南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

谷口君を甲子園へ行かせなかった時点で、「プレイボール2」の存在意義は消えた

 

1.激しい原作との乖離

 

 2017年4月の「プレイボール2」連載開始により始まった“プレイボール復活”キャンペーンは、公平に言って失敗だったと言わざるを得ない。

 

 まず作者のコージィ城倉氏に、どこまで原作「プレイボール」への思い入れがあったのか疑わしい。あまりにも原作設定及び世界観との乖離が激しいからだ。

 ぱっと思い付くだけでも(加藤の利き腕はケアレスミスとして目を瞑るにしても)、

・頼もしいリーダーのはずの谷口が、意地悪(井口への態度等)かつ優柔不断な性格に

・勝利優先だったイガラシが自己中心的で幼稚な性格に(“ファールをとらないで”等)

・優しく谷口達を見守っていたOB田所が小姑のよう(“墨高は猪突猛進”等)

・丸井があまりにも考え足らずに(硬式球でノックを至近距離かつ素手(!)で受けさせる等)

・原作の見所だった相手チームとの駆け引きが見られないか希薄

・原作の根本精神だった“努力”さえも否定(田所や谷原マネージャーの発言等)

 

 「人それぞれ解釈が違う」という言い方もあろうが、それはあまりに優しすぎるだろう。ここまで乖離が激しいと、作者は原作をちゃんと読んでいないか、読んだ上で自身の価値観からすると原作世界観に何かしらの抵抗感があったのか、そのどちらかとしか思えない(せめて後者だと思いたいが)。

 

2.無視された原作ファンの唯一にして最大の”願い”

 

 私だけでなく、特に連載初期の頃は、アマゾンレビュー等で私と同様の違和感を述べる意見が散見された。ただ、これでも多くの原作ファンは、多少の(どころでは段々なくなってきたが)違和感には目を瞑るつもりだったと思う――あることの実現を願って。

 

 それこそが、「甲子園でプレーする谷口君が見たい」という願いである。

 

 ところが、この唯一にして最大の願いさえ叶えられなかったことは、多くの原作ファンが周知の通りである。それどころか、作者は「プレイボール」の“事実上のクライマックス”と言える谷原戦の結末まで、すっ飛ばした。だから原作ファンは「甲子園でプレーする谷口君」どころか、「谷口君の最後の打席」「谷口君の最後のプレー」まで見ることができなかったわけだ。

 

 ファンの願いは、私も一ファンとして容易に想像できる。

 原作「プレイボール」の終わり方が、イガラシや井口といった「キャプテン」オールスターを終結させただけでなく、片瀬という新キャラまで登場させ、明らかに夏の戦いへ向けての伏線が張られていたこと。何より、あきご先生ご本人が「次は晴れて甲子園へ」とインタビューで答えていた記録があること。これではどうしても“甲子園編”を期待せずにはいられない。

 

 だが作者は、ファンの願いを知っていて(ご本人は「そういう声があるのも知っている」とインタビューに答えているので)、あえて無視した。そう、無視したのである。

 

 辛辣な言い方をすれば、「甲子園でプレーする谷口君」を実現させなかった時点で、「プレイボール2」(及び「キャプテン2」)の存在意義は消えた。私はそう思う。

 

 ここで断っておくが、あきお先生ご本人が、実際には「甲子園でプレーする谷口君」を“描くつもりはなかった”という可能性もなくはない。インタビューでの発言は、あくまで当時の読者向けのリップサービスだったと。

 

 だが、あきお先生の真意も、もちろんコージィ氏の意図も、もはや問題じゃない。

 

 そもそも「プレイボール2」の企画が生まれたのか。それは多くの原作ファンが、「プレイボール」の続編を望んでいたからに他ならない。そしてなぜ、こんなにも続編が望まれたのか。

 

 繰り返しになるが、多くの原作ファンが「甲子園でプレーする谷口君」を見たかったからに他ならない。その願いを踏みじにってはいけなかったはずだ。

 

 念のため述べておくが、コージィ氏のオリジナル作品「グラゼニ」や「おれはキャプテン」「ロクダイ」は名作だと思うし、氏の人格を貶めたいのではない。

 

 ただ氏の作品を読んでみると、明らかにちばあきお氏とは“野球観”、もっと言えば“人間観”が違うように感じる。どっちが優れているとかではなく、両者は致命的に「相性が悪かった」のだと思う。

 

 いずれにせよ、結果として名作「プレイボール」の多くの原作ファンの思いが、置き去りにされてしまった。そのことが、私はファンの一人として残念なのである。

3週間弱で、MOS(Excel2019)スペシャリストの資格試験に合格した勉強法を教えます!!

 先日、MOSExcel(2019)スペシャリストの試験を受け、1000点満点中954点で無事合格することができた。今回は、その勉強法について紹介したい。

1.Youtube動画で基礎固め

 手始めにFOM出版社MOS(Excel2019&365)スペシャリストの問題集を買ってきて、パラパラと読んでみたのだが、最初は専門用語だらけに思えて頭に入らず、しかもページ数も結構分厚いので、内容を理解するだけでも時間が掛かりそうで、とてもこの一冊だけでは勉強できないと感じた。

 

 そこで、西尾パソコン教室のYoutube動画を視聴(※同時に3000円の教材データも購入し活用)して、基本的な操作方法を身に着けた。

 

2.FOM出版社問題集の模擬試験を繰り返し解く

 上記のように基礎固めをした後は、先に買っておいたFOM出版社のExcel付録のCDソフトをPCにインストールし、模擬試験を解き始めた。

 西尾パソコン教室のYoutube動画で基本的な操作は覚えていたものの、やはり模擬試験に出てくる問題は、初見では簡単に解けるものは少なかった。関数は意外に出題パターンが決まっていた為に早く攻略できたが、特にインポートの問題は操作手順が複雑で、何度解いてもなかなか正解できなかった。

 

 しかし繰り返し解いているうちに、操作手順のバリエーションを数多く覚えられるようになった。よく模擬試験で”80点取れるようになったら試験本番”と言われているようだが、私は慎重に、模擬試験で”100点取れるようになるまで”繰り返し解いた。やったことのある問題なのだから、できて当然というレベルにまで持っていかなければ、本番で初見の問題には対応できないと考えたのだ。

 

 結果的に、ここまで”しつこく”学習を繰り返したことで、本番では余裕を持って解き進めることができた。

 

3.試験申し込み手続きは要注意!

 これもよく言われているようだが、MOS試験の申込手続は結構複雑だ。こちらも申し込み方法について西尾パソコン教室が申込方法の動画を出しているので、参考にされたし。

 

<まとめ>

 以上の要領で、私は一日に約1~2時間、3週間足らずの期間MOS(Excel2019)スペシャリストに合格できた。私はPCに関してはズブの素人なので、仕事で普段から活用している方であれば、もっと早く合格できると思う。

 今後MOSにチャレンジされる方の参考になれば、幸いです。

 

mos.odyssey-com.co.jp

<お知らせ>ブログのコメント欄について

 皆様、こんばんは。いつも当ブログ「南風の記憶」を読んで下さり、ありがとうございます。

 

 ブログのコメント欄についてですが、荒らし対策として、はてなidをお持ちの方じゃないと書き込めない仕様にしていました。しかし、このままだと良心的な読者の方に申し訳ないので以後は解放します。

 

 書き込まれたコメントは、以前のように私の承認がなくても自動的に表示される使用に変更します。ただし、他の方が気分を害するようなコメントはこちらで判断して削除します。

 

 今後とも、どうぞよろしくお願い致しします(m(__)m)

 

 

【野球小説】続・プレイボール<第73話「いけいけ墨谷!!の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第73話 いけいけ墨谷!!の巻
    • 1.一気呵成
    • 2.次戦の相手
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

