が上回っているかもな。

 二球目、今度はカーブを投じてきた。やはりインコース高め。倉橋はこれを見送り、判定はボール。その時、僅かながら高野の口元が歪む。

 ハハァン。高めをじっくり見られるのは、やはりイヤらしいな。球数が増えれば、どうしたって球威が落ちてくる。谷口の判断は、どうやら正しかったらしいぞ。

 次の二球は、いずれもアウトコース高め。三球目のカーブは見きわめ、四球目の速球はカットする。これでイーブンカウントとなった。

 ふむ。ここまで、すべて高め。そろそろ目先を変えてくるだろう。速球かドロップか……ここはひとつ、ヤマを張ってみるか。

 そして五球目。果たして、高野は低めを突いてきた。ところが読みに反して、球種は真っすぐ。ボールの威力に、バットが押し込まれる。

「センター!」

 振り向きざまに、高野が叫ぶ。

 打球は詰まった分、ふらふらっと二塁ベース後方に上がった。あわやポテンヒットかと思われたが、鋭くダッシュしてきた中堅手が飛び付き、グラブに収める。

「……あ、アウト!」

 二塁塁審のコールに、倉橋は苦笑いを浮かべた。

 あーあ、読みを外しちまったか。にしても速球は、さすがの威力だ。しっかり振り切らないと、いまみたいに押されちまうな。ただ……

 高野が眼前を通りすぎ、ベンチへ引き上げていく。その眼差しは険しい。

 あれは、思うようにいかなかったってツラだな。そりゃそうだ。こちとら、打てないまでもカットするか、際どいコースを見きわめられるだけの技りょうは、ちゃんと身につけてきたんだ。いつまでも、昔のままなワケねぇだろ。

 

 

「みんな来てくれ」

 三塁側ベンチ。田淵は、初めてナイン達を集合させる。

 バットの収納スタンド手前で、全員を円座にさせた。その脇に、自分も屈み込む。メンバーの神妙な視線が、彼に注がれる。

「申し訳ないが……まだ向こうのねらいを、俺はつかみ切れていない」

 見栄を張っても仕方がない。そこは、素直に認めた。

「たしかなのは、墨谷が非常にしぶといチームということだ。一昨年にうちと戦った時は、かなり力量差があったにも関わらず、あわやという展開を強いられた。諸君らの中には、覚えがある者もいるだろう」

 当時ベンチ入りしていた高野を始め、数人がうなずく。

「そんな相手に、意図を読めぬままズルズルいくのは、危険だ。かといって、いぜんのように力で圧倒できるほどの差は、もはやない。そこで……ここは一揉みしてみよう」

 そう告げて、田淵は「秋葉、高野」と中軸二人を呼んだ。

「は、はいっ」

「なにか作戦でしょうか?」

 田淵は、短く趣旨を伝える。

「強振してみろ」

 やや戸惑ったふうに、二人は目を見合わせる。

「向こうのバッテリーの組み立ては、いまのところインコースを見せて、最後はアウトコースで勝負というパターンだ。あの倉橋にしては、単純すぎる。何人かが言っていたように、ピッチャーの球威をアテにしてるのかもしれんが……どうも解せない」

 なるほど……と、高野がつぶやいた。

「打たれた時の、やつらの反応を見るわけですね」

「ああ。もし単に、ピッチャー頼みというだけなら、慌ててパターンを変えてくるだろう。そうなったら、いくらでもつけ込めるが」

 ちがうだろうな、と田淵はひそかにつぶやく。

「ま、いずれにしても……向こうの手のひらで踊らされるのは、面白くないだろ。ここらで、やつらのハラを暴いてやろうじゃないか!」

 川北ナインは、威勢よく「はいっ」と返事した。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第24話「気持ちで負けるな!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第24話 気持ちで負けるな!の巻
    • 1.川北対策開始!
    • 2.勝って兜の緒をしめよ!?
    • 3.鬼キャプテン・谷口!?
    • <次話へのリンク> 
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

 

第24話 気持ちで負けるな!の巻

www.youtube.com

 

 

1.川北対策開始!

 

 鮮やかな大勝劇で、初戦を飾った墨高ナイン。

 しかし、その余韻に浸る暇はなかった。三日後には、都内四強の一角・川北との四回戦が控える。学校に帰ると、さっそく次戦へ向けての練習が開始されたのだった。

 

 

 マウンド上。片瀬がサイドハンドから、速球を投げ込んでくる。

 キャッチャーを務める谷口は、ミットを顔の上に伸ばして捕球した。右打席の丸井が、ちらっと不安げな目を向ける。

「ボール!」

 谷口のコールに、丸井は「ふぅ当たってた」と安堵の吐息をついた。

「いいぞ丸井。高めのきわどいコース、よく見極めたな」

「ええ、なんとか。あまり自信なかったスけど」

 グラウンドでは、フリーバッティングが行われていた。

 投手の生きた球を打ち込むグループと、トスバッティングのグループの二手に別れる。片瀬と谷口がバッテリーを組むほかは、トスを上げる者が一名。

 残りのメンバーは、守備練習も兼ねて球拾いに回った。なお負傷の倉橋と根岸のキャッチャー二人は、松川の投球練習に付き合う。

「さぁ片瀬、どんどん行こうよっ」

 キャプテンの掛け声に、細身の一年生投手はうなずく。

 二球目。片瀬が大きなカーブを投じてきた。丸井はよく引き付け、センター方向へ打ち返す。快音とともに、ライナー性の打球が飛ぶ。

「ナイスバッティング! さすが一番打者、まさにお手本だ」

 谷口はマスクを脱ぎ、立ち上がってナイン達に呼びかけた。

「いまの丸井の二球、みんなよく頭に入れておけ。川北のエース高野は、アンダーハンドから真っすぐとカーブを投げ込んでくる。三年生は覚えているだろう、あの小野田さんってピッチャーと瓜二つらしい」

 ここまで言って、傍らで素振りする戸室に「そうだよな?」と話を向ける。

「え……ああ、それが分かりやすいな」

 きっぱりと戸室が言った。この前日、彼は一年生の高橋と連れ立って、川北の試合を偵察しに行っている。

「一、二年生は知らないだろうから、ちと話しとこうか。特徴としては……浮き上がってくる真っすぐとカーブ。両方とも、かなり威力あるぞ。俺なんて、まえに対戦した時、ほんとタマが見えないくらいだったもんね」

 戸室の説明に、下級生のメンバーが顔を歪める。十分その脅威は伝わったらしい。

「谷口が言うように、高野はまえのエースそっくりだ。フォームといい、スピードといいタマの軌道といい。ま……イメージできる分、対策はしやすいかもな」

「た、対策したって……そうカンタンには」

 外野の方で、横井が顔を引きつらせる。彼もまた小野田のボールを体感していた。

「そのとおり。でもポイントは、はっきりしている」

 谷口は、語気を強めて言った。

「高めの見きわめだ。ボールは見逃し、ストライクだけねらい打つ。なんでもかんでも手を出すと、凡フライの山を築くことになるぞ。それにはスピードに目を慣らす必要があるので、明日からピッチャーを近くに立たせて練習しよう」

 キャプテンの助言に、ナイン達は「はいっ」と応えた。

「よし。それでは、続きといこう」

 ポジションへと戻り、丸井に「二打席ずつだからな」と伝えて屈み込む。

「……あの、キャプテン」

 ふと片瀬が尋ねてきた。

「どうした?」

「よろしければ、下から投げましょうか。一時期アンダーハンドも試してたんです」

 丸井が「そりゃ助かる」と顔をほころばせる。しかし谷口は、首を横に振った。

「ありがとう。でも、それはやめておけ。せっかく固めたフォームを崩してしまう」

「は、はぁ……」

「それに片瀬。こうして打撃投手をさせているのは、なにもみんなの練習のためだけじゃない。おまえに少しでも早く、実戦の感覚をつかんでほしいってのもあるからな」

 しばし間を置き、さらに告げる。

「もし川北に勝ったら、次戦以降はおまえの起用も考えてる。しっかり備えてくれ」

「……はい、分かりましたっ」

 生真面目な性分なのだろう。さほど表情を崩すことなく、僅かに唇を結ぶ。

 こちらがミットを構えると同時に、片瀬は投球動作を始めた。インコース高めに飛び込んできた速球を、丸井は見逃す。

「ストライク! いまのは入ってるぞ」

「ええ……キャプテン。片瀬のやつ、だんだん制球良くなってきてませんか」

「うむ。当初は、なんとかストライクは取れるくらいだったのが、いまじゃコースに投げ分けられるようになってきた。あのイガラシが舌を巻くほど、すごい努力家らしいからな」

 おや……と思い、谷口は顔を上げる。後輩が涙ぐんでいた。

「丸井どうした?」

 困惑しながら尋ねる。

「……い、いえね。片瀬がケガで苦しみながらも、くさらずにがんばってるの見てきたので。こうして復活したんだって思うと……ううっ。俺っち、こういうの弱いんス」

「ああ。しょーがないなぁ」

 戸室が苦笑いして、ハンカチを差し出す。

 それから四十分近く、フリーバッティングが続けられた。少人数のため、ブルペンのバッテリー陣も含めて、あっという間に二巡目へと入る。

 谷口は一つ、気掛かりなことがあった。

「ストライク!」

 片瀬の速球が、アウトコースに決まる。傍らの右打席では、珍しく横井が難しい顔をして、バットを握り直す。

「どうした横井。いまのは、おまえなら打てるだろ」

「う、うむ。さっき大勝した後だし、バッティングが雑になっちゃいけないと思ってよ」

「そりゃ悪くない心がけだが、かといって消極的になるのも良くないぞ。そもそも今日の二安打は、しっかり引きつけて、巧いセンター返しができてたじゃないか。いまの調子なら、今後もじゅうぶん活やくできるはずさ」

「あ……ああ。そう言ってくれるのはうれしいが、つぎは相手も強いしな」

 やはり、と胸の内につぶやく。

 横井だけじゃない。戸室、島田、加藤……とくに上級生の動きが、カタいぞ。試合の疲れかとも思ったが、丸井や一年生達はぴんぴんしてるし、そもそも消耗するような内容でもなかった。これは精神的なものだろう。

 二球目。谷口はわざと、ど真ん中に速球を投じさせた。横井のバットが回り、ライナー性の打球がセンター方向へ打ち返される。

「なにしてるんだっ」

 マスクを取り、横井を叱り付ける。

「え……いまの、ヒットだろう」

「こんな甘いコース、誰だって安打できる。レギュラーならしっかり振り切って、外野の頭を越さなきゃいけないタマじゃないか。なんだいまの、当てるだけのスイングは!」

 いつになく険しいキャプテンに、周囲はざわめく。

「……あ。スマン、言いすぎた」

「い、いや……谷口の言うとおりだ」

 横井は苦笑いした。

「このスイングじゃ、たしかに手抜きと見られてもしかたない。以後気をつけるよ」

 そう言ってグラブを拾い、外野守備へと駆けていく。

 ほどなく二巡目も終わる。校舎の時計を見ると、ようやく一時を回ったところだ。試合が五回コールドで終わり、随分早く帰ってきたのだなと改めて気付く。

「ようし。だいぶ暑くなってきたし、お昼にしよう」

 ナイン達は「はいっ」と返事して、グラウンドから引き上げていく。

 谷口もその輪に加わろうと、捕手用プロテクターを外し始めた。その時、ブルペンから戻ってきた倉橋に「少しいいか」と声を掛けられる。

「む……あっ、そうだ」

 身軽になり、こちらから尋ねた。

「右手の具合はどうだい?」

「ん? ああ、これか」

 倉橋は渋い顔で、右手の指を広げた。白い包帯が痛々しく巻かれている。

「そんな大したことないんだけどよ。つぎに影響あると困るから、念のため球場の医務室で、ちゃんと治療してもらったんだ」

「じゃあ、次戦には間に合うんだな」

「もちろん。今日だって、ほんとは無理すりゃやれたんだけどよ。こういう機会でもないと、根岸に経験させてやれないからな」

「そ、そうか」

 大事がなかったことに、ひとまず安堵した。

「しかし明日、ちゃんと病院に行ってくれよ。長引いたらコトだぞ」

「うむ。分かってるって」

 うなずいてから、倉橋は「ところで」と話を変える。

「プルペンから様子を見てたんだが、どうもピリッとしないな。とくに何人か、思いきりの良さが消えちまってる」

「そう、そうなんだよ」

 我が意を射たりと、谷口は深く首肯した。

「ただ……こうなるんじゃないかと、予想してはいたんだ」

 正捕手は「ほう」と目を丸くする。

「今日のコールド勝ちも含めて、このところ上手くいきすぎてるんだ。その流れが崩れてしまうのを、どこかで怖がってるんだと思う」

「言われてみりゃ、ちと一直線に進みすぎてるってのはあるな」

「ああ……とくに上級生は、昨年あれだけ苦労して、やっと八強入りしたのを覚えてる。このままいけるはずがないと、構えちゃうんだろう」

 なるほど、と倉橋は苦笑いした。

「それだけチーム強化を、思うように運べたってことだが」

「む。ここらで、今後もし上手くいかないことがあっても、それを打開していける自信を身につけさせたい」

 しばし間を置き、問うてみる。

「こういう時、倉橋ならどうする?」

「……ふむ、そうだな」

 相手は数秒考えただけで、すぐに返答した。

「俺なら、思い悩むヒマを与えないほど、練習に没頭させるがね」

 そう言って、くすっと笑う。

「んなこと聞いちゃって。おまえさん、とっくにテは考えてあんだろ」

 思わぬ一言に、谷口は「えっ」と声を発してしまう。

「だから田所さんに、ノックを頼んでたんじゃないのか?」

「え、ああ……」

「この期に及んで、とぼけるのはナシだぜ」

 珍しく、倉橋はおどけて言った。

 

 

2.勝って兜の緒をしめよ!?

 

 ナイン達は、校舎脇の大樹の陰に集まり、それぞれ弁当を広げた。自然とミーティングのような雰囲気になる。

「さっきの試合は、あまり参考にならないからな」

 渋い顔で言ったのは、横井だった。やはりらしくない。

「もともと力の差はあったし、向こうが策に溺れすぎたのもある。つぎも同じ調子でいけると思ったら、大間違いだぞ」

「……むぐっ、そのとおりだな」

 卵焼きの切れ端を飲み下し、戸室も同調した。

「つぎの川北は強敵だ。おまけに、倉橋がいつ復帰できるかも分からん」

「こらこら、誰が復帰できないって?」

 茶碗の水をすすりながら、倉橋は苦笑いする。右手には包帯が巻かれてた。

「二日もすりゃ、腫れは引くだろうよ。さっきは大事を取っただけさ」

「おっと、これは失敬」

 戸室は照れたように笑う。

「……あの、みなさん」

 おずおずと挙手したのは、イガラシだった。

「危機感を持つのは、たしかに必要ですけど。ぜんぶ相手が格下だったからと片づけるのも、少しちがうと思いますよ」

「じゃあ、もっと気楽でいいと言いてぇのか」

 ややムキになる口調で、横井が問い返す。

「そういうわけじゃありませんがね」

 後輩は、やや戸惑ったふうに答える。

「つぎに生かすことを考えるなら、課題ばかりでなく、ちゃんと成果も押さえるべきってことです。たとえば……向こうの先発が引っ込んだ後も、攻撃の手を緩めずに畳みかけられたことは、今日の成果だと言えるでしょう?」

 丸井が「たしかに」と相槌を打つ。

「しかもあの大橋は、いずれ一線級になるピッチャーだからな。それをあそこまで打ち込んだのは、大差がついた後っていうのを差し引いても、胸をはっていいと思う」

「……ううむ、そうは言ってもなぁ」

 苦笑い混じりに、横井は返答した。

「やっぱり、まだ確信は持てねぇよ。なにせ一回勝っただけなんだし」

 その一言に、数人がうなずく。イガラシはもう言い返そうとせず、おかずのシシャモを口に放り込み、モグモグと噛みほぐした。

「ふぅ……食った、食ったぁ」

 傍らで、鈴木が呑気そうな声を発した。ナイン達は「あーっ」とずっこける。イガラシもあやうく吹き出しそうになり、慌てて口元を覆う。

「……そ、そういえば」

 ふと谷口は思い出す。

「まえに練習試合で戦った時、いまの高野というエースは、もうベンチ入りしてたな」

「へ、へえっ!」

 丸井が素っ頓狂な声を発した。

「あの名門で、一年生から準レギュラーだったんですか」

「む。よほど期待されてたやつなんだろう」

 二人の話を受け、倉橋が「そのとおりだ」と発言する。

「もっとも次代を見据えて、有望な一年生をベンチ入りさせるっていう、向こうの方針もあるがな。とはいえ当時から評判は高かったよ。おまけに、あの小野田さんとよく一緒に練習して、いろいろ教わってもいたらしい」

「なるほど……だからって、タマの威力まで似なくてもいいのによ」

 戸室は苦笑いして、さらに尋ねる。

「ついでに……いまのレギュラーのこと、なにか知らないか? まえに対戦した時は、倉橋が相手バッターの特徴をよく知ってたもんで、善戦できたじゃないか」

 相手の質問に、倉橋は「わりぃ」と頭を掻く。

「そこまで細かい話は、仕入れてねぇな。つき合いがあったのは、先代キャプテンの田淵さんの頃まで。一期上の小野田さん達も卒業しちまったし、それ以後はさっぱり」

「……そうか、ううむ」

「打線の特徴なら、見てきたおまえの方が、よく分かるんじゃないか?」

「そ、それがな」

 一年生の高橋と目を見合わせ、戸室は肩を竦める。

「やはりレベルがちがいすぎて、参考にならねーのよ。相手のピッチャー、球威がないうえにボールが浮きがちで、好き放題に打たれてたからな」

「あの……くわしくは、ぼくが説明します」

 おずおずと、高橋が割って入る。やはりメモの紙を広げた。

「全体的に、真ん中から外寄りのボールを、逆らわずに打ち返していました」

「ということは、高橋」

 イガラシが質問する。

「川北のバッターは、インコースを避けてたってことか?」

「ま……数字上は、そうなるんだけどよ」

 渋い顔で、高橋は返答した。

「けど、ほっといても甘いタマがきてたからな。あれじゃ苦手で避けてたのか、打てるのにわざと手を出さなかったのか、判別できないんだ」

「……なるほど」

 谷口は、微笑んで言った。

「よく分析できたじゃないか。さすが高橋は、あの金成中の出身だな。どうりで墨二時代、あのデータ野球に苦しめられたわけだ」

「は、はぁ……ドウモ」

 後輩は照れ笑いを浮かべる。

「……しかし、どっちみち」

 苦々しげに、横井が言った。

「そうそう大量点は、望めないよな。やはり……川北打線をどう抑えるか、なおさら考えておかないと」

「あ……それなら、ぼくが」

 おずおずと挙手したのは、半田だった。こちらは大学ノートを開く。

「秋の大会で、もしかしたら当たるかもって組み合わせだったから、いちおう調べておいたんです。三回戦と、準々決勝の二試合を」

「おおっ、そいつは助かる」

 戸室がそう言って、安堵の吐息をつく。

「出場した選手は、すべての打席を記録しました。これを見れば、各バッターの得意と苦手が、ある程度は分かるはずです」

「ううむ。ある程度……ねぇ」

 一つ吐息をつき、横井は腕組みする。まだ不安そうだ。

「ま、どっちみち……百パーセントかく実な方法なんてものは、ねぇよ」

 倉橋が取りなすように言った。

「谷原の招待野球や、川北との対戦で、もう分かっただろ。たとえ苦手コースでも、そこへ来ると読んでりゃ打ち返せるのが、あのレベルのチームなんだ」

「そ、そうだったな」

 納得したようだが、今度は顔を引きつらせる。

「なーに。そうビビることもねぇだろ」

 声を明るくして、倉橋は話を続けた。

「うちの投手陣だって、いまや格段に成長してる。谷口も松川も、あの西将相手に力投したんだからな。いくら強力打線だからって、そうカンタンにはやられないさ」

「しかし、万が一だな」

「……オイオイ、横井」

 さすがに正捕手は、呆れ笑いを浮かべる。

「んなこと気にしてたら、どことも試合できなくなるぞ」

「……でも、気持ちは分かります」

 溜息混じりに言ったのは、島田だった。

「どうも昨年とは、なにかちがう気がするんですよ。無心で戦おうとしても、ちょっと難しくて。やはりシード校だからでしょうか」

 そうだな……と、戸室が相槌を打つ。

「なんつーか、負けちゃいけないって気持ちが、昨年より強くなったとは思う。それと……今日のコールド勝ちもそうだが、あまりに順調すぎるってのもな」

「ああ、分かります」

 加藤も同調した。

「招待野球で善戦したりして、ずっとのぼり調子ですからね。これが噛み合わなくなった時、どうなるんだろうって考えたりします」

 他の数人も、共感するようにうなずく。

「あ、あの……みなさん」

 見かねたのか、丸井が発言する。

「勝って兜の緒をしめよ、とは言いますけど。なにも……そこまで思い悩まなくたって」

 マズイな、と谷口は胸の内につぶやいた。

 思った以上に、みんな神経質になってる。負けられないという気持ちが強くなりすぎてるんだ。ムリもない、はっきり甲子園を目標に置いたのは、今回が初めてだからな。

 ふと倉橋が、こちらに視線を向けてくる。そして小さくうなずいた。チームの雰囲気に、やはり同じものを感じ取ったらしい。

 手を打つしかないな……と、谷口は決心した。

 

 

3.鬼キャプテン・谷口!?

