南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

(2022.7.12『続・プレイボール』最新話更新!)【野球小説】『続・プレイボール』『続・キャプテン』 ~各話へのリンクその他~ <ちばあきお『プレイボール』『キャプテン』二次小説>

【野球小説】続・プレイボール

 

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【目次】

 

1.あらすじ 

(1)続・キャプテン

 ちばあきお「キャプテン」の”もう一つの”続編。

 物語は近藤キャプテンを主人公として、春の選抜大会で敗れた直後から始まる。「来年さらに強くなる」ことを目標に再スタートした現チーム。しかし”夏”もあきらめたわけじゃない。近藤流チーム作りとは!? 

 

(2)続・プレイボール

 ちばあきお「プレイボール」の”もう一つの”続編。

 物語は、あの谷原との練習試合に大敗した直後から始まる。キャプテン・谷口タカオ率いる墨谷高校野球部は、夏の甲子園出場を果たすことができるのか!?

 

2.目次(各話へのリンク) ※2022.7.12最新話更新

<『続・キャプテン』>

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<『続・プレイボール』>

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3.その他関連リンク

①感想掲示

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②小ネタ集(※ギャグテイスト)

 

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ちばあきお『プレイボール』『キャプテン』関連批評記事

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【野球小説】続・プレイボール<第71話「遠い1点の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第71話 遠い1点の巻
    • 1.江島の戦法
    • 2.先制なるか!?
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

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<外伝> 

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 第71話 遠い1点の巻

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1.江島の戦法

 二回裏、江島(えじま)の攻撃。すでに墨高ナインは守備位置に着いている。

「さあ、しまっていこうぜ!」

 キャッチャー倉橋が声を掛けた。ナイン達は「オウヨッ」と応える。

 倉橋がホームベース奥に座ると、江島の四番橋本が右打席に入ってきた。そしてバットを斜めに寝かせ、クローズドスタンスの構えをする。

 なにっ、と倉橋は目を見開く。橋本の構えは、墨高ナインのそれと同じだったからである。

(おれ達の打法をマネるなんて。こいつ、どういうつもりだ)

 それでも倉橋は、強気でマウンド上の井口にサインを出す。

(気にするな井口。思いつきで打法をマネたところで、そうカンタンにおまえのタマは打てやしねえよ)

 初球。井口はインコース高めに、速球を投じた。チッと音がする。ボールは倉橋のミットを掠め、バックネット方向へ転がった。ファール。

(ほう。井口の速球にいきなり当てるとは、さすが四番だな)

 感心しつつも、正捕手は動じない。

(だが今の様子じゃ、当てるのがやっとって感じだな。この調子でどんどん攻めるぞ)

 二球目は、アウトコースにシュート。キレが鋭く、橋本はバットを出すも、空振りしてしまう。これでツーストライク。

「ナイスボールよ井口」

 倉橋からの返球を受け、井口はフンと鼻を鳴らす。

(構えをマネただけで打てりゃ、苦労しないぜ。おれのタマを甘く見るなよ)

 続く三球目も、アウトコースのシュート。橋本はバットの先端に当て、どうにかファールにする。へえ、と倉橋は目を丸くした。

(さすが四番だな。たった二球で、井口のシュートに当てるとは)

 三球目はスローカーブ。四球目は速球を投じた。橋本はいずれもバットの先端に当て、ファールにする。

 マウンド上。井口はロージンバックを拾い、しばし間合いを取る。

「こんにゃろ、しつこいぜ」

 そしてロージンバックを足下に放り、倉橋とサインを交換する。

 五球目と六球目は、いずれもアウトコース低めにシュートを投じた。際どいコースだったが、橋本は二球とも見逃し、判定はボール。イーブンカウントとなる。

 マズイな、と倉橋は唇を歪める。

(あまり球数を投げさせられちゃ……井口のやつ、まだ予選でケガした右足に不安がある。いい加減、さっさと片づけねえと)

 そして七球目。井口はインコース高めにシュートを投じた。橋本のバットが回る。これは空を切り、バシッと倉橋のミットを鳴らす。空振り三振。

「フウ、どうにかしとめたぜ」

 ほどなく次打者の坂田が、右打席に入ってくる。こちらも墨高の打者の真似をして、バットを斜めに寝かせクローズドスタンスで立つ。

(この五番もか。おれ達をマネたからって、そんな急には打てねーよ。ただ……またねばられるのは、ちといやだな)

 倉橋はそう胸の内につぶやく。

 坂田は二球続けてファールにした後、際どいコースの球を三つ見送り、フルカウントとなった。ちぇっ、と倉橋は舌打ちする。

(こいつキャッチャーなだけあって、目はいいな。スイングからして長打を浴びるこわさはねえが、こうもコツコツ当てられるとメンドウだ)

 さらに坂田は、三球続けてファールにする。マウンド上の井口は顔を歪めた。

「くそっ。しつこいヤロウだぜ」

 そして九球目。井口は真ん中低めにスローカーブを投じた。カキという音を残し、打球はショート正面のゴロ。イガラシが軽快にさばき、一塁へ送球。ツーアウト。

(ヤレヤレ、ようやく二つ目のアウトか。手こずらせやがって)

 井口は小さく溜息をついた。

(おれのタマをマトモに打ち返せないからって、せこいマネを)

 続く六番打者も、やはり同じ構えで右打席に立つ。

「まったく。どいつもこいつも」

 さすがに苛立つ井口。すぐに倉橋が「おちつけ井口」と声を掛ける。

「そうやって、おまえをいら立たせるのが、江島のねらいだぞ。向こうの思うツボにはまるなよ」

「は、はい」

 正捕手に諭され、一年生投手は真顔に戻る。

 一球目。井口はインコースに速球を投じた。打者はバットを出すが完全に振り遅れ、空振りしてしまう。

(フン。やはり下位打線は、おれのボールについてこれないようだな)

 鼻息荒くする井口。そしてすぐに二球目を投じた。アウトコースへのシュート鋭く曲がるボールに、打者はまたも空振りする。まったくタイミングが合わず。

「そうだ、それでいいんだ」

 倉橋がまた声を掛ける。

「おまえが力を出せば、そうカンタンに打たれはしない」

 当然スよ、と井口は応える。

 そして三球目。井口はインコース高めに速球を投じた。打者のバットが回る。どうにかチップさせるが、ボールはそのまま倉橋のミットに収まった。空振り三振、スリーアウト。

「ナイスピーよ井口」

 キャプテン谷口が声を掛ける。

 墨高ナインはグラウンドから引き上げると、すぐにベンチ手前で円陣を組んだ。そして倉橋が「ほれ、谷口」と話を促す。

「みんな、あせることはない」

 まず谷口は、そうナイン達に告げた。

「向こうの好守備で、点こそ奪えていないが、チャンスは作れてる。井口も相手に少しねばられたが、最後はねじふせた。これまで自分達がやってきたこと、自分の力を信じよう。いいな!」

 ナイン達は「はいっ」と声を揃える。

 

―― 三回表。墨高はまたもチャンスを作ったものの、江島のエース橋本のねばり強い投球と、バックの採算の好守により、またも得点することができなかった。

 つづく三回裏、江島の攻撃。すでにワンアウトである。

 

 

 江島の八番打者が右打席に入る。そしてやはり、墨高の打者と同じ構えをした。

「まったく。あんなモノマネで、おれのタマが打てると思ってるのかね」

 マウンド上、井口は溜息混じりにつぶやく。そして倉橋とサインを交換し、ワインドアップモーションから投球動作を始めた。インコース低めの速球。

「なにっ」

 井口は声を上げる。投球と同時に、打者はバントの構えに切り替えた。サード谷口、ファースト加藤、そして井口が同時にダッシュする。

 バシッ。打者のバントは空を切り、ボールは倉橋のミットを鳴らす。

「へん。どうせ、そんなこったろうと思ったぜ」

 返球を受け、井口はつぶやく。

「バントにかえたところで、そうたやすくおれのタマを、前に飛ばせるわけねえだろう」

 二球目。打者はまたもヒッティングから、バントに切り替える。再び三人がダッシュ。今度はボールの下を掠めたが、バックネット方向へ転がる。ファール。

「フン。当てたのはほめてやるが、どっちみち前に飛ばなきゃなにも起こらないぜ」

 余裕綽々の井口。一方、谷口はその様子を、心配そうに眺めている。

(たしかに江島には、井口のタマをまともに打ち返す力はなさそうだが……だからわざとゆさぶりをかけてきている。毎回バントの構えをされちゃ、ピッチャーはその都度走らなきゃいけない。右足に不安のある井口が、あまりゆさぶられるとマズイな)

 三球目。井口はアウトコース低めにシュートを投じた。

 打者は、今度はヒッティングの構えのまま、シュートを右方向へ打ち返した。えっ、と井口が驚いた顔をする。

 しかし打球はセカンド正面のゴロ。丸井が軽快にさばき、一塁へ送球。ツーアウト。

(こいつら、ほんと目がいいな)

 倉橋が感心して、胸の内につぶやく。

(そういや前の試合でも、あまりらんなーは出なかったが、ストライクとボールの見きわめだけは、きっちりできてたからな。それで広陽のピッチャーも追いつめられたのか)

 ちとウカツだったな、と倉橋はポリポリと頬を掻く。

(テレビで見たかぎりじゃ、ここまでしぶとい野球をしてくるチームとは思わなかったからな。これが予選じゃ、もう少しくわしく調べられたのに……なんてグチってもしかたねえがよ)

 次の九番打者は、左打席に入った。こちらもやはり、他の打者と同じ構えをする。

 初球。井口はワインドアップモーションから、アウトコース低めに速球を投じた。打者は悠然と見送る。判定はボール。

(手が出なかったか?)

 倉橋は思案する。

(いや……今のは、はっきりボールだとわかって見送った反応だ。この九番も、いい目してるぜ)

 二球目はカーブ。インコース低めを狙ったが、これがショートバウンドする。倉橋はグラブを縦にして捕球した。どうやら井口はボールを引っ掛けてしまったらしく、左手をひらひらさせる。

「井口。ラクラクに」

 倉橋の声掛けに、井口は両肩をぐるんと回す。

 そして三球目。井口はインコースに再びカーブを投じた。ところが、今度はボールが曲がりすぎてしまい、打者のユニフォームの袖を掠める。

「あ、やっちまった」

 渋い顔になる井口。ツーアウトながら、この試合初めて出塁を許してしまう。

「ドンマイよ井口。今のはしかたねえ」

 倉橋は井口を励ましつつも、「なんだかいやな感じだな」と胸の内につぶやく。

(井口のやつ、少し力んでたな。江島のゆさぶりに動じてなきゃいいが)

 続く一番打者は、右打席に入ってきた。その初球、井口はセットポジションから、アウトコース低めに速球を投じる。

 打者は踏み込んでスイングした。ガッと鈍い音。しかしマウンド手前で高く跳ねる。打球を井口が捕球した時、打者はすでに一塁ベースを駆け抜けていた。

 内野安打。ツーアウト一・二塁。

「くそっ。ツキを向こうに持っていかれちまったか」

 倉橋が唇を歪める。

 

 

 電気屋の営業用軽トラックを運転しながら、田所はラジオの甲子園実況を聴いていた。

―― さあ江島高校、この試合初めて得点圏に走者を進めました。対する墨高は、思わぬ形でむかえたピンチをしのぐことができるでしょうか。

「くっ、なんだか煮えきらねえ展開だな」

 田所はつぶやいた。

「江島が相手なら、もうちょいラクな試合になると思ったが。やはり甲子園に出てくるトコで、弱いチームはねえんだな」

 営業先の住宅手前で車を停め、田所は両手を組み祈る。

「でもたのむ。倉橋、井口。なんとかここはふんばってくれ」

 

 

 墨谷内野陣はタイムを取り、マウンドに集まる。

「ま、そう心配することはありませんよ」

 井口は気楽そうに言った。

「ちとツキがなかっただけですし。あとワンアウト、軽く取れば」

「いや、井口」

 キャプテン谷口は、険しい表情で言った。

「ここは気を引きしめて、全力でいけ」

 えっ、と井口は目を見開く。

「たしかにうちにとっちゃツイてなかったが、彼らは自分達でツキを呼びこんだ。我々の打法をマネしたり、おまえにゆさぶりをかけたりしてな」

 谷口の言葉に、井口は唇を結ぶ。

「……それに」

 今度はイガラシが口を開いた。

「おまえはやつらのゆさぶりにいら立って、力んで死球を与えたろう。井口。今のおまえは、やつらの術中にはまりかけてるんだ」

 井口は「うっ」と苦い顔になる。

「だからといって、必要以上に気負うこともない」

 谷口が、やや表情を柔らかくして言った。

「たのむぞ井口。おまえの力を出しさえすれば、おさえられない相手じゃないんだからな」

「はいっ、まかせてください」

 そう返事して、一年生投手は小さく左こぶしを突き上げた。

 やがてタイムが解かれ、内野陣はそれぞれの守備位置へと散っていく。井口はマウンド上でロージンバックを拾い、倉橋はホームベース奥に屈む。

(まずコレで様子を見るか)

 倉橋のサインに、井口はうなずく。そして投球動作へと移る。初球はアウトコースへの速いカーブ。

 その瞬間、二人の走者が同時にスタートを切った。藻類を手助けするように、打者は空振りする。

「なんだとっ」

 倉橋は捕球してすぐに三塁へ送球するが、意表を突かれた分、僅かにタイミングが遅れた。二塁走者はカバーに入った谷口のタッチを掻いくぐり、三塁に頭から滑り込む。

 二塁三塁オールセーフ。さらにピンチが広がってしまう。

(しまった。まさかここで、ダブルスチールをしかけてくるとは)

 唇を歪める倉橋。その時、谷口が「気にするなバッテリー」と声を掛けた。

「ここはバッターを打ち取ればいい。切りかえるんだ」

「お、オウ」

 それもそうだな、と倉橋は胸の内につぶやく。

 ワンストライクから試合が再開される。この打者もやはり、墨高の打法を真似て打席に立った。倉橋は「ちとイヤだな」と渋い顔になる。

(この構えはボールに当てやすい。クリーンヒットはむずかしくても、さっきのように処理しづらい打球になったら、少なくとも一点入っちまう)

 しばし思案の後、倉橋はサインを出す。

 二球目は、インコース低めにシュートを投じる。打者はスイングするもボールの上を叩き、打球は一塁側ベンチ方向へ転がっていく。ファール。

(タイミングは合わせてきたが、まだシュートの軌道をつかむまではいかないようだな)

 手応えを感じる倉橋。そしてテンポよく、三球目のサインを出した。

 マウンド上。井口はワインドアップモーションから投球動作へと移る。右足を踏み込み、グラブを突き出し、左腕を振り下ろす。

 インコース高めのシュート。打者のバットは空を切った。空振り三振。井口は「よしっ」と軽く左こぶしを突き上げ、マウンドを駆け下りた。

「よく投げたぞ井口」

「うちをマネたからって、そうカンタンに点を取れるかってんだ」

 他のナイン達も一年生投手に声を掛けつつ、足取り軽くベンチへと引き上げていく。

 一方、一塁側ベンチからは「ああ……」と溜息が漏れる。

「くそっ、もう一歩のところで」

 悔しがる坂田。傍らで、橋本が「まあまあ」となだめるように言った。

「あれだけゆさぶれば、あの一年生投手からチャンスを作れると分かっただけでも収かくじゃないか。この後も、ねばっこく攻めていこう」

「……む、そうだな」

 渋い顔で応えて、坂田はマスクを脱ぎ立ち上がる。

 

 

2.先制なるか!?

