スタンドの記憶

野球小説<「白球の“リアル” 」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。スポーツ(高校野球とサッカーが中心)、俳句(「プレバト!!」「俳句ポスト365」関連)、その他社会問題についても書いています。(はてブよろしくお願いします!)

(2019.9.19最新「第4話」更新!)【野球小説】続・プレイボール ~各話へのリンクその他~ <ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)>

【野球小説】続・プレイボール

 

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1.あらすじ

 ちばあきお「プレイボール」の”もう一つの”続編。

 物語は、あの谷原との練習試合に大敗した直後から始まる。キャプテン・谷口タカオ率いる墨谷高校野球部は、夏の甲子園出場を果たすことができるのか!?

 

2.目次(各話へのリンク) ※2019.9.19最新「第4話」更新! 

 

 

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3.その他関連リンク

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(2019.9.19最新「第4話」更新!)【野球小説】続・プレイボール ~各話へのリンクその他~ <ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)>

【野球小説】続・プレイボール

 

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1.あらすじ

 ちばあきお「プレイボール」の”もう一つの”続編。

 物語は、あの谷原との練習試合に大敗した直後から始まる。キャプテン・谷口タカオ率いる墨谷高校野球部は、夏の甲子園出場を果たすことができるのか!?

 

2.目次(各話へのリンク) ※2019.9.19最新「第4話」更新! 

 

 

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【野球小説】続・プレイボール<第4話「めざめよ井口!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

  

  

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  •  <登場人物紹介(その4)>  
  • 第4話 めざめよ井口!の巻
    • 1.早朝のグラウンド
    • 2.三人の投手リレー
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      •  
      •  ※各話へのリンク 

  

【前話へのリンク】

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 <登場人物紹介(その4)>  

松川:二年生。ポジションは投手だが、内野も守ることができる。倉橋と隅田川中時代よりバッテリーを組み、かつて谷口率いる墨谷二中と激闘を演じた。重い球質のストレートが武器。また制球力にも定評がある。スタミナにやや難あり。

 

島田:二年生。ポジションは外野手。一年時よりレギュラーを張る。駿足かつ堅守巧打、さらにスイッチヒッターもできる好選手である。また、外野というポジションに対する誇りと思い入れが人一倍強い。墨谷二中時代は、丸井と共に同校を地区大会優勝へと導く。

 

戸室裕之:三年生。ポジションは外野手。肩が弱いという課題はあるが、ガッツあふれるプレーで度々チームを救ってきた。

 

 

第4話 めざめよ井口!の巻

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1.早朝のグラウンド

 翌、日曜日。

 イガラシは、毎朝の習慣としている十キロのランニングを終え、そのまま学校のグラウンドへと向かった。

 校舎の大時計が、ちょうど六時を差している。この一時間前には着き、一旦荷物は置いていた。水飲み場で喉を潤し、呼吸を整えながら部室の方を見ると、人影がある。

 井口だった。

 こんなに早く来るのは、珍しい。それどころか、もうユニフォーム姿だ。辺りをキョロキョロと見回し、何だか落ち着きがない。

「おーい井口」

 呼んでみると、井口は「おう来たか」と、なぜか嬉しげだ。小走りに、こちらへ駆け寄ってくる。

「どういう風の吹き回しだよ。いっつも、時間ギリギリのくせによ」

 井口は立ち止まると、尻のポケットからボールを取り出した。

「おまえが来るのを待ってたんだ。ちと、受けてくんねぇか」

「はあ?」

 唐突な頼みに、戸惑う。

「もうアップはすんでる。キャッチャー用具も、さっき部室から出しといたから」

 井口の言った通り、ブルペン横に用具一式が置かれている。

「そりゃかまわんが、なんでこんな朝っぱらから」

 胸の内に、ひょっとして……という思いがもたげる。

「感覚、つかめたのか」

「そっそうなんだよ」

 イガラシの問いに、井口は興奮気味に答えた。

「どうしてなのか、俺にもよく分からんが。昨晩、ふと夜中に目がさめてな。なにげなく、枕元においてたボールを握ってみたら、こう……ぴたっと吸いついてくる感じでな」

「ほぉ」

「昔、何球をうまく操れるようになった頃と、おんなじ感覚でよ。これなら、いけんじゃねぇかと……な、なにがおかしいんだ」

 つい吹き出してしまう。

「……いいや、べつに」

 こいつらしいや、とイガラシは思った。普通なら段々と慣れていくものだが、ふとしたきっかけで何気なしにできてしまうのが、いかにも井口らしい。昨日までは、まだおっかなびっくりでボールを扱っていたというのに。

「ま、いきさつはどうだっていいさ」

 過程がどうあれ、出来るようになったのなら上等だ。

 二人はブルペンへ行き、イガラシは捕手用プロテクターを装着し、井口はその間にマウンドの土を均した。

「待たせたな」

 左手にミットを嵌め、軽く右手で叩きながら、イガラシはマウンド上の井口を呼んだ。

「アップをすませてるのなら、さっそくいこうか」

「おうっ」

「まずはおまえの得意球、シュートからだ」

「よしきた」

 ロージンバックを放り、井口が投球動作へと移る。ワインドアップモーションから、足を踏み込み、グラブを突き出し、左腕をしならせた。

 指先からボールが放たれる。ホームベースの左側、右打者から見て外角のボール球……と見えた瞬間、鋭く変化してミットに飛び込んできた。乾いた音が鳴る。

 それはまさしく、かつて「直角に曲がる」と恐れられ、あの青葉を完封しイガラシら墨谷二中を最後まで苦しめた、井口のシュートだった。

「やるじゃねぇか」

 イガラシはそう言って、返球した。

「だが、一球だけじゃマグレかもしれん。まだ信用できねぇな」

「分かってる。どんどん投げるから、捕り損ねてケガすんなよ」

「あいにくだったな。昨年、おまえを攻略するために、このボールは嫌ってほど目に焼きつけてたんだ。かえって、昨日のしょぼいシュートの方が、捕りづらいってもんよ」

「わ、悪かったな」

 それから十球、井口はシュートを続けた。やはりキレは落ちない。むしろ投げるごとに、その威力を増していくようだった。偶然ではないかと多少心配していたが、どうやら完全に硬球の感覚を掴んだらしい。

 イガラシはさらに、真っすぐとカーブを五球ずつ要求した。こちらも申し分ない。

「オーケー。悪くないんじゃないか」

 率直に評価を述べた。

「いつでもこれぐらい投げられるのなら、シード校クラスでもそうそう打てねぇよ」

「ほぉ。ほめてくれるたぁ、珍しいな」

「ほめたつもりはねぇよ、思ったことを言ったまでだ。井口……これぐらいで満足してもらっちゃ、困るぞ」

 あえて厳しい口調で、付け加える。

「そうそう打てねぇっていうのは、打たれる可能性もあるってことだ。俺なら二打席も見りゃあ、三、四打席目にはヒットにできる。そして……第一シードレベルともなれば、俺なんか足元にも及ばねぇ打者が、ゴロゴロしてる。おまえも見たろ、谷原のバッティング」

「あ、ああ……」

 井口が唾を飲み込む。あの試合、センターを守っていた井口の頭上を、鋭い打球が何本も越えていった。その打棒の凄まじさを、彼もまた見せ付けられている。

「そこでだが、井口」

 一つの提案を伝えることにした。

「昔、一緒にやってた頃……おまえスローカーブ投げてたろ」

「む。だが、中学では他の球種をおぼえたから、ほとんど使ってねぇな」

「いいから、投げてみな」

 強く促すと、井口は渋々ながら、そのボールを投じた。スピードこそないが、落差のあるカーブが低めに決まる。

「おおっ。昔と変わりなく、投げられるじゃねぇか」

 使えそうだな、と言い添える。

「だが、ちとコントロールがつきにくくてよ。今はたまたま低めにいったが、高めに浮くこともある。ねらわれると、長打を喰らう危険があるんでな」

「ばぁか。だから、練習すんだよ。これで緩急がつけられれば、真っすぐとシュートをより生かせるぞ」

 足元にマスクを置き、イガラシはマウンドに駆け寄る。そして、「なんだ?」と言いたげな井口の尻を蹴り上げた。

「テッ。な、なにしやがる」

「おせぇんだよ。正直、谷原戦より片瀬のことより、一番てめぇに気をもんでたんだ。ったく、手間かけさせやがって」

「し、仕方ねぇだろ。軟球とは違うんだし」

「いーや、それだけじゃあるまい。てめぇはふぬけてんだよ。谷口さんや丸井さんに、つまんねーことで注意されやがって」

 ふん、と鼻を鳴らす。

「ちったぁ、しっかりしろい。品行方正になんざ、俺だって言えた義理じゃねぇが、しょうもねぇ。もっと野球に集中しろってんだ」

 剣幕に押されたのか、相手は口をつぐむ。

「……まぁ、ちとおまえの気持ちを察するなら」

 イガラシは、少し口調を柔らかくして言った。

「自分がチームの主導権を握れねぇのが、つまらない、ってのは……分からなくもねぇが」

 井口が目を見上げる。

「え、俺……んなこと一言も」

「顔に書いてあんだよ、退屈だってな。弱小だった江田川と違って、墨高野球部はある程度、チームとして出来上がっている。イチから作り上げる面白さは、ここじゃ味わえない。そう思って、どこか気乗りしないんだろ」

 図星だったのだろう。井口は反論もせず、黙っていた。

「けどな、おまえ一つ……まだ知らねぇことがあるぞ」

 イガラシの言葉に興味を引かれたらしく、「何だよそりゃ」と問い返す。

「やっぱ自分じゃ、わかんねぇか」

「このっ。もったいぶってねぇで、さっさと言えよ」

 ムキになる幼馴染を「まあまあ」となだめ、イガラシは短く答える。

「優勝することさ」

 井口は不意を突かれたのか、しばし口をつぐむ。

「つぎつぎと強敵をぶっ倒して、さいごまで勝ち残る。そのよろこび、おまえ味わったことねぇだろ。けっきょく江田川は、地区の準優勝どまりだったもんな」

「イヤミかよ」

「またそんな、つまんねーこと言いやがる。どうなんだよ井口。おまえの才能にふさわしい、大きな舞台に、こんどこそ立ってみたくないか? 」

 イガラシはわざと煽るように言った。

「俺はな、井口。おまえさえその気になりゃあ、じゅうぶんに可能と思ってるんだが」

 井口が「おまえ……」と、溜息をつく。

「口がうまくなったもんだな。ずる賢さに、磨きがかかってきやがらぁ」

「大きなお世話だ」

 二人が憎まれ口を叩き合っていると、部室の方から「おおい」と声がした。振り向くと、倉橋がやはりユニフォーム姿で、こちらに駆けてくる。

「倉橋さん。おはようございます」

 イガラシが一礼すると、井口もやや小さな声で「おはようございます」と挨拶した。連日の投球練習で、倉橋にしごかれているから、さしもの井口も緊張してしまうらしい。

「ああ、おはよう。なんだ二人して、朝っぱらから。特訓でもしてたのか」

「え。ええ、まぁ……そんなトコです」

 説明に戸惑いながら答えると、傍らで井口が「そういやぁ」とつぶやく。

「墨二は、倉橋さんと松川さんの隅田川中と、対戦したんだっけな」

「そうなんだよ」

 苦笑い混じりに、イガラシはうなずいた。

「あんときゃ勝つには勝ったが、倉橋さんのリードにしてやられてな。唯一その試合、ノーヒットに抑えられたよ」

「の、ノーヒットって……おまえがかよ」

 井口が声を上ずらせる。倉橋は「よく言うぜ」と、呆れ顔で言った。

「マトモに打ち取れたのは、最初の打席だけだ。あとは捉えた当たりが野手の正面だったのと、敬遠が三つ。こちとら抑えたって感覚はねぇよ。しかもおまえ……松川のスタミナ不足を見抜いて、しつこく揺さぶりやがって」

「ははっ、イガラシのやりそうなことっスね」

「ほっとけ。それより……倉橋さん。せっかくなので、少し受けてもらえませんか」

 イガラシはそう言って、捕手用プロテクターを外していく。

「もちろんさ」

 倉橋は快諾した。

「俺もそのつもりで来たんだ。昨日はけっきょく、ずっと打撃投手を務めただけで、全力ではなかったからな」

「ありがとうございます」

 イガラシはマウンドに立ち、ロージンバックを拾い上げる。指に馴染ませながら、傍らの井口を呼ぶ。

「後で全力投球する時、打席に立ってくんねぇか。立つだけでいい」

「お安い御用さ」

 倉橋がホームベース前にしゃがむと、イガラシは軽めに十球程度投げ込んだ。リリーフ登板を多く経験しているからか、肩が温まるのは早い。

「準備オーケーです」

 声を掛けると、倉橋がミットの左手を挙げ「分かった」と合図する。

「ここから全力で行きます。井口を立たせてかまいませんか?」

「ああ、いつでも来い」

 井口が左打席に入るのを待ってから、イガラシは投球動作へと移る。ワインドアップモーションから、グラブを突き出し左足を踏み込み、思い切り右腕を振り下ろす。

 倉橋のミットが、迫力ある音を鳴らした。井口が「あのヤロウ」と、こちらを睨む。

 イガラシは真っすぐを十球続けた後、カーブ、シュート、落ちるシュート(シンカー)を五球ずつ投じた。倉橋はさすがに、一球もこぼすことなく捕球する。

「井口、なんだよその反応は」

 からかう口調で言った。

「俺のボールなんて、昨年の試合でさんざん見たろ」

「なに言ってやがる。そん時と比べても、数段スピードもキレも増してるじゃねぇか」

「どうってことねぇよ」

 返球を捕り、素っ気なく答える。

「たしかにスピードは増したが、強豪校の連中にすりゃあ、驚くほど速いわけじゃねぇ。変化球も、空振りを取れそうなのはカーブだけだ。あとはヤマを張られたら、きっと捉えられちまう。あ……それでなんですけど、倉橋さん」

「おう。どしたい」

「そろそろ集合時間ですし、最後に試したいボールがあるんです」

 井口がはっとしたように、目を見開く。

「おい。まさか、新しい球種をおぼえたのか」

「まあ、見てろって」

 イガラシは振りかぶり、速球とほぼ同じフォームで投球する。しかし、スピードがかなり落とされ、さらにホームベース手前ですうっと沈む。

 予測しなかった変化らしく、倉橋がボールを手前にこぼした。

「い、イガラシ……これって」

 マスクを取り、問うてくる。

「谷口と同じ、フォークなのか?」

「いいえ。これは、チェンジアップです」

 返球を捕り、イガラシはその握りを見せた。指先を縫い目に掛けず、親指と人差し指で「オーケー」の形を作る。

「ほら、指に挟んでないでしょう。フォークも試してみたんですけど、どうしても握力が要るので、こっちの方が負担なく投げられると」

「なるほど。だれかに習ったのか?」

「いえ、マネしてみたんです。去年戦った白新中のピッチャーが、スローボール主体でうまく抑えてたのを見て、ちょっと取り入れてみました」

「ほぉ……だとさ、井口」

 横目でじろっと、倉橋は井口を睨む。

「硬球を扱うだけで、四苦八苦してる誰かさんとは、えらい違いだ」

 返す言葉もなくうなだれる井口に、一言付け加える。

「それでも、ちっとはマシになったみてぇだが」

「……えっ。じゃあ見てたんですか」

 イガラシが尋ねると、倉橋はにやっとして「ああ」とうなずいた。

「このところハプニング続きだったが、井口が復調したことで、少しは先行きが明るくなりそうだ。井口、イガラシ、ここからが勝負だぞ」

 二人は声を揃え、「はいっ」と返事した。

 時折吹いてくる風に、青葉が揺れる。近くで囀りが聴こえた。登校時にはまだ柔らかかった陽射しが、少しずつ強さを増していく。

 

2.三人の投手リレー

 

 墨高野球部は、この日も練習試合が組まれている。

 午前中、学校のグラウンドにて守備練習を行ってから、昼食後に近くの荒川野球場へと移動する。相手は、埼玉県の浦和商工である。

 双方とも球場到着後、一時間弱でアップを済ませている。すでに後攻の墨谷ナインが守備位置に着き、あとはプレイボールを待つばかりだった。

 

「攻めてけよ井口」

 三塁側ベンチ横のブルペンにて、イガラシは声援を送る。

「しょぼいピッチングしやがったら、承知しねぇぞ。そこから引きずり降ろしてやる」

「うるせっ。誰にモノ言ってやがんだ」

 すぐに憎まれ口が返ってきた。くすっと笑いがこぼれる。これなら大丈夫だろう……と、ひそかに胸を撫で下ろす。

 イガラシは先発メンバーから外れ、リリーフ登板の準備を指示されていた。もし井口が序盤で崩れたら、いつでも交代できるようにという意味合いである。

「おいイガラシ」

 根岸が、ぽんと左肩を叩く。

「井口を心配するのも分かるが、こっちも準備しとかないと」

「ああ。たぶんのんびりアップして、ちょうどいい塩梅だろうよ」

「えっ? そりゃ井口を信用しすぎだろう。相手、けっこう強いらしいじゃないか」

 谷口の話によると、浦和商工は昨夏の埼玉八強、今年もシードを獲得した実力校だという。とりわけ守備には定評があり、最近ではほとんどの試合を三点以下に抑えているそうだ。

「だいじょうぶだよ」

 イガラシはそう返答して、一塁側へと視線を向ける。先攻の浦和商工ナインが、ベンチ前で素振りしていた。

「キャプテンも言ってたじゃないか、ほとんど三点以下に抑えてるってよ。それでベストエイト止まりってことは、つまりバッティングが良くないんだ」

「なるほど。言われてみれば、やつら……どいつもこいつもヘッドが下がった、力のないスイングだもんな」

「だろ? あれじゃあ、上位クラスのピッチャーを打ち崩すなんて、無理だ」

 ほどなく、アンパイアが「プレイ!」とコールする。

 マウンド上。井口はサインにうなずくと、すぐに投球動作へと移る。ワインドアップモーションから、第一球を投じた。

 井口の指先から放たれたボールが、打者の手元で鋭く変化する。

「ストライク!」

 相手打者が、明らかに面食らった顔をした。それと同時に、一塁側ベンチから動揺の声が漏れる。

「え……なんだ、今のタマは」

「し、シュートだよ。けど、速球とほぼ同じスピードで、あんな手元で曲がるなんて」

「ぜんぜん見えなかったぞ。だれなんだ、あの一年坊主」

 あまりにも分かりやすすぎる反応に、イガラシは苦笑いしてしまう。

「……な? 打てそうにないだろ」

 そう言うと、根岸は「たしかに」と肩を竦める。

 井口の投球に驚かされたのは、浦和商工ナインだけではなかった。墨高ナインもまた、初めて彼本来のボールの迫力に、誰もが半ば呆然としている。例外は、イガラシと同じ墨谷二中出身の丸井と久保だけだった。

「なんだよてめぇ。投げられるんなら、さいしょから投げやがれ」

 丸井がセカンドから怒鳴る。その後方で、久保は呆れ顔で頭を掻いていた。これが井口だよな、とでも言いたげに。

 

 イガラシの予想は当たった。

 硬球に指が慣れ、本来の調子を取り戻した井口を前に、打力のない浦和商工はまるで相手にならなかった。バットを短く持ったり、セーフティバントを試みたりと策は講じたものの、ボールに当てることすらままならず。

 結局、井口は四回を投げ、四球を二つ与えただけのノーヒットピッチング。十個の三振を奪う圧倒的な投球を見せ付けた。

 

 六回からは、イガラシが二番手として登板。

 こちらも緩急を使ったピッチングで、相手打線を翻弄する。やはり四回を投げ、三振こそ四個に留まったものの、一人のランナーも許さない完璧な投球を披露する。

 

 一方の墨高打線は、浦和商工バッテリーの粘り強い投球と堅守を前に、序盤はなかなか得点することができずにいた。

 しかし四回。井口が自らを援護するホームランを放ち、均衡を破ると、七回には丸井と久保に連続タイムリーが飛び出し、計三点を挙げる。

 

 迎えた九回。墨高は、ついにエース谷口をマウンドへと送った。

 相手の中軸を迎える回だったが、谷口はあっさり先頭打者を打ち取る。さらに、続く三番打者も、簡単にツーストライクと追い込み……

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 外角高めの速球に、浦和商工の三番打者のバットが空を切る。

「おい谷口。高めの吊り球なんて、要求してねぇぞ」

 倉橋が、両肩を回して「楽に楽に」と合図する。

「キャプテン。中軸だからって、そんなに神経使う必要はないですよ」

 谷口に代わりサードの守備に着いたイガラシは、そう声を掛けた。

「コースさえ突けば、十分打ち取れます」

「あ、ああ……分かってる」

 キャプテンは、苦笑い混じりに答える。

 相手の打順が、四番に回る。さすがに大柄な選手だ。しかし、それまでの三打席では、井口とイガラシにあっけなく仕留められている。

 初球。倉橋は、外角低めにミットを構えた。谷口がうなずき、ワインドアップモーションから速球を投じる。そのボールが、またも高めに浮く。

 快音が響いた。右打者の引っ張った鋭い打球が、ライトの頭上を襲う。

 抜かれたと思った、次の瞬間……ライトの久保が背走しながら、ジャンプする。捕球のパシッという音が、微かに聴こえた。

 久保はボールを掴み取ると、倒れることもなく外野の芝の上に着地する。

「アウトっ。ゲームセット!」

 アンパイアのコールと同時に、両チームの選手達が整列を始めた。ホームベースを挟んで向かい合う格好になる。

 人の流れに加わりながら、イガラシは小さく首を傾げた。

 めずらしいな。コントロールのいい谷口さんが、二日続けて乱調だなんて。あの人でも、急に筋力が付くと、うまくバランスを取るのが難しいのか。けど、それにしたって四番への最後のボールは、球威もなかったような。いや、待てよ……

 この時、一つの考えが球をよぎる。血の気が引いていく思いがした。顔を上げて、何事もないかのように振る舞うキャプテンの顔を、ひそかに見やる。

 まさか……まさか、谷口さん。ケガしてるんじゃ……

 

 

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【野球小説】続・プレイボール<第3話「できることから!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

    

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  •  <登場人物紹介(その3)> 
  • 第3話 できることから!の巻
    • 1.イガラシの進言、谷口の覚悟
    • 2.ミーティング
    • 3.バント練習にて
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • ※各話へのリンク 

  

【前話へのリンク】

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 <登場人物紹介(その3)> 

 

横井:頬に渦巻のある三年生。右投右打。内外野どこでも守れるユーティリティープレーヤー。明朗な性格であるが、原作では練習に付いてこられない後輩を叱咤した熱血漢な一面もある。

 

加藤正男:二年生。ポジションは、墨谷二中時代よりファーストを務める。かつては丸井と共に、同校を地区大会優勝へと導く。左投左打。派手さこそないが、堅守巧打が光る。

 

久保:一年生。ポジションは外野手。右投右打。イガラシと共に、墨谷二中を全国優勝へと導く。ミート力・長打力ともに秀でたスラッガーである。

 

 

第3話 できることから!の巻

 

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1.イガラシの進言、谷口の覚悟

 

 九回――ほぼ死に体の大島工業に対し、墨高はイガラシのスリーランホームランなどで一挙6点を追加する。
 その裏。墨高は松川に代えて、谷口タカオをマウンドへ送った。
 谷原戦の影響が心配された谷口だったが、大量失点に気落ちした相手打線を寄せ付けず、三者連続三振で試合を締める。
 結局、試合は十三対一と、墨高の圧勝に終わった。

