南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

ちばあきお『キャプテン』『プレイボール』小ネタ集⑭ -<「谷口と倉橋の漫才(ミルクボーイのパクリ)」「谷口牧師」ほか>-

 

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1.谷口牧師

 

谷口:(紺の牧師服姿。首から銀のロザリオ。胸の前で十字を切る)アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン。みなさん、こんばんは。この墨谷教会の牧師をつとめる、谷口です。

 今年も残りわずかとなりました。良いことも悪いことも、そうでないことも、色々あった一年だったかと思います。いずれにせよ、時はすぎてゆく。それがこの世の定めというものです。

 では今宵も、迷える子羊の懺悔を聞いていくことといたしましょう。

 

(近藤少年登場。水玉模様のパジャマという、誰得の格好。大きな体には服が小さくて、へそがはみ出ている)

 

谷口:おや少年。こんな時間に、まるで野球部の合宿から逃げ出してきたような寝間着姿でどうしたんだい。

 

近藤:(神妙な顔つきで)ほな牧師はん、わての懺悔を聞いてくんなはれ。

 

谷口:ううむ、ちとイントネーションが変だが……よかろう。さあ、遠慮なく懺悔を告白したまえ。

 

近藤:はいな。いま野球部の合宿中なんやけど、ほんまはグラウンド十週せないかんところを、一周ごまかしてたんや。どうせバレないと思うて。

 

谷口:な、なるほど……(ほんとうに野球部の合宿中だったのか)

 

近藤:けどイガラシはん、あ……うちの部のキャプテンさんなんやけど、いつもなら絶対バレるはずなのに、今日に限って何も言わへんのよ。しかもみょうに優しくて。「近藤よくがんばったな」なんて、声かけてくれて。

 

谷口:なんだ、よかったじゃないか。

 

近藤:せやけど……あれはバレとるのに、ワイを試そうとわざと優しくしとるんや。そう思ったら、おそろしゅうて夜も眠れん。牧師はん、ワイ……どないしたらええやろ。

 

谷口:む、そうだな……明日みんなが起きる頃、昨日さぼった分を一周走ったらどうだろう。その後で、正直にキャプテンに話すんだ。そしたら君が反省していることも、きちんと伝わると思うよ。

 

近藤:な、なるほど! おおきに牧師はん。

 

谷口:どういたしまして。では告白が終わったところで、この聖水で身も心も清めるのです。

 

近藤:せ、聖水?

 

(天井から水の入った桶が落ちてくる……バシャ、ガコン)

 

近藤:……テッ。なんや、目の前が急に真っ暗に。うっ……なんや、いま首にぬるっとしたものが触りおったで。

 

谷口:し、しまった。明日バチカンに献上する予定の、浜松のウナギを一匹、桶に入れておいたままだった。

 

近藤:(首から桶が落ちる。首にウナギがマフラーのように巻きついている)な、なんやこのケッタイなもんは。ぼ、牧師はん?!

 

谷口:えー、むう……ゴホンゴホン。ええ、これでまた一つ、迷える魂が救われました。アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン! 皆様、良いお年を!

 

 

2.漫才(ミルクボーイのパクリ)

 

谷口:ドウモ~、谷口で~す。

 

倉橋:倉橋で~す。

 

谷口&倉橋:二人合わせて、クラタニで~す!

 

谷口:このまえ母ちゃんが、好きな野球漫画の題名を忘れたと言ってたんだよ。

 

倉橋:おまえの母ちゃん、だいじょうぶか? 好きな野球漫画の題名を忘れるとは。じゃあ俺が当ててやるから、どんな特徴か教えてくれよ。

 

谷口:たしか指が曲がっちゃった主人公が、野球部じゃなくサッカー部に入部するんだけど、やっぱり野球があきらめられなくて、けっきょく野球部に入り直すっていうのが話の始まりらしい。

 

倉橋:む。そりゃ、ちばあきお先生の『プレイボール』だろう。主人公の指が曲がってたという話で、すぐ分かったぞ。

 

谷口:いや……俺も『プレイボール』だと思ったんだけどな。母ちゃんが言うには、登場人物がやたらイケメンらしい。

 

倉橋:ううむ、それじゃ『プレイボール』じゃないか。あの漫画ほど、登場人物の容姿に気をつかってない漫画ないのよ。おにぎりみたいなやつだったり、サルかラッキョウみたいなやつだったり。主人公からして、『サザエさん』のカツオと同系統の顔なんだから。もうちょい、他に何か言ってなかったか?

