南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【野球小説】続・プレイボール<第79話「九回ウラの攻防戦!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  

 

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 第79話 九回ウラの攻防戦!の巻

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1.九回裏

 

 九回裏。三塁側ベンチにて、聖明館監督は控え選手の一人に指示した。

「おい。ブルペンの有原(ありはら)を呼んでくるんだ」

「は、はい」

 その選手はすぐにベンチを飛び出し、ブルペンへと走る。

(うーむ)

 三番手投手を待つ間、監督はしばし思案する。

(高岸はノーヒットとはいえ、ここにきて何度もいい当たりをされてる。もし出塁を許せば、墨谷は確実に勢いづくだろう。したがって、ここは継投するのが定石だが……)

 ほどなくブルペンより、有原という細身の投手が、先ほどの控え選手と捕手を伴い駆けてきた。そして監督の前で直立不動の姿勢になる。

「有原、肩はできているな?」

 監督の問いかけに、有原は「はい」とやや緊張した表情で答える。

「高岸達にも言ったが、三点のリードを使って逃げ切ればいい。ヘンにおさえようと力むな。きちんとコースを突いていけば、あとはバックがしっかり守ってくれる。いいな」

「はい!」

 有原がマウンドへ向かうと同時に、監督もベンチを出て、アンパイアに投手交代を告げる。やがてウグイス嬢のアナウンスが流れてきた。

―― 聖明館高校、選手の交代とシートの変更をお知らせいたします。ファーストの福井君に代わりまして、有原君が入りピッチャー。ピッチャーの高岸君がファーストに、それぞれ入れかわります。

 監督はベンチ奥に戻ると、渋面で腕組みする。

(打てる手は打った。だが危険でもある。有原は予選でリリーフは慣れてるとはいえ、甲子園とはレベルがちがう。しかもプレッシャーのかかる九回だ)

 フウ、と一つ吐息をつく。

(なんとか首尾よく、一つ目のアウトを取れたらいいが……)

 やがてマウンドに上った有原は、サイドスローのフォームから投球練習を始めた。

 

 

 一塁側ベンチ。墨高ナインはキャプテン谷口を中心に円陣を組みつつ、マウンド上の三番手投手有原の投球練習を観察する。

「右のサイドスローか。片瀬と同じだな」

 倉橋の言葉に、横井が「む」とうなずく。

「おれたちゃ片瀬のタマを練習で打ってるし、そのイメージでいけば攻りゃくできるんじゃねえの」

 ええ、と島田が同調した。

「片瀬のようなクセ球がない分、あっちの方が打ちやすいかもしれません」

「それだけじゃありませんよ」

 冷静に言ったのはイガラシだ。その視線の先では、ファーストに戻った高岸が内野陣のボール回しに参加している。

「見てくださいよ、相手の内野。二番手だった投手をファーストに残してます」

「というと、どういうこったい?」

 丸井の質問に、イガラシは「あ」とずっこけた。それでもすぐに表情を引き締める。

「あの三番手投手が本当に信用できるのなら、ベンチに引っ込めてもよさそうじゃありませんか。それを残してるということは……」

 隣で井口が「なるほど」と、口を挟んだ。

「継投になにかしらの不安があるってこったな」

 ああ、とイガラシは首肯する。

 円陣の中心で、谷口はナイン達の様子を頼もしげに眺めていた。

(悪くないムードだ)

 そう胸の内につぶやく。

(あと一イニングしかないというのに、みんなの士気は落ちていないし、焦りも感じられない。これなら、なにかひとつきっかけさえつかめば、十分逆転できるぞ)

 その時、倉橋が「さあキャプテン」と発言を促してきた。うむ、と谷口はうなずき、全員を見回してから口を開く。

「いいかみんな。相手がなにをしてこようと、われわれの野球をやるだけだ。これまで培ってきた自分達の力を、いまこそ信じよう。いいな!」

 ナイン達は「オウヨッ」と、力強く応えた。

 そして谷口は、一人の人物の名前を呼ぶ。

「井口」

「は、はい」

 突如呼ばれた一年生は、戸惑ったふうに目をぱちくりさせる。

「この回代打いくぞ。おまえの一振りで、向こうの出鼻をくじいてやるんだ」

「分かりました。まかせといてください!」

 井口は意気込んで返事した。

 

 