 大島工ナインを見送った後、墨高野球部の面々は河原へと移動し、円座になる。
「これから三十分間、休けいとする」
 谷口は、全体を見回しながら告げた。
「休けいといっても、ダラダラすごすんじゃないぞ。体をほぐしたり、試合に出なかった者はもう一度アップしたりと、やることは色々あるはずだ。とくに、井口」
「……は、はひっ」
 谷口の真向かいに、退屈そうな顔で座っていた井口は、ふいに話を向けられ妙な声を発した。傍らのイガラシが、「ばぁか」と脇腹を小突く。
「この後、バントとバスターの練習を行う。井口には打げき投手をつとめてもらうから、しっかり肩を作っておいてくれ」
「わ、分かりました」
 井口の口元が、露骨なほど緩む。やはり投げるのが一番楽しいらしい。
 解散後、谷口は丸井を呼び「ちょっと足を冷やしてくる」とこっそり伝えた。途端、丸井の顔が引きつる。
「え……まさか、ケガですか」
「な、なぁに。大したことじゃない」
 騒がれると困るので、慌てて付け加えた。
「軽い打ぼくだろう。さっきホームにすべり込んだ時、太ももが相手のキャッチャーとぶつかってな。プレーに支障があるといけないから、ねんのため湿布しておくだけだ」
「……なぁんだ。それなら、よかったです」
 素直な後輩は、安堵の吐息をつく。
「ほかのメンバーに、なにか聞かれたら……悪いが、てきとうにごまかしておいてくれ。とくに倉橋には、伏せておいてほしい。片瀬の件で、少しナーバスになってるから」
「わっかりました。まかせてください!」
 丸井は快活に言って、自分の胸をぽんと叩く。
「これでも口はうまい方ですから」
「うむ。たのんだぞ」
 踵を返し駆けていく背中に、スマンな丸井……とつぶやく。
 谷口は土手をのぼり、周辺に誰もいないのを確かめてから、道端に座り込んだ。ユニフォームのポケットに忍ばせておいた湿布を取り出し、アンダーシャツの袖をめくっり、肘に貼っていた古いものと交換する。
 痛みではないが、明らかな違和感があった。
 適切に表現するのは難しいが、痛痒い、とでもいうのだろうか。時間が経てば治まると思ったが、むしろ日ごとに強くなってきている。
 なぜか肘の状態に相反して、体は軽い。
 長年の鍛錬により、筋力が備わってきたのか、全身に力がみなぎる感覚がある。まだそれを、肘の関節が支えきれないのだろうと谷口は思った。
 袖を直し、古い湿布を丸めてポケットに仕舞う。
「キャプテン」
 ふいに声を掛けられ、ずっこけそうになる。
「こんな所で何をしてるんですか」
「ああ、いや……」
 眼前に、イガラシが立っていた。
「ちょっと太ももを手当てしてたんだ。ほら、ホームにすべり込んだ時……」
 丸井に使ったのと同じ言い訳をした。イガラシは「へぇ」と、僅かに首を傾げる。
「そんなに、はげしい接触でしたっけ?」
「ねっ念のためだよ。そ、それより……なにか用なのか?」
 もっと突っ込まれるかと思ったが、意外にも「ええ」とあっさり引き下がった。
「提案、というか……お願いがあるんですけど」
「おお。なんだよ、あらたまって」
 そう言いながらも、谷口はイガラシが何の話をしてくるのか、半ば予測していた。
「キャプテン。俺を、投手陣に加えてもらえませんか?」
「……そうか」
 微かにうなずく。やはり、と思った。
「べつに今すぐ使ってほしい、というワケじゃないんです。たとえばですけど……練習だけはさせてもらって、主力になにかあった時、代われるようにしておくとか。あ、もちろんショートの練習には、支障が出ないようにするので」
 すぐには肯定も否定もしない。谷口自身、どうすべきか思案を続けているところだった。
「まっとりあえず座れよ。ほら」
 傍らの草の上を指差す。
「こうやって、土手に足をのばすと、気持ちいいぞ」
「は、はぁ」
 イガラシは戸惑いながらも、言われた通りにする。
「俺が、とうぶんは内野手に専念してほしいと言った理由、おぼえてるか」
「はい。今のチームの、攻守における甘さをうめてほしいと」
「分かった上でどうして、こう考えるに至ったのか。理由を聞かせてくれるか」
 何もすぐに結論を出す必要はない。その前に、相手の考えをじっくり聞いてみたいと思った。墨高野球部において、おそらく誰よりも勝つことの厳しさを知る、このイガラシという男の考えを。
「ええ、もちろんです」
 後輩は、きっぱりと言った。
「といっても……現状を整理したら、おのずとその結論に達しただけですけど」
 そう切り出し、淡々と語る。片瀬の復帰が、夏に間に合うかどうか微妙なこと。どっちみち三人体制では、厳しいコンディションの中で勝ち上がるには負担が大きいこと。現メンバーの中で、片瀬の代役が務まりそうなのは、自分しかいないこと。
 簡潔で分かりやすく、極めて合理的な理由だった。谷口は溜息をつく。
 こいつ、やはり分かっているのか。ほとんど俺の考えてることと、ぴたり一致する。たしかにイガラシが投手も兼ねてくれれば、もっと余裕をもってローテーションを組むことができるだろうが……
 しかし、懸念が一つある。
「なぁイガラシ」
 声を潜め、問うてみる。
「正直に答えてくれ。肩はもう、平気なのか?」
「えっ」
「昨年の選手権で、だいぶ無理をしたと聞いたが」
 少しでも不安があるのなら、認めないつもりだった。怪我人をこれ以上増やせないし、何よりイガラシは、いずれリーダーとして墨高野球部を引っぱっていく人材だ。ここで潰すわけにはいかない。
「ははっ。誰がそんなこと言ったんですか」
 イガラシは、苦笑いを浮かべた。
「もちろん疲れはありましたけど。ひと月もすれば、回復しましたよ。だいたい、ちょっとムチャしたくらいで大事に至るほど、俺はやわじゃないので」
「そいつは、たのもしいな」
「よく言いますよ。キャプテンこそ、あの青葉との決勝では、指を折りながら決勝タイムリー打ったじゃないですか」
 突っ込まれ、笑うしかなかった。あの時は無我夢中だったから、大したこととは思わなかったが、今考えるとよくやったものだと思う。たしかに、人のことを言えたものではない。
「とにかく。俺のことは、心配いりませんよ」
 微笑みを湛えた目で言った。
「でも、しばらく投球練習してないだろ。だいじょうぶなのか?」
 やんわりと懸案事項を指摘したつもりだったが、相手はにやっと笑う。
「俺を見くびらないでくださいよ」
「えっ」
「じつは……いつでもピッチャーができるように、ずっと走り込みと投げ込みは続けてたんです。なにかあった時のために、準備はしておこうと」
 思わず口をつぐむ。あまりの周到さに、溜息が漏れる。
「おまえ、そこまで……」
「あたりまえです。一時の思いつきで、こんな提案なんてしません」
 谷口は目を瞑り、しばし考え込む。
 この口ぶりだと、イガラシはうちの投手陣が盤石でないことを、とっくに見抜いていたに違いない。ひょっとしたら、谷原戦よりも前から。これは、もう……
 ことわる理由はないか、と胸の内につぶやく。
「……そういうことなら」
 顔を上げて、答える。
「分かった。おまえを投手陣に加えよう」
「ありがとうございます」
「いやいや。礼を言わなきゃならんのは、俺の方だ」
 この期に及んでは、胸の内を素直に打ち明けることにした。
「おまえなら察しているだろうが……谷原戦で俺がメッタ打ちにされ、さらに片瀬が離脱したことで、予定は大きく狂った。そのことで正直、ずっと頭をかかえてたんだ」
「ええ、そうだろうと思いました」
 イガラシはこくっとうなずいた。
「キャプテンという立場上、一度決めたことをくつがえすのも、なかなか勇気がいりますからね。それで、こっちから言おうと」
「なんだ、それも分かってたのか。しかし……そうか、気を遣わせてしまったな」
「どうってことありませんよ。それより、さっそくですが」
 さほどの感慨もないらしく、あくまでも淡々と受け答えする。
「この後のバント練習、井口のつぎに打撃投手をやってもいいですか? アイツが打席に立つ時は、どっちみち誰かが投げないといけないので」
「ああ。しっかり頼むぞ」
「それじゃ、今のうちに肩作っておきます……あっ」
 イガラシはいったん踵を返しかけたが、「そういえば」とこちらに向き直る。
「む。まだ、なにかあるのか」
「キャプテン。さっき体、だいぶ軽かったでしょう」
「えっなにが……あ、あぁ試合のことか」
 肘の件かと思い、一瞬警戒したが、そうじゃないと分かり安堵する。
「そうなんだよ。一イニングだけとはいえ、気持ちよく投げられたさ」
「ええ、見ていて分かりました。真っすぐも変化球も、すごくキレてましたね」
 褒めてくれるのかと思いきや、イガラシはにこりともしない。むしろ憂うような顔で、ぽつりと言った。
「気をつけた方が、いいですよ」
「どういうことだ?」
「俺もガキん時、何度か経験あるんです。妙に調子がいい時。でもそれ、あまり長く続かないので、ついリキんだ投球になりがちなんですよ」
 ああそうか、と思い出す。そもそも投手としての経験は、イガラシの方が長いのだ。
「さっき結果は、三者三振でしたけど……全体的にボールが上ずってましたよね。あれって、いつもより力がわいてくるので、逆におさえが効かなかったんじゃありませんか」
「あ、ああ」
「一イニングだけで、よかったですよ。ああいう時って、うまく力を逃がすようにしないと、肘を傷めちゃったりするんです」
 どきっとする。まさに今、イガラシに指摘された状態だ。
「それにボールが高いと、ほんとうに打力のあるチームならとらえられてますよ。大島工が振り回してくれたから、今日は助かりましたけど」
 そこまで言って、イガラシは「あっ」と小さく声を発した。
「すみません、生意気言いました。それじゃ」
 ぺこっと頭を下げ、今度こそグラウンドへと駆けていく。
 谷口は、小さく溜息をついた。言いたいこと言いやがって……と、苦笑いする。それでも、まったく悪い気はしない。
 イガラシという男は、たしかに生意気で、少々……いやかなり取っつき辛い面もあるが、けっして自己中心的なのではない。あくまでも、勝つことに対して純粋なのだ。
 墨二時代より、谷口はイガラシを高く評価していた。
 秀でた野球センスもさることながら、学業成績で常に学年十位以内をキープしていたという明晰な頭脳に裏打ちされた、状況判断の確かさ。
 その上、強敵との対戦や劣勢の試合展開など、苦しい状況であればあるほど力を発揮してくる。谷口も諦めの悪さでは人一倍のつもりだが、イガラシはそもそも、負けることを端から考えていないように見受けられる。
 味方として、これほど頼りになる男はいない。
 あいつがいれば、負ける気がしない。必ず勝てるに違いない。周囲にそう思わせるだけの力が、イガラシにはある。
 しかし、だからこそ……危ういとも思う。
 あまりにも期待値が高くなりすぎるのだ。イガラシなら、何とかしてくれると。それが彼に、時として無理を強いてしまったりする。また本人も、自分にブレーキを掛ける術を知らない。それが原因で、過去に故障もしている。
 これは俺の仕事だな……と、谷口は覚悟を決めた。
 イガラシの便利さに頼りすぎないよう、またイガラシ自身が勝ちたいからと無茶をしてしまわないよう、こちらがコントロールしなければならない。かつて田所を始め、上級生達が無茶しがちだった自分が潰れてしまわないよう、守ってくれたように。

 

 

2.ミーティング

 

「……わっ」
 根岸のミットを、ボールが弾いた。
 イガラシは苦笑いして、「だっせぇな」とからかう。
「ラストは全力と言ったろ。立ち投げなんだし、ちゃんと捕れよ」
「かえって捕りにくいっつうの。ったく……登板するのなら、座らせてくれよな」
 文句を言いながらも、根岸はボールを拾い返球する。
「悪かったな。けど、まだ大っぴらにはできねぇ。谷口さんが、まだみんなに伝えてないからな。キャプテンが説明してからでないと、波風が立っちまう」
「……へぇ」
 根岸が不思議そうな目になる。
「な、なんだよ」
「イガラシって、けっこう気ぃ遣いなんだな」
「ばぁか。そーいうことじゃねぇよ」
 にこりともせず、イガラシは言った。
「つまんねぇコトで印象悪くしたら、ほんとうに意見すべき時、話を聞いてもらえなくなるじゃねぇか」
 やや頬を引きつらせ、根岸がうなずく。
「ほ、ほぉ……そりゃ合理的だな」
その横顔に、イガラシはあることを一つ思い付いた。
「ところで根岸。おまえ、ずっと変化球に苦労してるな」
「むっ。なんだよ、またイヤミか」
「そうじゃねぇよ。おそらくボールの軌道に、まだ目がなれてねぇんだろ」
「……ああ、そうなんだよ。谷口さんに言われて、引きつけてって意識はしてるけどな。いざ打席に立ってみると、どうしても追いかけちまう」
「だったら、バスターの構えにしたらどうだ?」
 さすがに予想外だったらしく、根岸は目を大きく見開いた。
「ば、バスターだと?」
「そうだ。バントの構えだから、意識しなくともボールを引きつけられる。ただスイングの遅いやつだと、さし込まれちまうが……おまえなら十分ふり切れるだろ」
「なっなるほど」
 イガラシが戸惑うほど、目を輝かせる。
「その発想は、今までしたことなかったぜ。さっそく試してみる」
「お、おう……どのみち、いくら長距離打者だからって、あるていど小技もできねぇと試合に使ってもらえないかんな。おぼえといて、損はねぇよ」
「わかってるって。引きつけて……バシッ、だな」
 ほんとに分かってんのかよ、とひそかに溜息をつく。
 もっとも根岸の前向きさは、間違いなく長所だと思う。負けん気は強いが思いのほか素直で、リトルリーグの元四番という経歴を鼻に掛けることなく、足りないところは吸収しようとする。この男はいずれ台頭してくると、イガラシはひそかに期待していた。
 ほどなく休憩が明け、部員達はホームベース近くに集合した。全員が再び円座になると、キャプテン谷口がすっくと立ち上がる。
「先に、みんなへ伝えておくことがある」
 そう開口一番に告げた。
「まず、片瀬のことだ。谷原戦のことがあって、さらに追い打ちをかけたくなかったので、みんなには伏せておいたが……じつは、左膝をいためている」
「気にすんなよ。それくらい察してるぜ」
 谷口の後ろめたさを和らげようとしたのか、横井が吐息混じりに言った。
「で、どれくらいのケガなんだ?」
「はっきり言って、あまり思わしくない。さいてい……三週間は、安静にしてなきゃいけないそうだ」
 キャプテンの返答に、周囲がざわめく。
 無理もない、とイガラシは思った。新入部員とはいえ、勝敗を担う投手陣の一角が、離脱したのである。それがどれくらい影響を及ぼすのか、とりわけ夏の厳しさを知る上級生達は、リアルに想像できたことだろう。
「……そこで、だ」
 ナイン達の動揺を押し留めるように、谷口は強い口調で言った。
「対策として……今日からイガラシにも、投手陣に加わってもらう」
 今度は、意外にも静かな反応だった。
「したがって、こんどの夏大は、俺と松川、井口と片瀬、そしてイガラシの五人体制でいく」

 数人の視線がイガラシに向けられたが、他の者はうなずきながら、黙ってキャプテンの話を聴いている。
「もちろんショートも兼任する。ただ、状況によってはピッチャーの練習を優先してもらうこともあるので、そこは内野陣には理解してもらいたい」
「俺っちなら平気ですよ」
 丸井が場違いなほど快活な声を発し、周囲から笑いが漏れた。
「たりないところがあれば、後で俺っちがコーチしますから」
「……丸井。おまえセカンドしか守ったことないだろ」
 加藤に突っ込まれ、丸井は「あっ」と顔を赤らめる。
「どんなアドバイスをくれるか、期待してますよ」
 イガラシが軽くからかうと、丸井は「てめぇ」とムキになる。
「こ、これっ」
 谷口は二人をたしなめてから、話を進めた。
「正直……当初の構想を変えるのは、なるべく避けたかった。練習メニューの組み方が変わってくるし、みんなに迷惑をかけてしまう」
「なに言ってる。妥当な判断じゃねぇか」
 倉橋が、励ますように言った。
「おまえが悩んでるふうだったから、口を挟まずにいたが、じつは俺もそうすべきだと思ってたんだ。片瀬の回復を、悠長に待っていられる状況じゃねぇ」
 横井も「そうだな」と同意する。
「よしんば片瀬が間に合ったとしても、夏はどのみち厳しい戦いになる。また誰か離脱しないとも限らないし」
 松川が「俺も賛成です」と、渋い顔でつぶやく。
「夏の大会は、想像以上に消耗します。知っての通り……俺はもう、四回戦までが精一杯で、終盤はだいぶキャプテンに負担をかけてしまいました」
「あの……それと少し、気になることがあります」
 挙手して発言したのは、加藤だった。
「今回、けっこう強いトコが、シードから漏れてますよね」
「そうそう。秋大の組み合わせが、序盤からつぶし合いになってちまってな」
 戸室が反応する。
「東実も、ブロック予選で俺達が落としちまったし。まぁ、けど……それでも谷原は別格だったな。あの専修館を完封しちまったりして」
「おいおい、加藤に戸室。よそを気にするのはまだ早いぞ」
「はいっ」
「わ、分かったよ」
 二人の勇み足を諫めてから、谷口は全体を見回した。
「それじゃあ、投手陣の話はこれぐらいにして……バント練習の説明をしていくぞ。」
 そう言うと、キャプテンは全員を見回した。
「今日のバント練習は、より実戦に近い形でやっていく。ランナーを一塁において、一人三打席ずつ。三打席のうち、一回はかくじつに送る。あとの二回は、セーフティバントやプッシュバント、あるいはバスターをねらってもかまわない」
 おおっ、と歓声が聞かれた。
「ただバントするより、ずっと面白いや」
「ああ。よぉし、ねらってやるぞ」
 ファーストの加藤が、溜息をつく。
「気楽でいいよなぁ。内野は、大変なんだぞ。一球ごとにダッシュしたり、ベースカバーに入ったり、けん制したり」
 谷口は「分かってるじゃないか」と、微笑んだ。
「その通りだ。さすが、ずっとファーストのレギュラーを張っているだけあるな」
「え、そんな……照れるなぁ」
 思わぬ褒め言葉をもらい、加藤は顔を赤らめる。
「その通り。この練習では、バント守備における各ポジションの動きも確認していく。相手がなにか仕掛けてきた時、泡を喰ってしまわないように」
「なるほど。ぎゃくに言うと」
 谷口の言葉を受け、丸井が言った。
「うちらが、そういう攻め方をできるようになれば、相手をかき回すことができるってわけですね」
「ふふっ、察しがいいな」
 キャプテンは目を細め、二、三度うなずく。
「特にうちは、足の速いやつが多い。これを生かさないテはない」
 へぇ、とイガラシは思った。
さすが谷口さん、チームの特徴をちゃんとつかんでる。谷原戦の大敗で「イチから作り直す」なんて言い出したら、どうしようかと思ってたが。

 

3.バント練習にて

 

 ミーティングが終わると、早速ナイン達は守備に着く。複数の選手がいるポジションは、一打席ごとに交代して守ることになった。
 イガラシがショートの守備に着くと、同じポジションの横井が「先でいいか?」と問うてくる。
「ええ、どうぞ」
 そう返事すると、横井はにやっとした。
「いいのかよ。ポジションを争う俺に、順番をゆずっちゃって」
 この人、いい性格してるよな……と思う。イガラシがショートに入ってきたことで、横井は外野に回される機会が増え、内心複雑な思いもあるはずだが、本人からそういう愚痴めいた話は聞いたことがない。
「先輩こそ、もうちょっと外野の練習しといた方が」
 横井が朗らかな質だからこそ、こうして軽口が叩ける。
「あっ、こら。どういう意味だ」
「まんまですよ。なんでしたら、今すぐショートはゆずっちゃっても」
「そんなことできるかっ」
 マウンド上では、井口がボールを握っていた。倉橋に「さぁこいっ」と促され、すぐに投球動作へと移る。
 一球、二球……威力のある速球が、倉橋のミットを鳴らす。
「少しは慣れてきたみてぇだな」
 声を掛けると、井口は「いーや」と首を横に振った。
「今の真っすぐの走りは、悪くなかったろ」
「真っすぐだけはな。けど、やはり変化球のキレがもどらない」
 井口は「シュートいきます」と倉橋に告げ、投じる。小さく変化したものの、本人が言うように、直角に曲がると恐れられた頃のキレには程遠い。
「ああ……こりゃ、ダメだな」
 正直に言った。
「こら井口。ふだん硬球を持ち歩いて、早く慣れる努力くらい、してんだろうな」
「あっあたりまえだろ。けど、どうしても指にしっくりこねぇ」
 溜息混じりに、井口は言った。
「さすがに……ちと焦ってんだ」
「相変わらず、おまえ……ヘンなところで不器用だな。昔、なかなか左バッターにストライクが取れず、やっと克服したと思ったら、こんどは硬球か」
「うるせっ。ひとの気も知らねぇで」
 イガラシは内心、この頃の井口に苛立っていた。
 谷口や丸井から、井口が練習態度で注意される度、「なにガキみてぇなことしてんだ」と毒づきたくなった。しかし今思うと、それは思うようにいかない焦りの裏返しだったのかもしれない。気付いてやれなかったと、少し反省する。
 ほどなく、一番の丸井からバント練習が開始された。
 一巡目は普通の送りバントのみ。さすがにシード校の野球部らしく、誰もが簡単に決めていく。真っすぐだけと指定されたので、井口も打撃投手を無難にこなした。
 その井口が打順の時は、イガラシが交代した。
「そういやぁ、井口がバントするとこ見たことねぇな。できんのかよ」
 軽くからかうと、「バカにすんなよ」と怒鳴られる。その言葉通り、井口は膝を柔らかく使い、三塁線へ巧みに転がした。
「どうだイガラシ。これが教科書通りの、ってやつだ」
「スピードのない球をバントしたくらいで、えらそうにすんな。おまけに今の打球なら、一塁セーフになるのが普通だぞ。足遅すぎ」
「な、てめっ」
 その時、サードの谷口が、ぷぷっと吹き出した。
「……ああ、スマン。なんだか二人のやり取りを見てると、まるで兄弟みたいだなと」
「じっ、冗談じゃないですよ」
「なんでコイツと、兄弟なんですか」
 二人の声が重なり、周囲からどっと笑いが溢れた。
 二巡目以降、やはり守備が忙しくなる。各打者が思い思いにセーフティバント、プッシュバント、バスターと仕掛けてくるので、その対応に追われた。ショートのイガラシと横井も、ベースカバーや中継プレーに走り回る。
 やがて、根岸の打順となった。
 右打席に立つと、根岸はすぐにバットを寝かせる。さっきアドバイスした、バスター打法をさっそく試す気だな……と、イガラシは察した。
 初球。やはりヒッティングに切り替え、外角の直球を打ち返す。しかしタイミングが遅れてしまい、セカンドフライとなった。丸井が難なく捕球する。
 根岸は「あーあ」と空を仰ぎ、一時的に着いていたファーストへ戻ろうとする。その背中に、谷口が声を掛けた。
「ちょっと待て。根岸」
「はっ、はい。なにか」
「今の打法は、引きつけて打つための工夫か?」
「え、ええ……まぁ」
「なら、もう一回打ってみろ。やろうとしていることは悪くない」
 キャプテンの言葉に、根岸は「ありがとうございます!」と大げさなほど一礼して、バットを拾い上げる。
 根岸が打席に戻ると、谷口は一言付け加えた。
「さっきは当てにいってしまったな。空振りしてもいい、くらいのつもりで鋭く振り抜いてみろ。その方が、おまえのパワーを生かせる」
「分かりましたっ」
 二球目も同じく、外角に直球が投じられる。根岸はバットを立てると、今度は迷いなくフルスイングした。
 速いゴロが、二遊間を破る。センターの島田と久保も追い付けず、右中間を転々としていく。根岸は意外にも駿足で、楽々と三塁をおとしいれた。
「ナイスバッティング! さすがだな」
 イガラシは、素直に讃えた。
「引きつけて打ち返す感覚、もうつかんだのか」
 根岸は起き上がると、満足げに「ああ」と返事する。
「コンパクトに鋭く振り抜けた。この感覚は、初めてだ。これなら……変化球にも対応できそうだぜ」
「……はて。そう上手くいくかな」
「なっなんだよ。人が気分よく打ててるのに、また水を差しやがって」
「すぐ調子に乗るからだ。ほら、ぼさっとしてないで。加藤さんとファースト代わってこい」
 根岸がまだブツブツ言うのを、イガラシは無視した。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第2話「行こう甲子園へ!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

