南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第6話】「盲点」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

 

スタンドの記憶 (@stand161) | Twitter

 

※前話(第5話)へのリンクです。(第1~4話へのリンクは本文下)

stand16.hatenablog.com

 

 

第6話「盲点」の巻

(※前半部分を大きく修正しました。粗筋自体はほぼ同じです。)

「それで、試合はどうだったんだ?」
 プラスチック籠にトスバッティング用のボールを集めながら、丸井が興味津々に問うてくる。一緒にボールを拾いながら、イガラシは答えた。
「終了までは見届けられなかったんですけど、たぶん明善です」
 丸井よりも先に、近くで素振りをしていた三年生の横井が、強く反応した。
「なにっ、てぇことは専修館……負けたのかよ」
「はい。僕が球場を出る時には、もう九回まで進んでいて、十二対六だったので」
「じっ、十二対……六、だとぉ」
 横井のすっとんきょうな声に、周囲の部員達もざわめく。
 谷口と倉橋より一足先に、イガラシは荒川球場を後にしていた。最後まで観戦するつもりだったが、谷口から「先に帰って練習してろ」と命じられたのだ。
 イガラシとしても、その方が有り難かった。翌日、投手として先発予定ということもあるが、それよりもバッティングを調整したかった。
 この日の練習試合で四安打、本塁打も一本放っていたが、相手投手の状態を考えれば手応えはさほど得られていない。むしろ、この生温い感覚のまま、好投手に対することの方が嫌だった。
 タイミング良く、グラウンドでは個人練習が始まっていた。
 試合観戦で少し体が冷えたので、まずストレッチから始める。一連の動作を終えると、その頃合いを見計らっていたのか、丸井にトスバッティングのペアを頼まれる。一緒に練習したいというよりも、明善と専修館の試合のことを聞きたいのだと、すぐに察した。
「丸井さん、次はトスお願いします」
 苦笑いしながら、イガラシは言った。
「おしゃべりばっかだと、谷口さんに叱られますよ」
「あっああ。スマンな」
 籠の中には、古びたボールが百個程度入っている。丸井がそのうちの一つを取り、こちらの膝元にトスする。
 振り抜くと、思いのほか大きな音を立て、ボールはネットに突き刺さった。丸井が「ひゃあ」と声を上げる。
「おまえこれ、ホームランバッターの打球だぞ。この体で……と言っちゃあ悪いけど、緩い球を勢いよく打ち返すのは、簡単じゃないぞ。大して力入れているふうでもないのに」
「タイミングですよ」
 イガラシは、きっぱり答えた。
「ボールをポイントにまで呼び込んで、そのポイントを捉えるように振れば、ボールは勝手に飛んでいきますよ。力入れなくても……というか、力んだらかえって飛びませんよ。丸井さんも、よく分かっているでしょう」
「理屈ではな。ほれ、次いくぞ……どひゃあっ」
 打ち込む度、丸井は一々反応した。くすっと笑いがこぼれる。
「墨谷二中の元三番打者が、そんな弱気でどうするんです」
「俺の後続で、先輩を差し置いて四番打ってた奴に言われたかぁないよ」
「……おい、イガラシ」
 横井がバットを置き、話に割り込んでくる。
「もっと詳しく聞かせてくれ。専修館は、控え投手でも試したのか。まさかエースの加藤が先発じゃないだろ?」
「いえ……先発は、加藤さんです」
 そう答えると、横井は信じられないというように、目を丸くした。
「明善は、その加藤さんから五点を奪ってノックアウトしたんです」
 努めて淡々と、詳細を伝えていく。
「序盤はパーフェクトピッチングだったらしいんですけど、四回に一挙三点を失ってからは、完全に崩れてしまって。その後に出てきたリリーフ投手の力量では、なおさら歯が立ちませんでした」
「そんな……何かの、間違いじゃないのか。確かに明善も強いが、専修館はそう易々と大量点を許すほど、半端なチームじゃないぞ」
 説明を聞いてなお、横井は信じ難いという表情だ。昨夏に対戦し、専修館の強さを肌で感じているからこそ、余計に納得いかないのだろう。
「気持ちは分かるんですけど……」
 つい慰めめいた言い方をしてしまう。
