南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

【野球小説】続・プレイボール<第20話「組み合わせ決定!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』続編(※リライト版)

 

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【目次】

  

 

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第20話 組み合わせ決定!の巻

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1.谷原の弱点!?

 

 招待野球から、二十日余りが過ぎた。

 

 この間、墨高ナインの成長は、ますます加速していた。

 六月初旬には、西将学園の監督・中岡の紹介により、春の甲子園に出場した三校と練習試合を実施。墨高は、なんと三連勝を飾ったのである。

 

 また、膝の故障から出遅れていた片瀬が、地道なトレーニングの甲斐あり、ついに実戦登板できるようになった。さらに西将戦で負傷したイガラシも、無事に完治。

 

 いっぽう、対谷原を想定した特訓は、日ごとに厳しさを増していく。

 六月の半ば辺りから、谷口、松川、井口、イガラシの投手陣が、日替わりで登板。しかも速球と変化球を混ぜ、試合さながらに投球するようになる。対応できない者には、容赦なくグラウンド脇にて、追加のトレーニングが課せられた。

 だがこの頃になると、粒ぞろいと言われる一年生達が、少しずつ本領を発揮。根岸や岡村、松本らが、レギュラー陣をおびやかし始める。

 

 気づけば六月の第三週。この週末には梅雨明けとなり、本格的な夏が到来する。

 迎えた水曜日。この日、夏の大会開幕に先立ち、ある行事が組まれていた。その成り行き次第で、かなり大会の行方が左右される、重要な催しだ。

 

 そう、組み合わせ抽選会である。

 

 

 午後四時。墨高ナインは、この日も部室へと集まり、練習の準備を始めていた。

「キャプテン」

 着替え終えたところで、谷口はふいに声を掛けられる。片瀬だった。こちらもユニフォーム姿で、どうやら待っていたらしい。

「少しよろしいでしょうか」

「うむ。どうした?」

「じつは最近、春の甲子園で谷原と西将が戦った試合を、ちょっとずつビデオで見返しているのですが……面白いことが分かったんです」

 谷原というフレーズに、周囲がざわめく。

「ほう。相変わらず、研究熱心だな」

「そ、それで練習後にでも、キャプテンにお伝えしたいのですが」

「いや。せっかくだから、いま聞かせてくれ。練習メニューの参考にもしたいし」

「え……は、はい。分かりました」

 戸惑いながらも、片瀬は説明を始めた。

「その試合、招待野球でぼくらにも投げた、西将の竹田というピッチャーなんですけど……どうも本調子じゃなかったようなんです」

「な、なんだって?」

 思わぬ発言に、つい声が上ずってしまう。

「はい。数えてみたら、四死球を八個も与えてました。毎回、得点圏にランナーを背負って、よく一点に抑えたっていう内容でした」

 丸井が「ははっ」と、意地悪そうに笑う。

「あの高山ってキャッチャー、さぞ苦労したろうな。やつの慌てる顔が見たかったぜ」

「やつって……あの人、先輩だぞ」

 傍らで、加藤が苦笑いする。

「……なぁ片瀬」

 ふと気になることが浮かぶ。

「谷原はその試合、ヒットを打てていたか?」

 質問に、片瀬は目を見上げる。

「そこなんですよ」

 我が意を射たりとばかりに、深くうなずいた。

「あれだけ猛威を振るった打線が、この西将戦だけは、たった七本に抑えられてるんです。いくら竹田さんが並のピッチャーじゃないといっても、明らかに本調子じゃなかったので、もっと打ち込んでも良さそうなものですが」

