南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

(2024.5.27『続・プレイボール』最新話更新!)【野球小説】『続・プレイボール』『続・キャプテン』 ~各話へのリンクその他~ <ちばあきお『プレイボール』『キャプテン』二次小説>

【野球小説】続・プレイボール

 

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【目次】

 

1.あらすじ 

(1)続・キャプテン

 ちばあきお「キャプテン」の”もう一つの”続編。

 物語は近藤キャプテンを主人公として、春の選抜大会で敗れた直後から始まる。「来年さらに強くなる」ことを目標に再スタートした現チーム。しかし”夏”もあきらめたわけじゃない。近藤流チーム作りとは!? 

 

(2)続・プレイボール

 ちばあきお「プレイボール」の”もう一つの”続編。

 物語は、あの谷原との練習試合に大敗した直後から始まる。キャプテン・谷口タカオ率いる墨谷高校野球部は、夏の甲子園出場を果たすことができるのか!?

 

2.目次(各話へのリンク) ※2024.5.27最新話更新

<『続・キャプテン』>

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<『続・プレイボール』>

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3.その他関連リンク

①感想掲示

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②小ネタ集(※ギャグテイスト)

 

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ちばあきお『プレイボール』『キャプテン』関連批評記事

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【野球小説】続・プレイボール<第81話「新たなる挑戦!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第81話 新たなる挑戦!の巻
    • 1.快進撃の余波
    • 2.チームの成長
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

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<外伝> 

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 第81話 新たなる挑戦!の巻

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1.快進撃の余波

 

 荒川近くの下町は、朝から真夏の日差しが厳しい。時折チュンチュンとスズメが鳴いている。

 谷口宅の茶の間では、父が朝食の味噌汁をすすりながら、新聞を広げていた。紙面には「初出場の墨高ベスト8進出!」「九回裏二死無走者からの劇的逆転勝利!!」の見出しとともに、試合後スタンド前で挨拶する墨高ナインの写真が掲載されている。

「見ろよ母ちゃん」

 傍らでご飯をかきこむ母に、父は紙面を見せる。

「タカのやつ、えれえことをやっちまいやがったよ」

 あれま、と母は目を見開く。

「こんなに大きく新聞にのっちゃって。やっぱり甲子園てのは、そんなにすごいのかい」

「あたりめえよ。なんたって毎年夏の風物詩だし、全国の高校球児にとって憧れの舞台だからな。そこで初出場にしてベストエイト入りつうんだから、いまやタカ達は世間の注目の的ってわけよ」

「そうかい」

 母が珍しく感慨深げな目をした。

「気づけばあの子、ずいぶん遠いところに行っちまったんだねえ」

「おうよ。おれ達のセガレも、いまや立派な男だぜ」

 そう言って、父は紙面を読み進めていく。

「ふむふむ、準々決勝は明日か。こりゃまた、昼間から大っぴらに酒が……」

 ゴチン、と母のゲンコツが飛ぶ。

「調子にのるんじゃないよ。このヨッパライが!」

「オチー、すぐ手が出るんだから。このカンシャク女め」

「なんか言ったかい?」

 母に睨まれ、涙目の父は「な、なんでもありましぇん」と笑ってごまかす。

 

―― この日、甲子園球場では第一試合の後、準々決勝の組み合わせ抽選が行われた。

 抽選の結果、墨高は東海の強豪にして優勝候補の一角・中陽(ちゅうよう)との対戦が決まった。

 

 昼下がり。墨高ナインは大阪市内にて、移動のバスの車中にいた。

「みんな、きのうの疲れはないか?」

 前方の席より、キャプテン谷口は振り返り、ナイン達に声を掛けた。

「なーに平気さ」

 横井が笑って答える。

「午前中、ゆっくり過ごさせてもらったし」

「む。そういや昨晩、田所さんには参ったよな」

 隣の席で、戸室が呆れ顔で言った。

「夜分遅く旅館に電話をかけてきて、一人一人かわれ、だってさ」

 丸井が後列でプクク、と可笑しそうに肩を揺する。

「かなり興奮した様子でしたものね」

「しかしあの人、あんな調子で電気屋の仕事はまともにこなしてんのかね」

 横井の言葉に、倉橋が「まあそう言うな」と、たしなめるように言った。

「おれ達がここまで来られたのも、あの人の数々の支援あってのものだ。そこは忘れないようにしねーと」

「それはそうだな」

 横井は素直に認める。

「田所だけじゃないぞ」

 ふいに最後尾の席より、部長が発言した。

「おまえ達の活動費、その他もろもろの経費は、すべてOB会を始め本校卒業生、近隣住民の方々といった、多くの人達の寄付金によってまかなわれておる。ちゃんと感謝の気持ちを持たないとな」

 ナイン達は「はいっ」と、声を揃える。

 バスはさらに大阪市内を走り続けた。真夏の日差しが降り注ぐ繁華街を、人々が汗を拭いながら行き交う。

「それにしても。強豪の聖明館をやっとかっと倒したと思ったら、つぎは優勝候補の一角、中陽と当たるハメになるとはな」

 横井が溜息混じりに言った。たしかに、と戸室が同調する。

「たしか中陽のエース野中は、西将(せいしょう)の竹田や箕輪(みのわ)の東と並んで、大会屈指の好投手として名高いやつだろう」

 半田が「そうですね」と相槌を打ち、手元のメモ帳を広げる。

「後でくわしく説明しますが、野中投手は速球と多彩な変化球を武器に、ここまでの三試合わずか一点におさえています」

「そういや中陽は、昨夏今春と連続して甲子園に出てるんだっけ?」

 倉橋の質問に、片瀬が「ええ」とうなずく。

「今大会で三季連続の出場となりますね。しかも昨夏は四強、今春は八強で敗れてますから、今回はまちがいなく優勝をねらっているはずです」

 谷口はもう一度ナイン達を振り返り、「スマン」と苦笑いする。

「抽選で避けられればよかったんだが……」

「なに言ってんだよ」

 真顔で口を挟んだのは倉橋だ。

「全国大会のベストエイトなんだぜ。ラクな相手なんて残ってるはずねーよ。どこが来ても、そう大差ないだろうぜ」

「倉橋さんの言うとおりですよ」

 イガラシが言葉を重ねた。

「どっちみち優勝をねらうのなら、いずれ倒さなきゃいけない相手ですからね。日程も詰まってきますし、余力のある状態で戦えるのは、むしろラッキーじゃありませんか」

 隣で、井口が「ハハ」と呆れ笑いを浮かべる。

「あいかわらず、おまえは強気だな」

「しっかし、まあ倉橋じゃないけどよ」

 ふと横井が、吐息混じりに言った。

「自分でも不思議なんだが、正直もうどこが相手と聞いても、さほど気持ちが波立たないんだよ」

「おれも同じです」

 後列より、島田も発言する。

「いぜんなら中陽のようなチームと対戦となれば、少なからず動揺してたんですけど、いまはみょうに落ちついていられます」

「それはきっと、慣れじゃないスか」

 イガラシが僅かに笑みを浮かべて言った。

「これまでだって、ぼくらは名のあるチームをいくつも破ってきたじゃありませんか。そうして、いまここにいるんですから」

 む、と横井がうなずく。

「言われてみりゃ、そのとおりだな。おれ達もっと自信を持っていいんでねえの」

 三年生の言葉に、周囲から「ああ」と、同調する声が聞かれる。

 一連の光景に、谷口は「へえ」と目を丸くする。

(きのうの試合を乗りこえて、やはりみんな、どこか雰囲気が変わったな)

 その時、チョンチョンとユニフォームの袖をつつかれた。

「キャプテン」

 振り向くと、すぐ後ろの席で、丸井が怪訝そうな目を向けている。

「どうしたんスか、そんな狐につままれたような顔して」

「いや……なんでもない」

 谷口は微笑んで答えた。

 ほどなくバスは繁華街を抜け、この日の練習場所となる大阪市郊外の運動公園へと差し掛かる。

「なんだありゃ」

 窓の外の光景に、丸井は目を見開いた。他のナイン達も同様の反応をする。

 公園周辺には、人だかりができていた。

「すげえ人だな」

 倉橋が呆れたふうに言った。

「ひょっとして、有名歌手のコンサートでもやるんかな」

 暢気そうにつぶやいたのは鈴木だ。バカいえ、と丸井が突っ込む。

「もしそうだとしたら、前もって知らされてるはずじゃねえか」

 ざわめく車内。そのうち丸井が「あり」と、つぶやく。人々の視線は、どうやら自分達に向けられているらしかった。

「まさか目当ては、おれ達?」

 やがて見物人の一人が声を上げた。

「見い、墨谷ナインや」

 そして周囲から拍手が沸き起こる。

「きのうの逆転勝ち、すごかったで!」

「うむ。ツーアウトからの逆転ホームラン、ありゃしびれたわあ」

「しかも初出場校の中で、唯一ベストエイトに勝ち残うとる。ほんま大したもんや」

 そんな会話も聞こえてくる。

「ほえー」

 丸井がすっとんきょうな声を発した。

「おれっちらいつの間にか、こんなに有名になってたのだ」

 傍らで、加藤が「む」とうなずく。

「今朝の新聞にも、きのうの試合のこと、大きくのってたものなあ。いまやうちは、大会の注目チームの一つってわけだ」

 観衆の中を通り抜けるようにして、バスは公園内の駐車場に停車した。そして墨高ナインは道具を運び出し、グラウンドへと移動する。その間も、数人から声援が飛ぶ。

「墨谷、がんばりやー!」

「応援しとるで。このまま優勝や!!」

 鈴木と二人でベース入りの籠を運びながら、丸井は「ハハ」と苦笑いする。

「優勝だって。そりゃいくらなんでも、ちと気が早くねえか」

「まあいいじゃない、それだけ期待されてるってことで」

 相変わらず鈴木は暢気そうだ。

「じっさい、もう甲子園のベストエイトまで来ちゃったわけだし。おれ達ひょっとすると、ひょっとしちゃうかもよ」

「バーロイ。そんな簡単に言うんじゃねえよ」

 丸井は青筋を立てて言った。

「倉橋さんも言ってたが、ここまで残ったチームはすべて強敵ぞろいだ。おまけに準々決勝以降は、休みなしで試合をこなさなきゃいけないんだぞ。そんな甘かねえよ」

「なんだ丸井。おまえ弱気になってるのか?」

「んなわけあるか。おれは、現実ってもんの話をしてるの!」

 突っ込む鈴木に、ムキになる丸井。すると先にグラウンド入りした谷口が振り返り、声を掛けてくる。

「丸井、鈴木。なにをモタモタしてるんだ! すぐ練習を始めるぞ」

 丸井は「あ、すみません」と頭を下げた後、鈴木に向き直りギロッと睨み付ける。

「こんにゃろ。テメーのせいで」

 ほどなく、ナイン達はグラウンドで輪になり、ペアを組んでストレッチを始めた。

 丸井は土の上に長座し、そっと足を開く。そしてペアを組んだ横井に「あ、あまり強く押さなくて大丈夫スよ」と引きつった顔で言った。

「なーに。遠慮すんなって」

 横井は右こぶしを左手でポキポキと鳴らし、ぐいっと丸井の背中を思い切り押す。

「ギャーッ!!」

 丸井の悲鳴が響き渡る。隣で、倉橋が呆れたふうに言った。

「あいかわらず、体かてえのな」

 倉橋とペアを組む谷口は、くすっと笑う。そして他のナインへ声を掛ける。

「みんなもケガしないように、しっかりほぐすんだぞ」

 はいっ、とナイン達は応えた。そして各々ストレッチを行う。

 その後、墨高ナインは前後左右の間隔を空け二列になり、キャッチボールを始めた。「へいっ」「よしこい!」と掛け声が飛び交う。

 しばし続けた後、谷口は「高橋! 鳥海!」と一年生のペアを呼ぶ。

「無造作に投げるんじゃない。スナップを利かせて、指先でボールを切るようするんだ」

「は、はいっ」

「これは他の者にも言えることだぞ」

 今度は全員を見回し、谷口は話を続けた。

「練習で基本をおろそかにして、試合で急にできるはずないからな! どんな時でも基本を忘れるんじゃないぞ」

 ナイン達は「ハイ!」と声を揃える。

 その間も、グラウンドの周囲を見物人がずらっと取り囲んでいた。

「なるほど。基本を大事にね」

 また見物人の一人が言った。

「あのキャプテンええこと言うわ」

「それより見いや、あいつらの様子」

 別の見物人が、感嘆の声を発す。

「これだけの観衆に見られとるいうのに、ちいとも動じてへん。ベストエイトまで勝ち残った自信やろな。どいつもこいつも堂々としとる」

「言われてみれば、そやなあ。とても初出場のチームとは思えへんで」

 見物人達の前を、白球が左右に飛び交う。ビュ、パシッ、ビュ、パシと、ボールが風を切る音、グラブで捕球する音が交互に聞こえる。

「墨谷って小兵のイメージやったんやが、気のせいやろか」

 一人が言った。

「やつら、ずいぶん大きく見えへん?」

「む。だいぶカンロクついてきたで」

 別の見物人が答える。

「昔からよく言うやろ、甲子園は選手を一回りも二回りも大きくするって。まして強豪をいくつも倒してきたチームやで。いままさに成長中といったところやないか」

 周囲の声をよそに、墨高ナインは淡々と練習を進めていく。キャッチボールの次は、ベースを並べて全員が守備位置に着き、シートノックを始めた。

キャプテン谷口自らがノッカーを務める。

「いくぞ。サード!」

 カキッと小気味よい音。三遊間に飛んだゴロを、サードに着いた岡村が軽快にさばき、一塁へ送球する。

「つぎ、ショート!」

 谷口の掛け声に、横井が「オウッ」と応えた。その斜め後ろにイガラシが控える。

 カキッ。二塁ベース左に飛んだゴロを、横井は回り込み正面で捕球した。そしてすかさず一塁へ送球する。

「もういっちょ。ショート!」

 同じく二塁ベース横へのゴロを、今度はイガラシが回り込んで捕球した。そして一塁へ矢のような送球。バシッ、とファースト加藤のミットが鳴る。

「ほほう。見事なもんや」

「守備はどこの常連校と比べても、見劣りせえへんで」

 見物人から感嘆の声が上がった。

(初のナイター試合の翌日だが、思ったよりみんな動きはいいな)

