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<外伝>
第4話 強豪五連戦へ向けて!の巻
1.グループ別の練習開始
「ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!」
この日も墨谷二中グラウンドには、野球部員達のランニングの声がこだまする。
「……れっ?」
近藤はランニングの列の後方を振り返り、驚いた声を上げる。
「なんや今日、ちと少のうない?」
「バカだなあ。きのう話したじゃないか」
牧野が呆れた口調で言った。
「レギュラー以外で主に守備練習だけやりたい組は、曽根と慎二に連れられて、工場裏の空き地へ行ってるよ」
「あ、どうりであの二人もおらんわけね」
しばらくそのまま走った後、牧野が全体へ声を掛ける。
「ようし。ラスト一周は全力疾走だ!」
「わっ、と」
その声と同時に、他の部員達が次々に、近藤を追い抜いていく。
「相変わらずみんな、速いのね」
苦笑いして、自分も少しだけペースを上げようとして、次の瞬間だった。
「お先に失礼します!」
わざわざ声を掛けてきたのは、一年生の佐々木ことJOYである。つい昨日、近藤に「エースになる」と宣言した男だ。
「なっ、きさま。自分がワイより上やと、周りにアピールしよう思うてからに。そうはさせるかいな!」
近藤は急速にスピードを上げ、JOYに抜かせまいとする。
「ハアハア。ぼ、ぼくは負けません!」
「くっ。なんの、これしき」
列の真ん中付近ではあるが、投手同士のデッドヒートが繰り広げられた。
「な、なんだって?」
先頭の牧野は、佐藤と目を見合わせる。
「見たか佐藤。近藤のやつが、あんな目の色変えてランニングするなんて」
「む、初めて見たな」
「あいつ。よほどJOYに、エースの座を明け渡したくないらしいな」
そういえば、と佐藤は笑みを浮かべた。
「近藤のやつ。イガラシさんはべつとして、今まで自分のポジションをおびやかされたこと、なかったものな」
「ああ。それと昨年、井口のいる江田川と戦った時も、井口のスピードに対抗しようと珍しく奮起してたが。ああしてプライドを刺激されるのが、やつにとってはいいんだろう」
部員達がゴールラインを次々に駆け抜けていく中、二人はまだ競り合いを続ける。
「このっ、行かせるかJOY!」
「なんのこれしき」
ゴールラインを過ぎても、まだ止まらない。
「こら二人とも!」
さすがに牧野が怒鳴る。
「どこまで行くつもりだ。うちは陸上部じゃねえんだ、さっさと戻ってこい!!」
その声にハッとしたのか、二人はスピードを緩め、こちらへ駆けてくる。
工場裏空き地。ここでは曽根と慎二の指揮の下、レギュラー外メンバーのうち守備専門の組が集まり、レギュラーとは別で練習を行っていた。
「まったく、やってられないぜ」
曽根は一人、溜息をつく。
眼前では、キャッチボールが行われていた。しかし、多くの者がコントロールを定めきれない。ボールは相手まで届かずワンバウンドしたり、左右に大きくずれたり、高く逸れたりしてしまう。
「曽根さん、まだ続けるのですか?」
メンバーの一年生の一人が尋ねる。
「もうかれこれ、三十分くらいたちますけど」
「ああ。しかたねえだろ」
渋い顔で、曽根は答えた。
「おまえらの誰一人、ねらった所へ投げられてないじゃねーか」
アハハと、その一年生は苦笑いした。曽根は「笑いごとじゃねーよ」とつぶやく。
「まあまあ曽根さん」
キャッチボールのペアを組む慎二が、微笑んで声を掛けてきた。
「最初はこんなものですよ。今までろくに、練習する場を与えてなかったんですから」
後輩の言葉に、ぎくっとする。
「それにさっきのランニングじゃ、思ったよりぼくらのスピードについてきてたじゃありませんか。近藤さんじゃありませんが、もう少し見てあげてもいいかと」
「た、たしかにな」
傍らでは、相変わらずの光景が続く。
「おっと」
「あ、わりいわりい」
「おい。てめえ、どこ投げてるんだよ」
「きさまに言われたくねえや!」
「なんだと!」
ボールとともに、そんな雑言が飛び交う。
「あーっ、もう! しょうがねえな!!」
とうとう曽根は、しびれを切らした。
「分かった。おまえら全員、グラウンドに仰向けになれ」
は、はい……と戸惑う声が返ってきた。それでもレギュラーの三年生である、曽根の指示には従う。
全員が仰向けに寝たところで、曽根は自分も同じ体勢になる。