【前話へのリンク】

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【目次】

  •  <登場人物紹介(その2)> 
  • 第2話 行こう甲子園へ!巻
    • 1.工場裏の空き地
    • 2.河川敷グラウンド
    • <次話へのリンク>
      •  ※各話へのリンク

  

 <登場人物紹介(その2)> 

 

倉橋豊:三年生。墨谷高校野球部の正捕手にして、名参謀。長身の堂々たる体躯。
 入部当初は、歯に衣着せぬ発言で周囲と軋轢があったが、それもチームを思ってのこと。なんだかんだで面倒見が良く、現在では良好な人間関係を築いている。
 隅田川中学出身。当時、地区随一の名捕手と噂されていた。松川とは、この頃からバッテリーを組む。地区大会準決勝では、谷口擁する墨谷二中と対戦。延長戦に縺れ込む激闘の末、惜敗した。

 

井口源次:一年生。イガラシの幼馴染にして、因縁のライバル。江田川中学出身。
 イガラシ曰く、わりと単純で、かげひなたのない性格。ただし、頭に血が上るとみさかいが付かなくなることがあり、小学生の頃に教師を殴り、停学を喰らった経歴の持ち主。
 野球の才能は、イガラシをも凌ぐ。中学自体は、豪速球と「直角に曲がる」シュートを武器に、あの青葉学院を完封。決勝でイガラシ率いる墨谷二中と激闘を繰り広げた。

根岸:一年生。西武台中学出身。原作には名前のみ登場。
 リトルリーグ時代には四番打者も務めたスラッガーだが、中学では野球部が弱小だったため入部せず、ブランクが長い。そのため変化球への対応に苦しみ、現在は控えに甘んじているものの、前向きに努力する姿勢はイガラシも認めている。
 勝気ながら明朗な性格であり、キャッチャーらしい冷静さ、観察眼も備えている。

 

 

第2話 行こう甲子園へ!巻

 

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1.工場裏の空き地

 

 すっかり日は落ちていた。それでも工場裏の空き地は、建物の明かりに照らされ、昼間と変わらずモノが良く見える。
 イガラシは、足元を軽く均した。それから投球動作へと移る。
「ナイスボール!」
 弟の慎二が、片膝立ちで捕球した。
「真っすぐ、また速くなったんじゃない」
「へへっ、まぁな。体のでかいやつに負けねぇように、引退してからも毎日走り込みを続けてたが、その成果が出てきたようだぜ」
 墨谷二中時代、この空き地は特訓場所として使っていた。イガラシ達が引退してから、現チームはまったく訪れていないという。
 兄がキャプテンだった頃の猛練習に慣れていた慎二にとって、今の野球部は生温く感じるらしく、こうしてお互いの部活終了後に落ち合い、二人で足りない分をこなすのが日課となっている。
「つぎ、カーブな」
 そう短く告げて、スパイクの足を踏み出し、右腕をしならせる。
「……わっ」
「あ、わりぃ」
 想定よりも大きく曲がった。慎二のグラブが、ボールを弾く。
「ううむ……カーブを思うように制球するのは、簡単じゃないな」
「内と外は投げ分けられてるし、十分だろう。ちゃんと低めにも集まってるから」
 慎二がボールを拾い、投げ返す。
「サンキュー。いいや、そうはいかん。中学レベルでは通用しても、高校ではもっと力のあるバッターを相手にしなきゃならんからな」
「高校ではって……兄ちゃん、とうぶんは野手でって言われたんだろ」
「なぁに、備えあれば憂いなしって言うだろ」
 笑って答えたものの、内心には切迫感があった。
 今年の夏の大会は、四人の投手陣で臨むのが、現時点での構想のようだ。キャプテンの谷口に加え、二年生の松川、一年生の井口と片瀬。しかし、その四人ではおそらく厳しいと、イガラシは見ていた。
 計算できるのは、谷口さんと松川さんだけだろう。
 井口は硬球に慣れるのに、時間がかかりそうだ。そして片瀬。スピードは悪くないが、思ったより制球が良くない上、どうもフォームがぎこちない。あいつ、ひょっとしてケガを隠してるのかも。
 おまけにエースの谷口さんが、今日あれだけ打たれちまった。
 計算が一つ、くるっちまったわけだ。谷口さんなら、何か手を打とうとするはず。もっとも考えられるのは、投手の枚数を増やすことくらいだ。
 今、それができるのは……俺しかいない。
「さっどんどん投げるぞ。この後、おまえノック受けるだろ?」
 問うてみると、すぐに「もちろん」と返事があった。
 そこから二十球、投げ込んだ。速球、カーブ、シュート、シンカー(落ちるシュート)と一つ一つ、制球やキレを確かめながら放っていく。
「……よし。どれもキレは問題ねぇが、やっぱりカーブの制球だな」
 惜しみながらもグラブを置き、バットに持ち替える。
「どうする、ちょっと休むか?」
「まさか。兄ちゃんのボールを受けるぐらいじゃ、疲れないよ」
 ちぇっ、と舌打ちする。
 こいつ俺と違って、人あたりは良いが、なんだかんだ負けん気は強い。まったく……こんなところだけ、俺に似やがって。
「そら、いくぞ」
「よしきた」
 いきなり強いゴロを打ったが、慎二は難なくグラブに収めた。続けて右へ、左へと打ち分けるが、どれも追い付いて捕球する。
「ようし。これなら、どうだっ」
 イガラシは、小フライを打った。いわゆるポテンヒットになる打球だ。
 慎二は、落下点めがけて一直線に走る。そして半身の体勢でジャンプした。そのまま倒れ込んだが、こちらに顔を向け「へへっ」と、挑発的な笑みを浮かべる。
「ぼやっとすんな。ほら、つぎがくるぞ」
「さぁこい」
 続けて十球、どれも難しい当たりを打ったが、慎二はすべて捕球した。憎たらしく思いながら、それでも感心する。
 こいつ。なかなかどうして、うでを上げてきてやがる。
「まだまだぁっ」
 バットを構えようとした時、ふいに砂利を踏む音が聴こえた。
 顔を向けると、意外な人物がこちらに歩いてくる。自分と同程度の背丈。こう言うと本人は怒るだろうが、おにぎりのような顔の輪郭。
「……丸井さん」
「やはりここだったか」
 丸井は、まだ帰宅していないらしく、制服のままだった。懐に、小さな紙袋を一つ抱えている。
「またユニフォームに着替えたのかよ。おまえら兄弟は、あいかわらずだな」
 すぐに慎二が駆けてきて、一礼する。
「丸井先輩、おひさしぶりです」
「やあ慎二くん。見ていたが、うでを上げたじゃないか」
「はい、おかげさまで。これも先輩のご指導のたまものです」
 二人の傍らで、イガラシは頬をぽりぽりと引っ掻いた。
 けっ。あいかわらず、口の達者なやつめ。つまんねぇ気ぃ、きかせやがって。ほんと昔から、ようりょうはいいんだよな、こいつ。
「で、なんの用です?」
 何だか面白くなくて、つい素っ気ない口調になる。
「そうツンツンすんなよ。おそくなったが、ちょっとした俺っちからの入学祝いだ」
 丸井は、紙袋を差し出した。受け取ると温かい。
「ほら、開けてみな」
 袋を開ると、中に鯛焼きが六個入っていた。
「うわぁ。おいしそうな鯛焼き!」
 慎二が無邪気に喜ぶ。イガラシは、さすがに少し恐縮した。
「ありがとうございます。でも、こんなにたくさん……」
「なぁに。鯛焼きのオヤジが、作りおきが余ってるってんで、ただでくれたのよ。さっ冷めないうちに、食っちまおうぜ」
 三人は、空き地の隅のベンチに座り、鯛焼きを分け合った。
「この鯛焼きおいしいです。先輩、よく見つけてきましたね」
 一個をたいらげると、慎二はそれとなく丸井を持ち上げる。
「いぜん、谷口さんにもみやげに持っていったのよ。谷口さんも、たいそう気に入ってくれてな。あっという間に、ぺろりだったよ」
 イガラシは自分の分を取り、紙袋を丸井に差し出す。
「丸井さんも、お一つどうぞ」
「ガラにもなく気ぃ遣うなよ。入学祝いだって、言ってんだろ」
「気持ちはうれしいですけど、先輩が食べてないと負担感じちゃいますよ」
「へぇ。おまえって、意外に繊細なタチなんだな」
 丸井は笑って、鯛焼きを「んあー」と頭からかぶり付く。吹き出しそうになりながら、イガラシもしっぽから齧った。
「……へぇ。この鯛焼き、小豆の甘みがさっぱりしてますね」
「そうだろ? 変に甘ったるくなくて、食べやすいんだよ」
「これ、塩が効いてるんスよ」
「塩だと? アンコにか」
「ええ。砂糖だけだと甘ったるくなっちゃうんですけど、ちょっと塩を効かせると、こんな感じで甘みが引き立つんですよ」
「なんでこんなコト、知ってんだよ」
「だって……うちが、中華ソバ屋なので」
「そういやぁ中学の合宿ん時、おまえラーメンを作ってたっけ」
「変なこと覚えてますね」
「ああ。おまえのラーメン、妙に美味かったからな」
「妙に、は余計ですよ」
 イガラシは、慎二に紙袋を手渡した。中にまだ二個残っている。
「これ、おやじとおふくろに持っていってくれ。すまんが、先に帰って、店の手伝いしててくんねぇか。店じまいの時は、俺が代わるから」
「うん、分かった」
 慎二はほどなく、荷物をまとめて制服に着替え、その場を立ち去った。
「……ははぁん」
 丸井がこちらに流し目を向け、にやりと笑みを浮かべる。
「な、なにか」
「イガラシって、あんがい家族思いなんだな」
「ほっといてください。それより、ほんとうは何の用件ですか?」
「うむ、それなんだが」
 そう言うと、丸井はみるみるうちに、深刻そうな顔になる。
「……マズイことになった」
 ああ、とうなずき答える。
「片瀬のことですね」
 はっとしたように、丸井が大きく目を見開く。
「なんだ。知ってたのか」
 片瀬が早退した件は、谷口から午後のミーティングで伝えられている。その時は、「家に急用ができて」と説明を受けていた。
「誰から聞いたんだ?」
「いえ誰にも。ただ、明らかに谷口さんと倉橋さん、様子がおかしかったですし。それに、田所さんでしたっけ、OBの。その人も、ちょっと顔を出したと思いきや、すぐいなくなってましたから」
「……そっかぁ」
 丸井は、大きくため息をついた。
「そこまで察しているのなら、話は早い。じつはな」
「やはり、重傷でしたか?」
「んあっ」
 イガラシの返答に、丸井がずっこける仕草をした。
「なんでそこまで」
「フォームを見てりゃ分かりますよ。はじめは俺も、ブランクが長いせいかと思ってたんですけどね。けど、入部して十日近くたっても、ぜんぜん重心が安定してなかったですし、このごろボールが全部浮いてたので。これはきっと、どこかケガしてるんじゃないかと」
 丸井はしばし瞑目し、やがてぽつりと言った。
「……さいていでも、三週間は運動禁止だそうだ」
「三週間! やはり、けっこう重いですね」
「ああ。ピッチングだけじゃなく、ランニングとか膝に負担がくるものは、一切しちゃダメだってよ」
 思わず溜息をついた。これは単に、三週間休めば良いという話ではない。
ランニングさえできないとなれば、どうしても体力は落ちる。順調に回復したとしても、そこから筋力や持久力など、少しずつ戻していかなければならない。どんなに頑張っても、夏の大会に間に合うかどうかは良くて五分五分といったところだろう。
「となると……夏まで投手陣は、じっしつ三人体制でってことになりますね」
 厳しいだろうな、と胸の内につぶやく。
 昨年は、谷口と松川の二人体制で、かなり苦心してローテーションを組んだという。それでも五回戦を勝ち抜くのに、かなり消耗したらしい。
 三人目の井口が本来の力を発揮したとしても、昨年以上を狙うのは簡単ではない。大会が進むにつれて疲労は蓄積してくるし、さらに相手のレベルも上がる。
 丸井が「くそっ」と、足元の小石を蹴る。
「イガラシ、おらぁ悔しいぜ。戦力的に痛手ってのもあるが、それ以上に……片瀬のやつ、がんばってたじゃねぇかよ。知ってるだろ? あいつが、昨年のおまえ達が優勝した大会を見に来てたってこと」
「はい。こっちが自己紹介する前に、俺の名前を知ってたので、おどろきましたよ」
「よほど野球をあきらめたくなかったんだな。あえて中学の野球部には入らずに、一人でくさらずリハビリをつづけてたんだ。なのに、こんな……」
 まぁまぁ、とイガラシは丸井をなだめた。情の厚いこの男は、後輩の無念さを思わずにはいられないのだ。
「なにも野球ができなくなったわけじゃないですし。夏には間に合わないにしても、あいつには来年、再来年とあるので、そこに向けてがんばるだけですよ」
 イガラシ自身、怪我の辛さはよく分かる。しかし、こういうアクシデントは付きものなのだ。それも受け入れた上で、今できることに取り組まなくてはならない。
「それより丸井さん。今のうちに、確認しておきたいことがあるんですけど」
「お、おう。なんだよ」
 気を取り直したらしく、丸井はこちらに目を見合わせた。
「いまのチーム。正直なところ、どこまで目標にしてます?」
「どこまでって、そりゃ……」
 幾分ためらいながらも、きっぱりと答える。
「甲子園にきまってるだろ」
 イガラシは相槌を打ちながら、黙って聞いた。
「少なくとも谷口さんは、本気でそう思ってるはずさ。だから……谷原にあんな負け方して、そうとうショックだったろうよ」
「なるほど。でもね、丸井さん。今日の負けにうろたえてるようじゃ、とうてい甲子園にはたどりつけませんよ」」
 途端、丸井が睨む目付きになった。慌てて「誤解しないでください」と付け加える。
「谷口さんを中心に、シードをかく得するくらいには強くなった。そこは自信を持っていいと思うんです。ただ、そうだな……登山にたとえると分かりやすいかも」
「と、登山だぁ?」
「ええ。いまのうちは、ガムシャラにがんばって、なんとか山の中腹までは来ました。でも、そこからさらに進めば、今までとまったく景色がちがってくるんです」
 言ってること分かりますか、と確かめる。
「ああ、大まかにはな。つまり……今日の俺っちらは、初めて見る景色にめんくらって、自分を見失っちまったってことか」
「そういうことです」
 丸井の理解の早さに、イガラシは嬉しくなった。
「でも、これで全員、よく分かったと思うんですよ。五回戦あたりまで勝つのと、準々決勝、準決勝、決勝とさらに進んでいくのとは、まるで次元の違う話だってことが」
 一つ吐息をつき、率直に思いを告げる。
「分かった上で、覚悟しさえすれば……俺はじゅうぶん行けると思いますよ、甲子園」
 丸井は、呆れたような笑みを浮かべる。
「ずいぶん、カンタンに言いやがるな」
 あれだけコテンパンにされた後だってのに、と溜息混じりに言った。
「数字上はね。でも丸井さん、もっと冷静に振り返ってみましょうよ」
 イガラシは、ふふっと含み笑いを漏らす。
「少なくとも今日の試合から教訓になったことは……力の差がある相手に、なんの準備もしないでぶつかったら、ああいう結果になるってことだけですよ」
 なっ……と、丸井が口をあんぐり開ける。どうやら意表を突かれたらしい。
「これが公式戦なら、きちんと相手のことを調べて対さくもしてから、試合にのぞむはずじゃないですか」
「た、たしかに……」
「今回はやられましたけど。これで谷原が、どういうチームかよく知れたので、つぎはぜったい同じ結果にはならないですよ」
 丸井が、ははっと笑い声を発した。
「なんだかイガラシの話を聞いていたら、ほんとにやれそうな気がしてきたぜ」
「……もちろん、口で言うほど、やるのはカンタンじゃありませんけどね」
 イガラシはそう言って、すっくと立ち上がる。
 どこかで警笛が鳴った。やは遅れて、路面電車が走り去る音。春の夜風を吸い込み、傍らのグラブを拾い上げる。
「帰りましょうか」
「む、そうだな」
 荷物をまとめながら、イガラシはひそかに決意を固めた。
 とりあえず、目下の不安を解消できるように、じゅんびだけでも進めておくか。きっと谷口さん、自分で言ったてまえ、今さらてっ回しづらいはず。やはり俺の方から、おりを見て伝えるべきだろう。
 やっぱりピッチャーに戻ります、と……

 


2.河川敷グラウンド


 谷原との練習試合から、五日間が過ぎた。
 土曜日。墨高野球部は、OB会が借用してくれた河川敷グラウンドにて、大島工業と練習試合を行っていた。
 すでに試合は、七回まで進んでいる。墨高ナインは、守備に着いていた。マウンドには、二年生投手・松川が立つ。

 三遊間に速いゴロが飛ぶ。束の間、センターへ抜けたと思ったのか沸き立つ相手ベンチを、イガラシは視界の隅に捉える。
 ばぁか。まんまとシフトに打たされといて、よろこんでるんじゃねぇよ。
 左腕を目一杯伸ばしたが、飛び付くまでもなく、ある程度余裕を持って捕球した。それとタイミングを合わせながら、丸井が二塁ベースに入る。
「へいっ」
 イガラシが右手で素早くトスすると、丸井はすぐに一塁へ転送した。一瞬にして、ダブルプレーが成立する。
「タイミングばっちりです、丸井さん」
 そう言うと、丸井はにやっと笑みを浮かべた。
「ふふっ、そうだろう。今のもおまえが捕ると予測して、ちゃんとタイミングを計ってベースに着いたんだ。これも長年の経験のたまものってやつさ」
「欲をいえば、さっきの内野安打はアウトにしてもらいたかったですけど」
 ありゃっ、と丸井がずっこける仕草をする。
「わ、悪かったな」
「すみません。丸井さんには、どうしても期待しちゃうので」
「おっおう。期待してくれ……って、こらイガラシ。人をからかいやがって」
 イガラシは笑いをこらえながら、二本指を立てて頭上に掲げる。
「……つ、ツーアウト! しまっていこうよ」
 視線を流していくと、谷口の眼差しとぶつかった。微笑んで「ナイスプレー」と声を掛けられる。
「ほんとに、どこでも守れるんだな。丸井との連携も問題なさそうだ」
「え、ええ。まぁ練習もしてましたし」
 おや、と思った。心なしか、表情に陰りがある。まだ谷原戦のショックを引きずっているのか。それはないとしても、関連する悩みがあるに違いない。
 十中八九ピッチャーのことだろう、とイガラシは察した。
 鈍い打球音が響く。松川の内角への直球に、相手打者が力負けしたようだ。ホームベースのやや後方へ、白球が高々と上がる。
「オーライ!」
 倉橋が右手を上げ、数歩下がっただけで捕球した。キャッチャーファールフライ、スリーアウト。簡易スコアボードの八回裏の枠に、控え部員が「0」と書き込む。
「よぉし松川、ナイスピッチング」
「この段階で、八回を一失点。上々じゃないの」
「守備もここまでノーエラーだ。最後まで、しめてこうぜ」
 ナイン達は声を掛け合いながら、足早にベンチへと引き上げる。
 土曜日ということもあり、周囲には多くのギャラリーが集まっていた。中には、制帽を被った男子生徒の姿も、ちらほら見える。墨高のものではない。どうやらライバル校の偵察部隊らしい。
 イガラシはひそかに、含み笑いを漏らした。
 ふふっ、わざわざご苦労なこった。うちの弱点を探せるもののなら探してみな。この展開じゃ、ろくな収穫はないだろうけど。
 この日の対戦相手、大島工業は強打が売りらしく、見た目にも腕っぷしの強そうな選手が揃っていた。しかし、なまじバッティングに自信があるせいか、大振りが目立つ。
 先発の松川と倉橋のバッテリーは、その弱点を突くピッチングを披露した。緩急を付け、コースを投げ分ける。それだけで、あっけないほど簡単に仕留められた。どうやら昨年も対戦し、データが残っていたらしい。
「あいかわらず振り回しやがる」
「やつら、ちっとも成長してねぇ」
「痛い目にあったってのに、まだこりてねぇの」
 上級生達の相手チームへの辛辣な意見に、イガラシは思わず苦笑いした。
 松川の好投に応えるように、打線も力を発揮する。初回と三回に1点ずつ挙げると、一点差とされた直後の四回裏に一挙3点。七回にも2点を追加した。大島工の主戦投手、さらにはリリーフも打ち崩し、八回を終えて七対一と大きくリードを奪っていた。
 五番ショートで先発起用されたイガラシも、二本の三塁打を放つなど三打数三安打。レギュラー奪取へ向け、ほとんど申し分のない結果を残す。
 なのに、どうも気が晴れない。
「おいイガラシ。何ぼうっとしてるんだ」
 袖を軽く引っ張られる。丸井が、怪訝げな目をこちらに向けていた。
「そろそろネクスト行かねぇと。谷口さんの次、おまえだろ」
「あ……すみません」
「どしたい、なにか悩みごとか。俺っちでよければ聞くぞ」
 この人も変わらねぇな、と胸の内につぶやく。短気かつ頑固で、少々気を遣うところはあるが、情が厚く面倒見が良い。なんだかんだ、いい先輩だと思う。
「べつに……ただ、回の先頭だったはずの丸井さんが、どうしてここにいるんだろうって」
 つい憎まれ口を叩く。
「うるせぇよ。とらえた当たりが、センターのまっ正面だ。悪かったな、凡フライの加藤よりマシ……おおっ」
 周囲から歓声が上がる。倉橋がレフト線へ二塁打を放った。続いて谷口が、ゆっくりと打席へ入っていく。
 イガラシは、無人となったネクストバッターズサークルに入った。マスコットバットを拾い上げ、軽く素振りを繰り返す。
 谷口が、四球で出塁した。ストレートの四球だ。相手バッテリーは、主軸打者を警戒しすぎたか、際どいコースを狙った球がことごとく外れてしまう。
 なんだよ、とイガラシは鼻白む。
 しょせんは控え投手か。打撃で鳴らすチームは、打てないとさっぱりだよな。まったく、これじゃあ練習になんねぇよ。
 打席に入ると、相手投手は肩で息をしていた。もはや誰の目にも限界だと分かる。
 その初球。変化球がすっぽ抜けたのか、力のない球が真ん中高めに入ってくる。躊躇なくフルスイングした。
 ライナー性の打球が、レフト頭上を襲う。そのまま川面へと飛び込んだ。
 小走りにダイヤモンドを回り、倉橋、谷口に続いてホームベースを踏む。ベンチに帰ると、手荒な祝福が待っていた。
「あいかわらず、かわいげのない野郎だな。軟式も硬式もカンケ―なしかよ」
「アピールがくどすぎるだろっ。他のやつが試合出れなくなっちまうじゃねぇか」
 チームメイト達から、頭や背中をバシバシと叩かれる。
 ようやくナイン達の手から逃れ、顔を上げた時、また谷口と目が合った。こちらに歩み寄り、「ナイスバッティング」と告げられる。
「失投……というか、すっぽ抜けか」
「ええ。肩で息してたので、ろくなボールはこないかなと」
「うむ。あ、あのな」
 妙な間があったので、イガラシは「えっ?」と聞き返す。
「……ああ。悪いがイガラシ、今日はこれでお役御免だ。もう十分アピールできたろ。他のやつも、使ってやりたいし」
「は、はぁ……」
 うそがつけない人だよなと思う。何かを言おうとして、それを寸前で押し留めたのだと丸分かりだ。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第1話「不安の再出発の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