 

 昼食後は、軽いランニングと柔軟運動、キャッチボールとメニューが進んでいく。そしてベースを敷き、ナイン達はいつも通り、各々の守備位置についた。

「これからシートノックを始めるぞ」

 ノッカーを務める谷口は、力強く声を発した。

「内野は捕ったら一塁送球。外野は中継に返すか、直接バックホームかは、打球によって判断するんだ。ポジションに関わらず、しっかり足を動かすこと。いいな!」

「おうっ」

 ナイン達も快活に応える。

「俺は球出しでもしようか?」

 傍らで、倉橋が問うてくる。

「いや。まず外野の方で、コーチしてほしい。心配なメンバーがいるからな」

「ああ……半田と鈴木ね。リョーカイ」

「後でランナーを置いて、状況を設定する。その時は三塁コーチャーも頼む」

「なんでも言ってくれ。こちとら、今日はヒマなんでよ」

「ありがとう、そりゃ助かる」

 まずライトから、谷口はポジション順にノックを始めた。同じポジションに複数いる時は、その人数分だけ打っていく。また順番を待つ間、暇を与えないように内外野ともボール回しをさせる。

「……つぎ、ショート!」

 二塁ベース寄りに強いゴロを放つ。しかしイガラシは、滑らかなフィールディングで難なく捌いた。送球も速い。

「よし、サード!」

 今度は、上から叩きつけて高く跳ねさせた。一年生の岡村は、鋭くダッシュしてショートバウンドで捕球し、一塁へ素早く送球する。

「いいぞ岡村。だいぶ迷いなく、プレーできてきたな」

 一声掛けると、岡村は「ありがとうございます」と初々しく一礼した。

「つぎは、ピッチャー!」

 マウンド上には、井口が立つ。やはり高いバウントを放った。こちらは素早く後退し、勢いをつけて一塁へ送球する。

「いい判断だぞっ」

 キャプテンの声掛けに、井口は「へへっ」と照れた顔になった。

 こうして三巡目まで打ち終えると、谷口は一旦手を止め、倉橋を呼び戻した。そして「みんなその場で聞け」と指示を伝える。

「以後は、細かく状況を設定していく。いつものようにイニング、アウトカウント、そしてランナーの状況。それらを踏まえて、しっかり頭と体を連動させるんだ」

 ここで三塁コーチャーに入った倉橋が、詳しく補足する。

「たとえば一塁三塁で内野ゴロなら、バックホームするのか、ダブルプレーを狙うのか、あるいは確実にアウトを増やすのか。なにが正解かは、試合展開や相手との力関係で変わる。いまどうすべきか、お互いで必ず確認するんだぞ」

「おうよっ」

「分かりました!」

 ナイン達は、はりきって返事した。

 谷口は、まずイガラシを三塁へ、岡村を一塁へそれぞれランナーとして立たせる。それに伴い、空いたサードに松川、ショートには横井が入った。

「もちろんランナーも守備も、交替ずつだからな」

 そう告げて、さらに設定を付け加える。

「ええと……まず初回のノーアウト、もちろん両チーム得点なし。相手投手から四、五点は取れると考えてくれ。ただし打線はチカラがある」

 横井がすぐに「ならアウト優先だな」と答える。

「一点を惜しんでオールセーフにでもしちまったら、相手は調子づく。ここは最少失点で切り抜けて、後の反撃につなげる方が賢明だ」

 他の内野陣も「異議なし」「それでいきましょう」と賛同する。

 谷口は、ショート正面に速いゴロを打った。横井はこれを捕球すると、すかさず二塁へ送球。しかしイガラシがスタートを切った。それでもベースカバーの丸井が転送し、六-四-三の併殺が完成する。

「フフ、これでいいだろ」

 得意げに笑う横井に、倉橋が「五十点だな」と辛辣に言い放つ。

「な、なんでよ」

「おまえダブルプレーを取ることしか、アタマになかったろ。いまの打球のスピードじゃ、三塁ランナーをけん制してからでも、じゅうぶん間に合うはずだぜ」

「ぼくもそう思います」

 三塁ベースに戻りながら、イガラシも同調した。

「横井さんがこちらを見向きもしないので、躊躇なくスタートが切れました。いくら取り返す自信があるからといって、カンタンに点をやっちゃダメです。序盤でこういうスキを見せると、後でつけ込まれますよ」

「そ、そうだな……ハハ」

 バツの悪そうに、横井は苦笑いを浮かべる。

 しばらく同じ条件で、内外野へと打ち分けていく。始めは戸惑っていたナイン達も、やがて互いに確認し合い、柔軟に判断してプレーできるようになってきた。

「……ようし、ちょっと変えるぞ」

 谷口は、設定を一部変更した。

「試合は進んで八回裏、こっちが三点リードしている。ランナーはさっきと同じ、ノーアウト一塁三塁の状況だ」

 そう告げて、今度はサードへ速いゴロを放つ。

 松川は、やはりイガラシには目をくれず、捕球すると素早く二塁へ送球した。すかさず丸井が転送し、またも鮮やかなダブルプレーが決まる。

「横井!」

「お、おうっ。なんだよ谷口」

 ふいに呼ばれ、横井は一瞬びくっとした。

「いまの松川の判断、どう思う? さっきと同じくランナーをけん制しなかったが」

「ううむ……これは、正しいと思う」

 戸惑いながらも、すぐに返答する。

「どうして?」

「だって、もう終盤じゃないか。ここは一点取られたとしても、ランナーをなくしちまった方が、相手を焦らせられるだろ」

 谷口は、深くうなずいた。

「さすが横井。うちで長く、レギュラーを張ってるだけあるな」

「い、いやぁ。それほどでも」

 現金な反応に、周囲は「あーっ」とずっこけた。

「……ふふっ、横井のやつ」

 ふいに倉橋が、意味深な笑みを浮かべる。

「ほかの連中も。いつまでそう、笑っていられるかな」

 

――それから、およそ二時間半が経過した。

 

 グラウンド上から、苦しげな吐息が漏れてくる。ナイン達は、誰もが肩を上下させ、全身から汗が噴き出していた。ここまで一切休憩は取られていない。

「……き、キャプテン。ちとタンマ」

 息を荒げながら、丸井が発言する。さすがに堪りかねたらしい。

「これ、いつまで……続けるつもりです?」

「なにを言ってる」

 谷口は、わざと突き放すように言った。

「状況は、限りなくあるんだぞ。これぐらいで止められるはずないじゃないか」

 丸井が顔を引きつらせる。ナイン達は「えーっ」と、悲鳴のような声を発した。

 

 

 営業用の軽トラックを走らせながら、田所は逸る気持ちを抑えられずにいた。

「くそっ、もう四時前かよ。あのバァさん、何度言っても洗濯機のスイッチの場所、覚えられねぇでやんの。おかげで、すっかり時間くっちまった」

 ラジオからは今、流行りだというピンクレディの「UFO」が流れてくる。

「近頃の歌謡曲は、シャレてやがる。今度カセットでも買ってやろうかな。これを聴けば、あいつら気分転換になるかも……なんてノンキに考えてる場合じゃないか」

 ほどなく曲が終わり、ニュースへと切り替わる。

――つぎは、連日熱戦が続く高校野球と大会の結果をお伝えいたします。

「わっと」

 あやうくブレーキを踏みそうになる。朝から営業で飛び回っていたから、まるで情報を仕入れていない。相手との力関係からして、勝っただろうと思ってはいるが、やはり結果を聞くまでは不安なものだ。

「た、たのむ……勝っててくれよ。でないと、どんな顔して連中と会えばいいか」

――また、荒川球場の三試合では、こちらもシード校の墨谷が登場。城東相手に力の差を見せつけ、十九対〇。五回コールドで初戦を飾りました。木曜日の四回戦では、同じくシード校川北との対決に臨みます。

「じ、十九対ゼロだとっ」

 予想外の結果だった。思わず「ハハ」と、声を上げて笑ってしまう。

 あ、あいつら……とんでもなく強くなってやがる。城東なんて、俺が現役の頃には、まだまだ強敵だったってのに。こりゃ、ますます次戦以降が楽しみだぜ。

 やがて墨高に到着する。裏門から入り、駐輪場の手前に停車した。テニスコートの脇を抜け、野球部のグラウンドへと向かう。

「……え、オイオイ」

 グラウンドの光景に、田所は言葉を失う。三塁側のベンチ周辺で、ナイン達は大の字に転がり、息を荒げている。

「ゼイゼイ……も、もうダメ」

「し、死ぬぅ……」

 そんな声が、漏れ聴こえてくる。

「な、なにしてんのよ」

 すぐに倉橋が駆けてきた。

「田所さん、こんちわっ。来てくれたんスね」

 こちらは呼吸を乱していないが、右手に包帯を巻いている。

「や、やぁ……っておまえさん、手はどうしたのよ」

「ああ、これですか。試合でちょっと当てられちゃいましてね」

「す、すると……次戦は厳しいんじゃ」

「それはご心配なく。今日のところは、大事を取っただけです」

「う、うむ。ならいいんだが」

 ひとまず安堵する。そしてすぐに、眼前の光景へと話が及んだ。

「午後から三時間近く、シートノックをやってます」

「さ、三時間だとっ」

「ええ。いちおう間に五分ずつ、二回休憩は挟んでますけど」

「たった五分か! それでなくても、連日みっちりメニューをこなしてたってのに。ここへ来て、ますますハードにしちゃってだいじょうぶなのか」

「ま、つぎの試合まで中三日ありますから」

「だとしても……ちとやりすぎじゃないのか。大会期間中だぞ」

 倉橋は「そうですね」と苦笑いを浮かべる。

「じつは俺も、そう思うんですけど。谷口のやつ、一度こうと決めたら、テコでも曲げませんから。田所さんも、よく知ってるでしょう」

「む、それはそうだが……」

 戸惑いながらも、倉橋と連れ立ってナイン達へ歩み寄る。

「……せ、センパイ。こんちわっ」

「た、田所さ……ゼイゼイ」

 何人かが起き上がろうとするのを、慌てて制す。

「い、いやっ……このままでいい。ちゃんと休んでろ」

「……ど、ドウモ」

 ナイン達の中心に、谷口は体育座りの姿勢で佇んでいた。そして静かに口を開く。

「みんな聞いてくれ。どうしてこんなに、ハードな練習をしなきゃいけないのか、きっと疑問に感じている者もいると思う。それをいまから説明したい」

 キャプテンの言葉に、丸井やイガラシら、数人が上半身を起こす。

「言うまでもなく、これから相手はどんどん強くなる。ということは、試合において厳しい局面も、必ず出てくるということだ。どうやってそれを乗り越えるか」

 一つ吐息をつき、話を続ける。

「なにより大事なのは……必ずどうにかしてやるという気持ち、挽回できるという自信だ。これはもう、厳しい練習を乗り越えることでしか、身につかない」

「……へへっ」

 笑い声を上げたのは、イガラシだった。

「さすがキャプテン。いくら技りょうだの戦じゅつだのと言っても、最後はどうしたって、気力の支えが必要ですからね」

 そう言ってグラブを拾い、立ち上がる。

「あまり長く休むと、かえって疲れますよ。さっさと再開しましょう」

「ふん……ちとシャクだが、おまえの言うとおりだ」

 丸井も同調し、後に続く。二人で先導するようにポジションへ向かう。

「ははっ、言ってくれるぜ」

 快活に笑い、横井が跳ねるように体を起こす。

「下級生にああまで言われたら、われわれ三年生としても、黙ってられないよな」

 まったくだ、と戸室が相槌を打つ。

「しゃーない。どうせこうなることは、分かってたんだ」

 立ち上がり、周囲に声を掛ける。

「ほら、時間だぞ。もう少しの辛抱だ」

「みんな起きろ。あまり寝転んでると、体が動かなくなるぞ」

 横井と戸室に促され、他のメンバーも重い体を起こしていく。

「……は、はい」

「がんばらなくちゃ」

 田所は、ただ呆然と立ち尽くしていた。キャプテン谷口の覚悟と、それに応えようとするナイン達。もはや口を挟む余地はない。

 やがて全員が、ポジションにつく。なお谷口はノッカーを、負傷の倉橋は三塁コーチャーを、それぞれ務めるようだ。また、三人のランナーを置くようだ。

「相手は川北。二点ビハインドの八回裏、ワンアウト満塁だ」

 谷口が状況を指定し、すぐにバットを振るう。

 ファーストへ高いバウントのゴロが弾んだ。加藤はこれを捕球して一塁ベースを踏むと、すかさず二塁へ送球。際どいタイミングながら、三-三-四のダブルプレーが完成する。

「加藤!」

 返球を受け取り、谷口が問い掛ける。

「いまなぜ、バックホームしなかったんだ? たしかにタイミングは際どかったが」

「終盤で、二点負けてるからです」

 加藤は確信ありげに答えた。

「劣勢の流れを変えるためには、思い切ったプレーが必要です。成功すれば……勢いを得て反撃につなげられます」

「いいぞ加藤、そうやって試合の流れを読んでいくんだ」

 す、すげぇ……と田所は溜息をつく。

 心身ともに追い込んでるのか。こんな練習を考えつく谷口もさすがだが、ついていく連中も大したもんだ。よほどの覚悟がないと、こういうことはできねぇ。

 それでも、やはり限界はくる。

 数分も経たないうちに、少しずつナイン達の足が止まり、さっきまで捕れていた打球を逃すようになる。そして谷口自身も、だんだん狙った所へ打てなくなっていく。

「……た、谷口。もうこれ以上は」

 さすがに見かねて、声を掛ける。

 谷口は一旦ノックの手を止め、ナイン達へ「その場に座ってくれ」と指示する。練習を終えるのかと思いきや、こちらにノックバットを差し出した。

「しばらく、ぼく一人で受けます。ノックを代わっていただけますか」

「え……そ、そんな。おまえだって疲れてるだろ」

「お願いしますっ」

 鋭い眼差しに気圧され、田所はバットを受け取る。谷口は他のナイン達が見守る中、サードのポジションにつき、力強く「さぁ来いっ」と掛け声を発した。

 むぅ……ええいっ、ままよ!

 半ば自棄になり、田所はノックを打ち始めた。強いゴロ、弱いゴロ、高いバウンド。どんな打球にも、さすがにキャプテンは喰らいついていく。

「……ヒッ!」

 閃光のようなバックホーム。受けるキャッチャー根岸が、怖じた声を発した。

「な、なんて速い送球なんだ」

 そうして二十球近く打ち込んだ頃だろうか。ふいに「タンマ!」と声が発せられる。その主は、やはりイガラシだった。

「ハァハァ……な、なんだ?」

 立ち上がり、サードへ駆け寄っていく。

「これじゃ不十分ですよ。シートノックですし、ちゃんと連係プレーも入れないと」

「あ……うむ、そうだな」

「ぼくが二塁ベースに入るので、そこへも投げてください」

 すると後方から、丸井が「おいイガラシ」と怒鳴る。

「ま、丸井さん」

「サードゴロの時、おまえが毎回ベースに入るつもりか?」

「い、いえ……そういうわけじゃ」

「だったら俺も混ぜろ。試合とちがう動きをすると、変なクセがついちまうぞ」

「は……はい。分かりました」

 先輩の気持ちを察してか、イガラシはくすっと笑う。

「キャプテン、すぐに一塁送球ってこともあり得ますよね!」

 加藤までそう告げて、ファーストベースについた。他のナイン達も「やれやれ」と腰を上げ、それぞれのポジションに戻っていく。

「あーあ、けっきょく全員が……」

 キャプテンはつぶやき、頬をぽりぽりと掻いた。

「みんな疲れてるようだから、少し休ませようと思ったのに」

 笑いを堪えながら、田所は「バカヤロウ」と怒鳴る。

「た、田所さん……」

「リーダーのそんな懸命な姿を見せられたら、周りも休んじゃいられないだろう。ちったぁ自覚しやがれ」

「は、はぁ……そんなものですか」

 キャプテンの素朴すぎる返答に、田所は「はりゃっ」とずっこける。

「それより田所さん」

 レフトのポジションから、横井がおどけて言った。

「まだノック、ちゃんと打てるんスね」

「あ……当たり前だろ。元キャプテンをナメるんじゃねぇ」

 谷口に頼まれ、こっそり練習していたことを、しいて話すつもりはない。

「しかし、はり切ってケガされちゃ、また仕事に響きますよ」

「ムッ。こら横井、てめぇまたヒトをからかいやがって」

 OBの分かりやすい反応に、数人が「ププッ」と吹き出す。

「こうなりゃ諸共だ。覚悟しろ、おまらっ」

 根岸からボールを受け取り、バットを構える。

「いくぞ!」

 田所の掛け声に、ナイン達は「おうっ」と力強く応えた。

 

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<高校野球>沖縄県勢有力校・三行キャッチコピー集(興南、沖縄尚学、沖縄水産、美里工業……)

 

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沖縄県勢有力校・三行キャッチコピー】

 

興南

(その1)島人の夢を叶えた夏の甲子園初優勝&春夏連覇!!

