南風の記憶

沖縄の高校野球応援! また野球小説<「続・プレイボール」ーちばあきお原作「プレイボール」もう一つの続編」連載中。俳句関連、その他社会問題についても書いています。

<野球小説>白球の“リアル”【第14話】「リリーフ投手」の巻 ~ ちばあきお原作『プレイボール』もう一つの続編 ~

前回<第13話「練習台」の巻>へのリンクは、こちらです。 

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※西将学園・西田の球種名を、シンカーからフォークに訂正しています(左投手の場合、シンカーとは言わないため)。

第14話「リリーフ投手」の巻

 

 三遊間の土を抉る痛烈なゴロを、イガラシは横っ飛びで捕らえた。

 すぐさま片膝立ちになり、加藤のファーストミット目掛けて送球する。打者走者はヘッドスライディングを敢行するも、間一髪アウト。

「さすがピッチャー兼ショート」

 加藤はそう言って、にやっとした。

「送球も速いな。一瞬、焦ったぜ」

「ど、ドウモ……」

 旧知の先輩に褒められ、返答に困る。

 よく言うぜ、加藤さん。中学からずっと、ファーストのレギュラーを譲ったことのない人がよ。今のだって瞬き一つせず、難なく捕球したじゃねぇか。

 まるで胸の内のつぶやきが聴こえたかのように、加藤は「へへっ」と得意げに笑う。そして、ボール回しをセカンドの丸井へとつないだ。それがショートのイガラシ、サードの谷口、キャッチャーの倉橋へと渡り、最後はピッチャーの井口へと返る。

 この回、ようやく一つ目のアウトを奪った。

 先頭打者に一・二塁間、次打者には二遊間を破られる。辛うじて三連打は防いだものの、相手がヒットエンドランを仕掛けていたので、二走者にはそれぞれ進塁を許す。これで一死二・三塁。

 次の三番打者は、レギュラーではなかったな。こいつでツーアウト目を取って、四番の高山さんは敬遠すれば、この回は何とか……

「西将学園高校、選手の交代をお知らせ致します」

 脳裏の星勘定を、ウグイス嬢のアナウンスが遮る。

「三番センター田中君に代わりまして、鶴岡君。バッターは、鶴岡君」

「やばいぞ、イガラシ」

 丸井が傍らに来て、グラブで口元を覆いながら囁く。

「あのバッター、背番号『8』のレギュラーだ。名前も、新聞で読んだ覚えがある。確か選抜大会で、二本のホームランを打ったって」

「はい。四番の高山さんと並んで、大会屈指のバッターとして称されていました」

 その鶴岡が、左バッターボックス脇で素振りしている。やはり長身。ただ高山と比べ、やや細身の印象だ。その分、体が柔らかそうだ。バットが、まるで鞭のようにしなる。

 ホームランバッターというより、アベレージヒッタータイプ。得点圏にランナーを置いた場面では、むしろこの手のタイプを警戒しなければならない。

 谷口がタイムを取り、再び内野陣をマウンドへと呼び寄せる。

「厄介な打者が出てきたな。どうする、バッテリー」

 微笑みを讃えた目で、静かに言った。

「歩かせるか?」

「俺もその方がいいと思う」

 倉橋は、すぐに賛同した。

「ここは何としても無失点で切り抜けたい。次の高山も怖いが、守備側は満塁の方が守りやすいし、打者にもプレッシャーが掛かる」

「分かった。みんなは、どう思う?」

 谷口の問いに、まず丸井が答えた。

「僕も“歩かせ”に賛成です。一塁が埋まっていれば、ダブルプレーが狙える」

「イガラシは、どうだ」

「同意見です」

 話を向けられ、短く返答した。

「どっちみち大量失点のリスクはありますけど、ここは確率の高い方に賭けるべきです」

「そうか。加藤はどうだ?」

「俺は……バッテリーが納得の上なら、どちらでも構いません」

 加藤の言葉に、内野陣の視線がマウンドの中心へと集まる。

「井口。おまえの気持ちが、一番大切だぞ」

 キャプテンは優しげな口調で、一年生投手に尋ねる。

「……満塁で四番。ピッチャーにとって、最高に燃える場面っスね」

 とぼけたような口調に、あやうくずっこけそうになる。

「そ、そうか。なら決まりだな」

 各自ポジションに戻ると、倉橋が立ち上がり、キャッチャーボックスを外す。敬遠四球。鶴岡は無言のまま、一塁ベースへと小走りに向かう。これで一死満塁。

 自然と、ネクストバッターズサークルへ視線を向けていた。

 西将の主砲・高山は、素振りさえせず、屈伸しながら静かに佇んでいる。ウグイス嬢のコールを聴くと、脱力したままマスコットバットを軽く一振りして、ゆっくりとバッターボックスへ入っていく。

