南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【野球小説】続・プレイボール<第64話「立ち向かえ! 墨高ナインの巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

 

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【目次】

  

 

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 第64話 立ち向かえ! 墨高ナインの巻

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1.甲子園の怖さ

 開会式の後。これから開幕試合を戦う二校以外の代表校の選手達は、バックネット裏の席に案内された。墨高ナインは、ほぼ中央部上段の席をあてがわれる。

「このまえの練習の時から、思ってたんですけど」

 席に座るなり、イガラシが言った。

「地方大会の球場より、ホームベースからバックネットまでの距離が遠いですね」

「うむ。そこだけじゃなく、両ベンチとグラウンドの距離もな」

 倉橋が同調してうなずく。

「もっともその分、こっちが相手バッターを打ち取れる確率も高くなるが。キャッチャーのおれ、それにファーストとサードは、あきらめずに最後までボールを追わないと」

「いいぞ二人とも」

 感心げに言ったのは、キャプテン谷口だ。

「みんなもなにか分かったことがあったら、どんどん言ってくれ。こうして実際の試合を見てみないと、気づかなかったことが、まだあるかもしれんからな」

 はいっ、とナイン達は声を揃える。

「それにしても、見晴らしのいい席でラッキーですね」

 気楽そうに丸井が言った。

「こんな特等席で、優勝候補の箕輪(みのわ)と、須藤や村瀬のいる草南(そうなん)の試合を見られるなんて」

「まあゼイタクを言やあ、二回戦で当たるチームの試合を見たかったがな」

 苦笑いしたのは、三年生の横井だった。

「両方とも、準決勝でしか当たらない組み合わせだし」

「しかしラッキーと言えば……」

 そう戸室が割って入る。

「須藤達、いいよな。こんな大観衆の前で試合ができるなんて」

「そうかあ?」

 横井は首を傾げた。

「初出場校が、いきなり開幕試合だなんて。おれなら緊張して、普段どおりのプレーを忘れちまいそうだぜ」

「へっ、だらしねえの」

 戸室の突っ込みに、横井は「なんだと!」とムキになる。

「まあまあ二人とも」

 丸井が苦笑いしつつ、二人をなだめる。

 その時だった。球場係員が「草南高校、シートノックの準備を急いで!」と、怒鳴るような声が聞こえてきた。

「は、はいっ。ただいま」

 草南のキャプテンだろうか。恐縮したように返事する。

「あれ。なんで草南が準備を急がされるんだ」

 丸井が腑に落ちないふうに言った。

「やつらは先攻なんだ。シートノックは、箕輪が先だろう」

「入れ替えをスムーズにするためでしょう」

 答えたのはイガラシである。

「いつでもグラウンドへ行ける状態にしておかないと、箕輪と交代する時に時間がかかっちゃいますからね」

 グラウンドでは、なおも係員が草南側に注意を与える。

「シートノックの時間は、各校とも七分間しかありません。もっと機敏に動けるように心がけてください」

「は、はい……すみません」

 あーあ、と井口が溜息をつく。

「けっこうキツイ言われようだな。初出場で勝手が分からないんだから、もうちょいまってやってもいいのに」

「経験は関係ないだろう」

 隣でイガラシが、切り捨てるように言った。

「時間はどのチームも平等なんだ。それを分かってなかった、やつらが甘いんだよ」

「ハハ。おまえは手厳しいな」