「現実です、横井さん。明善のチカラが想像以上だったんですよ」
「……なるほど」
 丸井が相槌を打つ。
「おまえ、明善の評判を『大東京新聞』の記者から聞かされたんだな。それで取材の後、血相を変えて倉橋さんを呼びに来たってわけか」
「……僕、そんなにヤバいって顔してました?」
「してたしてた。イガラシって普段はクールな面構えしてっけど、ほんとに何かあるとスグ顔に出るからな。倉橋さんは“鉄仮面”なんて言うけど、俺っちに言わせれば、おまえほど分かりやすい男もいないぞ」
「ど、ドウモ……長い付き合いですから」
 苦笑いしながら言うと、横井が「そんな話はいいから」と割り込んできた。
「冗談言ってる場合じゃないぞ、二人とも。専修館は、絶対的エースの百瀬さんが卒業したとはいえ、変わらず選手層は厚い。今年も十分上位を狙えるって話だ。それが簡単に攻略されたとなりゃあ、相応の理由があるはず……イガラシ、おまえなら気付いてるんだろ?」
「……はい」
 短く返答した。横井が、息を呑む仕草を見せる。
「明善は“ボール球”を……それも“見せ球”として投げた球を狙い打ち、相手バッテリーを混乱させる戦術を採っています。その戦術に、専修館はまんまと嵌ってしまいました」
 上手いもんだな、とイガラシは舌を巻いた。専修館に三点を返された直後の八回裏、明善がダメ押しの二点を奪った場面だ。
 今度は“外角のカーブ”だった。
 専修館の四番手の投手は、直球の威力とシュートの切れには光るモノがあったものの、カーブの精度はさほど良くなかった。そこで、直球主体にカウントを稼ぎ、カーブを見せ球にし、最後はシュートで仕留めるという配球パターンを採っていた。
 だが、明善はすぐさまカーブが“見せ球”であることを見抜き、狙い打ちにした。
 イガラシが感心したのは、明善の各打者が“見せ球”を「捉える技術」を習得していることだった。外角の変化球に対しては、踏み込んで逆らわず弾き返す。内角であれば、肘を畳んで振り抜く。球種やコースに関わらず、対応する術を身に付けていた。
「……俺もピッチャーやってて、配球を考えながら投げるので、分かるんです」
 いつの間にか、部員達が周囲に集まってきている。戸惑いながらも、イガラシは構わず話を続けた。
「“見せ球”は勝負球を投げる前の、言わば“伏線”です。それを打たれたら……僕だってリズムを崩してしまうかもしれません。明善の狙いは、そうやって相手バッテリーの混乱を誘うことなんです」
「……へっ、そうなのか」
 人だかりの後方から、かなり間の抜けた声がした。井口だ。ロードワークから戻ってきたばかりらしく、息を弾ませている。
「俺ぁ別に、打たれても気にしないけどな」
 図体に似合わず、とぼけた声を発した。あーあー、と周囲から声が漏れる。思わずイガラシも、ずっこけてしまう。
「こら井口、おまえには神経ってモノがないのか」
 案の定、丸井が早速噛みつく。
「図太いのは悪いこっちゃないがよ。にしても、打たれたら悔しいって思うのがピッチャーってもんだろ」
「何言ってるんスか。悔しくないなんて、俺は一言も言っちゃいませんよ」
「な……どっちなんだよっ。日本語もロクに使えねぇのか」
 丸井はますますムキになる。傍らで、イガラシは努めて笑いをこらえた。
「だから……“勝負球”なら、そりゃあ打たれると悔しいっス。けど“見せ球”でしょう? それなら、ちょっとコースが甘かったかなって思うくらいで、そこまで気にはしません」
「何だと? “勝負球”だろうが“見せ球”だろうが、打たれたことに変わりは……」
「……なぁ丸井。井口の言うことは、もっともだぞ」
 井口と同じ投手の松川が、丸井の肩をちょんちょんと軽く突く。
「“勝負球”を打たれると動揺するのは、投手心理としては当然だよ。たぶんイガラシや、専修館の投手が“見せ球”を打たれるとリズムが崩れるというのは……それだけ高いレベルの試合を経験しているからこそ、感じることだと思う」
「ん? それって、どういう……」
 松川の説明では理解できなかったらしい。困惑が露骨に表れている、丸井の苦い顔が可笑しくて、つい吹き出してしまう。
「なっ何だよ、イガラシ」
「丸井さん。僕ら、近藤で散々学んだじゃないですか」
「やっやめろよ、その名前を出すの。アイツの、あのしまりのない顔。思い出すだけで、虫唾が走る。あぁ、ムカツク」