 続く四回表。墨高の攻撃は、五番イガラシからである。

(こいつは、ちと注意しねえとな)

 坂田はマスクを被りつつ、警戒心を募らせる。

(さっきもアウトになったとはいえ、むずかしいコースを打ち返されたし)

そして思案の後、サインを出す。

 初球。橋本はワインドアップモーションから、投球動作を始めた。アウトコースへのスローカーブ。イガラシは反応せず。判定はボール。

 二球目もスローカーブを、今度はインコース低めに投じる。際どく外れ、ボール。イガラシはやはり手を出さず。

(いい目をしてやがるぜ)

 坂田は胸の内につぶやいた。

(これだけ際どいコースを突いてるのに、ピクリとも反応しねえ)

 三球目は、インコース高めに速球を投じた。イガラシはまたも手を出さず。しかしこれはコースいっぱいに決まり、ワンストライク。

(こいつ、なにねらってやがる)

 訝しく思いながら、坂田は次のサインを出す。

 三球目は、アウトコース低めに速いカーブを投じた。イガラシのバットが回る。パシッと快音が響いた。打球はセンター頭上を襲う。

「センター!」

 坂田が指示の声を出す前に、江島のセンターが走り出していた。やがてフェンスに背中をつけ、ジャンプする。

 精一杯伸ばしたグラブの先に、ボールが引っ掛かる。センターライナー、ワンアウト。

「く……やってくれるじゃねえか」

 イガラシは苦笑いして、バットを拾いベンチへと引き上げる。一方、江島バッテリーは二人とも、安堵の表情を浮かべた。

「センター、ナイスプレーよ!」

 橋本が好守備のセンターに声を掛ける。坂田は深く溜息をつき、マスクを被り直す。

(あぶねえ。橋本のタマがもうちょい高けりゃ、フェンスを越されてたぜ)

ほどなく次打者の六番横井が、右打席に入ってくる。

「こいつはコレからいこうか」

 坂田のサインに、橋本は「む」とうなずき、すぐに投球動作を始めた。ワインドアップモーションから、第一球を投じる。

 真ん中低めから、すうっと沈む。ドロップボール。

 横井のバットが回る。パシッと快音が響いた。打球はマウンド横をすり抜け、そのまま二遊間を破る。センター前ヒット、ワンアウト一塁。

「ちぇ。うまく打ったな」

 橋本は渋い顔になる。

「た、ライム」

 坂田がアンパイアに合図して、マウンドに駆け寄ってきた。その間、次打者の七番井口が左打席に入る。

「つぎは、さっき長打を浴びた七番だぜ」

 背後を振り向きつつ、坂田は言った。

「どうする。歩かせるか」

 相棒の問いに、橋本は「いや」と首を横に振る。

「さっきは、速球のコントロールミスをねらい打たれただけだ。今度はうまく攻めるさ」

「だいじょうぶか?」

「うむ。得点圏にランナーがいるわけでもないのに、ここで逃げると、弱気だと思われてやつらを勢いづかせちまいかねないしな」

 分かったよ、と坂田はうなずく。

「そこまで言うなら、しっかり投げてこいよ」

 橋本は「よしきた」と応えた。

 坂田がポジションに戻り屈み込むと、アンパイアはすぐに「プレイ!」とコールした。橋本は坂田のサインを確認し、セットポジションから第一球を投じる。

 インコースの速球。井口のバットが回る。パシッと快音を残し、打球はライトポール際へ飛ぶ。墨高の三塁側ベンチとスタントが「おおっ」と沸きかけるが、打球はポールの数メートル手前で切れ、ファール。

「いけね、ボール球に手を出しちまった」

 苦笑いする井口。一方、肝を冷やしたバッテリー二人は、同時に安堵の溜息をつく。

「あぶなかった……」

 橋本は溜息混じりにつぶやいた。

(こいつ。ただパワーだけかと思ったら、バットコントロールもなかなかじゃねえか。肘をたたんで、うまく打ち返しやがって)

 けどよ、と橋本は打席の一年生を睨む。

(二打席続けてやられるほど、おれも甘くないぜ)

 坂田のサインにうなずき、橋本は二球目の投球動作へと移る。今度はインコース低めに、速いカーブを投じた。

 ガッと鈍い音。井口は、今度は芯を外してしまい、打球は一塁側ベンチ前を転がっていく。

(しまった。これも見逃せばボールか)

 井口は唇を歪める。

(しかし……今のカーブ、かなりキレがあったな)

 そして三球目。橋本はアウトコースに、スローカーブを投じた。

(これは外れる)

 井口は咄嗟にそう思い、見送る。ところがボールは大きく曲がり、アウトコースのストライクゾーンいっぱいに決まった。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールに、井口は呆然とする。

(やられた。まさかあそこから曲がって、ストライクに入ってくるとは)

 一方、坂田はフウと一つ吐息をつく。

(どうにか一ヤマこえたな。つぎで調子よく切り抜けたいところだが……)

 井口と入れ替わりに、八番加藤が左打席に立つ。やはり今までと同じ構えだ。

(こいつには、さっき速いカーブを打たれてる。だから、ちとコイツで様子を見るか)

 坂田のサインにうなずくと、橋本はセットポジションに着きしばし間合いを取ってから、第一球を投じた。アウトコースへのスローカーブ

 その瞬間、一塁ランナーの横井がスタートを切った。

 すかさずセカンドが二塁ベースカバーに入る。ところが加藤は、スローカーブを強引に引っ張り、がら空きになった一・二塁間へ打ち返した。速いゴロがライトへ抜けていく。

 ライトが捕球した時、すでに一塁走者は二塁ベースを蹴り、三塁へと向かっていた。中継でボールを受けたセカンドに、坂田は「投げるな!」と指示する。

 ヒットエンドラン成功、ツーアウト一・三塁。

(しまった。ここで足を使ってくるとは……)

 坂田は唇を歪める。

 やがて九番久保が、右打席に入ってきた。一旦ベンチを振り向き、キャプテン谷口のサインを確認してから、バットを構える。

(九番か。こいつも一発があるから、注意して攻めないと)

 初球。橋本はアウトコース低めに、速球を投じた。僅かに外れてボール。この時、一塁走者加藤の離塁が大きくなっていた。

坂田はすぐに一塁へ牽制球を投じる。加藤は飛び出してしまい、二塁へと向かうも、今度はファーストがセカンドへ送球。加藤を一・二塁間に挟み、追い込んでいく。

その時、三塁走者の横井がスタートした。ホームスチール。

「ボールバック!」

 坂田が叫ぶ。セカンドがすかさずバックホームした。

 横井はタッチを搔いくぐろうと、坂田の背後に回り、ホームベースへ左手を伸ばす。坂田はベースタッチを阻止すべく、振り向きざまにミットを寄せる。本塁上のクロスプレー。

「……あ、アウト!」

 アンパイアのコールに、内外野のスタンドは「おおっ」とどよめき、そして拍手が沸き起こった。

 三塁側ベンチ。キャプテン谷口は「くっ」と右こぶしを握る。

「奇襲でもダメか。あんなとっさに、正確な送球ができるなんて。やはり、守備はよくきたえられてるな」

 やがて、タッチアウトとなった横井が戻ってくる。

「スマン谷口」

「いや、おまえはよく走った」

 横井を励まし、谷口はグラブを手に取る。

「今のは相手をほめるしかないさ」

 そう言って、攻守交代のためベンチから駆け出した。

(……ただ)

 サードのポジションに着き、谷口は胸の内につぶやく。

(これだけのチャンスがあって点が取れないとなると、ちょっとイヤな流れだな)

 

―― 谷口の予感は当たった。

 墨高はその後もチャンスを作りながら、江島の堅い守りと、橋本の巧みな投球を前に、五回六回そして七回と、どうしても一点が遠い。

 一方の江島は、クリーンヒットこそないものの、各打者のしつようなねばりから、たびたび四死球で出塁するようになり、もはやチャンスの数では墨高と互角近くになっていた。

 そしてむかえた七回裏――

 

 

 ガシャン。ファールボールが、バックネットに当たる。打席には、江島の九番打者が、左打席に立つ。

 カキ。またもファール。今度は三塁側スタンドに吸い込まれる。

(くそっ、これでファールは五球目だ。しつけーな)

 マウンド上の井口は、唇を歪める。一方、キャッチャー倉橋はフウと小さく溜息をついた。

(マズイな。これだけファールされるということは、もうだいぶ井口のタマに目が慣れているということだ)

 倉橋のサインにうなずき、井口は投球動作を始めた。インコースのシュート。際どいコースだが、打者は手を出さず。

「ボール! スリーボール、ツーストライク」

 アンパイアのコール。これでフルカウントとなった。

(く……今のコースを見きわめられるとは)

 渋面になる倉橋。そしてしばし思案の後、次のサインを出す。井口はうなずき、投球動作を始める。

 インコースの速球。これが高く外れてしまう。

「ボール! テイクワンベース」

 打者はバットを放り、一塁へと歩き出す。井口は「しまった」とつぶやいた。

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【野球小説】続・プレイボール<第70話「江島の堅守!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

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  • <外伝> 
  •  第70話 江島の堅守!の巻
    • 1.投手戦
    • 2.ねらいダマをしぼれ!
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

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 第70話 江島の堅守!の巻

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1.投手戦

―― 晴天の甲子園球場では、この日の第二試合が始まろうとしていた。二回戦・墨高と江島の一戦である。

 すでに試合前の挨拶を終え、今は後攻の江島ナインが、内外野にてボール回しを行う。またマウンドでは、江島のエース橋本が規定の投球練習を始めている。

 

「しまったあ……」

 墨高ナインの陣取る三塁側ベンチでは、スコアラー役の半田が苦い顔をしていた。

「橋本の投球にばかり気を取られて、ついチェックを忘れちゃってました。江島、あんなに守備がいいなんて」

 グラウンド上。江島野手陣の内外野のボール回しは、軽快そのものである。

「たしかにさっきのシートノックでも、かなりいい動きをしてました」

 イガラシが渋い顔で言った。

「けっしてエースだけのチームじゃないってことですね」

 半田は立ち上がり、他のナイン達に「スミマセン」と頭を下げる。

「守備のことも頭に入れておけば、それを想定した練習だってできたのに」

「ま、しかたないさ」

 横井が慰めめいたことを言った。

「なにせ前の試合じゃ、むずかしい打球はほとんどなかったからな。それに今さら悔やんでも、しょうがねーよ」

「横井さんの言うとおりだぜ」

 言葉を重ねたのは、加藤だった。

「以前も話したが、どっちみち甲子園じゃ、完ぺきな対策はできねえよ。試合を進める中で、ちょっとずつ相手の弱点を見つけていくしかねえんだ」

「……うん、そうだね」

 半田はうなずいた。少し表情が和らぐ。

 やがて、アンパイアが「バッターラップ」と声を掛けてきた。ネクストバッターズサークルに控えていた丸井が、バットを手に駆け足で打席へと向かう。

 丸井が右打席に立ち、バットを構えたタイミングで、アンパイアが「プレイボール!」とコールする。同時に球場内を、試合開始を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

 

 江島のキャッチャー坂田は、長身の堂々たる体躯の捕手である。ホームベース奥に座り、墨高の先頭打者丸井の独特の構えを気に留める。

(バットを斜めに寝かせて、クローズドスタンスたあ、ずいぶん変わったフォームだな。しかし……)

 マウンド上の橋本と目を合わせた。

(やはり橋本の対策を取ってきたか。相手をよく研究するチームだというウワサは、本当のようだぞ)

 坂田はしばし思案した後、「まずコレよ」とサインを出す。橋本はうなずき、投球動作へと移る。ワインドアップモーションから、アンダースローのフォームで第一球を投じた。

 ボールは、打者の膝元に喰い込むシュート。丸井は見送った。アンパイアは「ボール」と判定する。

(まいったな……)

 丸井は苦笑いした。

(今のシュート。テレビで見た以上に、鋭く曲がりやがる。こりゃ打っても、ファールか内野ゴロにしかならねえな)

 一方、坂田は「ほう」と感心した。

(広陽のバッターは、みんなこのシュートに腰が引けてたが、平然と見送りやがった。さすが予選で谷原を倒したチームのトップバッターなだけある)

 二球目は、アウトコースへのスローカーブ。丸井はおっつけるようにライト線へ打ち返した。快音を残し、鋭いライナーが飛ぶ。

 しかし、僅かに切れてファール。

「ああ、くそっ」

 走り出していた丸井は、残念そうに戻ってくる。

「た、タイム」

 坂田はアンパイアに合図し、マウンドに駆け寄った。

「あいつめ。いきなり、おまえのシュートをとらえてきたぞ」

「おちつけ坂田」

 諭すように橋本は言った。

「たった二球投げただけじゃないか。やつはまだ、こっちの手の内を見抜いたわけじゃない。それにこの前は、うまくいきすぎたんだ。甲子園に出てくるチームのバッターなら、あれぐらいはフツウだろう」

「……うむ。それもそうだな」

「まあ、そう心配するなって」

 橋本は僅かに笑む。

「あの一番をうまく打ち取って、おれを攻りゃくするのがカンタンじゃないってこと、墨谷のやつらに思い知らせてやろう」

 坂田は「よしきた」と応えて、ポジションへと戻る。

「フン。なにを打ち合わせたか知らんが、かならず打ち返してやる」

 丸井はぺっぺっと唾で両手を湿らせ、バットを構えた。

「さあこい!」

 三球目。橋下はアウトコースに、今度は速いカーブを投じる。

「わっと」

球速差に丸井は振り遅れてしまい、打球はバックネット方向へ飛ぶ。ファール。

四球目はインコース低めにスローカーブ。丸井は「うっ」と体を泳がされながらも、何とか引っぱってファールにする。打球は三塁側ベンチ前を転がっていく。

「ちぇっ、変化球だけで緩急をつけられるとは」

 そして五球目。橋本はまたもワインドアップモーションから、投球動作を始めた。ボールは高めの速球。丸井のバットが回る。

「……あ」

 バシッ。坂田のミットが鳴った。空振り三振。

「くそうっ」

 丸井は右こぶしを握り締め、ベンチへと引き上げていく。

 続く二番島田は、左打席に立った。そしてバットは丸井と同じ構えをする。

(この二番はスイッチヒッターだったな。しかしこいつも、さっきの一番と同じ打法か)

 坂田は思案の後、サインを出す。

 初球はインコース低めの速いカーブ。島田は手を出さず。コースいっぱいに決まり、ワンストライク。打者は思わずマウンド上を睨む。

(変化球でコーナーを自在に突けるたあ、やはり並の投手じゃないな。丸井さんが三振したのもうなずけるぜ)

 続く三球目は、アウトコース低めの速球。島田は十分引き付けてから、弾き返す。速いゴロが一・二塁間を襲う。

「よしっ……ああ」

 三塁側ベンチは一瞬沸きかけたが、江島のセカンドが跳び付いてグラブの先で補球し、膝立ちで一塁へ送球。島田は頭から滑り込むが、間一髪アウト。

「くっ、ねらいどおりだったのに」

 悔しがりつつベンチに戻ってきた島田に、他のナイン達は「おしいおしい」「今の打ち方だぞ」と声を掛ける。

「フウ。あぶねえ」

 坂田は額の汗を拭い、マスクを被り直す。

 

 

 ネクストバッターズサークル。谷口は屈んで、打順を待ちつつ「マズイな」とつぶやく。

(ここをあっさり三者凡退に終わったら、ナインの士気にかかわる)

 そして「倉橋!」と、打席へ向かう次打者に声を掛けた。

「たのむ。特訓の成果を証明するためにも、なんとか一本打ってくれ」

 倉橋は「よしきた」と返事して、右打席に立つ。こちらも一、二番と同じ打法だ。

 打者がバットを構えると、眼前のマウンド上で、橋本がすぐに投球動作を始めた。インコース高めの速球を投じてくる。

「……おっと」

 倉橋は手を出しかけるが、寸前でバットを引いた。判定はボール。

(あやうくボール球に手を出しちまうところだった。しかしあのピッチャー。こんなにきわどいコースを突いてくるなんて)

 二球目はアウトコーススローカーブ。低めいっぱいに決まり、ワンエンドワン。

(このスローカーブ、ただ遅いだけじゃないな)

 思わず倉橋は苦笑いした。

(大きく曲がるうえに、コントロールも自在とは。無造作に打ちにいけば、広陽の二の舞になっちまう)

 続く三球目。今度は真ん中低めに、半速球が投じられた。それがすうっと沈む。ドロップボールである。

 しかし倉橋は、これを掬い上げるように打ち返した。ライナー性の打球が、センターの芝の上で弾む。センター前ヒット、ツーアウト一塁。

「へへっ、ざんねんだったな」

 一塁ベース上で、倉橋は含み笑いを漏らす。

「こちとら落ちるタマなら、うちのエースで練習ずみなんでね」

 一方、坂田はマスクを脱ぎ、腰に右手を当て小さくかぶりを振る。

(引っかけて内野ゴロに打ち取るつもりが、いともカンタンに打ち返してくれたな。こりゃ気を引きしめてかからないと、痛い目にあうぞ)

 ほどなく次打者の谷口が、右打席に入ってくる。四番の彼もまた、他の打者と同じ構えだ。

「なんでえ、四番までチョコン打法か」

 坂田は聞こえるように嫌味を言ったが、相手打者はまるで意に介さない。

(これぐらいで動じるような男じゃ、キャプテンはつとまらんか)