(その2)「出る・進める・返す」野球をよく知るチーム

(その3)プロ野球選手も多数輩出!

 

沖縄尚学

(その1)沖縄県勢甲子園優勝&二度の選抜制覇!!

(その2)洗練された守備と堅実な攻撃

(その3)最近では泥臭さも身に付け、さらなる躍進の期待大!

 

沖縄水産

(その1)伝説の夏の甲子園・二年連続準優勝!!

(その2)上原忠監督の下、有望選手が集結

(その3)打線の破壊力は県内屈指!

 

浦添商業>

(その1)夏の甲子園・二度のベスト4!!

(その2)「闘志前面」「凡事徹底」のスローガンが印象的

(その3)浦商サンバの迫力ある大応援!

 

八重山商工

(その1)離島勢初の春夏甲子園出場!!

(その2)バントしない超攻撃的野球で甲子園を席捲

(その3)プロ野球選手も複数輩出!

 

<美里工業>

(その1)県勢の工業高校・唯一の選抜出場校!!

(その2)県立校とは思えないほど洗練された野球

(その3)元気いっぱいの全力プレーは、高校野球の原点!

 

<中部商業>

(その1)二度の夏の甲子園出場。打力は立派に全国レベル!!

(その2)00年代に猛威を振るったパワー野球

(その3)現在、プロ野球で活躍する人材を複数輩出!

 

糸満

(その1)春夏一度ずつの甲子園出場!!

(その2)上原監督離任後も、有力校の地位を堅持

(その3)プロ野球選手を複数輩出!

 

首里

(その1)県勢初の甲子園出場&初勝利!!

(その2)伝説となった「甲子園の土」

(その3)県大会では、意外にも“劇場型”チーム

 

<名護>

(その1)本土復帰の年の春夏甲子園出場!!

(その2)「県立三中」の伝統を引き継ぐ

(その3)甲子園大会における県勢初のホームラン!

 

宜野座

(その1)“21世紀枠の申し子”初出場で選抜ベスト4!!

(その2)普通県立校としては数少ない「二度の選抜出場」

(その3)「宜野座カーブ」「巧みなバント戦法」が魅力!

 

<本部>

(その1)令和初の21世紀枠候補に!!

(その2)沖尚、宜野座ら“強敵撃破”の過去アリ

(その3)“補食”などユニークな取り組みが話題に!

 

<嘉手納>

(その1)「基地の街のヒーロー」春夏一度ずつの甲子園出場校!!

(その2)“超攻撃野球”で甲子園優勝経験校撃破

(その3)興南、沖水ら“本命キラー”の顔!

 

<美来工科>

(その1)春夏甲子園出場にあと一歩まで迫る!!

(その2)県大会上位進出の常連

(その3)沖尚・興南の私学二強を度々苦しめる!

 

那覇

(その1)“意外性野球”で夏の甲子園出場!!

(その2)「県立二中」の伝統を引き継ぐ

(その3)県勢初の選抜出場&甲子園初得点!

 

那覇商業>

(その1)春夏甲子園出場の実績アリ!!

(その2)夏の甲子園にて、強豪・横浜撃破の金星

(その3)最盛期の沖水、浦商、沖尚と激闘を繰り広げる!

 

<北山>

(その1)プロ野球選手を複数輩出!!

(その2)沖尚・興南の私学二強を度々苦しめる

(その3)大型投手の力投光る!

 

豊見城

(その1)県勢初の選抜8強&夏の甲子園三年連続8強!!

(その2)東海大相模との“伝説の死闘”

(その3)石嶺和彦プロ野球選手を複数輩出!

 

<前原>

(その1)夏の甲子園、二度出場!!

(その2)ユニフォームが侍ジャパン浦和学院ぽくてカッコイイ

(その2)しばしば好投手輩出。96年夏は「デージ調子のいい」金城の力投!

 

宮古

(その1)最盛期の豊見城沖縄尚学浦添商業ら強豪を度々苦しめる!!

(その2)荒削りながら迫力ある打線

(その3)スラッガーを度々輩出

 

 

平成三十年間の全沖縄県代表・一行寸評(興南、沖縄尚学、沖縄水産、八重山商工……)

 

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【平成三十年間の全沖縄県代表・一行寸評】

 

<平成元年>

 

選手権大会:石川(二回戦敗退・0勝)

―― 二強を抑えての出場も、昭和50年“逆転サヨナラホームラン”の雪辱ならず!

 

<平成二年>

 

選手権大会:沖縄水産(準優勝・5勝)

―― 伝説となったレフトへの大飛球。沖縄勢初の決勝進出!

 

<平成三年>

 

選手権大会:沖縄水産(準優勝・5勝)

―― 大野倫疲労骨折を押しての粘投。夢へあと一歩・二年連続準優勝!

 

<平成四年>

 

選抜大会:読谷(一回戦敗退・0勝)

―― 両軍合計二十九点(スコア11-18)! 壮絶な乱打戦の末敗退……

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 開幕試合・延長戦の激闘制す。後の躍進を予感させる、神奈川勢撃破の健闘!

 

<平成五年>

 

選手権大会:浦添商業(一回戦敗退・0勝)

―― 新興勢力、次々に台頭。初戦敗退も、四年後の躍進の布石!

 

<平成六年>

 

選抜大会:那覇商業(一回戦敗退・0勝)

―― 県勢三年ぶりの選抜出場も、初戦で完敗……

 

選手権大会:那覇商業(三回戦敗退・1勝)

―― 初出場で強豪・横浜を破る大金星! 三回戦で優勝校に惜敗……

 

<平成七年>

 

選手権大会:沖縄水産(二回戦敗退・0勝)

―― なぜか苦手な山形勢。好機にあと一本が出ず……

 

<平成八年>

 

選抜大会:沖縄水産(二回戦敗退・1勝)

―― 初の選抜勝利も、智辯和歌山の剛腕・高塚の前に惜敗!

 

選手権大会:前原(二回戦敗退:0勝)

―― 緊迫した投手戦も、九回にサヨナラ負け!

 

<平成九年>

 

選抜大会:浦添商業(一回戦敗退・0勝)

―― 強豪に善戦も、キャッチャーの負傷退場が響き敗退……

 

選手権大会:浦添商業(準決勝進出・4勝)

―― 智辯和歌山と白熱の死闘。サヨナラ負けも「最高の敗者」と讃えられる!

 

<平成十年>

 

選抜大会:沖縄水産(一回戦敗退・0勝)

―― 史上最強との呼び声も、失策が響き初戦敗退……

 

選手権大会:沖縄水産(一回戦敗退・0勝)

―― 剛腕・新垣渚、逆転ツーランに沈む。優勝候補の沖水・まさかの春夏未勝利!

 

<平成十一年>

 

選抜大会:沖縄尚学(優勝・5勝)

―― PLを破るなど快進撃。「長い間」県民が待ちわびた、悲願の甲子園初制覇!

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 満身創痍のエース、力尽きる……。夏優勝の夢は、後輩達へ託される!

 

<平成十二年>

 

選手権大会:那覇(三回戦敗退・1勝)

―― 野球とは意外性のスポーツ! 常識を覆した戦法で爪痕を残す!!

 

<平成十三年>

 

選抜大会:宜野座(準決勝進出・3勝)

―― 21世紀枠の申し子・宜野座快進撃! 巧みなバント、宜野座カーブ炸裂!

 

選手権大会:宜野座(二回戦敗退・1勝)

―― 選抜で完敗した仙台育英に、同スコアで痛快リベンジ!

 

<平成十四年>

 

選手権大会:中部商業(一回戦敗退・0勝)

―― 復帰三十年の記念の年。帝京相手に壮絶な乱打戦、爪痕は残す!

 

<平成十五年>

 

選抜大会:宜野座(一回戦敗退・0勝)

―― エース故障の不運。宜野座カーブと強力打線で追撃も、一歩及ばず。

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 金城監督最後の年。好投手・広岡の力投光る!

 

<平成十六年>

 

選手権大会:中部商業(二回戦敗退・0勝)

―― 満塁ホームランで追撃も、守乱が響き大敗。

 

<平成十七年>

 

選抜大会:沖縄尚学(準々決勝進出・2勝)

―― 初戦で剛腕・柳田(青森山田)を粉砕!強打の沖尚を印象付ける。

 

選手権大会:沖縄尚学(二回戦敗退・1勝)

―― 二年連続で酒田南に敗れる。やはり相性の悪い山形勢……

 

<平成十八年>

 

選抜大会:八重山商工(二回戦敗退・1勝)

―― 離島勢初の甲子園出場。優勝した名門・横浜を崖っぷちまで追いつめる!!

 

選手権大会:八重山商工(三回戦敗退・2勝)

―― 初戦の痛快な逆転劇! 沖縄勢十年ぶりとなる夏2勝を挙げる。

 

<平成十九年>

 

選手権大会:興南(二回戦敗退・1勝)

―― 名将・我喜屋優監督登場。前年秋・初戦コールド負けからの甲子園1勝!

 

<平成二十年>

 

選抜大会:沖縄尚学(優勝・5勝)

―― 東浜巨の快投! あの初優勝以来、県勢二度目の選抜制覇。

 

選手権大会:浦添商業(準決勝進出・4勝)

―― 選抜優勝校撃破の勢いに乗り11年ぶり快進撃。凡事徹底、全力プレー!!

 

<平成二十一年>

 

選抜大会:興南(一回戦敗退・0勝)

―― 島袋洋奨・19奪三振の鮮烈甲子園デビュー!初戦敗退もインパクト残す。

 

選手権大会:興南(一回戦敗退・0勝)

―― 大分の怪童・今宮健太vs島袋の迫力満点の対決! 悔しい逆転負け……

 

<平成二十二年>

 

選抜大会(その①):嘉手納(一回戦敗退・0勝)

―― “基地の街のヒーロー”見参! 完封負けも全力プレーを披露。

 

選抜大会(その②):興南(優勝・5勝)

―― 琉球トルネード・島袋ついに覚醒。“貧打興南”と言われた打線、大爆発!

 

選手権大会:興南(優勝・6勝)

―― 伝説となった夏。沖縄県民の悲願、夏の甲子園優勝を春夏連覇で叶える!!

 

<平成二十三年>

 

選手権大会:糸満(一回戦敗退・0勝)

―― 初戦敗退も、後の“ハマのリードオフマン”神里・全国デビュー!

 

<平成二十四年>

 

選手権大会:浦添商業(三回戦敗退・2勝)

―― 沖縄野球健在! 優勝候補、愛工大名電を破る金星を挙げる。

 

<平成二十五年>

 

選抜大会:沖縄尚学(一回戦敗退・0勝)

―― 優勝した08年以来の復活出場も、開幕戦の重圧に押しつぶされ大敗。

 

選手権大会:沖縄尚学(三回戦敗退・1勝)

―― 一勝止まりも、2年生右腕・山城大智が台頭。翌年へ期待ふくらむ。

 

<平成二十六年>

 

選抜大会(その①):美里工業(一回戦敗退・0勝)

―― 甲子園常連校相手に健闘。終盤まで優位に進めるも、八回裏に悪夢の逆転負け。

 

選抜大会(その②):沖縄尚学(準々決勝進出・2勝)

―― 08年以来の八強も、伏兵・豊川の打力に完敗。

 

選手権大会:沖縄尚学(準々決勝進出・2勝)

―― 選抜と同じく準々決勝で力尽きるも、チームとして初の夏2勝。

 

<平成二十七年>

 

選抜大会:糸満(一回戦敗退・0勝)

―― 初の“甲子園での校歌”を目指すも、老獪な天理に完敗。

 

選手権大会:興南(準々決勝進出・2勝)

―― 興南、ついに復活! 関東一・オコエの一発に沈むも、健闘の八強進出。

 

<平成二十八年>

 

選手権大会:嘉手納(三回戦敗退・1勝)

―― 甲子園経験校を次々に下しての夏初出場。一勝止まりも、強打を印象付ける。

 

<平成二十九年>

 

選手権大会:興南(一回戦敗退・1勝)

―― 1年生左腕・宮城大弥初の甲子園は、智辯和歌山の猛打に悔しい逆転負け。

 

<平成三十年>

 

選手権大会:興南(三回戦敗退・1勝)

―― 前年のリベンジを期す興南・宮城。初の初戦突破も、三回戦で完敗。

 

※<令和元年>

 

選手権大会:沖縄尚学(一回戦敗退・0勝)

―― 初戦敗退も、選抜準優勝・習志野と大激戦。沖尚、復活の契機となるか!?

 

【野球小説】続・プレイボール<第23話「たくましい墨高ナイン!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第23話 たくましい墨高ナイン!の巻
    • 1.乱闘勃発!?
    • 2.松下の焦り
    • 3.猛攻
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 


 


 

 

 

第23話 たくましい墨高ナイン!の巻

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1.乱闘勃発!?

 

「……ちきしょう、ムリだったか」

 屈み込んだまま、倉橋が唇を結ぶ。右手をだらりと下げていた。

「た、タイム!」

 谷口は三塁塁審に合図して、さっと駆け寄る。

「倉橋……ああっ、これは」

 右手の指先が、赤く腫れている。さっき死球を受けた箇所だ。打撲なら数日で治るだろうが、もし骨折だと今後の出場自体が危ぶまれる。いずれにしろ、この試合は交代せざるを得ない。

「スマン、よけそこねちまって」

 倉橋が苦笑いする。

「なに言ってる。これは不可抗力だ、しかたないさ」

「……ち、ちょっと」

 ふいに背後から、井口がのぞき込んでくる。

「さっきぶつけられたやつスね。あのピッチャー、やりやがったな」

 後輩は「うーっ」と唸るような声を発した。バカ、と倉橋が突っ込む。

「不可抗力だと言ったろう。井口おまえ……こんなんでアタマにきて、自分のピッチングができなくなったりしたら、元も子もないぞ」

「う……は、はぁ」

 倉橋は、自らアンパイアに交代を告げ、ベンチに下がった。半田から氷袋を受け取り、患部に当てる。その眼差しが、無念そうにグラウンドへと向く。

 代わりにマスクを被るのは、根岸だ。慌てて準備を始めている。

 谷口が振り向くと、井口はマウンド上で、足元の土を蹴り上げた。なにやらブツブツつぶやきながら、目を三角にしている。

 マズイな、と谷口は思った。倉橋の退場は痛いが、それ以上に井口が心配だ。あの様子では、だいぶ頭に血が昇っている。これで調子を崩すようなら、早めの交代も考えないと。

 一声掛けようと思った時、イガラシがマウンドへ走り寄った。

「おい井口。怒るのは分かるが、それをプレーにぶつけろよ」

「……う、うむ」

「俺も正直アタマにきてる。おまえのピッチングで、すかっとさせてくれ」

 いいタイミングで声かけてくれたな、と谷口は目を細める。倉橋の退いた今、こういうイガラシの気配りは、本当にありがたい。

 やがて捕手用プロテクターを装着した根岸が、ベンチから駆けてきた。

「キャプテン、準備できました」

 快活に言うので、少し安堵する。

「む。急な出場ですまないが、気楽にな」

「ええ……しかし、そうも言ってられないでしょう。井口があの様子ですし」

 谷口は苦笑いした。あんな態度を見せては、誰だって気づく。

「ま、それは上級生がフォローしていく。おまえはキャッチングに集中してくれ」

「分かりました!」

 力強く返事して、根岸はホームベース奥に立った。そして声を張り上げる。

「バッター四番からです。みなさん、しまっていきましょーっ」

 一年生捕手の初々しい掛け声に、ナイン達は「おうっ」と応えた。

 

 

 マウンド上。はらわたが煮えくり返るのを、井口は抑えられずにいた。

 あ、あの松下ってヤロウ……よくも倉橋さんを! キャプテンの同窓だかなんだか知らんが、こっちが黙ってりゃ調子に乗りやがって。目にモノ見せてやるっ。

 回の先頭打者は、その松下からだ。右打席に入りスパイクで足元を均すと、他の打者と同じくベース寄りに立ち、バットを寝かせる。

「ふん、四番のくせにバスターか。いつまでも小賢しいテを使ってんじゃねーよ」

 井口は振りかぶり、第一球を投じた。快速球が打者の肘付近を襲う。

 バシッ。松下は大きく上体を仰け反らせたが、よけきれず二の腕を掠めた。アンパイアが「デッドボール!」と告げ、一塁ベースを指さす。

「わりぃ、引っかけちまった」

 白々しく弁解する。

「おい井口。いい加減、落ち着けよ」

 セカンドの丸井が声を掛けてくる。

「は、はい。以後気をつけます」

 通り一遍の返事をした。丸井は「ほんとだな?」と、疑わしそうに睨む。

 その時だった。ふいに根岸がタイムを取り、マウンドに駆け寄ってくる。なんだよコイツも説教する気か……と思いきや、相手は思わぬ言葉を発した。

「こら井口。てめぇ中途半端なコト、してんじゃねぇよ」

「おう……へっ? いまなんつった」

「袖をかすめるぐらいで、仕返しになるかっ。やるなら顔か背中だろ!」

「はぁ? ま、まて根岸」

 つい間の抜けた声を発してしまう。

「いくらなんでも顔はマズイだろ」

「じゃあ背中だ。つぎの五番は同じ一年だし、遠慮することはねぇ。向こうが二度とナメた真似できねぇように、やっちまえよ」

「む、気持ちは分かるが……あいにく俺は左投げだ。右バッターの背中には、ちと投げづれぇんだよ。さっき当てた本人にやり返したから、やつらも十分ビビってるだろ」

「んだよおめぇ。見かけによらず、根性ねーな」

 さすがに、井口は苦笑いする。

 まったく、なんで俺がなだめなきゃなんねぇんだよ。ふつうピッチャーを落ち着かせるのが、キャッチャーの役目だっつうに。これじゃ、あべこべじゃないか。

「もういいから帰れ。肩が冷えちまう」

「ちっ。しょーがねぇな」

 がしっと土を蹴り上げ、根岸は踵を返す。

 なんだよアイツ。ただのお調子者かと思ってたら、こんなに気が短かったとは。俺よりガラの悪いやつ、初めて見たぜ。あんなんでリードなんてできるのかよ。

 続く五番打者は、大橋という一年生だ。中学野球の名門・青葉学院の出身である。

 井口は、この大橋と面識があった。昨年の中学選手権の予選にて、大橋のいた青葉と井口率いる江田川は、準決勝で対戦。その時は、江田川が完勝を収めている。

 因縁にこだわっているのか、大橋はこちらを睨んだ。井口はムッとして、睨み返そうとするが、その前に根岸が座ったままマスクを取る。

「おい、そこのノッペリづら」

「……の、のっぺりだと?」

「いきなりヒトを睨みつけて、どういう了見だ。ガラ悪いぞ」

 アンパイアが「さっさとマスクを被りなさい」と注意する。

 井口は溜息をついた。ガラ悪いのは、おめぇだよ……とひそかにつぶやく。後方で「あのバカなにやってんだ」と、丸井が青筋を立てる。

「こら井口。おまえが根岸をたきつけたんだろっ」

「そ、そんな丸井さん……」

 慌てて首を横に振る。

 ようやく根岸がマスクを被り、サインを出す。これは倉橋と同じものだ。間違っちゃいないだろうなと不安に思いながらも、井口は投球動作へと移った。

 初球。大橋はバットを寝かせると、それを引きながら捕手のマスクにぶつける。明らかな挑発行為だ。こんニャロ、わざとやりやがったな……と、井口は詰め寄りかけた。

 その時、根岸が右手のひらを「まて」と言いたげにかざす。された本人が一番激高しそうなものだが、今回に限ってそれをしない。井口は、かえって不気味に感じた。

 あいつ……後でまとめて仕返ししてやろうとか、思っちゃいめぇな。

 そして二球目、一塁ランナーの松下がスタートを切る。根岸が二塁へ送球しようとすると、大橋はファースト側へつんのめり、捕手の視界を塞ぐ。しかし一年生捕手は、構わずスローイングした。

