【目次】
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<外伝>
第2話 反乱勃発(はんらんぼっぱつ)!?の巻
<登場人物紹介>
進藤:墨二中野球部の三年生。内野手。牧野に、打球を処理する際の出足の悪さを指摘されていた。のんびりとした性格。
山下:墨二中野球部の二年生。外野手。一年生の時、素振りをしていたバットがすっぽ抜けて松尾に当たってしまい、チームの選抜大会出場辞退の原因を作ってしまった。
鳥井:墨二中野球部の二年生。一年生の時はノッカーを務めていたが、三年生の引退後、レギュラー外野手となる。
田中:墨二中野球部の一年生。投手。遠投テストや投球練習の時、腕をブンブンと振り回すクセがある。典型的な”タマは速いがコントロールは悪い”タイプ。
川藤:墨二中野球部の一年生。原作では未呼称。入部時の投球練習では、縦縞のユニフォームを着ていた。近藤にコントロールは良いが、もっと体を大きく使って投げろと指摘される。
1.近藤の葛藤
早朝。野球部の近藤、牧野、曽根、佐藤、進藤の三年生五人が、校長室前に集まっていた。
「それじゃ、あの話は引き受けるということでいいだね?」
墨谷二中校長が、五人へ尋ねる。
「はい。よろしくお願いします」
キャプテン近藤を除く三人は一礼する。牧野が「ほら、てめえも」と、挨拶を促す。キャプテンはハッとして「あ、ドウモ」と慌てて校長へ頭を下げる。
「うむ。しっかりはげみたまえ」
校長は両手を後ろ手に組み、微笑んで応えた。
「失礼しました」
五人は声を揃え、もう一度礼をしてから踵を返し、廊下を歩き出す。
「しかしあらためて考えると、すげえよな」
曽根が目を見開いて言った。
「中学野球トップの五校から、練習試合をまさか申し込まれるなんてよ」
む、と佐藤が相槌を打つ。
「優勝した昨年ならともかくな」
牧野も「ああ」と、同調した。
「やはり選抜大会での健闘ぶりが、他校には脅威に映ったんだろうぜ。とくに準々決勝は、結果的にとはいえ、ほぼ一年生だけで富戸中を追いつめたんだし。な、近藤」
その広い背中を、牧野はポンと叩く。
「ほんと今回はでかしたぜ。こんないい話を、引っぱってきてくれたんだからな」
ところが、当の近藤は元気がない。
「は? ああ、うむ……」
三人は、互いに顔を見合わせる。
「どしたい近藤」
牧野が尋ねた。
「きのうとちがって、ばかに元気がないじゃねえか」
傍らで、曽根も「近藤らしくないぞ」と声を掛ける。
「そ、そやかて……」
やや青ざめた顔で、近藤は答えた。
「さっき日程聞いたやろ? やっぱり五月の連休の三日間で、五試合を戦わなきゃいけないそうやないか。ワイとJOYだけじゃ、とても……」
「誰が二人だけで、と言ったよ」
牧野がそう言って、問い返す。
「おまえが長い日数をかけてテストしてた連中は、どこに行ったんだ?」
「い、いや……もちろんみんな、素質はあるで」
うつむき加減で、近藤は答える。
「けどまさか、あと一週間ちょっとで、あの五校相手に通用するとは思えへん」
「いいじゃねえか。べつに、通用しなくてもよ」
気楽そうに言ったのは、曽根である。
「たとえメッタ打ちにあったって、連中にとっちゃいい経験になるだろうさ。そのための機会でもあるんだし」
「か、カンタンに言わんといてや!」
近藤はつい大声を出してしまう。
「まだ入部して日の浅い新入生なんやで。ボコボコに打たれて、もうピッチャーなんてやりとうないとか言われたら……」
「だからどうしたんだ。ほっとけよ、そんなやつ」
吐き捨てるように、牧野が言った。
「それくらいで自分のポジションをあきらめるような根性なし、どっちみち使えねえよ」
「同感だな」
曽根もうなずく。
「なあ近藤。おまえが一年生を大事に育てたい気持ちも分かるがな。あまり甘やかすと、ろくなことにならんぞ」
横から佐藤も「おれもそう思う」と口を挟む。
「あいつら、まだ中学野球の厳しさってやつを経験してねえ。ここらでピリッと、現実ってやつを見せてやった方が、あいつらのためじゃないのか」
「……うーむ」
近藤は立ち止まり、しばし口をつぐむ。その傍らで、進藤も同じように、黙り込んでいた。
「おい進藤」
牧野が声を掛ける。