「いいか。こうやって、ボールを顔の真上(まうえ)に投げろ。肘を正しく使えていたら、ちゃんと顔の前にボールが落ちてくるはずだ」
言われた通りやってみるが、始めはなかなか上手くいかない。ボールがあさっての方向へ行き、取りに走る者が続出した。
曽根は慎二と手分けして、他のメンバー達を見て回った。
「手首だけで投げるな。肘を使うんだ」
それでも、しばらくすると慣れてきたのか、大きくコントロールを乱す者はいなくなってきた。段々と顔の真上へ投げられるようになってくる。
「す、すごいですね曽根さん」
慎二が驚いて、目を丸くする。
「どこでそのやり方を?」
「なーに。野球を始めたガキの頃、コーチに教わったのを思い出したのよ」
少し照れた顔で、曽根は答える。
一方、学校グラウンドでは、フリーバッティングが行われようとしていた。
「ようし。いつものように、二手に分かれてやるぞ」
牧野が指示を出す。
「バッティング投手は、川藤とJOYから。川藤のキャッチャーはおれ、JOYのキャッチャーは……曽根が今日はいないから、進藤たのめるか?」
「おうよ、まかせとけって」
快活な返事に、牧野は「ほんとにだいじょうぶか、あいつ……」と口をすぼめる。
「今日から人数が少ないので、必ず二人の投手を相手にすること。残りの者は、半分は球拾い、あと半分は素振りしておくんだ。いいな!」
はいっ、とナイン達は声を揃える。
両投手が数球投げて肩を温めた後、ほどなくフリーバッティングが開始された。川藤に対しては、まず二年生の山下が立つ。
「おい川藤!」
牧野が怒鳴る。
「このまえ山下に打たれて、おまえベソかいてたろ。あんなマネ二度と許さねえぞ。今日はきっちり抑えて、借りを返してやれ!」
「は、はいっ」
眼前で気合を入れる川藤。傍らで、山下が「言いましたね」と挑発的な笑みを浮かべ、ゆっくりと右打席に入ってくる。
初球は、外角低めの速球。山下は打ちにいくが、ボールの威力に押され小フライ。牧野が右へ鋭くダッシュして、スライディングで補球する。
「ほう、やるなあいつ」
山下は両手をぺっぺっと唾で湿らせ、バットを構え直す。
二球目。今度は内角低めに、同じく速球を投じた。山下は手が出ず。ボールはそのまま、牧野のミットを強く叩く。
「入ってるぞ山下」
「ええ、分かってます」
やや顔を引きつらせ、山下は応える。
「驚きました。先輩、いったいどんな魔法を使ったんです?」
「なーに、近藤の助言だから、大したことじゃねえんだがよ」
牧野は渋い顔で答えた。
「今まで、前で踏み込もうとしてうまくいかなかったもんだから、試しにあえて後ろに下げてみたんだと。そしたら、ボールを前で放せるようになって威力が増したようだ」
「なるほど。あいつもともと、コントロールはよかったですからね。さらに球威が上がれば、鬼に金棒ってわけだ」
フフ、と牧野は含み笑いを漏らす。
「ちょっと打つのはむずかしそうか?」
「まさか」
山下は即答した。
「ぼくだって、ここで一年間きたえられてきたんスよ」
そう言って、再びバットを構える。
牧野は再度、内角低めの速球を要求した。川藤はうなずき、その通りのボールが投じられる。しかし山下は、今度は体の軸を回転させ、レフト方向へライナーで打ち返した。
「れ、レフト線」
顔を歪める川藤。山下は「おれを甘く見るなよ」と言い放つ。
「ほう」
牧野は、感嘆の吐息とついた。
「おまえ内角のさばき方、うまくなったもんだな」
「牧野さんのストレートの打ち方を、参考にさせてもらったんですよ」
「フン。持ち上げたって、なにも出ねえぞ」
あら、と山下はずっこける。
「おれをマネたというなら、つぎのタマを打ってみろい」
牧野はそう言って、川藤へサインを出す。
川藤はうなずき、ワインドアップモーションから投球動作へと移る。左足を踏み込み、グラブを突き出し、右腕を振り下ろす。
「おっと」
ボールが来ない。山下は完全に体勢を崩され、打ち上げてしまう。牧野は立ち上がると、一歩も動かず顔の前で捕球した。
「これって、チェンジアップですか?」
「うむ。今のをカンタンに打ち上げるようなら、おまえもまだまだだな」
「そ、そうはいきませんよ」
山下はすぐにバットを構える。一方、牧野は「クク」と小さく笑い声を漏らした。
「まったく、のせられやすいやつめ」
こうして、バッテリーが打ち取ったり、打者が上手く打ち返したりといった光景が、交互に繰り返されていく。
2.落ちこぼれ組を救え!