 

谷口:うむ。母ちゃんが言うには、食べ物がやたら美味しそうに描かれてるって。

 

倉橋:やっぱり『プレイボール』だろう。あの漫画、みょうに食べ物のシーンが美味しそうに見えるんだよ。田所さんのおごりのタイヤキとか、カツ丼とか、谷口ん家のカレーライスとか。あれを読んだ後、うちの甥っ子が「タイヤキ食べたい」と駄々をこえて、大変だったんだぞ。『プレイボール』で決まり!

 

谷口:でも、分からないんだよ。

 

倉橋:何がだよ。

 

谷口:母ちゃんが言うには、かなり気合を入れてからでないと読めないらしい。

 

倉橋:うーむ、それじゃ『プレイボール』とちがうか。あの漫画、絵がほのぼのタッチだから、ちっとも気合を入れずに読めるのよ。お盆休みの時、仏壇の前で寝転がって読めるくらいなんだから。もうちょい他に、何か言ってなかったか?

 

谷口:ああ。母ちゃんが言うには、気づいたらどんどん読んでしまうって。

 

倉橋:『プレイボール』じゃないか。あの漫画、いつの間にか話に引き込まれて、ついつい読んでしまうんだよ。

 とくに本棚を整理しようとしてる時なんか、最悪だよ。ちょっとだけ……と思って何ページかめくっているうちに、ハマちゃって、気づけば一、二時間くらい過ぎてたりするんだから。ウワサじゃ、ある学会でついつい読んでしまう現象を“ちばあきお効果”という名称にしようと提案されたらしい。もう『プレイボール』で決まりだろう。

 

谷口:いや……まだ分からないんだよ。

 

倉橋:なんでだよ、もう『プレイボール』以外ないだろう。

 

谷口:母ちゃんが言うには、女の子もやたらカワイイって。

 

倉橋:うーむ、それなら『プレイボール』じゃないか。前作『キャプテン』もだけど、『プレイボール』も女の子の容姿に気を使わないのよ。だいたい目をパッチリするか、黒丸にするか、細目にするかでしか描き分けてないんだから。おかげで可愛く描いてるのか、オカメに描いているのか、さっぱり区別がつかんのよ。もうちょい何か言ってなかったか?

 

谷口:ええと、母ちゃんが言うには……ピンチはだいたいダブルプレーでしのぐって。

 

倉橋:やっぱり『プレイボール』だろう。しかもライナーでランナーが飛び出してゲッツーっていうパターンが、やたら多いぜ。たまに内野ゴロとか三振で終わったら、みょうなオトク感すらあるんだから。

これが『MAJOR』なら、だいたい茂野吾郎が空振り三振に切って取るのと逆で、あきお先生は意地でも“ライナーゲッツー”にこだわってるとしか思えん。

おい、もういい加減、『プレイボール』で決まりだろう。

 

谷口:俺も『プレイボール』だと思ったけどな。母ちゃんが言うには、あきお先生の『プレイボール』でも『キャプテン』でもないって言うんだよ。

 

倉橋:じゃあ『プレイボール』じゃないじゃないか。母ちゃんがそう言ったのなら。おまえ、さっきから『プレイボール』のエピソードを披露してた俺を見て、どう思ってたんだよ。

 

谷口:細かい話まで、よく知ってるなーって感心してたさ。

 

倉橋:当たり前だろう。こちとら、当事者なんだから。

 

谷口:む。あと、父ちゃんが言うには……

 

倉橋:と、父ちゃん!?

 

谷口:『巨人の星』か『わたるがピュン』じゃないかって。

 

倉橋:ぜったい違うだろ。あきお先生の漫画には、“大リーグボール”も“消える魔球”も“ハブボール”も出てこないんだから。

 

谷口:じゃなきゃ『イレブン』だろうって。

 

倉橋:そりゃサッカーだろ。あきお先生の兄弟、七三太郎先生の作品だが、野球ですらないぞ。

 

谷口:分かった、ピンクレディーの『サウスポー』だ。

 

倉橋:とうとう漫画じゃなくなった! いい加減にしろ。

 

谷口&倉橋:ドウモ、ありがとうございました~!!