「……そのわりに、何度も近藤達の様子を見に足繁く通ってたじゃないですか」
「うるせっ。さっさと話を進めろ、近藤が何だって」
 イガラシは咳払いを一つ挟み、答えた。
「近藤も、最初は自分の球が打たれるワケないって、自信満々というか……完全に天狗だったじゃないですか」
「最初は? 今もそう変わらねぇぞ。俺やおまえが卒業して、ますます調子付いて……」
「でも入部早々、丸井さんに自慢の真っすぐを打ち返されたり、青葉や全国の強豪と戦って、鼻をへし折られ『打たれることもある』って学習したじゃないですか」
「……まぁ、俺達の辛抱強い指導の賜物でな」
「えぇ。以後はコースを投げ分けたり、変化球も試してみたりして、少しずつ考えながら投げるようになっていったじゃないですか。アイツなりに、ですけど」
「……ああ、そういうこと」
 横井がふいに、合点の仕草をした。
「え……そういうことって?」
「丸井、まだ分からないのか。つまりイガラシや、その近藤って奴のように高いレベルの試合を経験した投手は、自然に“頭を使って投げる”ようになるってことさ」
「そ、それは分かります。でも、今の話と何の関係が」
「専修館のような強豪ともなれば、なおさら強い相手と戦う機会も増える。当然、バッテリーは配球をよく練っているだろうさ。ところが……盲点もある。“勝負球”を投げる前に、伏線だったはずの“見せ球”を狙い打たれちゃ、せっかく考えた配球の意味がなくなる」
「ははぁん、なるほどね……」
 丸井が横目で、意地悪そうな眼差しを井口へと向ける。
「井口達の江田川中は、結局“全国”には出られずじまいだったもんな。墨谷二中の壁に阻まれて。ボールの威力だけで戦えるレベルの試合しかこなしていない君には、“全国”のハイレベルな駆け引きの話は理解できないのも無理なかろう」
「そうは言っても丸井さん、俺は地方大会とはいえ、全国最多優勝校の青葉を『ボールの威力だけ』で完封しましたから」
 井口は、欠伸混じりの声で言った。
「イガラシ達にも負けたとはいえ、延長であと一歩というところまで追い詰めましたし」
「なっテメ、よくもそんな抜け抜けと」
 イガラシは「よしなさいよ」と、丸井のユニフォームの袖を引っ張った。
「挑発したのは、丸井さんじゃないですか。大人げないですよ」
「んだとイガラシ。おまえまで、こんな奴の肩持つのかよ」
「しつこいぞ丸井。話がややこしくなる」
 横井に咎められ、丸井は渋々「はぁい」と黙り込んだ。
「ええっと、それで」
 イガラシは、吐息混じりに言った。
「明善の戦術は、相手が経験豊富な強豪校であればあるほど、効果的ってことです」
「……あのぉ」
 思わず脱力してしまう可愛らしい声が、この場に割って入る。半田が、大学ノートを開き立っている。ふと見ると、そのノートには切り抜きの新聞記事が貼られていた。
「その明善なんだけど……昨年の秋大では、谷原から九安打を記録しているみたい」
「きっ、九本も……」
 周囲からざわめきが起こる。
「半田さん。その試合の谷原の先発投手、誰になってます?」
 イガラシが尋ねると、半田は即答した。
「もちろん、あの村井君です」
「むっ村井って……谷原のエースじゃないかよっ」
 横井が、叫ぶような声を発した。
「うん。記事には、再三の好守備で何とか一点で食い止めたと書かれてるよ。逆に言えば、それだけピンチの連続だったみたい。あと、四死球も五個。コントロールの良さに定評のある村井君が、かなり苦しい投球を強いられたようだね」
「じゃっじゃぁ……」
 勢い込むように、丸井が言った。
「俺達も、明善と同じ戦術を採用したらいいんじゃないか。あえて“見せ球”を狙い打つ。それで谷原を苦しめることができるのなら」
「……いや、それはやめた方がいいですよ」
 イガラシが口を挟むと、丸井は「どうしてだよ」と唇を尖らせる。
「谷原に有効な戦術が一つあるって分かっているのに。なぜ使わねぇんだよっ」
「この戦術は、明善と谷原や専修館との“力関係”だからこそ、有効なんです。これは、さっきの記者さんから聞いた話なんですけど……」
 返答しながら、何となくもやもやした感覚が湧き上がってくる。
