南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<考察>非情と言われたイガラシが、キャプテンとしてチームをまとめ上げられた三つの要因――ちばあきお原作『キャプテン』『プレイボール』関連コラム⑧

【目次】 

 

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<はじめに>

 

 ちばあきお『キャプテン』(及び『プレイボール』)における主要登場人物の中で、とりわけ異彩を放つ存在がイガラシであることは、論を待たない。

 

 天才肌でありながら、あの谷口をも凌ぐほどの努力家。クールではあるが、底知れぬ負けず嫌いの性質。非情とも言われるほど、勝つためには一切の妥協を許さない男。……

 

 そのイガラシ。文庫版『キャプテン』第1巻の巻末解説において、『諸葛孔明』で知られる作家・酒見賢一氏は、次のように述べておられる。長くなるが、以下に引用したい。

 

―― 非妥協的な性格で、他人にも自分にも厳しく、冷静沈着、勝つためにはすべてを犠牲に出来て、諦めるという言葉を知らない。かつ学業成績は常に学年十番以内をキープするというから、まるでマシンのような男である。異様な中学生といえる。

 

 イガラシのようなキャラは、他のマンガであれば普通は悪役になりやすい

 

(※文章中の傍線は筆者)

 

 この後、酒見氏の言は「しかしそんなイガラシもちばあきおのペンにかかると憎めない、目の離せない頼りになる男になってしまうので救われる」と続くのだが、少なくとも墨谷二中の歴代キャプテンの中で、最も“取っつき辛い”人物であることは間違いないだろう。

 

 だが、結果として――イガラシは立派にチームをまとめ上げている。

 

 単に「怖いから仕方なく言うことを聞く」というだけではない(そういう部分も多少あったろうが・笑)。イガラシなりに、他の部員達と血の通った信頼関係を築いていた。それが下地にあったからこそ、あの猛練習の日々を耐え抜き、夏の全国制覇へと繋がったのだ。

 

 象徴的なシーンが、連日の過激な練習が問題視される中、松尾の負傷により選抜大会を辞退せざるを得なくなった際の、イガラシと部員達とのやり取りである。

 

 

イガラシ:ちょ、ちょっとみんなにきいてもらいたいことがあるんだが……

     えーと……

 

小室:春の選抜を棄権するっていうことですか

 

イガラシ:し……しってたのかおまえたち

 

小室:校長先生の話がきこえちゃいましてね

 

イガラシ:そうだったのか…

 

小室:でも松尾にいってたように夏の大会があるじゃないスか!

 

イガラシ:(はっとした顔で)そうだったな。夏があったんだよな

 

 

 多くは語らない。でもお互いの気持ちは、しっかりと察している。

 

 台詞としては、イガラシと小室だけなのだが、この時の近藤以下、他の部員達の表情が実にイイ(心理描写に優れたちばあきおの非凡さがよく表れている)。ここでは台詞でしか表せないが、是非とも漫画を手に取って、実際の場面をじっくり味わっていただきたい。

 

 今回は、なぜ“非情だ”“血も涙もない”と言われがちなイガラシが、それでも何だかんだで部員達に慕われ、チームをまとめ上げることができたのか。その理由を探っていくこととしたい。

 

1.“叱られ役”として機能した近藤の存在

 

 まず注目したいのは、イガラシの一学年下の後輩・近藤の存在である。

 

 近藤は、イガラシと同じ天才型のキャラクターでありながら、その性質は百八十度異なる。何事にも手を抜けないイガラシとは対照的に、内外野の守備を始め、小技にランニング……乱暴に言えば「面倒なことは全部キライ」なのだ。

 

 そんな近藤は、日頃の練習において、イガラシ始め上級生達から、度々叱責を受けていたはずである。作中に描写されているだけでも、ランニングを一周さぼうとしたところを見つかったり、バントの下手さを下級生達の前で指摘され(一時不貞腐れ)たりしている。

 

 だが、多少なりとも分別のある方なら、ご理解いただけると思う。こういう“叱られ役”がいると、周囲は救われるのだ。

 

 実際に描かれてはいないが、容易に想像できるではないか。「また近藤かよ」「しょうがないなぁ近藤さんは」……そんなことを言い合いながら、実は自分達もふっと緩む。束の間の骨休めというわけだ。

 

 あるいは、近藤の叱られ方を見て、逆に気を引き締めた者もいたかもしれない。「やばい。自分も手を抜いたら、同じことをやられる」と。

 

 イガラシもそれを知ってか知らずか、近藤の怠惰をその都度指摘はするものの、丸井のように性質自体を改めさせようとはしていない(無理だと悟っていたのもだろうが)。ここは割り切って、近藤が力を出せるようなアプローチを心掛ける。いかにもイガラシらしい、合理的な判断と言える。

 

 いずれにしても、近藤の存在が「緊張と緩和」のメリハリを生み出し(周囲もおそらく本人も気付いていなかっただろうが)、チームに好影響をもたらしていたことは、間違いない。

 

2.勝ち抜いての“全国優勝”という悲願

 

 また、イガラシの方針を受け入れる素地が出来上がっていたという点も見逃せない。その素地とは、勝ち抜いて“全国優勝”するという、墨二野球部の悲願である。

 

 前代の丸井キャプテン時、墨二は春の選抜の初戦で敗れ、「おれたち全国大会ってものを考えなおさなくちゃならない」(イガラシ)という共通認識の下、チーム強化に取り組んできた。