「おまえもなにか意見はあるか?」
「あ……いや」
進藤は頭の後ろに手を当て、苦笑いした。
「どこのポジションなら試合に出られるかと考えてたのよ。なにせ、おれ守備はからっきしだからよ」
他のメンバー達は「あっ」とずっこける。
「……な、なんなら。直接一年生に聞いたらどうだ」
気を取り直すように、曽根が発言した。
「案外打たれる覚悟で、それでも投げたいと言い出すやつも、いるかもしれんぞ」
そうだな、と牧野も同調する。
「おれ達だけで、ぐだぐだ話しててもしょうがねーし。あいつらの希望も聞いてやらねーと」
ようし、と曽根がうなずく。
「そうと決まったら、近藤。今日の練習前にミーティングを開いて、一年生に聞いてみようぜ。例の五校相手に、投げてみたい者はいるかってな」
「わ、分かったよ……」
キャプテンは渋々といった感じで了承した。
その日の放課後。ユニフォームに着替えた野球部員達は、後者近くの木陰に集合した。五人の三年生は前に出る。一、二年生はその近くに体育座りをした。総勢百十六名である。
「練習前に集まってもらったのは、ほかでもない」
説明に当たったのは、牧野である。
「五月の連休の三日間に、他地区の学校五校と練習試合を行うことになった」
その一言に、部員達はざわめく。
「なるべく多くの者を起用したい。とくにピッチャーは、ちと人数が必要だ。なにせ三日で五試合だからな。近藤とJOYだけに投げさせるわけにもいかん」
しばし間を置き、牧野は結論を述べる。
「そこでだ。諸君らの中で、その五校相手に投げてみたい者はいるか?」
牧野が言い終える前に、三十名近くの者が瞬く間に挙手した。
「まてまて。おめえら」
横から、曽根が話を補足する。
「その五校というのは、ただの学校じゃないぞ。今からそのリストを言う。南海中、川下中、明星中……」
やがて、さっきとは違う雰囲気のざわめきが起こる。
「……浦上中、そして和合中。以上だ」
「わ、和合だって」
曽根の手前に座っていたJOYが、驚嘆の声を発した。
「昨年の選手権決勝で、先輩達が戦った相手じゃありませんか。春の選抜大会じゃ、あの青葉にも勝った……」
「そのとおりだ」
突き放すように、曽根は言った。
「和合だけじゃねーぞ」
牧野も渋い顔で付け加える。
「他のチームも全国大会、それも上位進出の常連校だ。卒業後に、高校野球の強豪校へ引っぱられていく人材もゴロゴロしてるんだ」
下級生達の顔が、みるみる青ざめていく。牧野はさらに問い詰めた。
「そんな学校相手に投げる度胸が、ほんとにあんのか!?」
すでに挙手した者のうちに、大多数が手を下ろしている。残っているのは数名だ。
「ほほう、いい度胸(どきょう)してんな」
曽根が挑発的な笑みを浮かべて言った。そして、牧野が「ようし」と指示する。
「いま手を挙げているやつは、そのまま立て」
立ち上がったのは、全員一年生だった。計八名である。
「さっそくおまえらは、今日のフリーバッティングから、われわれ上級生に投げてもらう」
曽根のその言葉に、さしもの八人も顔が引きつった。
「どうした!?」
牧野が声を荒げる。
「おれ達相手にビビってるようじゃ、とてもあの五校には通用せんぞ」
「は、ハイ!」
三年生と下級生達のやり取りが進む中、キャプテン近藤は左隅に立ち、うつむき加減になっている。その脇腹を、牧野が肘で小突く。
「テッ。な、なんやねん」
「おいキャプテン。終わりに一言、しめろよ」
「ほ、ほな……」
近藤はすっと前に出た。意外にも引き締まった表情である。
「……ええな」
厳しい表情のまま、近藤は言った。
「いくら強い相手やからって、ひるむんやない。ビビッて手足がちぢむような弱っちいやつは、すぐに引っ込めたる。それがいやなら、この後の練習から気合を入れていくんやぞ!」
「はっ、ハイ!!」
思いのほか強い檄に、下級生達は驚きつつも快活に応えた。一方、他の三年生達は目を丸くする。
「またすぐ気の変わるやつだぜ」
曽根の一言に、他の二人は揃ってうなずいた。
「それじゃ、さっそく……」
キャプテンは話を続ける。
「いま手をあげた八人の、お手並み拝見といこうか。さっそくフリーバッティングの準備や」
「お、おい。ちょっとまて近藤」
牧野が慌てて突っ込む。