 その時、しばし沈黙を守っていたイガラシが、独り言のようにつぶやく。

「……ふむ。やはりそうか」

「え、おいイガラシ」

 すぐに丸井が反応した。

「おまえなにか、気づいてたのか?」

「気づいてたというか……ちょっと、引っかかってた程度ですけどね」

 イガラシは、淡々と答えた。

「丸井さん。ぼくらが観戦した谷原と広陽の試合、覚えてます?」

「そ、そりゃもちろん」

 丸井が引きつった笑みを浮かべる。

「谷原がパカパカ打ってた試合だろ。思い出しても、ぞっとすらぁ」

「ですけど……後半の三イニング辺り、打線が鳴りを潜めてたんですよ」

「ん、だったっけ?」

 意外そうに、丸井が首を傾げる。

「言われてみりゃあ、そうだな」

 倉橋がミットを磨く手を止め、話に入ってくる。

「広陽のリリーフ投手が、四死球を連発したもんで、点は入ってたけどな。じつは残り三イニング、谷原のヒットは内野安打の二本だけだったんだよ」

 何人かが「ああっ」と声を発した。イガラシは、微かにうなずく。

「しかも後半は、けっこうボール球に手を出したりして、おかしかったんですよ。ま……点差も開いてたので、つい雑になったのかとも思いましたけど」

 谷口は「なるほど」と、ナイン達を見回して言った。

「つまり谷原は、荒れ球タイプのピッチャーが苦手だってことか」

 ええ、とイガラシは首肯する。

「いっぽう……広陽のエースみたいに、コントロールの良いピッチャーは得意なんじゃないでしょうか。どこに来るか予測できるので、ねらい球は絞りやすいですし」

「そ、そういやぁ」

 ふいに井口が、間の抜けた声を発した。

「キャプテンも、コントロールいいですもんね……テッ」

 丸井がすかさず、拳骨を喰らわせる。

「な、なにするんスか」

「てめーは余計なこと口にすんじゃねぇ。黙って聞いてろ」

「イテテ……は、はぁ」

 谷口は苦笑いした。たしかに、井口の指摘通りだと思う。あの練習試合で、谷原は躊躇なくフルスイングしてきた。こちらの工夫も足りなかったとはいえ、さぞ打ちやすかったことだろう。

「ううむ、リクツは分かったが……しかしなぁ」

 渋い顔をしたのは、横井だった。

「まえに決めた話だと、谷原戦は井口とイガラシ、それに谷口の継投でいくんだろ。三人とも、むしろコントロールは良いもんな」

 たしかに、と戸室が同調する。

「こうなりゃわざと、ノーコンなふりをしてもらうとか」

 冗談めかした一言に、横井は「なに言ってんだ」と突っ掛かる。

「そんなことしたら、フォームがおかしくなっちまうわ。少し考えろよ戸室」

「じ、ジョーダンだよ。んなこと分かってらい」

「どーだか」

「なんだとっ?」

 他愛ない言い合いを始める二人を、谷口は「まぁまぁ」となだめた。そして、また全員を見回して告げる。

「みんな忘れてないか? うちにはもう一人、ピッチャーがいるってこと」

「え……ああっ、そうか」

 横井の声が合図だったかのように、全員の視線がおずおずと、片瀬へ集まっていく。

「たしかに片瀬は、谷原が苦手とするタイプでしょうね」

 イガラシがうなずいて言った。

「ボールが散らばるので、バッターにとっては予測がつきにくいですし。おまけに変則のサイドスロー。谷原でも、これは戸惑うと思いますよ」

「そ、そうかもしんねぇけどよ」

 まだ腑に落ちないらしく、横井は首をひねる。

「片瀬はケガあがりってことで、さほど実戦も積んでないんだぞ。やっと最近、練習試合で少し投げるようになってきてるが。そんなにバッチリ抑えてるわけでもねぇし」

「あのな横井。練習試合では、彼のほんらいの……」

「まてよ、谷口」

 倉橋がそう制して、おもむろに立ち上がった。

「百聞は一見に如かずだ。今日のシート打撃で、片瀬を登板させてみないか」

「む、そうしようか。打ってもらった方が実力も分かるし」

 谷口は快諾して、他のメンバーに声を掛ける。

「となれば……他のメニューもあるし、急がないといけないな。よしみんな、五分後にはランニングを開始する。すぐ外に出て、体をほぐしとくんだ」

「は、はいっ」

 返事を合図に、ナイン達は次々にグラウンドへ出ていく。

「ところで谷口」

 倉橋がこちらに歩み寄り、声を潜めて言った。

「大会の組み合わせ、もう決まる頃じゃねぇか?」

「うむ。三時半開始だったから、そろそろ全チームが籤を引き終えたろう」

「半田のやつ、何時頃に帰ってくるかな」

「電車を乗り継いでだから……早くて五時過ぎだろう。彼が戻ったら、いったん全員を集めよう。みんな気にしてると思うから」

「賛成だ。早く知った方が、練習にも身が入るだろうし」

 そこまで打ち合わせ、二人は部室を出た。

 

 

2.片瀬の実力

 