 苦笑いして、坂田はホームベース奥に屈む。そして「まずコレね」とサインを出した。

 マウンド上。橋本はうなずくと、今度はセットポジションから投球動作を始める。初球は、インコース低めの速いカーブ。

「いまだっ」

 谷口は躊躇うことなく強振した。パシッと快音が響く。大飛球がレフト頭上を襲う。

「れ、レフト!」

 坂田の指示の声よりも早く、江島のレフトが背走を始めていた。そして外野フェンスの数メートル手前でダイブする。三塁塁審が、打球の確認に走る。

「……あ、アウト!」

 塁審のコールに、内外野のスタンドからは落胆と安堵の入り混じった声が漏れる。

「くそっ、あと少しだったのに」

 谷口は悔しげな顔で、ベンチへと引き上げる。

(しかし半田の言ったとおり、あれほど守備がいいとは。この様子じゃ、おいそれと得点させてもらえないな)

 そう胸の内につぶやいた。

 

 

 一回裏。守る墨高のマウンドには、一年生左腕の井口が上がる。ほどなくキャッチャー倉橋相手に、規定の投球練習を始めた。

 スピードある速球とシュートに加え、打者のタイミングを外すスローカーブ。どれもキレよくコーナーに決まる。

「な、なんてボールだよ」

 江島ナインの陣取る一塁側ベンチから、ざわめきが漏れた。

「シュートなんて、ほぼ直角に曲がりやがったぞ。あんなタマ、どうやって打ちゃいいんだ」

「うむ。あれで一年生とは思えんな」

 相手ベンチの会話を聞いて、倉橋はクスと笑い声をこぼす。

(ずいぶん弱気だな。ま、このまえの試合を見たかぎりじゃ、さほど打力はなさそうだし)

 そして「井口」と、マウンド上の一年生に声を掛けた。

「今日はどんどん攻めていこうよ」

 はいっ、と井口は力強く返事する。

 やがて、江島の先頭打者が右打席に入ってきた。ガツガツと足下を均し、バットを短めに構える。井口の投球を見たせいか、緊張気味の表情だ。

 倉橋は「まずコレよ」と、サインを出す。

 初球。井口はワインドアップモーションから、投球動作へと移る。そして得意のシュートを投じた。

 ボールは打者の膝元を巻き込むようにして、ストライクゾーンを通過。打者は手が出ず。

「ストライク!」

 アンパイアのコール。打者は「は、はやい」と顔を歪める。

 二球目もインコース低めのシュート。打者はまたも手が出ず。これも決まってツーストライクとなる。

「あれ、どったの」

 井口が挑発的に言った。

「ただ見てるだけじゃ、当たらないよ」

 打者はムッとした顔をする。

 そして三球目。井口はまたも、ワインドアップモーションから投球動作を始めた。今度はインコース高めの速球。打者はバットを出したが、空を切る。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールに、打者はうなだれる。

(やはり打力は低いようだな)

 倉橋は、そう胸の内につぶやく。

 すぐに次の二番打者が、左打席に入ってきた。井口の速球に合わせるためか、バットをかなり短く持っている。それを見て、倉橋はサインを出す。

 初球。井口が投じたのは、スローカーブだった。

「うっ」

打者は完全にタイミングを外されてしまう。ガキ、と鈍い音を残し、打球はサード頭上への凡フライ。谷口が「オーライ」と周囲を制してから、難なく顔の前で補球した。

倉橋に返球した後、谷口はナイン達へ声を掛ける。

「ツーアウト!」

 ナイン達は「ナイスピーよ井口」「このまま攻めていこうぜ」と、マウンド上の一年生を盛り立てる。

 続く三番打者も左打席に立った。その初球、井口はインコース高めに速球を投じる。打者はスイングするが、掠ることもできず。

(く……かすりもしないとは)

 二球目は、アウトコース低めのシュート。打者は手が出ず、あっという間にツーストライク目を取られる。

(こう速くちゃ、直球かシュートかの区別もつかねえよ)

 つい胸の内で、泣き言をつぶやく。

 そして三球目。井口はアウトコース低めに、速いカーブを投じた。ボールはコースいっぱいに決まる。打者は手が出ず。

(しゅ、シュートとスローカーブだけじゃなかったのかよ)

 打者は数回かぶりを振り、ベンチへと引き上げた。スリーアウト、チェンジ。

「へっ。やはり大したことねえな」

 肩で風を切るようにして、井口がマウンドを降りていく。

「おい井口」

 その背中に声を掛けたのは、イガラシだった。

「かなり調子よさそうじゃねえか」

 まあな、と井口は得意げに答えた。

「相手打線も弱いし。ちっとも打たれる気しねえよ」

「そうか。しかし最後まで集中を切らすなよ。今日はヘタすりゃ、一点勝負になるかもしんねえからな」

「なーに。今の調子じゃ、一点あれば十分……」

「その一点が取れなくて、広陽は最後の最後にポカをしちまったろう」

「……おい、イガラシ」

 さすがに井口は不機嫌になる。

「おれまでポカをするって言いてえのか」

「まあまあ、悪く思うなよ」

イガラシは僅かに笑んだ。

「そうならないように、細心の注意をしろってこった。たのんだぜ」

 そう言って、幼馴染は踵を返す。

「なんだあいつ」

 井口は不思議そうにつぶやいた。

 

 

2.ねらいダマをしぼれ!

 二回表の攻撃前。谷口はタイムを取り、三塁側ベンチ手前にてナイン達に円陣を組ませた。

「みんな。今は自分のバッティングだけに集中するんだ。相手守備のことは、そこまで考えなくていい」

 開口一番、谷口はそう告げる。

「どんなに守備がよくたって、ぜんぶの打球をとれるわけじゃない。まずは特訓してきた打ち方で、かく実に芯でとらえることを心がけるんだ」

「おれも同感だぜ」

 倉橋が言葉を重ねる。

「さすがに広陽を完封しただけあって、あの橋本はかなりの投手だ。きっちり打ち返すことを意識しないと、やられるぞ」

 ごくん、と唾を飲む音がした。倉橋は話を続ける。

「さいわい、江島にうちの投手陣から何点も取るほどの打力はない。一点でも先取すれば、やつらはあせるはずだ」

「倉橋の言うとおり、この試合は先取点が大事だと思う」

 谷口はそう言って、さらに付け加える。

「それから一つ一つのプレーを大切にしよう。こっちから自滅することがないようにな」

 キャプテンの言葉に、ナイン達は「はいっ」と声を揃えた。

 

 

 やがてイガラシが右打席に入り、アンパイアが「プレイ」と二回表の開始を告げる。

(こいつか。予選で七割近く打っていたというバッターは)

 キャッチャー坂田は警戒心を抱く。

(ナリからして、さほどパワーはないだろうが、足は速そうだ。回の先頭だし、ここは慎重にいかなきゃな)

 イガラシも、初回の四人と同じ構えをする。

(なんだ。この五番もチョコン打法か)

坂田は苦笑いする。そして思案の後、サインを出す。

 橋本はサインにうなずき、ワインドアップモーションからアンダーハンドのフォームで第一球を投じた。アウトコースへの速いカーブ。

 パシッ。快音を残し、打球はライトポール際へ飛ぶ。おおっ、と三塁側ベンチとスタンドが沸きかける。しかし僅かに切れてファール。

「ちぇ。もうちょい左だったらなあ」

 イガラシは渋い顔で、小さくかぶりを振る。一方、坂田は目を丸くした。

(どうやらパワーはないって考えは、捨てた方がよさそうだな)

 二球目はインコース高め、三球目はアウトコース低めに速球を投じた。いずれもきわどいコースだったが、きっちり見極められツーボール。

(さすが、いい目してやがる)

 坂田は感心するほかなかった。

 そして四球目。橋本が投じたのは、インコースへのシュートだった。打者の懐に喰い込む軌道。イガラシのバットが回る。

 パシッ。イガラシは肘を畳み、二遊間へ低いライナーを打ち返す。

「や、やった!」

 またも沸きかける三塁側ベンチ。抜けるかと一瞬思われたが、江島のショートが横っ飛びし、グラブの先で好捕する。ショートライナー、ワンアウト。ああ……と、三塁側ベンチから落胆の声が聞かれる。

 一方、一塁側ベンチとスタンドは沸き立つ。

「ナイスプレーよショート!」

「抜ければ長打の当たりを、よく止めてくれたぜ」

 マウンド上の橋本は、安堵した。

(あぶねえ。こいつ、いい反応しやがるぜ)

 一方、イガラシは「くそっ」と、悔しげにベンチへ引き上げていく。

(うーむ。まだ序盤だというのに、いい当たりが続いてるな)

 坂田は渋い顔で、胸の内につぶやいた。

(ここらで、ちょっとしめていかねえと。打力からして、うちは先に点を取られると、かなり苦しくなるからな)

 ほどなく、次打者の横井が右打席に入ってくる。そして、あの構えをした。なるほど、と坂田はつぶやく。

(この構えは、やはり橋本の変化球に対応するためか。やつらなりに考えたんだろうが……それでやられるほど、うちは甘くねーぞ)

 坂田がサインを出し、橋本はすぐに投球動作を始めた。初球はインコースのシュート。打者の膝元を巻き込むように、鋭く曲がる。

 カキ。ミートし損ねた打球が、三塁側ベンチ前を転がっていく。

(くっ……こんな手元で曲がるなんて)

 横井は唇を歪める。

(イガラシのやつ、よくライナーで打ち返せたな)

 二球目は、アウトコーススローカーブ。横井は手が出ず。コースいっぱいに決まり、ツーストライクとなる。

(ほんときわどいコースに投げてきやがる。しかし、カンタンに追いこまれちまったな)

 そして三球目。橋本は、インコースに速球を投じてきた。

「うっ」

 明らかなボール球に、横井は手を出してしまう。打球はレフト正面への凡フライ。江島のレフトはほぼ定位置から動かず、難なく顔の前で捕球する。あっさりツーアウト。

「やられた。ボール球を打たされちまった……」

 うなだれる横井。ベンチへと引き上げる途中で、次打者の井口とすれ違う。

「スマン井口。おまえの前に、ランナーを出してやれねえで」

 なあに、と快活な声が返ってくる。

「気になさらず。おれが一本、放りこんできてやりますんで」

「あ、そう」

 そうとうな自信だな、と横井は半ば呆れた。

 井口は左打席に立ち、やはり他の打者と同じ構えをする。マウンド上を睨み「さあこい!」と、気合の声を発した。

(ずいぶん、いせいのいいバッターだな)

 マウンド上。橋本は苦笑いしつつも、警戒心を募らせる。

(だがナリからして、パワーはありそうだ。芯でとらえられたら、オーバーフェンスもされかねないぞ)

 キャッチャー坂田のサインに、橋本は三回首を振った。どうしても慎重になってしまう。

(……じゃあ、コレか?)

(うむ)

 ようやくサインが決まり、橋本は一球目を投じた。インコース低めのスローカーブ。決まってワンストライク。井口はピクリとも動かず。

(まるで反応しないということは、速球を待ってるのかな)

 坂田は思案し、次のサインを出す。

 二球目もスローカーブ。今度はアウトコース低めに投じた。井口はまたも手を出さず。ボールはコースいっぱいに決まり、ツーストライク。

(また手を出さないか。なら、これはどうだ)

 坂田のサインに、橋本はうなずいた。そしてワインドアップモーションから投球動作へと移る。投じたのは、アウトコース高めの速球。

 あっ、と坂本は思わず声を上げた。傍らで、井口のバットが回る。

 パシッ。火を噴くような打球が、あっという間にレフトフェンス上部を直撃した。井口は一塁ベースを蹴り、二塁にスライディングもせず到達する。

「ああ、くそっ。あとこんくらい」

 二塁ベース上。井口は親指と人差し指を広げ、悔しがる。

「た、タイム」

 坂田はアンパイアに合図し、マウンドへと駆け寄った。

「スマン坂田」

 橋本が謝ってくる。

「ボール球を打たせるつもりが、ちと中に入っちまった」

「ま、すんだことはしかたないさ」

 渋い顔で、坂田は言った。

「フェンスオーバーされなくてよかった。それより、つぎのバッターをかく実におさえよう。下位打線で点を取られることがないようにな」

 エースは「よしきた」と応える。

 坂田がポジションに戻ると、墨工の八番打者加藤が左打席に入ってきた。こちらもやはり、他の打者と同じ構えだ。

 橋本はロージンバックを拾い、右手に馴染ませつつ、間合いを取った。

(まずコレよ)

 坂田のサインに「む」とうなずき、橋本はロージンバックを足下へ放る。

 そして橋本はセットポジションから、一球目を投じた。アウトコース低めのシュート。加藤はバットを放るようにスイングしたが、空振りしてしまう。

「く……このシュート、けっこうキレてるじゃねえか」

 唇を歪める加藤。その時ベンチより、キャプテン谷口が指示の声を飛ばす。

「加藤、ねらいダマをしぼるんだ!」

「は、はいっ」

 キャプテンの言うとおりだな、と加藤は胸の内につぶやく。

(どれでも合わせようという気でいたら、なかなかミートするのはむずかしいぞ)

 二球目は、アウトコース低めのスローカーブ。これは手を出さず。僅かに外れボール。三球目も同じコース、同じボールを続けられた。今度はコースいっぱいに決まり、ツーエンドワン。

(ヤレヤレ。ねらいダマをしぼるたって、おいこまれちゃなあ)

 加藤は苦笑いした。

 そして三球目。橋本はまたもセットポジションから、アウトコース低めに今度は速いカーブを投じてきた。左打者の加藤には中に入ってくる起動。

 加藤はおっつけるようにして、カーブを打ち返した。

「うまいっ」

 ベンチの谷口が声を上げる。打球は三遊間を破り、レフト前へ抜けていく。スタートを切っていた井口が三塁ベースを蹴り、一気にホームへと向かう。

 ところが、江島のレフトはシングルハンドで捕球すると、そのままバックホームした。なんとノーバウンドのストライク返球。

本塁上で、滑り込んできた井口とクロスプレーになる。

「……あ、アウト!」

 アンパイアのコールに、三塁側ベンチとスタンドから「ああ」と落胆の声が漏れる。

「く……やるな」

 谷口は悔しがりつつも、感心してつぶやいた。

(あんな正確なバックホームで刺すとは。しかし、今のチャンスで得点できなかったのは、正直痛いな。このままズルズルいかなきゃいいが)

 それでも他のナイン達には、明るく声を掛ける。

「へいっ、切りかえていこうよ」

 ナイン達は「は、はい」と返事した。

 一方、江島バッテリーは苦い顔で、ベンチへと引き上げていく。

「あぶなかったな」

 坂田の一言に、橋本は「うむ」とうなずく。

「まさか下位打線に、二本も打たれるとは」

「しかたあるまい。なにせ、あの谷原を破ったチームだからな」

 苦笑いしつつ、坂田は言った。

「だが、モノは考えようさ」

 橋本は「なにが?」と尋ねる。

「こうして何度もピンチをしのいでいると、墨高もあせりが出てくるかもしれん。早く得点しなきゃと思えば思うほど、力んでしまうからな」

 坂田の言葉に、橋本は「なるほど。それなら」と僅かに笑む。

「つぎの打順はおれからだ。やつらを少しでもあせらせるように、この回、ちょっとしかけてみるよ」

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【野球小説】続・プレイボール<第69話「なるか!? 甲子園初勝利の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

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  •  第69話 なるか!? 甲子園初勝利の巻
    • 1.キャプテン谷口の余裕
    • 2.波乱
    • 3.次戦へ向けて
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 第69話 なるか!? 甲子園初勝利の巻

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1.キャプテン谷口の余裕

―― 墨高対城田の一回戦は、大づめの九回をむかえていた。

 二点をリードする墨谷は、この回先頭の六番伊予にセーフティバントを決められると、続く七番安田には不運な当たりの内野安打で出塁を許す。さらに八番井上が送りバントを成功させ、ワンアウト二・三塁。相手は下位打線ながら、一打同点のピンチである。

 

「うーむ。カンタンに、進められちまったな」

 キャッチャー倉橋は渋面になり、野手陣へ指示を出す。

「内野は定位置、外野は前進だ。一点は仕方ねえが、なんとしても同点は阻止するぞ!」

 横井、島田、久保の外野手三人は、数メートルほど前進した。

 その時である。キャプテン谷口がタイムを取り、マウンドへ歩み寄った。それを見て、倉橋も駆け寄る。

「今のバントは、もうけたな」

 谷口の意外な一言に、バッテリー二人は「えっ」と声を重ねた。

「どういうことだ?」

「もっとゆさぶってくると思ったが、あっさりアウト一つくれたろう。これは城田、おそらく松川のボールを見て、少し弱気になったんじゃないか」

 その言葉に、倉橋は「なるほど」と気付く。

「もしエンドランでも使われて、さらに出塁を許していたら、ヘタすりゃ逆転までもっていかれてた。それを初球からバントして、やつらは自ら選択肢をなくしてくれたってことか」