 ホームベース奥にて、規定の投球を受け終えた聖明館のキャッチャー香田は、素早く二塁へ送球した。そして立ち上がり、マウンドへと駆け寄る。

「調子は悪くなさそうだな」

 声を掛けると、有原は「あ、ああ」とやや引きつった表情で応えた。

「おい。緊張してるのか?」

「な、なに。すぐ落ち着くさ」

「ったく。しょーがねえな」

 香田は右手でポリポリと頬を掻く。

「いいか有原。監督も言ってたが、三点のリードがあるんだ。おまえがいつもどおり投げりゃ、おさえられないことはない。それにいざとなりゃ、高岸も控えてるんだし」

「分かってるって」

 やや強がるように、有原は笑みを浮かべる。

「墨谷の下位打線なんざ、ひとひねりしてやるよ」

「そうだ、その意気だ!」

 香田はそう言って、リリーフ投手を励ました。そして一人ポジションに戻り、マスクを被り直す。

(七番からだったな)

 その時、甲子園球場にウグイス嬢のアナウンスが流れてきた。

―― 墨谷高校、選手の交代をお知らせいたします。七番サード岡村君に代わりまして、井口君。バッターは、井口君。

(ほう、代打を使ってくるのか)

 香田の視線の先で、代打を告げられた井口がネクストバッターズサークルにて、マスコットバットをブンブンと振り回す。

 フン、と香田は鼻を鳴らした。

(墨谷にしては、けっこういいガタイしてるな。だが、いまさらバッターを代えたところで、どうにかできると思うなよ!)

 ほどなくアンパイアが「バッターラップ!」とコールする。そして井口が左打席に入ってきた。

「さあこい!」

 バットを長めにして構え、気合の声を発す。

(左か。しかし、えらく鼻っ柱の強そうなやつだな)

 しばし思案の後、香田はサインを出した。そしてミットを内角に構える。

(こういう打ち気にはやってるやつは、インコースの変化球で詰まらせてやれ)

 マウンド上。有原はサインにうなずき、サイドスローのフォームから第一球を投じた。

「うっ」

 次の瞬間、香田は顔をしかめた。内角を狙ったはずのカーブが、ど真ん中に入ってしまう。井口はためらうことなくフルスイングした。パシッ、と快音が響く。

 一塁側ベンチの墨高ナインとスタンドの応援団から「おおっ」と歓声が上がる。

「ライト……いや、センター!」

 指示の声を飛ばした香田の眼前で、鋭いライナー性の打球が右中間を深々と破った。ツーバウンドでフェンスに達し、跳ね返る。

 打った井口は大きな体を揺すりながら一塁ベースを蹴り、二塁へと向かう。

「くそっ」

 センター鵜飼がようやく打球を拾い、中継のセカンドへ投げ返す。この間、井口は二塁ベースも蹴り、さらに三塁へ向かって突進する。

「く……」

 ボールを受けたセカンドはサードへ送球しようとするも、すでに井口はベースに頭から滑り込んでいた。スリーベースヒット。

「どうだ見たか!」

 三塁ベース上で、井口は左こぶしを突き上げる。

「ナイスバッティングよ井口!」

 一塁側ベンチより、キャプテン谷口が快打の一年生を称える。

「この鈍足め。よく走ったぞ」

 丸井は皮肉を交えながらも嬉しげに声を掛けた。

「よし、これで向こうの出鼻をくじいたぜ」

 横井の言葉に、戸室が「む」と同調する。

「イガラシの言ったとおり、出てくるピッチャーがみんな調子いいとは限らないものだな。これで流れがくるかも」

 盛り上がる墨高ナイン。それに呼応するかのように、スタンドの応援団も大声援を送る。

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ……

 一方、聖明館のキャッチャー香田は、アンパイアに「タイム」と合図しマウンドへと駆け寄った。

「おいおい有原」

 険しい表情で三番手投手に声を掛ける。

「緊張してるからって、ありゃねえぞ。ど真ん中に投げちゃ打たれて当たり前だ」

「す、すまん」

 有原は引きつった表情で応える。

「どしたい、いつものコントロールは」

 今度はなだめるように、香田は言った。

「いいか有原。いくら墨谷がねばり強いからって、打順は下位だ。おまえの力をもってすりゃ、おさえられんことはないんだからな」

「わ、分かった」

「うむ。たのんだぞ」

 それだけ言葉を交わし、香田はポジションに戻る。そしてホームベース手前に立ち、今度は野手陣を見回して言った。

「いいかみんな! 三点あるんだ。ランナーは気にせず、アウトをひとつひとつ取っていこうよ!」

 聖明館ナインは「オウッ」と、快活に応える。

 香田がホームベース奥に屈むと同時に、次打者の八番加藤が左打席に入ってきた。こちらはバットをやや短めにして構える。

「加藤! 思いきっていけよ」

 キャプテン谷口の声掛けに、加藤は「はい!」と力強く返事した。

(ミートのうまい八番か)