 ノックを続けながら、谷口は胸の内につぶやく。

(これなら明日も、ほぼベストコンディションで臨めそうだ)

 その後もグラウンド上では、カキッカキッという打球音、ナイン達の「へいへい」「さあこい!」という活気ある声が飛び交う。

 やがて時間が過ぎ、大勢いた見物人もまばらになっていく。

「谷口、そろそろ」

 傍らの倉橋に声を掛けられ、谷口は「そうだな」とうなずく。そして他のナインに「集合!」と声を掛けた。

 墨高ナインはグラウンド隅の木陰の下へ移動し、車座になる。

「やれやれ。ようやく静かになったぜ」

 横井が苦笑いして言った。む、と隣で戸室が同調する。

「注目されるのは悪い気はしないが、これだけ人目があると、おちおちミーティングもできないからな」

 風が吹き、ナイン達の頭上の木の葉がザワザワと揺れる。ミーンミーンとセミの鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。

「じゃあ谷口、たのむよ」

「うむ」

 倉橋に促され、谷口が口を開いた。

「対戦相手のことを話す前に、最大あと三試合と考えて、投手陣のローテーションを決めておこうと思う」

 そして投手陣一人一人と目を合わせ、登板予定を伝える。

「まず明日の準々決勝だが、先発は井口。その後はおれが継投する。いけるか井口?」

「もちろんっス。まかせといてくださいよ!」

 井口は鼻息荒くして答えた。

「ああ。それから翌日の準決勝は、先発が松川。リリーフはイガラシでたのむ」

 松川は「分かりました」と神妙な顔で返事をし、イガラシは「はい」とポーカーフェイスでうなずく。

「そして最後の決勝は、おれも含めて疲労の少ない者から、順に投げていく」

 谷口はそう告げて、今度は全員を見回す。

「投手陣だけじゃない。野手陣も、レギュラーだけでなく控えの者も、いつ出番が回ってきてもいいように準備しておいて欲しい。これからさらに相手も強くなるし、おまけに決勝まで連戦になる。この厳しい戦いを、チーム全員で乗りこえるんだ。いいな!」

 キャプテンの檄に、ナイン達は「オウヨッ」と快活に応えた。

「さて」

 やや声をひそめて、谷口はちらっと周囲を見やる。もうほとんど見物人の姿はない。

「つぎは、いよいよ準々決勝の相手・中陽の対策について話し合おう。半田」

「あ、はい」

 名前を呼ばれた半田は、ユニフォームの尻ポケットから手帳を取り出し、立ち上がる。

「まずはみなさんもご存じ、中陽のエース野中について説明します。彼の特徴は……」

 墨高ナインの頭上には、夏の青空が広がっている。白い雲がゆっくりと移動していく。

 

 

2.チームの成長

 

 とある高校のグラウンド。こちらも周囲を大勢の見物人が取り囲んでいる。その視線の先では、中陽ナインがフリーバッティングを行っていた。

「つぎも、まっすぐいくぞ」

「よしきた。さあこい!」

 選手が一人ずつ打席に立ち、打撃投手の投じた速球を鋭いスイングで打ち返す。カキッという打球音の数秒後、外野の金網の上部にガシャンと音を立ててボールが当たる。

「さ、どんどんこい」

「おうよっ」

 カキッ、ガシャン。カキッ、ガシャン。打ち返された打球は、そのすべてが当然のように外野の金網を直撃した。球拾いに回っている他の野手陣は、ボールを目で追うだけで、ほとんど足を動かすこともできない。

「ひゃあ。さっきから誰が打っても、ずっとこないな調子や」

 見物人の一人が言った。

「さすが優勝候補と言われるチームやなあ。ピッチャーばかり注目されとるが、打線もかなりの破壊力やないの」

「お、おい。見てみいや」

 別の見物人が、グラウンド隅を指差す。

「その注目エースのお出ましやで」

 そこには長身の中陽エース野中が、正捕手の小山を伴い立っていた。

 野中はその場にこしらえたマウンドを、しばしスパイクで均す。ほどなく相棒の小山が正面で屈み込むと、白球を右手に「いくぞ」と声を掛けた。

「おう。さあこい!」

 小山は力強く応え、ミットを構える。

 野中は振りかぶり、力強いワインドアップモーションから右腕を振り下ろす。シュッと風を切る音。快速球が小山のミットをピシッと鳴らす。

 おおっ、と見物人達がどよめく。

 返球を受けた野中は、続けてカーブ、シュート、ドロップと投げ込んでいく。いずれも鋭く曲がり、落ちた。

「さすが評判の野中や」

「せやな。速球のノビ、変化球のキレ、どれも一級品や」

 見物人達は口々に感想を述べる。

「当然やろ。なにせやつは、昨夏から甲子園で鳴らしとるからな。しかも大会後にはドラフト指名も確実視されとるちゅう話やし」

「む。つぎの相手は墨谷やが、いくらやつらに勢いがあるゆうても、この野中を打ちくずすんはちと難しいやろな」

 周囲の声をよそに、野中はフフと笑みを浮かべ、自信たっぷりな顔で次の一球を投げ込む。またピシッ、とミットが迫力ある音を立てる。

(調子はいい。つぎは完封できそうだな)

 一方、キャッチャーの小山は、どこか冴えない表情だ。すぐに返球しないので、野中が「おいボール!」と声を掛ける。

「あ、わりい」

 小山は苦笑いして返球した。野中は訝しげな顔になり、マウンドを降りて相棒のところへ駆け寄る。

「どしたい小山。そんな浮かない顔しちゃってよ」

「う、うむ。つぎの対戦相手なんだが」

「墨谷のことか?」

「そうだ」

 他のメンバーがフリーバッティングを続ける中、二人はホームベース手前でしばし話し込む。

「想定じゃ、準々決勝以降は名の知れた強豪と戦う腹づもりだったからな。まさか初出場のチームと当たるとは」

「それがどしたい。むしろラッキーじゃねえか、前評判の高い相手を避けられて」

「む。フツーに考えりゃ、そうなんだが」

 声をひそめて、小山は話を続ける。

「やつらのここまでの勝ち上がりを見たら、なんとも得体の知れないチームに思えてしかたねえんだ。予選であの谷原を倒したうえ、三回戦じゃこっちがマークしてた聖明館を土壇場でうっちゃったりしてな」

「たしかにきのうの試合は、おれも驚いたが」

「ああ。ひょっとしてやつら、想像以上に手ごわい相手なんじゃ」

「だとしてもだ、小山」

 エースはきっぱりと言った。

「おれがほんらいの力を出しさえすれば、そうそう点を取られることはない。それはおまえもよく知ってくれてるじゃないか」

「うむ、それもそうだな」

 小山の表情が、少し和らぐ。

「なあ小山。ここまできて、ジタバタするこたあねえよ」

 野中は力強い口調で、軽く右こぶしを突き上げる。

「自分達の力を信じて、今度こそ全国優勝を手にしようじゃないか」

 小山はうなずき、短く「よしきた」と応えた。

 

 

 翌日。甲子園球場内のロッカールーム近くの通路に、墨高ナインの姿があった。制服姿で二列に並ぶ彼らの眼前で、白いポロシャツの球場係員が、先に試合を終えたチームの選手達を誘導している。

「さ、急いで。つぎのチームが来てる」

 係員が声を掛ける選手達の背中は、うなだれていた。中には涙をこぼす者もいる。

「いつも思うんだけどよ」

 ふと横井がぽつりとつぶやく。

「おれ達も、負けたらあんな……」

「ば、バカ言うな」

 隣の戸室がたしなめるように言った。

「縁起でもねえ。おれたちゃ、これから試合なんだぞ」

「そりゃ分かってるけどよ」

 横井は僅かに笑みを浮かべる。

「気づけばこのチームで戦えるのも、多くてあと三試合。おれ達の夏も、かく実に終わりに近づいてるんだよな」

 三年生の感慨深げな言葉に、束の間ナイン達は押し黙る。その時だった。

「おーい!」

 後方から呼ぶ声に、ナイン達は振り向く。あ、と谷口は小さく声を発した。中学時代より馴染みの新聞記者・清水が初老のカメラマンを伴い駆け寄ってくる。

「やあ谷口君。都大会決勝の時以来だね」

 清水は眼鏡を直しつつ、話しかけてきた。

「ど、ドウモ」

 谷口は制帽を取り、軽く会釈する。

「試合前にすまないが、少し話を聞かせてくれないか?」

「ええ。どうぞ」

 返事すると、清水は素早くメモ帳とペンを取り出し、質問を始めた。

「都大会優勝も十分快挙だったが、この甲子園でも勝ち進んでベストエイト入り。ここまで来れた要因はなんだと思う?」

「それは……あの、みんなでがんばったからだと思います」

 お決まりの返答に、清水は「あら」とずっこける。傍らで、倉橋がくすっと笑う。

「な、なるほど。ただ都大会の時は、対戦相手のデータを集めて優位に試合を進めることができたけれど、甲子園ではなかなか難しかったはず。そこは、どうしてきたのかい?」

「おっしゃるように、データ収集がしづらいのは、都大会とちがう甲子園の難しさですね」

 やや表情を引き締め、谷口は話を続けた。

「しかしいまでは、試合中に相手を観察して特ちょうを探るということもしていますし、相手がどうこうより、まず自分達の力を出すという戦い方もできます。その点は、都大会の時と比べてチームの成長を感じています」

「ほう。チームの成長、ね……」

 相手の言葉を反すうしつつ、清水はさらさらとペンを走らせる。

「じゃあ最後に、今後の戦いへ向けての意気込みを聞かせてもらえるかな?」

 そうですね、と谷口は束の間うつむき加減になる。

「こ、ここまで来たら……どのチームにも最後まで勝ち残るチャンスがあるわけですから」

「ふむふむ」

 清水は一旦ペンを止め、谷口の返答を待つ。

「チャンスがあるから、なんだい?」

 谷口は顔を上げ、明らかに照れた表情で答えた。

「あの……が、がんばります」

 またもお決まりの言葉に、ナイン達は「あーあー」とずっこける。

 やがて球場係員が、こちらに振り向き声を掛けてきた。

「墨高のみなさん、お待たせしました。どうぞ中へ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 谷口は係員に返事した後、もう一度清水に顔を向け会釈した。

「それじゃあ」

「む。がんばりたまえ」

 清水とカメラマンの眼前で、墨高ナインはロッカールームへと入っていく。

「がんばる、がんばる、か」

 カメラマンが呆れたふうにつぶやく。

「彼はあいかわらずだな。初出場でベストエイト入りしたのは立派だが、これじゃ先が思いやられる」

「フフ。分かってないな」

 笑みを浮かべ、清水は得意げに言った。カメラマンはムッとした顔になる。

「なにが、分かってないって?」

「あの控えめな谷口君が、はっきりと口にしたじゃないか。最後まで勝ち残るって」

 清水の言葉に、カメラマンは「あっ」と口を半開きにする。

「彼がそう言ったからには、自分達にもそのチャンスがあると、十分な手応えをつかんでいるはずだよ」

 谷口と墨高ナインのいなくなった通路の奥を眺めつつ、清水は目を細める。

「どうやら今日の試合、おもしろくなりそうだ」

 

 

 清水の取材から約一時間後。谷口率いる墨高ナインは、三塁側ベンチ前に整列していた。

 一方の野中、小山擁する中陽ナインも一塁側ベンチ前で整列を済ませ、試合開始の時を待っている。

 ほどなくバックネット下の扉が開き、アンパイアを中心に四人の審判団が出てきた。

「両チーム、集合!」

 アンパイアが右手を掲げ、コールする。

 谷口は列の先頭で、他のメンバーに声を掛けた。

「よし。いくぞ!」

「オウッ」

 キャプテンの掛け声と同時に、ナイン達は一斉にグラウンドへと駆け出した。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第80話「劇的な幕切れ!!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第80話 劇的な幕切れ!!の巻
    • 1.墨高打線対聖明館バッテリー
    • 2.まさかの結末
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