「……ぐっ」

 ボールは至近距離で、大橋の背中を直撃した。相手はその場にうずくまる。

 根岸はマスクを脱ぎ、平然と立ち上がった。そして大橋を一瞥もせず、傍らのアンパイアに尋ねる。

「守備妨害じゃありませんか?」

「いや、故意とは認められない」

「分かりました……だとさ、ノッペリづら。痛い思いした甲斐があったな」

「……こ、このヤロウ」

 大橋は起き上がると、根岸の胸倉をつかんだ。

「きさまっ。ヒトにぶつけといて、なんて言い草だ」

「はぁ? 陳腐なラフプレーしかできないくせに、どの口がぬかしやがる」

「なんだと!」

 慌ててアンパイアが、試合を止める。それと同時に、両チームの選手達がベンチから飛び出し、グラウンドに入り乱れる。

 いまにも殴り掛かろうとする大橋を、松下が「落ち着け」と引き離す。根岸は早くも冷静さを取り戻したと見え、自分からその場を離れた。

「おい! 送球を当てておいて、あやまりもしねぇのか」

「よく言うぜ。初回から、危険球ばかり投げやがって」

 血の気の多い者が、あちこちで言い争いを始める。それを数人が止めに入った。双方の応援団が陣取る内野スタンドも、騒然としてくる。

「……や、やめんか!」

 アンパイアが一喝した。

「ここをどこだと心得る。神聖なグラウンドで、事もあろうにののしり合いを始めるとは、不徳がすぎるぞ。日頃の練習の成果をぶつけるために、ここへ来たんじゃないのかね!」

 さすがに両軍ナインは、静まり返る。

「手は出さなかったようだから、いまは注意に留める。しかし、今後もしスポーツマンシップに反する言動がなされた場合、その限りではない。退場させられたくなかったら、お互いフェアプレーを心がけたまえっ」

 どうにか事なきを得たことに、井口は安堵する。ただどうしても、相手に一言伝えたいことがあった。ランナーに戻ろうとする松下を「あ、ちょいと……」と呼び止める。

「なんだい?」

 松下は意外にも、穏やかな目で応じた。

「あの……やりすぎたのは、悪かったです。けど、主力がケガさせられちまったら、そりゃ腹も立ちます。そこんとこ、分かってくれませんかね?」

「うむ、きみの言うとおりだ。すまなかった」

 神妙にうなずき、相手エースは踵を返す。

 

 

2.松下の焦り

 

 まだ球場内がざわめく中、イガラシは小走りにポジションへと帰る。

 やるじゃないか根岸。たしかに井口の気性を考えりゃ、言って聞かせるよりも、ああするのがベターかもな。ま、ちと……やりすぎだが。

 くすっ、と含み笑いが漏れた。

「こ、これ。笑いごとじゃないぞ」

 傍らで、谷口がたしなめてくる。

「あと少しで乱闘になるトコだったんだからな」

「まぁまぁ。突っかかってきたのは向こうですし、こっちは誰も手を出さなかったんですから。それに……キャプテンも気づいてたのでしょう?」

 尋ねてみると、相手は「まあな」と苦笑いした。

「だと思いましたよ。いつものキャプテンなら、とっくに止めてるはずですものね。それでぼくも、あえて静観してました」

「む。しかし誤解してる者もいるだろうから、念のため確認しようと思う」

「ええ、それが賢明ですね」

 谷口はタイムを取り、内野陣をマウンドに集める。

「あ……ほら根岸、おまえもだよ」

 加藤に促され、根岸が少し遅れてやって来た。

「まったく。開いた口がふさがらないぜ」

 やはり丸井が、説教を始める。

「キャッチャーの役目は、ピッチャーも含めてチームを盛り立てることだろ。一番おまえが冷静さを失って、どうすんだよっ」

 根岸はバツの悪そうな顔で、黙って聴いている。

「まってくれ丸井。じ、じつはな……」

 谷口が庇おうとするのを、イガラシは「キャプテン」と制した。

「ちゃんと本人に説明させましょう。ほれっ根岸、みんな心配してるぞ」

「せ、説明って。なんのことだよ」

 訝しむ丸井のすぐ横で、根岸は深く頭を下げた。

「……スミマセン。ぜんぶ、芝居でした」

 井口が「へっ?」と、間の抜けた声を発した。

「ふぬけたツラしてんじゃねーよ」

 その脇腹を、イガラシは右肘で小突く。

「テッ、なにしやがる」

「井口。そもそも根岸は、おまえを気づかったんだ。ちゃんと聞いてやれ」

「え……そりゃ、どういう」

 相棒に顔を向けられ、根岸は頭を掻きながら話し出した。

「ベンチから見てて、だいぶ井口が我を失ってたもんで。こりゃマズイと思ったんです」

 当人は「いっ?」と妙な声を上げる。

「といってコイツは、言って聞くようなやつじゃないですし。どうしようか考えた挙句……こっちから煽ってやれば、かえって目が覚めるんじゃないかと。ま、ちょっとやりすぎて、相手を怒らせちゃいましたけど」

「……ほほう」

 丸井はじとっとした目を井口に向ける。

「いい相棒にめぐまれて、シアワセだな」

「ど、ドウモ」

 なんだよ、と加藤が溜息混じりに言った。

「ヒトをおどかしやがって。こちとら、気が気じゃなかったんだぞ」

「ははっ、そうですよね。スミマセン」

 根岸は苦笑いして、もう一度頭を下げる。

「しかし……とっさにそういうテを打つとは、肝が据わってるじゃないか」

 一年生捕手に、キャプテンは穏やかな眼差しを向ける。

「初めての公式戦、それも急な出場で、この豪胆さは大したものだ」

「そ、そんな……ドウモです」

 顔を赤らめ、根岸はうつむき加減になる。

「……ところでよ、井口」

 ふいに丸井が、にやっとして一年生投手を見やる。

「オマエさんにも言わなきゃならんことがあるな」

 殴られると思ったのか、井口は「ひっ」と身を縮めた。

「こんニャロっ」

 その背中を、ぽんと丸井は叩く。

「……へっ?」

 顔を上げると、先輩は微笑んでいた。

「仕返しすんのは、ホメられたことじゃねぇがな。でもよ……俺がおまえの立場なら、きっと同じことをしてたろうぜ。味方がケガさせられりゃ、黙ってられねーよな」

「ま、丸井さん……」

「それと松下さんへの意見、後ろでしっかり聞いてたぞ。イイコト言うじゃねぇか」

 ふふっと、イガラシは笑い声をこぼす。

「な、なにがおかしいんだっ」

 キッと丸井が目を向けた。

「……いえ。やっぱり丸井さん、いい人だなって」

 あらっ、と相手はずっこける。

「てめぇ。なんだその、イヤミっぽい言い方は」

「よしましょうよ、試合中に」

「おまえがヘンなこと言うからじゃねぇかっ」

 分かりやすく丸井がムキになる。周囲のナイン達は、こらえきれず吹き出した。

 

 

 二塁ベース上。松下は腰に手を当て、唇を噛んだ。

 大橋のやつ。あの一年生キャッチャーを揺さぶろうとして、自分がアタマに血をのぼらせてどうすんだよ。ミイラ取りがミイラになりやがって。いっぽう墨高は、チームがまとまり始めた。これじゃ当初のねらいと、反対じゃないか。

 打席には、その大橋が立つ。心なしか落ち着きがない。

「さあ、しっかり守っていこうよ!」

「おうよっ」

 眼前では、タイムを解かれた墨高ナインが、それぞれのポジションへ散っていく。その中心で、井口がすぐに投球練習を始める。

「良くない流れだな……」

 松下は、ひそかにつぶやいた。

 ここは大橋の一打に、期待するしかない。十分近く中断して、ピッチャーも肩が冷えてるはず。失投してくれりゃ、もうけもんだが……しかしツーストライクだったな。

 やがて試合再開が告げられた。

 さっきと同じく、大橋はバスターの構えをする。ほどなく井口が、セットポジションから再開後の第一球を投じた。

 ほぼ真ん中高め、ボール気味の速球。大橋のバットが回る。

「スイング! バッターアウトっ」

 くそぅ。大橋め、あんな吊り球に手を出しやがって。

 打順は下位に回る。松下は、かなり焦りを感じていた。六番以下のメンバーで、まともに井口を打ち返せそうな者はいない。

 もはや相手のミスに、期待するしかないな。こうなりゃイチかバチか……

 マウンド上。井口が再びセットポジションから、投球動作へと移る。その瞬間、松下はスタートを切った。

「走ったぞっ」

「キャッチャー!」

 相手内野陣の声をすり抜けるように、三塁ベースへ頭から滑り込む。めいっぱい伸ばした右手の指先を、しかしグラブが壁のように塞ぐ。

「アウト!」

 三塁塁審のコールが、耳障りなほど響く。

「ナイス送球よ、根岸」

 起き上がろうとする松下の頭に、かつてのチームメイト谷口の声が降ってくる。

 バカな。スタートは完ぺきだったし、向こうも三盗までは予測してなかったはず。なのに……あの一年坊、とっさの反応で、なんて正確な送球するんだ。

「松下」

 目を見上げると、谷口が右手を差し出していた。

「いいチャレンジだった。一瞬あせったよ」

 相手の手をつかみ、立ち上がる。

「よく言うぜ。こういう練習、ずっと積んできてたんだろ」

「まぁ、それなりにね」

 微笑んだ旧友の眼差しに、松下は余裕を感じ取った。

 踵を返し、ベンチへ向かう。ほどなく「ストライク、バッターアウト!」と、アンパイアの声が響いた。小さくかぶりを振る。

 これは、もう……ダメかもしれんな。

 

 

3.猛攻

 

 けっきょく城東は、二回表を零点に抑えられた。

 墨高はその裏、先頭の井口がホームランを放ち、あっさり二点目を奪う。これで勢いに乗ると、下位打線の連打にエンドランも絡め、一塁三塁とさらに攻め立てる。

 

 スクイズでくる、と松下は予測した。

 さっき足を使われた。墨高のやつら、うちの内野守備を揺さぶりにきてる。しかもバッターは、なんでもできる丸井だ。ここでスクイズまで決められたら、つぎはなにをしてくるんだと、みんな混乱しちまう。向こうはそれをねらってる。なんとしても食い止めないと。

「松下がんばれっ」

「俺達がついてる、思いきっていけぇ!」

 チームメイト達が声を掛けてくる。

「おうっ、たのむぞ」

 そう返事して、松下はセットポジションにつく。

 眼前では、丸井が数回素振りして、右打席に入ってきた。小柄ながらスイングは鋭い。しかも中学の頃より、動作に柔らかさが加わっている。

 初球。松下は、外へウエストした。

 視界の端で、やはり丸井がバットを寝かせる。よし、はずした……と思った直後、松下は「なにぃっ」と声を上げてしまう。

 コンッ。丸井は伸び上がるようにして、バットの先端に当てた。

 ボールは一塁線の手前に転がる。松下がマウンドを駆け下りた時、三塁ランナーの加藤が滑り込んできた。右手でさっとホームベースをはらう。すかさず一塁へ送球し、辛うじて打者走者はアウトにする。

「……ふぅ。あぶなかった」

 安堵の吐息をつき、丸井が引き上げてきた。そしてこちらに笑いかける。

「さすがですね」

「な、なにがだよ」

スクイズ、やはり読んでましたか」

 松下は、思わず口をつぐんだ。

 スクイズを読まれてると分かってて、それでもやってきただと?もし外されても、成功させる自信があったんだな。あれだけ荒れ球も混ぜたってのに……墨高のやつらには、まるで効いてないのか。

 

 もはや試合の流れを、松下に止めることはできなかった。

 この後、二番島田にストレートの四球。続く三番根岸には、得意のカーブをレフト前へ弾き返される。とうとうワンアウト満塁。

 そして……墨高の四番、谷口へと打順が回る。

 

 松下は、肩で息をし始めていた。

 ダメだ。どうあがいても、向こうの勢いを止められない。もういっそ大橋にスイッチすべきか。いや……この流れじゃ、火に油を注ぐだけだ。くそっ、どうすりゃいいんだ。

 こちらの焦燥に関わらず、容赦なくプレイが掛かる。

 どうにかフォームを崩させようと、またワンバウントを足元へ投じた。谷口は後ろへ飛んでよける。少しも動じる様子はない。

「た、タイム!」

 その時だった。キャッチャーの内山が、マウンドへ走り寄ってくる。

「おい松下。もうムダ球は、投げるな」

 悲壮感の漂う眼差しで、告げられた。

「いまさら、なに言ってやがる。真っ向勝負が通じる相手じゃ……」

「強がりはよせ。もう体力、残ってないだろ」

「だ……だから、どうだってんだよ!」

 つい口調がきつくなる。

「まだ二回だぞ。ここで試合を捨てようってのか」

「そうじゃねぇよ」

 内山はそう言って、ふっと微笑む。

「どうせなら、真っ向勝負してやれ」

 思わぬ提案に、松下は目を見開く。

「えっ、おい。本気かよ」

「もちろん危険は承知だ。けど、いろいろ策を講じてみたものの、やつらには通じないじゃないか。それはおまえだって、分かるだろう?」

「う、うむ」

「だったら思いきって、敵の大将を討ちにいこう。もし上手くいったら、また流れを引き寄せられるかもしんねぇ」

 さらに内山は、もう一言付け加える。

「それに……あの四番は、おまえのダチ公なんだろ。ちゃんと決着つけろよ」

 相棒の心意気を、松下は嬉しく思った。

「分かった。悔いのないボールで、勝負させてもらう」

 タイムが解け、松下は投球動作へと移る。こちらに正対する谷口の口が「く、来るな……」というふうに動く。

 再開後の初球。アウトコースいっぱいに、速球が決まる。

「ナイスボール!」

「いいぞ松下、その調子で攻めろっ」

 チームメイト達が声援する。松下は不思議と、力の湧いてくる気がした。

 続く三球目。城東バッテリーは、カーブを選択する。これは勝負球のつもりだ。サインにうなずくと、松下は左足を踏み込み、グラブを突き出し右腕をしならせる。

 パシッ。快音が響くと同時に、城東の左翼手が背走し始めた。

 打球はぐんぐん伸びる。まだ、伸びる。そして数秒後……白球は、レフトスタンド中段に飛び込んだ。満塁ホームラン。

 マウンドに片膝をつき、松下はひそかに苦笑いした。

 

 城東はここで、エース松下が降板。リリーフに一年生の大橋が送られた。

 

 ネクストバッターズサークルにて、イガラシは片膝立ちになる。

 眼前のマウンド上では、リリーフの大橋が慌てた様子で投球練習を行っていた。試合展開もあってか、その表情は険しい。

「大橋、思い切っていけよ」

 降板した松下が、サードのポジションから声援する。

「気持ちで負けるな。しっかり腕を振るんだ」

 明るく後輩を励ます姿に、イガラシは感心した。満塁ホームランを浴び、七点差に広げられた直後である。なかなかできることではない。

「七点がなんだっ。すぐに取り返してやる!」

「あきらめなるなよ。ねばり強く戦えば、なにかが起こるぞ」

 松下を習うように、他のナイン達も掛け声を発し続けている。

 まいったね、ぜんぜん士気が落ちないぜ。こんなに早くエースピッチャーが降板すりゃ、ふつうはガックリくるものだが。やはり、まだまだ気は抜けないな。

 ほどなくバッターラップの声が掛かり、イガラシは右打席に入る。

 大橋は、まずアウトコースへ速球を投じた。その一球で、こりゃ本調子じゃないな……とすぐに気づく。ストライクとなったものの、ややボールが高い。

 そして二球目。またもアウトコースへ、今度はカーブが投じられる。変化球を狙ってたイガラシは、躊躇なく振り抜いた。

「れ、レフトっ。いやセンター!」

 松下が叫ぶ。ライナー性の打球が、左中間を切り裂いた。イガラシは一塁ベースを回り、さらに加速した。二塁ベースも蹴り、迷いなく三塁へ向かう。

「ボール、サード!」

 ようやく中継の遊撃手へとボールが渡り、すぐにサードへ送球。松下が捕球するより一瞬早く、イガラシの右手が三塁ベースをはらう。スリーベースヒット。

「……ははっ、さすがだな」

 起き上がると、松下が声を掛けてきた。

「左中間への当たりで、いっきに三塁をおとしいれるとは。やられたよ」

「松下さん」

 僅かに口元を緩め、イガラシは返答した。

「城東があきらめてないこと、分かります。だからぼくらも手を抜きませんよ」

 松下は目を細め、むしろ満足げにうなずく。

「ああ。分かってるさ」

 

 ピッチャー交代後も、墨谷打線の勢いは止まらない。早い回からの登板でアップが十分でなかった大橋に、容赦なく襲いかかる。なんとこの回、いっきょに九点を奪った。

 いっぽう守っては、次戦以降を見据えた投手起用を行う。

 井口が三回をノーヒットに抑えると、四回には松川へと継投。こちらも難なく三者凡退に抑える。さらに迎えた五回は、谷口が登板することとなった。

 攻撃の手をゆるめない墨高は、続く三回に四点、四回にも五点を追加。そして……

 