 たしかに、と松川も同調する。

「向こうにも焦りが出てきたってことですね」

「うむ、そういうことだ」

 それだけ言葉を交わし、谷口はサードのポジションに戻る。

 倉橋は、左手のミットを右手でバシッと鳴らし、ホームベース奥に屈み込んだ。そして束の間思案し、意思を固める。

(松川は調子を取り戻してきた。今なら、コースに投げ分けられるはずだ)

 ほどなく次打者の九番雪村が、右打席に入ってきた。バットを短めに握る。

 倉橋はミットを、アウトコース低めのさらに外側に構えた。マウンド上の松川は、サインにうなずき、セットポジションから第一球を投じる。

 雪村がスイングした。しかしバットの先端に当たり、球威にも押され、打球は一塁側ファールグラウンドに転がる。

(こんなボール球にも手を出してくれるとは。やはりアウトコースの見きわめが、そうとう苦手らしいな)

 二球目。倉橋は、またもアウトコース低めにミットを構えた。そして松川の投球。雪村は左足を踏み込んで打ちにいく。

 ところが、投じられたのはカーブだった。雪村はタイミングを外され、体勢を崩しながら空振りする。これでツーストライク。

 雪村は顔を歪める。

(くそっ、こっちの打ち気を利用しやがって。だが、つぎはこうはいかんぞ)

 そして三球目。松川が投球動作を始め、指先からボールを放つタイミングで、雪村は左足をさらに左側に開いた。

「きたっ」

投球は雪村のねらいどおり、インコース。バットが回る。しかしボールは、さらに内側に喰い込むシュート。

「こなくそ!」

 ガッと鈍い音がして、打球はキャッチャー頭上への小フライとなった。倉橋が難なく顔の前で捕球して、ツーアウト。

(ハハ。ヤマをはるのはいいが、フォームをくずしてまでボール球に手を出しちゃ、打てるわけねーよ)

 野手陣に「ツーアウトよ!」と声を掛ける倉橋の傍らで、雪村は空を仰ぐ。

 

 

「しまった……」

 一塁側ベンチ。城田監督は、思わず頭を抱える。

(さっきの初球バントで、墨谷に一息つかせてしまった。もう一度エンドランをかけるなりして、やつらを揺さぶればよかったが……この状況じゃ、もう打つ手がない)

 それにしても、と指揮官は胸の内につぶやく。

(大したチームだ。フツウなら、この土壇場で二・三塁になれば、多少なりとも動じるものだが。やつらは、これでバッター勝負に集中できると、すぐに頭を切りかえてきた。なかなかできることじゃない)

 視線の先には、チームメイト達に「しっかりいこうよ」と声を掛ける、墨高キャプテン谷口の姿があった。

(あの谷口という男。よほど、優れたリーダーなのだな)

 腕組みしつつ、監督は数回かぶりを振る。

(しかし……まだ負けたわけじゃない。向こうがバッター勝負に集中するというなら、こっちも栗原の一打にすべてをかける!)

 そして、沈みかけるベンチのナイン達へ檄を飛ばす。

「ほら、どうした。まだ試合は終わってないんだぞ。一打同点のチャンスだ。ほれ、今からでも声を出すんだ」

 キャプテン沢村が「はいっ」と返事する。そしてチームメイト達に声を掛けた。

「ようし。みんなで、栗原を後押ししてやろうぜ」

 城田ナインは「オウッ」と快活に応えた。

 

 

 ツーアウト二・三塁となり、城田の打順はトップに返った。そして一番栗原が、左打席に入ってくる。

 倉橋は「まずココよ」とサインを出し、ミットをインコース高めに構えた。

 その初球。松川は要求通り、速球をインコース高めに投じる。栗原はバットを出しかけるが、途中で止めてしまう。ボールはストライクゾーンいっぱいに決まった。打者は「くっ」と、顔を引きつらせる。

(フフ。苦手コースを隠そうとしたはいいが、なんでもかんでも手を出しすぎたせいで、どのタマをねらうか絞りきれなくなっているようだな)

 打者の傍らで、倉橋はほくそ笑む。

 二球目。松川はインコース低めにシュートを投じた。栗原は辛うじてバットの根元に当て、打球は三塁側ベンチへ転がっていく。三球目はインコース高めの速球。栗原はこれもファールにし、打球は三塁側スタンドに落ちる。

 カウントはツーナッシング。その時、一塁側ベンチより、城田監督が「栗原!」と檄を飛ばす。

「迷うな。思いきっていけ!」

「は、はいっ」

 一方、墨高バッテリーは冷静に投球を組み立てていく。

(そろそろコレでいくか)

 キャッチャー倉橋のサインに、松川はうなずき、投球動作を始めた。左足を踏み込み、グラブを突き出し、右腕を振り下ろす。

 投球は、アウトコース低めのカーブ。栗原の上半身がぐらついた。それでも懸命にバットのヘッドを残し、ボールに喰らい付く。

 パシッ。快音を残し、打球は右方向へ飛んでいく。

「ライト!」

 倉橋が叫ぶより先に、ライト久保が背走し始めていた。おおっ、と内外野のスタンドがどよめく。

 しかしフェンス数メートル手前で、久保はスピードを緩め、くるっと正面に向き直る。そして顔の前で捕球した。

 ワアッ、と球場全体が湧き返る。墨高野球部、甲子園初勝利の瞬間だった。

 

 

 試合後。地方大会と同じく、ホームベースを挟んで両軍の挨拶が行われた。

「一同、礼!」

「アリガトウシタッ」

 互いに握手を交わした後、敗れた城田ナインは一塁側ベンチ手前に並ぶ。一方、勝った墨高ナインはバックネット手前に横一列となり、脱帽した。

 ほどなく、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

―― ご覧のとおり、ただいまの試合、六対四で墨谷高校が勝ちました。勝ちました墨谷高校の栄誉を称え、同校の校歌を演奏して、校旗の掲揚を行います。

 

ここ墨東の地に 緑萌え

荒川 悠久に流れゆく

志高く 学びの友が集いて

いま明日へと 力強く踏み出す

ああ墨谷 ああ墨谷

永遠に光あれ 我らが母校

 

 

 校歌斉唱の後。墨高ナインは三塁側スタンド前に駆け寄ってきて、横一列に並ぶ。

「みなさん。応援、どうもありがとうございました」

 キャプテン谷口の掛け声に、他のナイン達も「アリガトウシタッ」と脱帽して声を揃える。

「おーい、おめーら!」

 スタンドの金網越しに、田所はちぎれんばかりに右手を振った。

「あっ、田所さん」

 谷口はすぐに気付いた。

「こんな遠いところまで。わざわざ来てくださったんですね」

「あたりめえよ」

 威勢よくOBは応える。

「かわいい後輩達の晴れ姿、見届けねえでどうするよ」

「あ、ありがとうございます」

 谷口と共に、一礼するナイン達。しかし横井がポツリと言った。

電気屋って、そんなにヒマなんかなあ」

「うむ、そうだな」

 傍らで、戸室がうなずく。OBは「あ」とずっこけた。

「れ。聞こえちゃったみたい」

 苦笑いする横井。田所は「こら横井」と、金網越しに怒鳴る。

「こちとら仕事を精一杯やりくりして、どうにか今日のためにそなえてたんだぞ。もう少し言いようってものがあるだろう」

「す、スミマセン」

 横井は肩をすくめる。一方、他のナイン達はムキになるOBの姿に、クスクスと笑い声をこぼす。

「……まあ、でもよ」

 声を穏やかにして、田所は言った。

「感動したぜ。甲子園へ行くってだけでも、夢物語だと思ってたのに。まさか墨高野球部の歴史に残る、甲子園初勝利を見せてもらったんだからな」

「なにをおっしゃるんです」

 口を挟んだのは、イガラシだった。

「まだまだ、これからスよ」

 僅かに笑んで、そう付け加える。

「ハハ、言ってくれるぜ」

 OBは口を開けて笑った。そしてすぐ真顔に戻る。

「ま、とにかく。今日は心からうれしいぜ。つぎは仕事で来られねえが、イガラシの言うように、まだ先は長いつもりでがんばるんだぞ」

 じゃあな、と田所は踵を返す。

「それじゃあ、おれ達も行こうか」

 谷口は、ナイン達に声を掛ける。そうして墨高ナインは甲子園から引き上げるため、ベンチへと急いだ。

 

―― こうして、墨高は苦しみながらも城田を下し、甲子園初戦突破を果たしたのである。

 

 

2.波乱

 甲子園球場を後にしたのち、墨高ナインはバスで旅館へ戻ることとなった。すでに制服に着替えた彼らは、駐車場にて二十一名の部員が手分けして、バス内の荷物を運び出す。

 やがて、部長も「よっこらしょ」とバスから降りてきた。そしてオホン、と大きく咳払いする。ナイン達は自然と、その場で直立不動の姿勢になる。

「諸君。ひとまず今日の勝利、おめでとう」

 部長はまずそう告げた。

「だがこうして甲子園に来られたのも、宿を借りられるのも、ひとえに学校関係者やOB、その他多くの方々のご厚意による、寄付金あってのものだということを、けっして忘れてはならんぞ」

 ナイン達は「はいっ」と声を揃えた。やれやれ、と部長は胸の内につぶやく。

(その寄付金を集めるのに、出発前どれだけ苦労したことか)

 一方、ナイン達の中で一人そわそわしている者がいた。半田である。

「どうした半田」

 倉橋に問われ、半田は「あの……」と口を開く。

「ぼく、先に旅館へもどってます」

 そう言って、荷物を手に走り出した。そのまま旅館の門をくぐっていく。

「半田のやつ。しょんべんか」

 不思議がる倉橋に、イガラシが「ちがうと思いますよ」と答える。

「どうしてだ?」

「ちょうど今ごろ、始まってるんじゃありませんか。ぼくらのつぎの相手、広陽と江島の試合が」

「なにっ」

 倉橋は驚いて、目を見開く。

「それじゃ、ここでのんびりしてる場合じゃないな。おいみんな! 早く旅館に帰って、テレビを見るぞ」

「お、オウッ」

 正捕手を先頭に、ナイン達は残りの荷物を運びつつ、急ぎ旅館へと向かう。

「試合の分析は半田にまかせて、つぎの試合のことは、みんなには夕食後にでも話そうと思ってたのに。みんなすっかり、心に火がついちゃったみたいだ」

「なにを言っとる」

 タバコをくゆらせながら、部長が少し笑って言った。

「火をつけたのは、そっちのくせして」

 谷口は「あ」とずっこける。そして自分も、チームメイト達の後を追った。

 

 

 墨高ナインは、旅館のテレビのある食堂に集まり、一方が次戦の対戦相手となる、広陽と江島の試合を観戦した。

 テレビ画面の右下には、「四回表 広陽0-0江島」と表示されている。

「なかなか、いい試合してますね」

 前列右側のテーブル席で、丸井が言った。うむ、と同じテーブルの横井が応える。

「しかし広陽って、招待野球で谷原に大敗したとはいえ、春の甲子園では準々決勝まで進んだんだろう」

「そうですね」

 隣のテーブル席で、野球の大きな試合に詳しい一年生の片瀬が解説した。

「広陽は春夏合わせて、十回以上も甲子園に出場している名門です。かつては決勝まで行ったこともあるそうですし」

「江島はどうなんだ?」

 丸井が尋ねる。

「今回が初出場ではないらしいんですけど、あまり聞かないですね」

 なるほど、と横井がうなずく。

「それじゃ、まず広陽だろうな」

「おれもそう思います」

 片瀬の傍らで、井口が口を挟む。

「さっきから見てますけど、江島のやつら、みんなバットの振りが鈍いじゃありませんか。あれなら今日戦った城田の方が、ずっと手ごわかったスよ」

「たしかに同感だな」

 丸井も同調する。眼前では、江島の打者が広陽の投手に、あえなく空振り三振に倒れたところだった。

「うーむ、そう順当にいくだろうか」

 異を唱えたのは、谷口だった。丸井が「キャプテン」と、谷口の座る斜め後ろのテーブル席を見やる。

「みんなが言うのも分かるが……」

 キャプテンは、やや渋い顔で言った。

「広陽のバッターも、江島のピッチャーにかなり手こずっているし」

 そういえば、と倉橋がうなずく。

「江島もだが、広陽もまだチャンスらしいチャンスを作ってねえな」

 谷口は「む」と相槌を打つ。

 ガッと鈍い音が、テレビから聞こえてきた。広陽の打者が、あっさりセカンドゴロに打ち取られる。五回表、ワンアウト。依然として両チーム無得点。

「江島の橋本というアンダースローのピッチャー。細身の見た目であなどってちゃ、痛い目にあいそうですね」

 谷口の真向かいの席で、イガラシが険しい眼差しをテレビへ向けている。

「スピードこそありませんが、球種が多彩で、どれもきわどいコースにきまっています。おまけに、どのタマを投げる時も、フォームがまったく同じです」

 あっ、と数人から声が漏れた。一方、谷口は無言でうなずく。そしてつぶやいた。

「こりゃどちらが勝つにしても、かなりもつれるんじゃないか」

 

―― 谷口の予想は当たった。

 両チームとも相手投手を打ちあぐね、何度かむかえたチャンスもモノにできない。そしてたがいに得点できぬまま、あっというまに九回をむかえたのである。

 

 カキ。広陽の打者の打ち返した打球は、しかしセンターのほぼ定位置。江島のセンターはほぼ動かず、難なく顔の前で補球する。スリーアウト、チェンジ。

「おいおい、まさか」

 席を立った倉橋が谷口の隣に来て、目を丸くした。

「あの広陽が、江島相手に九回まで〇点とは」

「む。江島のピッチャーが、ここまでやるなんて」

 迎えた九回裏。広陽の投手のボールが大きく高めに外れ、四球となる。江島の先頭打者出塁、ノーアウト一塁。

「広陽、ここはちょっとピンチですね」

 イガラシが言った。

「ピッチャーがつかれてきてるのか、江島はさっきからいい当たりも増えてますし」

 ガッと鈍い音。凡フライかと思われたが、打球はちょうどセカンドとライトの中間地点へ飛んでいく。そして後方へダイブした広陽のセカンドのグラブを掠め、芝の上に落ちた。

 結果としてライト前ヒット。ノーアウト一・二塁と、江島にとってはチャンスが広がる。

「広陽はちとツイてねえな」

 倉橋の一言に、谷口は「そうかな」と異を唱える。

「打ち取った当たりがヒットになるということは、イガラシの言うようにピッチャーがつかれて、球威がなくなってきているせいかもしれないぞ」

 けどよ、と横井が口を挟む。

「名門のエースともあろう者が、この試合わずかしか出塁を許していないのに、たった九回でつかれるものなのか?」

「体というより、精神的なものだろう」

 谷口は答える。

「名門だからこそ、こんなに味方が点を取ってくれない試合というのは、ほとんど経験がなかったんじゃないか。ピッチャーというものは、点をやれないと思うほど力んでしまう。まして相手は、格下と目していたであろう江島だからな」

 その時だった。周囲から「なにっ」「ああ……」とざわめきが漏れる。えっ、と谷口達もテレビに視線を戻す。

―― おっと、ピッチャーの一塁けん制がそれてしまった!