 

 

 

 

<外伝> 

stand16.hatenablog.com

 

stand16.hatenablog.com

 

 第73話 いけいけ墨谷!!の巻

www.youtube.com

 

1.一気呵成

 

 マウンド上。伏し目がちな江島内野陣の中で、キャッチャー坂田が一人檄を飛ばす。

「どしたい、さっきまでの勢いは! どいつもこいつも、しょぼくれたツラしやがって」

 オウヨ、とエースの橋本は明るく周囲を盛り立てる。

「これまでだって、何度もピンチをしのいで勝ち抜いてきたのが、おれ達じゃねえか。今こそ江島の底力を見せる時だぜ」

 内野陣は「オ、オウ!」と声を揃え、各ポジションへと戻る。それでも、まだ目が泳ぎがちだ。

「まったく。しょーがねえな」

 残されたエース橋本は、腰に両手を当ててぼやく。

「これしきのピンチで、オタオタしやがって」

「おい橋本」

 正捕手坂田が真顔で突っ込む。

「グローブの紐、ほどけてるぞ」

 橋本は「あ」と苦笑いし、慌てて紐を結び直した。その手前で、坂田はフウと溜息をつく。

「まあおまえの言うとおり、オタオタしてる場合じゃねえよな」

「む。そうとも」

 エースは軽く右こぶしを突き上げる。

「二点あるんだし、もちっと余裕を持てばいいものを」

「ほれ。その心がけが、いかんのだ」

 坂田はまたいきり立つ。

「こちとら望外の二点目が入ったことで、かえって注意が散漫になった。そこから悪い流れを断ち切れずにいるからな」

「まあ、おまえの言いたいことも分かるが」

 橋本がなだめるように言った。

「ああも動揺が広がっちまった以上、一点もやらねえと決めてかかると、連中かえって手足が縮こまってしまうんじゃねえか」

「うむ、それもそうだが」

 その時アンパイアが歩み寄ってきて、バッテリー二人に「まだかね?」と問うてくる。

「あ、はい。もうけっこうです」

 坂田はそう返事して、橋本に向き直る。

「こうなったら同点は覚悟して、アウトを一つずつかく実に取っていこう」

「む。その方がよさそうだな」

 橋本がうなずくと、坂田は踵を返しポジションに戻った。そしてホームベース手前でナイン達に指示の声を飛ばす。

「みんないいか、ランナーは無視だ。アウトを取れるところで、一つずつかく実に。いいな!」

 オウヨッ、と江島ナインは快活に応える。

「バッターラップ!」

 アンパイアのコールを聞いて、六番横井は右打席に立つ。そして他の打者と同様にチョコン打法の構えをし、三塁ランナー谷口を見やった。

 谷口はベースから数歩離塁し、右手でユニフォームの左腕の袖に触れサインを出す。

「初球からヒッティングか。なるほど、相手に一息つかせないようにってことね」

 横井はヘルメットのつばを摘まみ「了解」と合図を送った。その傍らで、江島のキャッチャー坂田が打者の様子を探る。

(まちがいなく初球からくるだろう。あの谷口のことだ、うちの動揺を見抜いているはず)

 坂田は「ココよ」とサインを出し、ミットを内角高めに構える。

(だったらその打ち気を利用してやる!)

 眼前のマウンド上。ほどなく橋本が投球動作を始めた。セットポジション、アンダーハンドのフォームから速球が投じられる。

 その瞬間、坂田は顔をしかめた。

(うっ、甘い)

 ボールは構えたコースよりも真ん中よりに入ってきてしまう。

「きたっ」

 横井はバットを強振した。パシッと快音が響く。レフト頭上を大飛球が襲う。

「れ、レフト!」

 坂田の声よりも先に、江島のレフトは背走した。しかしフェンス手前で足を止め、そこから数歩前進する。

「しまった、上がりすぎた」

 一塁へと走りながら、横井は唇を歪めた。

 ショートが中継へと走った。レフトは助走を付けながら捕球する。同時に、三塁コーチャーの高橋が「ゴーッ」と合図した。そしてランナー谷口がタッチアップする。

 次の瞬間、キャッチャー坂田は「なっ」と口を半開きにした。何とレフトが中継を無視し、直接バックホームしてしまう。ボールはマウンド横でツーバウンドする。

「く、くそっ」

 坂田は慌てて前に走り寄り捕球するが、その間に谷口は悠々とホームに生還。さらに中継プレーの乱れに乗じ、一塁ランナーのイガラシが「しめた」と二塁へスライディングもせず進塁してしまう。墨高が一点差に迫り、なおもワンアウト二塁のチャンス。

「ばかやろう!」

 ボールを握ったまま、坂田が怒鳴る。

「おいレフト、きさま状況が分かってねえのか」

 レフトは「あ」と、ミスを恥じるようにうつむく。

 重い雰囲気の漂うグラウンド上の江島ナイン。対照的に、一塁側ベンチに陣取る墨高ナインは、意気上がる。

「なんだい、あの乱れようは」

 三年生の戸室が呆れたふうに言った。

「堅い守備がやつらの持ち味だったはずじゃ」

 傍らで「そうですね」と、半田がスコアブックを付けながらうなずく。

「二点を取られて、うちが嫌なムードだったはずですが。キャプテンの言ったとおり、望外な二点が入ったことで、向こうの方がかたくなるとは」

「む。今や流れは、こっちにきたというわけだ」

 二人の眼前では、ネクストバッターズサークルにて、七番岡村がマスコットバットをカキカキと鳴らしながら素振りしている。

「岡村も思いきっていけよ! やつら、アップアップだぞ」

 戸室が声を掛けると、細身の一年生は「まかせといてください!」と快活に応える。

「必ず同点、いや逆転への足がかりを作ってみせますよ!」

「そうだ、その意気だ!」

 勢いづく墨高ナインを後押しするように、スタンドからは「ワッセ、ワッセ、ワッセ!」という大歓声が響き渡る。

「た、タイム!」

 橋本が慌ててアンパイアに合図し、内野陣にマウンドへ集まるよう手振りで伝える。

「バカが。あれほど、かく実にと……」

「まあまあ、落ち着けって坂田」

 怒りが収まらない正捕手を、エースがなだめる。

「いいじゃねえか、アウト一つ取れたんだしよ。それに、チームをまとめるべき捕手がカッカしちまったら、おしまいだぜ」

「わ、分かったよ」

 坂田はようやく矛を収める。

「ほら。おめーらも深呼吸しろ」

 橋本に促され、内野陣はその場でスーハーと深呼吸した。

「少しは落ち着いたか?」

 エースの問いかけに、内野手の一人が「う、うむ」と応じる。

「さあ、何度も言うように、アウトを一つ一つかく実に取っていくぞ。いいな!」

 内野陣は「オウッ」と返事して、また守備位置へと散っていく。

「す、すまねえな橋本」

 バツが悪そうに、坂田は言った。

「ほんらいは、おれが言うべきことをよ」

「気にすんなって。それより、これからどうする?」

「うむ。下位打線とはいえ、油断できないぞ」

 正捕手の言葉に、エースも「ああ」と同調する。

「やつらがカサにかかって攻めてくるのは、間違いねえからな」

 二人の眼前では、次打者がネクストバッターズサークルにてなおも素振りを続ける。

「こうなったら、初球から決めダマを使うしかあるまい」

 坂田がそう告げると、橋本は「というと……」と目を見開く。

「ドロップか」

「そうだ。あのタマなら、今の墨高とて、そう簡単には打ち返せまい」

「しかし、そう上手くいくものか」

 橋本は渋面で、ちらっと後方の野手陣を見やる。誰もが伏し目がちだ。

「今の連中じゃ、普通のゴロも処理できるかどうか」

「なーに。いくら墨高とて、初球から決めダマを使ってくるとは思うまい。初球さえ打たれなければ、連中も少しは落ち着いてくるだろうよ」

 分かったよ、と橋本はうなずく。

「その代わり、ワンバウンドさせるぐらいのつもりで投げるから、しっかり止めてくれよ」

「てめ。誰にモノ言ってやがる」

 坂田がムキになったふうに言うと、橋本はククと可笑しそうに肩を揺すった。

 ほどなくタイムが解け、坂田がポジションに戻る。そしてアンパイアが次打者の岡村に「バッターラップ」と声を掛けた。

 岡村はマスコットバットを置き、打席に向かおうとする。その背中に「岡村、ちょっと」と墨高キャプテン谷口が声を掛けた。

(ちぇっ、やつめ焦らすつもりか)