 マウンド上。谷口が、周囲に声を掛けた。

「最後まで気を抜くなよ。向こうはまだ、あきらめてないぞ!」

 ナイン達も、それに応える。

「集中を切らすなっ」

「アウトを一つずつ、大事に取っていこう」

 セカンドのポジションにて、丸井は小さく溜息をついた。

 谷口さんたら、さっきからニコリともしないで。やはり複雑だろうな。俺っちだって、けっこうツライもの。松下さんとの最後の対決が、こういう展開じゃ……

 その時だった。

「松下、思い切っていけ!」

「みんな下を向くな。最後まで喰らいつくぞ」

「そうだ。なんとしても一点取るんだっ」

 一塁側ベンチより、城東ナインの声援が響く。誰もが必死な形相だ。

 ひょえぇ……城東のやつら、まだ士気は衰えてないのかよ。これだけ大差がつけば、投げやりになってもおかしくないのに。松下さん、いいチーム作ったんだな。

「丸井」

 ふと谷口に呼ばれる。

「は、はいっ」

「つぎは松下からだ。なにか仕かけてくるかもしれんから、それも頭に入れておけ」

「ええ、心得てますとも」

「む。いつもどおり、しっかりたのむぞ」

 なるほど、と胸の内につぶやく。

 城東があきらめてないこと、谷口さんは分かってたんだな。それで点差が開いても、ぜったいに手は抜かないぞって。そうだよな……必死でぶつかってくる相手には、こっちも全力で立ち向かわにゃ。

 その松下が、右打席に入ってくる。

 すでに疲れ切っている様子だが、眼光の鋭さは変わらずだ。味方から真っ向勝負を促されたのか、もうバスターの構えはしない。さあ来いっ、と気合の声を発した。

 初球。インコース高めいっぱいに、谷口の速球が決まる。松下は手が出ない。

「……は、速い」

 呻くような声が漏れた。同時に、城東ベンチがざわめく。

「な、なんだよ。いまのスピード」

「あのピッチャー、コントロールだけかと思ってたら」

「うむ。昨年戦った時より、ずっと速くなってる」

 ははっ、ようやく谷口さんの恐ろしさを思い知ったか……と笑いかけるのを、ふと丸井はこらえる。周囲の思惑をよそに、眼前の二人は真剣だ。

 二球目は、またもインコース高めの速球。今度は果敢にスイングしたものの、松下のバットは空を切る。

「ま、松下ガンバレ!」

「あきらめるな。俺達がついてるぞっ」

 味方の声援に、松下は一瞬口元を緩めた。

 そして三球目。インコース低めに、谷口はフォークボールを投じる。松下の気力のスイングを嘲笑うかのように、膝元から鋭く落ちた。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールと同時に、谷口はバッターに背を向ける。短く吐息をつき、そして周囲を見回す。

「……ワンアウト。あと二つ、かく実にいこう!」

 キャプテンは、久しぶりに微笑んだ。

 

 

 けっきょく谷口は、三者三振で試合を締めくくる。終わってみれば五回コールド。十九対〇の大差をもって、墨高は初戦を飾ったのだった。

  

 試合後の挨拶が済み、谷口は他のナイン達と一緒に、ベンチへ引き上げていく。

「……た、谷口っ」

 ふと背中越しに呼ばれる。振り向くと、松下が立っていた。

「や、やぁ松下」

 どう答えていいものか、さすがに戸惑う。なにせ大差が付きすぎた。

「そう気を使わないでくれよ」

 松下は笑って言った。目元に、涙のあとが見える。

「正直、まいったよ。墨高は強いな」

「ははっ。そうか、ありがとう」

 こう答えるのが精一杯だった。相手はうなずくと、右手を差し出してくる。

「谷口。ぜったい行けよ、甲子園!」

 旧友の手を握り返し、谷口は「ああ」と短く返事した。

 

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【私選】2019年沖縄高校野球”隠れた名勝負”ベスト3(興南、沖縄尚学、沖縄水産、本部……)

 

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1.今後の沖縄高校野球における分水嶺!?

 

 怒涛の2019年が、幕を閉じた。以前の記事でも書いたが、昨年は沖縄勢の対外的な戦績は芳しくなかったものの、今後へ向けて新たな希望の光の灯り始めた一年でもあった。

 

 先日、Twitterで相互フォローいただいている沖縄高校野球情報局氏が、はてなブログにて「2019 沖縄高校野球ベストゲーム トップ3」と題した記事をアップされた。

okinawahbbaseball.hatenablog.jp

 非常に良記事なので、多くの方に読んでいただきたい(私も楽しませていただきました)のだが、関連して、私も似たような企画を考え付いた。

 

 題して――「2019年・沖縄高校野球“隠れた名勝負”」。

 

 こちらは試合内容だけでなく、ひょっとして沖縄高校野球における今後の分水嶺になるかもしれないという視点で、私も三試合を選んでみた。

 

 

2.発表! 2019年・沖縄高校野球“隠れた名勝負” 

 

その1:強力打線、沈黙!

 

―― 秋季県大会準々決勝<嘉手納1-0沖縄水産

 

 一昨年(2018年)の県秋季大会の優勝メンバーが数多く残る沖縄水産。夏ではライバル・沖縄尚学との直接対決に敗れたものの、やはりポテンシャルは高く、秋のシード校を賭けた新人大会にて、圧倒的な強さで優勝を飾る。

 

 続く秋季県大会でも、初戦から強力打線が威力を発揮。三回戦では、興南との“古豪対決”において、初回から毎回得点を挙げるなど10-2と粉砕。この時点で、誰もが(この大会で優勝した)打倒・沖尚の一番手と目したことだろう。

 

 ところが、そこに伏兵が立ち塞がった。

 

 迎えた準々決勝。嘉手納の先発・新垣の力投の前に、前の試合まで猛威を振るった打線が沈黙。僅か三安打に抑え込まれ、まさかの完封負けを喫してしまう。

 

 どうも沖水、技巧派投手に弱い印象があった。一昨年秋と昨夏、いずれも沖尚に一得点のみに抑え込まれているが、いずれも相手投手の変化球にうまくかわされていた。

 

 前述のように、沖水のポテンシャルは高い。

 

 ただ試合のステージが上がっていくにつれ、相手バッテリーに警戒され、なかなか甘い球を投げてもらえなくなる。簡単にストライクを取りにいって長打を喰らうより、結果歩かせてもいいからクサい所を突いていこう、という攻め方をされるのだ。

 

 そうなった時、ある程度“ガマン”というものが必要になってくる。このガマンができるかどうかという点こそ、沖水が“一新興チーム”に終わるのか、それとも古豪復活を果たすことができるのか。いずれかの分岐点だと思う。

 

 力をぶつけ合うだけが、野球ではない。相手に力を出させないようにすることも、また野球の一側面である(良し悪しは別として)。

 

 相手が「こっちの力を出させない」ような対策を取ってきた時、沖水はどうするのか。彼らの導き出す“答え”に注目したい。

 

 

その2:「勇気ある戦い」が呼び込んだ“21世紀枠”

 

―― 秋季県大会準々決勝<沖縄尚学5-3本部>

 

 昨年の沖尚は、覚悟を決めた――私にはそう見えた。

 

 つい最近までの彼らは、バッティングにおいては(良くも悪くも)個人の技量に任せているように見受けられた。

 

 そのため、一度火が付けば目の覚めるような快打を連発するが、ちょっと相手投手に合わないとサッパリというケースが多かった。一昨年の秋、沖水に準決勝でノーヒットノーランを喫したのは、沖尚打線の特徴からいって“必然”だと言えた。

 

 しかし……ひと冬越し、“復活”を掲げて夏の県大会に乗り込んだ沖尚は、それまでと別のチームになっていた。それまで見られなかった「逆方向へのバッティング」や、ツーストライク取られた後のねばり、いわば“泥くさい攻撃”を実行できるようになっていたのだ。その裏に、ライバル興南の絶対的エース・宮城大弥の存在があったであろうことは、想像に難くない。

 

 少々前置きが長くなってしまった……

 

 そんな沖尚を、昨年の秋季大会において最も苦しめたチームこそ、いま21世紀枠候補に残っている本部である(決勝の八重山農林は、八回までほぼ一方的な展開だった)。

 

 沖尚や興南に見られる“逆後方へのバッティング”は、少々乱暴に言えば「アウトコースを打つため」の方法である。

 

 甲子園レベルのピッチャーは、基本的にアウトコースへの真っすぐ、さらに変化球をベースとして攻めてくる。したがって、“逆方向へのバッティング”を身につけ、アウトコースを攻略することができなければ、甲子園大会での勝利はおぼつかない。

 

 だが……これにも“弱点”がある。すなわち「インコース」を攻められた場合だ。

 

 沖尚打線に対して、本部バッテリーは効果的にインコースを攻め、本来のバッティングをさせなかった。それが功を奏し、四回まで無失点に抑えた。

 

 インコース攻めの重要性については、昨年引退した名捕手・阿部慎之助ら多くのプロ選手が指摘している。が……これを実行するのは、そう簡単なことではない。

 

 まずコントロールが良くないといけない。少しでもずれれば死球、もしくはホームランコースになってしまうからだ。そして、なによりも勇気が必要である。強打者相手にも、逃げずに向かっていく姿勢。

 

 中盤以降は、地力の差が出て突き放されてしまった。それでも、強力打線に敢然と立ち向かった本部バッテリーの勇気は、讃えられるべきだと思う。彼らの勇気こそが、この好勝負を生んだ。

 

  この勇気ある戦いが評価されてのことだろう。県高野連は、九州大会出場の八重山農林ではなく、本部を21世紀枠候補に推薦した。そして、彼は最終候補の9校の中に残っている。これも彼らの勇気が呼び込んだと言える。今月下旬の吉報を待ちたい。

 

 

その3:スーパーエースの去った名門に、新星現る!

 

―― 1年生大会決勝<興南3-0沖尚>

 

 山城京平――この男の名を、県内の高校野球ファンは覚えておいてもらいたい。

 

 公式戦デビューは、秋季県大会の沖水戦。大勢が決まった後に登板し、一人だけレベルの違う投球を披露。

 

 そして直後の1年生大会にて、ついに本領発揮。ライバル沖尚との決勝では、5安打完封の快投。スーパーエース・宮城大弥の去った興南に現れた新星として、その存在を強く印象付けることとなった。

 

 速球は、すでにMAX143キロ。これだけでも魅力的なのだが、それ以上に山城を評価したい点は、彼の勝負強さにある。沖尚戦では、ピンチを背負ってもインコースを突く強気の投球。要所で三振を奪い、相手に傾きそうな流れを断ち切った。

 

 個人的には、かつて浦添商業にて夏の甲子園4強入りを果たした伊波翔悟とイメージがだぶる。気迫を前面に押し出した投球。どちらかといえば優等生タイプが多かった興南には、今まであまり見られなかったピッチャーである。

 

 ところで……この試合では敗れてしまったが、沖尚の粘り強さにも触れておきたい。

 

 結果は5安打完封なのだが、狙い球を絞って打ち返したり、ファールで粘ったりと、彼らも決して手をこまねいたわけではなかった。途中で一本出ていれば、試合は分からなかった(それをさせなかった山城が凄いとも言える)。

 

 興南と沖尚の双方に言えることだが、1年生の時点でハイレベルな力と力のぶつかり合い、神経を使う駆け引きを経験できたことは、今後に向けて大きい。この二チームが、ほどなく沖縄高校野球を引っぱっていくのだろうと予感させられる試合でもあった。

 

3.面白いトピック満載だった2019年

 

 振り返ってみると、2019年は面白いトピックが満載だった。

 

 スーパーエース・宮城大弥の“最後の夏”。復活の予感漂う沖水。その沖水を撃破し、一気に決勝へと上り詰めた沖尚の逆襲。そして迎えた、沖尚と興南の延長十三回の死闘。その沖尚と習志野の印象深い激闘。さらに本部、八重山農林、具志川の健闘。……

 

 夏の甲子園の勝利こそ叶わなかったものの、明るい材料がたくさん見られた。この一年が、沖縄高校野球復活の狼煙となることを期待しつつ、本稿を閉じることとする。

【野球小説】続・プレイボール<第22話「松下のしゅう念!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第22話 松下のしゅう念!の巻
    • 1.城東対策
    • 2.井口の立ち上がり
    • 3.アクシデント発生
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 


 

 

 

第22話 松下のしゅう念!の巻

www.youtube.com

  

 

1.城東対策

 

 谷口とイガラシは、一旦部室に戻りユニフォームに着替えてから、グラウンドへ向かう。

 ちょうどナイン達は休憩中で、水飲み場に集まっていた。また松川らバッテリー陣は、ブルペンで練習を続けている。そこにOBの田所も付いているようだ。倉橋だけは、全体の指揮を執るため、皆と一緒にいた。

「な、なにいっ。聖稜が負けただと!」

 倉橋は、声を上ずらせた。周囲のナイン達もどよめく。

「しかも九回に逆転されて、サヨナラ負けだぁ? なにやってんだよ聖稜は」

 まさに開いた口が塞がらない様子だ。

「そ、そんな……城東が、シード常連の聖陵をやっつけるなんて」

 倉橋以上に驚嘆の声を発したのは、島田だった。丸井と目を見合わせ、もう一度「まさか」とつぶやく。彼は城東を偵察しただけでなく、昨年には聖稜と対戦し、その強さを体感している。なおのこと、信じられない思いだろう。

「ああ……なんだか俺っち、落ち込んできた」

 傍らで、丸井が溜息をつく。こちらは驚くよりもショックを受けたらしい。

「そりゃ松下さんには、がんばって欲しいと思ってたよ。けど客観的に見て、申し訳ないが聖稜には勝てないと、分析したつもりだったのに。見る目が曇っちまったのか」

「丸井さん、それがですね……」

 イガラシが気の毒に思ったのか、詳細を伝える。聖稜の各打者が、全員バスターの構えで相手投手を揺さぶったこと。さらに九回から、青葉学院出身の大橋が登板したこと。

「えっ……な、なんだと」

 丸井は、口をあんぐり開ける。

「あの大橋が、こんなトコに潜り込んでやがったのか」

さらに島田や加藤ら、墨谷二中出身メンバーも一様に、驚いた顔をした。

「なぁ島田。一回戦で、やつの姿を見かけたか?」

「いや。もしいたら、気づいてるはずさ」

 苦笑い混じりに、島田が言った。

「やられたな。松下さん、手の内を隠してたんだ」

「うむ。その時は、あえてベンチメンバーから外したんだろう」

 しっかし……と、加藤が首を捻る。

「意外だよな。あの人が、こんなに策を使ってくるとは」

 そしてこちらに顔を向けた。

「キャプテンも、さすがに予想外だったでしょう?」

「うむ。聖稜との力量差を分かったうえで、それでも勝ってやろうと、あらゆる手を尽くしたのだろう。これしかないと、よほどハラをくくってたんだな」

「……あの、ところで」

 おずおずと挙手したのは、久保だった。

「俺としては……松下さんが八回を二点に抑えたことの方が、ずっと驚きです。昨年うちと戦った時は、一イニングもたなかったと聞いてましたから」

「久保、それはな……」

 イガラシが説明しかけるのを、谷口は「まて」と制した。

「それより練習を再開しよう。もう六時半を過ぎているから、やがて暗くなる」

 キャプテンの言葉に、ナイン達は「はいっ」と返事した。一瞬イガラシは訝しく思ったようだが、すぐにピンときたのだろう。こちらと目を見合わせ、ふっと笑みを浮かべた。

 そのイガラシに声を掛け、井口を呼んでくるように伝える。彼は「キャプテン」と、こちらに質問を返してきた。

「これからシートバッティングで、松下さんへの対策をするのでしょう?」

「うむ、そのつもりだが」

 にやっとして、イガラシは言った。

「それでしたら……打撃投手は、ぼくがやりますよ」

 えっ、と谷口は目を見開く。

「さっき見たとおり、フツウには投げないぞ」

「分かってます。こういうのは、わりと得意なので」

 ふふっと含み笑いを漏らす後輩に、谷口は「そ、そうか……」と苦笑いした。

 ブルペンへ向かうイガラシを横目に、谷口はホームベース奥に控えていた倉橋へと駆け寄り、練習の趣旨を説明する。

「……なるほど、まず井口にね。分かった」

 倉橋は、すぐに理解してくれた。

「とくにアイツには、必要だろうな。いちばん挑発に乗りそうだからよ」

「たのむ。投球の方は、イガラシがうまくやるだろう」

 やがてナイン達は、打者を除いて各ポジションへ散っていく。

 谷口もサードのポジションにつき、ちらっと空を見上げた。この頃だいぶ日が長くなり、七時過ぎまではボールがよく見える。ナイン達は嫌がるだろうが、練習時間を多く確保できるのはありがたい。

 ほどなくシートバッティングが開始された。

 こちらの指示通り、まず井口が打席に立つ。マウンド上のイガラシに、ほう……と目を丸くする。心なしか嬉しげだ。

「今日はろくに練習してないってのに、すぐ投げて平気なのか?」

「いらん心配すんな。それより本気でいくから、そのつもりで向かってこいよ」

 イガラシはむやみに挑戦的だ。幼馴染の井口だから言っているのだろうが、それでもハラハラしてしまう。

「ふふん、面白いじゃねぇか」

 井口がバットを構えると、イガラシもすぐに投球動作へと移る。

「……おっと」

 ガシャン。井口の背中を掠めるようにして、ボールはバックネットに当たる。

「て、てめぇイガラシ。どこ投げてやがんだ」

 井口が怒鳴った。さらに事情を知らない周囲も、不安げな顔になる。

「おまえのグチにつき合っているヒマはない。さっさとかまえろ」

 さすがにイガラシは慣れたもので、冷たく言い放つ。

「こ……このヤロウ」

 顔を真っ赤にしながらも、井口はバットを構える。

 二球目。イガラシは、速球を顔付近に投じる。井口が「わっ」と上体を仰け反らせた。そしてマウンド上を睨み付ける。

「ぐっ……ま、まさかイガラシ。てめぇわざと」

「さすがケンカ慣れしてるじゃねーか」

 イガラシはそう言って、挑発的に笑う。

「よけられると思ったよ。ま、だからって打てるとはかぎらんが」

「なにぃっ」

「ほれ、どんどん行くぞ」

 いきり立つ幼馴染を相手せず、イガラシは三球目を投じた。

 今度は、一転してチェンジアップ。予想外のボールに、井口のバットは空を切る。そのままバランスを崩し、もんどり打って転ぶ。

「……ちいっ、なんだよ。マトモに投げられるなら、最初からそうしやがれ」

「そういうことは、マトモに打ってから言うんだな」

「な、なんだとっ」

 見かねたらしく、丸井が「た、タンマ」とマウンドへ駆け寄る。

「お……おいイガラシ、なに考えてんだよ。井口の言うとおりだぜ。ありゃどう見ても、ケンカを売っているようにしか」

「そこまでっ!」

 谷口は、わざと大声を発した。丸井と井口が、びくっとしてこちらを見やる。

「びっくりしたぁ」

「な、なんスか急に」

 一つ吐息をつき、マウンドの傍まで寄る。

「すまなかった井口。みんなも、ちょっと集まってくれ」

 ナイン達が近くに来てから、谷口は説明を始めた。

「これが松下の戦法だ。いまイガラシがやったように、危険球すれすれのタマで、バッターの冷静さを失わせる。そして選球眼やバッティングの形までくるわせていく」

「まさに、さっきの井口だな」

 倉橋の一言に、井口はバツの悪そうな顔をした。

「わりぃな井口」

 イガラシはくすっと笑い、幼馴染をなだめる。

「さっきも言ったが、おまえならよけられると思ったんだ」

「ったく……シュミわりーぜ」

 井口が唇を尖らせる。

「イガラシを悪く思わないでくれ」

 谷口は苦笑い混じりに、弁解する。

「もともと俺がやるつもりだったんだが、イガラシが代わってくれてな。彼のコントロールなら間違いはないだろうし」

 なるほどっ、と丸井が手のひらを鳴らす。

「そりゃ良い考えだ。イガラシにやられる方が、ずっとムカつくもんな」

 イガラシが「あっ」と軽くずっこける。

「ま……とにかく、これで城東戦のポイントは分かったと思う」

 全員を見回し、谷口は口調を厳しくして言った。

「向こうは必死だ。なにせ過去二度も、うちに大敗している。だからこそ、どうにかこっちの平常心を失わせようと、あらゆるテで揺さぶってくるぞ」

「つ、つまり……」

 こちらの話を受け、横井が発言する。

「相手の揺さぶりに動じず、冷静に戦うってことか」

「うむ。いつも通りのプレーさえできれば、地力ではこっちが上だ。なにをされても、どっしりと自分達の野球をしよう。いいなっ」

 ナイン達は「おうっ」と返事した。

 