 実況アナウンサーの声が、甲高く響く。

 テレビ画面上で、ボールはライトファールグラウンドを転々としていく。これを見て、江島の二塁ランナーは三塁ベースを蹴り、一気にホームへ突っ込んできた。カバーに入ったライトがようやく追い付きバックホームするも、間に合わず。

 二塁ランナーが頭から滑り込んで生還すると、他の江島ナインが駆け寄り、抱きついてきた。一方、広陽ナインは各ポジションにて、グラウンドに崩れ落ちる。

 一対〇。江島が強豪の一角・広陽を九回サヨナラで下すという、波乱の幕切れとなった。

 テレビの前で、押し黙る墨高ナイン。ただ一人、前列中央の席でずっとメモを取っていた半田が、ポツリと言った。

「これが甲子園のこわさなんだ……」

 

 

3.次戦へ向けて

 テレビ観戦後。ナイン達は一旦、寝泊りする座敷の部屋に集まった。ほとんどの者が、困ったような顔をしている。

「まいったなあ」

 皆の気持ちを代弁するように、横井が言った。

「つぎは広陽を破ったピッチャーが相手だから、すぐにでも練習したいってのに。そのための場所がないとは」

「こまりましたね」

 丸井が同調する。

「近くのせまい公園じゃ、せいぜいランニングと素振りとキャッチボールくらいしかできませんし」

 そうだな、と横井は溜息をつく。

「今からでも、どこか練習できる場所、借りられないものかな」

 半田が「それはムリですよ」と答える。

「練習場所は、どの出場校にも平等に割り当てられてますから。うちだけ特別多く借りるというのは、できませんよ」

 二人の会話に、他のナイン達は「しかたねえか」「けど、あせるよなあ」と諦め顔になる。

 部屋の隅で、谷口は腕組みして座り、何か考え込む様子だ。倉橋が「どうした谷口」と、声を掛ける。

「やはり練習場所のことか?」

「いいや」

 谷口は首を横に振る。

「ちょっとみんなの様子がな」

 倉橋だけに聞こえるように、小声で言った。

「やる気があるのはいいんだが。初戦を終えたばかりだというのに、やや前のめりすぎているように思えるんだ」

 隣に倉橋は座り、「たしかにな」とうなずく。

「あせってやっても、ロクなことにはならんしな」

 その時だった。

「なあ諸君」

 ずっと黙っていた部長が、ナイン達に声を掛けてきた。

「なやんでたって、どうせ練習できないんだし。ここはひとつ、気分転換でもしてくるのはどうかね?」

「き、気分転換ですか?」

 谷口が尋ね返すと、部長は「うむ」とうなずく。そして話を続けた。

「さっきバスの運転手と連絡を取ってみたんだがね。甲子園初勝利のごほうびもかねて、短い時間ではあるが、大阪見物に連れていってくれるそうなんだが。どうするね?」

 ナイン達は「ええっ」と声を上げた。

 

―― それから後。墨高ナインはバスに乗りこみ、大阪見物へとくり出した。

 東京の下町で生まれ育ったナイン達にとっては、やはり何もかもがめずらしく、おもしろかった。そして、しばらく野球のことしか考えてこなかった彼らに、束の間ながら安らぎの時間となったのである。

 

 

 大阪見物から戻ってきたナイン達は、バスから降りると、口々に感想を言い合った。

「すごかったな、通天閣

 横井の言葉に、戸室が「うむ」と同調する。

「写真なんかで見るのとじっさいに見るのとじゃ、大ちがいだったな」

「たこやきも、うまかったスね」

 楊枝で歯をいじりながら、鈴木が言った。

「まったく。食いしんぼうめ」

 丸井が嫌味を言う。その隣で、イガラシが何やら考え込む表情だ。

「どうしたイガラシ。あまり楽しくなかったのか?」

「あ、いえ」

 丸井の問いかけに、イガラシは苦笑いした。

「あのたこやき、出汁はなにを使ってるんだろうと気になっちゃいましてね」

「はあ? まったくてめえは、いつも小むずかしいこと考えやがって」

「なんだよイガラシ」

 幼馴染の井口もからかうように言った。

「中華そば屋が、近くたこやき屋にくら替えするってか」

 珍しく突っ込まれる一年生に、周囲がプククと吹き出す。イガラシは僅かに顔を赤らめた。

「そ、そんなワケあるか」

 やがて、部長がバスから降りてくる。谷口は駆け寄ると、制帽を脱いで一礼した。

「部長、ありがとうございました。ぼくらのために、大阪見物まで手配してくださって」

「なになに」

 部長は照れた表情で、右手をひらひらさせる。

「ワシも一度、大阪の街を見てみたかったからな。君らが甲子園に出たからこそ、こんなおもしろい体験ができた。ワシの方こそ、礼を言わなきゃな。ありがとう」

 そう言って微笑んだと思った瞬間、ふいに部長は険しい顔になる。

「ところで諸君!」

 声を大きくして言った。

「まだ課題を出していない者が、数名おる。練習の時間をさし引いても、夕食前や寝る前など、やる時間はいくらでも取れるはずだ。甲子園に来たからって、学業という学生の本分を忘れちゃならんぞ」

 最後はお決まりの部長の言葉に、ナイン達は「あーあー」とずっこける。

「ぐすん。なんてしゅうねん深いんだ」

 未提出組の一人、丸井は涙目でつぶやいた。

 

 

 翌日。とある運動公園のグラウンドにて、墨高ナインは江島のピッチャーを想定したバッティング練習に取り組んでいた。

 キャッチャーには倉橋、ピッチャーはサイドスローの片瀬。打者としてスイッチヒッターの島田が右打席に立つ。また数名は、ホームベース後方で横に並び、タイミングを取りながら素振りしている。残りの者は、内外野に散って球拾いに回っていた。

 片瀬がアウトコーススローカーブを投じる。島田はどうにか合わせたが、ライトフライ。

「フウ。片瀬のやつ、かなり変化球のキレがあるな。さすが一イニングでも谷原打線をおさえた男だぜ」

「おい島田。感心してる場合じゃねえぞ」

 島田の傍らで、倉橋が言った。

「完全に体が泳いでる。それに江島のピッチャーは、球種がさらに多彩だ。片瀬のタマに苦労してるようじゃ、とても打ちくずせないぞ」

「は、はい」

 島田は表情を引き締め、バットを短めに構える。

 倉橋がサインを出し、片瀬が投球動作へと移る。サイドスローから投じられたのは、速球だった。島田のバットが回る。

「くっ」

 ガシャン。振り遅れてしまい、打球は後方の金網に当たる。

「おどろくほど速いタマってわけでもねえのに。スローカーブを見せられると、こんなにも遅れてしまうものなのか」

 島田はさらにバットを短く持つ。

「まずミートしねえと」

 しかし何度やっても、ボールはバットの芯を外れてしまう。打球は内野に弱く転がり、あるいは外野へ力なく上がった。

「マズイな……」

 サードのポジションにて、谷口は唇を歪めた。

「もう三巡目だというのに、ヒット性の当たりが数本しか出ていない。まだ二回戦まで日はあるとはいえ、これじゃきびしいな」

 その時だった。

「キャプテン」

 後方で素振りしていたイガラシが、駆け寄ってきた。

「どうした」

「ぼくら昨年の中学選手権で、江島のエースと似たタイプのピッチャーと対戦してるんです」

 ほう、と谷口は相槌を打つ。

「そのピッチャーを攻りゃくするのに使った打ち方があるんスけど。よかったら、ためしてみますか?」

 谷口は「なにっ」と目を見開いた。

「だったら、今みんなに手本を見せてやってくれないか」

「分かりました」

 イガラシは島田と代わり、右打席に立つ。そしてバットを斜めに寝かせ、クローズドスタンスの構えをした。

「イガラシ。これはチョコン打法か?」

 倉橋が問うてくる。

「悪いとは言わねえが、これはどちらかというと、速いタマをとらえるための打ち方じゃないのか」

「ま、見ててくださいよ」

 そう言って、イガラシは僅かに笑む。

 倉橋はサインを出し、ミットを構える。すぐに片瀬が投球動作を始めた。アウトコースへのスローカーブ

 パシッ。ライナー性の打球が、ライト前に落ちる。おおっ、と周囲がざわめく。

「へえ。クリーンヒットじゃねえか」

 正捕手は目を丸くした。しかし一年生は苦笑いする。

「今のはちょっと体が泳ぎかけました」

 そしてマウンド上へ声を掛ける。

「さ、片瀬。どんどん来い」

 片瀬は「よしきた」と応えた。

 二球目。片瀬はインコース低めに速球を投じた。イガラシのバットが回る。

 快音が響いた。さらに鋭い打球が、レフト頭上を襲う。そしてあっという間に外野手の頭を越え、ワンバウンドでフェンスに当たった。

「た、タイム。みんな集まってくれ」

 谷口はナイン達へ声を掛ける。

 全員がホームベース近くに集まると、イガラシの中学からのチームメイトである久保が、すぐに問うてきた。

「今のはたしか、選手権の白新戦で使った打ち方だろう」

 そうだ、とイガラシは答えた。

「イガラシ」

 今度は谷口が尋ねる。

「小さくかまえたのは、いろいろな変化球をかく実にミートするためか」

「ええ」

「クローズドスタンスを取ったのは?」

「打ちいそぎを防ぐためです」

 なるほど、とナイン達から声が漏れた。

「この打ち方なら、江島のエースを攻りゃくできそうだな」

 横井の言葉に、戸室が「む」とうなずく。

「さすがイガラシ。よくモノを知ってるぜ」

 安堵しかけるナイン達を、倉橋が「これこれ」とたしなめる。

「見るのとやるのとじゃ、大ちがいだぞ。安心するのはまだ早い」

 うむ、と谷口も同調する。

「打ち方をマネるのは、そうカンタンなことじゃないからな」

「分かってるよ」

 横井は力強く言った。

「けど、この打ち方ができなきゃ、江島には勝てないし、つぎへは進めない。だから練習するんだろ」

 その言葉に、他のナイン達は「オウヨ」と応える。

「広陽の二の舞になるわけにはいかねえからな」

「かならず打ちくずしてやりましょう!」

 フン、と倉橋は鼻を鳴らす。

「カッコつけやがって」

 そしてパシンとミットを叩き、大声を発した。

「さあさあ。そうときまったら、練習再開だ。おまえら言ったからには、かならずこの打ち方を身につけるんだぞ。いいな!」

 はいっ、と墨高ナインは声を揃える。

 その後、ナイン達は交替ずつ打席に立ったが、イガラシの打ち方を真似しても、なかなかボールを捉えることができない。倉橋は「言わんこっちゃない」とつぶやいた。

「ミートを心がけるんだ」

 サードのポジションから、谷口はアドバイスを送り続ける。

「まだ体が泳いでるぞ」

「ダメだ、もっと引きつけなきゃ」

 それでもナイン達は少しずつ慣れていき、段々とヒット性の当たりが増えていく。

「ようし。いいぞみんな」

 さっきまでと比べ明らかな変化に、谷口は微笑んだ。一方、マウンド上の片瀬だけが苦笑いを浮かべる。

「みなさんほんと、よく打つこと」

 

―― こうして墨高ナインは、かぎられた時間ながら、江島のエース攻りゃくのための特訓を着実につんでいく。

 そして初戦突破から五日後。いよいよ江島との二回戦をむかえたのである。

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【野球小説】続・プレイボール<第68話「甲子園という舞台の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第68話 甲子園という舞台の巻
    • 1.集中打
    • 2.松川登板
    • 3.最終回
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

<外伝> 

stand16.hatenablog.com

 

stand16.hatenablog.com

 

 第68話 甲子園という舞台の巻

www.youtube.com

 

1.集中打

 パシッ。快音を残し、倉橋の打球はレフト雪村の頭上を襲う。

「れ、レフト!」

 城田のキャッチャー沢村が、立ち上がりマスクを脱ぎ捨て、叫ぶ。

「させるかっ」

 雪村は懸命に背走し、ダイブした。しかしその数メートル先の芝の上で、ボールは弾み転々としていく。そしてフェンスに当たり跳ね返った。これを見て、三塁ランナー久保はゆっくりとホームベースを踏む。その間、倉橋は悠々と二塁に到達。

 タイムリーツーベースヒット。墨高、ついに三対二と逆転に成功する。

「ようし、ついに逆転だ!」

「ナイスバッティングよ倉橋」

「まだまだ。さあ、追加点といこうぜ」

 沸き立つ三塁側ベンチとスタンド。対照的に、マウンド上の矢野は唇を歪め、足下の土を蹴り上げる。

(くそっ。カンジンな時に、タマが真ん中に行ってしまうなんて……)

「矢野!」

 沢村が怒鳴る。

「切りかえろ。まだ、たって一点リードされただけだ」

「は、はい……」

 バッテリー二人の様子を、次打者の谷口はネクストバッターズサークルにして、冷静に観察していた。

(そうとう動揺してるな。ここは一気にたたみかけるチャンスだ)

 谷口はバットを手に立ち上がり、ゆっくりと打席へ向かう。

 一方、矢野は手にしていたロージンバックを、苛立たしげに足下へ投げ捨てる。沢村はマウンドへ駆け寄り、「落ちつけ矢野」となだめる。

「あと二回もあるんだ。一点差くらい、どうとでもなる」

「は、はい。スミマセン」

 それだけ言葉を交わし、沢村はポジションに戻る。そしてアンパイアに「どうも」と一声掛け、ホームベース奥に屈み込んだ。

 タイムが解けてからの初球。矢野はボールを引っ掛け、ホームベース手前でショートバウンドさせてしまう。沢村はどうにかミットに収め、ランナーの進塁は許さない。

「矢野、ラクラクに」

 沢村はそう言って、両肩を回す動作をする。矢野もこれを真似た。その傍らで、谷口はバッテリーの様子をつぶさに観察する。

(だいぶ力んでるな。それなら、つぎはおそらく……)

 そして二球目。沢村は屈み込み、サインを出す。

(つぎはコレで、タイミングを外そう。いいな矢野。力を抜いて投げるんだぞ)

 矢野はサインにうなずき、投球動作へと移る。そして投じたのは、インコース低めの遅いカーブ。

「む、やはり……」

 しかし谷口は、待っていたかのようにこれを強振した。

 パシッと快音が響く。打球は、ジャンプしたサード安田の頭上を越え、レフト線の内側に落ちた。

「フェア!」

 三塁塁審のコール。打球はそのまま、レフトフェンスへ転がっていく。

「くっ、レフト!」

 再び沢村が叫ぶ。レフト雪村が懸命に回り込み、捕球する。だがその間、二塁ランナー倉橋はホームベースを駆け抜けていた。谷口は二塁に到達。

 連続タイムリーツーベース。墨高、四対二と城田を突き放す。

「よしっ」

 二塁ベース上にて、谷口は小さく右こぶしを突き上げた。

 

 

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!!

 沸き立つ三塁側スタンド。その前列に座ってた田所は、フウと小さく吐息をつく。

「れ、先輩」

 馴染みの応援団員が、声を掛けてきた。

「あまりよろこばないんスね。うれしくないんスか?」

「バカ、そういうことじゃねーんだよ」

 不機嫌そうに、田所は答える。

「そりゃ逆転できたのはうれしいけどよ。今の墨高の力を考えりゃ、これぐらいはやれると思ってたさ。けど、まだ相手の攻撃も二回残ってる。向こうもここにきて、谷口をとらえ始めてるからな。よろこぶのは、試合終了まで取っておこうってわけよ」

「な、なるほど。勉強になります」

 応援団員はぺこっと頭を下げてから、ふと田所の手元を見やる。

「……先輩、手汗がすごいスけど」

 田所は「あ」と、顔を赤らめた。

 眼下のグラウンドでは、右打席にイガラシが入っていくところだった。その直後、沢村は立ち上がり、左打席よりもさらに外側へ移動する。敬遠の合図だ。

「なんでえ。往生際の悪いやつらめ」

 不満そうな応援部員。フン、と田所は鼻を鳴らす。

「あちらさんも、それだけ必死なのさ」

 そう言って、OBは少し笑んだ。

 

 

 マウンド上の矢野が、四球目の山なりのボールを放った。

「ボール。テイクワンベース」

 アンパイアのコールと同時に、イガラシは右打席の後方にバットを置き、小走りに一塁へと向かう。敬遠四球、ツーアウト一・二塁。

「内野! アウト、近いとこな」

 キャッチャー沢村の掛け声に、内野陣は「オウヨ」と快活に応えた。その傍らで、次打者の六番横井がゆっくりと右打席に入る。

(フン。イガラシをさければ、うちの打線はどうにかなると思ったら、大まちがいだぜ)

 横井はぺっぺっと唾で両手を湿らせ、短めにバットを構える。

「さあこい!」

 初球。矢野は真ん中付近に、あの速いカーブを投じてきた。横井はスイングし、辛うじてチップさせる。

(ほう。勝負どころとあって、またボールのキレが戻ってきたようだぜ)

 二球目と三球目は、続けてインコースの速球。横井はいずれも見送り、ツーボール。

(へへっ。さすがに七回ともなると。いくら速くても、ストライクとボールの見分けくらいつくぜ)

 ほくそ笑む横井。一方、矢野は僅かに顔を歪める。

 四球目は、また速いカーブ。横井はこれをカットする。五球目、六球目も速いカーブ。打者は続けてカットし、打球はいずれも一塁側スタンドに飛び込む。

(さて、どうする。おれはヒットにはできなくても、ファールにしてねばるくらいならわけないぜ。このまま速いカーブをつづけるか。それとも……)