「それは筋トレとダッシュの後だ。あとランニングとキャッチボールもまだだろう」
「またそんな、しゃくし定規な……」
言いかけて、近藤は「あっ」と自分で気付く。
「そうやった。今はパワー月間やと決めたのは、ワイやったな」
間の抜けた一言に、他の部員達は「あーあー」とずっこけた。
2.メッタ打ち
ランニングとキャッチボールの後、部員達は前日と同じように、A、B、Cの三グループに分かれるため、それぞれの場所へと移動した。
「……な、なあ牧野」
移動の途中、近藤が牧野に声を掛ける。
「どうした?」
「きのうから、ちょい気になってんのやけど」
近藤は声を潜めて言った。
「二年生達の様子、なんやおかしゅうないか?」
「む。おまえも、そう思うか」
珍しく牧野が同調する。
「ああ……ランニングの時に声も出さへんし、キャッチボールも、なんちゅうか……」
「ただ淡々とこなしてるって感じだろう?」
「そ、そやねん」
溜息混じりに、近藤は返事した。
「なんや……ワイらのやり方に、不満でもあるんやろか」
「さあな。あるなら、向こうからなにか言ってくるだろう。一年坊とちがって、やつらはもう何も分からないわけじゃないんだし」
「なんなら、ワイの方から、ちょっと聞いてみようか」
「は? やめとけ、んなこと」
牧野はきっぱりと言った。
「な、なんでや」
「……近藤。このさい、はっきり言っとくがな。おまえ嫌われるのを怖がってないか?」
「そっ、そないなこと……あらへん」
近藤は否定したが、つい語尾が小さくなってしまう。
「いや……おまえの、後輩達をちゃんと目にかけようとする気持ちは、分かるぜ」
穏やかな口調になり、牧野は言った。
「それは先代のイガラシさんはしなかった……いや、できなかったという方が正しいかもな。昨年のうちは、とにかく優勝することに必死だったからよ」
でもな、と牧野は話を続ける。
「これはどこかで聞いた話だが……リーダーたる者、どんなに下からなにを言われても、けっして信念を曲げちゃいけねえんだ。どだい誰からも嫌われないリーダーなんて、いねえんだとよ。ほれ近藤、思い出せ」
そう言って、ポンと右肩を叩く。
「おまえの信念は、来年……いいチームを残すことだろう」
「わ、分かっとるよ」
近藤は静かにうなずく。
筋力トレーニングとダッシュの後、いよいよフリーバッティングが行われることとなった。下級生相手には、いつも通り近藤が登板。そして上級生相手に投げるのは、一年生の田中である。
バケツに詰まったボールを一個拾い、田中はぐるぐると右腕を振り回し始めた。
「ちょっとまった」
キャッチャー牧野がそれを制止する。
「おまえ、それを強豪五校相手にもやるつもりか?」
「え、あっ……」
田中は顔を赤らめて、振り回す動作を止める。
まず打席に入ったのは、二年生のイガラシ慎二だった。いつも通り、ミート重視なのか短めにバットを構える。
初球。田中のボールは、ホームベース手前でワンバウンドした。さらに二球目は、キャッチャー牧野のミットを越える。
「おい田中!」
慎二が珍しく、声を荒げた。
「ろくにストライクも取れないのなら、引っ込んでろ。きさまのタマ遊びにつき合ってるヒマは、ねえんだよ!!」
「すっ、すみません……」
きつく叱られ、田中はシュンとしてうつむく。
「お……おい慎二。ちと言いすぎじゃねえか?」
牧野が問うと、慎二は無言で首を振る。そして口を開いた。
「先輩達こそ。このごろ遠慮して、言うべきことを言えてないじゃありませんか」
「な、なにっ!?」
さすがにムッとする。しかし田中が「つぎいきます!」とマウンド上から声を掛けてきたので、話はお預けとなった。
すぐにワインドアップモーションから、田中は投球動作を始めた。スピードの乗った速球が、しかし真ん中付近に飛び込んでくる。
慎二のバットが回る。パシッと快音がした。
「えっ……」
ガシャン。慎二の打球は、グラウンドの外野フェンスを直撃する。
「おまえ、あきらめた方がよさそうだな」
わざとなのか、慎二は冷たく言い放った。
「ストライクを取るのがやっとなピッチャーなんか、全国レベルじゃいいカモだぜ」
「……く、くそうっ」
田中はそれでも、果敢に投げ続ける。すべて速球。しかしそれを、慎二はことごとく打ち返した。打球は内野手の間をすり抜け、外野手の頭を越えていく。