 マウンド上で、橋本は舌打ちした。

(ワンアウト二塁の状況で、大した作戦もあるまい)

 

 

 谷口に呼び止められた岡村は、振り向いて「はい。何か」と返事する。

「岡村。この状況で、相手は何をされたら嫌だと思う?」

「初球打ちです」

 細身の一年生はきっぱりと答えた。

「自慢の守備が乱れて、やつらは一息つきたいと思ってるでしょうから。そうなる前に仕かけるべきかと」

「よく分かってるじゃないか。ただこっちが初球攻撃を仕かけてくることぐらい、向こうも察知しているはずだぞ」

「あ……」

 はっとしたように、岡村は目を見開く。

「言われてみれば、そうですね。やはり二、三球様子を見ましょうか」

「いや、初球攻撃じたいは間違いじゃない。ただ、向こうもそれを防ごうとしてくるから、気をつけろってことだ」

 なるほど、と岡村は大きくうなずいた。

「となれば、江島のバッテリーは一番打ちづらいタマ……おそらくドロップを投げてくるでしょうね」

「いいぞ岡村」

 後輩の両肩を、キャプテンはポンと叩く。

「球種まで読めていれば、打ち返せないおまえじゃない。いいか岡村。ここはクリーンヒットはいらない。二塁ベース近くへ処理しづらいゴロを打ってやれ」

「分かりました!」

 そこまで言葉を交わし、岡村は踵を返した。谷口もベンチへと戻る。

 

 

「プレイ!」

 アンパイアが試合再開を告げ、二塁ランナーのイガラシが数歩リードを取る。

「へいっ」

 ショートが二塁ベースカバーに入り、橋本は胸回りで一度牽制球を投じるが、イガラシは余裕を持って手から帰塁する。

(足でかき回そうってんだろうが、そのテには乗らねえぜ)

 眼前では、右打席の岡村が、すでにチョコン打法の構えをしている。

(このバッター、当てるのはうまいって話だが、どう見てもパワーはなさそうだ。さっさと片づけるか)

 岡村の傍らで、キャッチャー坂田がサインを出す。

(さ、コレよ)

 打ち合わせ通りのサインに、橋本はうなずいた。そしてセットポジションに着き、投球動作へと移る。アンダーハンドのフォームから、第一球を投じる。

 真ん中低めに投じられたボールは、ホームベース上ですうっと沈む。

「や、やはり」

 予測した通りの軌道だった。岡村は迷うことなく、バットを叩きつけるようにスイングする。

 カキッ。打球はマウンド手前で高く弾み、岡村の狙い通り二塁ベース左へ飛んだ。ランナーイガラシはすかさず進塁する。江島のショートはバウンドに合わせようと一瞬スタートを躊躇するが、その後ダッシュした。

「……あっ」

 バチッ。打球はハーフバウンドとなり、ショートはグラブで弾いてしまう。そのままセンターへと抜けていく。

「しめたっ」

 三塁を蹴ったイガラシは、さらに加速してホームへと向かう。

「くそっ」

 江島のセンターは捕球すると、すかさず中継のセカンドへ返球するも、その間にイガラシはホームベースを駆け抜けていた。

 二対二、墨高が同点に追い付く。なおもワンアウト一塁のチャンス。

 痛恨のミスにうつむく江島のショート。すかさず正捕手坂田が「こら下を向くな!」と叱咤激励する。

「みんなもそうだ。まだ追いつかれただけ。この回をしのいで、ウラの攻撃で勝ち越せばいい。気持ちを切り替えるんだ、いいな!」

 坂田の必死の鼓舞も、野手陣からは「オ、オウ」と力のない返事が返ってきただけ。すっかり意気消沈の江島ナインに、次打者の加藤はあーあと苦笑いする。

「なんだか打つのが気の毒になってくるぜ」

―― ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!

 さらに活気づく応援団の声援を背に、加藤は左打席に入る。そしてもはやチョコン打法ではなく、通常の構えに戻した。

「なっ」

 マウンド上で、橋本は青筋を立てる。

「おれのタマを、マトモに打ち返せると思ってるのか。ナメやがって」

「ば、ばか橋本。ムキになるんじゃねえ」

 坂田の檄に、橋本は「あ。うむ」と苦笑した。

 初球。橋本はまたもドロップを投じるが、ボールはホームベース手前でショートバウンドした。坂田は横に弾いてしまう。

「もうけ!」

 すかさず一塁ランナー岡村はスタートを切り、二塁に足から滑り込んだ。またもワンアウト二塁、墨高のチャンス。

 打席の加藤は、頬を左手の指でぽりぽりと掻く。

(いくら落ちるといっても、こうも力んで明らかなボール球じゃ)

 その余裕綽々な態度に、坂田はフウとひそかに溜息をつく。

(もはや、これまでかな……)

 二球目。橋本の投じたボールは、真ん中高めに浮いてしまう。

「うっ」

 坂田は顔をしかめた。加藤は「きたっ」と、バットを強振する。

 パシッ。痛烈なライナー性の打球が、あっという間にライト頭上を越えた。二塁ランナー岡村はゆっくりとホームイン。加藤は俊足を飛ばし、二塁ベースを蹴り三塁へ頭から滑り込む。タイムリスリーベースヒット。

 三対二、墨高が逆転。なおもワンアウト三塁。

「ワンアウトワンアウト! ここからだ、一つ一つしっかりいこうぜ!!」

 キャッチャー坂田が、わめくように橋本と野手陣へ檄を飛ばす。

 

―― キャッチャー坂田の必死のかけ声も、すでに浮き足立った江島ナインには、なんの効果もなかった。

 勢いづいた墨高は、八回に五点、九回に七点をたたきだす。終わってみれば十二対二の大差で、江島を下し、三回戦進出を果たしたのだった。

 

 

2.次戦の相手

 

 試合後。旅館に戻った墨高ナインは、制服姿のままフロアのテレビの前に陣取り、次戦の対戦相手の研究に励むのだった。

―― ああ、ここでスクイズだー! ピッチャー、ホームへは投げられません。スクイズ成功!!

 試合状況を実況アナウンサーの声と共に、ナイン達はじっくりと見守る。

―― 七回裏、ついに東北の雄・聖明館(せいめいかん)が三対二と勝ち越しに成功。終盤まで粘りを見せてきた北海道代表の函館商工(はこだてしょうこう)ですが、ここにきてとうとうリードを許す展開となりました!