 井口は引きつった笑みを浮かべる。

 やがて両校がシートノックを終え、四人の審判団がホームベース奥に並んだ。その間、双方のナインもベンチ前に整列し、試合開始の時を待つ。

「……集合!」

 そしてアンパイアの合図に、箕輪と草南の両ナインが、グラウンドへと駆け出す。そしてホームベースを挟み、お互い向かい合うようにして整列した。

「これより箕輪対草南の一回戦を、箕輪先攻にて行います。一堂、礼!」

「オネガイシマス!」

 双方脱帽しての挨拶の後、すぐに箕輪ナインは守備位置へと散り、草南ナインはベンチに引っ込む。

 マウンド上には、復活の箕輪高エース・東が立つ。その姿に、墨谷ナインから「おおっ」と声が漏れた。

「あの東ってピッチャー、ほんとにまた投げられるようになったんだな」

 倉橋が溜息混じりに言った。ああ、と谷口はうなずく。

「しかも和歌山県予選じゃ、ほとんどヒットを打たれなかったそうだ。エース抜きでもじゅうぶん手ごわかったが……彼が完全復活したとなると、草南はかなり苦しい戦いを強いられることになりそうだ」

 規定の投球練習が済むと、アンパイアが「バッターラップ!」とコールした。その声に、草南の先頭打者として、須藤がネクストバッターズサークルより駆けてくる。

「気をつけろよ須藤」

 谷口は独り言のようにつぶやいた。

「おそらくおまえが経験したことのない、厳しい試合になるぞ」

 やがて、アンパイアが「プレイボール!」と声を上げる。それと同時に、甲子園球場に試合開始を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

 

 須藤は右打席にて、バットを短めに構えた。そしてマウンド上。箕輪のエース東が、サイレンの止まぬ内に投球動作へと移る。その眼光が、一瞬鋭く光った。

「……うっ」

 つい須藤は気圧されてしまう。

 東は左足を踏み込み、グラブを突き出し、故障の癒えた右肩を柔らかく回転させその腕をしならせる。そして指先から、ボールが投じられた。

 ズバアン。快速球が風を切り裂き、キャッチャーの外角低めに構えたミットへ飛び込む。

「な、なんてボールだ」

 面食らう須藤。一方、東はテンポよく第二球を投じてきた。

「くっ……」

 今度は内角低めいっぱいの速球。須藤はスイングするも、完全に降り遅れてしまい、バットは空を切る。

「ウワサには聞いてたが、これほどとは」

 東は返球を捕ると、やはり間を置かずに三球目の投球動作を始めた。今度は、内角へのカーブ。須藤の脇腹付近を巻き込むように、鋭く曲がる。

 須藤は、手が出ず。

「ストライク、バッターアウト!」

 アンパイアのコールを、須藤は呆然と聞くしかなかった。

 

 

「す、すげえ」

 バックスタンドにて、横井が驚嘆の声を発した。

「須藤だってなかなかの好打者なのに、まるで相手にならねえとは」

 む、と傍らで戸室も同調する。

「おれ達も谷原の村井や東実の佐野を破って、けっこういい線きてると思ってたが、甲子園にはまだこんなすごいピッチャーがいたんだな」

 ガッ、と鈍い音がした。二番打者が初球から打ちにいくも、ホームベースの数メートル後方へのファールフライ。箕輪のキャッチャーが難なく捕球して、あっさりツーアウト。

「……マズイな」

 渋い顔で、倉橋がつぶやく。

「須藤達、箕輪に完全にのまれちまってる」

 続く三番もあっさり追い込まれ、そして三球目。内角低めの速球に、打者はバットすら出せず。

「ストライク、バッターアウト。チェンジ!」

 一瞬静まり返った球場内に、アンパイアの声が甲高く響いた。

 

 

 マウンド上。草南のエースが規定の投球練習を行う。しかし緊張のためか、ボールが上ずったりワンバウンドしたりしてしまう。また他のナイン達も、初回の攻撃を引きずっているのか、声が出ない。