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<外伝> 

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 第80話 劇的な幕切れ!!の巻

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1.墨高打線対聖明館バッテリー

 

 ここは荒川近くの住宅街。電気屋の営業用軽トラックが夜道を走る。

―― 聖明館のファースト高岸、まさかの転倒でフライを落球。ツーアウトと追い詰められていた墨高、命拾いしました。

 流れてくるラジオの甲子園実況に、田所は「フヒー」と大きく溜息をついた。

「あぶねえ。心臓が止まるかと思ったぜ」

 ハンドルを握りつつ、独り言をつぶやく。

「しかしツイてねえな。やつらの試合の日にかぎって、営業が長引いちまうとは。今日が最後になるのなら、せめて始めから応援してやりたかったのによ」

 フウと吐息をつき、なおも実況に耳を傾ける。

「神様たのんます。せめてもう少しだけ、あいつらの野球を見せてください」

 祈る思いで、田所は車を走らせ続けた。

 

 

 カクテル光線の降り注ぐ甲子園球場は、未だざわめきが収まらない。

「てっきり試合終了だと思ったのになあ」

「うむ。まさかあそこで、ファーストがフライを落としちまうとは」

「打球がだいぶ風に流されたものなあ」

「あのファーストのやつ気の毒に。カンジンな時に転んじまうなんて」

 観客達のそんな会話が聞こえてくる。

 一塁ベース上。丸井はフウと大きく息を吐いた。

「やれやれ。命拾いしたぜ」

 一方、聖明館のキャッチャー香田はアンパイアに「タイム」と合図し、転倒した高岸のところへ駆け寄る。

「どしたい。そう難しいフライじゃあるまいし」

 高岸は上半身だけ起こしたまま、なかなか立ち上がらない。香田はハッとして「おい高岸」と、声を掛ける。

「まさか足を痛めたのか?」

「な、なに。心配いらねーよ」

 一塁手は苦笑いして答えた。

「ちょっと足をつりかけてな。けど平気さ、これぐらい」

 そう言って、ゆっくりと立ち上がる。

「よっと」

 香田の眼前で、高岸は右足首を伸ばす動作をした。

「うむ。痛みはねえし、これならやれそうだ」

「まったく、おどかしやがって」

「わりぃ。おれがとってりゃ、いまごろ試合終了だったってのに」

「すんだことは気にすんな。この後ちゃんとプレーしてくれりゃ、問題ねえって」

 励ますように、香田は言った。

「む。ミスした分は、しっかり取り返すからよ」

 高岸がファーストのポジションに戻るのを見届け、香田は踵を返した。

(あいつ思った以上に、投球の疲れが足にきてたんだな)

 そう胸の内につぶやく。

 

 

 三塁側ベンチ。

「まさか高岸が落球するとは」

「それよりあいつ大丈夫か。足をつったみたいだが」

「ああ。そういや高岸のやつ、予定より早いリリーフでだいぶ投げてるからな。きっと疲れがたまってたんだろう」

「しかし、いやなムードだな。これで流れが変わらなきゃいいが」

 聖明館の控え選手達が口々に、今しがたの予想外のシーンの感想を漏らす。

(マズイな……)

 ベンチ奥にて、監督は立ったまま渋面になる。その視線の先には、ファーストのポジションで足下を均す高岸の姿があった。

(落球はもちろん痛いが、それ以上に気になるのは高岸の足だ。万が一の時のためにファーストに残しておいたが、あの様子じゃ再登板はできまい)

 さらに視線をマウンド上へ移すと、有原がロージンバックを拾い、パタパタと右手に馴染ませている。

(なんにせよ、もうツーアウトだ。このまま有原がおさえてくれりゃいいが……)

 

 

 一塁ベースより、丸井は打席へと歩き出す。

(敵さんも、なにやら大変そうだな)

 その時、一塁側ベンチより「どうした丸井!」と、キャプテン谷口が声を掛けてきた。

「あんなつりダマに手を出すなんて、おまえらしくない」

「キャプテン」

 丸井はベンチを振り返る。

「追いこまれたからってボールとストライクは変わらないんだ。しっかりタマを選べば、おまえなら打てるぞ。いいな!」

「は、はいっ」

 そう返事して、丸井は踵を返す。

(キャプテンの言うとおりだ。あんなタマに手を出しちまうなんて、おれらしくもない)

 丸井が右打席に入ると、少し遅れて聖明館のキャッチャー香田も戻ってきた。ホームベース手前に立ち、他のメンバーへ掛け声を発す。

「ツーアウトだ! ここから、気を取り直していこうよ」

 オウッ、と野手陣は応えた。

 香田はホームベース奥に屈み、マウンド上の有原に「念のため二、三球投げようか」と声を掛ける。

「分かった」

 有原は返事して、セットポジションから投球動作へと移る。そこから速球、カーブ、シュートと投げ込んでいく。

(へえ。やっぱり、いいタマ投げてら)

 打席で投球練習を観察しつつ、丸井は「む。そうだ」とあることを思い付く。

(あの投手は三番手のリリーフなんだし、ひょっとしてあまり球数を投げるのは慣れてないかも。おれっちがねばって疲れされれば、またタマが甘くなるかもしれんぞ)

 ほどなく、アンパイアが「プレイ!」と試合再開を告げる。

(ツーナッシングだったな)

 香田は状況を確認してから、三球目のサインを出す。

(こいつで様子を見よう)

 む、と有原はうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 外角低めの速球。丸井は体をぴくっと動かすも、手を出さず。アンパイアが「ボール、ロー」とコールする。

(ほう。追いこまれてるというのに、しっかり見きわめやがった)

 打者に感心しつつ、香田は「ナイスボールよ」と言って有原に返球した。

(つぎはコレね)

 香田はサインを出すと、ミットを内角低めに移動する。有原はうなずくと、今度はしばし間を置いてから投球した。

 内角低めのシュートが、ホームベース上で内側にくくっと曲がる。丸井はまたも手を出さず。

「ボール!」

 アンパイアのコールに、香田は「ちぇっ」と舌打ちした。

(落球で落ちつかせちまったか。ボールをよく選ぶようになったな)

 一方、丸井は「けっ」とマウンド上の投手を睨む。

(これぐらいの見きわめもできない、おれっちだと思うなよ!)

 しばし思案の後、香田は次のサインを出す。

(こいつでしとめよう)

 有原は「うむ」とうなずき、すぐに投球動作を始めた。

 真ん中低め。スピードを殺したボールが、ホームベース手前ですうっと沈む。

「うっ」

 丸井は上体を崩すも、辛うじてバットの先端に当てた。ガッ、と鈍い音。打球は三塁側ファールグラウンドに鈍く転がる。

(フウ。なんとかついていけたぞ)

 ひたいを手の甲で拭い、丸井は安堵の吐息をつく。傍らで香田は渋面になる。

(く。チェンジアップに当てられたか)

 六球目は外角低めのカーブ、七球目は内角のシュート。丸井は続けてカットした。有原は「またかよ」と顔を歪める。

(しつこいヤロウだぜ。いい加減、あきらめろってんだ)

 その時、香田が「ロージンだ」と手振りで指示してきた。有原は「う、うむ」とうなずき、足下のロージンバックを拾いパタパタと右手に馴染ませる。

(さ、もういいだろ)

 香田がサインを出すと、有原はロージンバックを足下に放り、投球動作へと移る。その指先からボールを放つ。

「わっと」

 すっぽ抜けたボールが、打者の左肩付近に飛んでくる。丸井は身をよじってボールをよけた。

(マズイな……)

 マウンド上を眺めつつ、香田は胸の内につぶやく。その視線の先では、有原がガッガッとスパイクで足下を均す。

(有原のやつ、疲れでタマのおさえが効かなくなってきてるんじゃ。こりゃ早いトコ勝負をつけないと)

 香田は「コレよ」とサインを出し、ミットを真ん中低めに構えた。

(さあさあ。バックを信じて)

 有原はうなずき、投球動作へと移る。次の瞬間、香田は「あっ」と顔をしかめた。カーブが高めに浮いてしまう。

「き、きたっ」

 丸井はためらいなくバットを振り抜いた。パシッ、と快音が響く。低いライナー性の打球が二塁ベース左を破り、センター鵜飼の前で弾んだ。

 センター前ヒット。墨高応援団の一塁側スタンドが、ワアッと沸き立つ。

「よし。どうにか後につないだぞ」

 一塁ベース上にて、丸井は右こぶしを軽く突き上げる。

 

 

 一塁側ベンチ。

「ナイスバッティングよ丸井!」

 声を上げる戸室。その隣で、横井が「やれやれ」と安堵の吐息をつく。

「どうにか首の皮一枚つながったぜ」

 たしかに、とうなずいたのは後列の加藤だ。

「フライが打ち上がった時は、もうしまいだと思いましたが。ほんとラッキーでした」

「まあツキはあったが」

 倉橋がヘルメットを被りながら、笑みを浮かべる。

「丸井のやつ。追いこまれてから、よくねばってくれたよ。ありゃ敵はかなりのダメージだと思うぞ」

 盛り上がる墨高ナイン。

「さあ、島田も続けよ!」

「どんどんつないで、劣勢をひっくり返してやろうぜ!!」

 そんなチームメイト達を横目に、キャプテン谷口は前列にてうつむき加減で思案を巡らせる。そして「島田。ちょっと」と、ネクストバッターズサークルの次打者を一度ベンチに呼び寄せた。

「は、はい」

 島田はバットを手に駆けてくる。

「いまの投球を見て分かったと思うが」

 声をひそめて谷口は言った。

「あのピッチャー、疲れからか微妙なコントロールが効かなくなってきてる」

「ええ、そのようですね」

「うむ。だから丸井がしたように、あわてずねばっていけば、必ず甘いタマがくる。それをねらい打て」

「分かりました!」

 力強く応えて、島田は打席へと向かう。

 

 

 一方の三塁側ベンチ。

「香田。来るんだ」

 聖明館監督は、メガホンで正捕手を呼ぶ。

「た、タイム」

 香田はアンパイアに合図してから、一人ベンチに戻った。そして監督の前で直立不動の姿勢になる。

「有原のやつ、タマのおさえが効かなくなっているようだな」

「はい。さっきも高めに浮いたカーブをねらい打ちされました」

 うーむ、と監督はしばし考え込む。

(またリリーフを送る手もあるが、今日投げた三人よりは力が落ちるうえ、この雰囲気では押し流されて自滅する可能性が高い。苦しいが、やはりここは有原にふんばってもらうしかあるまい)

「監督?」

 香田は怪訝げな表情になる。やがて監督が、意を決したように口を開く。

「スピードや変化球のキレはどうだ」

「はい。それはまだ、さほど落ちていません」

「だったらこの際、コースは気にせずタマの力で勝負することだ。その方が、有原に思いきりよく腕を振らせることができるだろう」

「え、ええ。しかし上位打線相手に、それは危険じゃ」

「うむ。おまえの言うとおり、たしかに危険ではある」

 指揮官はあっさり認めた。

「だがコントロールを気にするあまり、四球でランナーをためてしまう方が、よっぽどマズイ。かといって高岸はもう投げられんし、ほかのリリーフじゃ心もとない」

「は、はい。ですが……」

「香田。おまえが不安に思う気持ちは、よく分かる」

 なだめるように監督は言った。

「だがこうなった以上、絶対安全なやり方というのは存在しないのだ。いまは限られた選択肢の中から、より確率の高い方法を選ぶしかないのだよ」

 なあ香田、ともう一度呼び掛ける。

「ここはおたがいハラをくくろうじゃないか」

「わ、分かりました」

 正捕手は神妙な顔でうなずく。

「む。さあ、残りアウトひとつ」

 表情を穏やかにして、監督は言葉を重ねた。

「いま持てる力をすべて尽くして、勝利をもぎ取ってこい!」

「はいっ」

 最後は力強く返事して、香田はポジションへと戻っていく。

(たのむぞ、おまえ達)

 一人残された監督は、鋭い眼差しをグラウンド上のナインへ注ぐ。

(どうにかふんばってくれ)

 

 

2.まさかの結末

 

 香田がホームベース奥に屈むと、次打者の二番島田が左打席に入ってきた。バットを短めにして構え、「さあこい!」と気合の声を発す。

(ピッチャーが右なもんで、左打席に変えたのかな)

 打者を観察しつつ、香田はサインを出す。そしてミットを真ん中に構える。

「さ、まずコレよ」

 有原はうなずき、すぐにセットポジションから投球動作を始めた。サイドスローのフォーム。その指先からボールを放つ。

 カーブが半円を描くようにして、ミットに飛び込んだ。

「ストライク!」

 アンパイアのコール。むっ、と島田は目を見開く。

(真ん中とはいえ鋭いカーブだったな。ウカツに手を出してたら、打ち取られてたぜ)