 

 全員が一打席ずつ立ったところで、この日のシートバッティングは打ち切られる。

 時刻は七時を回り、さすがにボールが見えづらくなってきていた。仕上げのベースランニングを済ませ、あとは個人練習という流れになる。

「倉橋、ちょっと」

 捕手用プロテクターを片付ける正捕手に、谷口は声を掛けた。

「む、なんだい?」

「城東戦の投手起用のことだが……」

 周囲に人がいないのを確かめてから、囁くように告げる。

「先発は、井口でいこうと思う」

「おう……え、井口だと?」

 倉橋は顔を上げ、目を見開く。よりによって……と言いたげだ。

「ま、ひとまず理由を聞いてくれ」

 先に前置きして、谷口は根拠を述べた。

「さっき伝えたとおり、城東はみんなバスターの構えから、喰らいつく打ち方をしてきた。こういう相手には、チカラで抑え込める井口が合っている。こんなことしても、ムダだと思わせるためにも」

「……うむ。そりゃ意図は分かるが」

「もちろん倉橋の懸念は、俺だって理解してるさ」

 苦笑いして、谷口は言った。

「あの短気な井口が、城東の挑発に乗らないかってことだろう?」

「そうだ。分かってて、なんでまた」

 訝しげな目で、倉橋が問うてくる。

「城東の試合を見てて感じたんだが……こっちが相手を研究するのと同じように、相手もこっちを研究してくる」

 ホームベースを挟んで座り、二人は話を続けた。

「井口も同じだ。あいつの短気が弱点になるのなら、遅かれ早かれつけ込まれる。それなら、早い段階でそれを克服させた方が、後々のためじゃないかと思うんだ」

「……ううむ、なるほどね」

「もう一つ。城東に勝ったとして、つぎの試合まで中三日しかない。おそらく川北がくるだろうから……ここは松川と俺で継投して、万全を期したい」

 大会日程を頭で追いながら、順に説明していく。

「そしてイガラシには、いずれの試合でも先発投手が崩れた時のために、控えてもらわなきゃならん。こう考えると……城東戦は井口先発の方が、あとあと計算が立つ」

 倉橋は、数回うなずき「分かった」と返事した。

「そこまで考えてるなら、反対する理由はない。俺も協力させてもらうよ」

「ありがとう倉橋」

「なーに。俺だって長いこと、キャッチャーやってるからな。井口がいくら短気だからって、みすみす試合をぶち壊させるようなマネ、させないさ」

 その時、背後に足音が聴こえた。振り向くと田所が立っている。

「ようよう。いろいろ考えてるようだが、あまりいまのうちから気張るなよ」

「田所さん、ありがとうございます。ピッチャー陣を見てくれて」

 谷口は立ち上がり、軽く一礼した。

「よ、よせやい。まえも話したが、こっちは自己満足でやってんだ。俺にできることがあれば、なんでも言ってくれい」

 倉橋が「仕事の方はいいんスか?」と、心配げに尋ねる。

「ああ……それが、アタマ痛いのよ」

 そう言うと、作業の胸ポケットから手帳を取り出す。

「また最近、冷蔵庫だの洗濯機だのの注文が増えてきてんだ。商売繁盛はありがてぇが……」

 そういやぁ、と田所は問うてくる。

「谷口。おまえらの初戦、つぎの日曜日だっけ?」

「ええ、そうですが」

「ちょっとまてよ……ああ、よりによって」

 手帳をめくり、OBは溜息をつく。

「洗濯機の取りつけが四件も入ってやがるぜ。仕事を切り上げる頃には、もう試合も終わっちまってる。なんとかグラウンドには、顔を出せそうだが」

「……それじゃあ、田所さん」

 ふっと笑みを浮けば、谷口は言った。

「ノックを練習していてもらえませんか?」

「おう……む、ノックだと?」

 田所は戸惑った顔で、僅かに首を傾げた。

 

 そして三日後――いよいよ墨高ナインは、夏の初戦を迎えたのである。

 

 

2.井口の立ち上がり

 

 日曜日。荒川球場の第一試合は、墨谷と城東の対戦が組まれていた。

 試合前にも関わらず、すでにスタンドの客席は半数以上が埋まっている。休日というだけでなく、この一戦はそもそも注目度の高いカードだった。

 墨谷は、昨夏の八強にして、今大会のシード校。いっぽうの城東は、ノーシードながら二回戦にて、強豪の一角・聖稜を破る番狂わせを起こしている。この組み合わせに、観客達の期待も否応なく高まるのであった。

 

 

「つぎ、ライト!」

 ノッカーを務める一年生の岡村が、右方向へ打ち放った。右翼手の久保が、無駄のない動きで数メートルほど背走し、捕球と同時に投げ返す。

「ナイスライト! へいっ、サード」

 規則的なバウンドのゴロを、谷口は軽やかに捌いた。送球が一塁手加藤のミットに収まるのを確認して、他のメンバーを見回す。

 みんな動きはいいな。初戦ということでカタくならないか心配だったが、さすがに上級生は経験のたまものだ。おかげで下級生も、のびのびプレーできてる。

「よし、ラスト……キャッチャー!」

 バックネットとホームベースのほぼ中央に、岡村はフライを打ち上げる。倉橋がすばやくダッシュし、おでこの前で捕球した。

 これにて試合前のシートノックが済み、墨高ナインは三塁側ベンチへと引き上げる

「よう岡村、ノックうまいじゃねーか」

 帰り際、丸井がそう声を掛ける。一年生は顔をほころばせた。

「ええ。中学時分はキャプテンをしてたもんで、慣れてるんです」

「なんで投手のタマは、からっきしかね」

 横から加藤に突っ込まれ、岡村は「あっ」とずっこける。

 こちらと入れ替わり、城東ナインがほどなくシートノックを始めた。墨高と同じく、控え選手がノッカーを務める。

「へいっ、サード!」

 掛け声と同時に、ノッカーは速いゴロを打った。城東の三塁手は、ショート側へ飛び付き、辛うじて捕球する。

「おいおい。いきなり、とばすなぁ」

 吐息混じりに、横井が言った。

 城東のノッカーは、以後も速い打球を放つ。さらに外野へは、頭上を越えそうな大飛球を弾き返した。それでも野手陣は、果敢に喰らいついていく。

「……なるほど。こういう打球がくると、想定してるわけか」

 倉橋のつぶやきに、ナイン達は「ああっ」と声を発した。

 シートノックのさなか、取り損ねたボールがこちらに転がってくる。谷口は、咄嗟にベンチを出て、拾い上げた。すぐに相手の一塁手へ投げ返す。

「ありがとう」

 ふいに声を掛けられ、はっとした。振り向くと松下が立っている。

「しばらくだな谷口」

 旧友は、そう言って握手を求めてきた。

「や、やあ。しばらく」

 戸惑いながらも、相手の右手を握り返す。

「招待野球の試合、見せてもらったぞ」

 松下はそう告げて、口元に笑みを浮かべる。

「さすが谷口だと思ったよ。あの西将相手に、すごい試合だった」

「松下こそ、あの聖稜を九回にうっちゃったりして。あれは驚かされたよ」

 心なしか、松下はすっきりした表情だ。やるべきことは、すべてやりきったという充実感なのか。どんな展開になっても戦い抜くという覚悟なのか。開き直りか。あるいは、そのいずれもなのか。

「……それじゃ谷口、いい試合しよう」

「む。おたがい、ベストを尽くそう」

 短く言葉を交わし、二人は互いに踵を返す。

 ベンチに戻り、谷口は「集合っ」と一声発した。すぐにナイン達は、三メートル半径内に集まる。ずらりと円陣を組み、キャプテンの言葉を待つ。

「いよいよ初戦だ。昨年と大きくちがうのが、われわれはシード校だということ。つまり相手から警戒され、いろいろ対策を取られる立場だ。こういう中で勝ち上がっていくのは、はっきり言って容易じゃないぞ」

 厳しい言葉に、束の間ナイン達の顔がこわばる。

「……しかし、臆することはない」

 声を明るくして、谷口は話を続けた。

「どんな状況であっても、その場その時のベストなプレーが求められるということに、変わりない。相手の揺さぶりに、動じてしまうこともあるだろう。そういう時こそ、シンプルに考えるんだ。いまやるべきことは、なんなのかを」

 しばし間を置き、気合の声を発す。

「よし……みんな、いくぞっ」

 キャプテンの掛け声に、ナイン達は「おうっ」と力強く応えた。

 やがて城東の野手陣が、シートノックを終えて一塁側ベンチへ引き上げていく。それと同時に、墨高ナインはベンチ前に整列する。相手も用具を片付け、こちらに習う。

 ほどなくバックネット下の扉が開き、四人の審判団が姿を現す。

「両チーム集合!」

 アンパイアの掛け声。両校ナインは一斉に駆け出し、ホームベースを挟んで並ぶ。

「これより城東先攻で、試合を開始する。礼っ」

「お願いします!」

 挨拶の後、さっと墨高ナインは各ポジションへ散った。

 マウンド上。井口はスパイクで足元を均し、ロージンバックを拾う。すぐに倉橋もホームベース奥に座り、投球練習が始められる。

 谷口は、内野陣のボール回しに加わりながら、井口のボールを観察した。彼の持ち味である快速球、そしてシュート。さらにカーブも、この日はキレがある。

 倉橋の二塁送球が済むと、谷口はマウンドに駆け寄った。

「調子よさそうだな」

 声を掛けると、井口は「へへっ」と笑う。

「今日はなに投げても、打たれる気がしません」

「ふふっ。たのもしいな」

 口元を引き締め、谷口は言った。

「まえに伝えたとおり、城東はいろいろ揺さぶってくる。根負けするんじゃないぞ」

「なーに、そういうのは慣れてるもんで。ムダだと思い知らせてやりますよ」

「む。いいぞ、その意気だ!」

 ほどなく城東の先頭打者が、右打席に入った。やはり内側のラインぎりぎりに立ち、バットを寝かせる。聖稜の木戸に使ったのと同じ戦法だ。

 井口が不敵に笑う。

「フフ。聖稜には効いたのかもしれんが、この俺にも通じると思うなよ」

 やがて、アンパイアが「プレイボール!」とコールした。

 初球。相手が封じようとするインコースを、井口は構わず突いた。打者の胸元に、快速球が飛び込む。

「ストライク!」

 閃光のようなボールの迫力に、城東応援席の一塁側スタンドは静まり返る。

 一番打者は、怯まず同じ構えをした。

 くそっ、と一番打者は顔を歪める。それでも果敢に同じ構えをした。井口が振りかぶり、二球目を投じる。

 ズバン。今度はスピードのあるカーブが、やはり胸元を抉った。打者はヒッティングを試みるも、バットが間に合わない。これでツーストライク。

「だから、ムダだと言ってるだろ」

 井口はテンポよく、三球目の投球動作へと移る。次はアウトコース。一番打者は、またもバスターの構えから、はらうようにバットを差し出す。ところがボールは、ホームベース手前で鋭く外側へ曲がった。

「ストライク、バッターアウト!」

 打者は空を仰ぎ、呻くようにつぶやく。

「……くっ。なんだよ、いまのシュートは」

 事前の想定もあってか、聖稜を苦しめた城東の策にも、井口はまるで動じない。続く二番をサードフライに打ち取ると、さらに三番打者もあっという間に追い込み……

「ストライク、バッターアウト!」

 高めの吊り球に、バットが回る。

「へん。当てることしか考えてねーから、ボール球に手が出ちまうんだ」

 余裕綽々と言い放ち、井口はマウンドを降りる。

「いいぞ井口!」

「三番にかすらせもしないとは、おそれいったぜ」

 快投の一年生を称えつつ、墨高ナインは足取り軽くベンチへ引き上げていく。

 

3.アクシデント発生

 

 指先に汗が滲む。かなり緊張していると、自分でも分かった。

「くそっ、やられたか」

 マウンド上。松下は、ひそかに溜息をつく。

 谷口め、こっちの弱点を突いてきやがった。コントロールの良い谷口や松川なら、どうにか食い下がれると思ったんだが。まさか、いきなり井口を使ってくるとは。うちの場合、たしかにアラ削りでも、速球をどんどん投げ込まれる方がキツイ。

 松下の計算違いは、他にもあった。

 おまけに……井口は思ったより、コントロールも悪くないぞ。ふつうベース寄りに立たれると、意識して制球が甘くなってしまうものだが、かまわずインコースだった。あいつに小細工は通じないのか。

「バッターラップ!」

 アンパイアの声に促され、丸井が右打席に入ってくる。こちらと目が合うと、ヘルメットを取りぺこっと会釈した。松下は「やあ」と、右手をかざし合図する。

 ははっ、そうか丸井まで加わったんだな。イガラシや久保もいることだし、まるで同窓会だぜ。なんて……ノーテンキに、考えてる場合じゃないな。

 プレイが掛かると同時に、松下は投球動作へと移る。

 初球。打者の足元へ、意図的にワンバウンドを放る。丸井は飛び上がってよけた。続く二球目は、速球を顔付近に投じた。今度は「ひゃっ」と仰け反る。

 危険球すれすれのコースに、双方のスタンドがざわめく。

「オイオイ危ないじゃねーか」

「わざとやってんだろ。きたねぇぞ」

 そんな野次も聴こえてきた。なんとでもほざけ、と胸の内につぶやく。

 いまや墨谷は、都内でも五指に入るチームだろう。まともに戦えば、きっと木っ端みじんにされる。少しでも食い下がろうと思ったら、手段を選んでいる場合じゃない。松下はそう腹を括っていた。

 三球目。一転してアウトコースへ、松下はカーブを投じた。丸井がバットを差し出す。目論み通り引っ掛けさせたと、束の間思う。

 パシッ。鋭いライナーが、右中間を切り裂く。

「な、なにぃっ」

 丸井は一塁ベースを蹴ると、さらに加速した。あっという間に二塁ベースも回る。

「中継ストップ!」

 ベースカバーに走りながら、松下は叫んだ。

 ボールは中継の二塁手に渡ったのみ。その間、丸井はスライディングしただけで、悠々と三塁を陥れていた。スリーベースヒット。

「ど、どんまいよ松下」

 キャッチャーの内山が声を掛けてくる。

「いまのはバッターがうまかったんだ。切りかえよう」

「あ、ああ……」

 微笑んで返事したものの、マウンドに戻ると舌打ちしてしまう。

 しまった……カンタンにストライクを取りにいきすぎた。迷いなく振ってきたところを見ると、ボールを散らされても、しっかり選球する練習を積んできてるようだ。たしかに谷口なら、そこまで考えるだろう。悔しいが、抜かりなしってことか。

 次打者は二番の島田だ。彼もまた、松下の墨二時代の後輩である。

「外野、バックだっ」

 背後を振り向き、松下は外野陣に指示する。

 ここでスクイズはない。コントロールがまとまっていない投手に、それは危険だ。しかも井口を先発させたことからして、向こうはチカラで押し切るつもりだ。となれば、ここは連打で畳みかけようとするはず。

 島田は左打席に入った。スイッチヒッターの彼は、状況によって左右を使い分ける。

 ふむ……ここで左を選んだのは、きっと中に入ってくるカーブをねらうためだろう。なら、あえてそのカーブを打たせる。犠牲フライの一点は、しかたない。

 初球のカーブを、やはり島田は打ち返した。

「せ、センター!」

 大飛球がセンター頭上を襲う。まずい、と松下は思った。もっと打ち上げさせるはずが、コンパクトに振り切った打球は、ぐんぐん伸びていく。とうとう中堅手は、背中をフェンスに付けた。

「……くっ」

 それでも左手をフェンスに掛け、よじ登りグラブを目いっぱい伸ばす。その先端に、辛うじてボールが収まる。

「あ、アウト!」

 二塁塁審が、大きく右手を突き上げた。

 好守備に一塁側スタンドが沸く。墨高の三塁側スタンドからは「ああ……」という溜息が漏れた。しかし三塁ランナーの丸井は、タッチアップから楽々と生還する。

「ワンアウト! ここから守っていこう」

 野手陣に声を掛けた後、こっそり安堵の吐息をつく。

 あぶねぇ。打たせて取ろうなんて……もし両翼だったら、叩き込まれてたな。島田のやつ、ウデを上げやがって。

 

 

「……ああっ、捕られちまったか」

 ネクストバッターズサークルにて、倉橋が苦笑いした。

「カーブを誘って、ねらい打ったのは良かったが。さすがに守備は鍛えられてるぜ」

「む。その直前に、松下がバックを下げさせたのも、好判断だったな」

 谷口の指摘に、倉橋は「オイオイ」と突っ込む。

「いくら同窓だからって、敵を称えてどうすんだよ」

「ま、いいじゃないか。一点取れたんだし」

 笑って返答した後、すぐに表情を引き締める。

「しかしあのワンプレーで、流れを渡すわけにはいかないな。ここで畳みかけないと。そのためにも……たのむぞ、倉橋」

「おうよ。まかせとけって」

 倉橋は快活に返答し、打席へと向かう。

 残された谷口は、そのまま白線内に入る。マスコットバットを拾い、素振りを二度三度と繰り返した。

 順調だな……と、胸の内につぶやく。

 予定どおり、初回で城東のねらいをくじけた。井口は相手の揺さぶりに惑わされなかったし、攻撃でもしっかり好球必打ができている。このまま行けば、早いうちに勝負を決められそうだぞ。

 

 試合はここまで、ほぼ谷口の思惑通りだった。

 城東打線の特徴を踏まえた投手起用。相手バッテリーの揺さぶりに、惑わされないバッティング。谷口ばかりでなく他のナイン達も、しっかり自分達のプレーができていることに、大いなる手応えを感じ始めていた。

 しかし……好事魔多し、とはよく言ったものだ。

 この後、すべて計算づくで試合を進める墨高に、まさかのアクシデントが降りかかるのである。

 