「へいへい! みんな、元気だしていこーぜ」

 キャプテンにして正捕手の大山が、掛け声を発した。草南ナインは「おうっ」と、少し躊躇うような声を上げる。

「……すごいボールだったな」

 レフトを守る須藤は、そう胸の内につぶやく。

「あのピッチャーを攻りゃくするなんて、おれ達にできるのか?」

「おい須藤!」

 センターの上級生に呼ばれ、須藤はハッとして「あ、はい」と返事する。

「ほれ、いくぞ」

 センターからボールが投じられる。しかしそれがやや高く逸れ、須藤は「おっと」と伸び上がり辛うじて捕球した。

「わ、わりい」

 上級生は苦笑いする。

「……ま、マズイ」

 須藤は危機感を募らせた。

「みんな浮足立っちまってる」

 やがてアンパイアが「プレイ!」とコールし、一回裏の箕輪の攻撃が始まる。草南のエースは、やや硬い表情でキャッチャー大山のサインにうなずき、第一球を投じた。

 箕輪の先頭打者は、その初球をいきなり叩く。打球はピッチャーの足下をすり抜け、二遊間を破った。センター前ヒット、ノーアウト一塁。

 続く二番打者も、ストライクを取りにきた初球を狙い打ちしてきた。今度は一・二塁間を速いゴロが抜けていく。一塁ランナーは二塁ベースを蹴り、さらに加速。カバーに入っていた須藤の眼前で、楽々と三塁ベースに滑り込む。これで一・三塁。

「そ、そんなバカな」

 須藤は口を半開きにして、額の汗を拭う。

「箕輪って、もっとじっくりボールを選んでくるチームじゃなかったのかよ」

 バシッ。ボールを芯で捉えた音がした。今度はレフト須藤の頭上を、ライナー性の打球があっという間に越えていく。

「く、くそうっ」

 背走し始めた須藤の眼前、打球はダイレクトでレフトフェンスを直撃した。そのまま付近を転々とする。

 須藤は慌ててボールを拾い、中継のショートへ返球する。その間、すでに三塁ランナーは先制のホームを踏み、そして一塁ランナーも三塁を回っていた。

「投げるな!」

 キャッチャー大山が指示を飛ばすも、その前にショートがバックホームしてしまう。この隙に、バッターランナーは三塁を陥れた。

「おいっ。投げるなと言ってるのが、聞こえねーのかよ!」

 興奮気味にまくし立てる大山。逆に二年生のファースト村瀬から「キャプテン落ちついてください」となだめられる。

「……こりゃ、きっとひどい目にあうぞ」

 深い守備位置を取りつつ、須藤は胸の内につぶやく、

 

―― 須藤の予感は当たった。

 この後、箕輪は浮足立つ草南を容赦なく攻め立て、初回だけで一挙六点を奪う。その後も攻撃の手を緩めることなく、着々と点差を広げていく。一方、草南の打線は、復活した箕輪のエース東の力投を前に、手も足も出ず。

 けっきょく十八対〇という大差で、箕輪が初戦を飾ったのである。

 

 