 そして七球目。矢野は一転して、アウトコース低めに速球を投じてくる。しかしこれは、横井の読み通りだった。

「きたっ」

 横井は左足で踏み込み、強振する。

 パシッ。快音を残し、打球は横っ飛びしたファースト今井のミットの下をすり抜け、ライトの白線上を転がっていく。

 一塁塁審が「フェア!」とコールする。

 ライト井上がフェンスの跳ね返りを捕球するも、すでにスタートを切っていた二塁ランナー谷口、そして一塁ランナーイガラシまでもが、次々にホームベースを踏んでいく。井上は中継のセカンド伊予にボールを返すのが精一杯。横井は二塁に到達。

 二点タイムリーツーベースヒット。墨高、六対二とさらに点差を広げる。

「タイム!」

 その時、城田ベンチより監督が出てきた。そしてホームベース近くまで駆け寄り、アンパイアに選手交代を告げる。

―― 城田高校、選手の交代とシートの変更をお知らせいたします。ピッチャーの矢野君がレフト。レフトの雪村君に代わりまして、ピッチャーに泉君が入ります。

 ウグイス嬢のアナウンスと同時に、矢野がついに降板。足取り重くレフトへと向かう。そしてベンチより、背番号「10」の長身左腕・泉が、マウンドへと駆けてくる。

 

 

2.松川登板

 パシッ。七番岡村の打球が、センター頭上を襲う。しかし城田センター栗原は懸命に背走すると、フェンス手前でくるっと正面に向き直り、顔の前で捕球した。

 ランナー二塁残塁。スリーアウト、チェンジ。岡村は「ああ」と苦笑いする。

「うーむ……」

 三塁側スタンド。田所は渋面で、眼下のグラウンドを見つめていた。

(四点リードでのこり二回か。今のうちの投手層を考えれば、この点差なら盤石なはずだが。なんだ、この落ちつかない感じは)

 マウンド上では、谷口に代わり松川が投球練習を始めていた。速球、カーブ、シュートと、よく制球された球がキャッチャー倉橋のミットを鳴らす。

 規定の投球数を投げ終え、松川はフウと溜息をついた。そこにキャッチャー倉橋が駆け寄ってくる。

「どしたい松川。ちと表情がかてえぞ」

「は、はあ」

「いいタマはきてるんだ。自信もっていこうぜ」

「分かりました」

 それだけ言葉をかわし、倉橋はポジションに戻る。

 

 

 一塁側ベンチ。城田監督は腕組みしつつ、険しい眼差しをグラウンドへ注ぐ。

(あきらめるには早い。四点なら、まだ追いつける)

 そう胸の内につぶやく。

(墨谷は甲子園を知らない。のこり二回、そうカンタンに逃げきれるはずがないんだ)

 監督はすっと立ち上がり、ベンチのナイン達に檄を飛ばした。

「さあ声を出せ。われわれのねばりの野球を、墨高のやつらに見せつけてやろう!」

 城田ナインは、快活に「はいっ」と返事した。

 

 

 倉橋がマスクを被り屈み込むと、この回先頭の泉が左打席に入ってくる。一方、マウンド上の松川は、右手で額の汗を拭った。

「フウ、やはり暑いな。それに……」

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!

 すり鉢状の甲子園球場。大歓声が、まるで津波のようにグラウンドに押し寄せてくる。

「これが甲子園のマウンドか」

 松川はつぶやき、また溜息をつく。

「プレイ!」

 アンパイアのコール。キャッチャー倉橋は、束の間思案する。

(松川のやつ、ちとアガってんな。先頭をおさえればちがってくるだろうが。あいにく、このバッターのデータはない。ひとまず無難に、低めを攻めるか)

 初球はアウトコース低めの速球。いっぱいに決まり、ワンストライク。泉は手を出さず。

「ナイスボールよ松川」

 倉橋はそう言って返球する。

 二球目はインコース低めに、カーブを投じた。泉はまたも手を出さず。今度は僅かに外れ、ワンエンドワンとなる。

(ふむ。心配したが、低めに集めるコントロールがあれば、なんとかなりそうだ)

 そして三球目。またもインコース低めに、今度は速球を投じた。

 ガッと鈍い音。打球はサード正面のゴロ。谷口が軽快なステップで捕球し、余裕を持って一塁送球。ワンアウト。

 倉橋はホッと胸を撫で下ろす。

(思ったより、あっさりアウト一つ取れたな。これで少しは松川も落ちつくだろう)

 城田の打順はトップに返る。すぐに一番栗原が、左打席に入ってきた。

 初球。倉橋はサインを出し、ミットをインコース低めに構える。松川はうなずき、ワインドアップモーションから投球動作を始めた。その指先から、速球が投じられる。

「……あっ」

 倉橋は顔を歪めた。ボールが構えたインコースではなく、真ん中寄りに入ってくる。栗原のバットが回った。

 パシッ。快音を残し、低いライナーの打球が一・二塁間を破る。ライト前ヒット。

「どうした松川。コースが甘いぞ」

 声を掛けると、松川は「スミマセン」と頭を下げた。それからロージンバックを拾い、右手に馴染ませる。その仕草が、どことなく落ちつきなさげだ。

(アイツ、まだ緊張してるのか)

 正捕手は、後輩の心理状態を案じた。

(もう指先のマメは治ってるし、調子は悪くないはずなんだが)

 やがて、次打者の二番烏丸が、右打席に入ってくる。

(こうなったらバックを信じて、打たせて取るっきゃねーな)

 意思を固め、倉橋は他のナイン達へ掛け声を発した。

「いくぞバック!」

 墨高ナインは、いつものように「オウッ」と力強く応えた。

 烏丸への初球。倉橋は「まずココよ」と、アウトコース低めにミットを構えた。松川はうなずき、投球動作へと移る。

 その瞬間。烏丸はバットを寝かせ、ピッチャー前へ緩く転がした。セーフティバント

「くっ……」

 松川は素早くマウンドを駆け下り、グラブで捕球する。しかし右手に持ち替えようとした時、ボールがぽろっとこぼれ落ちた。その間、一塁二塁オールセーフ。内外野のスタンドが、大きく沸き返る。

「し、しまった」

 顔を歪める松川。傍らの倉橋も、さすがに「こりゃちとマズイな」と渋面になる。

「タイム!」

 その時だった。谷口が三塁塁審に合図し、マウンドに歩み寄る。キャプテンについていくように、他の内野陣も集まってきた。

 

 

「す、スミマセン」

 謝る松川に、谷口は「いいから」と、穏やかな口調で声を掛けた。

「まず肩の力を抜いて、深呼吸するんだ」

「は、はい」

 言われた通り、松川は両手を広げスーハーと深呼吸する。

「どうだ松川」

 谷口はもう一度、声を掛ける。

「甲子園のマウンドは、予選とは全然ちがうだろう」

「え、ええ」

 松川は深くうなずいた。

「この暑さといい、歓声の響き方といい、予選とはまるで」

 そうだろう、と谷口は同調する。

「だから今、おまえがほんらいの力を出せないのは、当たり前なんだ」

 そういや、と倉橋が口を挟む。

「谷口も立ち上がり、思うような投球ができなかったものな」

「ああ。その時に、気づくべきだったんだが」

 苦笑いしつつ、谷口は話を続けた。

「予選とちがって、われわれは城田だけじゃなく、甲子園という舞台とも戦わなくちゃいけないんだ」

「キャプテン。おれはいったいどうすれば」

 松川の問いかけに、谷口は渋い顔で答える。

「これはもう慣れるしかない」

「えっ、ですが」

 憂う目で、松川は言った。

「おれが慣れる前に、向こうをいきおいづかせてしまったら、元も子もないじゃありませんか。たとえば……イガラシに、リリーフさせるとか」

「ダメですよ、松川さん」

 イガラシはきっぱりと答える。

「おれのタマは軽いせいか、ヘタすりゃホームランのおそれがあります。それより、松川さんの重いタマの方が、一発のキケンは少ないと思います」

「それだけじゃないぞ」

 谷口が、やや口調を厳しくして言った。

「われわれの目標は、あくまでも優勝だと言ったはずだ。ただこの試合に勝てばいいわけじゃない。最後まで勝ち抜くためには、松川。おまえがほんらいの力を出すことが、どうしても不可欠なんだ」

 キャプテンの言葉に、松川はやや戸惑いながら「はい」と応えた。

 やがてタイムが解ける。キャッチャー倉橋と内野陣は「ワンアウトだ」「しっかり守っていこうよ」と互いに声を掛け合いながら、それぞれのポジションへと戻る。

 他方、一塁側ベンチ。城田監督はフンと鼻を鳴らす。

(ちょっと話し合ったくらいで、一度傾いた流れはそうそう変わるまい)

 そして、ネクストバッターズサークルに控える次打者の矢野へ、檄を飛ばす。

「矢野、臆することはない。ねらいダマをしぼって、思いきりいくんだ」

「は、はいっ」

 矢野は「ようし」と気合の声を発し、右打席へと入っていく。

「プレイ!」

 アンパイアのコールが、試合再開を告げた。

 マウンド上。松川はセットポジションから、第一球を投じる。しかしアウトコースをねらった速球は、高めに大きく外れた。

「松川、まだ力んでるぞ」

 倉橋の声掛けに、松川は「は、はい」と戸惑ったふうに応える。

 二球目。今度はホームベース手前で、ショートバウンドしてしまう。キャッチャー倉橋が前に弾いたため、二人のランナーはスタートを切りかける。しかし倉橋は、すぐにボールを拾い直した。ランナー二人は素早く帰塁する。

「うーむ、どうもいかんな」

 倉橋はしばし思案した後、ミットを真ん中低めに構えた。

「松川、細かいコントロールはいい。とにかく低めに投げるんだ」

 松川はうなずき、三球目も速球を投じた。

「……うっ」

 倉橋が顔を歪めた。ボールは真ん中高めに入ってしまう。矢野は「しめたっ」と、バットをフルスイングした。

 パシッ。打球はあっという間にセンター島田の頭上を越えて、ダイレクトでフェンスを直撃。跳ね返って芝の上を転々とする。ワアッと、内外野のスタンドが沸き返る。

「くそっ」

 島田はようやくボールを拾い、中継の丸井へ返球する。しかしその間、ランナーの栗原と沢村が次々に生還。打った矢野はスライディングもせず、悠々と二塁を陥れる。

 二点タイムリーツーベースヒット。城田、六対四と二点差に詰め寄る。

 ここでキャプテン谷口が、再び「タイム!」と三塁塁審に合図し、バッテリーと内野陣をマウンドに集める。

 

 

「す、スミマセン……」

 また頭を下げる松川に、谷口は「やめろ」と、あえて厳しい口調で言った。

「ちょっと打たれたくらいで下を向くようじゃ、ピッチャーはつとまらんぞ」

「で、ですがキャプテン」

 横から丸井が、苦笑いしつつ口を挟む。

「今日の松川は、ほんらいの調子じゃありません。もう代えてやった方が」

 いいや、とキャプテンは首を横に振る。そして再び、松川に顔を向けた。

「調子が悪いわけじゃない。まだ、甲子園の雰囲気に慣れていないだけ。松川、おまえなら十分やれるはずだ」

 そう言って、谷口はふと表情を穏やかにする。

「思い出せ。予選では川北や東実相手に、堂々たる投球をやってのけたじゃないか。指のマメがつぶれても、ぎりぎりまでマウンドを守ろうとしたろう。そんなおまえが、この局面を乗りこえられないはずがない。それに」

 谷口はポンと、後輩の左肩を叩いた。

「おまえに孤独な投球はさせない。忘れるな。おまえには、バックがついてる。だから松川。おまえも勇気を出すんだ!」

 松川の顔に、ようやく血の気が戻る。二年生投手は周囲を見回し、そして「はいっ」と力強く返事した。

 

 

 試合再開後。城田の四番沢村が、右打席に入ってきた。

(さあて、どうしたものか)

 キャッチャー倉橋は渋面になる。

(ほんらいならコースをていねいに突いていきたいとこだが、今の松川にはちとむずかしいな。やはり、低めに集めるしかないか)

 倉橋は意思を固め、ミットで手前の土をトントンと叩く。

「松川。バウンドさせてもいいくらいの気持ちで、とにかく低めに投げるんだ」

 傍らで、沢村がフフと含み笑いを漏らす。

「それで後ろに逸らしてくれたら、もうけものだがな」

 倉橋は「なんとでも言え」と胸の内につぶやき、沢村を無視する。

 初球。松川は倉橋の構える真ん中低めに、速球を投じてきた。沢村のバットが回る。直後、バキッとバットの折れる音がした。

「セカン!」

 打球は、セカンド丸井の後方へふらふらっと上がる。丸井は懸命に背走し、ジャンプするが僅かに届かず。打球は芝の上で弾み、カバーに入っていた島田がすぐに捕球する。

 この間、二塁ランナー矢野は三塁へ進塁。ワンアウト一・三塁となる。

 沢村は一塁ベース上にて、左手を強く数回振った。そして一塁コーチャーに、「つまったのが幸いしたぜ」と苦笑いする。それから数歩離塁して、渋い顔になる。

(このおれが、打った瞬間、手がしびれるとは。なんて重いタマなんだ。これがやつほんらいの調子だとしたら……)

 そして左打席に入ろうとする次打者の今井に、声を掛ける。

「今井、気をつけろ。やつのタマ、けっこう球威あるぞ」

「む、分かった」

 今井はそう返事して、打席でバットを短めに構える。

(ヒットにはされたが……)

 一方、倉橋は僅かに笑んだ。

(やっと松川ほんらいのボールがきはじめた。これなら、なんとかいけそうだぞ)

 初球。松川は、今度はアウトコース低めに速球を投じた。今井のバットが回る。パシッ、と快音が響いた。痛烈なゴロが、三遊間を襲う。

 しかし、サード谷口が飛び付き、ショートバウンドで捕球した。そのまま二塁へ素早く送球する。

「あらよっと」

 谷口の送球を受けたセカンド丸井は、二塁ベースを踏みすぐさま一塁へ転送する。これをファースト加藤が右手のミットを伸ばし捕球した。今井はヘッドスライディングするも、間に合わず。

 五―四―三のダブルプレー完成。スリーアウト、チェンジ。

「ナイスプレーよ谷口!」

「松川もよく投げたぞ」

 墨高ナインは互いを称えつつ、足早にベンチへと引き上げていく。一方、今井は「くそっ」と左手で一塁ベースを叩いた。

 

 

3.最終回

―― 八回裏、墨高の攻撃は無得点に終わる。

 試合は墨高が六対四と二点リードのまま、九回の攻防を残すのみとなった。そして九回表のマウンドには、前の回に続いて松川が上がる。

 

 一塁側ベンチ手前。城田ナインは、監督を中心に円陣を組む。

「おまえ達、分かってるな」

 囁くように、監督は告げる。

「あの松川は、まだ甲子園の雰囲気に慣れてない。甘いタマがきたら、逃さずねらい打て。それでやつは攻りゃくできる」

 ナイン達は、神妙な顔でうなずく。

「墨谷はねばりの野球と言われてるらしいが、甲子園でも同じことができるとはかぎらん」

 監督はさらに話を続けた。

「それにねばり強さなら、うちだって負けちゃいない。われわれの野球を、最後までつらぬこう。いいな!」

 指揮官の檄に、ナイン達は「はいっ」と力強く返事した。

 

 

 九回表。先頭打者の六番伊予が、ゆっくりと右打席に入る。

 マウンド上。松川はロージンバックを足下に放り、ワインドアップモーションから第一球を投じた。

 その瞬間、伊予はバットを寝かせ、ボールを三塁線に緩く転がした。セーフティバント

「くっ……」

 松川がマウンドを駆け下りて右手でボールを拾い、一塁送球。伊予は一塁ベースに頭から滑り込んだ。間一髪のタイミング。

「セーフ!」

 一塁塁審のコールに、内外野のスタンドが沸き立つ。

「切りかえろよ松川」

 すかさずキャッチャー倉橋が声を掛ける。

「二点あるんだ。ランナーは気にせず、一人ずつ打ち取っていこう」

 松川は「はいっ」と、ポーカーフェイスで返事する。

 次打者の七番安田は、右打席に入ると、始めからバントの構えをした。そして「さあこい!」と、気合の声を発す。

(これはおそらくバスターだな)