 一方、香田は配球に悩む。

(有原は球威のあるタイプじゃないし。ちゃんと構えたところに投げてくれなきゃ、リードのしようがないんだよな)

 悩んだ末、ミットを外角低めに構える。

(ひとまずココよ)

 む、と有原はうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。

 外角低めの速球が、構えたミットをズバンと鳴らす。「ボール、ロー」とアンパイアのコール。それでも香田は、ホッと安堵の吐息をつく。

(やっと構えたトコに投げられたか。これで配球を考えようがあるってもんだ)

 今度はミットを内角低めに移動させる。そしてサインを出す。

(つぎはココよ)

 有原はサインにうなずき、サイドスローのフォームから第二球を投じる。

 内角低めの速球。アンパイアは「ボール!」とコールする。ちぇっ、と香田は小さく舌打ちした。

(あいかわらず目のいいやつめ。しかしここにきても、きっちりボールを選んでくるとは。めんどうなチームだぜ)

 打者を観察しつつ、香田は次のサインを出した。

(さ、つぎはコレよ)

 有原はうなずき、すぐに投球動作へと移る。シュッと風を切る音。

 内角低めのカーブ。加藤のバットが回る。カキ、と音がした。速いゴロが一塁側ファールグラウンドを転がっていく。

「くそっ、打ちそんじた」

 加藤は顔を歪めた。そして一旦打席を外し、数回素振りする。

(フフ。やはり最終回とあって、少しはプレッシャーを感じているようだぜ)

 周囲からは、なおも墨高応援団の「ワッセ、ワッセ、ワッセ」という大声援が響いてくる。さらに一塁側ベンチからは「力むな加藤!」「思いきっていけ」と声が飛ぶ。

(もういっちょコレよ)

 香田のサインに有原がうなずき、四球目を投じた。

「と……」

 内角低めを狙ったボールが、引っ掛けてショートバウンドする。香田は咄嗟にミットを縦にして捕球した。そして拾い上げ、三塁へ投げる構えをする。飛び出しかけていた井口は、すぐに帰塁した。

(まったく。オメーまで力むこたあねえんだよ)

 香田は有原に返球して、肩を上下させジェスチャーで力を抜くよう伝える。

「ほれ。リラックスするんだ」

「う、うむ」

 指示された通り、有原は肩を上下させる。

(まずストライクを入れてもらわねえと。四球でランナーをためでもしたらコトだからな)

 また思案の後、香田は五球目のサインを出す。そしてミットを真ん中に構えた。

(さあさあ。バックを信じて)

 有原はうなずき、しばし間を置いてから、五球目の投球動作へと移る。サイドスローのフォーム、その指先からボールを放つ。

 真ん中低めのカーブ。ボールが内寄りにくくっと曲がる。

「それっ」

 加藤は強振した。パシッと快音が響く。センターを大飛球が襲う。おおっ、と一塁側ベンチとスタンドから歓声が上がる。

「せ、センター!」

 香田の指示の声よりも先に、センター鵜飼が背走し始めていた。やがてフェンスに右手が付いてしまう。

「くっ」

 しかし鵜飼は、フェンスに片足を掛け左手のグラブを精一杯伸ばし、辛うじて捕球した。

「アウト!」

 二塁塁審のコール。

「とられたか」

 唇を噛みつつ、井口が三塁からタッチアップする。その間、鵜飼から中継のショート小松へボールが送られる。

「無理するな!」

 香田の指示により、小松はバックホームせず。井口がホームベースを駆け抜ける。スコアボードに、墨谷の得点が「2」と示された。

 二対四。墨高が二点差に詰め寄るも、ランナーがいなくなってしまう。一塁側スタンドから「ああ……」と溜息が漏れる。

「くそっ、もうひと伸びたりなかったか」

 加藤は肩を落とし、ベンチへと引き上げる。

「ドンマイよ加藤。あれをとられちゃ、しかたねえよ」

 横井が後輩を励ます。

「しかし、いまのアウトはいてえな」

 正直な思いを口にした戸室に、一瞬ベンチがシーンと静まり返る。

「な、なにを言うんスか!」

 丸井が声を上げた。

「最後まであきらめないのが墨高じゃありませんか。ここからスよ」

「そ、そうだったな」

 戸室そして他のナイン達の表情に、笑顔が戻る。

「さあ。つなげよ久保!」

 丸井の声援に、久保はネクストバッターズサークルにて「ハイ!」と力強く応えた。

 