 嫌な予感がした。

 高山に対し、墨谷バッテリーはさすがに慎重に配球した。初球、二球目と外角へボール一個分外した直球を投じる。いずれも乗ってこず、ツーボール。

 三球目はカーブ。これが内角低めいっぱいに決まり、ワンストライク。四球目も内角、ただし高めに直球を投じた。これはバックネット方向へのファール。打ち損じかカットしたのか定かではないが、これでツーストライク。カウントをイーブンに戻す。

 気が付くと、スタンドは静まり返っている。

 おそらく予想外の試合展開と、これから終盤へと差し掛かる回で迎えた緊迫した状況。グラウンドの選手だけでなく、観客達も固唾を飲んで見守っているようだ。

 五球目。井口が、またも内角高めに直球を投じた。高山は、微動だにせず。際どいコースを突いたが、僅かに外れボール。カウント、ツースリー。

 井口は一度プレートを外し、ロージンバックを手に取った。

 粉を指に馴染ませながら、十分に間合いを取る。やがてセットポジションに入り、投球すると思いきや、一塁へ牽制球を送る。続けざまにもう一球。そして、再びロージンバックを拾い上げる。

 いいぞ、井口。やっと思い出したか。打者を焦らせるのも、おまえの立派な武器だ。こうやって、相手のペースを狂わせろ。そして、こっちのペースに引きずり込むんだ。

 ほどなくして、井口がロージンバックを投げ捨てる。セットポジションから、右手のグラブを突き出し、スパイクの足で踏み込む。そして、井口の得意球――右打者の内角、膝元で直角に曲がるシュート。

 今度は良いコースに決まった……と思いかけた、その刹那だった。

 音もなく、ボールが弾き返される。振り向いたイガラシの視線の先、久保が必死の形相で背走する、その遥か頭上。ボールは、白く光る点となって、レフトスタンド中段へと消えていく。