  

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【目次】

  •  <登場人物紹介(その1)> 
  • 第1話 不安の再出発の巻
    • 1.フリーバッティング
    • 2 片瀬の涙
    • <次話へのリンク>stand16.hatenablog.com
      •  ※各話へのリンク

  

 <登場人物紹介(その1)> 

谷口タカオ:三年生。墨谷高校野球部キャプテン。投手兼三塁手。ひたむきに努力する姿勢で、チームを引っ張る。

 

丸井:二年生。谷口の墨谷二中時代からの後輩。情に厚く、面倒見が良い。どんな時にも努力を惜しまない姿勢は、チームメイトの誰もが認める。

  

イガラシ:一年生。投手兼内野手。天才肌でありながら、努力の量は同じ墨谷二中出身の谷口や丸井にも引けを取らない。

 

第1話 不安の再出発の巻

 

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1.フリーバッティング

 

 四月半ば。夏のシード校となった墨谷高校野球部は、全国屈指の名門、谷原(やはら)高と練習試合を行った。

 春の選抜大会で4強入りを果たした強豪相手に、墨高は五回に一挙5点を奪うなど健闘したものの、終わってみれば五対十九と大敗。甲子園出場への道の険しさを思い知らされることとなった。

 それでもキャプテン・谷口タカオ以下、墨高ナインはめげずに前を向く。母校のグラウンドへと戻り、早速午後の練習に取り組み始めた。

 ところが……

 

 鋭いライナーが、センター方向へ飛ぶ。
「バックだ!」
 谷口タカオは、捕手用マスクを取り叫んだ。駿足の島田が、懸命に背走し飛び付くが、その数メートル前でワンバウンドする。
 傍らの右打席で、新入部員の根岸が「へへっと」得意げな笑みを浮かべた。
「や、やるじゃないか」
 素直に賞賛する。真ん中高めの打ちやすいコースではあったが、打撃投手を務める松川の直球は、重い。それを逆らわず、いとも簡単に打ち返した。
「どうってことありませんよ。さぁ、どんどんいきましょう」
 明朗な質らしく、根岸は白い歯を見せて笑う。長身にがっしりとした体躯は、ピッチャーの井口と双璧である。ポジションはキャッチャー。リトルリーグ時代には、四番打者を務めていたほどの実力だという。
「さすが。真っすぐには、強いな」
 後方から、幾分棘を含んだ声。根岸は「あらっ」と、ずっこける仕草をした。
「うるせぇっ。人がせっかく、気分よく打ってるのに」
「こ、これっ」
 ムキになる根岸をたしなめつつも、谷口は苦笑いした。
 金網の手前で、イガラシが意地悪な笑みを浮かべている。素振りしながら、「すぐ調子に乗るからだよ」と毒づく。
 イガラシは、墨谷二中時代からの谷口の後輩だ。小柄な体躯ながら、走攻守すべてにおいて秀でたセンスを持つ。それでいて、人一倍努力を惜しまない。昨年はキャプテンとして、チームを全国優勝に導いている。
 マスクを被り直し、谷口は根岸に囁いた。
「つぎ、カーブいくが。だいじょうぶか?」
「だっだいじょうぶスよ」
 若干狼狽えながらも、根岸はうなずく。
 谷口は予告通り、カーブのサインを出した。マウンド上の松川がうなずき、投球動作へと移る。
「……うっ」
 ガシャンと音を立て、ボールは金網に当たった。イガラシが拾い、すぐに投げ返す。
「ボールを追いかけてるぞ」
 松川に返球してから、谷口はアドバイスした。
「ポイントに呼び込んでから、肘を使ってはらうように打ってみろ」
「は、はいっ」
 バツが悪そうに、根岸は返事する。
 次もカーブを頼んだ。松川が足を上げ、指先からボールを放つ。ホームベース手前から鋭く曲がり、外へ逃げていく軌道となる。
「む……とっ」
 根岸は大きく体勢を崩した。力のない打球が、一塁方向へ転がる。ファーストの加藤が難なく捕球した。
 あーあ……と、ひそかに溜息をつく。
 リトルリーグで鳴らした根岸だったが、中学では野球部に所属していなかったという。進学した西武台中学は弱小で、入部し甲斐がないと判断したらしい。その弊害しとして、変化球への対応はからっきしだ。
 さらに七球、カーブを続けが、根岸はいずれも捉えることができなかった。これ以上やると、フォームそのものを崩しかねない。
「もういい。ブルペンへ行って、平山を呼べ。おまえが代わりに受けるんだ」
「はい。分かりましたっ」
 しょげるかと思いきや、根岸は明るく返事して、ブルペンへと駆けていく。入れ替わるように、イガラシが右打席に入ってきた。
「キャプテン。松川さんて」
 軽く素振りをして、尋ねてくる。
「球種は、真っすぐとカーブだけでしたっけ?」
「ああ、さっきのが普通のカーブ。他にもスローカーブに、シュートも投げられる」
「でしたら、お願いがあるんですけど」
「なんだよ」
「全部の球種を、予告なしで投げてもらえませんか?」
 さっきと打って変わり、イガラシは真顔で言った。
「なにか意図があるのか」
「はい。さっき対戦した谷原の村井さんってピッチャー、速球に加えて何種類もの変化球を使ってたので。とっさに対応できるようにしとかなきゃと思って」
 ほぅ、と胸の内につぶやく。
 さすが考えてるな。たしかに、どんなボールにも反応できないと、トップクラスの投手は打てない。
「分かった。でも、予告なしで打てるほど、松川は甘くないぞ」
「知ってます。だからこそ、頼みたいんです」
 イガラシは「お願いします」と一礼して、バットを構えた。その傍らにしゃがみ、サインを出してミットを構える。
 まずは、カーブ。イガラシは肘をたたみ、難なくセンターへ弾き返した。次は、外角へ真っすぐ。これもおっつけるようにして、ライト前に運ぶ。
「悪くはないが、まだ当てにいっている」
 バットコントロールの巧みさに感心しながらも、谷口はあえて注文を付けた。
「コンパクトなスイングでも、きちんと振り抜かないと。コースが甘かったからヒットになったが、厳しいコースを突かれたら、打ち取られてるぞ」
 イガラシは「はい」と返事して、一度足元を均した。それから再びバットを構える。
 三球目からは、スローカーブとシュートも混ぜる。しかしイガラシは、ほぼ真ん中のコースとはいえ、どのボールも捉えてきた。段々とスイングの鋭さも増していく。
「……よし。次がラストだ」
「はい」
 最後は、コースも指定した。内角低めにシュート。
 詰まらせるつもりだったが、イガラシは狙いすましたように、振り抜いた。鋭いライナー性の打球が、あっという間にレフトフェンスを越える。ドンッと、ボールが何かにぶつかる音がした。
「こらっ。レフトはせまいんだから、かげんしろと言ってるだろ」
 注意すると、イガラシは「すみません」と苦笑いする。
「ちょっと様子、見てきます」
「うむ。今……岡村が行ったから、だいじょうぶだ。ところでイガラシ」
「はい?」
 踵を返しかけた横顔に、問うてみる。
「高校での初試合、どうだった?」
「どうって……そりゃ、中学とは違うなと思いましたよ。高校の、しかも全国トップクラスのチームですし」
 イガラシらしい、淡々とした口調で答えた。
「そういや、初ヒットもあったな。しかも谷原のエースの村井から」
「打ったうちに入りませんよ。球威に押されて、何とか打ち返したのが、たまたま良い所に飛んだだけじゃないですか」
 そう言って、後輩はふと渋い顔になる。
「……あの、ちょっと言いにくいんですけど」
「なんだよ」
「キャプテン。あれじゃあ、打たれますよ」
 思わぬ一言に、しばし口をつぐむ。
「ぽんぽん簡単にストライクを入れてましたよね。しかも、ほとんど同じテンポで。倉橋さんが、何度もけん制のサイン出してたの、おぼえてますか?」
「……む、ああ」
「あれは走者を気にしてたんじゃなく、間を取ってバッターの打ち気をそらそうとしてたと思いますよ。もっとも倉橋さんも慌ててたので、ちゃんと意図を伝えきれてなかったみたいでしたけど」
 らしくないですよ、とイガラシは微笑した。
「相手は強かったです。たしかに、別格のチームでした。けど……いつものキャプテンなら、もう少し何とかしてたと思うんですよ。新入生に、いいトコ見せようとか、余計なことを考えてたんじゃないですか」
 ぎくっとする。痛い所を突かれたと、谷口は思った。
 試合直後は、あまりにも圧倒的な力量差に、ぼう然としていた。それでも、少し時間が経ち落ち着いてくると、違う見方もできるようになる。
 そう、どこか驕りがあった。前日に急遽対戦が決まり、準備不足だったのだから、もっと試合に集中すべきだった。だが、夏のシード校となり、さらに有望な一年生を迎え入れたことで、どこかに「自分達のチカラを試したい」と、欲張ってしまった。
 冷静に考えれば、初めてシードを獲得したばかりの自分達が、都内どころか全国トップレベルの谷原に、まともにぶつかって敵うはずがないと分かり切っているのに。
「……それなら、イガラシ」
 ふと興味が沸き、問うてみる。
「おまえなら、谷原相手にどう攻める?」
「そうですね。僕なら……わざと何球か、ぶつけます」
「ええっ」
 一瞬ふざけているのかと思ったが、後輩の目は真剣だ。
「コントロールの悪い投手だと思わせるんですよ。それから、変化球でストライクを取ります。立っていても出塁できるなと思うと、バッターは集中を切らしがちなので」
「なるほど。たしかに妙案かもしれないな、イガラシ」
「はい」
「おまえ……」
 あやうく口をついて出かけた言葉を、寸前で飲み込む。
「なにか?」
「いや……すまん、なんでもない」
 おまえ、ピッチャーに戻るか?
 そう言いかけたが、やっぱりダメだ……とかぶりを振る。イガラシは、野手に専念してもらった方が良い。少なくとも、当分は。
 チームの現状として、まだまだ攻守ともに甘い。とりわけ外野守備に、大きな不安が残る。
 そこで、例えば谷原戦のように、イガラシをショートで起用すれば、横井を外野に回すこともできる。横井なら、内外野両方ともソツなくこなせる。
 あるいは一年生で誰か台頭してくれば、谷口が登板する際、イガラシか横井のどちらかをサードに着かせられる。松川はベンチに置き、リリーフの準備を万全にさせるのだ。
 それともう一つ、イガラシを投手に戻したくない理由がある。これは誰にも、本人にさえ伝えていないのだが。
 過去に二度、イガラシは肩を痛めている。チームを勝たせるために、かなり無茶な投球をしたからだ。昨年の全国優勝の後も、一月ほど右肩が上がらなかったと聞く。
 幸い完治したようだが、再び故障するようなことがあれば、今度こそ選手生命が断たれかねない。それだけは避けたかった。
「それはそうと、キャプテン」
 イガラシが、不思議そうな眼差しを向ける。
「なんだ?」
「練習の補助ばかりしてないで、キャプテンも打ったらどうですか。なんでしたら、今だけ僕がキャッチャーやりますよ」
「ああ……いや、いいんだ。後で、倉橋に頼むから」
 つい慌てた口調になる。
「そんなこと気にしてないで、ほら。おまえはショートの守備に着くんだ。今日出たからといって、まだレギュラーを確保できたわけじゃないんだからな」
 やや怪訝そうな顔をしたが、イガラシは「はい」と素直に返事して、グラブを取りに駆けていく。ふぅ、と思わず吐息をついた。
 さすが元キャプテン。プレーだけでなく、観察眼にも磨きがかかってきたな。でも今、悟られるわけにはいかない……
 七回辺りか。肘に違和感があった。痛みとは違う、どちらかというと痒いような感覚だった。必死だったせいか、すぐに忘れてしまい、それで完投できた。だが、試合を終えて安堵したからだろう、またぶり返している。
 痛いというほどではない。それでも大事に至ると不味いので、なるべく負荷が掛からないようにしていた。バッティングも、打ち損じると肘に衝撃がくるので、避けている。

 その時だった。

 

2 片瀬の涙


「おーい谷口。すぐ来てくれっ」
 声のした方に顔を向けると、倉橋が部室の前に立っていた。血相を変えている。
 キャッチャーを他の部員に代わってもらい、谷口は部室へと駆け出す。すでに胸騒ぎを覚えていた。冷静な倉橋が、あのような形相をするのは、只事ではない。
 嫌な予感は的中した。
 部室に駆け込むと、一年生の片瀬がベンチに座り、膝に氷袋を当てている。谷口の顔を見ると、苦笑いして「大したことないです」と告げたが、すぐに口元がゆがむ。
「何が『大したことない』だ、そんな青ざめた顔して」
 倉橋が、叱り付けるように言った。
「いつから痛みがあったんだ?」
「と、十日ほど前です」
「十日前って……おまえ達が、入部してきた頃じゃねぇか。なぜ黙ってた。筋肉痛や打撲とは、ワケが違うんだぞ」
「まあまあ倉橋。そう、怒鳴らなくても」
「これが黙ってられるか。片瀬てめぇ、入部早々、野球ができない体になりてぇのか」
「落ち着けって。でも……片瀬」
 うつむく背中をぽんと叩き、さとすように言った。
「故障を隠してたのは、たしかに良くない。特に、おまえはピッチャーだ。チームの勝敗を左右する、大事なポジションだってことぐらい、分かるだろう」
 他の一年生達と同じく、片瀬も目を引く経歴の持ち主だ。かつてリトルリーグで、エースとしてチームを優勝に導いている。
 ただ根岸と同じく、片瀬も中学野球を経験していない。
 不思議だったのは、根岸のケースと異なり、片瀬の出身中学はさほど弱小というわけでもなかったのだ。いつも四回戦辺りまでは勝ち上がってくる。
 エリート特有のプライドの高さかとも思ったが、謙虚な片瀬の性格からは考えにくい。丸井の話では、昨年の中学選手権を始め、大きな試合は必ずチェックしていたというから、リトルの優勝で燃え尽きたわけでもなさそうだ。
「……平気です。ほんとに」
 片瀬は、掠れた声を発した。
「痛みが治まったら、すぐ練習に戻りますから」
「戻るだと? ばか言ってんじゃねぇよ」
 倉橋が怒鳴った。
「すぐ病院へ行け。谷口、この後田所さん来るんだろ」
「ああ」
「なら田所さんに、連れてってもらえ。以前、谷口が診てもらった病院だ。ちゃんと治療して、この分だと……しばらく練習には出なくていい」
 ふいに片瀬の頬を、涙が伝う。
「お、おい片瀬」
 倉橋が珍しく戸惑った顔をした。自分の頬を、指先でぽりぽりと掻く。
「なにも、泣くこたぁねぇんだよ。練習熱心なのは感心だが、故障してまでやることじゃねぇってこった。まったく……おまえのストイックさ、井口にも分けてやりてぇよ」
「……すみません」
 顔を上げると、片瀬は微笑する。明らかに自嘲の笑みだった。
「ちゃんと治してきたつもりだったのですが。大事な時に、迷惑をかけてしまって」
「治したって、おまえ……前にも」
 ようやく腑に落ちる。同時に、胸を締め付けられる思いがした。
 片瀬がしばらく野球から遠ざかっていたのは、故障を抱えていたせいだ。リトルの頃に投げ過ぎたのか。あるいは成長に伴い、体のバランスを崩したのかもしれない。いずれにしても、さぞ辛かったろう。
 無意識のうちに、谷口は自分の肘をさすっていた。
 マズイな。投手陣は四人体制で、昨年よりは余裕を持って戦えると思ったんだが。これで片瀬が離脱。井口はまだ、硬球に慣れていない。
 何より、肝心の俺がメッタ打ちにされた上に、肘を怪我してしまった。計算できるのは、今のところ松川一人。これは、どう考えても……ピッチャーが不安だぞ。

 

 

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【野球漫画】原作者ちばあきおへのリスペクトが持てないのなら、さっさと“続編”なんてヤメチマエ!<連載『キャプテン2』への意地悪なツッコミ②>

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【目次】

  • 1.やっぱりヒドイ『キャプテン2』
  • 2.前任キャプテン(原作者)をディスっといて、これですか?(呆)
  • 3.素直に“原作”を踏襲しておけば良かったものを……
  • 4.絶対的に「正しい方法」なんて、ない!

 

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三者凡退のイニングに垣間見えた、沖尚ナインの「経験と覚悟」――2019年・秋季沖縄県大会<二回戦・沖縄尚学7-2浦添商業>

【目次】

  • 0.はじめに
  • 1.永山蒼は「ピンチの時の投球」を身に付けている
  • 2.三者凡退のイニングに垣間見えた、沖尚ナインの“覚悟”
  • 3.経験を力に変えてきた沖尚ナインなら、もっと強くなれるはず!
  •  【関連記事一覧】

 

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0.はじめに

 

 夏以来、新チームとなった沖縄尚学の試合を初めて観戦した。

 

 この県秋季において、大本命が沖尚であることは衆目の一致するところだろう。言うまでもなく、夏の甲子園大会に出場し、興南(県決勝)・習志野(甲子園一回戦)で激闘を演じた主力メンバーが多く残る。

 

 所感として――沖尚の新チームは、強い。単に県大会の優勝を争うというだけでなく、九州大会での上位進出、つまり「来年の選抜大会出場」も十分狙える、というか“狙ってもらわないと困る”レベルである。

 

 高校野球観戦において、私はチームの強さを測る基準として、主に以下の五点を視点としている。

①主軸打者の力量

②主戦投手の力量(ボールの威力と制球力)

③内外野の守備(厳しい打球の処理と連携プレーの熟練度)

④主力投手の得点圏にランナーを背負った時の投球

⑤意図の感じられる攻撃ができているか

 

 数字が大きくなるほど、チームとしてレベルが高いという意味だ。大まかに言えば、次のようなイメージである。

①~②:県大会で優勝争いに加われる

③:県大会優勝、九州や甲子園での一勝が期待できる

④:九州での上位進出、甲子園での8強程度が期待できる

⑤:甲子園での4強以上が期待できる

 

(※時々、④や⑤ができているのに①が弱い(主軸期打者の力量が低い)チームもあり、その際は評価が難しくなるが、今回は割愛させていただく。)

 

 ただし今日の試合に関して、私は①~③はあまり意識しなかった。というのも、前述の通り甲子園出場チームの主力が多く残っており、力のある主軸打者を擁していること、主戦投手に力があること、さらに堅守を誇ることは、事前に分かっているからだ。

 

 したがって、注目したのは④と⑤である。

 

1.永山蒼は「ピンチの時の投球」を身に付けている

 

 まず③。良い塩梅に、沖尚の主戦投手・永山蒼は、先発投手が連打を浴び降板したことで、ノーアウト二塁三塁の場面から登板することとなった。

 

 結果は、二つの三振を奪うなど、きっちり後続を打ち取り無失点で切り抜けた。

 

 まず取り上げたいのが、永山の「間の取り方の巧みさ」である。とりわけ得点圏にランナーを背負うと、わざとボールを長く持ち、打者の打ち気をできるだけ逸らしてから投球していた。

 

 好機に畳み掛けたい時、こうやって長くボールを持たれるのはバッター、ランナーともに嫌なものである。この間にアレコレ考えてしまい、迷いが生じてしまう。

 

 ちょっとしたことではあるのだが、この点を私は高く評価したい。なぜなら、こうやって間合いを取ることは「分かっていてもなかなかできない」からである。

 

 ピッチャー心理として、当然「早くピンチを切り抜けたい」と思う。だから、さほど間を置かずに投げてしまう(いわゆる“投げ急ぎ”)。これでタイミングを合わされ、狙い打たれるというのはよくある。

(もちろん、相手バッターよりもこちらの力量が明らかに勝っている場合など、テンポよく投げ込んだ方が良い場合もあるが、これはケースバイケース。)

 

 つまり――ピンチを迎えた場面で、冷静に間合いを取れるというのは、きちんと自分の心をコントロールできている証拠である。もっと言えば、普段の練習時から、こういう場面を想定して取り組めているということが伺える。

 

 さらに、永山は何度かボールがばらついた(元々“荒れ球タイプ”)ことものの、「ピンチだから力んで制球を乱す」ということは、一切なかった。それだけでなく、ランナーがいない時は力を抜いて投げ、ランナーが出ると全力投球に切り替えていた(ランナーなしで130台前半だったのが、ランナーが出ると138~139を計測)。

 

 これも、やはり普段の練習から「場面を想定して」取り組んでいる成果だろう。

 

 ボール自体は威力がありながら、なかなか「勝てない投手」がいる。それは、ランナーがいる時といない時とで「同じ配球」「同じ力の入れ具合」で投球していることも、小さくない要因である。いや……同じように投球できれば、まだ良いのだが、実際には動揺から力んでしまいがちであり、肝心な時にベストのボールが投げられないことが多い。

 

 その点、永山は「ピンチの時の投球」をきちんと身に付けており、もうすでに“勝てる投手”の条件を大部分備えていると私は見ている。

 

2.三者凡退のイニングに垣間見えた、沖尚ナインの“覚悟”

 

 次に、⑤である。

 

 試合序盤、私が印象に残ったのは、沖尚の四回裏の攻撃だ。結果は、三者凡退だったのである。しかし、この場面にこそ、現チームの“力”を感じた。そして、必ず中盤以降に畳み掛けるだろうと確信させられたのだ(実際に五、六回で突き放した)。

 

 各打者に“右狙い”の意図が、はっきりと感じられたからである。

 

 いわゆる「センターから逆方向へのバッティング」――これができるかどうかが、全国レベルで戦えるかどうかの一つの目安だと、私は常々感じている。

 

 野球において、よく“好球必打”という言葉が使われるのだが……よく考えてみて欲しい。全国大会に出てくるようなピッチャーは、皆チカラがある。全国レベルのピッチャーが、特にピンチ(こちらのチャンス)の場面で、親切に“好球”(打ちやすい球)を投げてくれるだろうか。

 

 全国レベルのピッチャーを打ち崩すためには、「難しいボール」でも打ち返す必要がある。あるいは、相手投手の球が甘く入る(失投)のを、仕掛けて誘わなければならない。

 

 そのための“右打ち”だ。そしてこれが、沖尚の「長年の課題」でもあった。

 

 象徴的なのが、昨秋の準決勝・沖縄水産戦である。沖尚野球部関係者にとっては、悪夢のような試合だったに違いない――そう、当時の沖水の主戦投手・国吉吹(いぶき)の前に、ノーヒットノーランを喫した屈辱の一戦だ。

 

www.youtube.com

 快投にケチを付けるつもりはまったくないのだが、正直なところ国吉の投球よりも、沖尚各打者の“雑なバッティング”が目に付いた。こんな野球をしていたら、当面復活はないなと、ガッカリさせられた。

 

 しかし……ここで一度“どん底”を味わったことで、あるいは興南の宮城大弥、習志野・の飯塚脩人・山内翔太という、掛け値なしの全国トップレベルの投手との対戦を経験したことで、彼らは明らかに変わった。

 

 だから、三者凡退ながら“右狙い”に徹した沖尚各打者のバッティングを見て、大げさでなく感動させられた。沖尚ナインの経験と日々の鍛錬、さらに“覚悟”まで、その何気ないシーンには詰まっていたからだ。

 

3.経験を力に変えてきた沖尚ナインなら、もっと強くなれるはず!