「……く、くそう」

 右打席にて、横井が左手の甲で、顎の汗を拭う。いつもの飄々とした彼にしては珍しく、唇がへの字になっている。

 マウンド上では、片瀬が顔色ひとつ変えず、僅かに前傾した。

「おい横井。力んだら、まず打てないぞ」

 キャッチャー倉橋の声掛けに、横井は「分かってらぁ」と幾分ムキになる。

 ほどなく片瀬が投球動作へと移る。ほとんど足は上げず、そのまま前方へスライドするように踏み込む。これは重心を保つための工夫だ。そしてサイドスローのフォームから、速球が投じられた。

 コースは真ん中低め。横井が「絶好球!」とばかりにフルスイングした。ところが、ボールは手元で内側に喰い込み、バットの根元に当たる。

「し、しまった……」

 一瞬空を仰ぎ、横井が走り出す。打球はピッチャー正面に転がった。片瀬が滑らかなフィールディングで捌き、一塁へ送球。

「あーあ、またピッチャーゴロかよ」

 苦笑いを浮かべ、横井は戻ってきた。

「クセ球とは聞いてたが、けっこう鋭く曲がるんだな。いまのシュートじゃないのか?」

「いいや。片瀬が言うには、あくまでも真っすぐらしい」

 倉橋がにやりとする。

「なんでもボールの縫い目の指をかける位置を、ちょっとずつ変えてるんだと。他にもぎゃくに曲げたり、落としたりもできる。言ってみりゃナチュラル変化球だな」

「こんなタマがあるなら、どうして練習試合では投げさせなかったんだよ」

「そりゃ実戦登板し始めたばかりだからな。ただでさえブランクが長いんだ。いろいろやりすぎて、また故障したらコトだろ」

「な、なるほど。しかし……いいタマ持ってるじゃねぇか、片瀬のやつ」

 サードのポジションにて、谷口は目を細めた。眼前のマウンド上では、片瀬が自然な動作で、ロージンバックを指に馴染ませる。

 よしいいぞ。ナイン達も、だんだん片瀬の実力を認めてきたようだな。

「……うしっ。今度こそ、打ってやる」

 次のバッターは井口だ。気合を入れて、左打席に入る。

 初球、真ん中やや外寄りの速球。井口はこれを「まってました」とばかりに狙うも、ファールとなり後方へ転がる。

「え……いまのタマ、落ちたのか」

 井口が驚いた目で、マウンド上を凝視する。

「や、やるな。けどボールをしっかり見りゃ」

 試合さながらに、倉橋がサインを出す。片瀬はうなずき、二球目の投球を始めた。今度は一転して、外へ大きな緩いカーブ。

「……なぁっ、と」

 ガキッと鈍い音。井口は完全に泳がされ、セカンドフライ。丸井が「オーライ」とグラブを掲げ、難なく捕球した。

「ふっ、いいカーブじゃないか。俺のスローカーブに匹敵するぜ」

 井口の負け惜しみに、倉橋が「よく言うぜ」と釘を刺す。

「カーブのコントロールは、片瀬の方が上だ。おまえは日によってキレがなかったり、すっぽ抜けたりするだろ」

「は、どうも」

 先輩の指摘に、井口はバツの悪そうな顔をした。

 谷口は、改めてマウンド上を見やる。スラッガーの井口を、これで二打席続けて打ち取った。それよりも、片瀬の落ち着き払った仕草、表情に感心させられる。

 さすが元リトルリーグの優勝投手だな。まるでケガの影響を感じさせない。いやそれがあったからこそ、こうして肝が据わってきたのかも。どっちにしても、井口やイガラシとはまたちがった、いいピッチャーになれそうだ。