 カチャ、カチャ、カチャ、カチャ……

 小走りにダイヤモンドを一周するスパイクの音が、妙に生々しく響く。束の間、呆然としていたらしい。くぐもった声に呼ばれ、現へと引き戻された。

「面白いな、おたくら」

 高山だった。うつむき加減のまま、独り言のように囁いてくる。

「新興チームのわりには、うち相手に一年生を起用したり色々と策を講じてきたり、なかなか思い切ったことをしよる。なかなか楽しませてもろうとるで」

 一瞬こちらに顔を向け、高山はにやっと笑う。

 挑発めいた口調に惑わされるのが嫌で、イガラシはすぐ視線を外した。そのままバックスクリーンを振り向き、スコアボードを凝視する。

 刻まれた「4」の数字が、苛立たしいほど鮮やかに光る。

 逆転を許し、三点差を付けられた現実が、一気に押し寄せてくる。マウンド上へ視線を移す。痛恨の一発を浴びた井口が、唇を噛みしめ虚空を仰いでいる。

 ほぅ……と、イガラシは密かに吐息をついた。

 こいつも、大した奴だな。まだ闘志を失っていない。普通なら、ショックで膝をついてもおかしくない状況だっていうのによ。

 ただ、結果は七失点。交代させざるを得ない状況だ。

 キャプテン谷口がタイムを取り、ファールグラウンド隅の簡易ブルペンに向かって「松川!」と叫ぶ。そしてアンパイアのところへ駆け寄り、選手交代の旨を伝えた。

 松川がグラブを手に、こちらへ駆けてくる。その間、谷口はマウンドへと歩み寄り、まだ唇を噛んでいる井口の背中をぽんと叩いた。

「悪いボールじゃなかった。仕方ない、こういうこともあるさ」

「……慰めは、よして下さいよ」

 井口は、うめくような声を発した。

「完全に力負けです。指の掛かりも、コースも何もかも、イメージ通りだったんです。それが……あそこまで、運ばれちまいました」

「悔しいか?」

 キャプテンの静かな声に問われ、豪気の一年生投手は小さくうなずいた。

「この悔しさ、忘れるなよ」

「……はい」

 辛うじて返答すると、井口は帽子を深くかぶり直し、さすがに重い足取りでマウンドを降りていく。その背中を見送ると、谷口は後を受ける松川に眼差しを向けた。

「辛い展開だが、ここは松川に踏ん張ってもらうしかない」

「ええ。しかし……恐ろしい打線ですね」

 微かに震える声で、松川は言った。

「自分らには当てるのが精一杯の、井口のシュートが、あんなピンポン玉みたいに」

「ああ。でもな……松川、おまえにはおまえの持ち味がある」

 穏やかな眼差しで、キャプテンはうなずく。

「おまけに、おまえには旧知の倉橋が付いてる。倉橋のリードを信じて、丹念にコースを突いていけ。あとはバックが何とかする」

「……はいっ」

 思いのほか、しっかりした声を発した。

 ナイン達が各自ポジションに戻ると、松川はマウンドにて投球練習を始めた。一球、二球、三球……と、テンポよく投じていく。そのフォームに、少しの力みも見られない。

 さすがだな、松川さん。長年倉橋さんや谷口さんに鍛えられただけのことはある。何だかんだ言って、腹括ってしっかり準備できてんじゃねぇか。あの重い球をコーナーに投げ分けられたら、相手がどうあれ、そう易々と打たれまい。これなら……

 十分戦える、とイガラシは思った。

 投球練習が終わると、五番打者の宮辺がバッターボックスに入る。間もなく、アンパイアが「プレイ!」と声を掛けた。

 倉橋は、ミットを内角高めに構えた。そこへグラブを突き出し、松川が第一球を投じる。

 ガッ、と鈍い音がした。宮辺が顔を歪めながら、一塁へと駆け出す。その眼前で、セカンドの丸井が「オーライ」と掛け声を発し、落ちてきたボールを難なく捕球する。

 嵌ったな。松川さんのボール、今みたいに無造作に手を出すと、ああして打ち上げてしまうんだよ。見た目以上に、手元で伸びてくるし、それに重いからな。俺も中学の時、手を焼いたもんだ。

 にしても……と、イガラシは胸の内でほくそ笑んだ。

 いくら「一振りで仕留める」制約があるからって、今のは見逃せば“ボール”じゃねぇか。うちのバッテリーも、相手が初球から打ちにくるって、完全に読んでたぞ。どんなにパワーがあっても、選球眼がないんじゃ、おたくのレギュラー獲りは厳しいだろうよ。

 次の六番打者も、センターフライに打ち取った。

 続く七、八番には四球と内野安打で出塁を許したものの、迎えた九番打者はまたも直球の球威が勝り、キャッチャーファールフライに仕留める。

「アウト! スリーアウト、チェンジ」

 アンパイアのコールに、墨谷ナインは駆け出した。ベンチに帰ると、好リリーフを見せた背番号「11」の背中をバンバンと叩く。

「ナイスリリーフよ、松川!」

「見事な“火消し”だったぞ。これで相手の勢いも止まる」

「て……ど、ドモ」

 チームメイトの激励に、松川は僅かに口元を緩めた。ついさっきまで、周囲を取り巻いていた重い空気感が、ほんの少し和らぐ。

「……よぉし。みんな」

 谷口が、妙に明るいトーンの声を発する。

「反撃に向けて、円陣を組もうか」

「はぁい! 気合を入れていきまっしょう」

 おそらく何も考えていないのだろう、丸井があまりにも素直に返答した。声は大きいが、そのどこか間の抜けた口調に、多くの者が「あーあー」とずっこける。イガラシも思わず吹き出してしまう。

 ナイン達が円陣を組むと、谷口は「あのな……」と意外にも静かに語り出した。

「西将の二番手、あのスリークォーターの左投手だが……目下のところ、我々は彼のフォークに手を焼き、二回以降は走者を出しながらも得点を挙げられずにいる」

「ああ。分かっていても、つい手が出てしまう」

 キャプテンの傍らで、倉橋が吐息混じりに言った。

「ところで半田。あの投手……西田君だったっけ」

「えっ? あ、うん」

 ふいに話を向けられ、半田は戸惑った声になる。

「西田君の学年、分かるか」

「うん。三年生だよ」

「彼は、選抜大会での登板の経験はあるのかい?」

「ああ……一応、少ないけどあるみたいだよ。といっても、二試合だけ。それも、得点差が開いた終盤とか、あと代打に対するワンポイントリリーフとかだけどね」

 手元のノートをめくりながら、半田は簡潔に説明した。谷口は満足げにうなずくと、ナイン達に問いかける。

「なぁみんな、不思議に思わないか。あれだけの“決め球”を持っている投手を、どうしてもっと積極的に起用しないのか」

「それは……主戦投手が、もっと力があるからじゃないのか」

 倉橋が答えると、谷口は「そうなのか?」と再び半田に話を振った。

「えっあぁ、けど……西将は、そこまで“一人のエース”にこだわりはないみたいだよ」

 半田の言葉に、ナイン達からざわめきが起こる。

「ええと……接戦だった準決勝の谷原戦だけは、さすがにエースの竹田君が完投してるけど、それ以外の試合は相手が格下だったり、大差が付いたりしたせいか、他の投手が先発したり、終盤はリリーフに任せたりしてたんだ」