「こ、こいつ……」
一方、牧野はむしろ、慎二の成長した打撃に驚かされていた。
「いつの間にか、パワーまでつけやがって」
田中はそのまま降板し、外野の球拾いに回る。代わって、慎二と同じ二年生の山下が打席に立つ。そしてマウンドには、小学校時に投手経験のある川藤が立つ。
おい、と慎二が山下を呼んだ。
「もうバットがすっぽ抜けて、さわぎになるなんてことは、よしてくれよ」
さっきとは打って変わり、おどけた口調だ。山下も「からかうなよ」と苦笑いして応える。
「なんだよ」
牧野は思わずつぶやいた。
「アイツなりに、田中を鼓舞しようとしてくれたのか?」
初球。川藤のボールは、内角低めぎりぎりに投じられた。しかし山下は、バットを強振してこれを捉える。打球はなんと、あっという間にフェンスを越えた。
「あいかわらず、きさまはコントロールだけだな」
挑発的に山下は言った。さすがに川藤の顔が歪む。
その後、川藤はボールを散らしながら、どうにか山下を打ち取ろうとした。しかし二年生打者は、際どいボールを見きわめ、ストライク球を思いきりよく振り抜いてくる。けっきょく、マトモに山下を打ち取ることはできず、川藤も降板となった。
フウ、と牧野は溜息をつく。
「こりゃあ……なかなか、前途多難だぜ」
―― 牧野の懸念(けねん)は当たった。川藤の後も、練習試合での登板を希望した残りの六人がマウンドに立ったが、いずれもメッタ打ちにあう。
最後は、下級生のフリーバッティングで投げていたJOYが、上級生相手にも登板することになり、どうにか練習を終わらせる始末だった。
3.二年生の反発と本音
夕方六時。他の部員達が立って五列で並ぶ中、フリーバッティングで登板した八人の一年生は、いずれも座り込んでしまっていた。
「おいこら。おまえ達、最後くらい……」
牧野が叱ろうとするのを、さすがに曽根が「いいから」と止める。そして近藤に顎をしゃくった。終わらせてくれ、の合図だ。
近藤は気まずそうに、うつむき加減で話し出す。
「……ま、誰だって最初はこんなもんや」
ちらっと座り込んだままの八人を見やり、そして全体へと視線を移す。
「せやけど、そうなげくことはおまへんで。しっかり練習をつめば……」
この時、近藤は何かを思い出したように、一瞬口ごもる。
「……ほんじゃ、解散してええで」
その言葉を聞いて、一年生達はゾロゾロと帰り出す。一方、慎二や山下ら二年生達は、その場を動こうとしなかった。
「む、どないしたんや?」
近藤が尋ねると、山下が「どうしたもこうしたも……」と、露骨に不満を表して答える。
「あんなボールを打ったって、練習にならないんで。まだ日は明るいので、もうちょっと練習させてもらえませんか?」
近藤は内心(そんな言い方せんでも)と思いながらも、「かまわへんよ」と答えるのが精一杯だった。案の定、先発した一年生のうちの一人、川藤がウウと泣き出してしまう。
やがて十人近くの二年生が、グラウンドの奥へと移動し始める。
「……あのう」
ふと声を掛けられ、今度はハッとする。そこに慎二が立っていた。
「な、なんや慎二」
「この後……ちょっとだけ、部室を貸していただけませんか? ぼくら、ちょっと話し合いをしたいので」
近藤は一度、牧野達と目を合わせ、再び慎二を振り向く。
「貸していただくって……べつにそんな、遠慮しなくてもええんやで」
努めて優しい口調で言った。
「なにか悩みごとか? ほんなら、ワテら三年生も一緒に……」
「いえ、気持ちはうれしいんですけど……ぼくらだけで話をしたいんです」
その時、ふいに牧野が「なんだよ慎二」と割って入る。
「ぼくらだけでって、穏やかじゃねえな。要するに……われわれ三年に聞かれちゃ、マズイ話でもあるってのか」
「そう思っていただいて、けっこうです」
思いのほか、慎二はきっぱりと拒絶の意思を示す。
「て……てめえら!」
さすがに牧野が、怒りの色を露わにした。
「上級生をのけ者にしようなんて、なに考えてやがる。あまり先輩をナメると……」
「落ちつけよ、牧野」
冷静に言ったのは、曽根だった。
「こいつらには、こいつらなりの考えがあるんだろう。いまはそれを尊重してやろうじゃないか。それに過程はどうあれ……けっきょくは、野球部のためになることなんだろう?」
