南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』小ネタ集⑩ -<「ロミオとジュリエット」「夏休み俳句教室」>ほか-

 

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1.兄弟ゲンカ

 

キャププレ小ネタ「兄弟ゲンカ」

 

慎二:兄ちゃんのバカ! 分からず屋!!

 

イガラシ:分からず屋は、おまえの方だ。もちっと勉強しろい。

 

慎二:兄ちゃんが頑固すぎるんだよ。

 

イガラシ:なんだと、このヤロウ! 言わせておけば。

 

慎二:兄ちゃんこそ、少しは人の話を聞きなよ。

 

イガラシ:それはこっちのセリフだ、この頭でっかち!

 

慎二:なんだと!

 

イガラシ:なにを!?

 

慎二:兄ちゃん、どうしていつも豚骨ラーメンの良さを認めないのさ。

 

イガラシ:認めないとは言ってないだろう。ただあんなの、素人にも作れると言っただけだ。

 

慎二:いいや分かってない。鶏ガラの素材、火加減。すべてを調和させるのが、プロの技だ。

 

イガラシ:モノを揃えりゃ、誰だってできるね。その点、塩ラーメンはごまかしが効かない。

 

慎二:数ある素材を生かすのが、プロだろう。

 

イガラシ:いいや、限られた素材を生かしてこそ、本当のプロだ。シンプル・イズ・ベストだと、あきお先生も言ってたろう。

 

慎二:こんな時に、メタ発言は卑怯だよ。

 

イガラシ:なにいっ!

 

イガラシ父:お、おい二人とも。そろそろ開店時間なんだ、その辺にしてくれよ(まったく。試験期間で練習がないと……ヒマなもんで、すぐこれだ)。

 

イガラシ母:おまえ達。うちは醤油ラーメンだが、なにか文句あるのかい(青筋を立てている)

 

客1:あんのー、冷やし中華一丁!

 

客2:俺は担々麺!

 

 

<完>

 

 

2.ロミオとジュリエット

 

近藤(ジュリエット役):おおロミオ。あんさんはどないして、ロミオなんや?

 

イガラシ(ロミオ役):はは、ジュリエット。いつからそんな、けったいな関西弁なんて使うようになったんだね。まあ、いい。ボクは君がこの世に存在する限り、ずっとロミオなのさ。

 

近藤:まあたそんな、いきったセリフ吐いてからに。ワイ、知っとるのやで。あんさんが、他に女がいるってこと。

 

イガラシ:(ぎくっとして)な、なにを言ってるんだい。ぼくが愛しているのは、この世でただ一人。ジュリエット、君だけだよ。

 

近藤:もう、あなたって……なんて罪深いお人なの!(そう言って抱きついてくる)

 

イガラシ:(本気でイラっとして)こんニャロ!(近藤の脇腹を肘でどつく)

 

近藤:おふっ! な、なにしますの。

 

(突然「カーット!」と声が響く)

 

丸井(脚本担当):こらイガラシ。そこでジュリエットをどつくなんて指示、してないぞ。

 

イガラシ:あースミマセン、つい(棒読み。本気でイラついている)

 

丸井:まったく……らしくねーな。もうこれで、五回目のNGだぞ。

 

イガラシ:ですから、最初からムリがあったんですよ。いったい誰なんスか、古典の『ロミオとジュリエット』を“昼ドラ”テイストでやろうなんて言った、大バカヤロウは。

 

丸井:し、しかたねーだろ。俺は元々“昼ドラ”をやりたかったんだが、うちの校長が『ロミオとジュリエット』を好きらしいからよ。

 

イガラシ:なんで校長の意見なんて、聞かなきゃいけないんです?