 第一試合の後。墨高ナインは午後の練習場所へ向かうため、他校の選手達と共に甲子園球場を出る。そしてバスへと向かった。

「……あっ」

 その途中、試合に敗れたばかりの草南高校の一団と出くわす。

 多くの者は、憔悴しきった顔をしていた。嗚咽を漏らす者、人目をはばからず泣きじゃくる者もいる。谷口はつい、立ち止まってしまう。

「谷口さん! みんな!!」

 その時だった。須藤と村瀬の二人が、こちらに駆け寄ってくる。

「すみません。こんな、みっともない試合を」

 須藤がそう言って、悔しげに唇を結ぶ。

「いや、しかたないさ」

 谷口は慰めめいたことを口にした。それしか言葉が見つからない。

「ただでさえ初出場校が、開幕試合という重圧の中にいたんだ。しかも相手は優勝候補。うちだって、おまえ達と同じ条件だったら、ああなっても不思議じゃなかった」

「……谷口さん」

 今度は村瀬が、ポツリと言った。

「甲子園は、こわい所でした」

 率直ながら痛切な一言に、谷口は思わず黙り込む。

「須藤、村瀬。あまり落ちこむなよ」

 列の後方から、横井が声を掛けた。

「おまえ達は二年生だ。さっき言ったように、来年まだチャンスはあるんだからよ」

 そうとも、と戸室が相槌を打つ。

「今日の経験をムダにしなけりゃ、必ずここに戻ってこれるさ」

「……は、はい」

 かつてのチームメイトに励まされ、ようやく二人の表情が和らぐ。

「谷口さん……」

 語気を強めて、須藤が言った。

「来年は、こうはいきませんよ。見ていてください。今日の悔しさをかてに、ぼくらは必ずはい上がってみせます」

「ああ。きっと、できるさ」

 谷口は二人と握手を交わし、列に戻る。そして「行こうか」と他のナインに声を掛け、踵を返した。

 

 

2.目標設定!

 墨高ナインは、大阪市内の運動公園のグラウンドに移動した。そして全員で、バスから出した用具を並べる。

「……お、おい谷口」

 その時、倉橋が声を掛けてきた。

「なんだかみんなの雰囲気、ちと暗くねえか」

「ああ……ムリもないさ」

 少し笑んで、谷口は応える。

「箕輪のあんな試合を見せられた後だもの」

 それから谷口は、グラウンド近くの一番大きな木陰にナインを集合させた。

「みんな座ってくれ」

 キャプテンの指示に、ナイン達はその場で円座になる。

「……今日の練習の前に、一つはっきりさせておきたい」

 トーンの低い声で、切り出した。

「今大会における、我々の目標だが……」

 そこまで言って、谷口は言い淀む。しばしの静寂。

「なに遠慮してんだよ」

 沈黙を破ったのは、同級生の横井だった。

「おまえの考えてることなんて、言われなくても分かってるぜ」

 谷口は「えっ」と目を見開く。横井は、フフと笑んで言った。

「優勝をねらいたいんだろ?」

「うむ。そうだろうな」

 倉橋も同調してうなずいた。

「え、なんでよ」

 首を傾げたのは、戸室だった。

「同じ初出場校が、あんなやられ方をした後なんだぞ。もうちょっと謙虚にいった方が」

「分かってねーな、おめえは」

 横井がやや呆れ顔になる。

「さっきの試合は、始めから優勝をねらってるチームと、そうじゃないチームとの差が浮き彫りになったんだよ。となりゃ……自ずと目指すべきものは、明らかだろうが」

 その言葉に、谷口は顔を上げて微笑む。

「横井の言うとおりだ。われわれも優勝するという気迫をもって、大会に臨もうと思う」

 なんだよ、と横井が溜息をつく。

「そう思ってたのなら、出発する前に言ってもよかったのに」

「バーカ。おまえこそ、分かってないじゃねーか」

 戸室がお返しのように言った。

「な、なにっ」

「あんときゃ都大会優勝を決めたばかりで、みんな甲子園に出ることにまだ実感を持ててなかったじゃねーか。そんな時に、甲子園優勝だなんて言われても、ピンとこなかったろうよ。きっと谷口は、おれ達に伝えるタイミングを図ってたんだろうぜ」

 ハハ、と谷口は苦笑いする。

「じつはそうなんだ。それに……これはイガラシにも言ったんだが、うちはもともとが初戦突破もやっとだったチームだ。あまり背伸びするようなことを言っても、と思って」

「なに言ってやがる、今さら」

 横井が少し笑って言った。

「背伸びなら、おまえが入部した時から、ずっとしてきたじゃねえか」

 だよな、とようやく戸室も同調する。

「谷口の背伸びにつき合わされて、おれ達はここまで来れたんだし。泣いても笑っても、この甲子園が最後の大会だ。最後までおれ達らしく、背伸びしていこうじゃねーか」

「ああ。それによ」

 倉橋が割って入る。

「うちは初出場といっても、あの谷原と東実を倒してきたんだ。それに優勝候補の箕輪や西将とも、公式戦じゃないとはいえ接戦を演じてる。だから甲子園で優勝をねらうと言っても、ちっともおかしくねえよ」