 それはともかく、と思い直す。一旦タイムを取り、ナイン達を自分の周囲に集めた。

「どうだみんな。片瀬のチカラ、よく分かっただろう」

 横井が「そりゃもう……」と、苦笑い混じりに答える。

「まだシード校クラスの、本格派ピッチャーの方が打ちやすいってもんだ」

 そうですね、と島田がうなずく。

「どこに来るか分からないうえ、不規則に変化するので、的を絞りづらいですよ」

「む。いっそ谷原戦は、片瀬先発でいいかもな」

 横井の一言に、井口が不服そうな顔をした。倉橋がくすっと笑い、代わりに反論する。

「そりゃ飛躍しすぎだぜ。まえに決めたとおり、井口には力勝負してもらって、まず相手を驚かせることが大事なんだ」

「あ……そ、そうだったな」

 倉橋の言葉を受け、谷口は補足した。

「墨谷は他とちがう攻め方をしてくる。そうやって戸惑っているところに、片瀬のような変則投手をぶつけられたら、どうだ?」

 なるほどっ、と丸井が声を上げる。

「そんなことされたら、ますます混乱しちゃいますね」

 傍らで、加藤も「そうだな」と同調した。

「計算して対応するのが、谷原は得意だからな。そういうチームだからこそ……この戦術は効くんじゃないか」

 ナイン達がその気になったところで、谷口はパチパチと両手を打ち鳴らした。

「感心するのは、これぐらいにしておこう。みんな……そろそろ二巡目も終わるが、ちょっとマズイな」

 意図的に厳しい言葉を投げかける。

「ここまでクリーンヒットは三本だけ。しかも散発だ。これじゃ、片瀬と同じタイプの投手に当たったら、手出しできないってことになるぞ」

「谷口の言うとおりだ」

 倉橋も険しい眼差しで言った。

「しかも同じパターンでやられてる。速球を打ち損じるか、カーブに泳がされる。はっきり言って、打ち取るのはチョロかったぜ」

 まさにその形で仕留められた井口が、気まずそうに下を向く。

「片瀬が打ちづらいと分かったら、ちっとは対策を考えろよ。これが試合なら、ずるずる終盤まで行かれてる。ミイラ取りがミイラになったら、話になんねぇぞ」

 正捕手の檄に、ナイン達は「はいっ」と返事した。

 谷口もサードに戻った。隣で「自分も打ちたいです」と、イガラシが笑う。西将戦で手首を捻挫した彼は、昨日ようやく病院で“完治”と言われていた。

「やめておけ。ま、分かってると思うが」

「ええ。でも一月近く打ってないので、ブランクが心配です」

「なーに、おまえのことだ。すぐに感覚を取り戻すさ」

 眼前の打席には、二年生の加藤が入る。さすがに対策してきた。バットを短く持ち、かなり前寄りに立つ。

 初球。逃げていく軌道の速球を、加藤はおっつけるように弾き返した。谷口とイガラシが飛び付くも、その間を低いライナーが抜けていく。レフト前ヒット。

「……よしっ。なんとか、曲がりっぱなを叩けたぞ」

 一塁ベースを回りかけ、安堵したようにつぶやく。

「加藤さん、ナイスバッティングです」

 片瀬が微笑んで言った。そして、こちらを振り向く。

「キャプテン。正直、あまり抑えられてるって感じじゃないです。みなさん振りが鋭いですし、こうやってすぐ対応してきますもの」

「そりゃそうだよ」

 ホームベース後方で、次打者の戸室が得意げに言った。

「俺達だって、ずっと鍛えられてきたかんな」

「こら戸室。おまえは打ってから言え」

 すかさず倉橋が突っ込む。戸室は「あはっ」と頭を掻いた。最初の打席で、彼は二種類のカーブにタイミングが合わず、三振に倒れている。

 その時、丸井が「あっキャプテン」と声を上げ、校舎を指差す。そこに谷口だけでなく、全員の視線が集まる。

 制服姿の半田が、校舎の手前側を歩いていた。

「おお。いま帰ってきたか」

 谷口はそう言って、ナイン達に「いったん部室に集まろう」と声を掛けた。

 どうやら半田も、部室へと向かうようだ。なぜか足取り重く、明らかにしょんぼりとした表情を浮かべている。

 ふと思い至り、校舎の時計を見やる。すでに六時を過ぎ、予定よりも遅い帰校だ。

「……なぁ。半田のやつ、暗くないか」

 すぐに横井が気づき、頬を引きつらせる。

「こりゃクジ運、悪かったかも」

 加藤が「あり得ますね」と、苦笑いした。

「今回、けっこう有力校がシード漏れしてるんですよ。聖稜や大島工……それに東実も」

 その発言に、周囲がざわつき始める。

 無理もないか……と、谷口は溜息をつく。どこと当たっても構わないつもりではあるが、やはり序盤から厳しい相手は避けたい。それが本音だった。

 

 

3.組み合わせ発表!