(※川合昌弘氏のYoutube動画等を参考にしました。)
また工場裏空き地。一年生数名がダイヤモンドを作ろうとしたところで、曽根が「ちょっとまて」と声を掛ける。
「シートノックの前に、おまえ達は特別メニューをこなしてもらう」
特別メニューという言葉に、多くの部員達が顔を引きつらせる。
「ハハ、そう心配すんな」
曽根は笑って、全体の前へ移動する。そして慎二にバケツのボールを持って来させた。
「今から、おれが慎二にノックを打つ。おまえ達はそれをマネするんだ」
そう言って、曽根は横向きになり、慎二と十メートル近く感覚を空けた。それからバットを持ち、ノックを数球打つ。交互に右へ左へと。慎二は軽快なフットワークで必ず正面に回り込み、捕球して曽根に返球した。
「ポイントは二つ。まず足を動かして、必ず正面に回りこむこと。もう一つは、グラブの芯んで捕球することだ。分かったな」
部員達は「は、はいっ」と、戸惑いつつも返事する。
「ようし。二手に分かれよう」
曽根の指示で、彼と慎二の前にそれぞれ十五人くらいずつ並ぶ。
「では先頭の者から、いくぞ!」
そうして特別メニューのノックが始まった。一人二十球ずつ。当初は楽々と捕球していた部員達だが、いずれも十球を過ぎたあたりから、息切れするようになる。
「く、くそっ。なんで」
「あんなカンタンな打球なのに」
そんな声が聞かれる。曽根は「ハハハ」と笑い声を上げた。
「これまでおまえ達が、いかに足を動かしてなかったかの証明だな」
その時、慎二が「あのう」と駆け寄ってくる。
「どうした?」
「どうも思ったよりみんな苦戦しちゃってて、時間がかかりそうです。まっている者が退屈しないように、べつのメニューを与えておいた方が」
「おお、そうだな」
後輩の進言を、曽根は受け入れる。
「じゃあ説明するから、また手伝ってくれ」
「分かりました」
曽根はノックバットを置き、再び横向きになって慎二と間隔を空ける。今度は五メートル程度だ。それから右手でボールを転がすと、慎二は捕球寸前まで足を動かし、顔の近くでボールをグラブに収める。
「ポイントは二つ。まずボールを捕るまで足を止めないこと。そしてもう一つは、これが特に大事だが、なるべく顔の近くでボールを捕ることだ」
集団の中から「顔の近くで」と、戸惑ったつぶやきが漏れる。ハハァン、と曽根は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「さてはおまえ達。ボールを怖がっているやつが、まだいるな?」
図星だったのか、大半の部員達がうつむき加減になる。
「気にするな。そんなことぐらい今までのおまえらの練習ぶりで、よく分かってたよ」
曽根の言葉に、部員達は「あーあー」とずっこける。傍らで、慎二がクスッと笑う。
「だから、慣れるまでゆっくりつうこった。それじゃ順番がくるまで、二人もしくは三人一組になれ」
指示を聞いて、ノックを受ける者以外の部員達はさっと移動し、グループを作る。
「言っておくが、おれ達が見てないからって、テキトーにやるんじゃねえぞ」
珍しく、曽根が厳しい口調で言った。
「どんなふうに取り組んでたか、ノックの時にすぐ分かるからな。集中してやれよ!」
部員達は「は、はいっ」と、声を揃える。
「それじゃ、続きいこうか」
曽根と慎二は、再びバットを手に、ノックを再開した。
全メニュー終了後、三年生五人は部室前に集まった。
「特別メニューの後、少しだけシートノックをやったんだ。そしたら」
曽根がタオルで顔を拭いつつ、他の四人に話す。
「さすがに全員とはいかないが、半数近くは格段に動きが良くなってた。させたおれの方が、びっくりさ」
「ほう。やるじゃないか、曽根」
牧野の反応に、曽根は「いやいや」と首を横に振る。
「ほんとうのお手柄は、慎二だよ。あいつの提案がなきゃ、レベル別にグループ分けをして、守備練習させるという発想さえ出てこなかったからな」
感心げに、曽根は言った。フフと牧野が笑う。
「おい近藤。いきさつはどうあれ、おまえの思いえがいたとおりに物事が進んでるじゃねえか。誰にでもチャンスを与えて、選手層を厚くするっていう」