 

 パシッ。倉橋の引っ張った打球が、レフトスタンドのポール際へ飛ぶ。

「れ、レフトっ」

 松下の掛け声よりも先に、左翼手は背走を始めていた。しかしフェンスの数メートル手前で立ち止まり、ボールを見送る。

「……ふぁ、ファール!」

 三塁塁審が、両腕を大きく開いた。松下は「ほうっ」と大きく吐息をつく。カウントは、ワンエンドワンとなる。

 ちっ。インコースぎりぎりと突くはずが、少し中に入っちまった。これを見逃さずにねらい打つとは、さすが倉橋だぜ。

 三球目。丸井の時と同様、足払いのようにワンバウンドを投じる。

 倉橋は、小さくジャンプしてよけた。そしてふと、こちらに視線を投げかける。口元に笑みが浮かぶ。

 く、くそうっ。こんなことしても、ムダだって言いたいのか……

 続く四球目は、ドロップをアウトコースへ投じる。聖稜戦では、これを要所で使い内野ゴロの山を築いた。ところが、倉橋は乗ってこない。

 スリーボールだし歩かせるか……いや、後続に谷口とイガラシが控えている。なんとか倉橋を打ち取らないと。

 そして五球目。松下は、二球目と同じくインコース高めに投じる。より厳しいコースを突こうという意識だった。ところが……指からボールを離した瞬間、さっきより内側にずれてしまったことに気付く。

 あ……やばいっ。

 倉橋は上半身をよじった。その右手を、速球が直撃する。相手は「うっ」と呻き声を漏らし、バットを足元に落とす。

「デッドボール!」

 アンパイアが一塁を指さした。松下は咄嗟に、マウンドを駆け降りる。

「す、スマン。だいじょうぶかよ?」

「こっこれぐらい、なんでもねーよ」

 正面に向き直り、倉橋は苦笑いした。

「だが気ぃつけてくれよな。必死なのは分かるが……それでケガしちまったら、お互いに後味が悪いからよ」

「あ、ああ……すまなかった」

 氷袋を手に駆け寄る控え部員を制し、倉橋は一塁へと駆け出す。

「おい内山っ」

 試合が再開されると、松下はキャッチャーを立たせる。ランナーを置いて四番谷口との勝負は、危険すぎると判断した。

 敬遠四球。谷口が一塁へ向かい、内山は座ろうとする。そこで「まだだぞ」と、さらに指示した。

「まだって……松下、五番もかよ」

 内山は驚嘆の声を発した。その傍らで、後続のイガラシがほとんど無表情のまま、こちらに視線を向ける。

「そうだ内山。つぎのイガラシも、歩かせるぞ」

 キャッチャーは戸惑いながらも、立ってミットを構える。

 つぎのイガラシは、ある意味で谷口以上に厄介だ。なんでもできる。長打だけでなくエンドランやバスターなど、小ワザも警戒しなきゃいけない。守備をかき回されたら、完全に試合が終わってしまう。それだけは避けるんだ。

 四つ目のボール球を見送り、イガラシもバットを置いて駆け出す。

 ワンアウト満塁……これでいいんだ。なん点か取られるにしても、せめて相手の得意パターンさえ出させなければ、まだ流れを取り返せる。

 迎えるは、六番打者の横井だ。

 こいつにも気を抜けないぞ。クリーンアップ三人のように一発はないが、自分の役割をよく理解している。甘く入ったら、きっとやられてしまう。

 横井への初球。松下は、またもドロップをアウトコースへ投じた。

 快音が響く。横井は読んでいたのか、踏み込んでおっつけるように弾き返した。鋭いライナーが一塁線を襲う。

「ふぁ、ファースト!」

 一塁手がジャンプした。そしてミットの先に、幸運にもボールが引っ掛かる。

「……あっ」

 二塁へ走りかけたイガラシが、手から帰ろうした。しかしこれは間に合わず。一塁手がそのままベースを踏む。

「アウト! スリーアウト、チェンジっ」

 攻守交代を告げるアンパイアのコールに、横井は頭を抱える。それでもすぐに切りかえると、苦虫を嚙み潰したような顔のイガラシに「ドンマイよ」と声を掛ける。

 マウンド上。松下は、思わず膝に両手をつく。

 やれやれ……どうにか、一点で切り抜けられたぜ。もう一試合投げ終えたような気分だな。しかし、これが毎回続くんだ。大橋がリリーフできるところまで、なんとか俺が踏んばらないと。

「ナイスピッチャー、よくしのいだぞ」

「たった一点だ。今日も粘って、なんとしても取り返すぞ」

「おう。バックもよく守ってくれたな」

 チームメイト達と声を掛け合い、松下はベンチへと引き上げた。

 ほどなく、墨高ナインが二回表の守備につく。野手陣のボール回しを横目に、井口が投球練習を始めた。最初の数球は控え捕手の根岸だったが、途中で準備を終えた倉橋と代わる。

 やがて井口が、ラストの練習球を放る。倉橋はこれを捕球し、いつものように滑らかな動作で、二塁へ送球した。

 そのボールが、あさっての方向へ飛ぶ。

「……く、倉橋!」

 サードのポジションから、谷口が悲鳴のような声を上げた。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第21話「初戦の相手は!?の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • 第21話 初戦の相手は!?の巻
    • <登場人物紹介>
    •  1.松下との再会
    • 2.谷口の提案
    • 3.まさかの結末
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

   

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

  

第21話 初戦の相手は!?の巻

www.youtube.com

  

 

<登場人物紹介>

 

松下:城東高校野球部の主戦投手。右投げ右打ち。墨谷二中の出身であり、かつて谷口や丸井、イガラシ達と同じ釜の飯を食った仲である。

 誰よりも「わずかな可能性をなんとしてもモノにする」という谷口の恐ろしさを理解している人物。過去二度の墨高との対戦では、いずれもノックアウトされチームも大敗。苦い経験を味わった。

 

大橋:青葉学院出身。長身、右投げの本格派投手。かつて墨谷二中と地区決勝を戦った試合では、佐野のリリーフとして登板。彼に匹敵するほどの快速球と変化球を投げ込み、青葉の「次期エース候補」と言われていた。

(以下、小説オリジナル設定)

 卒業後は、城東高校へ進学。奇しくも雌雄を決した墨二の卒業生・松下とチームメイトになり、ともに近年苦戦が続く城東野球部の復活を期す。

 

 1.松下との再会

 

 六月の最終週。ついに夏の甲子園出場を賭けた東京都予選が、幕を開けた。都内各地の野球場では、連日のように熱戦が繰り広げられている。

 開幕後の数日を、墨高ナインは妙な気分で過ごしていた。

 例年であれば、もう初戦を終えている頃だ。しかし今年はシード校のため、墨高は三回戦からの登場である。試合の日まで、だいぶ間隔があった。

 それゆえ、さほどナイン達の日常は変わらず。キャプテン谷口以下、通常どおりの厳しい練習に取り組んでいる。

 ただ一点、違うこともあった。

 昨年と同様、こちらと対戦する可能性のあるチームの偵察に、ナイン達は手分けして繰り出す。しかも今回は、練習だけでなく試合も見た上で、分析することができた。こればかりは、初戦まで日があることの利点である。

 

 

 日曜日の正午。イガラシと横井は、都内のとある野球場を訪れていた。

 すでに目当ての試合は終わり、二人は球場を出てバス停へと向かう。これから学校に戻り、午後の練習に備える予定だ。

「ヒー、あちぃぜ」

 汗だくの横井が、大仰なほど顔を歪める。

「これからもっと暑くなりますよ。お昼ですし、梅雨も明けちゃいましたし」

「お……おめぇ、よくそんな涼しい顔してられるな」

 先輩は声を上げる。なんだ元気じゃないか、とイガラシは苦笑いした。

「まさかイガラシって、暑さとか感じないタチなのか?」

「そんなワケないでしょう。騒ぐと余計に疲れるので、おとなしくしているだけですよ」

 短く吐息をつき、空を仰ぐ。日差しは容赦なく降り注いでいた。直射日光はまだ我慢できるとして、ビル街のコンクリートの照り返しには、さすがに参る。

 バス停前には、屋根付きのベンチがあった。

「……ふぅ。やっと影に入れるぜ」

 横井は安堵の顔をした。

 幸い、先客もいない。案内板の時刻表を見ると、次のバスが来るまで、あと十分近くあるようだ。二人はベンチに並んで座り、しばらく待つことにする。

 イガラシは、胸ポケットの手帳を取り出し、メモしたことを読み返した。

「どうだい?」

 ベンチにもたれかかった格好で、先輩が「ふふっ」と笑う。

「聖稜、強かったろ」

 二人は、最も初戦で当たる可能性の高い、聖稜の一回戦を偵察していた。

 格下の相手ということもあり、試合は序盤から、聖稜の打線が爆発。守っては、二投手のリレーで五回を零封。十五対〇とコールド勝ちを飾っていた。

「え、そうですか?」

 こちらの返答に、横井は「あら」とずっこける。

「あ。いや、もちろん侮れない相手ですけど」

「そんなの大してちがわねーよ。ま、いいさ。おまえの見解を聞かせてくれ」

「は、はぁ……」

 イガラシは手帳を見ながら、ポイントを説明した。

「まず打線です。ハデに打ち込んでましたけど、ありゃ相手投手のコントールが悪かったせいですよ。真っすぐも変化球も高かったので、好き放題に打てたでしょうね」

「甘いタマをかく実に仕留めたってことじゃないのか?」

「良く言えばね。けど、打ち方を見たら……ほとんど引っぱりでしょう。コースに逆らわず打ち返せてたのは、一番と三番だけでした。あれじゃ内角を見せダマにして、外に変化球を投げておけば、カンタンに凡打してくれますよ」

 ほう、と横井が吐息をつく。

「じゃあ……見かけほど、打線は怖くないってことか」

「そう思います。ただ、やはりパワーはあるので、速球……とくに重いタマには強そうです。うちの投手陣でいうと、松川さんには相性がいいかも」

「ああ。たしかに昨年の試合で、やつらは松川を苦にしなかったもんな。谷口に代わった途端、ぱたりと打てなくなったが」

 イガラシは「えっ?」と目を見上げる。

「そうだったんですか」

「なぁんだ。てっきり知ってて、言ってるのかと思ったよ」

 昨年の対戦について、詳細は初めて聞いた。逆転勝ちしたという結果だけは、ちらっと耳にしていたが。

「ま、あんときゃ松川も本調子じゃなくてよ。さっきのピッチャーみたいに、浮いたタマをねらい打たれてたんだ。しかし……こっちが驚いちゃうわ、ズバリ的中じゃないか」

「なるほど。そういう前例があるんでしたら、もう間違いないですね」

 そう言って、イガラシは手帳のページをめくる。

 

「ま……強いていえば、警戒すべきはピッチャーですかね」

「おっ、そう思うか」

 イガラシの発言を、横井は首肯する。なぜかうれしそうだ。

「とくにカーブですね。左ピッチャーなので、右打者にとっては喰い込んでくるボール。あれは打ちにくそうでした」

「あいつ木戸っていうんだけどよ。昨年の俺達との試合では、リリーフで出てきたはいいが、ビビッて腕が縮こまってやんの。しまいにゃマウンドで泣き出しちゃって」

「……そ、そうでしたか」

 どう返答していいか分からず、口ごもる。

「だから今日の姿を見て、あいつも成長したんだなーって」

「ちょっと横井さん。敵のピッチャーを応援して、どうするんですか」

 ほんと気のいい先輩だぜ、と吹き出してしまう。

「それと、横井さんには悪いですけど……まだ短所を克服できてないようでしたよ」

 イガラシがそう告げると、先輩は「はっ」と驚いた声を発した。

「ほとんどヒット打たれてないんだぞ。弱点、見えてたか?」

「ええ、しっかりとね」

 手帳を見せながら、話を続ける。

「たしか四回辺りから、相手バッターがベース寄りに立ち始めたんですよ」

「えっ……ああ、言われてみれば」

「きっとインコースを投げにくくさせるためだと思うんですけど。そしたら木戸ってピッチャー、真ん中にボールが集まり出したんです」

 そこまで言って、手帳を胸ポケットにしまう。

「ちょっと強いチームなら、ねらい打ちされてますよ」

「た、たしかに……」

 イガラシは、束の間うつむき加減になる。

 しかし思ったより、聖稜はアラが目立つな。これじゃシード漏れするはずだぜ。同じ山に対抗馬は見当たらないが、なにかのキッカケで足をすくわれることも、十分ありうるぞ。

 

 

 ほどなくバスが到着した。乗ってみると、あいにく座席は僅かしか残っていない。仕方なく、二人は離れて座ることにした。

「んじゃ、後でなイガラシ」

「ええ」

 イガラシは、前方にある運転席近くに座る。二人席の窓側には、大学生風の若い男が居眠りしていた。乗客が多い分、車内は蒸し暑い。

 その時だった。ふいに「イガラシじゃないか」と声を掛けられる。

「……え、あっ」

 目を見上げ、ぎくっとした。傍らに、こちらも制帽と白いワイシャツ姿の少年が立っている。長身の端正な顔立ち。

「ま、松下さん……」

「やっぱりイガラシか。しばらくだな」

 やがてバスが発車する。松下は、吊革につかまった。僅かに息を切らしているところを見ると、彼も今しがた乗り込んできたばかりらしい。

「会うのは中学以来かな。けっこう背が伸びて、ちと雰囲気も変わってるから、すぐには気づかなかったよ」

「そりゃ三年ぶりですから……あ、どうぞ」

 席を譲ろうとするのを、松下は「いいから」と制した。

「ヘンに気を遣うなよ、おまえらしくもない」

 まいったな、と小さく溜息をつく。じつは適当に言いつくろって、その場を離れるつもりだったのだ。松下を嫌っているわけではないが、今はタイミングが悪すぎる。聖稜と同じく、彼の城東とは初戦でぶつかる可能性があるからだ。

「れ……たしか城東は、今日が初戦だったんじゃ?」

 仕方なく、無難な雑談をしてやり過ごすことにした。

「ああ。早い時間だったから、終わってすぐ移動してきた。知ってのとおり、聖稜とは次戦で当たるからな」

「てことは、勝ったんスね」

「どうにかな。ふふっ」

 松下がふと、含み笑いを漏らす。

「ま、くわしくは……後で丸井と島田に聞いたらいいさ」

 どきっとする。たしかにその二人が、城東の試合をチェックする役目だった。松下は、ちゃっかり偵察に気付いていたらしい。

「イガラシ達は、聖稜の偵察だろ? 俺と同じく」

「え、ええ……まぁ」

「聖稜のこと、どう思った?」

 メンドウだな、と胸の内につぶやく。いま迂闊にしゃべれる話ではない。

「どうでしょう。まだ高校野球というものが、あまり分かっていないので」

 はぐらかすと、松下は「またまたぁ」と笑う。

「甲子園優勝校相手に堂々とプレーしてたやつが、よく言うぜ」

 えっ、とまたも驚かされる。

「招待野球、見にきてたんですか?」

「もちろんさ。かつての仲間が、何人も出てたんだもの。それに……おまえ達があの西将相手にどう戦うか、興味があったんだ。きっと自分達のヒントにもなると思ってな」

 イガラシは、ますます警戒した。

 ずいぶん、せいりょく的だな。かなり情報収集に力を入れている様子だ。戦力的には、はっきりと聖稜より落ちるだろうが……

「松下さんこそ、どうなんです」

 あえて直接的に尋ねてみる。

「聖稜に勝てると思いますか?」

 松下はふと真顔になり、しばし口をつぐむ。

「……あのな、イガラシ」

 それでも、やがて表情を緩め、おもむろに話し始める。

「帰ったら、谷口に伝えてくれ。相手をよく調べて、最後まであきらめずに戦えば、勝負は分からない。俺はそれを、あいつから学んだ。同じことが自分にもできるのかどうか、やってみるよって」

 ほどなくして、降車ブザーが鳴った。続けて案内アナウンスが流れる。

―― つぎは、城東高校前。城東高校前。

「おっと、着いたようだな」

 バスが停車すると、松下は「それじゃ」と手を振り、踵を返す。

 やれやれ……と、イガラシは制帽の頭を掻く。どうやら松下は本気らしい。決然とした口調が、それを物語っていた。

 さらにもう一つ、イガラシが松下を警戒する理由があった。

 あの人は、谷口さんのやり方を知っている。かつて谷口さんが、どうやって青葉に対抗したか、その過程を見てきたんだ。たとえ力の差があっても、相手をよく研究したうえで鍛錬を積めば、十分戦える。同じことを実行するつもりなら、あるいは……

 

 

2.谷口の提案

 

 イガラシと横井が部室に戻ると、すでにほぼ全員が揃っていた。それぞれ椅子やベンチに腰掛けている。

「おお来たか。二人とも座って、さっそく聖稜のこと話してくれ」

 谷口に促され、二人は並んで座った。そしてイガラシから説明を始める。

「……なるほど。昨年と同様、パワーには要注意ってことだな」

 倉橋はうなずき、さらに「横井はなにかあるか?」と話を向ける。

「あはっ、ほとんどイガラシに言われちまったい。けど……強いて伝えるなら」

 おどけた口調で、横井は付け加える。

「キャッチャーの態度が良くなかったな。際どいコースを『ボール』って言われると、あからさまに不満げな顔して、何度か審判に注意されてたな」

 へぇ、とイガラシは感心した。これは重要な情報だ。飄々としているふうで、横井はなんだかんだ物事をよく見ている。

「まったく、あの学校は」

 戸室が舌打ちして言った。

「昨年も、こっちがホームへすべり込もうって時に、マスクを置きやがったからな。ほんと態度の悪いチームだぜ」

「もっとも今年に関して言えば、ピッチャーを励ます意味合いもあったかも。なにせ、昨年マウンドで泣きべそかいてた、木戸だものな」

 谷口が「うむ」と相槌を打つ。

「イガラシの話では、揺さぶられると制球を乱すクセがあるそうだからな。もちろんカーブには手こずるだろうが、じわじわ攻めていけば、どうにか捉えられそうだ」

「……あの、ところで」

 ここでイガラシは、割って入る。

「帰りのバスで、松下さんに会いましたよ」

 なんだって、と周囲がざわめく。

「そうか……ということは、松下も聖稜を見にきてたんだな」

 谷口は思いのほか、冷静に答える。

「ええ。話した様子だと、ひそかに闘志を燃やしてるって感じでした。キャプテンと同じことができるか、やってみると伝えてくれって」

 倉橋が「お、おい」と目を見上げる。

「それって……少なくとも聖稜には、勝つ気だってことじゃないか」

「ううむ。ですけど、それは……」

 渋い顔をしたのは、島田だった。イガラシは「そういやぁ」と思い至る。

「島田さんと丸井さんは、城東の試合を見てきたんですよね。実際どうでした?」

「……うむ。中学の後輩として、言いづらいんだが」

 島田は丸井を目を見合わせ、話し始める。

「昨年と比べて、松下さんも城東も、そこまで良くなった印象はないな」

 同感だ、と丸井もうなずく。

「俺っちは昨年のことを知らないが、あれじゃ打たれるだろうよ。ま……丁寧にコースを突いて、なんとか零封したが」

「けど……相手が言問(こととい)じゃ、参考にならないでしょう」

 島田がそう言うと、上級生達は「ああ……」と溜息をつく。墨高は昨年、言問と初戦で当たり、あっさりコールド勝ちを収めていた。

「打撃の方は、どうなんです?」

 拍子抜けしながらも、イガラシは質問を続ける。

「それもショージキ、さっぱりだったよ」

 丸井が苦笑い混じりに答える。

「もっとも松下さんの方は、かなり腕を上げたらしく、堂々と四番に座ってたがな。一人で四打点、城東の全得点を叩き出してた。けど裏を返せば……あの人さえ注意しとけば、こわかねぇってことだ」