「ふむ。さすが優勝候補の一角、聖明館ですね」

 一年生の片瀬が口を開く。

「ここまで苦戦してきましたが、やはり大事な場面では力を出してきます」

「へえ。そのセイなんとかというチーム、そんなに強いのかい」

 丸井のやや間の抜けた発言に、片瀬は「あ」とずっこける。

「なんだ? おれっちの言ったこと、そんなにおかしいかい」

 ムキになりかける丸井を「まあまあ」となだめてから、片瀬は話を続けた。

「たしかに東北というハンデもあって、まだ優勝旗に手が届いたことはありませんが、それでも十年以上連続で甲子園に出場している強(きょう)ごう校です。昨年は準決勝まで勝ち残りましたし、他にもベストエイトがたしか五度あります」

はえー、そりゃ強いな」

 丸井の隣で、同じ二年生の加藤が相槌を打つ。

「分かっちゃいたが、やはり全国大会はレベルがちがうぜ。初戦の城田も手ごわかったし、今日の江島も嫌な相手だったが。大会序盤から、もう決勝に進んでもおかしくないチームと当たらなきゃいけねえとは」

「おいおい。なにを今さら」

 キャッチャー倉橋が冷静に言った。

「どのチームも地区を勝ち抜いてきたわけだから、そりゃ強いに決まってるだろ。谷原や東実のようなチームがゴロゴロしてるのが甲子園さ」

「ま、それはぼくらにも同じことが言えますけどね」

 強気をのぞかせたのはイガラシだ。ソファで体育座りしながら、フフと不敵に笑う。

「条件はどこも一緒ってわけです。ぼくらにだって、十分チャンスはありますよ」

 一年生の口から飛び出した、途方もないような目標に、一同はしばし黙り込む。

 そのまま試合は推移し、大詰めの九回表を迎えた。

――さあ土壇場(どたんば)九回、函館商工ねばります。ツーアウトながらランナー二塁と、一打同点のチャンスをむかえました。マウンド上の聖明館エース福井、踏ん張れるか。

 テレビ画面には、顔から汗がしたたり落ちる左腕投手福井の姿が映る。その福井は左手の甲で汗を拭うと、セットポジションから投球動作を始めた。次の瞬間、画面からカキという音が響く。

――打った! センター鵜飼(うがい)下がる、下がる……

 鵜飼という黒縁眼鏡のセンターは、数メートル背走したが、フェンス手前でくるっと正面に向き直る。そして顔の前で捕球した。

――ああ、もうひと伸びたりないか。センター捕ってアウト。スリーアウト、試合終了! 東北の雄・聖明館、苦しみながらも三回戦進出を果たしました!!

「ほう。この福井という左ピッチャー、何度もピンチをむかえたが、最後までくずれなかったな」

 倉橋が感心そうに言った。

「特別タマが速いわけじゃないが、コントロール抜群で球種も多彩だ。おまけにねばり強い。左と右の違いはあるが、まるで……」

 ちらっと、隣の谷口を見やる。

「おまえと似たタイプのピッチャーだな。なあ、谷口」

 谷口はなぜか、束の間うつむき加減で反応しない。背後から丸井に「キャプテン」と呼ばれ、ようやく話しかけられていることに気付く。

「……えっ」

 妙に気のない返事に、丸井と倉橋は「あら」と同時にずっこける。

「どしたい谷口」

 戸室が冷静に問うた。

「なにか気になることでもあるのか?」

 うむ、と谷口はうなずく。

「試合前に半田から聞いた話じゃ、この聖明館というチーム、たしか予選の打率が出場校中トップだったよな」

 話を向けられ、半田は「ええ」と返事する。

「それなら、もっと得点しそうなものだが。特に今日の相手は、北海道から初出場のチームで、見たところそれほど投手力が高いとも思えなかったし」

 なるほどね、と倉橋は相槌を打つ。

「おまえの言いたいことも分かる。ただ今日に関しては、たまたまじゃねえのか。相手ピッチャーにおさえられたというより、チャンスでなかなかあと一本が出なかったふうだし。各打者のスイングじたいは鋭かったからな」

「まあそうなんだが……たしか初戦も、二対一という接戦じゃなかったか」

 半田がまた「ええ、そうです」と首肯した。

「予選の成績を見る限り、打撃がカンバンのチームに思えるんだが、どうして甲子園では二試合ともさほど点を取れなかったんだろう」

「どうしてって、谷口」

 横井が不思議そうな顔で、口を挟む。

「予選と甲子園じゃ、レベルが違うだろう。相手投手にしても、そこまで突出した力はないにせよ、地区大会を勝ち抜いてきてるわけなんだし」

「たしかにそうだな」

 キャプテンはあっさり認めて、苦笑いした。

「おれの考えすぎかもしれん。ただ、ちょっと気になってな」

 丸井が「まあまあ」と背後で微笑む。

「キャプテンとしては、最後まで勝ち抜くつもりでいるのなら、不安材料はないにこしたことはありませんからね」

「なーに、心配いりませんよ」

 今度は井口が口を挟む。

「もし次戦で想定以上に点を取られたとしても、その分打って取り返せばいいじゃないですか」

「ああ。そうだな井口」

 谷口は微笑んだ。井口はさらに話を続ける。

「あのナントカというピッチャー、キャプテンと同じタイプなんでしょ。だったら、おれらは練習で慣れてるし、だいぶ打ちやすいんじゃありませんか。って……あれ?」

 一年生の失言に、その場は一瞬しらけた空気になる。丸井が井口をギロッと睨む。

「ど、どうも」

 井口は気まずさを誤魔化すように、ゴホンと一つ咳払いした。

 

 