「む。ワイも、ここまでうまくいくとは思えへんかったけど」
その近藤の横から「あ、先輩方」と、話しかける者がいた。JOYである。
「すみません。ぼく、もう少し走ってきます」
そう言って、一人夕闇に沈みかけるグラウンドへと向かう。
「あっ、あいつめ。抜けがけする気やな。そうはさせへんで!」
JOYを追い、近藤はタオルを置いて走り出す。
「まてやJOY!」
そのまま二人でグラウンドを一周、二周……と駆け回った。残されたメンバーは、皆一様に口をあんぐりと開ける。
「お、おい見たか。あの近藤が、自分から走りにいくなんてよ」
牧野が半ば呆れた口調で言った。傍らで、曽根が「丸井さんやイガラシさんに見せたかったぜ」と、感慨深げにうなずく。
「やはりエースを取られるかもしれんという危機感が、やつを突き動かしてるのだろうな」
冷静に言ったのは佐藤だ。その時である。
「あのう」
背後から、別の人物が声を掛けてきた。振り向くと、慎二が立っている。
「なんだ慎二か。どうした?」
牧野が尋ねると、慎二はもう一歩前に進み寄った。
「先日は先輩方に、失礼な口を効いてしまって、すみませんでした」
気をつけの姿勢で、深々と頭を下げる。
曽根は目をぱちくりさせ、隣の牧野、進藤と目を見合わせる。そして「アハハ」と笑い声を上げた。
「なにかと思えば、こないだの件か。すっかり忘れてたよ」
「ええ。ああでも言わないと、ほかのみんながおさまりそうにもなかったので」
三年生四人は、また目を見合わせる。
「とすると、きつい言い方をしたのは、わざとか?」
「はい」
後輩は事もなげに答える。
「ぼくがああいう言い方をしたら、他の者は黙ってくれるだろうと思いまして。でも演技だったとはいえ、ほんとうに失礼なことを」
「なに、いいってことよ」
牧野は笑って言った。
「あの一件で、おれ達も目を覚ませたとこあるから、むしろ礼を言いたいくらいだ。それより、他の連中は、今は納得してるのか?」
「ええ。というより、みんな基本的には、先輩方の方針に賛成なんです。でも今までとやり方がちがうので、来年ちゃんとチームを引きつげるか不安で」
「なんだ、そんなこと心配してたのか」
今度は曽根が、いたわるように言った。
「チーム全体のことを考えるのは、今はおれ達の仕事だ。来年チームがバラバラになるなんてことがないように、ちゃんとまとめ上げてみせるさ。おまえらは、レギュラーを取られないことだけ考えてりゃいい」
「そのお言葉はうれしいんですけど。ぼくらももう、二年生ですし。少しはチームのことを考えなきゃいけないと思って。でもみんな、どうしたらいいか分からなくて」
「そうか。おまえらにまで心配かけて、すまなかったな」
牧野が謝る。慎二は「いえ、そんな」と恐縮した。
「ま、とりあえず連休中の五試合を乗り切ってからだ。そこで見つかった課題をもとに、今後の方向性を見つけていけばいいんじゃねえか」
そう言って、牧野は後輩の背中をポンと叩く。
「おまえ達もしっかりやれ。成長を期待してるのは、なにも一年生だけじゃないからな」
「ありがとうございます。では」
慎二は一礼して、それから部室の中へと入っていく。
「フフ。慎二のやつ」
曽根は苦笑いした。
「ありゃアニキ以上の、曲者かもしれんな」
えっ、と他の三人が同時に声を上げる。
「……このっ、行かせへんで」
その間も、近藤とJOYの二人は走り続けていた。
「く。なんのなんの」
「またんかJOY!!」
四人はまた、口をあんぐり開ける。
「ありゃランニングつうより、鬼ごっこだな」
牧野の言葉に、他の三人はプククと吹き出した。
―― こうして墨谷二中ナインは、グループ別に分けた練習を取り入れることにより、それぞれがムリなくレベルアップを図ることが可能となった。
そうして一週間が過ぎ、いよいよここまでの強化の成果を試す、強豪五校との練習試合の日が訪れたのである。
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