 

 以上のように、沖尚はすでに④、⑤の基準をクリアしている。だから、甲子園上位を狙える……と言いたいのだが、まだ早計だろう。

 

 相手の浦添商業には申し訳ないのだが、ハッキリ言って力の差は歴然だった。浦商の好守備は光るものがあり、よく鍛えられた好チームだとは思ったが、残念ながら個人能力で沖尚と対等に戦える選手は、見当たらなかった。

 

 だから今後は、より力のあるチームと対した時、それを上回っていけるかどうかが、沖尚の現チームには問われてくるだろう。

 

 例えば、今日の“右狙い”のバッティングにしても、対応策はある。「インコース攻め」である。“右狙い”は、そもそもがアウトコースを打ち返すためのバッティングだから、そこでインコースを突かれると咄嗟の対応が難しい。

 

 こうしたことも一つ一つ経験して、さらに対応力を身に付けていって欲しい。それが叶えば、来年の選抜大会では、面白い存在になれるのではないかと期待している。

 

 屈辱も、死闘も、歓喜も……それらの経験を自らの血肉とし、力に変えてきた沖尚ナインなら、もっと強くなれるはずだ。

 彼らの“新たな物語”に、今後も目が離せない! 

 

 

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宮城大弥君(興南高)、そして李主形(リー・ジュンユン)君の“心”を踏みにじらないためにも、日本は“言うべき事”を言わなければならない――2019年・U18野球W杯

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 いくぶん後味の悪い結末となった、今年のU18野球W杯。しかし、そこに一服の清涼剤となるような出来事があった。

 

 言うまでもない。あの韓国戦――死球を与えたマウンド上の宮城大弥君(興南高)が一礼し、それに対して相手打者の李主形(リー・ジュンユン)君が返礼したシーンである。

 

 ここは宮城君、そして李君の両選手に、最大級の賛辞を贈りたい。

 

 宮城君にしてみれば、なにげない行動だったかもしれない。それでも、あれがとっさに出来るということ自体が、素晴らしいことだと思う。彼の心、そして彼の所属する興南高野球部の指導方針の高潔さが、そこに垣間見えた。

 

 しかし……水を差すつもりはないのだが、言わせていただきたい。

 

 繰り返すが、宮城君と李君の振る舞いは、立派である。

ただ、返す刀で、ネットメディアを中心に「それに引き換え、両国の政治家は何をやっているんだ」という言説が多く見られた。

 

 私は、これに異を唱える。なぜなら、両国の選手同士が友好を深めることと、国と国との関係における“良好な関係を築く”こととは、まったくの別物だからだ。

 

 残念ながら、少なくとも“今の韓国”に対して、日本側が「仲良くしよう」と働きかけることは、外交上ベターな方法とは言えない。

 

 なぜなら、韓国は日本との平和的な話し合い(これを通称“外交交渉”という)の末に結んだ条約を、一方的に破棄した。これは明らかに、国際秩序を乱す行為である。こういう相手に「歩み寄ろう」とするのは、相手の“暴挙”を認めることになる。

 

 真に国際平和を望むのであれば、韓国に対し「あなた方のやっていることはオカシイ」と、はっきり指摘しなければならない。

 

 もう一つ。他国と良好な関係を築くためには、相手をよく「理解すること」が大事だと言われる。

 

 であるならば、韓国の“良くない面”にも、きちんと目を向けるべきではないだろうか。

 

 韓国の日本との「条約破棄」は、今回が初めてではない。過去にも同様のことを、彼らは繰り返してきた(だから安倍政権の昨年の“慰安婦合意”は失策だったと思う)。外交的に「不誠実な国」であることを理解した上で付き合うしか、ないではないか。

 

 断っておくが、私はけっして“韓国憎し”で言っているのではない。

 件のGSOMIAを破棄し、日本のみならずアメリカとの関係も悪化し、さらには北朝鮮を増長させ、最も不利益を被るのは――他ならぬ韓国である。

mainichi.jp

 

 思うのだが、韓国国内にだって、本心では日本と友好的な関係を築きたいと思う(あるいは「思っていた」)若者は、現在に至るまで多数存在したはずである。

 

 しかしその思いも、国家の方針自体が“反日”で、日本に対し不誠実な対応を取り続けるのなら、やがて変質していかざるを得ないだろう。

 

 この日本とて、最近の言論状況はとても褒められたものではないのだが、こと国際理解においては、まだこちらの方が相対的にマトモである。

 

 だから今は、我が国の方が言い続けなければならない――「せめて国同士の約束は守ってくれ」「過剰な“反日教育”はやめろ」と。まして、不誠実な相手に迎合するような真似はもっての外だ。

 

 宮城君、そして李君。……日韓両国に住む、数多の若者達の“心”を踏みにじらないためにも、我々は言うべき事を言わなければならないのである。

 

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現状では、この大会に出場するメリットが感じられない。それでも“本気で勝ちたい”のなら…… ~ 2019年・U18野球W杯 ~

【目次】

  • 1.U18の結果は、選手達と日本野球の将来を左右するものではない
  • 2.U18W杯出場の選手達に付きまとう「故障のリスク」
  • 3.“勝ちたい”のなら、高野連はWBSCと交渉を!
  • 4.U18W杯に“向いている”監督の条件とは?
  • 5.興南我喜屋優監督は、U18代表監督に“向いている”のでは!?
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1.U18の結果は、選手達と日本野球の将来を左右するものではない

 

 U18野球W杯について、どうしてもモヤモヤしたものが残る。

 

 始めに言っておくが、選手達は本当によく頑張ったと思う。残念だった、とも思わない(負け惜しみではないので念のため)。

 

 彼らは若い。この大会で勝とうが負けようが、これからも野球を生業としていくのなら、プレーヤーとしてさらなる成長を求められる立場だ。でなければ、WBCや五輪での勝利はおろか、日本野球の発展は図れない。

 

 むしろ、この負けに危機感を覚え、次のステージで一段も二段もレベルアップしてくれた方が、結果としては選手個々人にとっても日本球界にとっても、遥かにプラスだ。

 逆に、下のカテゴリーの大会において、なまじ結果を残したがために、慢心から伸び悩む選手だって出てくるかもしれない(サッカーではありがちである)。

 

 この大会に関しては、自分達と同年代の各国トップレベルの選手達が、今どれくらいの力を有しているのか。他国の選手達が優れている部分、自分達の方が勝っている部分。そういった点を肌で感じ、今後へと生かしてくれたら、御の字である。

 

 その上で――やはり、腑に落ちない点がある。

 

2.U18W杯出場の選手達に付きまとう「故障のリスク」

 

 そもそも、このU18野球W杯だが、日本の高校生が「勝利を目指す価値」のある大会なのだろうか。ここに、大きな疑念がある。

 

 本気で勝ちにいくのなら、高校生年代のトップレベルの選手を揃える必要がある。

 

 ところが周知の通り、日本には夏の選手権大会(地方予選も含めて)があり、何とU18W杯開幕と同月、決勝戦はその十日近く前なのだ(今回は甲子園決勝が22日、W杯の日本初戦が30日)。

 

 当然、選手達のコンディションにはバラつきが出る。おまけに、甲子園大会で勝ち進んだチームの選手ほど、疲労が抜けきっていない。

 

 これで「勝ちにいけ」と言うのは、どう考えても無茶である。

 

 さらに大会日程。8月30日に開幕してから今日(9月7日)までの九日間で、何と8試合を消化している。休みはたった一日だけ。

 

 複数の投手がいるから平気だろう、と見る向きもあるだろうが、韓国戦の佐々木朗希の件でお分かりのように、大会中に調子の上がらない投手もいる(これは選手及びスタッフの責任ではない。前述のように甲子園大会との兼ね合いで、調整する時間が十分に取れない)。

 勝敗を度外視すれば別だが、本気で勝ちにいこうとすれば――必然的に、何人かの投手を酷使することとなる。

 

 いくら球数制限があっても、これだけの過密日程となれば、どうしたって負担は大きくなる。この件、日本高野連は主催のWBSC(世界野球ソフトボール連盟)に対し、怒るべきではないかと思う。

 

 何かと批判される高野連だが、最近では甲子園大会の日程変更やタイブレーク制の導入など、多くの反対もある中で投手の負担軽減に向けて、かなり努力している。

 

 しかし、甲子園大会直後に、このような悪条件の国際大会へ有望選手を送り込んでしまったら、せっかくの取り組みが水の泡となってしまうではないか。

 

3.“勝ちたい”のなら、高野連はWBSCと交渉を!

 

 ここまで述べてきたように、U18野球W杯は日本の選手達にとって、勝ちにいくメリットがあまり感じられないだけでなく、むしろ故障のリスクも高める。

 

 したがって、以前のようにこの大会には出場しないか、するにしてもエキシビションマッチ感覚での参加として、留めておいた方が良いと私は考える。

 

 が……どうしても、本気で“勝ちにいきたい”と言うのなら。

 

 高野連は、WBSCと交渉して、この大会の開催時期及び日程について、きちんと交渉すべきだ。何もワガママを言うのではない。

 

 そう、大義名分はある――「有望選手達の将来を守るため、もっと涼しい時期に、余裕のある日程で開催すべきだ」と。

 

 個人的には、秋季大会と明治神宮大会の終わる十一月半ば頃が良いのではないかと思う。これだけ期間を空ければ、どの選手もコンディション万全で臨むことができる。

 また、余裕のある日程に改善できれば、日本だけでなく他の参加国の選手をも守ることにつながる(ついでに言えば、高校野球シーズンの締めくくりが“国際大会”というのも、なかなか粋ではないだろうか)。

 

 繰り返すが、現状のままでは、この大会に出場して勝利することのメリットがあまり感じられない。もう少し自分達が得をするように動いても、バチは当たるまい。

 

4.U18W杯に“向いている”監督の条件とは?

 

 大会期間中、U18代表の永田裕治監督への批判が数多く聞かれた。

 私自身、いくつか不満もあるのだが、すでにネットメディア等で取り上げられているので、あえてここでは触れない。

 

 それよりも、U18W杯で優勝するためには、どのような指導者が適しているのか。単なる優劣ではなく「あくまでもこの大会で」という条件付である。

 

 一つ目は、スモール・ベースボールを具体的に指導できる人物である。

 

 情報が定かではないので、断定はできないのだが……韓国戦、やや気になる出来事があった。試合の実況アナウンサーが、日本のコーチから「韓国はアウトコース打ちが徹底されている。自分達(日本)も、自分の得意な形ではなく、相手に合わせた形でいこう」というニュアンスの話が紹介されていた。

 

 これが本当なら、筋違いである。

 

 代表メンバーは、その“得意な形”のバッティングが認められたから、選出されたのである。ここに来て、相手投手を攻略できないからといって「違う形で打て」というのは、はっきり言って首脳陣の情報不足、人選ミスである。

 

 アウトコース打ちをさせたければ、それが“得意な選手”を選ばなければならない。あるいは全体練習の時点で、アウトコースを攻められることを想定したバッティング練習に取り組んでおく必要がある。

 

 より細かく言えば――パワーはなくとも広角に打てる柔らかさを持った好打者。さらに、難しいボールでも確実にバントのできる二番タイプの打者。塁に出たら、足で搔き回すことのできる走者。

 

 まさに「出る・進める・返す」という野球の基本が体現できる選手が、このような短期決戦……特に日本のように、どうしてもパワーで劣るチームには必要だろう。

 

 二つ目は、ある程度「モノが言える指導者」である。

 

 国際試合では、何かと“外野”に煩わされてしまいがちである。

 今回のように「日の丸騒動」は極端にしても、練習場所の手配、審判の判定、メディア対応、選手達の所属校との連絡……もしかしたら練習以上に、それらへの対応、交渉事に苦慮するのかもしれない。

 

 例えば、台湾戦――エラーが続き降雨コールドで敗れたが、日本の監督・コーチ陣は選手達を叱責したという。

 

 まぁ構わないのだが、それだけでなく「五回で終わらせるくらいなら、今日は中止にして欲しかった」「選手達は甲子園の疲れを押して来ているのだから、なるべく良い条件でゲームさせてやりたい」くらいは、メディア向けにでもコメントして欲しかった。

 

 そうすれば運営側も少しは考えるだろうし、何より選手達のモチベーションが違ってくる。監督は俺達のことを考えてくれている、だったら俺達もやろう、と……

 

5.興南我喜屋優監督は、U18代表監督に“向いている”のでは!?

 

 当初の予定では、ここまで書いて文章を締めようと思っていた。

ところが、書いているうちに、上記二つの条件を満たしていそうな監督の名前が、ふと浮かんだのである。それも……我々沖縄県民にとって、なじみの深い人物が、である。

 

 そう、興南我喜屋優監督である。

 

 2010年に春夏連覇した時の興南は、“強力打線”とは言われたが、パワーで押すというよりも「センターから逆方向へのバッティング」に機動力を絡めた、まさに“スモール・ベースボール”を体現したチームだった。

 

 また、我喜屋監督は興南高において、理事長と校長を兼任しており、対外的な交渉はお手の物と思われる。また、ABC放送の高校野球の解説に呼ばれるだけでなく、著書も二冊、さらには度々講演も行っていることから、弁も立つ。

 

 惜しいのは、興南の監督就任が、他の名監督達に比べると最近なため、甲子園出場回数と通算勝利数がまだ少ないことだろうか。

 

 なので……興南にはもう一奮起していただき、近い将来、二度目の全国優勝を果たすことを期待したい。そうすれば、もっと推す声も増えてくるだろう。

 

 現役のままでは難しいだろうが、いつか我喜屋監督の率いるU18日本代表が見てみたいと、個人的には思っている。

 

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選抜出場の期待が掛かる沖縄尚学・美里工業・沖縄水産の”3強”にそれぞれ望むこと――2019年・秋季沖縄県大会・展望

【目次】

  •  0.はじめに
  • 1.大本命・沖縄尚学には、投手陣の制球力アップを
  • 2.美里工業の投手陣には、ピンチの場面での「しつこさ」と「大胆さ」を
  • 3.古豪復活を期す沖縄水産は、武器である打撃にさらなる磨きを!
  • 4.各チームとも“センター返し”の習得を!
  • 5.終わりに
  •  【関連記事一覧】

 

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 0.はじめに

 

 早いもので、つい先日夏の甲子園大会が閉幕したと思ったら、いよいよ明日(2019年9月7日)から秋季沖縄県大会が始まる。

 

 今大会は、優勝争い以上に注目すべきポイントがある。すなわち、やはり2015年の糸満高以降、実に四年間遠ざかっている選抜大会出場なるか、その力を有したチームが現れるかという点だ。

 

 そこで本エントリーでは、大会の行方を占うとともに、来年の選抜出場を狙う上で、各チームに「身に付けて欲しいプレー」について述べることとする。

 

1.大本命・沖縄尚学には、投手陣の制球力アップを

 

 今夏の選手権大会に出場し、その主力メンバーが多く残る沖縄尚学が、秋大も優勝候補筆頭、まさに“大本命”と言える。

 

 沖尚の強みは、やはり夏を経験した永山蒼の存在だ。

 

永山は、球速こそ140キロ前後だが、ボールに伸びがある。興南戦や習志野戦では、各打者がその球威に負け、差し込まれるシーンが目立った。

 

 もう一つ永山の長所を挙げるなら、相手との「駆け引き」ができる点だろう。

 上記の二試合でも、ランナーが出た際わざとボールを長く持ったり、意図的に牽制球を挟んだりして、相手打者をこちらのペースに引き込もうとしていた(もちろんランナーも、おいそれと足攻を仕掛けられなくなる)。実戦経験の浅い投手とは思えない、まさに勝負を分かっているプレーぶりだった。

 

 さらにレベルアップを図るなら、やはり制球力を磨いて欲しい。

 

 まずは野村克也が言うところの、投手の“原点能力”――アウトロー。これが安定して投げられるようになると、県大会レベルであれば、もっと楽に抑えられるようになる。

 

 また、九州や甲子園大会で勝ち抜くには、アウトローに加えてインロー。

 全国レベルのチームであれば、普段の練習からアウトコース打ちの練習に取り組んでいる。外一辺倒では、踏み込んで弾き返されてしまう。そこで的を絞らせないように、インコースへも投げ込む。それもバットの届きにくいインローへ。

 

 もっと贅沢を言えば、インコースに制球できる変化球も欲しい。ツーシームやチェンジアップ系統の“落ちるボール”である。これを膝元へ投げ込まれたら、まず初見では打てない。

 

 とにかく、球威といい駆け引きといいマウンド度胸といい、永山は十分に「勝てる投手」の資質を有しているようと見受けられる。彼が制球力を身に付けたら、いよいよ手が付けられなくなるだろう。

 

2.美里工業の投手陣には、ピンチの場面での「しつこさ」と「大胆さ」を

 

 その沖尚の対抗馬として、真っ先に挙げなければならないのが、夏4強さらに秋のシード権も獲得した美里工業である。

 

 美里工の強みは、夏大の興南、1年生大会の沖尚相手に、いずれも接戦を演じているという実績、そして“勝利への渇望”である。

 

 本命のチームと互角に渡り合う力を有していながら、あと一歩及ばなかった。この経験と悔しさは、過去の県球史に名を残した数多のチームがそうであったように、成長の大きなエネルギーとなり得る。

 

 その美里工に求めたいのは、ピンチの場面での“しつこさ”と“大胆さ”である。

 

 ここ数年の彼らの戦績を振り返ってみると、どうも終盤に逆転を許して負けるというケースが多い。昨秋1年生大会の沖尚戦は、その典型だ。七回まで1点リードを保っていたものの、八回に集中打で3点を奪われ、そのまま押し切られた。

 

 逆転された場面では、インコースへの制球が定まらず、死球となったり甘く入って痛打されたりしてしまった。このシーン、現メンバーはよく覚えているはずだ。

 

 となれば…‥彼らのやるべきことは、すでに明らかである。

 

 得点圏にランナーを置いた場面を想定して、思い切ってインコース(そう、やはりインコース攻めがポイントとなる)へ投げ込む。その意識で日頃の練習、あるいは練習試合に臨むのだ。

 

 もっと言えば――満塁で、思い切ってインコースを突いてみる。死球で押し出し、あるいは一発長打のリスクもあるが、リスクを背負う度胸のある投手こそ、ホンモノの好投手である。その“大胆さ”を身に付けて欲しい。

 

 さらに、一球だけでなく、何球も続けてみる。インコースに限らず、相手打者が「嫌がる球種・コース」だと分かれば、それを徹底する。その“しつこさ”も勝負には不可欠だ。

 

 なぜここまで、具体的に言うのか。それは、チームを率いる神谷嘉宗監督が、かつて浦添商業時代、そうやって選抜優勝の沖尚打線を封じたからである。

 

 美里工の投手陣は、強力打線への対し方について、神谷監督を質問攻めにして欲しい。あるいは、YouTube上に「沖尚-浦添商」の映像も残っているから、時間を設けて徹底的に研究することも可能だろう。

 

3.古豪復活を期す沖縄水産は、武器である打撃にさらなる磨きを!

 

 古豪復活を期す沖縄水産。先の新人大会では、ライバル校を持ち前の打撃力で圧倒、秋の第一シードを獲得した。

 

 しかし、秋大では厳しい戦いになると予想する。

 

 沖水がどうこうではなく、この新人戦にさほど重きを置いていないチームも少なくなく、とりわけ対戦する投手の状態がまるで違ってくると思われる。彼らの打撃力を以ってしても、そう簡単には打てない場面も出てくるだろうからだ。

 

 問題は、思うようにいかない展開も予想される中、戦い方をどのように定めていくかということだろう。

 

 現チームというより、最近の沖水の傾向として、失点が多いということは言える。

 

 もっとも個人的には、そこはある程度、目を瞑っても良いのかなと思う。点は取られる。だから、打たないと勝てない。打てなければ負ける……そういう割り切り方をした方が、彼らの戦い方としては合っている気がする。

 

 だから沖水には、それこそ沖尚の永山ら県屈指の投手をターゲットにして、力のある投手を打ち崩せるまでに打撃力を磨き上げて欲しい。もし九州大会に進めたら、そこでも5,6点以上の打ち合いに持ち込んで競り勝つイメージである(15年春の糸満がモデルとなるだろうか)。

 

 失点が多いから、守備を強化して……という発想では、あまり上手くいかない気がする。それよりも、投手陣が日頃の練習で、ハイレベルなバッター陣と紅白戦等で対戦を重ねていくことで、相互にレベルアップするというのが望ましい。

 

4.各チームとも“センター返し”の習得を!

 

 最後に。県大会だけでなく、九州も勝ち抜き選抜出場を狙うのであれば、そのチームの選手達には是非とも身に付けて欲しいことがある。

 

 バッティングの基本と言われる“センター返し”である。

 

 なぜ“センター返し”を強調するかと言えば、それが最もミートしやすいバッティングの形だからである。もっと言えば――これを身に付けていないと、いわゆる好投手から得点することが難しいからである。

 

 甲子園出場校レベルの投手は、ほぼアウトローに安定して投げ込むことができる。ピンチになれば、ますます厳しいコースを突いてくるはずだ。その時、単に強振するだけでは、引っ掛けてしまう。

 

 今年の夏の甲子園で、個人的に印象深いのが、智辯和歌山のバッティングである。

 

 智辯和歌山と言えば、猛打のイメージが強い。今大会も、二回戦の明徳義塾戦で、一イニング3本塁打を記録している。ただ、ここで紹介したいのは、一回戦の米子東戦だ。

 

 終盤の集中打で、突き放す場面を見ていただきたい。その気になれば一発長打を狙える彼らさえ、センターから逆方向へのバッティングを心掛けていることが、お分かりいただけることと思う。

vk.sportsbull.jp

 

5.終わりに

 

 今年の秋大は、例年になくワクワクしている。あの沖尚-興南の決勝戦を始め、レベルの高い試合が相次いだ夏を経て、さらに力を付けてきそうなチームが複数あるからだ。

 

 長年の低迷期を脱し、夏の甲子園であの習志野に最後まで食い下がった“全国レベル”の財産を経た沖尚。

 

 その沖尚へのリベンジに燃える沖水。

 

 また今夏で興南、昨秋の1年生大会で沖尚の私学二強いずれとも対戦し、敗れた悔しさをエネルギーに変えんとする美里工。

 

 面白くならないワケがない!