 翌朝。墨高ナインはとある学校のグラウンドにて、練習の準備を始めていた。

 二十一名の部員で作業を分担し、イガラシら一年生はトンボを掛け、丸井、横井ら二、三年生は塁間を測りベースを並べていく。倉橋は松川ら投手陣とブルペンを作る。

 キャプテン谷口も、ラインカーを持って作業に参加する。

「あ、キャプテン!」

 谷口がラインを引いていると、丸井が駆け寄ってきた。

「キャプテンはいいんですよ。そんなことしなくても」

 恐縮する後輩に、キャプテンは「いいんだ」と微笑んで言葉を返す。

「うちは部員数が少ないし、土の状態も把握しとかなきゃいけないんだ。へこみに気づかずケガ人でも出したらコトだしな」

「キャプテンがそうおっしゃるなら……」

 丸井はうなずき、胸の内で「谷口さんらしいな」とつぶやく。

「それにしても、甲子園出場校ってのはエラいもんですね」

 中学からの後輩は、おどけた言い方をした。

「ああして学校の部活を休んでまで、グラウンドを貸してくれるんスから」

 そうだな、と谷口はライン引きの手を止めてうなずく。

「この学校の人達の分まで、がんばらなきゃな」

「はい!」

 丸井は快活に返事した。

 ほどなく、墨高ナインは二列になり、軽いジョギングを始めた。

「ワッセ、ワッセ、ワッセ、ワッセ!」

 ナイン達の掛け声が高らかに響く。

 そのうち、グラウンドを囲む金網の外に、見物客が集まってきた。その数はみるみるうちに増えていく。

「おい。ありゃ予選で谷原を倒した、墨谷ちゃうか」

「甲子園でもまたたく間に三回戦へ進出してしもて、前評判にたがわぬ戦いぶりやな」

「こうして見ると意外に小兵やけど、堂々たるもんや」

 やがて、見物客の一人が「がんばれよ墨谷!」と声援を送った。ナイン達はジョギングを続けながら、脱帽して会釈して。自然とその場で拍手が沸き起こる。

 その後、ナイン達はシートバッティングを始めた。バッティング投手は、キャプテン谷口自ら務める。

「さあこい!」

 打席には横井が立ち、バットをやや短めに構える。

「いくぞ」

 一声掛け、谷口は思い切りよく速球を投げ込んだ。ガッと鈍い音。打球は丸井の守るセカンド頭上に高々と上がる。

「オーライ!」

 丸井が顔の前でキャッチした。横井はバットを手に「いけね」と、唇を歪める。

「どうした横井」

 マウンドより、谷口が厳しい口調で言った。

「わきをしめてシャープに振らなきゃ、ミートできないぞ」

「う、うむ。分かってるよ」

 横井は打席に戻り、傍らの倉橋につぶやく。

「谷口のやつ、また速くなってねえか」

 ああ、と倉橋はうなずいた。

「今に始まったことじゃねえよ。あの練習試合で谷原にやられて以降、ぐんと力量を上げてきやがった」

「フフ。谷口らしいぜ」

 それだけ言葉を交わし、横井は再びバットを構える。

 谷口は続けて速球を投げ込んできた。横井はシャープなスイングで、今度はジャストミートする。ライナー性の打球が二遊間を破り、センター島田の前で弾む。

「ナイスバッティング! いいぞ横井」

 軽く右こぶしを突き上げ微笑んだ後、谷口はなぜか束の間黙り込む。

「谷口?」

「あ、ああ……」

 返球しようとした倉橋に声を掛けられ、ようやく顔を上げる。そしてボールを受け取ると、ふいに「タイム!」と告げた。

「なんだっていうんだ」

 訝しむ倉橋をよそに、谷口は「片瀬、根岸」とブルペンの一年生二人を呼び寄せる。

「は、はい」

「なんでしょうか」

 すぐに二人は駆け寄ってきた。

「片瀬。ひょっとしたら次の試合、登板があるかもしれない。そのつもりで練習しておいてくれ」

 片瀬は戸惑いながらも「わ、分かりました」と返事する。

「おい谷口。どういうことだ?」

 ホームベース手前より、倉橋が問うてきた。

「次の試合は、松川が先発する予定のはずだろ。リリーフなら、おまえやイガラシでも」

「ね、念のためだよ」

 谷口は苦笑いして返答した。そして「うーむ」とひそかにつぶやく。

(まだナインに説明できる確証がない。ただ、おれの予感が当たっているとすれば……)

 一人夏空を仰ぎ、フウと息を吐き出す。

(つぎの聖明館戦は、きっとむずかしい試合になる)

 

―― こうして墨高ナインは、厳しい三回戦の戦いへと挑むことになるのである。

 

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【野球小説】続・プレイボール<第72話「試合の流れは!?の巻」>――ちばあきお『プレイボール』二次小説

 

 

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【目次】

  • 【前話へのリンク】
  • <外伝> 
  •  第72話 試合の流れは!?の巻
    • 1.ツキ
    • 2.谷口の読み
    • <次話へのリンク>
      • ※感想掲示
      • 【各話へのリンク】

  

 

【前話へのリンク】

stand16.hatenablog.com

 

 

 

 

<外伝> 

stand16.hatenablog.com

 

stand16.hatenablog.com

 

 第72話 試合の流れは!?の巻

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1.ツキ

 

「ボール! テイクワンベース」

 七回裏。アンパイアのコールを聞いて、江島(えじま)の九番打者がバットを放り、一塁へと歩き出す。ノーアウト一塁。

「た、タイム」

 マウンド上。井口はアンパイアに合図して、足下のロージンバックに手を伸ばす。それを拾い上げ、左手に馴染ませる。パタパタと粉が舞う。

(うーむ。最後のタマは、おさえが利かなかったようだな)

 渋面の一年生投手に、キャプテン谷口は三塁ベース手前で、心配げな顔になる。

(足を気にする様子はないから、痛み出したわけじゃないと思うが。あれだけ粘られて、さすがに疲れてきたか……)

 その時ショートのポジションより、イガラシがマウンドへと歩み寄っていく。

「どしたい井口。そろそろ限界か?」

 ニヤリとして挑発的に問うた。

「ば、バカを言うな!」

 井口はロージンバックを放ると、左こぶしを軽く突き上げ言い返す。

「このおれがあれしきの打線に、たった七回でへばるわけねえだろ。今のはちとつまずいただけだ」

「当たり前だよ、こんな荒れた足場じゃ」

「あ……」

 イガラシの冷静な突っ込みに、井口はバツの悪そうな顔をして、スパイクでガッガッと足下を固める。その光景に、谷口はくすっと笑う。

(さすが、おさな友達だな。彼の操縦のしかたをよく心得てる)

 ほどなくイガラシがポジションに戻った。谷口は「井口」と、今度は自ら声を掛ける。

「後のことは気にするな。この回までのつもりで、思いきっていけ」

「この回までと言わず、完投と言ってくださいよ!」

 マウンド上の一年生投手は、鼻息荒くして応える。

「そうだ、その意気だ!」

 谷口の激励に、井口の顔から一層気迫がみなぎる。

やがてタイムが解け、江島の一番打者が右打席に立った。アンパイアが「プレイ!」と試合再開を告げる。

 打者は最初からバントの構えをした。井口はセットポジション。一塁走者が、じわりじわりとリードを広げていく。

(足を使ってくるのか? ちと探りを入れてみるか)

 キャッチャー倉橋はランナーを警戒し、「まずコレよ」とサインを出す。

 井口はうなずくと、プレートから足を外し、一塁へゆっくり目の牽制球を放った。ランナーは素早く帰塁する。

「ランナー、もっと出ちゃっていいぞ」

 一塁コーチャーの言葉に、ランナーはさっきよりも更に大きくリードを取った。両者の挑発的な言動に、井口はムッとする。

「おい井口。カッカすんなよ」

 井口に声を掛けつつ、倉橋は思案した。

(しかし、そうカンタンに走られるほど、こちとら甘かねえぜ。井口、釘を刺してやれ)

 キャッチャーのサインに、投手はうなずく。そして今度は、素早く一塁へ牽制球を投じた。

「わっ」

 ランナーは完全に逆を突かれ、慌てて身を翻し帰塁しようとする。しかしその伸ばした左手を、ファースト加藤のミットが叩く。

「ふん。ざまあみろ」

 井口は得意そうに左こぶしを軽く突き上げた。ランナーは「くそっ」と悔しげに唇を噛む。ところが……

「ボーク! ランナー二塁へ」

 一塁塁審が井口を指差し、思わぬコール。ワアッとスタンドからざわめきが起こる。

「なっ。バカな」

 呆然とする井口。

「た、タイム!」

すかさず倉橋がアンパイアに告げ、マウンドへと駆け寄る。

「あの塁審、どこ見てやがんだ。おれがボークなんてするわけ……」

「落ちつけ井口。こういうこともある」

 顔を上気させ憤る後輩を、正捕手はなだめる。ほどなく他の内野陣も集まってきた。

「今のはちとツイてなかったな。だが」

 谷口は、厳しい表情で声を掛ける。

「これでカッカして、後に引きずるようじゃ、マウンドを降りてもらうぞ。井口、それでもいいのか」

「うっ……」

 キャプテンの言葉に、井口はようやく冷静さを取り戻す。

「しかしノーヒットでランナー二塁たあ、思わぬピンチだな」

 倉橋が渋面で言った。谷口は「む」と、うなずく。

「つぎは、かく実に送ってくるだろう。どうする倉橋」

「うむ。できればバントしづらいトコを突いて、三塁で殺したいが。問題は井口のコントロールだな」

 井口は「だ、大丈夫スよ」と、ムキになったふうに言った。

「あれしきの打線、軽くひねってやりますよ」

「ほれ。その心がけが、いかんのだ」

 倉橋が一年生投手をたしなめる。

「もう終盤。やつらも、おまえのタマに慣れてきてる。どうやら一点がモノをいう試合になりそうだし、ここはより正確なコントロールが必要なんだぞ」

「分かってます!」

 なおも強気に、井口は応える。

「この大事な場面で、失投するようなおれじゃありませんよ」

 うむ、と谷口はうなずく。

「それだけ言えるなら、まかせて良さそうだ」

 後輩の背中をポンとグラブで叩く。

「たのむぞ井口。おまえの一球一球に、われわれの行く末がかかっているんだからな」

 キャプテンはそう言って、他の内野陣の顔も見回した。

「みんなも、ここがきっと勝負の分かれ目だ。バックの守りで井口を盛り立ててやろう。いいな!」

 オウヨッ、とナイン達は力強く応える。

 やがて墨高内野陣は守備位置へと散り、江島の一番打者が右打席に戻る。そしてアンパイアが再び「プレイ!」とコールし、打者はまたチョコン打法の構えをした。

(ほんと、しつこいやつらだぜ……)