「もちろんです」
慎二は深く首肯した。
「……けっきょく、ワイのせいやろか」
うなだれ、泣きじゃくる一年生達を前に、近藤は呆然としてつぶやく。
「あいつらが入部してきた当初から、あまり優しくせんと、もちっとしっかり鍛えとったら、今日こんなことには……」
グラウンドの奥では、まだ二年生達がバッティング練習を続けている。
「おい近藤」
ふと背後から声を掛けられた。牧野である。
「まさかと思うが……てめえ一人の責任と思うなよ」
神妙な口調で言った。
「たしかに選抜前の練習メニューを決めたのは、おまえだ。しかし、それを認めたのは、おれ達同級生だ。だから、責任はおれ達にもある」
それにな、と牧野は声のトーンを明るくする。
「今日のことがチームにとってマイナスになるとは、かぎらねえぞ。悔しさをバネに成長するってのは、よくある話だからな。きっと、こいつらの中にも……」
とにかく、と牧野はポンと左肩を叩く。
「てめえ一人でしょいこむな。なにかあったら、相談しろよ。分かったな」
「お、おおきに……」
近藤はようやく、少しだけ笑顔を見せた。
「一、二、三、四……二年生は、これで全員そろったか?」
野球部部室。テーブル席に着いた二年生部員達は、話し合いを始めようとしていた。黒板前に慎二が立ち、司会を務める格好である。
「ああ、これで全員だよ」
松尾が返答した。
「オッケー。それじゃ……野球部のこれからのあり方について、二年生の考えをまとめていきたいと思います」
秀才らしい口調で、慎二は言った。
「まず……今みんなが思ってることを、率直に言ってみてくれ」
しばし間を置き、青木が「それじゃおれから」と挙手した。
「どうぞ」
「やっぱり……近藤さんがキャプテンになってから、どこかぬるくなってるのがな。先輩達は『来年強くなればいい』なんて言うけど、いまの状態で、ほんとにそうなれるのかなって」
「おれも同感だな」
松尾も同調した。
「おれがいま気になってるのは……おれ達が一年生の時には、あのイガラシさんに毎日、嫌ってほどきたえられたろう。あ、慎二わるい」
「いいよ。気にしないで、続けて」
「うむ……ただそのかいあって、全国優勝もできて、春の選抜にも出られたわけだろう。でもおれ達が教わったことを、いまの一年生は教えられないうちに、上級生になるんだぜ」
「松尾の言いたいこと、よく分かるぜ」
山下が腕組みして言った。
「いまの三年生が教えなかった分を、おれ達が教えなきゃいけなくなるって話だろう」
「そういうこと」
松尾は数回うなずいた。
「慎二の前だから言うわけじゃないが。イガラシさんの時は、たしかにキツかったけど、日々強くなれてる実感があったんだよ。けど、今は……」
けっ、と山下が吐き捨てるように言った。
「あんな練習でも、今の一年生達はうまくなれてるって、よろこんでたんだぜ。選抜でもちょっと勝ったりしたもんだから、ますます図に乗っちゃってさ。今日の練習で、少しはこりたろうが」
「ちょっと待ってよ」
慎二が反論する。
「みんながうちのアニキを良く言ってくれるのはうれしいけど、近藤さんのもとで今の一年生達が力をつけてきてるのは、たしかだぞ」
山下が「そうか?」と、問い返す。
「うむ。だって選抜でベストエイト入りして、強力打線の富戸中をあと一歩まで追いつめたのは事実だろう。それに近藤さんは、出場辞退するほど追い込んだ練習をしてないから、かえってJOYみたいな一年生が育ってきてるとも言えるんじゃないか」
「なんだよ」
山下が皮肉めいたことを言った。
「おまえイガラシさんの弟だからって、自分のアニキに対抗しようってのか」
「そんなわけないだろう! いい加減なこと言うなよ」
慎二も負けずに言い返す。青木が「まあまあ二人とも」と間に入り、なんとか仲裁した。
「あと、もう一ついいか」
再び青木が発言した。
「選抜で負けた後、丸井さんが言ってたろう。『ちみつな野球がおそまつ』だって。だからおれはもう少し、バントや走塁、守備の連係プレーの練習をやるべきだと思うね」
「なにせ地区予選で実戦練習なんて、話してたからな」
またも山下が、茶化すように言った。
「おい山下」
慎二が睨む目になる。