 

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<考察>非情と言われたイガラシが、キャプテンとしてチームをまとめ上げられた三つの要因――ちばあきお原作『キャプテン』『プレイボール』関連コラム⑧

【目次】 

  • <はじめに>
  • 1.“叱られ役”として機能した近藤の存在
  • 2.勝ち抜いての“全国優勝”という悲願
  • 3.けっして“私情”を挟まなかったイガラシの指導と人間性
  • <終わりに> ~イガラシ“名台詞”10選(+番外編)~
    • ※番外編

 

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<はじめに>

 

 ちばあきお『キャプテン』(及び『プレイボール』)における主要登場人物の中で、とりわけ異彩を放つ存在がイガラシであることは、論を待たない。

 

 天才肌でありながら、あの谷口をも凌ぐほどの努力家。クールではあるが、底知れぬ負けず嫌いの性質。非情とも言われるほど、勝つためには一切の妥協を許さない男。……

 

 そのイガラシ。文庫版『キャプテン』第1巻の巻末解説において、『諸葛孔明』で知られる作家・酒見賢一氏は、次のように述べておられる。長くなるが、以下に引用したい。

 

―― 非妥協的な性格で、他人にも自分にも厳しく、冷静沈着、勝つためにはすべてを犠牲に出来て、諦めるという言葉を知らない。かつ学業成績は常に学年十番以内をキープするというから、まるでマシンのような男である。異様な中学生といえる。

 

 イガラシのようなキャラは、他のマンガであれば普通は悪役になりやすい

 

(※文章中の傍線は筆者)

 

 この後、酒見氏の言は「しかしそんなイガラシもちばあきおのペンにかかると憎めない、目の離せない頼りになる男になってしまうので救われる」と続くのだが、少なくとも墨谷二中の歴代キャプテンの中で、最も“取っつき辛い”人物であることは間違いないだろう。

 

 だが、結果として――イガラシは立派にチームをまとめ上げている。

 

 単に「怖いから仕方なく言うことを聞く」というだけではない(そういう部分も多少あったろうが・笑)。イガラシなりに、他の部員達と血の通った信頼関係を築いていた。それが下地にあったからこそ、あの猛練習の日々を耐え抜き、夏の全国制覇へと繋がったのだ。

 

 象徴的なシーンが、連日の過激な練習が問題視される中、松尾の負傷により選抜大会を辞退せざるを得なくなった際の、イガラシと部員達とのやり取りである。

 

 

イガラシ:ちょ、ちょっとみんなにきいてもらいたいことがあるんだが……

     えーと……

 

小室:春の選抜を棄権するっていうことですか

 

イガラシ:し……しってたのかおまえたち

 

  小室:校長先生の話がきこえちゃいましてね

 

イガラシ:そうだったのか…

 

  小室:でも松尾にいってたように夏の大会があるじゃないスか!

 

イガラシ:(はっとした顔で)そうだったな。夏があったんだよな

 

 

 多くは語らない。でもお互いの気持ちは、しっかりと察している。

 

 台詞としては、イガラシと小室だけなのだが、この時の近藤以下、他の部員達の表情が実にイイ(心理描写に優れたちばあきおの非凡さがよく表れている)。ここでは台詞でしか表せないが、是非とも漫画を手に取って、実際の場面をじっくり味わっていただきたい。

 

 今回は、なぜ“非情だ”“血も涙もない”と言われがちなイガラシが、それでも何だかんだで部員達に慕われ、チームをまとめ上げることができたのか。その理由を探っていくこととしたい。

 

1.“叱られ役”として機能した近藤の存在

 

 まず注目したいのは、イガラシの一学年下の後輩・近藤の存在である。

 

 近藤は、イガラシと同じ天才型のキャラクターでありながら、その性質は百八十度異なる。何事にも手を抜けないイガラシとは対照的に、内外野の守備を始め、小技にランニング……乱暴に言えば「面倒なことは全部キライ」なのだ。

 

 そんな近藤は、日頃の練習において、イガラシ始め上級生達から、度々叱責を受けていたはずである。作中に描写されているだけでも、ランニングを一周さぼうとしたところを見つかったり、バントの下手さを下級生達の前で指摘され(一時不貞腐れ)たりしている。

 

 だが、多少なりとも分別のある方なら、ご理解いただけると思う。こういう“叱られ役”がいると、周囲は救われるのだ。

 

 実際に描かれてはいないが、容易に想像できるではないか。「また近藤かよ」「しょうがないなぁ近藤さんは」……そんなことを言い合いながら、実は自分達もふっと緩む。束の間の骨休めというわけだ。

 

 あるいは、近藤の叱られ方を見て、逆に気を引き締めた者もいたかもしれない。「やばい。自分も手を抜いたら、同じことをやられる」と。

 

 イガラシもそれを知ってか知らずか、近藤の怠惰をその都度指摘はするものの、丸井のように性質自体を改めさせようとはしていない(無理だと悟っていたのもだろうが)。ここは割り切って、近藤が力を出せるようなアプローチを心掛ける。いかにもイガラシらしい、合理的な判断と言える。

 

 いずれにしても、近藤の存在が「緊張と緩和」のメリハリを生み出し(周囲もおそらく本人も気付いていなかっただろうが)、チームに好影響をもたらしていたことは、間違いない。

 

2.勝ち抜いての“全国優勝”という悲願

 

 また、イガラシの方針を受け入れる素地が出来上がっていたという点も見逃せない。その素地とは、勝ち抜いて“全国優勝”するという、墨二野球部の悲願である。

 

 前代の丸井キャプテン時、墨二は春の選抜の初戦で敗れ、「おれたち全国大会ってものを考えなおさなくちゃならない」(イガラシ)という共通認識の下、チーム強化に取り組んできた。

 

 その結果、地区大会前の練習試合で、各地方の強豪校相手に三十六連勝(不戦勝1を含む)を達成。ナイン達は「自分達には全国優勝する力がある」という手応えを持ったはずである。

 

 ところが、迎えた地区大会では優勝を果たしたものの、青葉との壮絶な死闘により故障者が続出。全国優勝の夢は、その舞台に立たずして潰えることとなった。

 

 こうした経緯(いきさつ)から、次代では全国優勝を“現実的な目標”として定めるのは必定の流れとなり、その目標を達成するのに最もふさわしい人物として、イガラシは選ばれたはずである(指名したのは丸井だが、部員達が反対した形跡はない。誰が見ても「次のキャプテンはイガラシ」という雰囲気だったと思われる)。

 

 これが例えば、谷口や丸井をすっ飛ばしてのイガラシ登場だったなら、彼はおそらく受け入れられなかったはずである。いや、その前にイガラシ自身が「何だこの野球部。じょうだんじゃないぜ」と嫌気が差して、退部していた気がする(墨高に進学した倉橋と同じように、草野球を渡り歩いていたかもしれない)。

 

 当時の弱小だった墨二野球部にとって、イガラシの存在はあまりに急進的過ぎた。やはり、谷口が原型を作り、丸井がきちんと形にして……というプロセスを経たからこそ、イガラシがその辣腕を振るうことができたのだ。

 

3.けっして“私情”を挟まなかったイガラシの指導と人間性

 

 しかし何といっても、ナイン達が最後までイガラシに従った要因として、その“人間性”を抜きに語ることはできない。もちろん、イガラシは「実はいい奴だ」などと言うつもりはない。それはおそらく、イガラシのファンの方からも異論が出ると思う(笑)。

 

 ここで取り上げたいのは、イガラシは部員達への指導において「けっして“私情”を挟まなかった」という点である。

 

 一見すると、非情なだけに思われがちな(いや非情には違いないが・笑)イガラシの指導だが、実はかなり分かりやすい方針を掲げている。

 

 イガラシの方針とは――勝つためにあらゆる手段を尽くす、これだけである。

 

 練習の描写を見ていても、レギュラーが務まりそうな者であれば、学年や性質に関係なく拾い上げる。ダメなら、切り捨てる。しかし、一度切り捨てた者であっても、力さえつけば、また引き上げる。

 

―― これはテストにおとされたみんなにもいえることなんだが。きょう、こうやっておれにおとされたくやしさを、けっしてわすれるんじゃないぞ。くやしかったら、このおれをみかえしてみろ! これからでもやる気になれば、いつでもおれをみかえせるんだからな。

(文庫版『キャプテン』第6巻より)

 

 この言葉が“口だけ”でなかったことは、「練習に付いてくる体力がない」という理由で、いったんはレギュラーから外した松尾を、上達したことでまた復帰させた件からも明らかである。

 

 さらに言えば、イガラシが指導において“私情”を挟まず、あくまでも「勝つため」というのが行動原理であったことは、他の部員達もよく知っていたようである。

 

 だから、全国大会において、イガラシが消耗し倒れそうになった際、ナイン達は精一杯彼を気遣っている。

 

 とりわけ北戸(きたのへ)戦――気力を振り絞り、あくまでも強気を貫きマウンドに立ち続けようとするイガラシと、それを心配そうに見守るナイン達。

 緊迫した状況の中、彼らの信頼関係が確かに息づいていることが垣間見えるシーンだった(このように、ちばあきおはさりげない場面で人物達の心理状態と人間関係を描写するのが、実に巧みである)。

 

<終わりに> ~イガラシ“名台詞”10選(+番外編)~

 

 最後に、私が好きなイガラシの“名台詞”十選を、以下に記しておく。クールそうに見えるが、意外にも情熱的な言葉が多いことに驚かされる。

 

「どだいあいてがどんなチームかも しらべもしないで 選抜にのぞんだことじたい すでに敗因じゃないんですか」

 

「しかし選抜ともなると あらゆるチームに勝ちぬいていかなければならないんです。おれたち全国大会ってものを 考えなおさなくちゃ いけないんじゃないですか」

 

「なんならおれがやってやろうか」「よせよ。おれがかわってやるといってんだぞ」

 

「おまえのコントロールならできるはずだ。やってみろ」

 

「どうしたんだよ。近藤らしくもない!」

 

「きょう、こうやっておれにおとされたくやしさを、けっしてわすれるんじゃないぞ。くやしかったら、このおれをみかえしてみろ! これからでもやる気になれば、いつでもおれをみかえせるんだからな」

 

「いいですかキャプテン。われわれには日本一になるって目標がありましたよね。それに……」

 

「最後の最後まで試合をすてないってことを、キャプテンからいやってほどおしえられましたからね」

 

「われこそはおしもおされぬレギュラーになってやるんだ、という気迫を見せてみろ!」

 

「こうなったら一発にかけてやるぜ…! キャプテンを…………走らせるか歩かせるかのな!!」

 

「なーに、俺をダウンさせるには、あと千球は必要だぜ」

 

※番外編

 

「どうせサルかラッキョですからね」

 

「まずあついお湯で三分間ゆでる。それで味つけスープをそのあとにいれるんです。それでもって、えーと、ひき肉だの野菜なんかいためたのをいれて……するとたいへんおいしくいただけるわけ」

 

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【野球小説】続・プレイボール<第6話「見せつけろ!墨高野球の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編

※前話<第5話「ピンチをしのげ!の巻」>

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【目次】

  • ※前話<第5話「ピンチをしのげ!の巻」>
  •  <主な登場人物> 
  • 第6話 見せつけろ!墨高野球の巻
    • 1.イガラシ対箕輪クリーンアップ
    • 2.佐野と倉田
    • 3.ミーティング
    •  ※各話へのリンク

 

 

 <主な登場人物> 

谷口タカオ:三年生。墨谷高校野球部キャプテン。投手兼三塁手。ひたむきに努力する姿勢で、チームを引っ張る。

 

丸井:二年生。谷口の墨谷二中時代からの後輩。情に厚く、面倒見が良い。どんな時にも努力を惜しまない姿勢は、チームメイトの誰もが認める。

  

イガラシ:一年生。投手兼内野手。天才肌でありながら、努力の量は同じ墨谷二中出身の谷口や丸井にも引けを取らない。

 

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第6話 見せつけろ!墨高野球の巻

 

1.イガラシ対箕輪クリーンアップ

 

 速球が、内角高めいっぱいに決まる。

 箕輪の三番打者・児玉は、涼しげな顔で足元の土を均した。あっさりワンストライク目を与えたことなど、気にも留めない様子だ。

 なるほど……と、イガラシは胸の内につぶやいた。

 すべての塁を埋める三人のランナーは、あえて見ない。倉橋のサインにうなずき、二球目を投じた。真ん中低めから、膝元へ喰い込むシュート。

 並の打者であれば、引っ掛けて凡ゴロに仕留められるのだが、やはり乗ってこない。

「ストライク、ツー!」

 アンパイアのコールを待ってから、倉橋が返球した。ボールを受け取り、イガラシはくくっと含み笑いを漏らす。

 やっぱりな。念のためストライクゾーンぎりぎりを突いたが、追い込まれるまで手を出してこないと思ってたよ。ここから粘って、押し出し四球を選ぶか、甘く入った球を打ち返そうっていう腹積もりだろう。

 いったんプレートを外し、三塁走者に牽制の構えだけ見せた。それからセットポジションに着き、前傾する。すぐに倉橋から、三球目のサインが出された。

 吹き出しそうになるのを、何とか堪える。嬉しかったのだ。

 さすがだぜ倉橋さん、よく分かってる。箕輪の狙いは、先発投手を心身ともに消耗させて、弱ったところを一気に叩くことだ。北戸中と似ているが、機動力を絡めてくる分、さらに手強い。その目論見を、根底から挫くには……

 ロージンバックを足元に放り、ボールをグラブの中で握る。これから投じる球の軌道、腕の使い方を再度強くイメージした。ほどなく投球動作に移る。

 三球勝負――ボールの威力で、ねじ伏せてやる!

 グラブを突き出し、スパイクの左足を踏み込む。右腕を思い切りしならせる。

 ボールが、打者の左肘にぶつかる軌道で投じられる。児玉が「わっ」と叫び、除けるようにして身を屈める。

 しかし、ボールは二、三メートル手前から、鋭く変化して打者の膝元に飛び込んだ。

 キャッチャーミットの乾いた音が鳴る。束の間の静寂。

「……ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアが右拳を突き上げ、いつになく声を張り上げた。

「すげぇぞイガラシっ」

 真っ先に声を発したのは、丸井だった。

「こんなボールがあるのなら、もっと早く投げろよ。勿体ぶりやがって」

 その隣で、加藤が微笑んで言った。

「一瞬デッドボール、押し出しかと思ったけどな。さすがのコントロール

 横井が「ああ」と相槌を打つ。

「俺もドキッとしたぜ。あの内角へのカーブ、ずっとフリーバッティングで、俺達相手に試してたやつだろ。満塁で投げようっていう度胸がすげぇよ」

「正直……まだ七割程度だったから、投げさせたくなかったけどな」

 倉橋はマスクを取り、小さく吐息をついた。

「こんな場面で、ドンピシャ決めてくるとは。恐れ入ったよ」

「ち、ちょっと皆さんっ。あまり褒め過ぎないでくださいよ」

 後方で、丸井が軽く抗議する。

「イガラシの奴が調子に乗るじゃないですか。まだピンチを脱したわけでもないですし」

「丸井。そんなこと言って、おまえが一番にやけ顔だぞ」

 加藤に突っ込まれ、丸井は「んなことねぇよっ」と分かりやすく反応する。

 イガラシは笑いを堪えながら、足元のロージンバックに手を伸ばす。その時、背中をぽんと叩かれる。顔を上げると、谷口が穏やかな眼差しを向けていた。

「ナイスボール。どうやら、俺の老婆心が過ぎたようだ」

 今、近くには誰もいない。イガラシは囁くように言った。

「そんなことより……キャプテン。試合が終わったら、すぐ医者に診せてくださいよ」

 谷口は一瞬、大きく目を見開いた。だがすぐ、観念したように深くため息をつく。

「……倉橋から聞いたのか?」

「というより、確かめたんです。僕もそうじゃないかと思ったので」

「なるほど。今知られると、みんなを動揺させてしまうから、黙っておくように伝えたんだが……そうか、気付かれてたのか」

「当たり前です。まったく……人には無茶するなと言っておいて、自分はちっとも養生できてないじゃないですか」

「す、すまん。こういう性分なんだ」

「ええ知ってます。長い付き合いですから」

 バツが悪そうな笑みを浮かべながら、谷口はサードのポジションへと戻っていく。その背中に、こっそり囁く。

 でも、それが谷口さんの……みんなを引っ張る力ですけどね。

 箕輪の打順は、四番の堤野に回った。前の打席では、タイミングを外すつもりだったスピードを落とした真っすぐを、狙いすましたように左中間へ弾き返している。

 イガラシは頭の中で、戦況と相手の心理状態を分析した。

 箕輪からすれば、ノーアウト満塁の畳み掛けたかった場面で、最も頼りにしている打者が三振に倒れた。まだリードは保っている。焦るほどじゃないが、向こうに傾きかけた流れを断ち切りたいと思っているはず。となると……おそらく、初球を狙ってくる。

 倉橋のサインにうなずき、セットポジションから第一球を投じた。

 バットの届きにくい外角低めに、チェンジアップ。バッテリーの計算では、堤野のタイミングを狂わせ、空振りでワンストライク目を奪うつもりだった。ところが、思いのほか体勢を崩さない。

 くそっ、ヤマを張られた……

 快音が響く。一、二塁間へ速いゴロが飛んだ。やられた、と目を瞑りかけた次の瞬間、ファーストの加藤が横っ飛びする。

 起き上がった加藤の左手に、ボールが握られていた。

「へいっ」

 加藤はすかさず、一塁ベースカバーに入った丸井にトスした。それを捕球するや否や、丸井は矢のような送球をホームへ投じる。

「倉橋さん!」

 三塁走者の山野が滑り込むより一瞬早く、ボールが倉橋のミットに収まった。

「アウト! スリーアウト、チェンジっ」

 アンパイアの甲高いコールが響く。

 丸井と加藤は、互いに顔を見合わせ、にやっと笑った。その傍らで、ダブルプレーに倒れた堤野が、腰に手を突き苦笑いを浮かべる。

「ナイスプレーよ、丸井に加藤!」

 キャプテン谷口が、そう叫んで拳を小さく突き上げた。墨谷ナインは一斉に、足取り軽く三塁側ベンチへと引き上げていく。

 

 

2.佐野と倉田

 

 バックスタンド。佐野は腕組みしながら、「へぇ」と声を発した。

 数十メートル先のグラウンドでは、絶好機を逃したばかりの箕輪ナインが、各ポジションへと散っていく。心なしか、やや足取りが重い。

「ま、まさか。箕輪が一点も取れないなんて」

 傍らで、倉田が頭を抱えた。その横顔に問うてみる。

「なぁ倉田。おまえなら、投げられるか?」

「はっ。ああ、さっきのカーブですね。ううむ……さすがに躊躇するかもしれません」

 実直な後輩が「すみません」と頭を下げるので、軽く叱り付けた。

「ばぁか。誰だって一緒だ。カーブは曲がりが大きい分、制球が難しいからな」

「佐野さんなら、もっと精密に投げられるんでしょうけど」

「買い被りすぎだ。俺だって、内か外か、高めか低めか、くらいは投げ分けようとするが、インコース低めいっぱいに制球しようなんて発想、したことねぇよ。それを満塁で投げようなんざ、正気の沙汰じゃねぇ」

「でも、ほんとイガラシには驚かされます」

 倉田は、吐息混じりに言った。

「俺らが江田川に負けた翌日、墨二との決勝を観に行ったんですけど、あの時と比べてもかなり成長してますよ。コントロールの良さは相変わらずですけど、球種も増えましたし、おまけに球のキレもスピードも」

「ふん。イガラシに限らず、墨二の連中は歴代そういう奴ばかりだ。不器用なくせに、諦めが悪くてしぶとい。ゾンビみてぇだろ」

 軽く舌打ちして、グラウンドに視線を戻す。墨谷のこの回の先頭打者が、打席へと向かいかけたが、なぜか途中で引き返した。何だろうと思い、三塁側ベンチに目をやると、谷口がアンパイアに「タイム」の合図をしている。

 ほぅ、奴らも気付いたか。ここから面白くなりそうだぜ。

「……あの、先輩」

 振り向くと、倉田が不思議そうな眼差しを向けている。

「何だよ。そんな、まじまじと見つめやがって。気色わりぃ」

「いえ、その……先輩さっきから、嬉しそうですね。墨高が盛り返してきたので」

 呑気そうな後輩の頭を、平手で思い切りはたく。

「あたっ」

「おしゃべりが過ぎるぞ。つまんねぇこと言ってないで、目ぇかっぽじいてよく見とけ」

 

3.ミーティング

 

 三塁側ベンチの手前で、イガラシは一旦スパイクを脱いだ。片方ずつ裏返しにして、ブラシを使って歯に付いた泥を落とす。この悪天候、汚れるのは仕方ないが、少しでも身軽にしておかないと守備に影響が出る。

「ちょっといいか」

 顔を上げると、久保がバットを手に立っていた。この回、先頭の八番戸室に続いて打席が回ってくる。

「おお、どしたい」

「狙い球のことなんだが」

 思わず、にやりとする。

「言いたいことは分かるぜ。あのボール、罠じゃないかってことだろう」

「ど、どうしてそれを」

 目を丸くする久保に、イガラシは笑って答えた。

「なぁに簡単なことさ。あれだけ嫌らしい攻撃をしてくるチームが、守備では何もしてこないっていう方が、不自然じゃねぇか」

「確かにそうだな」

「それより久保。この話、どこかでみんなにも……いや待て」

 二人の眼前で、谷口がベンチを出て、アンパイアに「タイム」の合図を出す。そして、打席に向かいかけていた戸室を呼び戻した。

「……必要なさそうだな。きっと、同じ話だろう」

「ああ。俺達も戻るか、イガラシ」

 戸室が引き上げてきたタイミングで、谷口は「みんないいか」と呼びかけた。

「どうしたんだ。うちらの攻撃が、すぐに始まるってのに」

 怪訝そうな横井の傍らで、倉橋が「ひょっとして」と目を見開く。

「相手ピッチャーの、何か攻略の手掛かりでも掴んだのか」

「まぁ、そんなトコかな。すぐに何とかできるものじゃないんだが」

 まだ確信がないのか、谷口は慎重な言い回しになる。

「この際、何でもいいでしょうが」

 後押しするつもりで、イガラシはあえて口を挟む。

「目下のところ……完全に、相手バッテリーの思うがままですし」

 途端に、周囲がざわめく。

「イガラシ。そりゃ、ちょっと言い過ぎだろ」

 丸井が、たしなめるように言った。

「点こそ奪えていないが、ヒットは出てる。もう一押しすれば」

「ええ打ってますよ。まんまと相手の撒き餌に食いつかされてるとも、知らずにね」

「な、なぬっ。エサだとぉ」

 驚く先輩を横目に、問うてみる。

「キャプテン、そういうことでしょう?」

「……そこまで分かっているなら、話が早い」

 谷口は吐息混じりに答えると、再び全体へ視線を向ける。

「俺もずっと引っ掛かってた。あのバッテリー、直球が甘く入ってしまうと分かっていて、なぜ投げ続けるんだってな。それも……すべて三球目以内の、早いカウントでだ」

 確かに、と倉橋も同調する。

「並のチームならともかく、箕輪のように甲子園レベルのチームが、自分達の明らかな弱点を放置しておくとは考えにくい」

 ほどなく、丸井が「まさか」と驚嘆の声を発した。

「わざと……って、ことですか?」

「俺はそう思う」

 キャプテンは、きっぱりと答えた。

「追い込まれれば、多彩な変化球がある。しかし早いカウントの時は、ちょくちょく甘いコースに真っすぐが来る。となれば……バッターは、どう考える?」

 島田が「なるほど」と、深くうなずく。

「奴ら……俺達が早打ちになるのを、誘ってたんですね」

 またも周囲はざわめく。ええ、とイガラシは相槌を打った。

「そして自分達の攻撃の時は、執拗なファール攻めに小技と機動力を絡める。必然的にピッチャーの球数と守備の時間が増え、やがて敵は疲弊する」

 丸井が「ふんっ」と、鼻息を荒くする。

「いかにも奴らの考えそうなこったぜ。あどけないツラして、なかなか意地の悪い野球をしやがる」

 吐き捨てるような口調に、イガラシは苦笑いした。

「じ、じゃあ……もしかして」

 島田が頬を引きつらせる。

「あのピッチャーやろうと思えば、真っすぐも制球できるってことか」

「そうだろうな」

 谷口は答えてから、苦笑いを浮かべた。

「二回だったか。俺も甘く入るのを待ってたんだが、その時に限って厳しいコースに来てな。最後は変化球に仕留められちまった。その時は、偶然だと思ったんだが」

「向こうも警戒したんだろう」

 倉橋が補足する。

「何つったって四番だからな。打たれたら、こっちに勢いがつく……にしても」

 そう言って、ふと渋い顔になる。

「豪胆な策ではある。奴ら、一発長打のリスクは考えてないのかよ」

「フェンスオーバーされない自信があったんでしょう。あれだけ重い球質なので」

 イガラシは、欠伸混じりに言った。ミートしながらも、バットを押し込まれるような感触を思い出す。

「それに取られても二、三点くらいなら、ひっくり返せると思ってるんでしょうね。元々、逆転勝ちの多いチームですし。そうでしょう、半田さん」

 半田はベンチの隅に座り、スコアを付けていた。ふいに話を振られ、「は、えっ」としどろもどろになる。

「……あ、うん。イガラシ君の言う通りだよ」

 それでも思いのほか、分かりやすく返答した。

「去年の春、優勝したチームもそうだったし。今年も……延長で負けはしたものの、九回に二点ビハインドを追い付いているよ」

「ふふん、なるほど」

 丸井が忌々しげに言った。

「あんな卑怯な手を使われたんじゃ、まともなチームは心身ともに消耗して、終盤まで保たねぇよな。気の毒に」

「卑怯って……別に、ルールの範囲内ですし」

 イガラシが突っ込むと、丸井は「うるせっ」と睨んでくる。

「てめぇは何で、敵の肩持つんだよ。ったく……実力校なんだし、ちったぁ谷原や西将を見習って、正々堂々と力勝負をしてみやがれってんだ」

「それだよ!」

 ふいに谷口が、大声を発した。

「うわっ。ど、どうしたんですか」

 丸井はベンチに仰け反る格好になる。

「びっくりしたぁ」

「あ、すまん。けど……でかしたぞ、丸井」

「へっ?」

「彼らが俺達に、力勝負を挑んでくるように、仕掛けるんだっ」

 傍らで、倉橋が「落ち着けよ谷口」となだめる。

「……なるほど」

 イガラシは、顔を上げて言った。

「あの高めの甘い真っすぐは、捨てるってことですね」

「そうだ」

 谷口が力強くうなずく。

「ツーストライクまでは見逃す。もし、追い込まれてから投げられたら、カットしよう。その代わり、他のボールを狙うんだ。例えば……あのピッチャーが得意とする、速いカーブ」