 キャッチャー倉橋が視界の端で打者を観察しながら、マウンド上の井口へサインを出す。

(まずコレよ)

 井口は「うむ」とうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。その指先から投じられたボールは、速球とほぼ同じスピードで、打者の胸元を抉るようにして鋭く変化した。

「うっ」

 打者は腰が引けてしまい、見送るだけ。ズバン、と倉橋のミットが鳴る。

「す、すげえシュートだぜ」

 倉橋は「ナイスボールよ」と井口に一声掛け、返球する。そしてテンポよく次のサインを出す。

(さ、もういっちょコレよ)

 井口はうなずくと、再びセットポジションから投球動作を始める。グラブを突き出し、左足を踏み込み、右腕をしならせる。

「くっ……」

 ズバン。またも井口のシュートが直角に曲がり、外角低めに飛び込む。打者は今度も手が出ず。アンパイアが「ストライク、ツー!」とコールする。

「バッター、落ち着くんだ」

 その時三塁側ベンチより、橋本が声を上げる。

「なにもきれいに打ち返すことはない。とにかく前に転がして、走者を進めるんだ」

「う、うむ」

 打者はうなずき、バットを構え直す。

 カウントツーナッシング。三球目、井口はまたもシュートを投じる。ガッ、と音がして、打球は鈍く一塁側ファールグラウンドに転がる。

「あ、当たった」

 打者は安堵の笑み。一方、井口は「むっ」と渋面になる。

 三球目。打球はガシャンと音を立て、バックネットに当たる。さらに四球目、五球目は三塁側ファールグラウンドに転がる。これで三球続けてカット。

(む。打つというより、当てるだけという振りになってきたな)

 倉橋はマスクを脱いで立ち上がり、「外野、前だ」と声を掛ける。レフト横井、センター島田、ライト久保がそれぞれ数歩前進してポジションを取った。

(しかし、なかなかやるな。井口のシュートにここまで喰らいついてくるとは)

 マスクを被り直し、倉橋は思案する。

(ここらでタイミングを外してみるか)

 倉橋のサインに井口は「む」とうなずき、一旦プレートを外し一塁へ牽制球を放る真似をしてから、セットポジションに着いた。そして投球動作を始める。

 六球目。井口が投じたのはスローカーブだった。

くっ、と打者はつんのめるように体勢を崩してしまう。それでも辛うじて、バットの先端でボールに当てる。

「しまった」

打者はバットを放り走り出す。打球は丸井の守るセカンド真正面へのゴロ。二塁ランナーはスタートを切れず。ところが……

 丸井が腰を落とし捕球体制に入った瞬間、打球がイレギュラーし大きくはねた。

「うっ」

 ガッ、と鈍い音。打球は丸井の額(ひたい)を直撃し、一塁側ファールグラウンドへと転がっていく。

「く、くそっ」

 丸井は一旦顔を上げボールを追いかけようとするが、足がもつれて転倒してしまう。両手で額を押さえ、「ううっ」とうめき声が漏れる。

「丸井!」

 谷口が叫んだ。

「しめたっ」

 二塁ランナーがスタートを切り、三塁ベースを蹴って本塁へ突っ込んでくる。ファースト加藤、ライト久保がボールを追う。

「まわれまわれ!」

 江島の三塁コーチャーが右腕を大きくぐるぐると振り回す。

「ボールバック!」

 倉橋が指示の声を飛ばす。ようやく追い付いた加藤が、ボールを拾いすぐさま送球しようとする。しかしその間、ランナーはホームベースへ頭から滑り込んでいた。さらに打者走者は二塁に到達。

 ついに試合の均衡が破れる。一対〇、江島が先取点。

 うずくまったままの丸井を見て、アンパイアが「た、タイム!」とコールした。そして丸井の所へ駆け寄る。すぐに谷口、倉橋ら内野陣も集まってくる。

「くそっ。せめて前にこぼしていれば……」

 丸井は右手で額を押さえながら、唇を歪め悔しがった。指の間から血が滲んでいる。

「今のはしかたないさ、気にするな。それより大丈夫か」

 谷口が負傷の後輩を励ます。

「うーむ、これはいかん。出血してる」

 アンパイアは顎に手を当て、心配そうに告げた。

「医務室へ行くように。誰か付き添ってやりなさい」

「あ、じゃあおれが」

 すでにベンチから出てきていた根岸が、そう言って丸井にタオルを渡す。

「丸井さん、これで傷を押さえて」

「すまねえな」

 丸井は根岸に付き添われ、しばし一塁側ベンチの奥に引っ込む。残されたナイン達は、皆険しい表情でマウンドに集まる。

「すまん」

 右手にマスクを提げ、倉橋が悔しげに言った。

スローカーブでタイミングを外すつもりだったんだが」

「ねらい通り打ち取ったじゃないか。ちょっとだけ、運が向こうに味方しただけだ」

 谷口に励ましにも、倉橋は「分かっちゃいるが」と渋面で言った。

「こっちはなかなかチャンスを生かせなかったというのに、いやな形で点を取られちまったな」

 なーに、と谷口は明るく応える。

「よくツキは平等だと言うだろ? たまたま向こうが先だった。今度はこっちの番さ」

「む、そうありたいが……」

 腕組みする倉橋。ナイン達に重苦しい雰囲気が漂う。

「ほら。みんな顔を上げるんだ」

 谷口が強い口調で言った。

「つぎは、こっちにツキを呼び込むためにも、この後をしっかり守り切ることだ」

「キャプテンの言うとおりですね」

 首肯したのはイガラシだ。

「もう試合は終盤。やつら一点を先取したことで勝ちを意識して、かえって力みが出るかも」

「む! モノは考えようってやつか」

 加藤も同調する。

「そういうことだ」

 キャプテンは他の内野陣の顔を見回し、右こぶしを軽く突き上げた。

「丸井の闘志に報いるためにも、ここはなんとしても一点で食い止めて、つぎの回の攻撃につなげるんだ。いいな!」

 オウッ、とナイン達は応える。

 やがて一塁側ベンチより、治療を終え頭に包帯を巻いた丸井がアンパイアに合図し、そしてグラウンドに駆けてきた。負傷を押しての帰還に、甲子園球場全体から大きな拍手が沸き起こる。

 丸井はセカンドのポジションに着くと、一際大きな声を上げた。

「さあさあ、しまっていこうよ!」

 その姿に、谷口は苦笑いを浮かべる。

「丸井。傷は大丈夫か?」

「ぜんぜん平気っスよ」

 丸井はひょうきんに応える。

「こんなもん。つばつけとけば、治りますって!」

 谷口はくすっと笑いがこぼれた。

 ほどなく、アンパイアが「プレイ!」と試合再開を告げた。一点を先取した江島が、なおノーアウト二塁のチャンス。そして二番打者が左打席に入る。やはりチョコン打法だ。

(やれやれ、あの広陽がやられるわけだ。どいつもこいつも、よく喰らいついてくるぜ)

 ホームベース手前に屈み、倉橋は苦笑いを浮かべる。

(さあて。どう攻めるかな)

 しばし思案の後、正捕手はサインを出し、内角高めにミットを構えた。

(まずはコイツでおどかしてやれ)