 打者の傍らで、香田はフフと含み笑いを漏らす。

(監督の言ったとおり、あまりコースにこだわらない方が、やつも思いきり腕を振れるようだぜ。これなら、なんとかいけそうだ)

 マウンド上の有原へ返球し、「ナイスボールよ!」と声を掛けた。そして屈み込み、二球目のサインを出す。

(つぎはコレよ)

 む、と有原はうなずき、すぐに二球目を投じた。シュッ、と風を切る音。

 初球と同じく真ん中に、一転して速いボール。それが打者の手元で内側に曲がる。島田はまたも手を出さず。アンパイアが「ストライク、ツー!」とコールする。

(シュートもまだキレがある)

 島田はマウンド上の相手投手を睨んだ。

(くそ、しぶといやつめ)

 一旦打席を外し、数回素振りする。

(落ちつけ。二球とも真ん中に投げてきたということは、もうコースを突く余力はないということだ。あのピッチャーに疲れが出ているのは、まちがいない)

 そして打席に戻り、島田はバットを構え直す。

 一方、香田は「ロージンだ」と有原に手振りで伝える。投手は正捕手の指示通り、足下のロージンバックを拾い右手に馴染ませる。

(そうそう。なにも、あわてる必要はない。じっくりいこうぜ)

 しばし間を取ってから、香田は「つぎもコレよ」とサインを出す。有原はロージンバックを足下に放り、すぐに投球動作へと移る。

 またも真ん中のシュート。島田のバットが回る。カキ、と音がした。打球は三塁側ファールグラウンドを転がっていく。

「くっ」

 今度は香田が渋面になった。

(シュートのキレは悪くなかったが。コースが甘いと、やはり当てられてしまうな)

 束の間思案した後、香田は「つぎはコレでいこう」とサインを出す。有原はうなずき、セットポジションから三球目を投じる。

 真ん中にスピードを殺したボール。それでも島田は上体を崩すことなく、おっつけるようにしてスイングした。カキッ、と乾いた音。

「うっ」

 香田はマスクを脱ぎ、立ち上がる。ライナー性の打球がファースト頭上を襲う。ジャンプした高岸のミットも及ばず。おおっ、と一塁側ベンチとスタンドが一瞬沸きかける。

 しかし打球は僅かにライト線の外側で弾んだ。

「ファール、ファール!」

 三塁塁審が両腕を掲げコールする。

「くそっ」

 一塁へ走り出していた島田は、立ち止まり唇を歪める。

「そろそろチェンジアップがくると予測して、ねらっていたのに。ちとタイミングが早かったか」

 対照的に、香田はホッと安堵の吐息をつく。

「緩急をつけて打ち取るつもりが、ヤマをはられてたようだな。あぶなかった」

 その後、有原はカーブ、シュート、カーブと投じるが、島田にすべてファールにされてしまう。打球はいずれも一塁側あるいは三塁側ファールグラウンドに転がった。

 なるほど、と島田は僅かに笑みを浮かべた。

(こうしてねばっているうちに、だんだんタマの軌道が分かってきたぜ)

 一方、香田は「メンドウだな」と一人つぶやく。

(真ん中しか投げさせてないとはいえ、これだけねばられちゃ、そろそろボロが出ちまう。早くケリをつけねえと)

 マウンド上では、有原がハァハァと肩で息をし始めている。

(くそっ。いい加減、しつこいやつめ)

 その時、ショートの小松が「がんばれ有原!」と声を掛けてきた。有原はハッとして振り向く。

「こ、小松」

「負けるなよ。おれ達がついてる」

 サードの糸原も「一人で野球をするな。打たせていけ」と励ます。

「あ、ああ」

 こわばっていた投手の表情が、僅かに和らぐ。そして視線を前に戻すと、キャッチャー香田がサインを出した。

(こいつでケリをつけよう。さあ、バックを信じて)

 有原はうなずき、しばし間を置いてから投球動作へと移る。サイドスローのフォーム。その指先からボールを放つ。

 次の瞬間、香田はマスク越しに「うっ」と顔をしかめた。

 力のない抜けた球が、ど真ん中に入ってくる。しめた、と島田はためらいなくスイングした。パシッ、と快音が響く。

 痛烈なライナーがあっという間に一・二塁間を破り、ライト甘井の前で弾む。おおっ、と一塁側ベンチさらにスタンドが沸き立つ。

「しまった」

 右手の甲を顎に当てつつ、有原が唇を噛む。

「カンジンな時に、タマが抜けちまうなんて」

 ツーアウト一・二塁。敗色濃厚だったはずの墨高の思わぬ粘りに、再び甲子園球場がざわめき出す。

「なんやて、またつないだんか」

「もう聖明館の勝ちで決まりだと思うたんやが。やるやん墨谷」

「うむ。こら最後まで、分からんで」

 観客のそんな会話が聞こえてくる。さらに墨高を後押しする応援の声が、一塁側スタンドから球場全体へと広がっていく。

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ……

 

 

「ようし! 島田、よくつないだぞ!!」

 夜の荒川沿いの河川敷。田所は営業用軽トラックを停車して、ラジオの甲子園実況に聞き入っていた。

―― さあ、大変なことになってきました。九回ウラ、ツーアウトランナーなしと土俵際まで追いつめられた墨高でしたが、そこから連打でつなぎ二塁一塁。長打が出れば同点、一発が出れば逆転という場面で、打順はクリーンアップに回ります!

 田所は祈るように、両手を組む。

「たのむ倉橋。なんとかつないで、谷口まで回してくれ!」

 

 

 大歓声の甲子園球場ネクストバッターズサークルにて、墨高の三番倉橋がマスコットバットで素振りしていた。その背中に、次打者として駆けてきた谷口が「倉橋」と声を掛ける。

「いまや流れはこっちだ。つなごうなんて考えず、思いきっていけ!」

「ああ。このチャンス、なんとしてもモノにするぞ」

 それだけ言葉を交わし、倉橋はゆっくりと打席へ向かう。

 

 

 一方、マウンド上には聖明館バッテリーと内野陣が集まっていた。

「すまねえな、有原」

 ファースト高岸がうつむき加減で告げた。

「おれがドジってなけりゃ、こんなことにはならなかったってのによ」

「ば、バカ言ってんじゃねえ!」

 有原は語気を強める。

「打たれたのはおれの責任だ。てめえが勝手に背負いこむんじゃねえ」

「おいおい有原」

 なだめるように、香田が言った。

「ただでさえ息が上がってるのに、そんな大声出すと、余計に疲れるぞ」

「あ、うむ。そうだったな」

 有原は苦笑いする。

「しかし有原の言うとおりだ」

 真顔で口を挟んだのは、小松だ。

「高岸。いい加減に、自分を責めるのはやめろ。ここまで優位に試合を進めてこられたのは、おまえの力投あってのものだってことを忘れるな」

「あ、ああ」

 高岸の表情が、少し和らぐ。

「それよりみんな、弱気になるな!」

 他のメンバー達の顔を見回し、香田が声を上げた。

「まだおれ達は勝ってるんだ。下を向くのは早すぎるぜ」

 たしかにな、と糸原が同調する。

「あとは有原、おまえの気力次第だ。バックを信じて、思いきっていけ」

「む。分かってるって」

 肩を小さく上下させつつも、有原は笑みを浮かべる。

「話はまとまったようだな」

 香田は声を明るくして言った。

「さあ、みんなで力を合わせて、最後のアウトをもぎ取るぞ。いいな!」

 正捕手の掛け声に、聖明館ナインは「オウッ」と力強く応える。

 

 

 やがてタイムが解け、聖明館内野陣はピッチャー有原を残し、それぞれのポジションへと戻った。

 キャッチャー香田はホームベース前に立ち、改めてナイン全員を見回し掛け声を発す。

「ツーアウトよ! しっかり守っていこうぜ!!」

 ナイン達も「オウヨッ」「まかせとけって」と快活に応える。

 香田がホームベース奥に屈み込むのと同時に、墨高の三番倉橋が右打席に入ってきた。無言でマウンド上の投手を見つめ、力みなくバットを構える。

(シュートで詰まらせよう)

 サインを出し、香田はミットを真ん中に構えた。有原はうなずくと、すぐに第一球を投じる。

「っと」

 投球がホームベース手前でショートバウンドする。香田は咄嗟にミットを縦にし、辛うじて捕球した。二人の走者はそれぞれ次の塁を伺うも、香田が送球の構えを見せると、すぐに帰塁する。

(指に引っかかかっちまったようだな)

 香田は返球した後、両肩を上下させ「ラクラクに」と合図する。有原はその動作を真似て、肩の力を抜こうとする。

(さ、もういっちょコレよ)

 サインを出し、香田は再びミットを真ん中に置く。有原はうなずき、今度は少し間を置いてから、投球動作へと移る。

「あっ」

 投球が外角高めにすっぽ抜けた。香田は左手を伸ばして捕球する。

(有原のやつ、だいぶ握力がなくなってやがる)

 香田は胸の内につぶやく。

(マズイね、どうにも。いまさらリリーフにかえてもらうわけにもいかねえし。かといって、ここでさらにランナーをためて、つぎの四番に回ったりでもしたらコトだ)

 傍らで、倉橋は冷静に相手バッテリーの様子を観察する。

(かなりコントロールに苦しんでるな。しかし向こうも、満塁にして四番には回したくないだろう。てことは、つぎはきっとストライクを取りにくるはず)

 しばし考えた後、香田は三球目のサインを出した。

(シュートがダメなら、コレを打たせるか)

 そしてミットを真ん中に構える。む、と有原はうなずき、すぐにセットポジションから投球動作へと移る。

 真ん中のカーブ。倉橋はバットをフルスイングする。パシッと快音が響いた。大飛球が、レフト真壁の頭上を襲う。

「なにっ」

 香田はバッとマスクを脱ぎ、目を見開く。

「れ、レフト!」

 香田の指示の声よりも先に、真壁は全速力で背走し始めていた。一塁側ベンチとスタンドが「おおっ」と沸き立つ。

 やがて真壁の背中がフェンスに付いてしまう。その数メートル頭上を、打球が越えていく。真壁はスタンド側を振り向き、なすすべなく打球を見送った。

 三塁塁審が、右腕を大きくぐるぐると回す。その瞬間、球場全体からワアアッと地響きのような歓声が上がった。

 逆転サヨナラスリーランホームラン。センターのスコアボードに、墨高の得点が「5」と表示される。

「へへっ。入っちまったぜ」

 倉橋は戸惑ったふうな笑みを浮かべ、小走りにダイヤモンドを一周した。カチャカチャとスパイクの音が鳴る。

 一方、痛恨の一発を浴びた有原は、マウンド上でガックリと膝に両手をつく。さらにキャッチャー香田は、ホームベース手前で呆然と立ち尽くす。

 ほどなく丸井と島田に続き、倉橋もホームベースを踏む。そのままベンチへ帰ろうとすると、すでに他のナイン達が集まってきていた。

「このヤロウ、やりやがったぜ!」

 横井の一言を皮切りに、墨高ナインは倉橋の頭や背中をバシバシと叩き、全員総出で手荒な祝福を浴びせる。

「さすが三番。ここぞという時に打ってくれたな」

「明日の新聞に、写真つきでのりますね」

「しびれるねえ、このこの!」

 束の間ナイン達にされるがままになっていた倉橋は、顔を上げ「やいテメーら」と怒ったふうな声を上げた。

「ひとの体を気安くたたきやがって。調子にのるんじゃねえ」

 しかし横井がさらにからかう。

「あらら。ガラにもなく照れちゃって、まあ」

 同級生の発言に、倉橋はぐっと言葉を詰まらせる。周囲では、ナイン達が互いに勝利の喜びを分かち合っていた。

 仲間達の歓喜の輪から少し離れて、キャプテン谷口は一人満足げに微笑む。

(ありがとう倉橋。みんなも、本当によくやってくれた)

 そして小さく右こぶしを突き上げた。

(かつてない困難をのりこえた、今日の一勝は大きい。このチームにとって、計り知れない自信と経験を与えてくれたはずだ。それはきっと、今後の戦いのかてとなる)

 スタンドの銀傘からは、まだカクテル光線が降り注ぎ、グラウンド上の墨高ナインを眩しく照らす。

 

 

 ほどなく、墨高と聖明館の両チームはホームベースを挟んで整列した。そしてアンパイアが右手を掲げ告げる。

「墨谷対聖明館の三回戦は、五対四をもって、墨谷の勝ち。一同、礼!」

「アリガトウシタッ」

 挨拶の後、両軍ナインはそれぞれ握手を交わし、互いの健闘を称え合う。

 甲子園球場のスタンドでは、あまりに予想外の結末に、未だざわめきが収まらない。

「まさか逆転ホームランで決着とはなあ」

「しかもツーアウトランナーなしからやで。こら球史に残る試合やったな」

「せやけど初出場の墨谷が、これでベスト8進出や。おもしろうなってきたで」

 観客達は一様に信じられないという表情で、口々に試合の感想を語り合うのだった。

 