「ち、ちと待てよ谷口」

 戸室が、悲鳴のような声を上げる。

「あのカーブを打つのは、さすがにきついぜ。スピードがある上に、手元でくくっと曲がる。正直、当てるのが精一杯だ」

「違うぞ戸室」

 キャプテンは、微笑みを湛えた目で言った。

「みんなも聞いてくれ。あのピッチャーの多彩な変化球を、今すぐ打てとは言ってない。極端な話、三振したって構わない」

 ふふっと含み笑いを漏らし、さらに付け加える。

「それでも……さっきイガラシが投球で見せてくれたように、俺達も喰らい付いていこう。昨日のミーティングを思い出せ。どんな相手にも、たとえ劣勢を強いられても、最後まで粘り強く戦う。それが俺達、墨高の野球じゃないか」

 しばしの沈黙。だが間もなく、ナイン達は雄叫びを上げた。

「よぉし、やってやるぜ」

「ここからは俺達の野球をするんだ。箕輪の奴らに、見せ付けてやるっ」

 

 

3.練習の成果

 

「ストライク、ツー!」

 アンパイアのコールに、戸室はため息をついた。

 スローカーブでワンストライク目を取られた後の二球目、直球がやはり真ん中高めに投じられる。狙っていれば、高確率でヒットにできていただろう。

 勘弁してくれよ……と、密かにつぶやく。

 あの速いカーブ、さっき「当てるのが精一杯」なんて言ったけど、ほんとは軌道を見極めるのがやっとだぜ。追い込まれた今、投げられたら……

 眼前のマウンド上。児玉がワインドアップモーションから、三球目を投じる。警戒していた、あの速いカーブだ。咄嗟にバットを出す。

 鈍い音を立て、打球はバックネット近くまで転がった。ファールボール。ふぅ……と、思わず胸を撫で下ろす。

 良かった、何とかカットできたぞ。でも俺、カーブだと分かったってことは、ちゃんと軌道を目で追えてたってことだよな。何で……

 その時、脳裏に閃くものがあった。

 あっそうか、練習だ。何のこたぁない。俺達、毎日のフリーバッティングで、うちの投手陣の鋭い変化球を散々見てきたじゃねぇか。しかも、近頃は「ツーストライクまで見逃す」なんて、面倒な制約まで設けて。

 ほどなく、児玉が四球目を投じた。またも速いカーブ。一瞬バットを出し掛かったが、途中で「これは外れる」と判断した。

「ボール!」

 コールを聴いて、戸室はネクストバッターズサークルを振り向く。久保がマスコットバットで素振りしていた。そこに拳を軽く突き出す。

 行けるぞ、という意思表示だった。

 よしっ。自分でも信じられねぇが、ちゃんと見えてる。さすがに今すぐ打ち返すのは難しいが、ボールかストライクかくらいは判別できるぞ。そして、球筋を見極められたとなると……

 五球目。児玉は、スローカーブを投じてきた。

 やっぱり、次は緩急を付けてくると思ったぜ。けど……それくらいなら、うちの投手陣相手に嫌ってほど見させられてるんだっ。

 快音が響く。速いゴロが、一・二塁間を襲った。

 しかし、箕輪の二塁手・清水が、横っ飛びで捕球する。すぐさま一塁へ送球された。塁審の「アウト」のコールを聴くのと同時に、戸室はベースを駆け抜けた。

 くそっ……と、呻き声が漏れる。それでも、さっきまでの弱気は、いつの間にか消し飛んでいた。

 

「ああ、惜しいっ」

 イガラシの隣で、丸井が頭を抱えた。すでにバットを小脇に挟み、打席に向かう準備は整えている。

「……おかしいな」

「むっ、何がだよ?」

「えっ。いや、その」

 思わず発した独り言を聴かれてしまい、少し慌てる。

「あのスローカーブ、初回に見た時はもうちょい落差があったような」

「戸室さんが打ったの、マグレだって言いてぇのか」

「まさか……俺、そこまで意地悪じゃありませんよ」

「どうだか」

 突っ込む丸井を無視して、イガラシは半田に声をかけた。

「すみません。ちょっと教えて欲しいんですけど」

 半田はペンを止めて、顔を上げた。

「何だいイガラシ君」

「昨晩、遅くまで箕輪の過去の試合結果について、調べてましたよね」

「あ、うん。一通りは」

「あの児玉というピッチャーなんですけど……春の甲子園では、完投したんですか?」

「え……ううん。三人のピッチャーで継投してるよ。児玉君は、五回まで。その後は、今センターを守ってる上林君、最後はファーストの堤野君の順だね」

 分かったぞ、とイガラシは胸の内につぶやいた。

「それが、どうかしたの?」

 半田が怪訝そうに問うてくる。

「ええ。どうも、納得いかなかったんです。あれだけ力のピッチャーが、どうしてエースナンバーを付けていないのか。それと……なぜあそこまで、球数を減らすことに腐心したのか。けど、今の半田さんの情報で、おおよその見当が付きました」

 思わず「あっ」と声を発した。ふと周囲を見渡すと、ベンチ内の全員が、こちらに聞き耳を立てている。

「何か分かったのか」

 丸井がグラウンド上を気にしながらも、興味深げに問うてくる。

「はい。あのピッチャー、たぶん」

 イガラシは、声を潜めて答えた。

「スタミナに弱点があります」

 またしても快音。久保の打球が、飛び上がった清水の頭上を越えた。

 

 

 

※<第7話「」>へと続く。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第5話「ピンチをしのげ!巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編

※前話<第4話「これが箕輪(みのわ)の底力!の巻」>

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【目次】

  • ※前話<第4話「これが箕輪(みのわ)の底力!の巻」>
  •  <主な登場人物> 
  • 第5話「ピンチをしのげ!の巻」 
    • <ナレーション>
    • 1.イガラシと倉橋
    • 2.三人の“キャプテン”
    •  ※各話へのリンク

 

 

 <主な登場人物> 

谷口タカオ:三年生。墨谷高校野球部キャプテン。投手兼三塁手。ひたむきに努力する姿勢で、チームを引っ張る。

 

丸井:二年生。谷口の墨谷二中時代からの後輩。情に厚く、面倒見が良い。どんな時にも努力を惜しまない姿勢は、チームメイトの誰もが認める。

  

イガラシ:一年生。投手兼内野手。天才肌でありながら、努力の量は同じ墨谷二中出身の谷口や丸井にも引けを取らない。

 

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第5話「ピンチをしのげ!の巻」 

 

<ナレーション>

 

 箕輪は、やはり狡猾だった。

 

 派手さこそないが、上位下位とムラのない打線。厳しいコースに投げ込んだ速球や変化球をことごとくカットし、少しでも甘く入った球や威力のない球は、いとも簡単に弾き返される。

 

 それでもイガラシは、辛抱強く投げ続けた。

 

 毎回のように走者を背負いながらも、きっちり要所を締め、追加点は許さない。だが、箕輪打線の執拗な攻めに球数が増え、みるみる体力を奪われていく。

 

 一方、墨谷打線は箕輪の先発・児玉の時折甘く入る真っすぐに狙いを定め、再三チャンスを作った。しかし、要所で投じられる切れ味鋭い変化球を捉えることができず、散発に終わるのだった。

 

 そして――試合は、0対2と墨谷が二点ビハインドのまま、中盤の五回を迎えた。

 

 

1.イガラシと倉橋

 

 左打者の膝元を突いたボールが、シュートしながらすうっと沈む。箕輪の九番・山野は、それを微動だにせず見送った。

「ボール! ツーボール、ツーストライクっ」

 アンパイアのコールに、イガラシは唇を噛む

 くっ、手を出さねぇか。誘い球には乗ってこない、際どいコースはカットする、少しでも甘く入れば確実に捉える……こいつら、一体どんな鍛えられ方をしてきたんだ。

 細身ながら、山野の振りは鋭い。後続の上林と同じ、駿足巧打のタイプだ。前の打席では、バッテリーが打たせて取るつもりだった真ん中付近へのシンカーを捉え、ライト前へ運んでいる。当然、油断できない打者だ。

 その時、視界の隅に引っかかるものがあった。

 何かすぐに分かった。ファーストの加藤だ。さほど汚れてもいないのにユニフォームの土をはらったり、帽子のつばを直したりと、明らかに落ち着きがない。

「加藤さん」

 声を掛けると、少し間があってから「お、おう」と返事された。

「イーブンカウントです。奴らまた、何か仕掛けてきますよ」

「……ああ、分かってる。任せろ」

 何となく声に張りがない。どこか傷めているふうではないから、疲れているのだろうとイガラシは思った。

 無理ねぇか。あんだけ、相手に搔き回されたら……

 加藤の実力は、イガラシもよく承知している。墨谷二中時代から、堅守巧打の一塁手として活躍していた。部員数が増え、チーム内の競争が激化してからも、レギュラーポジションを一度たりとも譲らなかった男だ。

 その加藤にとってすら、いや墨谷ナインの誰にとっても、箕輪は未体験のチームだった。

 多彩かつ自在な攻撃。セーフティバント、バスターにエンドラン。しかも、ヒッティングと見せかけてバント、バントと見せかけてヒッティングと、偽装まで施す。

 守る側は、相手が「何をしてくるか分からない」感覚になり、かなり神経を擦り減らしてしまう。

この回の攻守交代時、加藤だけでなく、いつになく野手陣の足取りが重かった。四回まで無失策だが、ひとたび綻びが生じれば、ガタガタと崩れかねない。イガラシは、危機感を募らせていた。

 倉橋のサインにうなずき、五球目の投球動作へと移る。内角高めへ真っすぐ、これは全力で。空振りさせるか、詰まらせる狙いだった。

 その刹那、イガラシは「なにぃっ」と声を発した。

 山野はバットを寝かせ、走り出すような体勢でボールに当てた。コンッと澄んだ音を立て、打球は三塁線を緩く転がる。イガラシがマウンドを駆け下りた、その傍らで、キャプテン谷口の声が響く。

「任せろっ」

 谷口は素手でボールを拾うと、素早い動作で一塁へ送球した。それがショートバウンドになる。ファーストの加藤は、掬い上げるように捕球した……かに見えたが、そのミットからボールがこぼれる。山野はすでに、ベースを駆け抜けていた。

「セーフ!」

 一塁塁審が、両手を水平に広げる。

「すみません、キャプテン」

 加藤が頭を下げる。谷口は「いや違うぞ」と、笑って首を横に振った。

「今のは俺のミスだ。ボールの握りが不完全で、バウンドさせてしまった」

「どっちみちセーフですよ」

 イガラシは、二人の顔を交互に見て言った。

「加藤さんが捕球しようとする前に、あのバッターはもうベースを踏んでました。ツーストライクからセーフティバントを敢行するなんて、よほど自信があったんです」

 倉橋からの返球を受け取り、さらに付け加える。

「切り替えましょう。でないと、奴らに付け込まれますよ」

「あ……あぁ。そうだな」

 谷口はうなずき、自分のポジションに帰った。加藤もそれに倣う。

 打順はトップへと返った。イガラシがマウンドに戻り、セットポジションの構えを取った時、すでに上林が右バッターボックスで足元を均している。

 嫌な予感がしていた。

 確かに、どっちみちセーフのタイミングだが、別にイレギュラーしたわけじゃない。普段の加藤さんなら、難なく捕れたボールだ。やはり集中を欠いているのか。

 それ以上に、谷口さんが気になる。握り損ねたふうには見えなかったぞ。あれは……咄嗟に、肘をかばったんじゃ。

 ふふっと、含み笑いが漏れる。小さくかぶりを振った。

 いかんな。あまり考え過ぎちゃ、こっちが付け込まれちまう。一人ずつバッターを仕留めていくことに集中しねぇと……

 前傾し、倉橋のサインを確認する。

 球種は真っすぐ、高めに……ああ一球外せってことか。なるほど、さすが倉橋さん考えてるな。確かにそれが賢明だろう。駿足の九番が出塁し、上位打線。仕掛けるには、もってこいの状況だ。盗塁かエンドランか……とにかく、奴らの意図を探るんだ。

 すぐには投球しない。まず一塁へ、ゆっくり牽制球を放る。

 返球を受け取り、再びセットポジション。そして、今度はクイックで牽制。やはり反応素早く、山野はベースに飛び付いたものの難なく帰塁した。

 ふん、まるで慌てねぇな。並のチームなら、これでおとなしくなるんだが。さすが百戦錬磨の選抜優勝校だよ。けど、そういつまでも、アンタらの好きにはさせねぇからな。

 またもセットポジションから、今度こそ投球動作へと移った。クイックモーション。

「走った!」

 丸井が叫ぶ。

 えっ……と思ったイガラシの眼前で、上林は不自然なバットの振り方をした。惑わされたのか、俊敏な倉橋の送球がワンテンポ遅れる。ベースカバーに入った丸井がタッチに行く間もなく、山野は難なく二塁を陥れていた。

 な、なんて奴だ。あれだけ牽制して、しかもクイックで投げたってのに、丸井さんがタッチにも行けないとは。まさか……

 イガラシはタイムを取り、丸井の下へ駆け寄った。

「丸井さん、ちょっと」

「おう。どしたい」

 率直に尋ねる。

「後ろから見ていて、僕の投球で気になる点はありませんか?」

「何だよ、藪から棒に。あぁ……モーションを盗まれるような、癖がないかってことか」

 丸井は、しばし「うーん」と考え込む仕草をした。

「……癖とは違うんだが、強いて言やぁ」

「何です?」

「特にランナーが出た時なんだけどよ、もうちょい一球ごとに間を取った方がいいかも」

「投げ急いでるってことですか」

「む。投げ急ぎっていうほどでも、ねぇがな。意図的なんだろ?」

「ええ、バッターに考える時間を与えないように。それとテンポよく投げた方が、守りのリズムも良くなるので」

「分かってるさ。けど、奴ら……三回辺りから」

 ちらっと一塁側ベンチを見やり、囁くように告げる。

「ランナーが一塁に出るたびに、リードしながらタイミングを計ってた。おまけに何事か、一塁コーチャーの奴に度々耳打ちしてたぞ」

 ぎくっとする。言われてみれば、その辺りから箕輪が足を使うようになった。盗塁が三つ、エンドランが一つ。最初の盗塁こそ刺したが、あとは成功されてしまっている。

「……あ、あんなイガラシ」

 丸井がふと、穏やかな目で言った。

「この際、バックのことなんか気にすんな」

「は、はぁ」

「まっ練習試合なんだし、気楽にいけよっていうのが本音なんだが。そう言ったところで、おまえは耳を貸す質じゃねぇもんな」

「ど、ドウモ」

 イガラシは苦笑いして、指先でぽりぽりと頬を掻く。

「だったらせめて、間合いを取って上手く休め。相手があんだけ、えげつない野球をしてきてるわけだし。ちょっとくらいバチ当たらねぇだろ」

「……はい。ありがとうございます」

 礼を言うと、丸井は「よっよせやい」と狼狽える口調になった。

「こちとら、思ったことを言ったまでだ。礼なんて言われる筋合いねぇよ」

「そんなこと言って、顔が真っ赤ですよ」

「うるせぇ。口を開きゃ、人をからかいやが……まっ。と、とにかくだ」

 しどろもどろになりながらも、丸井は「頑張るんだぞ」と告げて、ボールを手渡す。何だかんだで気のいい先輩だ。イガラシは踵を返し、一人笑った。

 タイムが解ける。マウンドに戻ると、倉橋はすぐにサインを出した。

 真っすぐを外角高め、ボールに。なるほど……もう一球外して、様子を探るってことか。確かにそれが賢明だろうな。奴ら、調子付き始めてる。少しでもテンポを狂わせねぇと。

 念のため、二塁へ胸周りで牽制球を送る。まず、ゆっくりと。次はクイックで。さらに二球、繰り返す。ランナーを制してから、二球目の投球動作へと移る。

 その瞬間、上林はバットを寝かせた。サードの谷口、ピッチャーのイガラシ、ファーストの加藤が同時にダッシュする。

 ちぃっ、またバントかよ……あっ。

 イガラシの眼前で、上林はバットを横へ押し出す動きをした。打球は小フライとなり、前進してきた加藤の頭上を越えて、ちょうどマウンドと一塁ベースの中間地点に落ちる。

「投げるなっ!」

 谷口が叫ぶ。丸井が懸命のダッシュでボールを拾いに行く間に、上林は悠々と一塁ベースを駆け抜けていた。ランナーの山野は、スライディングもせず三塁を陥れている。

 イガラシは膝に右手を置き、ぐっと拳を握り込んだ。

 やられた……何か仕掛けてくると踏んでたんだが、まさかプッシュバントでくるとは。それも、あんな高めのボール球を。

 視線を相手ベンチへと向ける。なるほどね、とつぶやいた。

 四回まで静まり返っていた箕輪ナインが、俄かに活気づく。作戦でも伝え合っているのか、何事か話していた。

 奴ら、この五回が潮時と見ていたか。とうとう本腰を入れて、俺を……いや、俺達を潰しにきたな。

 すぐにタイムを取るかと思ったが、倉橋を見ると一塁方向を指差している。指示というより、こちらの意思を問いたい様子だ。サードの谷口を振り向くと、小さくうなずいた。バッテリーに任せるということらしい。

 イガラシは、敬遠を選択した。

 二番打者の清水が一塁へ歩くと、倉橋はマウンドに駆けてきた。ここで守備のタイムが取られ、他の内野陣も集まってくる。

 加藤が、開口一番「すまん」と頭を下げた。

「俺のせいだ。箕輪の奴ら、さっき俺がキャプテンの送球を取り損ねたのを見て、付け込むなら今だと狙ってきやがった。俺のせいだ……」

「やめて下さい」

 イガラシは、あえて突き放すように言った。

「こうやって動揺を誘うのが、箕輪の狙いなんです。加藤さんがさっきのプレーを引きずったら、それこそ奴らの思う壺ですよ」

「う……わ、分かった」

 倉橋が「もういいから」と口を挟む。

「それより……これで、良かったのか?」

 さすがに、心配そうな眼差しを向けてきた。

「ノーアウト満塁で、三、四番だぞ。一本出れば……」

「次善の策ってやつですよ」

 きっぱりと答えた。

「あの清水って二番打者は、曲者です。ここで何か仕掛けられて、失策絡みで点を失えば、この試合だけじゃなく当分立ち直れなくなりますよ。それより……満塁で中軸打者に一本浴びる、っていう方が、まだ諦めも付くじゃないですか」

 大量失点のリスクはあるが、守りやすくはある。一・三塁だと、相手は策を無限に考えられるのだ。内野守備がこれ以上掻き回されると、単に投手が打ち崩されるよりも、チームとして大きなダメージを受けてしまう。

「……おまえ、そこまで考えて」

 倉橋は、ため息をついた。

 

2.三人の“キャプテン”

 

「……さすがだな」

 傍らで、谷口がおもむろに口を開いた。

「こんなにも冷静に、戦況を判断できるとは。やはり全国優勝の経験はダテじゃないってことか。イガラシのような人材は、そうそういるもんじゃない」

 イガラシは、黙って聞いていた。相手が何を言おうとしているのか、おおよそ見当がつく。

「けどな、イガラシ。だからこそ」

 微笑みを湛えた目で、もう一度「だからこそ」と繰り返す。

「……俺はキャプテンとして、これ以上おまえを無理させるわけにはいかない」

 キャプテンは、静かに告げた。

「この後は、俺が投げる」

 やっぱりな、と密かにつぶやく。

「ベンチじゃない。イガラシには、まだ打つ方で頑張ってもらわないといけない。俺の代わりに、サードに入れ」

「おい谷口。そんな急に登板して、平気なのか」

 事情を知るバッテリーよりも先に、横井が異を唱える。

「今日はおまえ、ろくにアップもしてねぇだろ」

「どうした横井。こういう形でのリリーフって、今までも結構あったろ」

「けど……これは公式戦じゃないんだし、無茶しなくても」

「何言ってる。練習試合で一年生に何百球も投げさせる方が、よっぽど無茶じゃないか」

 思わぬ谷口の剣幕に、横井は黙り込む。ほどなく倉橋が口を開きかけたが、それさえも目で制した。しばし気まずい沈黙が、周囲を包む。

 まずいな、とイガラシは思った。

 倉橋さんが今言いかけたのは、間違いなく谷口さんの肘の件だ。少なくとも試合が終わるまで、ナインには内緒にするつもりらしい。明らかにすれば、登板は止められるだろうが……それだとチーム全体が動揺して、試合どころじゃなくなっちまう。