「フフ、いいですね!」

 思わずといったふうに、丸井が立ち上がる。

「谷口さんのもと、見せつけてやりましょうよ。この甲子園でも墨谷魂を!」

「……やれやれ」

 そしてイガラシが、渋い顔で言った。

「さすがのキャプテンも、今回はちと老婆心が過ぎたみたいですね。箕輪の試合を見たってのもありますが……みんなも心の奥底で、キャプテンと同じことを思っていたんですよ」

「うむ、そのようだな」

 谷口は朗らかな表情で、深くうなずいた。

「……お、おいイガラシ」

 隣で丸井が、ちょんちょんとイガラシのユニフォームの袖をつつく。

「そのロウバシンってなんだ? キャプテン、おばあさんに似てるってこと?」

 間の抜けた一言に、ナイン達は「あーあー」とずっこけた。

 

 

 ほどなく、墨高ナインはグラウンドに出て、キャッチボールを始めた。しかし谷口と倉橋、そして半田の三人は、ベンチ裏でひそやかに打ち合わせする。

「城田戦の先発はおれ、リリーフで松川を起用しようと思う」

 谷口の言葉に、倉橋が「いいと思うぜ」と応える。

「相手投手からして、点の取り合いにはならなさそうだし。コントロールのいいおまえと松川なら、そうそうまちがいはないだろうよ」

「うむ。いちおう予想外の展開になることも想定して、イガラシにも準備させるつもりだが、あまり大会序盤から彼をアテにはしたくない」

「同感だ。やつはほんらい、内野手だからな」

 その松川もキャッチボールの列から離れ、根岸を相手に投げ込みを行っていた。ズバン、ズバンとミットが小気味よい音を鳴らす。

「そういえば松川、指のマメはもう治ったのか」

 ああ、と倉橋はうなずく。

「すっかり癒えたようだよ。ぶり返さないように、気をつけさせないといけねえが。いまのところ心配なしだ」

「そうか、よかった」

 谷口は胸を撫で下ろし、半田へ顔を向ける。

「半田には、二つたのみがある。一つは向こうのバッテリーの配球をつかむこと」

 えっ、と半田は戸惑った顔になる。

「試合中にですか? それはちょっと、むずかしいです。打者やランナーの状況によっても、ちがってきますから」

「分かってる。だから、そう急ぐことはない。七、八回辺りまでに分かればいいんだ」

「そんな終盤までまってもらって、だいじょうぶなんですか?」

「なに。こっちが相手を知らないのと同じように、向こうもこっちをよく知らない。だからどっちみち、ロースコアの展開になるはずだ」

「わ、分かりました……」

「それともう一つは、相手打線が嫌がる投球をつかむことだ。これはおれと倉橋、松川も一緒にやる。地方大会のスコアを見る限り、どうも城田は、はっきりと苦手なタイプの投手、あるいは投球パターンがあるようだな」

 谷口の言葉に、半田は「ええ」とうなずく。

「調べてみると、どうも変化球投手を苦手としているようです」

 ほう、と倉橋が目を丸くする。

「どうやって調べたんだ?」

「新聞の甲子園出場校特集に、向こうの監督さんの談話として載ってたんです。予選では、変化球投手に苦労したから、甲子園では修正したいと」

「へえ。そんな細かいところまで、よく読んで見つけたな」

 感心する正捕手。しかしキャプテンは「うーむ」と、渋い顔になった。

「どうした谷口」

「それはちょっと、鵜呑みにできんな」

 あっ、と半田は声を上げる。

「ひょっとして……東実の佐野みたいに、ニセの情報を流してるとか」

「そうとは言い切れんが」

 少し苦笑いして、谷口は言った。

「もし本当だとしても、甲子園までには修正すると書いてたんだろう。談話を鵜呑みにして、変化球ばかり投げると、かえってねらい打ちされる危険がある」

「じゃあ、この情報はアテにできないですね」

 がっかりする半田に、谷口は「いいや」と首を横に振る。

「まったく参考にならないわけじゃない。ただ変化球といっても、色々と種類があるからな。カーブにシュート、フォーク。そのどれかは、本当に打てないのかもしれん。だから半田、そのへんの細かい見きわめをたのみたいんだ」