 井口はうなずき、セットポジションから投球動作へと移る。しかしその指先からボールが投じられた瞬間、倉橋は「うっ」と顔をしかめた。

(あ、甘い……)

 内角高めを狙った速球が、真ん中に入ってしまう。打者のバットが回る。パシッと快音が響いた。ライナー性の打球が、左中間の芝の上で弾む。

「まわれまわれ!」

 江島の三塁コーチャーが、またも右腕をぐるぐると振り回す。打球はワンバウンドでレフト横井が捕球し、すぐさま中継のイガラシへ返した。だがその間、二塁ランナーはホームベースを駆け抜けていた。打者走者は一塁ストップ。

 二対〇。江島があっさりと追加点を奪う。

(くっ。そこまで球威は落ちていないが、やはり甘く入ると打ち返されるか)

 倉橋の眼前で、井口はロージンバックに左手を馴染ませている。

「よく打ったぞ田村!」

 三塁側ベンチでは、エース橋本が打者に声を掛ける。その周囲では、江島ナインが喜びを露わにしていた。

「一点取れりゃ御の字だと思ってたのに、まさか二点も入るとは」

「どうやら、このまま勝てそうだぜ」

「ようし。三番も、思いきっていけよ」

 そんな中、坂田だけが険しい表情だ。

「ばかやろう。きさまら、浮ついてんじゃねえ」

 江島キャプテンの一言に、ナインの面々は口をつぐむ。

「今まで散々ピンチをしのいで、やっとここまで来たのを忘れたか。少しでも油断したら、簡単にひっくり返されちまうぞ。今こそ気を引きしめるんだ!」

 は、はい……と江島ナインは戸惑ったふうに応える。

(ふん。調子に乗っていられるのも、今のうちだけだぜ)

 倉橋はマスクを被り直し、再びホームベース手前で屈み込んだ。そして「まずココよ」とミットを外角低めに構え、サインを出す。

 井口はサインにうなずき、セットポジションから投球動作を始めた。しかしボールを指先から放った瞬間、顔を歪める。

「しまった」

またしてもコースが真ん中に入ってしまう。打者のバットが回る。

 パシッ。ライナー性の打球が三塁線を襲う。サード谷口がジャンプするが届かず。しかし僅かにレフト線の外側に弾み、ファールとなった。

(まずい。井口のやつ、疲れからか微妙なコントールが効かなくなってやがる)

 倉橋が顔をしかめた時だった。

「タイム!」

 谷口がアンパイアに合図して、井口の所へ歩み寄る。倉橋もマスクを脱ぎ、二人のいるマウンドへと駆け寄った。

 

2.谷口の読み

 

「井口。ここまで、よく投げてくれたな」

 開口一番、キャプテンは一年生投手を労った。

「あとは任せて、ベンチからみんなを盛り立ててくれ」

「そ、そんな」

 井口は不服そうに言った。

「おれはまだ投げられます」

「井口、自分でも分かってるだろう。さっきからコースに決まらなくなっていることを」

 谷口は厳しい表情で告げた。うっ、と井口は口をつぐむ。

「気持ちは分かるが、これ以上点を取られると、ナインの士気に関わる」

 そう言うと、今度は表情を柔らかくして、話を続けた。

「しょげるなよ井口。その分、次戦以降に活やくしてもらうつもりだからな」

「わ、分かりました」

 井口は悔しさを滲ませつつも、納得してマウンドを降りていく。

 墨高はここでシート変更を行った。サードの谷口がピッチャーとしてマウンドに上がり、ガッガッと足下の土を固める。また谷口の抜けたサードには、一年生の岡村が入った。

「しかし、今の二点目は痛いな」

 苦い顔の倉橋に、谷口は「いや」と微笑みかける。

「見ろよ倉橋。相手ベンチを」

「えっ」

 言われるまま、倉橋は三塁側の江島ベンチを見やった。どこか浮(うわ)ついた雰囲気のナイン達を、四番打者の坂田がまだネクストバッターズサークルへも行かず、「もう一度気を引きしめるんだ」とたしなめている。

「なんだい。向こうのキャッチャー、妙にけわしいな」

 倉橋は囁き声で言った。

「待望の追加点を取ったというのに」

「喜びすぎてるのさ」

 谷口の一言に、倉橋ははっとする。

「なるほど。そういや……点を取るまではじっくりボールを見てくる感じだったのに、さっきといい今のバッターといい、初球から簡単に手を出してきたな」

「うむ。井口のコントロールが甘くなってきたこともあるが、彼らは望外の二点目が入ったことで、浮ついて攻撃が雑になってきている」

 正捕手の目を見上げ、キャプテンはきっぱりと言った。

「これは流れを変えるチャンスだ」

 

 

 キャッチャー倉橋が踵を返すと同時に、谷口は足下のロージンバックを拾い、パタパタと右手に馴染ませる。

(いよいよエースのお出ましか)

 ネクストバッターズサークルにて、江島の三番打者はマウンド上を観察する。その眼前で、ほどなく谷口が投球練習を始めた。その右腕から投じられる速球が、キャッチャーがミットを構えたコースに寸分違わず吸い込まれていく。

(コントロールは良さそうだが、あの井口てのと比べると、ずいぶん見劣りするな。あれでよく谷原をおさえたもんだ)

「おい。油断するなよ!」

 ベンチから、キャプテン坂田が檄を飛ばす。

「やつは何種類もの変化球を使い分けるって話だ。どれでも合わせる気でいくと、やられちまうぞ」

「わ、分かってるって」

 やがて、アンパイアが「バッターラップ!」と声を掛けてきた。三番打者は小走りに左打席へと入る。

(はて。坂田のやつ、なんであんなにけわしいんだ。こちとら二点も取って、いいムードだっていうのによ)

 ノーアウト一塁から試合再開。打者は変わらずチョコン打法の構えをした。その傍らで、墨高のキャッチャー倉橋が「コレよ」とサインを出す。む、と谷口がうなずく。

 初球。ボールは、ほぼど真ん中のコースに飛び込んできた。

「しめたっ」

 打者のバットが回る。しかし捉えたと思った瞬間、ボールはすうっと沈む。

 ガッと鈍い音がした。ピッチャー正面のゴロ。谷口がワンバウンドで捕球し、素早く二塁ベースカバーに入ったイガラシへ送球する。

「あ……」

 送球を受けたイガラシは、すかさずファースト加藤へ転送した。一-六-三のダブルプレー。江島は一瞬にして走者を失う。

「バカが。だから油断するなと言ったろう」

 次打者の四番坂田が、ネクストバッターズサークルで怒鳴った。

「す、すまん。フォークがあるのは知ってたんだが」

「知っててあのザマかよ。それでよく、三番がつとまったもんだ」

 三番打者はぐうの音も出ず、肩をすくめてベンチへと戻る。

(あいつめ、初球から無造作に打ちやがって)

 坂田はその場で数回素振りして、ゆっくりと右打席に入る。そしてやはりチョコン打法の構えをした。

(ほかのやつらも、二点取っただけで浮つきやがって。こちとら何度もピンチをしのいで、あと二回も向こうの攻撃が残ってるというのに)

 初球。谷口は外角低めに速球を投じてきた。坂田は手を出さず。ストライク、とアンパイアがコールする。

 なんでえ、と坂田はつぶやいた。

(練習より数段速いな。しかも正確に際どいコースを突いてきやがる。これじゃ、あの谷原もおさえられるわけだぜ)

 二球目。谷口はまたも外角低めに速球を投じた。ズバン、と倉橋のミットが鳴る。決まってツーストライク。

(ちぇっ。こっちがじっくり見ていく気なこと、見抜いてやがるな)

 坂田は一旦打席を外し、フウと息を吐いた。そして打席へと戻る。

(なんとしても出塁せねば)