 

「み、みなさん……ごめんなさい」

 半田が泣き顔になりながらも、学生鞄からA3サイズのザラ紙を取り出し、広げて部室の黒板に貼り付けた。そこにトーナメント表が記されている。

「これ……半田が、書いてくれたのか?」

「え、ええ。そうです」

「だから帰りが遅かったんだな。ありがとう、半田」

 谷口は、まず礼を言った。こういう仕事は抜かりがない。やはり半田は、裏方的な役割が向いているし、それが本人も好きなようだ。

「おい半田。そう、あまりショゲるなよ」

 倉橋が励ます。

「クジ引きは運でしかねーし、それに今年のうちは三回戦からだ。一、二戦を突破してくるチームに、ラクな相手なんてねぇよ」

「……は、はい」

 ようやく半田の顔から悲壮感が消える。

 すでにナイン達は、黒板前に集まっている。つま先立ちしたり、互いに押し合いへし合いしたりしながら、ガヤガヤと騒がしい。

「どれどれ、うちはどのブロックだ」

「こら押すなよ」

「墨谷は……あった。なんでぇ、試合は十日も先じゃねぇか」

「こんニャロ、見えないっつってるだろ」

 二時間近く練習を行った後とは思えないほど、誰もが快活だ。倉橋が「しょうがねーな」と苦笑いする。

 谷口は、まず「墨谷」の位置をチェックして、そこから視線を移していく。

 なるほど……と、小さくつぶやいた。墨谷と同ブロック内に、昨年のシード校「聖稜」の名前があった。さらに隣のブロックには、四強の常連「川北」も控える。

 ナイン達も気づいていた。

「あちゃー。聖稜って、いきなり大物が来たな」

 戸室が素っ頓狂な声を上げる。

「昨年も当たって、だいぶ苦戦したもんな」

 そうそう、と横井が相槌を打つ。

「一時は五点まで離されて、なんとか九回にひっくり返したけどよ。とくに相手ピッチャーのシュートに手こずったんだったな」

「ここに勝っても、つぎはおそらく川北か。なかなかシンドイ組み合わせだ」

 三年生達の会話に、また半田が泣きそうになった。横井は「ははっ、ドンマイよ半田」と慌てて慰める。

「……あっ、キャプテン」

 ふと前方にいた丸井が、こちらを振り向く。

「谷原はこっちです」

「おお、探してくれたのか」

 丸井が指差した場所に、第一シード「谷原」の名前を確認した。そのままトーナメントの山を追って、自分達といつ当たる組み合わせなのか調べに掛かる。すると、後輩が気を利かせ教えてくれた。

「うちとは、準決勝でぶつかる組み合わせです。ちなみに……東実と専修館は、反対側の山でした。当たるとすれば決勝」

 そう言って、丸井は嬉しげな顔になる。

「さすがキャプテン。まえに想定したとおり、ズバリじゃありませんか」

「ああ……いや、これは偶然だよ」

 笑って答えた後、まてよ……と思い直す。

 これはラッキーかもしれないぞ。きっと谷原は、余力を残して勝ち上がってくる。もし決勝で当たっていれば、彼らはそこで力を出し切ろうとするはず。しかし……準決勝なら、翌日のことまで考えなきゃいけない。

 頭の中で、谷口は起こり得る状況をシミュレーションした。

 東実とは決勝でしか当たらないのも、好都合だ。おそらくシード校の中で、一番われわれを警戒しているのが、彼らだ。しかし決勝の相手が、うちか谷原かという二択になれば、その比重は谷原に傾くだろう。こうなると、彼らの警戒も薄れて……

 そこまで考えて、谷口は小さくかぶりを振った。

 いや、よそう。どっちみち厳しい戦いになる。いかんな、俺がこんなこっちゃ。どの試合も、一戦必勝の気持ちで臨まなければ。

「……おっと、またかよ」

 横井のつぶやきに、現へと引き戻される。

「どうした?」

「谷口も覚えてるだろう。昨年やられた、あの明善だよ」

「うむ、もちろん忘れちゃいないさ」

 苦い記憶がよみがえる。昨年の大会で、連日の死闘により消耗しきった墨高は、最悪のコンディションで明善と対戦。準備不足もたたり、〇対八と完敗を喫していた。

「今回もお互い勝ち進めば、準々決勝でぶつかるみたいだ。くそっ……思い出すと、まだ腹が立つぜ。あんな状況でさえ、当たらなければ」

 苦笑いする横井の口の端に、悔しさが滲む。

「ま、あんときゃ仕方ないさ」

 戸室が、なだめるように言った。

「明善だって、あの東実を倒した実力校なんだ。そこにロクな準備もしないまま戦えば、そりゃああなるさ。とはいえ……つぎこそは、勝ちたいもんだ」

「……あ、あのう」

 おずおずと発言したのは、根岸だった。

「先輩方の話を聞いていると、なんだか強いトコばかりのように思えるのですが」

 谷口は微笑み、相手の左肩をぽんと叩く。

「そのとおりだ。与しやすい相手なんて、存在しないぞ」

「は、はぁ……」

 戸惑う後輩を横目に、谷口はナイン達を見回した。

「しかし、かといって恐れる必要もない。どこが相手だろうと、けっきょくやるべきは、自分達のチカラを出すこと。それさえできれば、もうカンタンには負けない。こう言い切れるだけのものを、われわれは積み上げてきたはずだ」