 

2.土壇場の攻防

 

 三塁側ベンチ。

「やつら士気が落ちないな」

 聖明館監督はベンチ奥に立ち腕組みしたまま、相手ベンチを見つめていた。

「並のチームなら、ここまで追い詰められれば普通ガクンとくるものだが。これが兄さんの言ってた、谷口という男の怖さか」

 そしてメガホンを手に取り、選手達へ檄を飛ばす。

「おまえ達、最後まで気を抜くんじゃないぞ!」

 聖明館ナインは「はいっ」と快活に応えた。

 

 

 ホームベース手前に立ち、香田はフウと一つ吐息をつく。

(どうにか最初のヤマはこえたな。ちと危なかったが、打ってくれて助かったぜ)

 マスクを被り直し、ホームベース奥に屈み込む。

(あとは残りのバッターを、一人ずつ打ち取っていくだけだ)

 ワンアウトランナーなしとなった状況で、九番久保が右打席に入ってきた。こちらはバットを短めにして握る。

(有原の調子も戻ってきたし、こいつでカウントを稼ぐか)

 香田はサインを出し、ミットを内角に構えた。有原はサインにうなずき、ワインドアップから投球動作へと移る。

 内角のシュートが、打者の手元でくくっと曲がる。久保はこれを強振した。カキッ、と乾いた音が鳴る。ライナー性の打球が、しかし三塁側アルプススタンドに飛び込む。

「ファール!」

 三塁塁審が両手を掲げコールする。

(もういっちょコレよ)

 香田はサインを出し、再びミットを内角に構えた。有原が「む」とうなずき、テンポよく二球目を投じる。

 初球と同じく内角のシュート。久保はこれを強振した。しかし打球は、またも三塁側アルプススタンドに飛び込む。二球続けてファール。ツーストライクとなる。

「しまった」

 久保は唇を歪めた。

(ボールになるシュートを打たされた)

 一旦打席を外し、数回素振りする。その傍らで、香田はフフとほくそ笑む。

(いまさら気づいても、おせーんだよ)

 その時、一塁側ベンチより「落ちつけ久保!」と、キャプテン谷口が声を上げた。

「いつものように、じっくりボールを見ていくんだ」

「は、はいっ」

 久保は「そうだ。落ちつかねば」と自分に言い聞かせてから、打席に戻る。そしてバットを構えた。

(フン。落ちついたくらいで打てるほど、こっちは甘かねーぜ)

 香田は三球目のサインを出し、今度はミットを真ん中低めに構えた。有原がうなずき、すぐに投球動作へと移る。

 スピードを殺したボールが、ホームベース手前ですうっと沈む。

「うっ」

 久保は上体を崩すも、辛うじてバットの先でボールに当てた。ガッと鈍い音。打球は三塁側ファールグラウンドを緩く転がっていく。

(あぶねえ。チェンジアップもあるのかよ)

 ファールにできたことに、久保は安堵の表情になる。一方、香田はちぇっと小さく舌打ちした。

(空振りするかと思ったが。運のいいやつめ)

 手振りで「ロージンだ」と、香田はマウンド上の有原に伝えた。投手は指示通り、足下のロージンバックを拾いパタパタと右手に馴染ませる。

(ちと揺さぶってみよう)

 香田は「つぎはコレよ」とサインを出し、ミットを外角低めに構えた。有原はうなずき、四球目を投じる。

 外角低めの速球。久保は振り遅れながらも、はらうようにスイングした。カキッ、と乾いた音。打球は一塁側ファールグラウンドに転がる。

(く。急なまっすぐだってのに、これも当てやがったか)

 香田は渋面になった。

(九番のくせに、なかなかいい反応しやがる)

 捕手の傍らで、久保はフウと吐息をつく。

(だんだん、あの投手のボールが分かってきたぞ。これなら……)

 迎えた五球目。香田は「だったらコレで」とサインを出す。有原はうなずき、サイドスローのフォームからボールを投じた。

 外角低めのカーブ。久保のバットが回る。カキッ、と音がした。速いゴロが一・二塁間を襲う。墨高の一塁側ベンチとスタンドから、一瞬「おおっ」と歓声が上がる。

 しかし次の瞬間、聖明館のセカンドが横っ飛びし、グラブで捕球した。そしてすかさず片膝立ちで一塁へ送球する。

「くっ」

 久保は一塁に頭から滑り込んだ。際どいタイミング。一瞬の静寂。

「あ、アウト!」

 一塁塁審のコール。今度は聖明館の三塁側スタンドから、ワアッと歓声が沸く。

「くそうっ」

 久保は右こぶしを一塁ベースに叩き付け、悔しさを露わにする。一方、香田はホッと安堵の吐息をつく。

(ちとヒヤッとしたが、どうにかツーアウトまでこぎつけたぞ)