 倉橋はそう察し、手振りで内野陣に「前にこなくていいぞ」と合図する。

 初球。倉橋の予想通り、安田はバントから一転して、ヒッティングに切り替えた。そして上から叩き付ける。

「や、やはり」

 打球は、ピッチャー松川の頭上へ高く弾んだ。

「投げるな!」

 サード谷口が叫ぶ。松川が落ちてきたボールを捕球した時、すでに安田は一塁ベースを駆け抜けていた。オールセーフ。ノーアウト一・二塁とピンチが広がってしまう。

 谷口はタイムを取り、マウンドへと駆け寄った。しかしその表情は、思いのほか穏やかである。

「いいボールだったぞ」

 意外な一言に、松川は「えっ」と目を丸くする。

「向こうとしては、内野を抜いて一・三塁にしたかったんだろうが、おまえの球威がそれをさせなかったんだ。見ろよ」

 二人が一塁ベース上の安田に視線を向けると、左手を繰り返し振っている。明らかに痺れている様子だ。

「当たりはアンラッキーだったが、マトモに勝負すれば、今のボールなら十分打ち取れる」

 そう言って、谷口は右こぶしを小さく突き上げる。

「さ、自信を持っていけ」

「分かりました!」

 キャプテンの激励に、松川は微笑んで応えた。

 

 

 一塁側ベンチ。城田監督は険しい表情で、グラウンド上の戦況を見つめていた。

「どうもアテが外れたな……」

 そう独り言をつぶやく。

(今の投球を見るかぎり、あのピッチャー、だんだん調子を取り戻しつつある。おまけにピンチが広がっても、動揺するそぶりすら見せないとは)

 しばし思案の後、監督は次打者の井上に手振りでサインを出した。

(一気に逆転といきたかったが、ヘタに打たせるとダブルプレーのキケンがある。まず同点にしなきゃ、話にならんからな)

 ネクストバッターズサークル。井上はヘルメットのつばを摘まみ、「了解」と合図する。

 やがて試合が再開された。

 左打席の井上は、安田と同じく始めからバントの構えをした。松川は構わず、ストライクコースに速球を投じる。

 コンッ。バントの打球が、三塁線に転がった。サード谷口が軽快なステップで捕球し、一塁送球。アウトにはなったものの、二・三塁。一打同点の状況となる。

 

 

「くそっ。まさか、こんなピンチになるとは」

 三塁側スタンド。田所は、唇を歪める。

「甲子園には魔物がいるというが、なにも今出てこなくなっていいじゃねーかよ」

 そうつぶやき、祈るように両手を組む。

「ああ神様、仏様。なんとか魔物をおとなしくさせて、どうかあいつらを勝たせてやってください。おれの今年の運を使ってくれてかまいませんから」

 田所だけでなく、ピンチを迎えた三塁側スタンドには、張り詰めた空気が漂う。

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【野球小説】続・プレイボール<第67話「一進一退!!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第67話 一進一退!!の巻
    • 1.ピンチをしのげ!
    • 2.ねらいダマをしぼれ!
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

 

<外伝> 

stand16.hatenablog.com

 

stand16.hatenablog.com

 

 第67話 一進一退!!の巻

www.youtube.com

 

1.ピンチをしのげ!

―― 夏の甲子園大会。墨高対城田の一回戦は、城田が一点リードのまま、終盤の七回表をむかえていた。

 この回の先頭は、城田の三番打者・矢野である。

 

 右打席の矢野は、バットを短めに構え、ホームベース寄りに立つ。

「まずコレよ」

 倉橋はサインを出し、ミットをアウトコース低めに構える。マウンド上にて谷口はうなずき、ワインドアップモーションから投球動作を始めた。

 アウトコース低めへのカーブ。矢野は、手を出さず。

「ボール!」

 アンパイアのコール。くっ、と倉橋は唇を歪める。

(さっきまで外へ逃げるタマには、少々ボール気味でも手を出してくれたんだが……さすがに見きわめるようになってきたか)

 二球目。今度はインコースに速球を投じた。しかし矢野は、これを引っ張ってあっさりファールにする。

(今のはわざとファールにしたな。しかもインコースにくると、分かってたようだ)

 谷口に返球し、倉橋は思案を巡らせる。

(だが分かっててファールにしたということは、ねらいはアウトコースだ)

 三球目はインコースにシュート。矢野は見送り、僅かに外れボール。

 続く四球目は、またもインコースに今度はカーブ。矢野はこれも手を出さず、コースいっぱいに決まる。さらに五球目は、インコース高めの速球。矢野はスイングするも、打球は三塁側スタンドに落ち、ファール。ツーエンドツー、イーブンカウント。

 ちぇっ、と倉橋はひそかに苦笑いした。

(こいつら……谷口のタマに、だんだん目が慣れてきてやがる。さっきからカンタンには打ち取らせてくれなくなったな)

 そして六球目。倉橋は、アウトコースにカーブを要求した。谷口はうなずき、すぐに投球動作へと移る。その指先からボールを放つ。

 矢野のバットが回り、ライトへライナー性の打球を弾き返した。

「ら、ライト!」

 谷口の声よりも先に、ライト久保が背走し始める。あわや抜けるかと思われたが、久保はフェンス手前でくるっとこちら向きになり、顔の前で捕球する。

 ホッ、と谷口は小さく吐息をついた。

「あぶない。今のは、少し高かったな」

 倉橋もフウと溜息をつき、マスクを被り直す。

「さすが伝統校。よく喰らいついてくるぜ」

 ほどなく次打者の四番沢村が、右打席に入ってくる。

(ランナーなしだが、この四番には一発がある)

 警戒心を募らせ、倉橋はホームベース奥に屈み込む。

「コレからいこうか」

 サインを出すと、谷口は驚いたように目を見開く。「フォークから?」と言いたげだ。倉橋は渋面でうなずく。

(ほかのボールは、やつらタイミングを合わせてきてる。一番打ちづらいタマからいこう)

「……うむ」

 谷口は納得したように、首を縦に振る。そしてワインドアップモーションから、第一球を投じた。

 コースは真ん中低め。速球と同じ軌道で、ストンと落ちる。沢村のバットは空を切った。

「ナイスボールよ谷口」

 声を掛け、倉橋は返球する。そして初球と同じサインを出す。

(フォークにはまだタイミングが合っちゃいない。今のうちに、さっさと追いこもう)

 む、と谷口はうなずく。そして要求通り、再び真ん中低めにフォークを投じた。

「くっ……」

 沢村はぐらっと体が泳ぎかける。それでも辛うじてバットのヘッドを残し、はらうようにスイングした。パシッと快音が響く。

「なにっ」

 倉橋の眼前で、速いゴロが二塁ベース右を破り、センターへ抜けていく。

(しまった。城田の連中、やはり目が慣れてきてやがる)

 渋面の正捕手。一方、エースは「ワンアウト!」と野手陣に声を掛ける。

「久しぶりのランナーだ。一つずつ、かく実にアウトを取っていこう」

 オウヨッ、とナイン達は快活に応える。

「……そうだったな」

 倉橋はひそかにつぶやく。

「まだ一人出しただけ。これぐらいのピンチは、今まで何度も乗りこえてきたものな」

 ワンアウト一塁。ここで五番打者の今井が、左打席に入ってくる。

(左バッターか。シュートが使えるな)

 初球。倉橋は「まずコレよ」とサインを出し、ミットをアウトコースに構えた。谷口は「む」とうなずき、セットポジションから投球動作を始める。

 アウトコース低めから、外へ逃げるシュート。

 今井は右足を踏み込み、スイングした。快音が響く。鋭いライナーがレフト線へ飛んだ。しかし左へスライスし、ファール。

 痛烈な当たりだったが、倉橋は一人ほくそ笑む。

(あんなボール球を強引に打ちにくるたあ、よほどアウトコースを意識してるようだ。それなら……)

 倉橋は「つぎもコレよ」と、同じサインを出す。そしてミットを、さらに外へずらした。

「……なるほど」

 谷口は倉橋の意図を汲む。そしてサインにうなずき、二球目を投じる。

 初球よりもさらに外寄りのシュート。明らかなボール球だが、今井は追いかけるようにスイングした。今度はバットの先端に当たり、三塁側ベンチ方向へ転がっていく。またもファールとなり、ツーナッシング。

「し、しまった」

 今井が苦い顔になる。

 マウンド上。谷口はテンポよく、三球目を投じた。初球、二球目とは一転して、インコース低めに沈むカーブ。

「……うっ」

 倉橋のミットが鳴る。今井は手が出ず。その傍らで、アンパイアが「ストライク、バッターアウト!」とコールした。

(フン。アウトコースねらいがミエミエなんだよ)

 マスクを被り直す倉橋の前で、今井が肩を落としベンチへ引き上げていく。

「つぎは六番か」

 今井と入れ替わりに、六番打者の伊予が右打席に立つ。倉橋はホームベース奥に屈み、束の間思案する。

(こいつら。ほんらいは苦手のアウトコースを、あいかわらずねらってやがる。ここは思いきって、インコースを攻めてみるか)

 サイン交換の後の初球。谷口は速球を、インコース低めに投じた。

 その瞬間、伊予は左足を大きく外へ開き、強振した。パシッと快音が響く。打球はジャンプしたサード岡村の頭上を越え、レフトのライン際で弾んだ。

「ボール、サードだ!」

 谷口が叫ぶ。ランナー沢村は二塁ベースを蹴りかけるも、レフト横井が回り込んで捕球し、素早く中継のイガラシへ返す。そしてイガラシが、三塁へ矢のような送球。沢村は「おっと」と、慌てて頭から帰塁した。

(くそっ、ヤマをはられたか……)

 倉橋は唇を歪める。

 続く七番安田は、インコースのカーブが膝を掠める。死球となり、ツーアウトながら満塁と、城田がチャンスを広げる。

「た、タイム」

 倉橋はアンパイアに合図して、内野陣をマウンドに集めた。そして自らもその輪に加わる。

「やつらここにきて、よく喰らいついてくるようになりましたね」

 加藤の言葉に、丸井が「感心してる場合かよ」とたしなめる。

「こちとら二回に一点を返したきり、なかなか追加点を取れずにいるんだ。ここで点差を広げられるようなことがあれば、かなり苦しくなるぞ」

 そうですね、と岡村がうなずく。

「残り三回。一点差と二点差では、大きくちがってきますから」

「だいじょうぶ。きっと、おさえられますよ」

 気楽そうに言ったのは、意外にもイガラシだった。

「なんでそんなことが言えるんだよ」

 険しい眼差しを向ける丸井に、イガラシは穏やかな口調で答える。

「やつらのバッティングですよ」

「バッティング?」

「さっきのバッター。ヤマをはるのはいいにしても、フォームをくずしてまで打ちにきてたでしょう」

 あっ、と数人が声を上げる。

「今回だけじゃなく、やつら苦手コースを悟られまいとするあまり、きょくたんに足を踏みこんだり開いたり、強引なバッティングが目立ちます」

「そういうことか」

 倉橋が首肯した。

「いぜん、谷口も言ってたな。自分のフォームをくずしてまで打ちにくると、あとあと攻めやすくなるって」

 ハハ、と谷口は笑い声を上げた。

「なんだか、おれが言おうとしてたことを、みんなに言われちゃったみたいだ」

 それで、とイガラシが一転して真剣な眼差しで尋ねてくる。

「守りはどうしましょう? やはり前進守備を敷きますか」

「いや、内野は定位置でいい」

 キャプテンはきっぱりと言った。

「その代わり外野を前に来させて、内野との間を狭くしよう」

 なるほど、とイガラシはうなずく。

ポテンヒットを防ぐのですね」

「そういうことだ。つぎの八番はパワーはないし、あの打ち方じゃ外野へ大飛球を運ぶのはむずかしい」

 倉橋が「ふむ」と顎に手をやり、僅かに笑む。

「だいたい話はまとまったな」

 ようし、と谷口が気合を込めて言った。

「いいかみんな。このピンチをなんとしてもしのいで、ウラの反げきにつなげるぞ!」

 ナイン達は、快活に「オウヨッ」と声を揃える。

 ほどなくタイムが解け、内野陣は守備位置へと戻っていく。その時、ふいに谷口が「加藤、岡村。ちょっと」と二人を呼び止めた。

「は、はい」

「なんでしょう」

 加藤と岡村は、怪訝そうに振り返る。

「つぎの打者への初球だが……」

 そう谷口が言いかけると、加藤は「ああ」と笑みを浮かべた。

「分かってますよ。奇襲に気をつけろ、でしょう?」

「あ、うむ」

「ここまで見る限り、そういうのが得意そうなチームですからね」

 岡村も「ええ」と同調する。

「ぼくも心得てます」

 そうか、と谷口は微笑む。

「分かってるならいいんだ。二人とも、しっかりたのむぞ」

 岡村は「はい」と返事して、加藤も「まかせといてください」と胸を張る。

 

 

 一塁側ベンチ。城田監督は渋面で、グラウンド上を見つめていた。

(ひさしぶりのピンチだというのに。墨高のやつら、まるで浮足立つ気配がない。さすが予選で、強豪をつぎつぎ倒してきたチーム勿だけある)

 しばし思案した後、監督は自分の左肩と手首に一度ずつ触れ、打席を外していた井上へサインを出す。

(まともに勝負したんじゃ、打ち取られる。ここは揺さぶりをかけてみよう)

 井上はヘルメットのつばを摘まみ、「了解」の合図をした。

 

 

 マウンド上。谷口はロージンバックを拾い、右手に馴染ませる。その間、井上は右打席に戻り、バットを短めに構えた。

「……そろそろいくか」

 谷口はロージンバックを足下に放り、セットポジションに着く。そして倉橋のサインにうなずき、投球動作を始めた。

 その瞬間、井上はバットを寝かせる。セーフティバント。しかしすでに、サード岡村とファースト加藤がダッシュしていた。

「うっ」

 井上は慌ててバットを引く。速球がアウトコース高めいっぱいに決まり、ワンストライク。

(まさか、読まれてたのか?)

 一旦打席を外し、井上はマウンド上を睨む。

(くそっ。守備隊形から見て、サードかファーストに捕らせればセーフだと思ったが……)

 唇を歪めつつ、井上はベンチの監督を見やる。今度は別のサインが出される。

(……なるほど。たしかにコレなら、つぎこそやつらの意表をつけるな)

 胸の内につぶやき、井上は打席に戻った。そしてまたバットを短めに構える。

「さあこい!」

 短く気合の声を発した。

 マウンド上。谷口は再びセットポジションから、第二球を投じる。今度はインコース低めのカーブ。井上がバットを寝かせ、またも加藤と岡村がダッシュ

 ところが井上は、瞬間的に寝かせたバットを立て、上からボールを叩き付けた。

「しまった、バスターだ!」

 打球はワンバウンドして、ジャンプした岡村の頭上を越える。そのままレフトへ抜けていくと思われた。

「よし……えっ」

 一塁へ駆け出した井上の視線の先。なんとすでにショートのイガラシがカバーに入り、軽快なステップで捕球した。そして咄嗟の判断で、すでに丸井がベースカバーに入っていた二塁へ素早く送球する。

「くそっ」

 一塁ランナー安田はヘッドスライディングするも、その前に丸井のグラブが鳴る。二塁フォースアウト

「スリーアウト、チェンジ!」

 アンパイアのコール。城田応援団の一塁側スタンドから、ああ……と溜息が漏れる。

「ナイスプレーよイガラシ」

 好守の後輩に、キャプテンが声を掛ける。

「なーに、これぐらい」

 イガラシはポーカーフェイスのまま、事もなげに言った。

「練習で何度もやった形でしたからね」

 二人の会話に、井上は一塁ベースの傍らでぐっと右こぶしを握り締める。

「やつらめ。すべて、想定済みだったってわけか」

 悔しさを隠しきれない井上の眼前を、ピンチを切り抜けた墨高ナインが足早にベンチへと引き上げていく。

 

 

2.ねらいダマをしぼれ!