「な、なるほど……分かりました。やってみます」

 そう返事して、半田は少し笑んだ。

 

 

 キャッチボールを終えると、墨高ナインはキャプテン谷口を含む全員が、学校から持ってきた剣道の防具と胴着を着込んだ。そして各々のポジションへと散っていく。

 ノッカーは、谷口が自ら務める。

「よしいくぞ。サード!」

 まずサード岡村の正面へ、規則的なバウンドのゴロを打った。岡村は小刻みなステップで捕球し、流れるように一塁へ送球する。

「もういっちょ、サード!」

 今度はサードに入る松川の正面へ、同じように規則的なゴロを打つ。松川はややぎこちない足取りで捕球するも、一塁へ矢のような送球を投じた。

「どうした松川。動きがカタいぞ」

 谷口はすかさず指摘する。

「なにかアクシデントがあれば、おまえがサードに入らなきゃならん場合もある。その時に今のような守備では、相手につけこまれてしまうぞ」

「す、すみません……」

「サード、もういっちょ!」

 もう一度サードへノックする。今度はスムーズな動きで、松川はゴロを捌いた。

「そうだ松川。やればできるじゃないか」

 松川の動きに納得し、谷口はノックを続ける。

「つぎ、ショート!」

 カキッ、カキッ、と小気味よくノックの音が響く。こうしてポジションが一回りした後、谷口は再びサードへノックバットを構える。

「サード!」

 谷口は、マウンドの左側へ高いバウンドのゴロを打った。岡村が一瞬待ちかける。

「突っこめ岡村!」

 キャプテンの檄に、岡村は慌ててダッシュした。しかしバウンドとタイミングを合わせられず、後逸してしまう。

「どうした岡村。いまのは待って捕ると、一塁セーフになるぞ」

「す、すみません……」

「サードもういっちょだ!」

 再び高いバウンドのゴロを打つ。岡村は、今度は巧くタイミングを合わせて捕球し、軽くジャンプしながら一塁へ送球した。

「つぎ、ショート!」

 今度は二塁ベース左へ、やはり高いバウンドのゴロを放つ。センターへ抜けそうな当たりだったが、イガラシが目一杯グラブを伸ばし、その先で捕球する。そして岡村と同じようにジャンプスローした。