 

 

「つ、ツーアウト……」

 ネクストバッターズサークル。次打者の丸井は、束の間呆然と立ち尽くす。

 ほどなく一塁より引き上げてきた久保が、すれ違い際に「すみません」とうつむき加減で言ってきた。その声に、丸井はハッとする。

「て、てやんでえ!」

 思わず大声を上げた。

「まだ試合が終わったわけでもねえのに、そんなしょぼくれたツラすんじゃねえ」

「は、はい」

「ほれ。分かったらさっさとベンチに戻って、仲間を盛り立てるんだ。いいな!」

「分かりました」

 久保を見送った後、丸井は打席へと歩き始める。その時後方のベンチより、キャプテン谷口が「丸井!」と声を掛けてきた。

「たのむ。なんとしてもつないでくれ」

「まかせといてください!」

 丸井は力強く応えた。そして右打席に入り、バットを短めにして構え「さあこい!」と気合の声を発す。

 一塁側スタンドの墨高応援団からは、丸井を後押しするように大声援が送られる。

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!

(たのんだぞ、丸井)

 打席に立つ後輩の背中を、谷口は祈る思いで見つめた。

(なんとか挽回のチャンスを作ってくれ)

 そして他のナインへ顔を向ける。

「さあ、みんなで丸井を盛り立てていこうよ!」

 キャプテンの掛け声に、ナイン達は「よしきた!」と、一斉にベンチから声援を送る。

「思いきっていけよ丸井。おまえなら打てる!」

「けっして打てないピッチャーじゃないぞ。ひるむな」

「ねらいダマをしぼって打ち返せ」

 一方、聖明館のキャッチャー香田はホームベース奥に屈み、丸井そして一塁側ベンチを観察した。

(土俵際まで追いこまれたというのに、最後まで威勢のいいチームだな。しかし気合だけでどうにかなると思うなよ)

 そして正面に向き直り、マウンド上の有原へサインを出す。

(まずコレよ)

 有原は「む」とうなずき、ワインドアップモーションから投球動作を始めた。シュッ、と風を切る音。

 外角低めのカーブが、半円を描くようにしてコースいっぱいに決まる。「ストライク!」とアンパイアのコール。

 あらら、と丸井は目を丸くした。

(ツーアウトを取ってラクになったからか、ますますコントロールがさえてやんの)

 感心しつつも、丸井はギロッと相手投手を睨む。

(でも負けないぞ。みんなが言うように、けっして打てないピッチャーじゃねえんだ)

 打者の思いをよそに、バッテリーは淡々とサインを交換する。

(つぎはコレね)

「うむ」

 内角に構えた香田のミット目掛け、有原は第二球を投じた。スピードのあるボールが、打者の手元で内側にくくっと曲がる。

「こなくそ!」

 丸井はこれを強振するも、打球は三塁側ファールグラウンドに緩く転がった。これでツーナッシング。

(く。シュートを打たされて、カウントを稼がれちまった)

 さすがに顔が引きつる丸井。その隣で、香田は次のサインを出す。

(さすがに焦ってきたようだし、こいつで誘ってみよう)

 マウンド上。有原はうなずき、すぐに投球動作を始めた。その指先から三球目が投じられる。

 外角高めの釣り球。丸井のバットが回る。ガッ、と鈍い音。

(しまった!)

 丸井は顔を歪める。打球はファースト高岸の頭上に、高々と上がった。墨高の一塁側ベンチとスタンドから「ああ……」と大きな溜息が聞かれる。

「くそっ」

 バットを放り、丸井は一塁へと走り出す。その眼前で、高岸が両手を挙げ「オーライ!」と周囲へ声を掛けた。

 打球は風に流される。高岸は白線をまたぎ、一塁側ファールグラウンドに移動した。

「おっと」

 やがて打球は落ちてくるも、さらに切れていく。高岸はじりじりとスタンド側へ足を進める。

「あっ……」

 次の瞬間。高岸が、足をもつれさせ転倒した。

「くそっ」

 それでも高岸は捕球しようと懸命に左手のミットを伸ばす。しかしボールはミットの先をかすめ、一塁側スタンド手前の土の上で弾んだ。

「ファール、ファール!」

 一塁塁審のコール。甲子園球場に、ワアッとどよめきが起こる。

 

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