 

丸井:そりゃオメエ……校長の匙加減一つで、来年の野球部の予算が決まるからだよ。おまえらだって、カネはないに越したことたぁねえだろ。

 

イガラシ:カネが大事なのは分かりますけど、なんでそれが文化祭の出し物で決まるんスか。

 

丸井:てめえ、文句ばかり言ってねえで、少しは協力しろよ。

 

イガラシ:協力してるから、こうしてやりたくもないロミオ役の練習をしてるんじゃありませんか。けど、やっぱりムリですって。

 

丸井:なにがムリなんだよ!?

 

イガラシ:“昼ドラ”テイストを出すんなら、ロミジュリより『源氏物語』の方がいいと思うんスけど。そっちの方が、ドロドロの愛憎劇がくり広げられてますよ。

 

一堂:……(二人とも“昼ドラ”テイストを入れ込むのは、同意見なのかよ!!)。

 

<完>

 

 

3.墨高野球部「夏休み俳句教室」

 

(とある日の野球部室。墨高ナインの「な、なんだって!?」という声が響き渡る)

 

丸井:な……“夏休み特別俳句教室”だって? あの部長、なに考えてんだよ。俺っちら、文芸部員じゃないんスよ。

 

谷口:う、うむ(苦笑いして)。なんでも言葉の力を身につけることで、野球の実力アップにつながるんだとか。

 

倉橋:まあ……たしかに作戦を考えたり、相手の弱点を伝え合ったり知る時には、あまり語彙のないやつじゃ困るけどよ(なぜか丸井をじっと見つめる)。

 

丸井:く、倉橋さん。どうして俺っちを、見て言うんスか。

 

倉橋:べつに深い意味はねーよ(笑いをこらえている)。

 

イガラシ:ま、いいじゃないですか。やるなら早く始めましょう。

 

丸井:なんだいイガラシ。おまえ、こういうの好きなのか。

 

イガラシ:そういうワケじゃありませんがね。さっさとすませて、練習を始めたいので。

 

谷口:ハハ、それもそうだな。と、ところで……(一つ咳払いをして)みんなに紹介したい人がいるんだ。

 

丸井:へ、紹介って……?

 

(ふいに流れ出す電線音頭のBGMとともに)

 

谷口父:(ねじり鉢巻き、マイクを片手に)どうも皆の衆。ただいま、せがれより紹介にあずかりやした、谷口です。どうぞ、よろしく~(顔が赤い)

 

谷口:と、父ちゃん……飲んじゃダメじゃないか(慌てる)。

 

一堂:と、とうちゃんって……!?

 

丸井:き、キャプテンの……お父様であらせられますか!!

 

谷口父:オウ。いかにも、こいつの父であらせられるぜ。今日の司会は、この俺が進めていうから、よろぴくねぇ~。

 

一堂:さ、寒い……

 

谷口父:ではさっそく。この俺から、自慢の句を披露させてもらおう。そんじゃ……

 

釘を打ちあの娘の瞳見つめてる

 

谷口:あ、あの娘って……まさか母ちゃんのこと!?

 

谷口父:んなワケあるか、あんなオッカナイ女。父ちゃんがもっとわけぇ頃、初恋の人のことを詠んだんだ。どうだ、いい句だろう!?

 

倉橋:……う、ううむ。俺も、俳句のことはよく分からないスけど、あまり上手くないのは分かります。

 

横井:俺もそう思う。

 

戸室:お、俺もっス。

 

谷口父:なんでえ、オメエら。詩心がねえな。

 

半田:(おずおずと挙手して)あ、あの……そのことなんですが(なぜか分厚い封筒を抱えている)。

 

谷口:どうしたんだ半田、その分厚い封筒は。

 

半田:じつは今日のイベントについて、ある人からビデオレターをもらってるんです。

 

谷口:(だいぶ動揺して)ま、まさか……父ちゃんの初恋の人?

 

半田:い、いえ……キャプテンも、それにみなさんも、知っている人です。

 

 

一堂:だ、誰だろう……

 

(封筒からビデオを取り出し、部室のテレビにて再生する。そこには、とあるグラウンドの風景。そして「フフフ、皆さんお揃いのようですね」と、不敵な笑い声)

 

丸井:こ、この声は……!