 七回裏開始前。谷口はタイムを取り、ベンチ奥にナイン達と円陣を組む。

「ここまでの打席で、みんなだいたい分かったと思うが」

 声をひそめて、谷口は言った。

「向こうはボール先行すると、低めの速球でストライクを取りにくる。またワンエンドワンのカウントだと遅いカーブ、そして追いこむとあの速いカーブを投げてくる傾向がある」

 墨高ナインは前屈みになり、黙ってキャプテンの話を聞いている。

「そこで追いこまれるまでは、遅いカーブか低めの速球か、どちらかに絞るんだ。そしてもし追いこまれたら、できるだけ速いカーブはファールにして、ほかのタマがくるのをまつ。いいな!」

 ナイン達は「はいっ」と、気合を込めて返事した。

 円陣を解いた後、松川が「肩を作ってきます」と、谷口に声を掛けた。

「おう、たのむぞ」

 そう返した後、谷口はふいに「松川」と呼び止める。

「は、はい」

「つぎの八回からリリーフの予定だが、だいじょうぶか?」

「え、ええ。もちろんですよ」

 松川は微笑んで答えた。

「六回から準備してますし。行けと言われたら、いつでも行けます」

「そうか。ならいいんだ」

「はい、まかせてください」

 それだけ言葉を交わし、松川は控え捕手の根岸を伴い、ベンチを出て駆け出す。

 投球練習を行うレフト側ファールグラウンドに着くと、松川はフウと溜息をついた。根岸に「どうしたんスか?」と尋ねられる。

「いや……ウワサには聞いてたが、甲子園ってこんなに暑いのかと思ってな」

「ええ。あの剣道着の特訓、やっといてよかったスね」

「あ、うむ。そうだな……」

 なぜか松川は、少し浮かない顔で言った。

 一方、この回の先頭打者・八番加藤は、バットを手に三塁側ベンチを出た。そして左打席に立ち、バットを構え気合の声を発す。

「ようし、こい!」

 ホームベース奥。キャッチャー沢村は「まずコレよ」と矢野にサインを出し、ミットをインコース高めに構える。

 マウンド上の矢野は「む」とサインにうなずき、ワインドアップモーションから第一球を投じた。

 快速球が、インコース高めに飛び込んでくる。しかし加藤は、悠然と見送った。僅かながら高めに外れ、判定はボール。

 加藤はひそかにほくそ笑む。

(フフ。たしかに速いが、予選で戦った佐野や村井ほどのコントロールがあるわけじゃない。それにもう七回、さすがに目が慣れてきたぜ)

 二球目はアウトコース低めのカーブ。加藤は一瞬手が出かかるも、寸前でバットを引く。

「ボール、ロー!」

 アンパイアのコール。おや、と加藤は目を見開く。

(ワンボールからのカーブは、今までほとんどストライクに入ってきたのに。ひょっとして……やつもここにきて、疲れが出てきたんじゃ)

 傍らで、沢村が「いいボールよ矢野」と、少し笑んで返球した。しかし内心で、まいったなとつぶやく。

(今ので凡打にしとめたかったが、きっちり見きわめられたか。下位打線のくせに、いい目してやがる)

 そして三球目。矢野は速球をインコース低めに投じた。加藤は「きたっ」と、バットをコンパクトに振り抜く。

 パシッ。速いゴロが、一・二塁間を抜けていく。ライト前ヒット、ノーアウト一塁。

「やった!」

「ナイスバッティングよ加藤」

 沸き立つ三塁側ベンチとスタンド。他方、沢村は「くっ」と唇を歪める。

 続く九番久保は、始めからバントの構えをする。対するマウンド上の矢野は、沢村のサインにうなずき、セットポジションから第一球を投じた。

 アウトコース低めの速いカーブ。久保は、ボールがミットに収まる寸前でバットを引く。

「ボール!」

 判定に、久保は小さく溜息をついた。

(うーむ……今のタマは、まだキレがあるな。ヘタに当てりゃ、打ち上げちまう)

 城田バッテリーがサイン交換を済ませると、久保は再びバットを寝かせる。

 二球目。矢野はまたも、アウトコースに速いカーブを投じてきた。久保は、今度はすぐにバットを引く。ボールは僅かに外れ、ノーツーのカウントとなった。

(へへ。いくらキレがあっても、さすがに終盤ともなれば、ストライクとボールの区別くらいはつくぜ。そしてボール先行になったということは……)

 一旦打席を外し、ベンチを振り向くと、谷口が手振りでサインを出していた。久保はヘルメットのつばを摘まみ、「了解」と合図する。

「矢野、つぎはコレよ」

 マウンド上。こちらもキャッチャー沢村とサインを交換し、セットポジションから投球動作へと移る。

「ゴー!」

 谷口が叫ぶ。その瞬間、一塁ランナー加藤がスタートした。

 矢野が投じたのは、アウトコースへの遅いカーブ。久保はこれをおっつけるようにして、ショートが二塁ベースカバーに入り広く空いた三遊間へ、ゴロを弾き返した。打球はそのままレフトへ転がっていく。

「ボール、サード!」

 沢村が立ち上がり、指示を飛ばす。しかしレフト雪村がシングルハンドで捕球し、中継のショート烏丸へ返した時、すでにランナー加藤は三塁に右足から滑り込んでいた。

 ヒットエンドラン成功。ノーアウト一・三塁。

「よしっ」

 三塁側ベンチにて、谷口が右こぶしを握る。

「これで逆転への足がかりができたわけだ」

 一方、沢村は険しい表情で、腰に右手を当てる。

(くそっ。さっきの八番といい、今の九番といい、まるではかったように打ち返しやがって。まさか、墨高のやつら……)

 その時だった。

「タイム!」

 城田監督がベンチを出て、アンパイアに合図した。そして矢野と沢村のバッテリーを呼び寄せる。

 

 

「どうも、よくないあんばいだな」

 一塁側ベンチ手前。城田監督は、腕組みしつつ渋面で言った。

「ええ、そうですね」

 矢野が苦い顔で返事する。

「下位打線にチャンスを作らせてしまって」

「それだけじゃない」

 傍らで、沢村が小さくかぶりを振る。

「墨高のやつら。こっちがボール先行した時、低めの速球か遅いカーブのどちらかでストライクを取りにきてること、おそらく見破ってるぞ」

 えっ、と矢野は目を見開いた。監督は「そのようだな」とうなずく。

「予選じゃ多少球威が落ちても、きちんとコースを突けば打たれなかったが。さすがに全国レベルともなると、そうはいかんらしい」

「どうしましょう、監督」

 沢村が目を見上げ、尋ねる。

「このままだとストライクを取りにきたタマをねらい打ちされます。かといって、投球の組み立てを変えてしまうと、四球のおそれが」

 うーむ、と監督はしばし思案する。それから口を開いた。

「こうなったらコースは気にせず、速いカーブと高めの速球を多投して、ボールの力で打ち取っていくことだ」

 えっ、しかし……と沢村は異を唱える。

「この二つはたしかに威力はありますが、ストライクになるかは五分五分です。ただでさえ僅差の終盤に、ランナーをためてしまっては」

「低めの速球や遅いカーブを使うなとは言ってない」

 渋面のまま、監督は答えた。

「ようはボール先行した時ばかり投げるから、ねらい打たれるんだろう。だったら、そのパターンを変えればいいじゃないか」

「な、なるほど」

 沢村はようやく理解した。

「つまり速いカウントやストライク先行した時にも投げて、やつらにねらいダマをしぼらせないようにするというわけですね」

「うむ。そういうことだ」

「で、ですが監督」

 今度は矢野が口を挟む。

「組み立てを変えたところで、やつらまた低めの速球や遅いカーブをねらってくるんじゃ」

「たしかにその可能性はある」

 指揮官はあっさり認めた。

「しかしさっきのように、いつ投げてくるかまで読まれるよりは、ずっとマシさ。急にきたねらいダマなら、力んで打ちそんじることもあるからな。それと沢村」

「は、はい」

「この終盤のピンチ。もう四球を気にするより、矢野のいちばんのタマを引き出すようにリードするんだ」

 沢村は、ハッとしたように顔を上げる。

「矢野、おまえもだ」

 監督はさらに、一年生投手にも言葉を投げかけた。

「おまえは一年生とはいえ、うちのエースとして認められた男なんだ。エースならこういう時こそ、自分のタマを信じて投げないでどうする」

「わ、分かりました」

 意思の固まった二人に、監督はさらに檄を飛ばす。

「逃げに回れば、向こうはさらに勢いを増す。ここは逃げずに、おまえ達のありったけの力で、墨谷をねじ伏せてくるんだ。いいな!」

 バッテリー二人は、「はいっ」と声を揃えた。

 

 

 三塁側スタンド。田所は腕組みしつつ、「うーむ」と唇を結ぶ。

「なんとかなると思っているうちに、七回まできちまったな。今までも、再三チャンスは作ってきたんだが」

 そして拝むように、両手を合わせる。

「たのむぞおまえ達。どうにかこのチャンスをモノにして、記念すべき墨高野球部の甲子園初勝利を、おれに見せてくれ」

 眼下のグラウンドでは、ネクストバッターズサークルにて、次打者の丸井がマスコットバットをブンブンと振り回す。

 

 

 やがてタイムが解け、沢村と矢野はそれぞれのポジションへと戻る。

「バッターラップ!」

 アンパイアのコールと同時に、墨高の一番打者丸井が右打席に入ってきた。

(こいつをねじ伏せて、向こうの勢いを断つんだ)

 そう胸の内につぶやき、沢村はサインを出す。

(まずコレで、いっちょおどかしてやるか)

 マウンド上。矢野はサインにうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。その指先から、ボールを放つ。

 インコース高めに、速球が飛び込んできた。丸井はピクリとも動かず、悠然と見送る。

「ボール!」

 やれやれ……と、沢村は小さくかぶりを振る。

(のけぞるどころか、目が座ってら。さすが谷原を倒したチームのトップバッターだぜ。だが、今までと同じようにいくと思うなよ!)

 二球目。今度はアウトコース低めに、あの速いカーブを投じた。丸井は手が出ない。ストライクゾーンいっぱいに決まり、ワンストライク。えっ、と打者は面食らう。

(今まで追いこむまで投げてこなかったのに。ここにきて、やつら組み立てを変えたのか)

 丸井の様子に、沢村はフフとほくそ笑む。

(向こうがこっちの組み立てを読んでたこと、ぎゃくに利用させてもらうぜ)

 続く三球目も、同じくアウトコース低めに速いカーブ。丸井は空振りし、あっという間にツーストライクと追い込まれる。

「た、タイム!」

 丸井は一旦打席を外し、味方ベンチを見やる。

(キャプテン。どうすれば……) 

 

 

「バッター勝負に徹してきたか」

 三塁側ベンチ。相手バッテリーの張りつめた表情から、谷口はそう察した。

「どうやらこっちが組み立てを読んでいること、あちらさんにバレちまったようだな」

 ヘルメットを被りながら、倉橋が憂う目で言った。

「マズイぞ谷口。もしこの回、無得点に終わるようなことがあれば……」

 いや、と谷口はきっぱりと答える。

「これはむしろ、チャンスだ」

 ベンチの後列より、横井が「どういうことだよ」と問うてくる。

「ランナーが二人もいるのに、向こうはバッターを打ち取ることしか考えていない。ということは、いくらでも揺さぶるスキがあるってことだ」

「ほ、ほんとかよ」

 なおも訝しげな目を向ける倉橋に、谷口は「まあ見ててくれ」と僅かに笑んだ。そして打席を外し、こちらに視線を向ける丸井に、手振りでサインを伝える。

「……な、なにっ」

 サインの内容に、倉橋は驚いて目を丸くする。

「そりゃちと、キケンじゃないのか」

「丸井ならだいじょうぶだ。これぐらいの鍛錬(たんれん)は、積んできてるからな」

 当の丸井は、一瞬目を見開くも、すぐにヘルメットのつばを摘まみ「了解」と合図した。

 

 

 丸井が打席に戻ると、沢村はすぐに次のサインを出す。

(やはり速いカーブには、まるで合ってない。ここは一気にカタをつけるぞ)

 迎えた四球目。矢野はまたもセットポジションから、投球動作を始めた。

 その瞬間。三塁ランナー加藤がスタートし、丸井はバットを寝かせる。そして手元で鋭く曲がるカーブに飛びつくようにして、ボールを一塁線に転がした。

(なにっ、スリーバントスクイズだと!?)

 驚く沢村の眼前で、加藤が右足からホームに滑り込む。ダッシュしてきたファースト今井が打球を処理し、素早くベースカバーの矢野へ送球する。丸井は間一髪アウト。

 スクイズ成功。墨高、二対二の同点に追い付く。なおもワンアウト二塁のチャンス。

「ナイスバントよ丸井」

「加藤もいいスタートだったぞ」

「よし、この勢いで逆転だ!」

 沸き立つ三塁側ベンチとスタンド。一方、沢村は「くっ」と歯噛みする。

(しまった。バッターを打ち取ることだけ考えて、スクイズなんて頭にもなかった……)

 沢村の動揺をよそに、すぐさま試合は再開される。

(落ちつけ、まだ同点になっただけだ。ここをしのげば、必ず勝ちこせる)

 どうにか気を鎮めようとする沢村。その傍らで、次打者の島田が右打席に入る。

(こいつはスイッチヒッターだったな。この日はずっと左でノーヒットだったから、ここにきて右に変えてきたのか。しかし、それだけで打てるものか)

 初球。沢村は「まずコレよ」とサインを出し、ミットをインコースに構えた。矢野の投球は、インコース低めの遅いカーブ。

 次の瞬間、二塁ランナーの久保がスタートした。

「なんだとっ」

 島田は空振りし、前へつんのめる。明らかに意図的である。完全に意表を突かれたことと、打者の体に邪魔されたことで、沢村は三塁へ送球すらできず。

「くそっ、好き放題しやが……」

「切りかえろ沢村!」

 冷静さを失いかける正捕手に、サード安田が声を掛ける。

「どっちみちヒットを許せば一点だ。もうランナーは気にせず、バッターを打ち取ることに専念しろ!」

 そうだ、とファーストの今井も言葉を重ねる。

「つぎ向こうがなにか仕かけてきたら、おれ達がなんとかしてやる。安田の言うとおり、おまえはバッターに集中するんだ」

 フッと、僅かに沢村の表情が緩む。

「オウヨ。みんな、たのんだぜ」

 沢村はナイン達に声を掛け、マスクを被り屈み込む。

 

 

 ワンアウト三塁で試合再開。城田の内野陣は、沢村の指示で前進守備を敷いた。打席の外にて、島田が「む」と渋い顔になる。

「ここまで警戒されちゃ、ちとスクイズはむずかしな。打って返さねば」

 島田は再び右打席に入り、バットを構えた。

「さあこい!」

 マウンド上の矢野は、沢村のサインにうなずくと、すぐに三球目を投じてきた。

 インコース高めの速球。島田は手が出ず。コースいっぱいに決まり、早くもツーストライクとなる。

 ちぇっ、と島田は軽く舌打ちした。

「バッターとの勝負に専念すると、さすがに球威がちがうぜ」

 三球目は、アウトコース低めにあの速いカーブ。島田は辛うじてチップさせる。四球目はまたインコース高めの速球。これは僅かに外れる。五球目は一転して、真ん中低めに遅いカーブ。これも際どく外れ、カウントはツーエンドツー。

(フフ。さすがに勝負どころとあって、いいタマ投げてきやがるぜ)

 島田はバットを短く握り直す。

 一方、矢野はセットポジションから、テンポよく六球目の投球動作を始めた。そしてその指先から、ボールを放つ。

「……あっ」

 スピードを抑えたボールが、アウトコース低めに飛び込んできた。完全に意表を突かれた島田は、バットを出せず。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールに、三塁側ベンチとスタンドから「ああ……」と大きな溜息が漏れる。

 

 

 ネクストバッターズサークル。次打者の倉橋は、ゆっくりと立ち上がる。

「……ツーアウトか」

 やがて、三振に倒れたばかりの島田が引き上げてくる。「スミマセン」と頭を下げた。

「せっかくのチャンスに、ランナーを返せなくて」

 なあに、と倉橋は笑って答える。

「まだアウトカウントは一つ残されてるじゃないか。それに、やつらはおまえを打ち取るのに、かなり力を使った。その影響が、きっと出てくる」

 後輩の左肩に、倉橋はポンと右手を置いた。

「見てろ島田。おまえのねばりをムダにはしない」

 そう言い置き、倉橋は右打席へと入っていく。

(どうにかツーアウトまでこぎつけたか……)

 バットを構えた倉橋の傍らで、城田のキャッチャー沢村は思案を巡らせる。

(パワーのある打者だが、ここは矢野の底力に賭ける。こいつも力でねじ伏せるぞ)

 そう決意し、サインを出す。

 初球。矢野はまたもアウトコース低めに、あの速いカーブを投じた。ところが沢村の眼前で、ボールはふわっとした軌道で飛び込んでくる。明らかな抜け球だ。

「しまった、曲がらない……」

 倉橋のバットが回る。そしてパシッと快音が響いた。

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