 

 三塁側ベンチ。まさかの敗戦に呆然とする選手達を前に、聖明館監督は束の間瞑目する。

(最後はツキがなかったか。いや……)

 目を見開き、僅かに笑む。

(彼らは自分達の力でツキを呼びこみ、試合の流れをモノにしたのだ)

 そして、うなだれつつ引き上げてきた有原や香田、他のナインに声を掛ける。

「おまえ達、もっと胸をはらないか」

 えっ、と香田そして有原が顔を上げた。監督は穏やかに語りかける。

「われわれは十分に手をつくした。それで敗れたのなら、少しも恥じることはない。たしかに悔しいが、いまは素直に勝者をたたえようじゃないか」

 ナイン達はすっと背筋を伸ばし、少し表情を明るくして「はいっ」と返事した。

 

―― かくして、墨高は強豪・聖明館を九回の大逆転の末破り、初出場でベストエイト入りの快挙をなしとげたのだった。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第79話「九回ウラの攻防戦!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第79話 九回ウラの攻防戦!の巻
    • 1.九回裏
    • 2.土壇場の攻防
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 第79話 九回ウラの攻防戦!の巻

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1.九回裏

 

 九回裏。三塁側ベンチにて、聖明館監督は控え選手の一人に指示した。

「おい。ブルペンの有原(ありはら)を呼んでくるんだ」

「は、はい」

 その選手はすぐにベンチを飛び出し、ブルペンへと走る。

(うーむ)

 三番手投手を待つ間、監督はしばし思案する。

(高岸はノーヒットとはいえ、ここにきて何度もいい当たりをされてる。もし出塁を許せば、墨谷は確実に勢いづくだろう。したがって、ここは継投するのが定石だが……)

 ほどなくブルペンより、有原という細身の投手が、先ほどの控え選手と捕手を伴い駆けてきた。そして監督の前で直立不動の姿勢になる。

「有原、肩はできているな?」

 監督の問いかけに、有原は「はい」とやや緊張した表情で答える。

「高岸達にも言ったが、三点のリードを使って逃げ切ればいい。ヘンにおさえようと力むな。きちんとコースを突いていけば、あとはバックがしっかり守ってくれる。いいな」

「はい!」

 有原がマウンドへ向かうと同時に、監督もベンチを出て、アンパイアに投手交代を告げる。やがてウグイス嬢のアナウンスが流れてきた。

―― 聖明館高校、選手の交代とシートの変更をお知らせいたします。ファーストの福井君に代わりまして、有原君が入りピッチャー。ピッチャーの高岸君がファーストに、それぞれ入れかわります。

 監督はベンチ奥に戻ると、渋面で腕組みする。

(打てる手は打った。だが危険でもある。有原は予選でリリーフは慣れてるとはいえ、甲子園とはレベルがちがう。しかもプレッシャーのかかる九回だ)

 フウ、と一つ吐息をつく。

(なんとか首尾よく、一つ目のアウトを取れたらいいが……)

 やがてマウンドに上った有原は、サイドスローのフォームから投球練習を始めた。

 

 

 一塁側ベンチ。墨高ナインはキャプテン谷口を中心に円陣を組みつつ、マウンド上の三番手投手有原の投球練習を観察する。

「右のサイドスローか。片瀬と同じだな」

 倉橋の言葉に、横井が「む」とうなずく。

「おれたちゃ片瀬のタマを練習で打ってるし、そのイメージでいけば攻りゃくできるんじゃねえの」

 ええ、と島田が同調した。

「片瀬のようなクセ球がない分、あっちの方が打ちやすいかもしれません」

「それだけじゃありませんよ」

 冷静に言ったのはイガラシだ。その視線の先では、ファーストに戻った高岸が内野陣のボール回しに参加している。

「見てくださいよ、相手の内野。二番手だった投手をファーストに残してます」

「というと、どういうこったい?」

 丸井の質問に、イガラシは「あ」とずっこけた。それでもすぐに表情を引き締める。

「あの三番手投手が本当に信用できるのなら、ベンチに引っ込めてもよさそうじゃありませんか。それを残してるということは……」

 隣で井口が「なるほど」と、口を挟んだ。

「継投になにかしらの不安があるってこったな」

 ああ、とイガラシは首肯する。

 円陣の中心で、谷口はナイン達の様子を頼もしげに眺めていた。

(悪くないムードだ)

 そう胸の内につぶやく。

(あと一イニングしかないというのに、みんなの士気は落ちていないし、焦りも感じられない。これなら、なにかひとつきっかけさえつかめば、十分逆転できるぞ)

 その時、倉橋が「さあキャプテン」と発言を促してきた。うむ、と谷口はうなずき、全員を見回してから口を開く。

「いいかみんな。相手がなにをしてこようと、われわれの野球をやるだけだ。これまで培ってきた自分達の力を、いまこそ信じよう。いいな!」

 ナイン達は「オウヨッ」と、力強く応えた。

 そして谷口は、一人の人物の名前を呼ぶ。

「井口」

「は、はい」

 突如呼ばれた一年生は、戸惑ったふうに目をぱちくりさせる。

「この回代打いくぞ。おまえの一振りで、向こうの出鼻をくじいてやるんだ」

「分かりました。まかせといてください!」

 井口は意気込んで返事した。

 

 

 ホームベース奥にて、規定の投球を受け終えた聖明館のキャッチャー香田は、素早く二塁へ送球した。そして立ち上がり、マウンドへと駆け寄る。

「調子は悪くなさそうだな」

 声を掛けると、有原は「あ、ああ」とやや引きつった表情で応えた。

「おい。緊張してるのか?」

「な、なに。すぐ落ち着くさ」

「ったく。しょーがねえな」

 香田は右手でポリポリと頬を掻く。

「いいか有原。監督も言ってたが、三点のリードがあるんだ。おまえがいつもどおり投げりゃ、おさえられないことはない。それにいざとなりゃ、高岸も控えてるんだし」

「分かってるって」

 やや強がるように、有原は笑みを浮かべる。

「墨谷の下位打線なんざ、ひとひねりしてやるよ」

「そうだ、その意気だ!」

 香田はそう言って、リリーフ投手を励ました。そして一人ポジションに戻り、マスクを被り直す。

(七番からだったな)

 その時、甲子園球場にウグイス嬢のアナウンスが流れてきた。

―― 墨谷高校、選手の交代をお知らせいたします。七番サード岡村君に代わりまして、井口君。バッターは、井口君。

(ほう、代打を使ってくるのか)

 香田の視線の先で、代打を告げられた井口がネクストバッターズサークルにて、マスコットバットをブンブンと振り回す。

 フン、と香田は鼻を鳴らした。

(墨谷にしては、けっこういいガタイしてるな。だが、いまさらバッターを代えたところで、どうにかできると思うなよ!)

 ほどなくアンパイアが「バッターラップ!」とコールする。そして井口が左打席に入ってきた。

「さあこい!」

 バットを長めにして構え、気合の声を発す。

(左か。しかし、えらく鼻っ柱の強そうなやつだな)

 しばし思案の後、香田はサインを出した。そしてミットを内角に構える。

(こういう打ち気にはやってるやつは、インコースの変化球で詰まらせてやれ)

 マウンド上。有原はサインにうなずき、サイドスローのフォームから第一球を投じた。

「うっ」

 次の瞬間、香田は顔をしかめた。内角を狙ったはずのカーブが、ど真ん中に入ってしまう。井口はためらうことなくフルスイングした。パシッ、と快音が響く。

 一塁側ベンチの墨高ナインとスタンドの応援団から「おおっ」と歓声が上がる。

「ライト……いや、センター!」

 指示の声を飛ばした香田の眼前で、鋭いライナー性の打球が右中間を深々と破った。ツーバウンドでフェンスに達し、跳ね返る。

 打った井口は大きな体を揺すりながら一塁ベースを蹴り、二塁へと向かう。

「くそっ」

 センター鵜飼がようやく打球を拾い、中継のセカンドへ投げ返す。この間、井口は二塁ベースも蹴り、さらに三塁へ向かって突進する。

「く……」

 ボールを受けたセカンドはサードへ送球しようとするも、すでに井口はベースに頭から滑り込んでいた。スリーベースヒット。

「どうだ見たか!」

 三塁ベース上で、井口は左こぶしを突き上げる。

「ナイスバッティングよ井口!」

 一塁側ベンチより、キャプテン谷口が快打の一年生を称える。

「この鈍足め。よく走ったぞ」

 丸井は皮肉を交えながらも嬉しげに声を掛けた。

「よし、これで向こうの出鼻をくじいたぜ」

 横井の言葉に、戸室が「む」と同調する。

「イガラシの言ったとおり、出てくるピッチャーがみんな調子いいとは限らないものだな。これで流れがくるかも」

 盛り上がる墨高ナイン。それに呼応するかのように、スタンドの応援団も大声援を送る。

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ……

 一方、聖明館のキャッチャー香田は、アンパイアに「タイム」と合図しマウンドへと駆け寄った。

「おいおい有原」

 険しい表情で三番手投手に声を掛ける。

「緊張してるからって、ありゃねえぞ。ど真ん中に投げちゃ打たれて当たり前だ」

「す、すまん」

 有原は引きつった表情で応える。

「どしたい、いつものコントロールは」

 今度はなだめるように、香田は言った。

「いいか有原。いくら墨谷がねばり強いからって、打順は下位だ。おまえの力をもってすりゃ、おさえられんことはないんだからな」

「わ、分かった」

「うむ。たのんだぞ」

 それだけ言葉を交わし、香田はポジションに戻る。そしてホームベース手前に立ち、今度は野手陣を見回して言った。

「いいかみんな! 三点あるんだ。ランナーは気にせず、アウトをひとつひとつ取っていこうよ!」

 聖明館ナインは「オウッ」と、快活に応える。

 香田がホームベース奥に屈むと同時に、次打者の八番加藤が左打席に入ってきた。こちらはバットをやや短めにして構える。

「加藤! 思いきっていけよ」

 キャプテン谷口の声掛けに、加藤は「はい!」と力強く返事した。

(ミートのうまい八番か)

 一方、香田は配球に悩む。

(有原は球威のあるタイプじゃないし。ちゃんと構えたところに投げてくれなきゃ、リードのしようがないんだよな)

 悩んだ末、ミットを外角低めに構える。

(ひとまずココよ)

 む、と有原はうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。

 外角低めの速球が、構えたミットをズバンと鳴らす。「ボール、ロー」とアンパイアのコール。それでも香田は、ホッと安堵の吐息をつく。

(やっと構えたトコに投げられたか。これで配球を考えようがあるってもんだ)

 今度はミットを内角低めに移動させる。そしてサインを出す。

(つぎはココよ)

 有原はサインにうなずき、サイドスローのフォームから第二球を投じる。

 内角低めの速球。アンパイアは「ボール!」とコールする。ちぇっ、と香田は小さく舌打ちした。

(あいかわらず目のいいやつめ。しかしここにきても、きっちりボールを選んでくるとは。めんどうなチームだぜ)

 打者を観察しつつ、香田は次のサインを出した。

(さ、つぎはコレよ)

 有原はうなずき、すぐに投球動作へと移る。シュッと風を切る音。

 内角低めのカーブ。加藤のバットが回る。カキ、と音がした。速いゴロが一塁側ファールグラウンドを転がっていく。

「くそっ、打ちそんじた」

 加藤は顔を歪めた。そして一旦打席を外し、数回素振りする。

(フフ。やはり最終回とあって、少しはプレッシャーを感じているようだぜ)

 周囲からは、なおも墨高応援団の「ワッセ、ワッセ、ワッセ」という大声援が響いてくる。さらに一塁側ベンチからは「力むな加藤!」「思いきっていけ」と声が飛ぶ。

(もういっちょコレよ)

 香田のサインに有原がうなずき、四球目を投じた。

「と……」

 内角低めを狙ったボールが、引っ掛けてショートバウンドする。香田は咄嗟にミットを縦にして捕球した。そして拾い上げ、三塁へ投げる構えをする。飛び出しかけていた井口は、すぐに帰塁した。

(まったく。オメーまで力むこたあねえんだよ)

 香田は有原に返球して、肩を上下させジェスチャーで力を抜くよう伝える。

「ほれ。リラックスするんだ」

「う、うむ」

 指示された通り、有原は肩を上下させる。

(まずストライクを入れてもらわねえと。四球でランナーをためでもしたらコトだからな)

 また思案の後、香田は五球目のサインを出す。そしてミットを真ん中に構えた。

(さあさあ。バックを信じて)