 バットを構え、眼前の投手を見据える。

(おれまで簡単に打ち取られたら、流れが向こうに行っちまう)

 三球目。谷口は外角に、今度はカーブを投じてきた。

「くっ……」

 坂田は体勢を崩しながらも、辛うじてバットのヘッドを残しボールに喰らい付く。パシッ、と快音が響いた。速いゴロが二塁ベース左を襲う。

 抜けると思われた、次の瞬間。セカンド丸井が横っ飛びで捕球した。そしてすかさず膝立ちになり、一塁へ送球する。

 坂田は一塁にヘッドスライディング。砂塵が舞う。

「あ、アウト!」

 一塁塁審のコール。負傷をモノともしない丸井の気迫溢れるプレーに、球場全体からワアッと歓声が上がる。

「ナイスプレーよ丸井!」

 谷口は軽く右こぶしを突き上げ、他のナイン達と足早にベンチへと引き上げていく。坂田は「くそっ」とベースを叩き、悔しさを露わにした。

 

 

 一塁側ベンチ横。墨高ナインは、キャプテン谷口を中心に円陣を組む。

「いいかみんな。この回、必ず流れが来る」

 開口一番、谷口はそう告げた。

「江島は得点したことで勝ちを意識して、ほんらいのプレーを忘れてるぞ」

 横井が「む!」と同調する。

「そういや、さっきまではボールをじっくり見てくる印象だったのに、二点目が入ってから急に早打ちになってきたものな」

 傍らで、倉橋が「ああ」とうなずいた。

「ねらいを変えたのだとしても、さっきの三番のバッティングは無造作すぎる」

 それに、とイガラシがちらっと相手ベンチを見やる。

「向こうのキャッチャーだけが、妙にカリカリきてる様子ですからね。あちらさん、明らかに意思統一がされてませんよ」

「そういうことだ」

 右こぶしを握り、谷口は周囲を見回して言った。

「彼らは望外の二点を得たことで、かえって浮足立ってる。つけ込むなら今だ!」

 オウヨッ、とナイン達は力強く応える。

 

 

 八回表。守備位置に散った江島ナインに、キャッチャー坂田が声を掛ける。

「やい、てめえら。二点取ったくらいで浮かれるなよ」

 一人険しい表情だ。

「ねばりに定評がある墨谷が相手だ。少しでもスキを見せたら、あっという間にひっくり返されちまうぞ」

 オウッ、とナイン達は快活に応える。しかしそれぞれの表情や仕草は、明らかに浮ついて落ち着きなさげだ。坂田は危機感を募らせる。

「まったく。ほんとに分かってるのかね」

 その時「おい坂田」と、橋本が呼んだ。坂田はマウンドへと駆け寄る。

「なんだ?」

「そうカリカリするなって」

 エースはなだめるように言った。

「二点あるんだし、もちっと気楽にいこうぜ」

「おめーも分かってねえのかよ」

 正捕手は苛立ちを露わにする。

「もし一点でも返せば、向こうは勢いづいてくるぞ。まして相手は、こういう展開を何度もひっくり返してる、墨谷じゃねえか」

「まあまあ。おまえの気持ちも分かるがよ」

 苦笑いしつつ、橋本は話を続けた。

「ぎゃくに言えば、この回をきっちり〇点でしのぎさえすれば、うちの勝つ確率がだいぶ高くなるってことじゃねえか」

「そりゃモノは考えようだがよ」

 まだ渋面の坂田に、橋本がフフと笑いかける。

「なあ坂田。ここは一つ、おれを信じてくれよ」

「おまえを?」

「そうだ。ねばりが墨谷の持ち味だってことも分かるが、今までこういう状況を何度もしのいできたのがおれだってことも、忘れないでくれよな」

「うむ……」

 ようやく坂田の表情が、ふっと和らぐ。

「たしかにそのとおりだ。ここは、おまえを信じるよ」

「ああ。まかせとけって」

 それだけ言葉を交わすと、坂田は踵を返してポジションに戻り、ホームベース手前で屈み込む。

 やがてこの回の先頭打者、墨高の四番谷口が右打席に入ってきた。

 

 

(さて、どう出てくるかな)

 谷口は思案しながら右打席に入り、チョコン打法の構えをした。傍らで、江島のキャッチャー坂田が(まずココよ)とサインを出す。

 マウンド上。橋本がアンダースローのフォームから、外角低めに速球を投じてきた。ボールは糸を引くようにして、コースいっぱいに決まる。

(む。コントロールは、まだ衰えてないようだ)

 眼前では、江島の内野陣が橋本に声を掛ける。

「ナイスピーよ橋本!」

「どんどん攻めていこうぜ」

 谷口はさりげないふうにしながら、内野陣の守備位置に注目した。

(サードもファーストも、ベース寄りに下がっている。クリーンアップだし、普通に打ってくることしか考えてないな。しかも彼らは、早くこの回の守備を終わらせたがっている。仕かけるなら、今だ!)

 続く二球目。橋本が投球動作を始めると同時に、谷口はバットを寝かせた。マスク越しに、坂田が目を見張る。

(なに、バントだと)

 コン。打球は緩く三塁線の内側に転がった。セーフティバント。深めに守っていたサードは慌ててダッシュするが、捕球した時、すでに谷口は一塁ベースを駆け抜けていた。

(しまった。ここで仕かけてくるとは……)

 坂田は唇を噛み、前方の野手陣を見渡す。さっきまでの浮かれムードから一変して、皆一様に引きつった表情を浮かべている。

「こら、きさまら! ピリッとしろい」

 ホームベース手前より檄を飛ばした。

「だから浮かれるなと言ったろう。動揺してるヒマはねえぞ。まだランナーを一塁に出しただけ。これを機に気持ちを引きしめ直すんだ、いいな!」

 オ、オウと声だけは快活な返事が返ってくる。無理もない、と坂田は胸の内につぶやいた。

(初回から何度もピンチをしのいできて、ようやく手にした二点だからな。連中の気が抜けちまうのも仕方あるまい。だが、ここはどうあっても、食い止めねば)

 ノーアウト一塁。次打者のイガラシは右打席に入り、ひそかにほくそ笑んだ。

(キャプテンの言ったとおり、やつら浮足立ってきてる)

 横目で「しまっていこうぜ!」と声を上げる坂田を見やる。

(フフ。キャッチャーはどうにか立て直そうと必死だが、一度失った流れを取り戻すのは、そう簡単じゃないぜ)

 イガラシもチョコン打法の構えをし、一塁ベース上の谷口と目を見合わせる。谷口は手振りでサインを出し、それからじりじりと離塁していく。

(なるほどバントエンドランか。さらに揺さぶろうってことね)

 帽子のつばを摘まみ「了解」の合図を出す。

 眼前のマウンド上。橋本がセットポジションから、第一球を投じてきた。同時に、ランナー谷口がスタートを切る。イガラシはすかさずバットを寝かせた。江島のファーストとサードが鋭くダッシュしてくる。

(そう素直に送るわけねえだろ)

 イガラシはバットを押し出すようにして、ボールをマウンドと一塁線の間に強く転がした。前進してきたファーストのミットの下を、打球がすり抜けていく。

「しまった」

 ファーストが声を上げた。イガラシは悠々と一塁ベースを駆け抜け、その間に谷口は三塁へ滑り込む。バントエンドランとプッシュバント成功、ノーアウト一・三塁。

「ナイスバントよイガラシ!」

 ベース上で立ち上がり、谷口は一塁でクールな表情の一年生に声を掛ける。

(これで逆転への足がかりをつかんだってわけだ)

 谷口の視線の先では、江島ナインがさっきまでの浮かれた様子とは一変して、皆一様に引きつったマウンドへと集まる。

 

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