 

 

3.苦手なスポーツ

 

(高校受験を二月後に控えた冬の帰り道)

 

久保:イガラシって、野球だけじゃなく運動はなんでもできるよな。

 

イガラシ:そうでもねえよ。俺だって、苦手な種目はあるさ。

 

久保:何さ?

 

イガラシ:水泳だよ。

 

久保:水泳? 聞いた話じゃ、おまえ体育の水泳で、競泳部のやつにも負けなかったそうじゃないか。

 

イガラシ:うちの競泳部、弱小じゃないか(苦笑)。よそじゃ恥ずかしくて言えねえけどよ……おれ、女にも負けたんだよ。

 

久保:女って、うちの学校の女子か?

 

イガラシ:いいや。おれのいとこの、二つちがいの姉ちゃんだよ。毎年夏に、親戚同士で海に行くんだけどよ。よく向こう岸まで泳ぎ勝負するが、ちっとも勝てねえんだ。

 

久保:へえ……その人、けっこう速いんじゃないの。

 

イガラシ:どうかな。姉ちゃんもにも、まだ敵わない人がいるって言ってたから。

 

久保:男の先輩だろう?

 

イガラシ:いや、姉ちゃん女子高なんだ。女にも勝てないって恥ずかしいぜ。おまえだから話すけど、このことは内緒だからな。

 

久保:お、おう……

 

(約十日後、また二人で帰り道。電器屋の前で)

 

テレビニュースのアナウンサー:今年はいよいよオリンピックが開かれます。そこでメダルの期待が掛かる若き才能に取材しました。

 

久保:おっ、夏のオリンピックの特集してるぞ。ちょっと見て行こうぜ。

 

イガラシ:ええっ。しょーがねえな……

 

(映像が切り替わる)

 

リポーター:さあ、本日はオリンピック選手を多数輩出の名門・海野女学院水泳部にお邪魔しました。

 

(イガラシそっくりのジャージ姿の女子生徒が登場)

 

イガラシ:ね、ねーちゃん!

 

久保:ねーちゃん? イガラシが勝てなかったって、この人なのか?

 

イガラシ:ああ、まさかテレビに出るとは。まあオリンピック出場が内定したみたいだし、しょーがないか。

 

久保:ええっ、オリンピックだって?(目が白黒する)

 

リポーター:イガラシ選手。オリンピックへ向けて、意気込みを聞かせてください。

 

イガラシ従姉:昨年は、中学生のいとこが野球で目立ったので、私も負けずに金メダルを獲りたいと思います!

 

イガラシ:俺のことなんて、どーでもいいだろ。この負けず嫌い女め。

 

久保:な、なぁイガラシ。この人が勝てないって……

 

イガラシ:うむ。たしかフランスの……ええと、なんつったっけな。フラだかスミだか。

 

久保:ふ、フラ? ま、まさか……前回大会で金メダルを獲った、フランスのフランソワ・スミヤのことじゃ……

 

イガラシ:ああ、たしかそんな名前だったな。なんでもフランスへ強化合宿へ行った時、対決して負けたんだと。まったく……お嬢様学校はいいよな、海外まで行かせてくれるんだから。

 

久保:……おいイガラシ、論点はそこじゃないぞ(汗)。

 

イガラシ従姉:大会では是非、フランソワともう一度対決して、勝ちたいです!(満面の笑み)

 

インタビュアー:は、はぁ……前回大会の金メダリストに勝とうとは、大きく出ましたね(顔が引きつっている)。

 

イガラシ:こらてめえ。フラなんとかはどーでもいいから、まず俺と勝負しろよ。勝ち逃げは許さねーぞ!

 

久保:い、イガラシのやつ。オリンピック選手と競争して負けたからって、水泳は苦手だと言ってたのか。(めまいがして)……こ、こいつの言う”苦手”の基準って、一体……

 

<完>

 

 

 

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