 

(画面に、ライバル佐野が姿を現す)

 

一堂:さ……佐野じゃねえか!!

 

佐野:やあ墨高野球部の諸君。俳句教室なんて、シャレたことやるそうだな。できることなら、この俺が直々にアドバイスしてやりたかったが……

 

丸井:なんでキサマなんかに、アドバイスされなきゃいけねえんだ。

 

イガラシ:……シッ(人さし指を立てる)

 

佐野:ハハ。その顔は、「なんでおまえに俳句のアドバイスをされなきゃいけないんだ」と思ってるな。実はこう見えて、俺は文武両道でねえ。中3の時には、全国俳句コンクールで三位に入ったこともあるのだよ。

 

丸井:けっ、なんだよ気取りやがって。きさまは野球だけやってろ!

 

佐野:ははん。今だれか、「おまえは野球だけやってろ」と言ったな。そういうことを言うやつほど、大事な受験にすべったりするから、気をつけたまえ。

 

丸井:あっ……(顔真っ赤。バツが悪そうに下を向く)

 

佐野:ところで……谷口キャプテンの、お父さん。

 

谷口父:いっ。お、俺かい?

 

佐野:あなたの俳句、読ませていただいた。

 

谷口父:そうかい。どうだ、いい句だったろう。

 

佐野:こう言っちゃ申し訳ないが……青葉でいえば、二軍の補欠にも入れないレベルです。

 

谷口父:へっ……な、なにぃ!

 

佐野:これ、基本なんスけど……まず季語がないじゃありませんか。

 

イガラシ:あーあ、言われちゃいましたね。

 

佐野:それに「あの娘の瞳」を見つめて「釘を打つ」なんて、手もとが狂って指に釘を打っちゃいますよ。

 

谷口父:アウッ!!

 

佐野:季語がない上に、内容もなに言ってるのかよく分からない。百点満点の、三十点がいいトコでしょうね。

 

谷口:そ、そんな……(魂が抜け、その場にへたり込む)

 

谷口:と、父ちゃん……

 

(数分後。ナイン達の手元には、短冊が二、三枚置かれている)

 

谷口:それじゃ……書けた者から、順次発表していこうか。

 

横井:ほいっ!

 

谷口:おお、早いな。

 

横井:さっそくいくぜ。ええっと……<空見上げ雨を心配トンボがけ

 

丸井:す、すごいっ。いきなり、それっぽいのできたじゃないスか!

 

横井:まあな。俺、こう見えて国語は得意なんだよ。

 

イガラシ:いや……これもダメですよ。

 

横井:ムカッ! ど、どうしてだよ!!(青筋を立てる)

 

イガラシ:横井さんの句も、季語がないじゃありませんか。

 

倉橋:た、たしかに。

 

イガラシ:それと空を「見上げ」なんて、書く必要がないでしょう。空は見上げるものなんですから。ついでに言うと「雨を心配」と言ってる時点で、空を見てるってことでしょう。なら「空」もいりませんよ。

 

横井:……(グウの音も出ない)

 

谷口:なんだイガラシ、くわしいじゃないか。

 

イガラシ:いえ。ただ授業で先生が話してたのを、覚えてただけです。

 

丸井&井口:そ、そうなのか……(授業中は寝ている)

 

半田:あの……じゃあ、こうしたらどうかな?

 

一堂:えっ!?

 

半田:<この風は雨が来そうな油蝉(アブラゼミ>。こうしたら、空と雨がかぶらなくてすぶし、ちゃんと季語「油蝉」も入ってるでしょう。

 

イガラシ:あ、たしかにイイですね。野球の練習で、よく見る光景ですし。

 

井口:ほーい、できた!!

 

谷口:おっ井口、意外に速かったな。読んで見ろ。

 

井口:はいっ。<炎天下試合に勝てば焼肉だ>ど、どうスか?