 有原はうなずき、しばし間を置いてから、五球目の投球動作へと移る。サイドスローのフォーム、その指先からボールを放つ。

 真ん中低めのカーブ。ボールが内寄りにくくっと曲がる。

「それっ」

 加藤は強振した。パシッと快音が響く。センターを大飛球が襲う。おおっ、と一塁側ベンチとスタンドから歓声が上がる。

「せ、センター!」

 香田の指示の声よりも先に、センター鵜飼が背走し始めていた。やがてフェンスに右手が付いてしまう。

「くっ」

 しかし鵜飼は、フェンスに片足を掛け左手のグラブを精一杯伸ばし、辛うじて捕球した。

「アウト!」

 二塁塁審のコール。

「とられたか」

 唇を噛みつつ、井口が三塁からタッチアップする。その間、鵜飼から中継のショート小松へボールが送られる。

「無理するな!」

 香田の指示により、小松はバックホームせず。井口がホームベースを駆け抜ける。スコアボードに、墨谷の得点が「2」と示された。

 二対四。墨高が二点差に詰め寄るも、ランナーがいなくなってしまう。一塁側スタンドから「ああ……」と溜息が漏れる。

「くそっ、もうひと伸びたりなかったか」

 加藤は肩を落とし、ベンチへと引き上げる。

「ドンマイよ加藤。あれをとられちゃ、しかたねえよ」

 横井が後輩を励ます。

「しかし、いまのアウトはいてえな」

 正直な思いを口にした戸室に、一瞬ベンチがシーンと静まり返る。

「な、なにを言うんスか!」

 丸井が声を上げた。

「最後まであきらめないのが墨高じゃありませんか。ここからスよ」

「そ、そうだったな」

 戸室そして他のナイン達の表情に、笑顔が戻る。

「さあ。つなげよ久保!」

 丸井の声援に、久保はネクストバッターズサークルにて「ハイ!」と力強く応えた。

 

 

2.土壇場の攻防

 

 三塁側ベンチ。

「やつら士気が落ちないな」

 聖明館監督はベンチ奥に立ち腕組みしたまま、相手ベンチを見つめていた。

「並のチームなら、ここまで追い詰められれば普通ガクンとくるものだが。これが兄さんの言ってた、谷口という男の怖さか」

 そしてメガホンを手に取り、選手達へ檄を飛ばす。

「おまえ達、最後まで気を抜くんじゃないぞ!」

 聖明館ナインは「はいっ」と快活に応えた。

 

 

 ホームベース手前に立ち、香田はフウと一つ吐息をつく。

(どうにか最初のヤマはこえたな。ちと危なかったが、打ってくれて助かったぜ)

 マスクを被り直し、ホームベース奥に屈み込む。

(あとは残りのバッターを、一人ずつ打ち取っていくだけだ)

 ワンアウトランナーなしとなった状況で、九番久保が右打席に入ってきた。こちらはバットを短めにして握る。

(有原の調子も戻ってきたし、こいつでカウントを稼ぐか)

 香田はサインを出し、ミットを内角に構えた。有原はサインにうなずき、ワインドアップから投球動作へと移る。

 内角のシュートが、打者の手元でくくっと曲がる。久保はこれを強振した。カキッ、と乾いた音が鳴る。ライナー性の打球が、しかし三塁側アルプススタンドに飛び込む。

「ファール!」

 三塁塁審が両手を掲げコールする。

(もういっちょコレよ)

 香田はサインを出し、再びミットを内角に構えた。有原が「む」とうなずき、テンポよく二球目を投じる。

 初球と同じく内角のシュート。久保はこれを強振した。しかし打球は、またも三塁側アルプススタンドに飛び込む。二球続けてファール。ツーストライクとなる。

「しまった」

 久保は唇を歪めた。

(ボールになるシュートを打たされた)

 一旦打席を外し、数回素振りする。その傍らで、香田はフフとほくそ笑む。

(いまさら気づいても、おせーんだよ)

 その時、一塁側ベンチより「落ちつけ久保!」と、キャプテン谷口が声を上げた。

「いつものように、じっくりボールを見ていくんだ」

「は、はいっ」

 久保は「そうだ。落ちつかねば」と自分に言い聞かせてから、打席に戻る。そしてバットを構えた。

(フン。落ちついたくらいで打てるほど、こっちは甘かねーぜ)

 香田は三球目のサインを出し、今度はミットを真ん中低めに構えた。有原がうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 スピードを殺したボールが、ホームベース手前ですうっと沈む。

「うっ」

 久保は上体を崩すも、辛うじてバットの先でボールに当てた。ガッと鈍い音。打球は三塁側ファールグラウンドを緩く転がっていく。

(あぶねえ。チェンジアップもあるのかよ)

 ファールにできたことに、久保は安堵の表情になる。一方、香田はちぇっと小さく舌打ちした。

(空振りするかと思ったが。運のいいやつめ)

 手振りで「ロージンだ」と、香田はマウンド上の有原に伝えた。投手は指示通り、足下のロージンバックを拾いパタパタと右手に馴染ませる。

(ちと揺さぶってみよう)

 香田は「つぎはコレよ」とサインを出し、ミットを外角低めに構えた。有原はうなずき、四球目を投じる。

 外角低めの速球。久保は振り遅れながらも、はらうようにスイングした。カキッ、と乾いた音。打球は一塁側ファールグラウンドに転がる。

(く。急なまっすぐだってのに、これも当てやがったか)

 香田は渋面になった。

(九番のくせに、なかなかいい反応しやがる)

 捕手の傍らで、久保はフウと吐息をつく。

(だんだん、あの投手のボールが分かってきたぞ。これなら……)

 迎えた五球目。香田は「だったらコレで」とサインを出す。有原はうなずき、サイドスローのフォームからボールを投じた。

 外角低めのカーブ。久保のバットが回る。カキッ、と音がした。速いゴロが一・二塁間を襲う。墨高の一塁側ベンチとスタンドから、一瞬「おおっ」と歓声が上がる。

 しかし次の瞬間、聖明館のセカンドが横っ飛びし、グラブで捕球した。そしてすかさず片膝立ちで一塁へ送球する。

「くっ」

 久保は一塁に頭から滑り込んだ。際どいタイミング。一瞬の静寂。

「あ、アウト!」

 一塁塁審のコール。今度は聖明館の三塁側スタンドから、ワアッと歓声が沸く。

「くそうっ」

 久保は右こぶしを一塁ベースに叩き付け、悔しさを露わにする。一方、香田はホッと安堵の吐息をつく。

(ちとヒヤッとしたが、どうにかツーアウトまでこぎつけたぞ)

 

 

「つ、ツーアウト……」

 ネクストバッターズサークル。次打者の丸井は、束の間呆然と立ち尽くす。

 ほどなく一塁より引き上げてきた久保が、すれ違い際に「すみません」とうつむき加減で言ってきた。その声に、丸井はハッとする。

「て、てやんでえ!」

 思わず大声を上げた。

「まだ試合が終わったわけでもねえのに、そんなしょぼくれたツラすんじゃねえ」

「は、はい」

「ほれ。分かったらさっさとベンチに戻って、仲間を盛り立てるんだ。いいな!」

「分かりました」

 久保を見送った後、丸井は打席へと歩き始める。その時後方のベンチより、キャプテン谷口が「丸井!」と声を掛けてきた。

「たのむ。なんとしてもつないでくれ」

「まかせといてください!」

 丸井は力強く応えた。そして右打席に入り、バットを短めにして構え「さあこい!」と気合の声を発す。

 一塁側スタンドの墨高応援団からは、丸井を後押しするように大声援が送られる。

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!

(たのんだぞ、丸井)

 打席に立つ後輩の背中を、谷口は祈る思いで見つめた。

(なんとか挽回のチャンスを作ってくれ)

 そして他のナインへ顔を向ける。

「さあ、みんなで丸井を盛り立てていこうよ!」

 キャプテンの掛け声に、ナイン達は「よしきた!」と、一斉にベンチから声援を送る。

「思いきっていけよ丸井。おまえなら打てる!」

「けっして打てないピッチャーじゃないぞ。ひるむな」

「ねらいダマをしぼって打ち返せ」

 一方、聖明館のキャッチャー香田はホームベース奥に屈み、丸井そして一塁側ベンチを観察した。

(土俵際まで追いこまれたというのに、最後まで威勢のいいチームだな。しかし気合だけでどうにかなると思うなよ)

 そして正面に向き直り、マウンド上の有原へサインを出す。

(まずコレよ)

 有原は「む」とうなずき、ワインドアップモーションから投球動作を始めた。シュッ、と風を切る音。

 外角低めのカーブが、半円を描くようにしてコースいっぱいに決まる。「ストライク!」とアンパイアのコール。

 あらら、と丸井は目を丸くした。

(ツーアウトを取ってラクになったからか、ますますコントロールがさえてやんの)

 感心しつつも、丸井はギロッと相手投手を睨む。

(でも負けないぞ。みんなが言うように、けっして打てないピッチャーじゃねえんだ)

 打者の思いをよそに、バッテリーは淡々とサインを交換する。

(つぎはコレね)

「うむ」

 内角に構えた香田のミット目掛け、有原は第二球を投じた。スピードのあるボールが、打者の手元で内側にくくっと曲がる。

「こなくそ!」

 丸井はこれを強振するも、打球は三塁側ファールグラウンドに緩く転がった。これでツーナッシング。

(く。シュートを打たされて、カウントを稼がれちまった)

 さすがに顔が引きつる丸井。その隣で、香田は次のサインを出す。

(さすがに焦ってきたようだし、こいつで誘ってみよう)

 マウンド上。有原はうなずき、すぐに投球動作を始めた。その指先から三球目が投じられる。

 外角高めの釣り球。丸井のバットが回る。ガッ、と鈍い音。

(しまった!)

 丸井は顔を歪める。打球はファースト高岸の頭上に、高々と上がった。墨高の一塁側ベンチとスタンドから「ああ……」と大きな溜息が聞かれる。

「くそっ」

 バットを放り、丸井は一塁へと走り出す。その眼前で、高岸が両手を挙げ「オーライ!」と周囲へ声を掛けた。

 打球は風に流される。高岸は白線をまたぎ、一塁側ファールグラウンドに移動した。

「おっと」

 やがて打球は落ちてくるも、さらに切れていく。高岸はじりじりとスタンド側へ足を進める。

「あっ……」

 次の瞬間。高岸が、足をもつれさせ転倒した。

「くそっ」

 それでも高岸は捕球しようと懸命に左手のミットを伸ばす。しかしボールはミットの先をかすめ、一塁側スタンド手前の土の上で弾んだ。

「ファール、ファール!」

 一塁塁審のコール。甲子園球場に、ワアッとどよめきが起こる。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第78話「自分を信じろ!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第78話 自分を信じろ!の巻
    • 1.キャプテン谷口の決心
    • 2.谷口登板
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

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 第78話 自分を信じろ!の巻

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1.キャプテン谷口の決心

 

 甲子園球場のスコアボードには、七回表を終了して聖明館が四対一で墨谷をリードと掲示されている。

 墨高ナインの陣取る一塁側ベンチでは、キャプテン谷口を中心に円陣が組まれていた。

「見てのとおり、相手はリリーフを複数用意して、こちらが分析するすべを封じた。しかし臆することはない」

 開口一番、谷口はそう話した。

「あと三イニング。われわれの野球をつらぬけば、必ず好機は回ってくるはずだ」

「しかし正直、痛いよな」

 正直な思いを告げたのは、横井だった。

「いま投げてる二番手にだって手を焼いてるのに、そいつを攻りゃくしかけたとしても、向こうはまたつぎのリリーフを送り込んでくる算段だからな」

 む、と戸室も同意する。

「しかも名門なだけあって、出てくるリリーフもエースとそん色ない力量だ。このままじゃ……」

 三年生二人の言葉に、他のナイン達も押し黙る。

(二人が言うのも、もっともだ)

 谷口も口をつぐんだ。

(このままだと向こうの思うように試合を進められてしまう。本当にもう、打つ手はないのか)

 逡巡を察したのか、倉橋が「谷口?」と怪訝げな目を向ける。他のナイン達も前屈みの姿勢のまま、キャプテンの言葉を待つ。

 しばし思案の後、谷口は胸の内につぶやく。

(こうなったら、そうするしかあるまい)

 そして顔を上げ、再び口を開く。

「なあみんな。われわれはいま、どこにいるんだ」

 丸井がやや戸惑ったふうに「こ、甲子園です」と答える。

「そう、甲子園に来て三回戦を戦っている。だからみんな」

 谷口は微笑んで言った。

「いまこそ、もっと自分の力量を信じようじゃないか」

「キャプテン!」

 意図を察したイガラシが声を上げる。

「それってデータのない相手投手を、正面から打ちくずそうってことですか?」

 真剣な眼差しで、谷口は答えた。

「そういうことだ」

 ええっ、と周囲からざわめきが漏れる。

「データもなしで、あの投手を」

「さすがになあ。ちょっと厳しいんじゃ」

 そんな声が聞かれた。

「みんなが戸惑うのは分かる」

 一旦ナインの戸惑いを受け止めた後、キャプテンは問い返す。

「でも、本当にできないのか?」

 えっ、と丸井が声を上げた。他のナインも目を見上げる。

「思い出してみろ」

 ふっと穏やかな表情になり、キャプテンは話を続けた。

「あの高岸はたしかに厄介なリリーフだが、うちはこれまでも、手ごわい好投手と何度も対戦して、そのたびに攻りゃくしてきたじゃないか」

 やや声をひそめて、さらに付け加える。

「たとえデータがなくとも、あのレベルの投手を打ちくずせるだけの力を、われわれは身につけてきたんじゃないのか」

 墨高ナインは、一様に神妙な顔でうなずく。

 