「イガラシ、ステップが直線的すぎるぞ」

 好プレーに見えたが、それでも谷口は指摘する。

「もう少し半円を描くようにステップするんだ。そうすれば、もっと余裕をもって捕球できたはずだぞ」

「分かりました!」

 イガラシは素直に返事して、すぐに前傾姿勢を取る。

「もういっちょ、ショート!」

 またも同じ打球。イガラシは言われた通り、半円を描くようにして回り込み、今度は体のほぼ正面で捕球した。そして一塁送球。

「……おいおい」

 谷口の傍らで、倉橋がやや呆れ顔になる。

「ちと厳しすぎるんじゃねえか?」

「だいじょうぶだ」

 事もなげに、キャプテンは言った。

「この練習を始めて五日間。みんなだいぶ、慣れてきてるようだからな」

「あ、うむ。それはそうだが」

 渋い顔の正捕手をよそに、谷口はシートノックを進めていく。

「ライト!」

 そう声を掛けてから、右中間へ低いライナーを放つ。ライトの鈴木が回り込んで捕球し、中継のセカンド松本へ返球する。しかしそれが高く逸れ、内野側へ転々としてしまう。

「わ、わりい」

「鈴木さん、送球もっと正確に!」

 きつい口調になる松本に、谷口は「おまえもだぞ松本」と厳しく指摘する。

「あっ、はい……」

「おまえは鈴木に近づきすぎだ。今のように長打になりそうな打球の時、外野手はどうしても返球を焦ってしまう。だから中継が、もっと位置取りを考えなきゃいけないんだ」

「す、すみません」

 さらに鈴木にも苦言を呈す。

「鈴木。だからといって、松本のせいにするなよ。おまえはいつも言ってるように、送球が高くなりがちだ。もっと低く投げろ」

「は、はい……」

 鈴木はぺこっと頭を下げ、ポジションへと戻る。

 

 

「うへえ、あちーぜ」

 横井がそう言って、頭から面を抜き取る。他のナイン達も、次々に剣道着を脱ぎ捨てていった。皆、汗びっしょりだ。

「どうだ。暑かったろう」

 谷口が自分も胴着を脱ぎながら、全員に声を掛ける。

「いやもう……まるで蒸し風呂だぜ」

 横井の言葉に、戸室が「ああ」と同調する。

「立ってるだけで、どんどん頭がぼーっとしてきやがるんだから」

「ハハ。でもみんなの動きを見てると、だいぶ慣れてきてるようだぞ」

 微笑んで、谷口は言った。

「今の様子なら、相手より先にバテるってことはなさそうだ」

 疲れのあまり、その場に寝転がるナイン達。しかしその中で、一人だけ胴着と防具を身につけたままの者がいた。イガラシである。

「キャプテン」

 そのイガラシが呼ぶ。

「この後は、しばらく個人練習でしたよね?」

「ああ。その予定だが」

「でしたら、ぼくには投げこみをさせてください」

「え、かまわんが……まさかその格好でか?」

 キャプテンの問いに、後輩は「ええ」とうなずく。

「初戦、ひょっとしてロングリリーフの可能性もあると思いましてね。そのぼくがバテてしまっては、話になりませんから」

 そう言って、近くで転がっている根岸に声を掛ける。

「わるい根岸。ちょっとつき合ってくれ」

「え……はええな。もちっと、休みたかったのに」

 ブツクサ言いながらも、根岸は起き上がり、ベンチに置いてあるミットを取りにいく。そしてイガラシと二人で、グラウンドの隅へと移動する。

「……ようし。いくぞ、根岸」

 イガラシが合図して、すぐに投球練習が始まった。快速球が次々に、根岸の構えるミットに飛び込んでいく。

「お、おいイガラシ」

 さすがに谷口は心配になり、後輩へ声を掛けた。

「あまりムチャするんじゃないぞ」

「平気ですよ、これぐらい」

 キャプテンの心配をよそに、快活な声が返ってきた。そしてさらに、投球のテンポを上げていく。

「まったく……」

 谷口は苦笑いした。

「さすがに剣道着姿で投球練習しようなんて、おれでも考えつかなかったよ」

 む、と隣で倉橋がうなずく。

「ひょっとして、おまえが優勝をねらうと口にしたもんで、はりきってるんじゃねえか」

「ハハ。かもしれないな」

「うむ。しかしはりきってるのは、イガラシだけじゃなさそうだ」

 ふと周りを見ると、他のナイン達も休憩をそこそこに、素振りや走り込み、守備の基礎練習へと散っていく。

「いい雰囲気になってきたんじゃねえの?」

 倉橋の一言に、谷口は「ああ」と微笑む。そして胸の内につぶやいた。

「これで初戦が、楽しみになってきたぞ」

 

―― こうして新たに「甲子園優勝」という目標を定めた墨高ナインは、限られた日数ながら充実した練習をこなしていく。

 そしていよいよ大会三日目。熊本の伝統校・城田高校との初戦を迎えるのである。

 

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