 

丸井:なんでえ、その食いしん坊な句は。三十点だ、三十点。なぁイガラシ。

 

イガラシ:いえ、そこまで悪くはないと思います。

 

丸井:あらっ(ずっこける)。

 

イガラシ:これはちゃんと、季語「炎天下」が入ってますし。ちゃんと光景も浮かびますから。ま、なんの試合か分かりにくいのが、ちと減点ですかね。五十点くらいはあるかと。

 

半田:ぼくもイガラシ君と、同意見です。もうちょっと分かりやすくするなら、こんな感じでしょうか……<ウイニングボール真夏のバーベキュー

 

井口:バーベキューとは、なかなかシャレてますね。しかもウイニングボールとは……フフ、なにより俺にふさわしいな。

 

横井:まてよ半田。これって五・七・五になってないだろう。

 

イガラシ:いえ、これは……“破調(はちょう)”ですね。

 

横井:は、ハチョウだって!?

 

イガラシ:ええ。俳句って、かならず五・七・五じゃなくても、十七音を自由に組み変えることができるんです。それを破れた調子と書いて“破調”と言うんですよ。

 

谷口:なるほど。さすがイガラシ、よく勉強してるな。

 

イガラシ:い、いえ……(ほんとにスゴイのは、半田さんだよ。この破調、もしや自分で考えたのか)

 

丸井:え、ええと……キャプテンの親父さんの句、ちょっと直してみました。

 

谷口:わ、わざわざスマンな。

 

丸井:いえいえ。では……<炎天下あの娘に届けホームラン>どうです?

 

谷口:ああ……だいぶマシにはなったな。その、「季語」も入ってるし。

 

丸井:は、はぁ……マシですか(ちょっと不満顔)。

 

イガラシ:悪くはないスけど、なんかありきたりですよ。どっかの安っぽいポスターのキャッチコピーみたい。

 

丸井:ムッ。こんにゃろ、言いたい放題……

 

半田:じ、じゃあ。こういうのはどう? <ホームランボールあの娘と夏空と>さっきのと似てるけど……

 

横井:また破調かい。

 

丸井:む、けど……たしかにオシャレにはなったな。

 

イガラシ:じゃあ、つぎはぼくが。えっと……<スクイズを外された音炎天下

 

谷口:おっ。なんだか今までで、いちばん俳句っぽいな。

 

半田:うん、すごくいいよ。スクイズを外した、ミットのパァンっていう音とか、夏の日差しとか、よく伝わってくるし。

 

倉橋:おっ……もしかして、こんな感じでいいのか。

炎天下シートノックはあと百球

 

半田:倉橋さんも、スゴイじゃないですか。もうコツをつかんだんですね。

 

イガラシ:……あ、あの半田さん(苦笑いして)さっきから批評が、だいぶ本格的な感じですけど。もしかして、やってたんスか?

 

半田:え、いや……イガラシ君と一緒だよ。国語の授業で……

 

イガラシ:でも「コツ」なんて、作り方を知ってる人じゃなきゃ、出てこない言葉ですよ。

 

谷口:照れなくていいんだぞ、半田。べつに恥ずかしいことじゃないんだ。

 

半田:……あ、あの。さっき佐野君が、俳句コンクールで三位になったと、言ってましたよね。

 

谷口:うむ、たしかにそう言ってたな。

 

半田:そのコンクールで、ぼく……一位だったんです。

 

一堂:な、なんだって!

 

丸井:すげえ。全国で、トップだったのかよ。意外な特技……

 

倉橋:ところでよ……谷口、おまえもそろそろ読めよ。

 

谷口:へっ、俺も?

 

倉橋:そうだ。ずりーぞ、ほかのやつにだけ読ませて。

 

谷口:……わ、分かったよ。ええと……<夏の空アイスみたいな白い雲

 

一堂:か、カワイイ!!(大爆笑)

 

 

 

 

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