 

 七回裏。規定の投球を受け終えたキャッチャー香田は、セカンドへ送球した。そしてマスクを被り、ホームベース奥に屈み込む。

(墨高のやつら、ずいぶん長く話し込んでいたようだが。この期に及んで策もあるまい)

 ほどなくこの回の先頭打者、一番丸井が右打席に入ってくる。バットを短めに構え「さあこい!」と、気合の声を発した。

 フン、と香田は鼻を鳴らす。

(気合いで打てりゃ、世話ねーぜ)

 マウンド上では、高岸がロージンバックに左手を馴染ませる。

(こいつで様子を探ってみよう)

 香田のサインに高岸はうなずき、ワインドアップモーションから第一球を投じた。

 内角低めのカーブ。丸井はバットを強振する。パシッと快音が響いた。大飛球がライト頭上を襲う。香田はマスクを脱いで立ち上がる。

「ら、ライト!」

 香田の指示の声よりも先に、ライト甘井は背走し始めていた。しかしやがてポール際のフェンスに背中が付いてしまう。だがポールの外側に数メートル切れた。

「ファール!」

 一塁塁審が両腕を大きく掲げる。

「フウ。あぶねえ」

 香田は大きく息を吐く。

(こいつ小さいナリして、案外パワーあるじゃねえか)

 しばし思案の後、香田は次のサインを出す。

(コレで誘ってみるか)

 高岸はうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 内角高めの速球。丸井は悠然と見送る。ズバン、と香田のミットが鳴った。アンパイアが「ボール、ハイ!」とコールする。

(うーむ。振り回してくるかと思いきや、つりダマにはのってこないか)

 一塁側ベンチより「いいぞ丸井、ナイスセン!」と声援が飛ぶ。

(しかたない。きわどいトコ突いていくしかないか)

 香田は三球目のサインを出し、ミットを外角低めに構えた。高岸はうなずき、しばし間合いを取ってから投球動作を始める。

 外角低めの速球。丸井はバットをおっつけるようにしてスイングした。パシッと快音が響く。今度はレフト頭上を大飛球が襲う。

「れ、レフト!」

 香田がマスクを脱ぎ叫ぶ。

「くっ」

 レフト真壁は全速力で背走し、フェンスの数メートル手前でジャンプする。その精一杯伸ばしたグラブの先に、ボールが収まる。

「アウト!」

 三塁塁審のコール。墨谷応援団の一塁側スタンドから「ああ……」と大きな溜息が漏れた。一方、聖明館の三塁側スタンドからは「助かったぜ」「いいぞレフト!」と安堵の声が聞かれる。

「くそっ、もうひと伸びたりなかったか」

 丸井は悔しげに顔を歪め、ベンチへと引き上げていく。

「ナイスプレーよレフト!」

 好プレーの真壁に一声掛けた後、香田はフウと小さく吐息をついた。

(あぶねえ。おっつけてあそこまで飛ばすとは、なかなかやるな)

 一塁側ベンチでは、墨高ナインの数人が「おしいおしい」「ナイスバッティングよ丸井」と、好打を相手のファインプレーに阻まれた二年生に声を掛ける。

(なにもあわてることはねえ)

 香田はマスクを被り直し、胸の内につぶやく。

(一人ずつアウトを取っていけばいいんだ)

 ほどなく次打者の二番島田が、右打席に入ってきた。こちらもバットを短めに構える。

(こいつはミート重視か。それなら、またきわどいコースを突いていこう)

 しばし考えた後、香田はサインを出す。高岸はうなずき、ワインドアップモーションから第一球を投じた。

 外角低めの速球。島田は左足で踏み込み、スイングした。ガッ、と鈍い音。

「しまった」

 島田は頭上を仰ぐ。打球はバックネット方向への高いフライ。香田がマスクを脱ぎ、振り向いてダッシュする。

「くっ」

 しかし香田の眼前で、ボールはバックネットに当たる。ガシャンと音がした。

「ちぇっ。打ち取ったと思ったのに」

 香田は小さく舌打ちして、ポジションに戻る。

(だが、こいつは速球に振り遅れてる。このまま力押しでいけそうだな)

 またも外角低めにミットを構え、香田は「もういっちょここよ」とサインを出す。

「む」

 高岸はサインにうなずき、すぐさま投球動作へと移る。

 初球に続き外角低めの速球。島田は「それっ」と、バットをはらうようにスイングした。カキッ、と快音が響く。

 三遊間へ痛烈なゴロが飛ぶも、ショート小松が逆シングルで捕球する。そして素早いステップで一塁へ送球する。

「くそっ」

 ベースを駆け抜けようとした島田の眼前で、ファースト福井が送球を受けた。

「アウト!」

 一塁塁審のコール。打ち取られた島田は、ベンチに戻り「すみません」とチームメイト達に謝る。

「気にすんなって」

 三年生の横井が後輩を励ます。

「あの当たりをとられちゃ、しかたねえよ」

 一方、香田は渋面になる。

(またいい当たりされたな。そろそろやつらも、高岸のタマに目が慣れてきたか)

 その時だった。

「た、タイム」

 マウンドの高岸がアンパイアに合図し、「香田。ちょっと」と呼んできた。香田はすぐにマウンドへと駆け寄る。

「どしたい高岸。調子よくツーアウト取れたというのに」

「ああ。けど続けていい当たりされたのは、初めてだからよ」

「そりゃやつらも、そろそろおまえのタマに目が慣れてくる頃だからな。だが、そう心配あるまい」

 なだめるように、香田は言った。

「まだ三点あるし、いざって時にはリリーフの有原も控えてる」

「うむ。それは分かってるんだが」

 高岸は浮かない顔のままだ。

「なにか気になることがあるのか?」

 香田が尋ねると、香田は「む」とうなずき、ちらっと墨高の一塁側ベンチを見やる。ちょうどキャプテン谷口が、次打者の倉橋を送り出すところだった。

「倉橋も思いきっていけよ」

「おうっ」

 そんな会話が聞こえてくる。

「いい当たりされ出したのもあるんだが」

 声をひそめて、高岸は言った。

「やつらここに来て、ずいぶん思いきりよく振ってくるようになったと思わないか」

 高岸の言葉に、香田ははっとする。

「そ、そういや……」

 その時、アンパイアがマウンドに歩み寄ってきた。

「そろそろいいかね?」

「あ、はい。もうけっこうです」

 香田はそう返事して、高岸に言葉を掛ける。

「とにかくいままでどおり、きわどいコースを突いていこう。そうすりゃ大ケガすることはないはずだ」

「あ、ああ」

 やがてタイムが解け、香田はポジションに戻った。ほぼ同時に、次打者の三番倉橋が右打席に入ってくる。

(こいつはパワーありそうなナリだな)

 む、と香田はつぶやいた。ふとあることをひらめく。

(そうだ。やつらが打ち気にはやってるのなら、また誘いダマが使えるんじゃ)

 香田はサインを出し、ミットをほぼ真ん中に構える。

(ツーアウト取ったことだし、こいつで試してみよう)

 高岸はうなずき、ワインドアップモーションから第一球を投じた。

 ほぼど真ん中の速球。倉橋は悠然と見送った。ズバン、とミットが小気味よい音を鳴らす。「ストライク!」とアンパイアのコール。

「やはりはええな」

 倉橋はそうつぶやくと、一旦打席を外し、数回素振りした。その姿を、香田は横目で観察する。

(甘いタマを平然と見逃しやがったな。つぎはコレで誘ってみよう)

 二球目のサインを出し、今度はミットを真ん中低めに構えた。高岸はうなずくと、すぐに投球動作へと移る。

 真ん中低めのチェンジアップ。倉橋は一瞬ぴくっと体を動かすも、バットは振らず。ボールは低めに外れ、カウント1-1。

(くそ、のってこねえな)

 香田は渋面で返球した。そして次のサインを出す。

(しかたない。いままでのように、コースを突いて打ち取っていくか)

 高岸はしばし間合いを取ってから、投球動作を始めた。そして外角低めのコースへ快速球を投じる。

 倉橋はまたも手を出さず。アンパイアが「ボール!」とコールする。

(さすが三番なだけあって、いい目してやがる)

 高岸に返球しようとする時、香田はちらっと相手ベンチを見やる。

(しかし監督の言うとおり、大したチームだぜ。普通リードされて終盤をむかえりゃ、バッティングに焦りが見られるものだが、まるでそんな兆しがねえ。こりゃ少しでも気を抜いたら、きっと痛い目にあうぞ)

 束の間思案の後、香田は四球目のサインを出す。

(こいつでタイミングをずらそう)

 む、と高岸はうなずき、今度はすぐに投球動作へと移る。右足で踏み込み、グラブを突き出し、左腕を振り下ろす。シュッ、と風を切る音。

 内角低めのカーブ。倉橋のバットが回る。カキッ、と快音が響く。痛烈なゴロが三塁線を襲う。おおっ、と一塁側ベンチの墨高ナインの数人が身を乗り出す。

 ところが次の瞬間、サード糸原が横っ飛びし捕球した。そのまま片膝立ちになり、素早く一塁へ送球する。

「くっ」

 倉橋は一塁にヘッドスライディングする。間一髪のタイミング。

「あ、アウト!」

 一塁塁審のコール。相次ぐファインプレーに、聖明館応援団の陣取る三塁側スタンドが沸き立つ。一方、墨高応援団の一塁側スタンドからは「ああ……」と大きな溜息が漏れる。

「ナイスプレーよ糸原!」

 好守備のサードに声を掛けてから、香田はフウと一つ吐息をつく。

「やれやれ。どうにか三人で切り抜けたぜ」

 

 

 一塁側ベンチ。惜しくも凡打に倒れた倉橋が引き上げてきた。

「わりい。ねらってたカーブだったんだが」

 悔しがる倉橋を、谷口が「しかたないさ」と励ます。

「ありゃ向こうの守備がよかったんだ」

 その隣で、戸室が「あーあ」と頭を抱える。

「三本ともいい当たりだったのに。ひとつでも抜けてりゃなあ」

「なに。ヒットこそ出なかったが、向こうは面食らっただろうぜ」

 声を明るくしたのは横井だ。

「自慢のリリーフが、あれだけとらえられたんだからよ」

「横井さんの言うとおりです」

 イガラシも同調する。

「それにいくらリリーフの枚数が多いからといって、全員の調子がいいとはかぎらないですし。あの二番手投手が打たれるのを見て、ほんらいの投球ができないってことも」

「なーるほど」

 丸井がポンと両手を打ち鳴らす。

「こう考えりゃ、まだまだうちにチャンスはあるってこったな」

 そしてキャプテン谷口が「みんな分かってるじゃないか」と、朗らかに言った。

「さあ。反撃ムードを消さないためにも、この回しっかり守っていこうよ!」

 谷口の掛け声に、ナインは「オウッ」と快活に応えた。そして守備位置へと散っていく。

 

 

2.谷口登板

 

 三塁側ベンチ。

「香田、高岸。ちょっと来るんだ」

 聖明館監督が、バッテリー二人を呼んだ。

「は、はい」

「なんでしょう」

 香田と高岸は、監督の前で直立不動の姿勢になる。

「二人とも、あまり相手を意識しすぎるなよ」

 監督はまずそう告げた。

「やつらがそれなりに抵抗してくるのは、計算のうちだ。しかし何度も言うように、三点リードしてるうちが優位なのは間違いない。あと三イニング、その三点を使って逃げ切ればいいんだ」

 二人は「はい」と声を揃える。監督はさらに話を続けた。

「いい当たりされ出したとはいえ、おまえ達の攻め方は悪くない。これまでどおり、きわどいコースに投げ込んでいけば、そうそう連打されることはないはずだ。それよりあまりやつらを意識して、ヘタに策を講じようとすれば、ぎゃくにつけ込まれるぞ」

 監督はそう言うと、他のナインにも顔を向ける。

「なあおまえ達。この試合、たった四点で終わるつもりか? もっと点差を広げて、バッテリーをラクにしてやるんだ。いいな!」

 聖明館ナインは「はいっ」と快活に応えた。

 その時、甲子園球場にウグイス嬢のアナウンスが流れる。

―― 墨谷高校、選手の交代とシートの変更をお知らせいたします。ピッチャー片瀬君に代わりまして、岡村君が入りサード。サードの谷口君がピッチャーに、それぞれ入れかわります。

 キャプテン谷口の登板に、墨高の一塁側スタンドが「おおっ」とどよめく。

(なるほど……)