「……そう。西将は、レベルは違うが、うちと一緒で“複数投手制”を採っているんだ。そんなチームで、なぜ西田君は、長いイニングを任せてもらえないのか」

 あっ、と久保が声を上げた。

「もしや……スタミナがなくて、球数が増えるとキレや制球が悪くなるからじゃ」

 おおっ、そうか……と、周囲から口々に感嘆の声が漏れる。谷口は「シッ!」と慌ててナイン達を制止した。

「……だから、あまりムキになってフォークを捉えようとする必要はない。確かに厄介な球ではあるが、それでも空振りさせられるほどの落差があるわけじゃない。まず見るんだ。追い込まれるまで、手を出すな。追い込まれても、粘って粘って」

「ああ、なるほどっ」

 丸井がふいに、大声を発した。

「何だよ急に、人の耳元で」

 倉橋は両耳をふさぎ、顔をしかめる。

「これって……まさに、あの“ツーストライクまで見る”練習のシチュエーションじゃないですか。さすが谷口さん、こんな時のために、あの練習を」

「……まぁ、別にそこまで狙ってたわけじゃないけど」

 谷口は一瞬苦笑いを浮かべたが、すぐ真顔に戻った。

「とにかく……粘って球数を費やさせるコツを、俺達はあの練習で身に付けてきているはずだ。打てなくても、できるだけ相手を疲れさせるんだ。そうすれば、やがて甘い球が増える。そこを叩くぞ」

 キャプテンの言葉に、ナイン達は「おおっ!」と気合の声で答える。

 六回裏は、八番からの攻撃だった。井口に代わって登板の松川、久保と続き、一番のイガラシにも打順が回ってくる。

 左手にバッティンググローブを嵌めながら、イガラシは密かにため息をついた。

 谷口さんの言う通り、あのテの投手には、球数を投げさせてしつこく攻めた方が、確かに効果的だろうな。もしかしたら、それで点も返せるかもしれない。

 けどよ……と、複雑な思いが頭をもたげてくる。

 これで成功したとして、悪い意味で味をしめなきゃいいんだけどな。どんな方法にも一長一短あるってこと、みんな理解してくれりゃいいんだが。

「おっ……あぁ」

 周囲から一瞬の歓声、そして大きなため息。

 松川が鋭い当たりを二遊間へ放ったが、西将の二塁手が飛び付き好捕、素早いフィールディングで一塁へ送球する。ヘッドスライディングを敢行した松川の頭上に、一塁線審の「アウト!」の声が、無情にも響く。

 しかし、ツーストライク取られてから粘り、九球を費やさせた。

「久保、ちょっと」

 打順の回ってきた久保に、松川は助言する。

「あのフォークは、カットするんだ。そうすれば、相手は焦れて他の球を投げてくる。確かに球種は多彩だが、フォーク以外はさほど威力はない。直球かカーブ、どちらかに絞って、引っ叩け」

「分かりました」

 穏やかな顔で答えると、久保は足早に打席へと向かう。同級生の背中に、イガラシは確信していた。

 打てるぞ久保。松川さんがフォークを続けてカットした時、あの西田ってピッチャー、肩で息をしやがった。ボール自体は厄介だが、やっぱり実戦経験が乏しい。粘らせた時の対処法は、まだ持ち合わせていないようだな。

 久保は忠実に指示を守り、ツーストライクを取られるまで、一球も振らずにじっくりとボールを見極めた。そして、追い込まれてから投じられたをカットする。

 続けてもう一球、やや体勢を崩されながらもファールで逃げる。さらに、僅かに外れた六球目のフォークは、余裕を持って見逃した。七球目、高めの吊り球にも手を出さず。これでカウント、ツースリー。

 さすがだな、久保。おまえの武器は、選球眼の良さとスイングのしなやかさだ。粘って粘って、甘く入った球を狙うなんてのは、おまえにとっちゃお手の物だろう。

 八球目。西田の投じたフォークが、やや高めに浮く。

 久保は、ピッチャーの足元へ叩き付けるように、バットを振り抜いた。快音を残し、速いゴロが這うようにマウンドを、そして二遊間を抜けていく。

「……さて行くか」

 センター前ヒット。沸き立つ味方ベンチを横目に、イガラシはネクストバッターズサークルを出て、ゆっくりと打席へ歩き出した。

 

次回<第15話「エース登場」の巻>へのリンクは、こちらです。

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第1話~第12話までのリンクは、こちらです。

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