「イガラシ、なぜ黙ってるんだ」

 珍しく谷口が、きつい口調になる。

「おい。何とか言えよ」

「まぁまぁキャプテン、こいつも何か考えがあるんでしょうよ」

 丸井の執り成しに、束の間安堵する。

 とにかく今の谷口さんじゃ、本来のボールは放れまい。いっそ、素直に交代を受け入れるか。打ち込まれたら、かえってすぐにリリーフが……いやダメだ。点差が付けば、この人のことだ。手負いを押して、完投すると言いかねない。あの谷原戦のように。

 相手の険しい眼差しを、正面から見据える。

 やっぱり、俺が続投して抑えるしかない。何とか谷口さんの気を変えさせなければ。でも、どうやって……

「ダメですよ」

 イガラシは、強い口調で言った。

「東実の奴らが、偵察に来てるんです。ここで僕が降板して、大量点を奪われるようなことがあれば、墨高の投手陣は『ファール攻めと機動力に弱い』って知らしめるようなものじゃないですか」

「気持ちは分かる。けど、これは練習試合なんだ。もし負けても、それを課題として、また夏大へ向けて頑張ればいいじゃないか。ここで何も、そんなにムキになることは……」

「いいえ、分かってません」

 やや声を潜めて、言葉を続ける。

「キャプテン。僕達の目標は、甲子園へ行くことなんですよね」

「もちろんだ」

「その意味、キャプテンは本当に分かってるんですか? 甲子園へ行くってことは、谷原や東実みたいな強敵を、いくつも倒さなきゃいけないんです。僕達みたいなチームがそれをやるには、毛ほどの隙も見せちゃダメじゃないですか」

「そのために、将来のある一年生を潰してもいいってのか」

「何かを成し遂げる上で、多少のリスクと犠牲は付きものです。キャプテン……谷口さんも、よく分かっているはずでしょう」

「それで昔みたいに、また肩を壊すのか」

 横井が、さすがに「落ち着けよ二人とも」と割って入る。

「どっちの言い分も分からなくはないが、ちと頭を冷やせ。味方同士で揉めてる場合じゃねぇだろ」

 隣で、加藤が苦笑いした。

「まったく。少しは丸くなったと思ってたが、相変わらずだなイガラシ」

 その時だった。

「……キャプテン」

 ふいに、静かな声が発せられた。思わぬ声の主に、この場にいる誰もが、意外そうな面持ちになる。

 それは、丸井だった。

「こいつの好きにさせてやりましょう」

 驚いたらしく、谷口は大きく目を見開く。

「何を言うんだ丸井。イガラシが過去、無茶な投球で故障してきたことは、おまえが一番よく知っているじゃないか。今また傷めるようなことがあれば、次はないかもしれないぞ」

「はい。でも……こいつが言ってることも、よく分かるんです。リスクは承知で、そういうギリギリの所で勝負できないと、上には行けないってことが」

 イガラシは、努めて陽気に言った。

「さすが丸井さん、よく分かってるじゃないですか」

 途端「てやんでえっ」と、凄まれる。

「人の気も知らねぇで。俺っちは今、キャプテンの後輩への心遣いに感動しながらも、だからこそ一緒に甲子園へ行きたい気持ちで、あえて異議を唱えたんだぞ。ええとタンチョウ、じゃなかった……イチョウ、むっ。何だっけ」

「断腸の思い、ですか」

「そう、それそれ……て、けっ。こんな時に、インテリぶりやがって」

 谷口が後方で「そんな大げさな」と苦笑いする。

「大体だな、イガラシ」

 丸井は腕組みをして、話を続けた。

「てめぇが全部悪いんだよ」

「はっ?」

「おめぇが湿っぽいピッチングしかできねぇから、キャプテンがこんなに心配してんじゃねぇか。そんな奴が、他校がどうのとか、偉そうに語る筋合いはねぇ」

 捲し立てるように言って、丸井はふっと笑みを浮かべる。

「そんだけデカイ口、叩くんなら……抑えてみろよ。粘られて球数が増えるだと? だったら、当てさせるなよ。三球でビシッと、掠らせずに仕留めてみやがれってんだ」

「おいおい……相手がどこか、分かって言ってんのか」

 加藤が呆れ顔で、口を挟む。

「中学で戦った青葉や和合とは、ワケが違うんだぞ。箕輪は高校の、それもトップレベルのチームなんだ。そこ相手に、イガラシはむしろ健闘してる方だろ」

「こいつが偉そうな口利くからだよ。その自信なら、箕輪どころか王、長島だろうがベーブ・ルースだろうが、ちっとも怖かないんだろ」

「……ははっ」

 イガラシは、笑い混じりに答えた。

「相変わらず、酷な“キャプテン”だぜ」

 

 タイムが解け、内野陣がポジションへと散っていく。一人残った倉橋が、口元をミットで覆いながら「どうする?」と問うてきた。

「おまえの望み通り、続投することになったが、こうなったら抑えなきゃ意味ねぇぞ。すでにアップアップだったってのに……何か、策でもあるのか」

「当然です」

 イガラシは即答した。

「それがなけりゃ、素直に降板してますよ」

「何だそりゃ。勿体ぶらずに、さっさと教えろよ」

「そう特別なものじゃないです。今日、唯一……出してないサインがありましたよね」

 箕輪のランナーに聴こえないよう、こっそり耳打ちする。

「……おいおい」

 倉橋の顔色が変わる。苦笑い混じりに言った。

「危険すぎねぇか。少し間違えば、その一球で」

「もし、そうなったら……その時はおとなしく降板します」

「んだよ。あんだけ啖呵切っといて、もう弱気になったのか」

「まさか……でもどっちみち、こういう局面を乗り越える力がなければ、遅かれ早かれ潰されます。その意味では、良い予行演習じゃないですか」

 相棒の目を見上げ、イガラシは笑って見せた。

「箕輪の奴らと、スタンドで高みの見物を決め込んでいる佐野達に、今こそ見せ付けてやりましょう。俺達の……墨高の、底力を」

 二人の眼前には、箕輪の三番打者・児玉が二度、三度と素振りを繰り返していた。やがて、その鋭い眼光がこちらに向けられる。

 ほどなく、アンパイアが試合再開を告げた。

 

 

※<第6話「見せつけろ!墨高野球の巻」>へと続く。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第4話「これが箕輪(みのわ)の底力!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編 (※2019.8.16一部修正)

※前話<第3話「打たせて取ろう!の巻」>

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【目次】

  • ※前話<第3話「打たせて取ろう!の巻」>
  •  <主な登場人物> 
  • 第4話「これが箕輪(みのわ)の底力!の巻」
    • 1.佐野と倉田
    • 2.イガラシ
    •  ※各話へのリンク

 

 

 <主な登場人物> 

谷口タカオ:三年生。墨谷高校野球部キャプテン。投手兼三塁手。ひたむきに努力する姿勢で、チームを引っ張る。

 

丸井:二年生。谷口の墨谷二中時代からの後輩。情に厚く、面倒見が良い。どんな時にも努力を惜しまない姿勢は、チームメイトの誰もが認める。

  

イガラシ:一年生。投手兼内野手。天才肌でありながら、努力の量は同じ墨谷二中出身の谷口や丸井にも引けを取らない。

 

 佐野:東実野球部。二年生にして、名門・東実のエースの座をほぼ手中にする。青葉学院出身。中学時代は、谷口ら墨谷二中と三度に渡り鎬を削った。快速球と切れ味鋭い変化球を武器とする本格左腕投手。

 

倉田:東実野球部の一年生。佐野と同じ青葉学院出身。中学時代は、春の選抜で準優勝を果たしたものの、夏は地区大会の準決勝で井口擁する江田川に完敗する。ボールの威力は、佐野にも引けを取らない。

 

 

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第4話「これが箕輪(みのわ)の底力!の巻」

  

 

1.佐野と倉田

  

 バックスタンドの客席は、まるで石段のような造りだった。

 今座っている右側を、手持ち無沙汰に撫でてみる。かなり湿気を含んでいた。こりゃ降るな、と思った矢先、小雨がぱらつき出す。

「佐野さん。どうされます?」

 斜め後方に座る一学年下の後輩・倉田に尋ねられる。

「風邪でも引いたらコトですし、屋根の下に移動しますか?」

「構わん」

 即答し、にやっと笑ってみる。

「誰が譲るかよ。奴らを丸裸にするのに、こんな特等席そうねぇぞ」

 バックネットの向こうに、黒褐色のグラウンドが広がっていた。

 土に汚れた四つの白いベースが、ダイヤモンドを形成する。そこから抜け出るように、スリーアウト目を奪った墨谷ナインが、三塁側ベンチへと引き上げていく。

 心なしか、いや……明らかに重い足取りだ。

 ふん、何とか二点で食い止めたか。相変わらずしぶといな。けどこの調子じゃ、崩れるのも時間の問題だろうよ。

「……それよっか倉田」

「あ、はい」

 皆まで言わなくとも理解したらしい。倉田はスコアブックを開いたまま、指を折り曲げる仕草をした。

「……ええと四十七球です、初回と合わせて七十七」

「はっ蟻地獄だな。足掻けば足掻くほど、箕輪の奴らの思う壺ってワケだ」

 佐野の眼前。イガラシは一旦ベンチに引っ込んだが、すぐにまた打者用ヘルメットを手に姿を現した。ネクストバッターズサークルに屈み込み、打席に備える。

「けど、ちょっとやり過ぎじゃないですか」

 倉田が鉛筆を握ったまま、眉を顰める。

「バント攻め、ファール攻めなんて……練習試合で、そこまでしますかね」

「練習試合だからすんだよ」

 佐野は、欠伸混じりに言った。

「ついでに言やぁ、他府県のチームとの試合だからな」

「どういうことです?」

「おまえも聞いたろ。箕輪はエースが故障して、ほぼ再起不能だってよ。言ってみりゃ、奴らは控え投手だけで、夏大に臨まなきゃなんねぇ。それに……箕輪って、墨谷と同じ公立校だそうじゃねぇか」

「らしいですね。谷原や西将みたいに、黙ってても逸材が入部してくるような野球部とは、ちょっと毛色が違うというか」

「まぁうちも大概だけどな。とにかく、限られた戦力で勝とうと思ったら、なりふり構ってらんねぇだろ。かといって、地区でぶつかる同県のチームに、手の内を晒すわけにもいかねぇしよ」

「つまり……この試合で夏大の戦い方を完成させるのが、箕輪の目的ってことですか」

「簡単に言うと、そういうこった」

「だと、しても……」

 倉田が肩を竦めた。長身ながら、まだ顔立ちにはあどけなさが色濃く残る。

「曲がりなりにも甲子園出場校が、墨谷みたいに地区でやっとシードを獲ったチーム。それも一年生投手を相手に、何もここまでやらなくても」

「おい。てめぇは馬鹿か」

 つい尖った物言いになる。

「負けたら終わりの世界だぜ。シードがどうの、学年がどうの、言ってる場合かよ。そんな甘っちょろいことぬかしてるから、てめぇらは江田川ごときに負けたんだ」

 頬を紅潮させ、後輩は口をつぐんだ。ちったぁ分かってくれよ……と、佐野は密かにため息をつく。

 青葉学院時代から、倉田とはブルペンでよく隣になり、お互い競い合いながら投げ込みやトレーニングに励んできた。持っているボールは、自分とさほど変わらない。部長を始め、“倉田は佐野の後継者”と多くの者が称した。

 ただ佐野に言わせれば、倉田は“甘い”。投手にしては、人が好すぎるのだ。それが一球の選択に、打者との駆け引きに、大きく災いしてしまう。公式戦デビューを右腕の大橋に先んじられたのも、純粋な実力というより、性格面を危惧されてのことだった。

「倉田。目ん玉かっぽじいて、よく見とけよ」

 佐野は、声を潜めて言った。

「箕輪の戦いぶりを。勝つというのは、こういうこった」

 情けは無用。一瞬の油断が命取りになる。また時として、個々の力量より彼我の戦力差より、勝利への執念。その一点だけで相手を凌駕することもある。

 佐野自身、三度に渡る墨谷二中との激闘で、それを嫌というほど思い知らされた。

 負けることなど微塵も考えなかった。墨谷二中を侮ったつもりはない。しかし、選手層からいっても経験値からいっても、負ける要素は見当たらなかったのだ。

 それが、二度も煮え湯を飲まされた。しかも最後の対戦では、極度の消耗で途中降板せざるを得なかった。情けないと言うほかない。医務室の薄暗い天井を睨み、ベッドを何度も殴りながら、なぜ負けたのだ……と自問自答を繰り返した。

 今なら分かる。結局、気持ちで負けたのだと思う。

 こちらの慢心ではない。全国大会のことも、自身の体を庇うことさえも慮ることなく、ただ目の前の試合を勝つことだけに闘志を燃やす墨谷二中の執念が、こちらの想像を遥かに超えていたのだと。

「……まっ確かに、イガラシと墨谷には気の毒だが」

 現へと思考を戻し、一つ吐息をつく。

「けど奴らにとっても、いい勉強だろうよ。本気で甲子園を狙うってことは」

「……あの」

 しばし黙していた倉田が、ふいに口を開く。

「勘違いだったら、申し訳ないですけど」

「何だよ勿体ぶって。言いたいことがあんなら、はっきり」

「先輩、さっきから……つまらなさそうっスね」

「む。そうか?」

「ええ。その……墨谷があっけなくやられそうなもんで、張り合いを失くしたのかなと。先輩は、墨高……というより墨谷二中と、因縁浅からぬ関係だそうですし」

 思わず「はぁ?」と声が裏返る。

「んなわけねぇだろ。俺はただ、目障りな芽を摘み取っておきたいんだ。実際問題、うちは墨高を苦手としている。箕輪の戦法が、奴らの攻略法として使えるのなら、ありがたく持ち帰らせてもらう。そんだけのこった」

「先輩、それって……かなり墨谷を意識してるってことじゃ」

「うるせっ。おまえもイガラシと同じ一年坊のくせに。人をからかう暇があんのなら、せめて夏大のベンチ入りメンバーに選ばれてみろ」

「……選ばれると、思いますよ」

 倉田は、眉一つ動かさず答えた。

「自分で言うのも何ですけど……先輩の次に結果出してるの、俺なので」

「はっ。練習試合でちょっと抑えたくれぇで、大口叩いてんじゃねぇよ」

 鼻で笑ってみたものの、そうだろうなと思う。東実高野球部は、実力主義だ。その上、ここ数年は投手力が弱いと言われ続けている。倉田ほどの実力者を、一年生だからと応援団に回すほどの余裕は、今のうちにはないだろう。

 なら……そちらさんは、どうするよ。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールが響いた。三振を喫した墨高のキャプテン・谷口が、苦悶の表情で引き上げてくる。

「児玉さん、調子上げてきましたね」

 倉田が、独り言のように言った。

「初回は、真っすぐが何球か甘いところに来てたのに、今は全部厳しいところに」

「……あぁ」

 つい曖昧な返事をしてしまう。

 四番だから警戒したのか。にしても一球目のアウトロー、四球目のインロー。いずれも、どんぴしゃのコースだったな。まさか“あれ”は、罠なんじゃ……

「次はイガラシですね」

「ああ。ったく、一年坊に五番を打たせるたぁ、墨高はどこまで人材がいないんだよ」

「さすがに、それは違うでしょう」

「む……だな」

 俺も無駄口を叩きすぎたな、と反省する。

 二人の眼前で、イガラシは戻ってきた谷口と幾らか言葉を交わしてから、打席へと駆け出す。その途中、ふいに立ち止まり、こちらを振り向く。

 気のせいか。いや確かに……イガラシは、にやりと笑みを浮かべた。

 ふん、強がる余裕はあるってことか。まぁ結構なこった。しかし……これだけ攻め立てられて、いつまで持ち堪えられるかな。

 イガラシは踵を返し、ほどなく右バッターボックスへと足を踏み入れた。マウンド上では、児玉がロージンバックを放り、次の投球に備える。

 さぁどうするイガラシ。俺は別に、てめぇらが泣こうが負けようが、知ったこっちゃねぇ。このままボロボロにやられちまうのなら、それでもいいぜ。けど……あんまり順当に行き過ぎるのも、つまんねぇだろ。

 佐野は前傾し、グラウンド上を凝視した。

 抗えるものなら、抗ってみな。かつて俺達にそうしたように。箕輪という全国トップクラスのチームに、おまえらがどこまで喰らい付いていけるか。ここで、じっくり見せてもらうぞ。悪く思うなよ、墨谷“二中”……

 

2.イガラシ

 

「追い込まれると、やはり厳しいな」

 苦笑いを浮かべ、谷口タカオが囁くように告げた。険しい眼差しに、三振を喫した悔しさが露骨なほど滲む。

「スマン。何とか、出塁したかったんだが」

「仕方ないですよ」

 マスコットバットを足元に置き、イガラシは返事した。

「見込みが外れて……甘いコースには、一球も来なかったですから」

 

 二回裏。墨谷ナインは箕輪の先発・児玉の攻略法について意思統一を図る。

 多彩な変化球を操る児玉は、追い込まれると的を絞りづらい。それを避け、時折甘く入ってくる真っすぐを狙い打つという狙いだった。

 ところが谷口の打席では、速球が二球とも内外角の厳しいコースを突く。追い込まれた谷口は、大小のカーブを辛うじてカットし粘るも、最後はバットが空を切る。

「空振りした球は、フォークですか?」

「そのようだな。半田から聞いて頭には入れてたが、思った以上の落差だったぞ」

「なるほど、用心します」

 ネクストバッターズサークルを出て、イガラシは谷口と入れ替わるように、打席へと向かった。途中、ふと足を止め、バックスタンドを見上げる。

 客席では、東実の佐野と倉田の二人が、高みの見物を決め込んでいる。わざと視線をぶつけた。向こうも気付いたらしく、しばし睨み合う格好になる。

 イガラシは、にやっと笑って見せた。無論、挑発の意図だ。

 のこのこ偵察にやって来たこと、後悔させてやる。試合が終わる頃には、二人とも血の気が引いてるだろうよ。そちらとしては、今度こそっていう意気込みだろうが……二度あることは三度あるんだぜ、佐野さん。

 イガラシが右バッターボックスに入ると、児玉はロージンバックを放った。その無造作な動作に、つい苦笑いしてしまう。

 ほどなく児玉は振りかぶり、第一球を投じた。

 速球だったが、力んだのかホームベース手前でワンバウンドする。捕手の中谷は返球すると、両肩を回し「楽に」と合図した。児玉は「スマン」とでも言いたげに、片手で拝む仕草を見せる。

 コントロールが悪いだけなら楽なんだが、立ってりゃいいとか思ってると……

 二球目。速いカーブが、外角いっぱいに決まった。さほど落差はないが、打者の手元で鋭く曲がる。谷口さん、よく当てたな……と胸の内でつぶやく。

 なかなか面倒だな。大きく外れたかと思いきや、今みたく急に良い所に来たりする。

 こういう適当に荒れているタイプの投手が、最も攻略し辛い。狙い球を絞りにくいのだ。おまけにカーブといい、さっきのフォークといい、変化球は一級品だ。

 さて、どうしてものか……むっ。

 児玉は、ほとんど間を置くことなく、三球目を投じた。今度はストライクのコース。低めではあるが、やや内寄りに入ってくる。

 逃すかよっ。少し肘を畳み、振り抜いた。

 速いゴロが、三遊間のほぼ真ん中を破る。レフト前ヒット。イガラシが一塁ベースを蹴り、二塁へと行きかけたところで、内野に返球された。

 帰塁し、両手を広げてみる。痺れこそないが、バットがボールを捉える瞬間、押し込まれるような感覚があった。やはり球質は重い。

 このボール、近藤の真っすぐと似てるな。なるほど制球がアバウトでも、そう点を取られないわけだ。確かに、よほどパワーのある打者じゃないと、一発長打は難しい。

 広げた両手に、ぽつりぽつりと冷たいものが落ちてくる。雨だ。二回の攻守交替時から降り始めている。今はぱらつく程度だが、空模様からして、これから本降りになる。

 イガラシは上空を仰いだ。厚い灰色の雲が、さらに黒ずんでいく。

 雨のせい、じゃないな。何だか嫌な感じがするぜ。谷口さんのことか? いや、違う。もっと別の、何かとても重要なことを、俺は見落としてるんじゃ……

 六番打者の横井が、右バッターボックスに入った。その肩越しに、ベンチの谷口からのサインを確認する。送りバントのサインだ。

 まぁ妥当だろうな。あのピッチャー、まだ制球が定まっていない。得点圏にさえ置いてくれりゃあ、ヒットでも失策でもホームまで還ってみせる。

 イガラシは、横目でちらっと、箕輪内野陣の守備シフトを見やった。送られてもいいという考えなのか、一塁手の堤野、三塁手の武内ともに、ベース寄りの深い位置だ。相手の意図はともかく、これならバントし易いだろう、と安堵する。

 頼むぞ横井さん。奴らのペースにさせないためにも、ここは一点でも返したい。

 マウンド上。児玉がセットポジションになり、投球動作へと移った。横井はすぐさま、バットを寝かせる。

 その刹那、なにっ……とイガラシは呻いた。

 児玉の投球と同時に、堤野と武内が鋭い出足でダッシュする。イガラシはすぐにスタートを切りたかったが、横井の打球がハーフバウンドとなり、動けない。

「へいっ、セカン!」

 三塁手の武内が捕球し、すかさず二塁へ。五-四-三。まさに閃光のような送球が、あっという間に一塁ベースまで到達した。送りバント失敗、ダブルプレー

 驚くより嘆くより、感嘆の吐息が漏れる。自然と笑いが込み上げてきた。

 すげぇっ。何て守備してんだよ……いや、それだけじゃない。ファーストとサードが深めに守っていたのは、相手にバントさせるための罠だったんだ。させた上で、刺す自信があったってことか。

 もう一度、すげぇ……と密かにつぶやく。

 これが箕輪高。これが昨年の選抜甲子園で優勝し、今年はエース不在ながら連続出場を果たしたチームの、底力ってワケか。

 

 

 

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<過去記事紹介>”夏に勝てない沖尚”からの脱却なるか!? (2019年 沖縄の高校野球)

【目次】

  • 0.はじめに
  • 1.“夏”に勝てない沖尚
  • 3.当時との考えの比較
  • 4.今年のチームは、“力を磨く機会”が与えられた
  •  【関連記事一覧】

 

 

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0.はじめに

 

 沖縄尚学が、5年ぶりに夏の甲子園大会に帰ってくる。

 

 平成以降の沖縄高校野球を牽引してきたチームの一つが、この沖尚であることは、論を待たない。夏8回、春6回の甲子園出場。

 

 象徴的なトピックスを挙げるだけでも、99年・08年の選抜優勝。13年の明治神宮大会優勝。14年の春夏連続8強。

 まさに沖縄勢“躍進”の象徴とも呼べる存在である。

 

1.“夏”に勝てない沖尚

 

 ただ、この沖尚……なぜか“夏”に勝てないと言われ続けてきた。

 

 正確には、高確率で初戦突破は果たすのだが、どういうわけか「二勝目」の壁が高かった。選抜初優勝を果たした99年、“タレント軍団”と言われた05年、いずれも夏は二戦目で敗退。

 

 二度目の選抜優勝を果たした08年は、今度こそ夏も……との期待が掛かったが、県大会決勝で浦添商業との“世紀の一戦”に敗れ、千載一遇のチャンスを逃してしまう。久々の出場となった13年夏にも、やはり二戦目で惜敗。翌14年夏、ようやく初の二勝目を挙げたが、そこで力尽きたのか準々決勝で完敗。

 

 私は、沖縄の高校野球ファンの一人として、長年なぜ沖尚が夏に勝てなかったのかを考え続けてきた。その途上で、スポーツナビ+時代に記事を書いた。今と考えが多少違っている部分もあるが、以下に紹介する。

 

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