 キャプテンの激励に、墨高ナインは「おうっ」と力強く応える。

「ようし、気合が入ってきた」

「いっちょ墨高のチカラを、見せつけてやるか」

 チームメイト達を頼もしく思いながら、谷口はもう一度トーナメント表を見やった。そして「おや?」と気付く。

 自分達と同ブロック内に、近隣の実力校「城東」の名前を見付けた。

「おお。キャプテン、この城東って」

 すぐに丸井も気付き、問うてくる。

「墨二で一緒だった、松下さんのいるトコじゃないですか」

「う、うむ。覚えててくれたのか」

 内心複雑な思いで、返答する。

「ええ。松下さんといやぁ、かつて同じ釜の飯を食った仲ですし。れ……そういやぁ、城東もけっこう力あるって評判ですよね。ここもマークしとかないと」

「もちろんさ。城東に限らず、当たる可能性のあるチームについては、偵察の予定を組んでる。その時に、どれくらいの実力か見えてくるだろう」

「抜かりなしってことスね。でもなーんか、キャプテンにしては歯切れが悪いような」

「そ、そうか?」

 少しぎくっとした。その時「キャプテン」と、近くにいた加藤が割って入る。彼もまた墨谷二中の出身だ。当然、松下とも面識がある。

「俺から話します。同窓のキャプテンは、言いづらいと思うので」

「どういうこったよ加藤」

 じつはな……と、加藤が話を切り出す。

「丸井は知らないだろうが……じつは昨年と一昨年、うちは城東と対戦してるんだ」

「へっ。キャプテン、そうだったんですか」

 分かりやすく、丸井は驚いた目になる。

「ならそうと、おっしゃってくれれば良かったのに。んで結果は?」

「……それがな」

 加藤じゃ、渋い顔で答えた。

「二試合とも、てんで相手にならなかったんだ。一昨年の墨高は、まだまだ弱かったが、そん時でさえ七回コールド。昨年にもう一度、練習試合で戦った時は……松下さん一イニングもたなかったんじゃないかな」

「あ、あぁ……なるほど。そりゃ言いづらいワケだ」

 こちらに向き直り丸井は「スミマセン」と頭を下げる。

「いやなに、おまえが気にすることじゃないさ」

 谷口は、苦笑い混じりに言った。

「ま……そりゃ松下には、がんばって欲しいと思ってるさ」

 ただ厳しいだろうな、と胸の内につぶやく。

 昨年の時点で、聖稜は墨谷にとって、まだ荷が重い相手だった。いっぽう城東は、自分達に一蹴されている。普通に考えれば、城東が聖稜に勝つのは難しいだろう。

「……松下さんか」

 その時、ふいに黒板前のイガラシが、ぽつりと言った。

「なんだよイガラシ」

 丸井が愉快そうに、パシッと後輩の背中を叩く。

「おまえでも先輩と対戦するのは、フクザツってか」

「あ、いえ……というより」

 やや渋い顔で答える。

「過去に大勝した相手というのは、やりにくいなと思って。こっちは気が緩みがちだし、ぎゃくに相手は死に物狂いで向かってきますし」

「うむ、それは言えてるな」

 イガラシの冷静な意見に、谷口は首肯した。

 おそらく序盤戦は、相手云々よりも、まず自分達の心身のコンディションを整えることが重要となってくる。過去二年間の経験で、それを痛感していた。

「……よし。みんな、だいたいイメージできたか?」

 再び全員を見回し、谷口は声を掛ける。

「分かったら、練習の続きをしよう。ここからは一日もムダにできないぞ」

 ナイン達は「はいっ」と返事して、日の傾くグラウンドへと向かった。

 

 それから十日後……

 

 いよいよ夏の甲子園出場を賭けた、全国高校野球大会東京都予選が、盛大に幕を開けたのだった。キャプテン谷口タカオにとって、これが最後の地区大会である。

 

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