 

 その結果、地区大会前の練習試合で、各地方の強豪校相手に三十六連勝(不戦勝1を含む)を達成。ナイン達は「自分達には全国優勝する力がある」という手応えを持ったはずである。

 

 ところが、迎えた地区大会では優勝を果たしたものの、青葉との壮絶な死闘により故障者が続出。全国優勝の夢は、その舞台に立たずして潰えることとなった。

 

 こうした経緯(いきさつ)から、次代では全国優勝を“現実的な目標”として定めるのは必定の流れとなり、その目標を達成するのに最もふさわしい人物として、イガラシは選ばれたはずである(指名したのは丸井だが、部員達が反対した形跡はない。誰が見ても「次のキャプテンはイガラシ」という雰囲気だったと思われる)。

 

 これが例えば、谷口や丸井をすっ飛ばしてのイガラシ登場だったなら、彼はおそらく受け入れられなかったはずである。いや、その前にイガラシ自身が「何だこの野球部。じょうだんじゃないぜ」と嫌気が差して、退部していた気がする(墨高に進学した倉橋と同じように、草野球を渡り歩いていたかもしれない)。

 

 当時の弱小だった墨二野球部にとって、イガラシの存在はあまりに急進的過ぎた。やはり、谷口が原型を作り、丸井がきちんと形にして……というプロセスを経たからこそ、イガラシがその辣腕を振るうことができたのだ。

 

3.けっして“私情”を挟まなかったイガラシの指導と人間性

 

 しかし何といっても、ナイン達が最後までイガラシに従った要因として、その“人間性”を抜きに語ることはできない。もちろん、イガラシは「実はいい奴だ」などと言うつもりはない。それはおそらく、イガラシのファンの方からも異論が出ると思う(笑)。

 

 ここで取り上げたいのは、イガラシは部員達への指導において「けっして“私情”を挟まなかった」という点である。

 

 一見すると、非情なだけに思われがちな(いや非情には違いないが・笑)イガラシの指導だが、実はかなり分かりやすい方針を掲げている。

 

 イガラシの方針とは――勝つためにあらゆる手段を尽くす、これだけである。

 

 練習の描写を見ていても、レギュラーが務まりそうな者であれば、学年や性質に関係なく拾い上げる。ダメなら、切り捨てる。しかし、一度切り捨てた者であっても、力さえつけば、また引き上げる。

 

―― これはテストにおとされたみんなにもいえることなんだが。きょう、こうやっておれにおとされたくやしさを、けっしてわすれるんじゃないぞ。くやしかったら、このおれをみかえしてみろ! これからでもやる気になれば、いつでもおれをみかえせるんだからな。

(文庫版『キャプテン』第6巻より)

 

 この言葉が“口だけ”でなかったことは、「練習に付いてくる体力がない」という理由で、いったんはレギュラーから外した松尾を、上達したことでまた復帰させた件からも明らかである。

 

 さらに言えば、イガラシが指導において“私情”を挟まず、あくまでも「勝つため」というのが行動原理であったことは、他の部員達もよく知っていたようである。

 

 だから、全国大会において、イガラシが消耗し倒れそうになった際、ナイン達は精一杯彼を気遣っている。

 

 とりわけ北戸(きたのへ)戦――気力を振り絞り、あくまでも強気を貫きマウンドに立ち続けようとするイガラシと、それを心配そうに見守るナイン達。

 緊迫した状況の中、彼らの信頼関係が確かに息づいていることが垣間見えるシーンだった(このように、ちばあきおはさりげない場面で人物達の心理状態と人間関係を描写するのが、実に巧みである)。

 

<終わりに> ~イガラシ“名台詞”10選(+番外編)~

 

 最後に、私が好きなイガラシの“名台詞”十選を、以下に記しておく。クールそうに見えるが、意外にも情熱的な言葉が多いことに驚かされる。

 

「どだいあいてがどんなチームかも しらべもしないで 選抜にのぞんだことじたい すでに敗因じゃないんですか」

 

「しかし選抜ともなると あらゆるチームに勝ちぬいていかなければならないんです。おれたち全国大会ってものを 考えなおさなくちゃ いけないんじゃないですか」

 

「なんならおれがやってやろうか」「よせよ。おれがかわってやるといってんだぞ」

 

「おまえのコントロールならできるはずだ。やってみろ」

 

「どうしたんだよ。近藤らしくもない!」

 

「きょう、こうやっておれにおとされたくやしさを、けっしてわすれるんじゃないぞ。くやしかったら、このおれをみかえしてみろ! これからでもやる気になれば、いつでもおれをみかえせるんだからな」

 

「いいですかキャプテン。われわれには日本一になるって目標がありましたよね。それに……」

 

「最後の最後まで試合をすてないってことを、キャプテンからいやってほどおしえられましたからね」

 

「われこそはおしもおされぬレギュラーになってやるんだ、という気迫を見せてみろ!」

 

「こうなったら一発にかけてやるぜ…! キャプテンを…………走らせるか歩かせるかのな!!」

 

「なーに、俺をダウンさせるには、あと千球は必要だぜ」

 

※番外編

 

「どうせサルかラッキョですからね」

 

「まずあついお湯で三分間ゆでる。それで味つけスープをそのあとにいれるんです。それでもって、えーと、ひき肉だの野菜なんかいためたのをいれて……するとたいへんおいしくいただけるわけ」

 

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