「明善は元々パワーには定評があって、谷原始め他の強豪からも警戒されるレベルだったんですよ。警戒されて、自分達にはじっくり配球を練ってくることを分かった上での、あの戦術だったので、上手く嵌ったんでしょうよ。けど、うちの場合」
 束の間ためらったが、率直に告げることにした。
「……残念ながら、谷原が警戒するほどのパワーはないじゃないですか。うちが同じ戦術を採用しても、相手は『ボール球に手を出してくれた』と喜ぶだけですよ。しかも、せっかく丸井さんや島田さん、加藤さんのように選球眼の良い巧打者が揃っているんです」
 一呼吸置き、イガラシは言った。
「明善の戦術を採用するとなれば、うちの長所まで消してしまうことになりますよ。それはかえってマイナスです」
「そう言うがな、イガラシ。だったら、どうすりゃいいんだよ」
 丸井が怒るというより、どこか嘆くような声になる。
「自分達には合わないからって、ただ手をこまねいて見てろってのか。谷原のような、バケモンみたいなチームを倒さなきゃ、俺達は甲子園には行けないんだぞ。俺はな、イガラシ」
 ふいに丸井の頬を涙が伝ったので、イガラシは面食らった。
「俺は……谷口さんと、谷口さんと一緒に……甲子園へ行きてぇんだよ」
「……丸井さん」
 無意識のうちに、イガラシは唇を噛み締めていた。
 そう、どうすればいい。明善の戦術は、明善というチームだからこそ、有効なのだ。ならば……俺達墨高にとって、有効な戦術とは何だ。何をすれば、俺達は勝てる。あの谷原を倒して、甲子園へ行くことができる。
 依然として、“答え”が出せない。
 清水の言い回しを、脳裏にリピートする。あの人、もっとはっきり言ってくれりゃあ良かったんだ……と、八つ当たりのように思う。思うのだが、分かってはいた。
 清水自身「何となく」の感覚でしかないのだろう。何となく……「明善の戦い方は、墨谷にとってもヒントになるかもしれない」と語ったのだ。清水の眼力の鋭さを信じて、曖昧ではあるが手掛かりの一つにしようと決めたのは、他ならぬ自分自身なのだ。
 その時、ふいに「イガラシ」と呼ばれた。またも周囲がざわめく。
「らしくないぞイガラシ。そこまで分かっていて、まだ結論が出せないのか」
 後方に振り向くと、谷口が立っていた。
「谷口さん、いつの間に帰ってたんですか」
「五分ほど前に。おまえ達の話が面白かったから、邪魔しないように、こっそり立ち聞きさせてもらったよ」
 谷口は笑ってそう言うと、イガラシの帽子のつばをくいっと押した。
「……谷口さんには、“答え”が分かったって言うんですか?」
 尋ねると、すぐさま「ああ」と返事された。
「分かったというか……ほぼ、おまえの話を聞いているうちに、見えてきたようなもんだ。本人が気付かないとは、それこそ盲点だよな。イガラシ、去年の中学選手権での試合をよく思い出してみろ」
 唐突な問いに、少し戸惑う。谷口はまた微笑み、言葉を重ねる。
「少なくとも去年の墨谷二中は、大会前から優勝候補と噂された“強者”の立場だったよな。つまり、今の谷原や専修館と同じだったわけだ。よく思い出せよ……“強者”だったおまえ達が、相手にされて一番嫌だったことは、何だ?」
「嫌なこと、ですか……あっ」
 はっとして、思わず声を発していた。
「やっと分かったようだな。なぁ、みんなも聞いてくれ。イガラシの言う通り、うちはさほどパワーはなくとも、選球眼の良い巧打者タイプが多い。こういうチームに、何をされたら一番嫌か、イガラシはよく分かるだろ」
「はい。つまり……」
 イガラシが脳裏に浮かべていたのは、別の新聞記事の記述だった。
――素質では、墨谷二中の方が一枚も二枚も上でした。自分達も、練習量では負けていないつもりだったのですが、相手(墨谷二中)の三回戦までの試合を見て、レベルが「全然違う」ということが分かりました。そこで、何とか食らい付いていくしかないと、チーム全員で話し合った結果、ああいう戦法を採ったのです。

次話<第7話「“魔球”披露!?」の巻>は、こちらのリンクです!

 

stand16.hatenablog.com

 

 

 

stand16.hatenablog.com

stand16.hatenablog.com

stand16.hatenablog.com

stand16.hatenablog.com

stand16.hatenablog.com