「……そ、そうでしたか」

 腑に落ちないものを抱えながらも、イガラシは引き下がることにした。

 この後、ナイン達はそれぞれ集めてきた情報を、順に発表していった。やはり話題は、初戦で当たりそうな聖稜と、次に勝ち上がってくるであろう川北に偏る。

 お互いの情報共有を済ませた後、ナイン達は練習の準備に取り掛かる。

「なぁイガラシ」

 着替えた頃合いに、谷口が問うてくる。

「キャプテン……」

「まだ納得いかないのか?」

「ええ……もちろん、うちを城東がおびやかすほどとは、ぼくも思ってませんけど」

 野球帽を被り、相手に向き直る。

「ただ、さっきの松下さんの口ぶりが、どうにも気になるんですよ。あれはよほど、なにかハラを決めている様子だったので」

「……そうか、分かった」

 谷口はふと、微笑んで言った。

「そんなに気になるのなら、たしかめに行こうか」

「はっ、なにをです?」

「城東と聖稜の試合、つぎの木曜日だったろ。一緒に見てこようじゃないか。たしか四時開始だったから、放課後すぐ向かえば間に合う」

 キャプテンの思わぬ提案に、イガラシはしばし言葉を失った。

 

 

 迎えた水曜日、荒川球場。

 谷口とイガラシは、急いで階段を上り、内野スタンドに出る。眼下のグラウンドでは、すでに両軍のナインが、それぞれのベンチ前に控えている。あとは試合開始の合図を待つばかりのようだ。

「向こうに座りましょうか」

 イガラシは、見晴らしの良いバックネット裏の席を指差す。

「うむ。そうしようか」

 すぐに移動して、並んで座る。平日ということもあってか、客入りは少ない。おかげで好きな場所を選ぶことができた。

「あの……なにも一緒に、来てくれなくても」

 イガラシが珍しく、恐縮した様子だ。

「わざわざ練習を抜けてまで」

「なに。倉橋もいるし、今日は田所さんが来てくれる。とくに問題ないさ」

 笑ってから、谷口は「それに……」と表情を引き締める。

「口では『どこが来ても一緒だ』とみんな言っているが、これまでの戦績からして、内心では聖稜と決めてしまってる。そのアテが外れた場合を考えると、心配でな」

「分かります。そうなると、どうしても気が抜けてしまうでしょうから」

「うむ、それが怖いんだ。スキのある状態で臨めば、きっと苦戦させられる。もし勝てたとしても、つぎ以降に引きずるだろうし、他校にもつけ込まれてしまう」

「でしょうね。そうなったら、とても谷原と戦うところまで勝ち残れませんよ」

 やがて、四人の審判団が姿を現す。そしてアンパイアが合図した。

「……ではっ。両チーム整列!」

 両校の選手達が一斉に、グラウンドへと駆け出した。

 挨拶の後、後攻めの城東ナインが、まず守備位置へと散っていく。すぐにボール回しが始められた。もともとは実力校なだけあり、動きは軽快である。

 マウンド上。いまや城東のエースとなった松下が、投球練習を行う。

「ふむ、コントロールは良くなってるな」

 谷口は手帳を広げ、さっと鉛筆を走らせる。

 速球にカーブ、シュート、さらにドロップか。丸井と島田が言っていたように、ボール自体は昨年とそう変わらないみたいだ。打力のある聖稜に、これだと厳しいかな。

 ふと横を向くと、イガラシも同じことをしていた。

「なにか気づいたか?」

「はい。さすがに中学の頃と比べると、スピードもキレも増していますね」

 問うてみると、後輩は淡々と答える。

「もっとも……あれでシード校クラスを抑えられるとは、思えませんけど」

 だからこそ、と続ける。

「どんな策を用意しているのか、気になるんですよ」

「俺も同感だよ」

 谷口は深くうなずいた。

「松下だって、あのボールだけで聖稜をどうにかできるとは、さすがに思ってないだろ。なにか奇襲を仕掛けるのか、それとも別の方法か。お手並み拝見だな」

 ほどなく、アンパイアが「バッターラップ!」と声を掛けた。

 

 

3.まさかの結末

 

 聖稜の一番打者は、右打席に入る。長身で腕や足腰が太い。いわゆるパワーヒッターだが、横から「ああ見えて逆らわずに打ち返しますよ」と、イガラシが教えてくれた。

 試合開始のサイレントと同時に、松下は振りかぶった。オーバーハンドのフォームから、第一球を投じる。その瞬間、谷口は思わず「おっと」と声を上げた。

 ガシャン。打者の背中を掠めるようにして、速球がバックネットに当たる。すぐにアンパイアが、袋から替えのボールを取り出し、キャッチャーに渡す。

「いまの、すっぽ抜けでしょうか?」

 イガラシが怪しむように、苦笑いを浮かべる。

「それにしては……けっこう、威力ありましたよね」

「うむ、そうだよな」

 同じ印象を、谷口も抱いた。二人の疑念を裏付けるように、キャッチャーは何らジェスチャーをせず、松下も平然としている。

 二球目、またも速球。今度は、内角高め……いや顔のところに来た。打者は、もんどり打って倒れる。

「……き、気をつけろ。バーロイ!」

 起き上がると、松下へ怒鳴った。すかさずアンパイアがタイムを取る。

「きみ、口はつつしみなさい。それとピッチャーのきみも」

 二人に注意を与える。

「たしかに危ないボールだった。せめて、帽子くらい取ったらどうかね」

 松下は言われた通り、脱帽して僅かに頭を下げた。ほとんど無表情のままだ。黙してロージンバックを拾い、指先に馴染ませる。

「……こ、これは」

 谷口は、頬の辺りが引きつる。

「ええ。わざとですね」

 苦笑いして、イガラシが言った。

「な、なるほど。これが松下の策ってことか」

「どうも、そのようですね。ほめられたテじゃありませんが」

 三球目。松下は、ようやくストライクを投じる。外角高めのカーブ。

 パシッ。強引に引っぱった打球が、センター頭上を襲う。しかし、あらかじめ深く守っていた中堅手が、フェンスに背中を付けながらグラブを構える。捕球して、ワンアウト。

「ははっ、さすがのパワーだ。でも……ちょっと力んだか」

 谷口がそう言うと、後輩は首を傾げる。

「それもありますけど……前の試合では、おっつけてライトへ打ててたんです。明らかに、ほんらいのバッティングを崩しちゃいました。これ、後に響いてきますよ」

「む。強引な打ち方してると、フォームがおかしくなってしまうからな」

 続く二番打者が、左打席に入る。こちらは上背こそないものの、体全体は太い。やはりパワーがありそうだ。

 初球。またも内角高めを狙ったボールが、打者の右肘を直撃する。

「……ぐっ」

 打者が呻き声を発し、その場に屈み込む。松下は、また脱帽して頭を下げるも、やはり無表情は変わらない。

「まさか……ねらって当てたってこと、ないでしょうね」

 頬の汗を拭いつつ、イガラシが言った。

「さすがに、それはないと思うが」

 聖稜にはそう受け取られかねんな、と谷口は胸の内につぶやく。

 次は、こちらもイガラシがマークしたという三番打者だ。ホームベース後方で二、三度素振りしてから、先頭と同じく右打席に入る。

 その初球。松下が、またも顔付近に投じた。

「……ちっ。こ、こんにゃろ」

 仰け反ってよけると、打者はバットを足元に放る。そしてマウンドへと詰め寄った。

「もう三度目だぞ。きさま、わざとやってんのか」

 慌てて後続の四番打者が、タイムを取り駆け寄る。

「おい落ち着けって。気持ちはわかるが、おまえが退場になるぞ」

 しばし球場内が騒然とした。

「ノーコンは引っ込め。城東は、ろくなピッチャーいねぇのか」

「もしケガでもさせたら、承知しねぇぞっ」

 そんな野次も聴こえてくる。しかし、当の松下は涼しい顔だ。

「……ふふっ。やるじゃないか松下さん」

 イガラシが含み笑いを漏らす。谷口は「こ、これっ」とたしなめた。

「なに感心してるんだ。おまえが言ったように、ほめられたテじゃないぞ」

「ええ、そうなんですけど。でも……ああして松下さん、動じてないですし。いっぽう聖稜は、かなりアタマにきてます。たしかに、効いてきてるのかも」

 ほどなく三番が打席に戻り、タイムが解かれた。

 再開後の初球。松下は、外角へカーブを投じた。これは彼の勝負球だ。打者は無造作に手を出し、引っかけてしまう。

「し、しまった!」

 サード正面のゴロ。三番打者が、思いきり顔をしかめる。城東の三塁手は、捕球してすぐさま二塁へ。さらにボールは一塁へと転送された。

 五-四-三。まさに一瞬のダブルプレーで、チェンジとなる。

「聖稜にとっては、嫌な終わり方だな」

 谷口の一言に、後輩は「ええ」と首肯した。

「キーとなるべき一、三番が、あんな形で封じられちゃいましたからね。その二人が、ほんらいのバッティングをできないようだと、聖稜は苦しくなりますよ」

 グラウンドでは、初回を無失点に抑えた城東ナインが、ベンチへと引き上げていく。その面々に、ふとイガラシが「あれっ」と声を発した。

「どうしたイガラシ」

「さっきダブルプレーを取った、城東のサードですけど……昨年からいました?」

「む。そういやぁ、初めて見る顔だな」

 のっぺりとした顔の、大柄な選手だ。谷口は手帳をめくり、すぐに名前を確認する。

「大橋っていうのか。ううむ、やはり覚えがないな。きっと一年生だろうが……しかし、彼がなぜ気になるんだ? まぁゴロさばきは、体格のわりに滑らかだったが」

「どこかで見た覚えがあるんですよ」

 思わぬ返答に、つい「なんだって?」と声を上げてしまう。

「たぶん中学での対戦チームだと思うのですが、いつだったか。井口や佐野のように主力級なら、覚えてるはずなんですけど」

 思いあぐねるイガラシをよそに、聖稜ナインが守備につく。そしてマウンドには、やはりエースとなった木戸が登る。

 すぐに投球練習が始められた。こちらは速球とカーブ、シュートの三種類だが、明らかに松下のボールよりも威力がある。周囲の観客から「すげぇっ」「さすが聖稜のエース」との声が漏れてきた。

「あのカーブだな。たしかに、けっこう速いぞ」

「ええ。とくに右バッターには喰い込んでくるので、打ちづらいはずです」

「む、城東がどう対応するか見モノだな」

 二人が話し終えるのと同時に、アンパイアが「バッターラップ!」と声を掛ける。

 すぐに城東の先頭打者が、右打席に入ってくる。直後の動作に、谷口は「やはり……」とつぶやいた。イガラシもこちらと目を見合わせ、深くうなずく。

 打者はベース寄りに立ち、さらにバントの構えをしてきた。

「予想どおり、ピッチャーの弱点を突いてきましたね」

 口元に笑みを浮かべ、イガラシは言った。

「うむ。明らかにインコース、とくにカーブを封じにきたな」

 ほどなくプレイが掛かる。聖稜のキャッチャーは、構わずミットを内角に構えた。木戸もサインにうなずき、投球動作へと移る。

 初球は、カーブが決まりワンストライク。しかし逆球となった。続く二球目は速球。これも内角をねらったが、外側にずれる。

「……うわぁ」

 イガラシが頭を抱え、苦笑いした。

「マズイぞ。あのピッチャー、城東の策にハマっちまってる」

 そして三球目。またも速球が、中に入ってしまう。打者は一転してヒッティングの構えをし、これを狙い打った。しかし球威が勝り、結果はセカンドフライ。

「ううむ、いまのも甘かったんだがな。ちょっとスイングが鈍かった」

「はい。丸井さんと島田さんが言ってたとおり、打力はありませんね」

 イガラシはそう言って、「ですが」と付け加える。

「なんだい?」

「この後……もし球威が落ちてきたら、話はべつですが」

 続く二番打者も、右打席に入った。前打者と同じくバントの構えをする。

「そういやバッターの構えのこと、丸井さんと島田さんは言ってませんでしたね」

「ああ。今日の秘策として、取っておいたんだろう」

 後輩は「でしょうね」と、なんだか楽しげに言った。

「松下さん。なかなか手の込んだコト、やってくれるじゃないですか」

 パシッ。ライナー性の打球が、レフトへ飛ぶ。周囲が「おおっ」と沸いた。しかし浅く守っていた左翼手の真正面、惜しくもツーアウト。

「この試合、かなりもつれるんじゃないか」

 谷口の発言に、イガラシは「ええ」とまた首肯した。

 

 

 二人の予想は当たった。

 

 地力に勝る聖稜は、二回と四回に一点ずつ挙げ、二対〇とリードを奪う。

 しかし……松下の挑発的なピッチングにより、だんだんとバッティングを狂わされ、もちまえの快打は影をひそめる。中盤以降は、チャンスさえ作れなくなっていた。

 

 いっぽう城東打線も、木戸のボールに押され、なかなか捉えることができない。

 それでも打者一人一人が、ピッチャーの嫌がる策をかく実に遂行。得点には至らないものの、じょじょに相手の体力をけずり、制球を乱していく。

 

 そして試合は、あっという間に九回の攻防を残すのみとなった……

 

 

「……聖稜、ちょっとズルズルきちゃいましたね」

 イガラシが吐息混じりに言った。

「ここで点を取らないと危ないですよ。零点に抑えてはいますけど、さっきからピッチャーの制球が乱れてきてます。替えようにも、こういう展開だとムズカシイですし」

「む。しかし松下も、かなり投げてるからな。そろそろ疲れが……」

 その時だった。球場内に、ウグイス嬢のアナウンスが響く。

―― 城東高校、シートの変更をお知らせいたします。ピッチャーの松下君が、サードへ。サードの大橋君がピッチャーへ。それぞれ入れ替わります。

 なにっ、と谷口は思わず声を上げた。

「聞いてないぞ。城東に、替えのピッチャーがいるなんて」

「む……ああっ」

 傍らで、ふいにイガラシが腰を浮かせる。

「やっと思い出しました。あの大橋ってやつ、青葉の元リリーフ投手ですよ」

「え、そうなのか?」

 谷口はまた驚かされる。

「はい。丸井さんがキャプテンだった時に、地区の決勝で当たりました。佐野さんのつぎに出てきたのが、やつですよ。当時、青葉の次期エース候補って言われてました」

 後輩はそう告げて、一つ吐息をつく。

「丸井さんと島田さんは、なにも言わなかったので……初戦はきっと温存してたんでしょうね。最後の勝負所で、満を持して使うつもりだったんだ」

 その大橋が、投球練習を始めた。オーバーハンドから、速球、カーブ、ドロップ……と投げ込んでいく。やはり速い。キャッチャーのミットが、迫力ある音を立てる。

「ははっ、さすがに成長してやがるぜ」

 両手を頭の後ろに組み、イガラシは呆れたように笑う。

「さすがに甲子園クラスの投手と比べたら、まだ荒削りな感じですけど。でも……あれだけバッティングを狂わされた聖稜にとっちゃ、たまらないでしょうね」

「うむ、そうだな」

 果たして、イガラシの言葉通りとなる。

 大橋の快速球、さらには変化球も織り交ぜたピッチングに、聖稜の各打者はまるで対応できず。あえなく三者凡退に終わった。

「や、やるな……」

 谷口は、苦笑い混じりに言った。

「ただいつもの聖陵なら、こんなカンタンにやられなかったろうが」

「ぼくもそう思います」

 真顔に戻り、イガラシが返答する。

「すべて松下さんのシナリオどおり。ここまでやるとは、さすがに予想外でした」

「うむ。正直、恐れ入ったよ」

けっしてクリーンとは言えないが、まさしく勝つためにあらゆる手段を用いた戦いぶりだ。これはもう、執念のなせる業だろう。

 松下……と、谷口は胸の内につぶやく。

 

 そして九回裏……

 

 すでに疲労困憊だった聖稜のエース木戸に、城東打線が襲いかかる。ヒットと二つの四球をもぎ取り、ツーアウトながら満塁と攻め立てた。

 ここで迎えるは、四番の松下である。

 

 

「……これはさすがに、決まりでしょうね」

 傍らで、イガラシが気の毒そうに言った。

「あの様子じゃ、もう気力さえ残ってませんよ」

 マウンド上で、木戸が苦しげに顔を歪めていた。肩を大きく上下させ、顎や頬から汗がしたたり落ちる。

「そうだな」

 谷口も認めざるを得なかった。

「だいぶ握力が落ちて、ほとんどキレもないからな。あとは打ち損じに期待するしか」

 初球。木戸の投じたカーブが、真ん中高めに入ってきた。失投というより、もはやコースを突く余力はなかった。松下は、躊躇なくフルスイングする。

 パシッ。鋭いライナーが、センターの頭上を襲う。

 ツーアウトのため、三人のランナーは打球の行方を見ず、スタートを切る。聖稜の中堅手が、懸命に背走する。下がる、また下がる……そして飛び付く。差し出したグラブは、しかしボールに届かない。

「回れ回れ!」

「中継、バックホームだっ」

 両チームの掛け声が、グラウンド上に交錯する。

 二人のランナーが、悠々とホームベースを踏んでいく。さらに一塁走者までも、三塁ベースを蹴った。中継のショートから、矢のような送球。

 直後、ガシャンという音。

 ボールは……飛び上がったキャッチャーの頭上を遥かに超え、バックネットに当たる。一塁走者は、ヘッドスライディングで本塁へすべり込んだ。

「……セーフ、ゲームセット!」

 アンパイアのコールが、むやみに甲高く響いた。同時にスタンドが沸き上がる。

 グラウンドでは、聖稜ナインが各ポジションに崩れ落ちる。いっぽう三塁側スタンドのすぐ下には、殊勲の城東ナインがもつれ合い、喜びを分かち合っていた。

 

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近藤キャプテンもJOY君も、ピッチングの考え方が間違っている!<漫画『キャプテン2』への意地悪なツッコミ④>

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【目次】

  • 1.JOYを“我の強いイヤな奴”にすると、近藤キャプテンの良さが伝わらない!
  • 2.まだJOYは投球スタイル云々の段階ではない!
  • 3.作者はほんとうに、ちばあきおより野球が詳しいのか!?
  • 4.“ピッチャーJOY”がやるべき事は!?

 

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