「さっきも言ったろう。おれ達は今、野球部の今後をどうしようかって話をするために集まってるんだ。近藤さんの悪口を言うためじゃない。それが分かってないなら、出てってくれ」
「……わ、分かったよ」
山下はようやく矛を収め、おとなしくなる。
「でもよ、けっきょくのところ」
のんびりとした口調で、青木が割って入る。
「やっぱり試合をしてみないと、分からないんじゃねえか。今度の連休の試合が、そのちょうどいい指針になるだろうよ」
的を射た意見に、しばし部室は静まり返る。
「うーむ、でもなあ」
おもむろに鳥井が、甲高い声を発した。
「『金曜ロードショー』は、いつになっても見られないぞ。どうなってんだ?」
間の抜けた発言に、チームメイト達は「あーあー」とずっこける。
翌日の早朝。近藤があくびをしながら登校していると、校門前でJOYを先頭に、ランニングをしている野球部一年生の一団とすれ違った。
「……おっと、キャプテンだ」
その一団は引き返すと、揃って脱帽し「おはようございます」と挨拶した。全員ユニフォームに着替えている。その面々を見ると、前日のフリーバッティングで登板し、滅多打ちにされたメンバーだ。
「おめら、どないしたんや。こんな朝早(はよ)うから」
「決まってるじゃありませんか」
田中が、少し気恥ずかしげに答える。
「きのうと同じ目にあうのは、もうカンベンですからね。こうやって少しでも足腰をきたえようと思って」
「ははぁん、そりゃ見上げた志(こころざし)やな」
感心げに、近藤はうなずく。
「おれはちょっと、ちがいますけどね」
ふとJOYが、一歩前に出る。
「キャプテン。おれ……キャプテンを追い抜いて、エースになります!」
「ほほう……はっ、なんやて!?」
思わぬ発言に、近藤は戸惑う。
「このワイを追い抜くやて? ハハハハ」
わざとらしく、余裕の笑みを見せる。
「JOY。ワイがどれほどのピッチャーか、分かってて言(ゆ)うとるのか? 自分で言うのもなんやが、ワイは昨年の選手権をもぎ取ったピッチャーやぞ」
「分かってます。近藤さんの実力は、よーく分かってるつもりです」
そう言って、JOYは微笑む。
「でも……だからこそ、近藤さんに勝ちたいんです。いえ、近藤さんと勝負できるようなピッチャーに、おれはなりたいんです」
それじゃ、と言い残し、JOYと一年生達はランニングを再開する。
「なんなんや、まったく」
残された近藤は、一人つぶやく。
「JOYのやつ、ワイを抜こうやなんて。身のほど知らずにもほどがあるで」
「いや、分からんぞ」
ふいに背後から、声を掛けられる。振り向くと、学ラン姿の牧野が立っていた。彼も今、登校してきたようだ。
「あの“でもどり”のJOYが、このごろ自分から努力するようになってきてるだろう」
「あ……うむ」
「もともと素質のあるやつなんだし。あのままがんばれば、夏の大会が始まるころには……まあおまえを抜くとまでは言わねえが、互角ぐらいの力をつけていても、不思議じゃねえよ」
「はん。そうやとしても、ワイは面白うないわ」
近藤が面白くなさそうに言った、その時だった。
「……こ、こんにちは」
今度は慎二を先頭にした二年生の一団が、やや気まずそうに挨拶してくる。
「な、なんでえ」
牧野が驚いて目を丸くする。
「やつらまでランニングかよ。いったい、どうなってやがんだ」
二年生の一団は、そのまま校門をくぐりグラウンドへと向かう。ところが、そのうちの一人、山下がこちらに引き返してきた。そして牧野の前で立ち止まる。
「あの……きのうは生意気を言って、すみませんでした!」
深々と一礼して、山下は踵を返す。
「なんだあいつ」
牧野はそう胸の内につぶやいた。その後、クスッと笑う。
「けどあいつら、なんだかんだでやる気を出してきたな。面白くなってきたぞ」
ふいに「おい牧野」と、近藤が話しかけてくる。
「どうした?」
「こうしちゃおれへん。ワイも投げ込みするから、ちょいとつき合うてくれへん?」
そう言うと、返事も聞かずにグラウンドへと駆けていく。
「なんだよ。ワガママなやつめ」
けど、とひそかにつぶやく。
「事によると……あいつが一番、伸びるかもしんねえな」
そして牧野も、学生カバンを手に駆け出した。
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