 聖明館監督は、胸の内につぶやいた。

(やつらも勝負にきたか)

 

 

 八回表。軽快にボール回しを行う墨高野手陣の真ん中で、キャプテン谷口がマウンドにて投球練習を始めていた。速球、カーブ、シュートと持ち球を投げ込んでいく。

 谷口登板に伴い、墨高はシートを変更した。ピッチャーの片瀬を下げ、岡村が谷口の抜けたサードのポジションに着く。

 やがて規定の投球数を受け終えた倉橋が、二塁へ送球した。そしてマウンドに駆け寄る。

「見てのとおり厄介な打線だが、どう攻める?」

 倉橋の問いかけに、谷口は「む」とうなずく。

「速球には強いようだし、変化球主体の投球がいいだろう」

「うむ。基本的にはそれでいいと思うんだが、やつらヤマをはってくるぞ」

「べつにかまわないじゃないか」

 キャプテンは気楽そうに答える。

「たとえねらわれても、芯に当てさせなけりゃいいんだ」

 えっ、と倉橋は目を見開く。

「おいおい。ずいぶん強気だな」

「ハハ。さっきああしてナインを鼓舞した以上、キャプテンのおれが手本にならなきゃ示しがつかんからな」

 朗らかに言った後、谷口は表情を引き締める。

「だから倉橋も、強気でリードしてくれ」

「む。分かった」

 そこまで言葉を交わし、倉橋はポジションに戻る。谷口はロージンバックを拾い、パタパタと右手に馴染ませる。

 倉橋はホームベース手前に立つと、野手陣へ声を掛けた。

「しまっていこうよ!」

 ナイン達は「オウヨッ」と、力強く応える。

 アンパイアが「バッターラップ!」とコールした。ほどなくこの回の先頭打者、一番甘井が右打席に入ってくる。

「さあこい!」

 甘井は気合の声を発し、初回と変わらずバットを長めに構えた。

(ほう。相手も気合を入れてきたな)

 横目で打者を観察し、倉橋は「まずコレよ」とサインを出す。

「む」

 谷口はうなずくと、足下にロージンバックを放り、ワインドアップモーションから第一球を投じる。

 内角低めのカーブ。甘井は強振した。しかしチップさせるも、ボールは倉橋のミットに収まる。

「くそっ」

 甘井は顔を歪めた。

(ねらってたというのに。なんて鋭いカーブなんだ)

 打者は一旦打席を外し、数回素振りしてから打席に戻る。

(つぎもコレよ)

 倉橋のサインに谷口はうなずき、すぐに二球目の投球動作へと移る。

 またも内角低めのカーブ。甘井のバットが回る。ガッ、と鈍い音。打球は三塁側ファールグラウンドに転がった。

(く。また……)

 甘井はマウンド上を睨む。

(なるほど、あの谷原が打てなかったわけだ。しかしこのおれが、二球続けて打ち損じるとは)

 打者の様子を、倉橋が傍らで冷静に観察する。

(だいぶムキになっているな)

 そして「つぎはコレよ」と、三球目のサインを出す。

 谷口はうなずくと、今度はしばし間を取ってから、投球動作を始めた。左足で踏み込み、グラブを突き出し、右腕を振り下ろす。

「あっ」

 外角低めの速球。ズバン、と倉橋のミットが鳴った。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアがコールし、右こぶしを高く突き上げる。

(しまった。ウラをかかれた)

 見逃し三振に倒れた甘井は、引きつった表情で引き上げていく。一方、倉橋は「やれやれ」とつぶやいた。

(うまくいってくれてよかったぜ。さて、つぎは)

 ほどなく甘井と入れ替わるようにして、二番小松が左打席に入ってきた。こちらもバットを長めに構える。

(きっと変化球が頭にあるだろうから、また速球でウラをかこう)

 倉橋のサインに、谷口は首を横に振った。

(えっ。じゃあ、コレ?)

 サインを変えると、谷口はうなずく。

(なるほど、念には念を入れてってことね)

 投手の意図を理解し、倉橋はミットを内角低めに構えた。その眼前で、谷口が投球動作へと移る。

 速いボールが、内角低めに投じられた。小松のバットが回る。しかし直球と思われたボールは、打者の手元でさらに内側に曲がった。ガッ、と鈍い音。打球は三塁側ベンチへと転がっていく。

「くっ、シュートか」

 小松は顔を歪める。

(フフ。いくら速球が好きでも、まっすぐとシュートの区別もつかないようじゃな)

 倉橋は含み笑いを漏らし、二球目のサインを出す。

(ちと打ち気にはやってるようだし、こいつで引っかけさせよう)

 む、と谷口はうなずく。そしてしばし間を置いてから、二球目を投じた。またも速いボールが、今度は真ん中低めに投じられる。しめた、と小松はスイングした。

 しかし次の瞬間、ボールはホームベース手前でストンと落ちる。

「うっ」

 打者はこれを引っ掛けてしまう。ガキ、と鈍い音。セカンド正面に転がったゴロを丸井が難なくさばき、ファースト加藤へ送球する。

「アウト!」

 一塁塁審のコール。ベースを駆け抜けた小松は、思わず膝に両手をつく。

(やられた。いまのはフォークか)

 うつむき加減でベンチへと歩き出した小松に、次打者の香田が声を掛ける。

「どしたい二番。あれしきのタマを引っかけちゃって」

「おい香田」

 小松は顔を上げ、険しい表情で言った。

「あのピッチャーを甘く見ると、痛い目にあうぞ」

「う、うむ」

 味方の言葉に戸惑いながら、香田は右打席に入る。そしてバットを長めに構えた。

(なんでえ。あいつ自分が打ち取られたからって、けわしい顔しやがって)

 一方、倉橋は打者の様子を観察する。

(あくまでも長打ねらいか。敵さん、あいかわらず強気なことで)

 だが、と胸の内につぶやく。

(この三番は一発がある。まずは慎重にアウトコースを突いていくか)

 外角低めにミットを構え、サインを出した。ところが、谷口はまたも首を横に振る。倉橋は苦笑いした。

(あ、こっちも強気でいくんだったな。それじゃあっと)

 ミットを内角低めに移動し、二度目のサインを出す。谷口が今度はうなずいた。そして投球動作へと移る。

 内角低めのカーブ。香田は一瞬ぴくっと体を動かすも、バットは出せず。

「ストライク!」

 アンパイアのコール。む、と香田は渋面になる。

(すげえカーブだぜ。しかもコースいっぱいか。これじゃ一、二番があっさり打ち取られるわけだ)

 マウンド上。谷口はテンポよく、二球目を投じた。初球に続き内角低めのカーブ。香田のバットが回る。カキ、と音がした。打球は三塁側ファールグラウンドに転がる。

(よし、追い込んだぞ。最後は……)

 倉橋のサインに谷口はうなずき、三球目の投球動作を始めた。そして指先からボールを放つ。シュッ、と風を切る音。

 真ん中低めのフォークボール。香田はこれを引っ張る。打球はまたも三塁側ファールグラウンドを転がっていく。

(くそ。いまのは、わざとファールにしやがったな)

 倉橋は顔を歪めた。その後、カーブ二球とシュート一球を投じたが、いずれもカットされる。

 フン、と香田は鼻を鳴らした。

(そちらが変化球主体でくることは分かってんだ。でもこうしてカットしてりゃ、いずれしびれを切らしてまっすぐを投げてくるだろう)

 その傍らで、倉橋が「そろそろいくか」と、七球目のサインを出す。谷口はうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 内角高めの速球。香田のバットが回る。カキッという音。

(し、しまった。打たされた)

 香田が唇を噛む。その眼前で、打球はレフト頭上に高々と上がる。

「オーライ!」

 レフト横井は数歩後退しただけで、余裕を持って顔の前で捕球した。これでスリーアウト、チェンジ。

「ナイスピーよ谷口!」

「上位打線を相手に、よくおさえてくれたぜ」

 墨高ナインはエースに声を掛けながら、足取り軽くベンチへと引き上げていく。一方、倉橋はフウと安堵の吐息をついた。

(どうにか最後はねらいどおり、高めのつりダマを打たせることができたな)

 そしてマウンドを降りてきたエースに「さすがだぜ谷口」と、声を掛ける。

「なーに。これからさ」

 谷口は何事もなかったかのように、淡々と応えた。

 

―― この後も谷口は力投を見せ、続く九回も聖明館打線を難なく三者凡退におさえたのだった。

 一方、聖明館の二番手投手をとらえ出した墨高打線だったが、いずれも相手の好守によりヒットにはならず。

 そして試合は四対一と聖明館リードのまま、九回裏の墨高の攻撃を残すのみとなったのである。

 

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敗戦を次に生かすことができる町田ゼルビア、また同じような負けを繰り返しそうなサッカー日本代表

 

 

1.チームとして問題点を修正できる町田ゼルビア

 

 J1リーグ第6節にて、町田ゼルビアサンフレッチェ広島に1-2と敗れ、今シーズンの初黒星を喫した。しかしこの敗戦は、むしろ町田にとってプラスに働くと思う。

 

 先に断っておくが、次戦以降町田が再び勝ち星を重ねることを保証しているのではない。サッカーは相手があるものだし、そろそろ研究・対策もされてきているはず。町田が良いプレーをしても、相手チームのパフォーマンスがそれを上回ることだってあるだろう。

 

 ただ勝敗は別にして、町田が一つの負けをきっかけにチームとしての歯車が狂い、転落していくことはないだろうと確信する。むしろこの敗戦も一つのデータとして、次戦以降の改善へとつなげていくはずだ。

 

 なぜなら町田には、“立ち返る場所”があるからである。

 

 町田に関する取材記事等の資料によれば、黒田監督は守備等における原則を定め、それをチームにきちんと落とし込んでいると聞く。実際、私が観戦した試合でも、選手達のポジショニングが非常に整備されており、まるでチーム全体が一つの意思を持った生き物のようであった。

 

 これだけ原理・原則が徹底されていれば、エラー(=改善点)を発見するのも容易だろう。少なくとも原理・原則が未整備なチームよりは、次同じようなやられ方をする確率は低いはずだ。

 

2.チームの問題点を修正する術がない日本代表

 

 翻って、日本代表である。

 

 森保一監督が戦術の仕込みをほとんど行わないというのは、すでに知られた話である。「もっと指示して欲しい」「戦術が欲しい」と訴える選手も複数出てきている。

 

 それで勝てていればまだ良かったのだが、周知の通り、日本代表は先のアジア杯にて準々決勝敗退という屈辱を味わった。

 

 さて、日本代表はあの敗戦から“どうやって”改善点を見出すのだろうか。

 サッカーYoutuberとして著名のレオザフットボール氏の言葉を借りれば、今の日本代表は「コンビニのアルバイトのマニュアルがない」状態である。

 マニュアルさえあれば、従業員の接客態度なり業務の進め方なりで何かしら問題点を見つけ、それを改善へとつなげていくことはできるだろう。

 

 しかし、そもそもマニュアルがなかったら? 従業員は何をいつどのようにすれば分からずパニックに陥り、店内はメチャクチャになってしまうはずだ。そしてそんな事態になっても、マニュアルがないのだから、次どこを改善すればいいのか分からない。また同じことの繰り返しになるのは目に見えている。

 

 森保一監督は、日本代表のコーチ陣やチームスタッフは、アジア杯敗退の原因をきちんと分析し、明確に把握しているだろうか。そして、次は同じ失敗を繰り返さないよう、修正すべきポイントを選手達に植え付けることはできるだろうか。

 

 できるはずがない、と私は思う。

 

 そもそもチーム内に原理・原則がないのに、どこが問題だったか等と明確に指摘できるはずがないではないか。またぞろ“個の力”などと曖昧な言葉で逃げるのではないか。それとも三苫薫の不調や伊藤純也の離脱のせいにして、後はほとぼりが冷めるのを待つだけではないか。

 

 すべて私の杞憂ならいい。だが実際は、報道等を見聞きする限り、すでに今述べたような兆候が起こり始めているようではないか。

 

 いや、日本代表の問題が劇的に改善する方法が、実は一つだけある。

 それは現状のベストメンバーが集結し、ベストコンディションで試合をすることだ。そうなれば、あれだけの力を選手達なのだから、あまり監督の力は必要ない。

 もっとも……そんな都合のいいことはそうそうないから、あのアジア杯では屈辱を突き付けられたわけだが。

 

 きちんとした原理・原則を持つチームは、もちろん好不調の波はあるにしても、組織として崩れることはそうそうない。

 

だから私は、町田が広島戦の敗戦を受けてどのように修正し、チームを立て直してくるかが、むしろ楽しみだ。

 一方の日本代表は、その時のメンバーやコンディションで望外の勝利を収めることはあるだろうが、組織として強くなることはほぼ期待できない。また同じような敗戦を繰り返すことになるだろう。

 

※追記 J1リーグ第7節、町田ゼルビアはアウェーで川崎フロンターレを1-0と下した。